異世界から帰ろうとしたら病んだ女の子達に執着された男の末路   作:コーカサスカブトムシ

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今回イザベラちゃんの出番は無いし必然的にヤンヤンもないのよ、ごめんなさいね……


影狼狩り、影狼狩り、影狼狩り

 みなさんどうも、グリコス一弘です。昨日の最終鬼畜幼馴染イザベラ・Aとのケッチャコを経て、俺の脳裏には多くの懸念が浮かび上がって来た。何が問題かと言えば、やはりイザベラが強すぎた……『と思った』ところにある。

 俺は産まれた時から明確に前世への帰還という目標を定めていて、それを目指して苦行にも等しい生活をしてきた。とは言え、とは言えだ、その苦行というのもあくまで自分自身が基準。身体を鍛えているとは言ってもウルトラマンレオみたいに尖った丸太を振り子にした訳でもないし、ジープで追い回されたりした訳でも無い。

 衣食住は確かに苦しいものだが、この世界ではこれが当たり前、いやこれでも恵まれている方で。特訓に関しても継続は力なりと相応の事はしてきたつもりだが、いいや自分はそれ以上の事をしているという現地人も探せば当然居るだろう。

 騎士の家系だったりすれば幼少期から鍛錬をさせられるだろうし、上質な食事を取る分当然身体も強く出来上がる……俺以上に完成度の高い身体を作り上げている同年代は幾らでもいる筈だ。

 俺自身は努力をしてそれ相応の物を身につけていたつもりだった。だがそれをただ一人の女の子に蹴散らかされてしまった以上、俺って実は大した事無いのではという疑念が湧き上がってきたのだ。俺の実力がおかしいって、弱すぎって意味だよな? 

 

「いややっぱそれはねーべ」

「ギャウッ!?」

 

 そんな時にもやはり知識を身につけておく事は良い事だ。飛び跳ねた魔狼の喉笛を槍先で掬い上げるように切り裂き、連なって現れた二体目に蹴りを見舞う。横腹に爪先が突き刺さり、更にそこへ電流を流す事で追い討ちを掛ける……もっとも蹴りの手応えで肋骨を折り砕いていただろう事はわかったので、こう出来なくても動けないところにトドメを刺すつもりだったが。

 俺の周囲を囲む魔狼達は瞬殺された二匹の仲間、その死に怒りを見せているがやはり迂闊に攻め込んで来る程愚かでも無いらしい。こいつらはシャドーハードと名付けられている、群れを作って狩りをする小型の魔狼だ。連中の荒い息づかいと殺気をひしひしと感じる中、俺は村で読んだ図解の内容を思い起こす。

 特筆すべきはやはりその数と連携だろう。一体一体の危険度はそこまででもない……訳もなく十全に人を殺すだけの爪と牙、膂力を持っている上に何をするにも仲間と行動するのがこいつらだ。

 光をあまり反射しないその漆黒の毛皮は群れる事で一つの影のようになり、それぞれがどう動いているのか分かりにくいという特徴を持っている。当然それもこいつらの武器となる、獲物となる生き物はその特性に翻弄されて混迷に囚われたまま餌食となるものだ。最も俺には通用していないようだが。

 

「もっと工夫しろ……お前たちは連携力で獲物を追い詰める動物のはずだろ」

「グ、ルルルルウッ……」

 

 この世界には武器や魔法でこうした危険な魔物と戦う事を生業としている者達がいる。その彼らが『熟練者でなければ、また一人では相手にすべきで無い危険な相手』と本に記しているシャドーハードを相手に、俺はクライス先生に借りた槍一本を持ち、たった一人で挑んでいる。

 シャドーハードは多くの人間が『小型の魔狼の中でも危険であり、狩るには相当な実力が無ければ返り討ちに合う』と評している魔獣だ。それを相手に余裕を持って戦えている俺は、相当の実力を身につけられていると考えていいだろう。

 そしてどうやらこの様子だと……うん、イザベラがただ単にバグった強さなだけっぽいわ。バルト・グリコス兼武内 一弘 実は弱い説は何とか杞憂に終わった。

 まぁそれはそれとして人間の強さ自体が前世とは別物な異世界では、生まれ持った才覚が何より物を言う。俺も中々な方ではあると思うが、イザベラはその更に上を行っているようで……人生の悲哀を感じますね。

 

「もっと本気でやってほしいな、それとも本気でやってそのザマだったのか?」

「ギッ……ギャアアアオッ!!」

 

