異世界から帰ろうとしたら病んだ女の子達に執着された男の末路 作:コーカサスカブトムシ
朝食 ぼそぼその黒パンとチーズ
昼食 ぼそぼその黒パン
夕食 屑肉と野菜のスープにぼそぼその黒パン
ファアアアアアアアアアック!!!!
胸の中にこれまでに抱いた事のないような鮮烈で苛烈な、燃え尽きる程の怒りが渦巻いている。熱い、溶鉄を浴びせられ、身体が引き裂かれるようだ。我が身に降り懸かる艱難辛苦は轟雨のようにとどまる事を知らず、だが俺は諦める訳にはいかない。
異世界の、農村の食事……あなたはクソだ。先ほど挙げた例は冬のものではあったが、それにしたってこれ程クソと断言するのに遠慮が要らない物は無い。わかっている、わかっているんだ1日3食喰わせてもらえるだけこの世界の農村じゃありがたいんだって話は。有事の際に備えて蓄えられる物を蓄えておくのがこの村の指針で、それが正しいんだっていうことも。
だがそれでも俺は21世紀、娯楽の一つとして食文化が発達した現代から来てしまった人間なのだ。そんな俺にこの食事はあまりにも耐え難い、酷い世界だろここは!異世界の食事は魅力的とはなんだったのか、巨大カエルの唐揚げくらい食わせてくれ。
コンビニもスーパーも無いこの村での生活はおおよそ自給自足、ひたすら栄養価だけは高いパンを胃袋に詰め込んで働くのだ。天返宮を周回するのに玄米ドカ食いさせててすまんかったサクナ、ヒノエのみんな……
現代に帰ると決意こそしたものの、現状取れる事は勉強するか荒事に備えて訓練してみるかということだけで、やはり不味くはないが特別美味しくもない食事という環境はゴリゴリと俺のモチベーションを削っていく。せめて食事にもっと味気があればなぁ……ハーブソルトとかなら自分でも作れるんじゃないか?
はぁ、ラーメンが食いたい。チャーシューを何枚も乗せたとんこつラーメン、いや味噌ってのもいいな……ああっ、食べたい物がどんどん浮かび上がってくる。フライドチキンとかも食いたくなるし何より米が食べたい、考えれば考えるだけ負のスパイラルに陥っていく。一刻も早く現代に帰らねば!
「この先、勉強の時間があるぞ。だから、知識を大切にな」
『ヤーラカム風土記』、分厚過ぎて読む気無くすから重点だけまとめる!
この異世界、ヤーラカムと呼ばれる世界は五つの大陸に分かれている。俺が転生したのは地図で見ると南西に位置し、平地が多く穏やかな気候で商業が盛んなローゲル大陸、そしてこの村の名前はアノーラと言うそうだ。
大陸は他に優れた魔法使いを多く輩出しているバエルニア。似非日本っぽい東の方にあるセイラン、大陸の中間として商業の中心を担っているカルニバル。そして、魔王と呼ばれる人類の脅威によって昔から支配されているムルガンド。世界を巡って帰還の手掛かりを探す訳だから地理はしっかり身につけておかんとな。
そしてヤーラカムは大まかに人類、魔獣、獣人、そして悪魔の四つのカテゴリーに分けられる生物が住んでいる。人類は当然俺達みたいな特段特色の無い者と、よく聞くエルフだとかドワーフだとかがそれに該当して獣人ってのは別の区分らしい。なんでや。
魔獣と言っても全部が全部牙を剥く凶悪な生き物という訳ではなく、ペットにされているようなワンころにネッコ……ほとんどの動物がこの世界ではイコールで魔獣って考えていい。家畜化されている牛やら羊やらもいるから魔ってついてるのも複雑な感じがするな。
獣人は起源がよくわかっていない。力のある魔獣はその身に宿した魔力で人に化け、それが人と暮らす事で獣人が産まれただとか悪魔の一種だとか。悪魔の末裔がぁ! とか言ってる奴らもいたりするんだろうか……嫌だな。
そして悪魔、ストレートな名称だ。かつては最も繁栄していた大国で破壊の限りを尽くし、ムルガンドを支配した化生達。その王デスティーノを筆頭に人を襲い、その恐怖を糧にしていると言われる人外達の総称が悪魔である。ううむまさしくファンタジーといった世界観。でも人がわりと死ぬ世界だと知って俺は……げんなりした、生きて帰れない可能性ワンチャンある。
俺がこの書庫で知れたこの世界に関するざっくりとした概要はこんなものだ。
やはり世界を巡って旅をするなら魔獣、そして悪魔に対抗する術を身につけるのは必須か。俺はイザベラが発見の原因となってくれた本を読んで魔法の勉強をこれまでやっていた。
星とか重力ってワープホールとかブラックホールとか、SFチックな考えをすればそれに近いような気がする。専攻して練習するかぁ、フォース使えねぇかなとか頑張っていたら物を浮かせられるようになってて驚いたね。俺天才だった……
脚立を使って他の本棚の上も探してみた。だがそうして見つけた分厚い文献をいくら読み漁って世界の魔法使いが発現した稀有な魔法ってのを調べても、別の世界へ行くだとか時間を戻すだとかそれらしい魔法の事を見つける事は出来なかった。こんな村に大それた魔法の本は流石に置いてないか。
せいぜい大昔の優れた魔法使いがテレポートを使えたってことぐらいで、どういう条件でというのもわかっておらずその件は半ば空想と思われている。魔法だって万能じゃない。それは何となくわかっていたことではあるが、もし魔法では帰れないって考えると不安にな……
「?」
視線を感じる。心音ゼロマイケルか? 手鏡の室内はホラーゲームどころじゃないんだよなぁ……このところ誰かに見られてる気がして怖い。悪魔の一部には霊的な存在もいるそうだし、これはヤバイのでは? 効くのかどうかはわからんけど塩を……塩も高いから畜生!