 しかし先ほどのやり取りだけですっかりこちらを警戒してしまったシャドーハード。何匹いるのか数えようにも紛らわしくてやりたくない程度に、その身体をぎゅっと寄せ合って一塊になっている。こうやって小柄なのを大きく見せる事で威嚇にもするらしいが、俺の目的はこのシャドーハードよりも自分が強いのかを確認することだからなぁ……攻撃してこないにしても、恐れをなして逃げ出すくらいではないと困る。

 という訳なので挑発してみた、その結果がこれだ。ベジットの煽りスキルは異常、人と魔狼という種族の壁さえも貫通してシャドーハードをブチ切れさせた。言葉が通じている訳では無いだろうが、俺の顔や言葉の調子から心底侮られ、貶された事はこいつらにも分かったのだろう。

 黒い大きな影の中に浮かび上がる、ガン開きにされて血走った眼と牙を剥き出しにしたアギト……これあれだ、アーカードが出す狗みたいに見える。ちょっと怖い、めっちゃキレるじゃん……

 

「「「ギャオゴォッ!!」」」

「おおっ」

 

 一斉に飛び掛かって来るシャドーハード、感心するほどに統制の取れた挙動は一つの生命体のようだ。図解にも載っていた特性だな。普段は相手を輪になって囲い込むようにして追い詰め、袋叩きにして狩りをする狼達。

 だが自分達では手に負えない相手と向かい合った時にはこうなるのだという。例え自分がやられるとしても、後続の無事な仲間が敵の喉笛を噛み切れれば勝ちであるという、何とも誇り高い戦闘スタイル。

 だがこれと正面からやり合うのは無理、などとは思わなかった。速い、確かに速いがイザベラ程でも無ければ迫力も足りていない。いやこれの比較対象になってこっちのがヤバいってなるイザベラがおかしいだけの話だけども。

 

「フィンガーフレア……大発火!」

「「「ギギャ───」」」

 

 フィンガーフレアボムズ、は折角の実戦だし使ってみようと思っていたのですが、まぁ。やめました。やめたのか。ぶっちゃけあれってやってみたかっただけというか。形を真似ただけでその実小さい火の玉が指から五つ出るだけになるし……一応シャドーハード達が俺を殺そうとしているのは本気だし、仕留め損ったら命の保証もないのて確実に吹き飛ばすべしと、じゅじゅちゅし的な大発火をお見舞いしていくことにする。

 掌の小さな火種は爆発的速度で膨れ上がり、大の大人も二、三人は包み込んでしまえる程の焔と化した。ボ、と炸裂した火球は勢いよく突っ込んできた狼達を順番に焼き焦がしていく。ぐわ酷い臭いがしてきたな、これはやめといた方が良かったか。

 

「アウッ……アッアッアッ……」

 

 塊の後ろの方にいた狼達は急ブレーキを掛けて止まったようだ。自分の仲間達は犠牲を覚悟して面で攻めた訳だが、その面を丸ごとうっちゃられるとは思っていなかったらしい。

 俺が手傷を負った様子が無い事も絶望を助長しただろう。黒焦げに、或いは生焼けとなって死んだ仲間の姿に恐れをなしたか……或いはどうあがいても敵わない相手と悟ったのか、生き残ったシャドーハード達はアニメのクリリンみたいになってしまった。

 そうして暫くすると奴らは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。いやこんな時にでも群れで固まったまんまだからこの比喩は正しくないな、なんて言うのが正しいだろう、一目散に逃げていったでいいか。

 二回りほども小さくなってしまった黒い影を見送り、俺は樹木に背を預けて座り込んだ。何も全滅させる必要はない、村が襲われないようにするための露払いには充分だろう。こいつらの本領も打ち破れた事だし俺>シャドーハードという力の関係は認識出来たので良しとしよう。

 

「しかしこうも焼いてしまったら毛皮もまともに取れなんなぁ……肉は、まぁ食うのが、一番なんだろうが……」

 

 だが過信は出来ない。そもそもあの図解自体古い物、この村はそう裕福な訳でもなく何処かの誰かがいつ買ったともしれない本が寄贈されているだけ。情報が間違いなく信じられるものか、また月日の経過でその評価が変動しているのではないかという問題がある。自分の実力、最低限の保証にはなっただろうが、この辺はおいおい村を出て確かめていくとしよう。

 

「しっかし……狼肉か、ジビエは前世の頃から好きだったから歓迎なんだけど、犬型ってのはどうにもなぁ」

 

 それはそうと、狩ったシャドーハード達はしっかり処理しなくてはならない。最初に飛び出してきた二匹、一匹は首を切り裂いただけだし片方は高圧電流でパァンした程度。これらは持ち帰って皮なりを売れるとは思うが、火でこんがりした方は……うん、取り敢えず持って帰るか。獣の骨とか集めてキヒイイイイイイイ骨の拳ィイイイイイイ!!!!

 

 

 

 

 シャドーハードの毛皮は他の狼にはないその黒さが加工品として好まれるらしい。連中はさっき見た通り、必ず集団で暮らしているため一般人には中々狩る事が出来ず入手は難航、故に然るべき所に流せばそれなりの額になるようだ。ただこの毛皮をどう加工するのか……それに関しては正直そこまで興味がある訳でもないし、現代への帰還に役立つとは思わないので触りだけしか知らない。この頭シーリスには職人の技法など理解出来ぬのよ……

 てな訳で換金である。基本的にこの歳で金を稼ぐなんてこと他の子どもはやらない、というかまず出来ないから大層驚かれたものだが貯蓄はあるに越したことはない。行商人のおじちゃんに頼んで毛皮や牙を買い取って貰った。銭は大事と存じます、金は力だ! と最低なサクナヒメやったところでクライス先生に借りていた槍を返しに行く事にする。

 先生が若い頃に使っていたそれとは別物で、この村での自警用に使っているものだがその切れ味だのは敢えて低めの物にしているらしい。この村平和って言っても何があるかわからんしね、オーバーな武器は碌な……オ、オーバードウェポ……

 

「帰ったかバルトよ、首尾は……聞くまでもなさそうじゃな。あの影狼を物ともせぬとはな」

「いえいえ、これも全てクライス先生の指導の賜物です」

 

 何て馬鹿な事やってる内にクライス先生の家へ辿り着く。会釈をしてから中に上がり、借りていた槍を返却……ついでに毛皮が稼ぎになったのを一部渡そうと思ったのだが、若者に集らせる気かとつき返されてしまった。本当に人が出来ている……悪い気もするけど、甘んじて自分のために使わせてもらおう。

 稼いだ金の使い道……まず武器だろうな、いつまでもこうしてお世話になっている訳にはいかないし好意に甘えてもいられない。手入れをしてから返すとはいえ、間違いなく消耗するものなのだ。自前の物を使わなくては。

 

「自惚れは若者の特権じゃが、それすらも……いや、そうではなかったか」

「若者では無い、と言うなら少し語弊がありますが……元よりこの力は借り物のようなもの。自惚れてなどはいられません」

 

 椅子に座り、狩りがどういった内容だったかを一通り話したのだが……褒められて悪い気はしないが、素直に喜べない自分もいる。

 俺は大した人間じゃない、もし俺がそんな人間なら前世の時からそうだった筈だ。ただバルト・グリコスという借り物の力を使って、良いように振る舞っているだけなのよね。だからこそ俺は日々邁進して行くしか無いのだ、ゴールはわかっているけどその道のりはまるでわからない訳だからな。道半ばで驕っている暇なんて何処にも無いんだよ。

 

「……少し待っておれ」

「は、はい」

 

 そんなやり取りをしていると、押し黙ったクライス先生は何やら俺の顔を真正面から暫く見つめた後、そう言って席を立ってしまった。別に何か変な事はしていない筈だが……ふむ、いや気に触ったとかそういう反応じゃないね。何だろうと思いながら待っていると、先生は黄色い布に包まれた長い棒状のものを持って来た。

 

「これは……」

「ふむ、やはりわかるか」

 

 いや全然何がわかったとかではないんですけど。包み布を剥がしていくクライス先生にその事は指摘出来ず、黙って中身を取り出すのを見守っておく。厳重に、というより丁重に保管されていたそれが少しずつ姿を表す。この段階になって俺はようやくそれが何なのか察する事が出来た。

 

「この、槍は」

「もう気が遠くなるほど昔、儂が振るっておった得物よ。魔獣狩りには過ぎた代物……いや、心折れた儂にはこれを握る権利なぞ失われておるのだがな。捨てる事も出来ず、未練がましく残していたのよ」

 

 黄金に輝く十字槍、白銀の穂先は鏡のように俺の顔を映し出し、石突には魔術の触媒ともなる赤い輝石が埋め込まれていた。見ているだけで三時間は楽しめそうな……というかファンタジー度合いが一気に高まってめちゃくちゃドキドキしているんだが。クライス先生は何のつもりでこんな男心を擽るものを持ってきたのだろうか。

 

「だが死蔵するよりは、と思うてな。幸いにも託すのに何ら不安のない教え子がおる……何処までこの型落ちが役に立つかは知れぬし、必要なら売り払うなりして別の槍を買えばいいが……なんだ、受け取れい」

「……」

 

……マジかよ。




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