~パーフェクト勉強タイム~
独学には限界がある……バルト流とか言ってアミバみたいな間違った方向に進む訳にはいかない。教師になってくれるような人が欲しい、そう思っていた時に都合の良過ぎるほど的確な人物と関り合いになることが出来た。
この村は作物が豊かな方でそれを目当てにした鳥獣や、それを狙って更に大型の獣などが入り込もうとしてくる事がある。防護の為村は頑強な木の柵で覆われている。だがそれが破られて居住区に魔獣が来てしまった場合はむざむざとやられる……なんて訳にはいかないから、そういった魔獣達と戦える力を持った人達が村にはいるのだ。
冬眠前に十分な食料を蓄えきれず、山からのしのしと降りてきた熊の魔獣がやって来た時の事である。四メートルくらいある熊は流石にやべぇわってなって、農具をフォース(仮)で飛ばして攪乱している時に知り合ったのが魔法使いのクライスさんである。
【クライス・オースタン】、バエルニアの学舎で魔法学を納めており、若い頃には魔物退治を生業としてそれなりに名の通ったグループに所属していたというおじいさんだ。訳あってその職を引退し、この村で護衛を兼ねて暮らしている訳だが色々な国を渡ったという彼の知識と技量は本物だ。今まで見かけた事はあったが話したのはその時が初めてで、魔法を使っているのを見て驚かれてたな。重力とかそういう学問無いんかこの世界……
現代では最大級のヒグマでも二メートル半ば、それと比べて熊の魔獣のデカいのなんの……いや直立したら家と同じくらいのサイズあるのは笑えんわ。それでもアオアシラよりは小さいんだよな、それが登竜門とかハンターってほんと人外。そんな熊の魔獣を杖から放った氷柱で仕留めていたクライスさんに魔法の先生をしてもらえることになった。
クライスさんは当然の事ながら文字の読み書きが出来る。このヤーラカムでは各大陸で文字や言語が違うということが無いのでこれさえ覚えていれば何処でも意思の疎通が可能だ。この世界でバベルの塔は作られなかったんだなって、なんでそうなるんだよエーッ! 本を読む事は出来るようになったが書き方とかはよくわからんし、そういったことも教えてもらってる。
「そうしてシロヨモギの根はすりおろして乾燥させれば薬になる」
「効能は魔蛇系毒性の中和、患部に塗って使用する……ですね」
素晴らしいイケオジだ。くすんだ銀のロングヘアーに鋭い眼光、程よく蓄えられた髭はオーラントを彷彿とさせる。俺達のようなフロム民は全盛期を過ぎてなおカッコよさと強さの片鱗を残したような翁が大好物なのである。質素だけど品の良さそうな刺繍が入ったローブもいいね。
俺が教えを請いに行った時には魔法の事だけでなく、近隣でとれる薬草などの効力が強すぎない基本的な傷薬の調合法や、魔法を扱う際のコツに心得。そういった村の外でも生きていける術を授けてもらっている。
自分の手で魔法が使えるってめちゃくちゃ楽しいし特別感があるんだよな。VRってどころじゃない躍動感、掌から迸る火玉からは確かな熱を感じるしパチパチと弾ける音は心に安らぎを与えてくれる……ぼんふぁいありっと。DARK SOULS Ⅳは果たして出るのか出ないのか、完結と言わずに出してくれ。
「ふうむ、飲み込みがいい。復習も忘れてはおらんようだ、どの大陸でも見れる薬草の効能は粗方覚えたというところか……」
「ええ、これもクライス先生のお陰です」
おじいさんと言ってもクライスさんは足腰がしっかりしているし、ボケているというような事もない。この世界の事を教えてくれる先人としてこの上ない教師だった、とてもありがたいし感謝している。声がいいよね……いい……
「ところで、あれはなんじゃ」
「……イザベラですね。何をしているのか」
ちなみにバルトとして話す時の俺はバリバリに気取ったちうに病風な話し方をしている。本当に気持ち悪いよ、俺の芳ばしさに溢れた話し方を想像するだけで……怖気がしてくんだよ。キャラ作りだ、ここまで痛々しくお労しい感じの話し方してれば他人からも良く思われないだろう。無いかもしれないが、俺が帰った時に良い印象を持たれて悲しまれると後味が良くないからな。
それはそうとイザベラチャン!? ナズェミテルンディス!! 書庫の入り口から顔を半分だけ覗かせて此方をみつめているイザベラチャンカワイイヤッター! あれから彼女からの接触は減るどころかどんどん増えていっているというか……ってかあの視線イザベラのだったのか。クライス先生に指摘されて漸くイザベラの存在に気づいたわ。
「何をしておるのやら」
「わかりませんね……しかも逃げてしまった」
どういう感情なのかわからない、まんまるとした目で此方を見ていたイザベラは視線に気づくとフイッと何処かへ行ってしまった。それもまたかわいい……
私はよく、彼に初めて遭ったときの事を思い出すの。お母さん達が子供の頃から友達で仲のいいリンデさんとアストラさん、その子どもで同い年の男の子。幼馴染みになる、バルトに初めて遭った日の事を。
『ほらバルト、イザベラちゃんよ』
大人しい子なのかなと思った。垂れ下がった黒っぽい髪、それと合わせて下を向いてたのもあって顔があんまりよく見えなかったけど、その目は隙間から様子を伺うように此方を見ていた。
『よろしく、バルト!』
『……よろしく』
話しかけてみても反応は曖昧で、その時の印象はあまり良くなかった。人が挨拶をしたらちゃんと返そうってお母さんに習わなかったのかな、って。ご飯の話や遊びの話をしても『うん』とか『あぁ』とかばっかりで、ちゃんと聞いてるの! って怒っちゃったっけ。
彼は毎日毎日熱心に本を読んでいた。みんなが外で遊んでる間彼は一人で書庫に籠っていて、遊びの輪の中に入ろうとしたこともなかった。ちゃんばらでみんなをこてんぱんにしてる間ふと其方を見てみても、変わること無く、まるで何かに駆られたようにそうしていた。
本は私にとってつまらないものだった、もっと小さい頃にお母さんに聞かせてもらったのは別。カッコいい王子様がドラゴンを倒してお姫さまを助けたり、二人の子どもが協力して悪い魔法使いをやっつけるとか、でもバルトが読んでいるのは大人でも読まなさそうな難しいもの。
一体何が面白くてそんな本を読んでいるんだろう。その時純粋に、どうして彼が本を読んでいるのかが気になった。私にはつまらない、けど彼にとっては遊ぶ事よりも価値があること、いったいどうして? 気になる、もしかしたら本を面白く読む方法があるのかもしれない。
『ね、バルトってさ……なんで本を読んでるの? 面白い?』
『……面白い、そして必要なことだ』
面白い、そして必要なことなんだと、彼はそう答えた。その時読んでいた本は植物の図鑑、どれも同じように見えてつまらないそれが彼にとっては面白くて必要なものらしい。昔はそうでもなかったけれど、もしかしたら私にもそう見えるのかな。
『ふーん……それ貸して!』
『あっ、ちょっ!?』
私が顔を付き合わせようとすると、いつも彼は本を使って顔を隠してしまう。そのせいか、それまでに彼の顔をちゃんと見たことは無かった。本をさっと取り上げると柄にも無く慌てた彼が手を伸ばすけどそれは既に私の腕の中。してやったりと本を開く前に反射的に彼の方を向いて。
それで初めて彼の……バルトの顔を見た。
黒くて、何処までも光を吸い込んでしまいそうな瞳。見ている内に私までも吸い込まれてしまいそうで、それが不思議な程綺麗に見えた。
真っ赤な口がふるふると震えて、私と目の合った彼の顔が少しずつ赤くなる。
こんなにかわいい顔をしていたんだ、と思っている間に彼は別の本を引っ張って来て誤魔化すようにそれを読み始めた。尻すぼみに何かを言ってたけどそれはよく聞こえなかった。
『ご、ごめんね!』
『わかったからあんまりこっちを見ないでほしいカオガイイカラチクショウ!』
植物の図鑑は結局面白くなかった。けど、あの時に見た彼の目が忘れられなかった。それだけじゃない、口も鼻も耳も髪も眉も、初めて見た彼の顔が頭にくっきりと焼きついて離れなくなって、どうしようもなく胸が熱かった。
お母さんに相談すると嬉しそうに笑った後、今はわからなくてもいつかきっとわかると言ってくれた。病気なんかではないというのは、どうしてか自然と理解出来た。このあたたかさがそんな悪いものではないと思えたから。
彼は私の事をどう思っているんだろう。そして、私は彼の事をどう思っているんだろう。好奇心というのとも少し違う、あの目を見てから私はいつも、あの不思議な幼馴染みのことを考えていた。
彼はもしかしたら身体が弱いのではないだろうか。遊びに誘ってもいつも断られて、外にあまり出てない肌は他の子どもと比べると白いような気がした。農作業をするくらいはしているけれど、体力が無いならあまり誘うべきじゃないのかもしれない。
けど私がバルトに話しかける口実なんて遊びに誘うぐらいの事しかない。バルトとだって遊んでみたい気持ちはあるけれど、本人がそうしたくないなら無理にも言えない。だから私はその日もバルトを遊びに誘って断られて、拗ねて歩いてる時に本棚に強く足をぶつけた。
『あてっ! つぅ……あっ!』
本棚がぐらついて、上に積まれてた本が幾つも落ちてくる。あの分厚い本は当たればきっと痛いだけじゃおわらない。
それでも急には身体が動かなくて、諦めて目を瞑りかけていたその時、バルトが読んでた本をポーンと放り出した。風みたいにビュンと動いた彼は、動けない私を抱えて本を避けた。
ドサドサと音を立てて本がついさっきまで立っていた場所に落ちていく。あとちょっと遅かったら……と考えたところで、どうしてバルトがあんなに早く動けたのかが不思議に思えた。
だってずっと本を読んでいた筈だもん、それなのに助けてくれる筈が……
『イザベラ、大事ないか?』
真っ直ぐとあの目が私を見つめていた。そうだったんだ、彼は私の事を今までもちゃんと見ていてくれたんだ。こうして咄嗟に助けるなんて事そうじゃないと出来ないだろうから。
お母さんが読んでくれた本には、ドラゴンを倒し、連れ去られたお姫さまを抱き抱えた王子様の絵があった。今の状況がまるでそれと同じように思えて、恥ずかしくなりすぎて離してと言ってしまったけれど、胸のドキドキは離れてからも止まってくれなかった。でも確かにわかるこれは、誰かを好きになるって言うこと……
その後バルトの声を聞き付けた大人のみんなが来て、危ない事をした私にはお説教が待ってた。けど何故かそれをバルトも受けようとして、みんなはどうしていいか困っているみたいだった。それでも彼は、私が悪いんじゃないんだって庇ってくれていた。
お礼をちゃんと言いたくて、晩御飯の後お隣のグリコスさんの家に行った。部屋を探してみてもいなくて、もしかしたら屋根裏から登って屋根で星を見ているかもしれないってアストラさんに教えてもらったから、その通りにバルトを探した。
『アイムシンカートゥートゥートゥートゥトゥー、アイムシンカートゥートゥートゥートゥー』
彼の家の屋根の上。聞いたことの無い国の言葉で歌を歌って夜空を見ながら、そこには私の幼馴染みのバルトじゃない子どもがいた。私の知らない、彼の隠したい彼が。屋根の上で頬を濡らし、届かない何かに手を伸ばそうとするバルトの姿は普段から大人らしく見えるよりもよっぽど大人びていた。
バルト、私の幼馴染み。もしかしたら彼にとっては手間の掛かる子どもみたいに思われてるかもしれないけど、彼は私の幼馴染みで……大切な人だ。
子どもなのに大人みたいな男の子、みんなと遊ばずに一人でいるのは……周りとの違いを意識してしまっているのからなのか。
あの日あの夜星を見るバルトの姿を見てから、彼が霧みたいにふわふわしていて今にも消えてしまいそうに思えた。彼がいなくなるって考えると、死んじゃいそうになるくらい胸がしめつけられて不安になった。
私はきっと、いや、バルトの事が好きで好きで好きで好きで好きで堪らない。いつかまたあの目で見つめられて、見つめ返したい。
だからバルト。私は、あなたから目を離さない。
周りとは違う大人っぽい子に惹かれた位の所から沼に嵌まったのがイザベラちゃんです。