けものんクエスト 孤峰(こほう)の騎士   作:今日坂

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かばんさん達と一緒に海底火山へと向かったサーバル。
そして安全なはずのホテルにも、何者かの魔の手が忍び寄っていた。


タイトル一覧

◉異変

◉闇の誘い(いざない)


◉異変

かばんさんたちが発った後、ホテル周辺の海面が徐々に黒く染まりだした。海を漂っていたセルリウムが、輝きに惹かれてワラワラと集まってきたのだ。そしてその一部は、ホテルから伸びていた排水用のパイプから内部へと入っていった。

 

ライブ会場の上の階には、大きなプールが設置されていた。その水が、流れ込んできたセルリウムでどんどん黒くなってゆく。

そしてプールサイドには、それを見つめる小さな緑色のセルリアンがいた。そいつは全身をカタカタさせつつも、愛想笑いを浮かべながら震える声で話し始めた。

 

緑セルリアン「やぁ…、お目覚めだね。久しぶりの地上はどう?感じ取るよりも直に見る方が、感慨深いものがあるんじゃないかな。…でも、もう少しゆっくりしててもいいんだよ?見てたよね?ボク一人でも、十分やっていけるんだ。」

 

「そりゃあさ、与えられた指令を果たせなかったのは謝るよ。結局あのヒトの子は取り込めなかったし、ビーストも健在だ。でもさ、フレンズの厄介さは身をもって知ってるよね?」

 

「それにさ、各地で生まれたフレンズ型も、もうそこまで来てる。ボクのまいた種が、ようやく芽を出したんだ!これでフレンズ達もおしまいさ。だからさぁ…、せめてそいつらの活躍を見るまで、この姿でいさせてくれないか…?」

 

するとプールから水でできた一本の黒い触手が伸びてきて、セルリアンに巻きついた。

緑セルリアン「お願いだよ!ちょっとだけでいいんだじょうぉ…、ウワァァァッ……!」

 

誰にも届く事のない小さな叫び声を残して、緑色のセルリアンはプールに取り込まれた。そしてしばしの静寂の後、そこから抑揚のない声がした。

 

?「…鬱陶しイ。御託を並べるヒマがあるのなら、なぜ満足な結果を出さなイ。まあお前の知識と言葉は役立ててやル。私の中で好きなだけ世界を見るがイイ。」

 

すると大量の黒い水がスライム状の大きな塊となって、のっそりとプールを這い出した。そしてズルズルと表へ出ていった。

 

 

キュルルはカラカル、イエイヌと一緒に寝室の大きなベッドで横になっていたのだが、いつまで経っても眠ることができなかった。頭の中に浮かんでくるのは、先程のかばんさん達と、「私も、かばんさんと行ってくる!」と言って部屋から出ていったサーバルの事だった。

キュルル『今頃サーバルは、かばんさん達と楽しんでるんだろうな。』

 

体も頭も疲れているのに、心がザワザワして落ち着かない。堪らなくなって起き上がると、イエイヌが目を覚ました。

 

イエイヌ「あれ、キュルルさん、どうしたんですか?」

キュルル「何だか眠れなくて。」

イエイヌ「…そうだ、いいものがあります!」

 

イエイヌはキュルルと一緒に寝室から出ると、用意されていたグラスを一つ取り、毛皮から小さな葉っぱを取り出した。そしてグラスにそれを入れると、ポットのお湯を注いでキュルルに手渡した。

 

イエイヌ「はい、どうぞ。おうちの花壇で育てている葉っぱのお湯です。昔ご主人が、眠れない時はこれを飲んでいたんです。私も寂しくなるとよく飲んでいました。」

 

グラスの中には温かな薄いピンク色の液体が入っていて、とてもよい香りがする。飲んでみると、ほんのり甘くて、体中がポカポカと温かくなり、緊張がほぐれてきた。

キュルル「ありがとうイエイヌさん、とっても美味しいよ。」

 

キュルルはそれをゆっくりと味わいながら飲み干すと、大きなあくびをした。

キュルル「わあ、これならすぐ眠れそうだよ。」

 

イエイヌ「よかったです。良い夢が見られるといいですね。」

 

それからキュルルは、イエイヌと一緒に寝室に戻るとベッドに横になった。

キュルル「おやすみ、イエイヌさん。」

イエイヌ「おやすみなさい、キュルルさん。」

 

そして目を閉じると、すぐに眠る事ができた。

 

 

キュルルは夢を見ていた。そこではカラカルやサーバル、イエイヌやかばんさん、そしてたくさんのフレンズ達と一緒に、広い花畑で遊んでいた。あたりは一面色とりどりの花が咲き乱れていて、みんなで歌を歌ったり、手を繋いで踊ったりと、素敵な時間が流れていた。

 

それからキュルルは、かばんさんに教わりながら花の冠を作り始めた。なかなか思ったような形にはならないが気にせずどんどん進めてゆくと、どうにかそれらしい物ができあがった。そうしてそれを誇らしげに掲げると、隣で見守っていたカラカルが拍手をしながら彼を称えた。

 

そしてふと視線をずらすと、少し離れた所をビーストが歩いていた。彼女はややうつむきながら、そそくさと通り過ぎようとしている。

そこでキュルルが手を振りながら「一緒に遊ぼうよ。」と声をかけると、彼女はためらいの表情を浮かべながらもこちらに歩いてきた。

 

ところが、ビーストの体が次第に黒い輝きで覆われていった。彼女が近づくにつれキュルルが持っていた冠がポロポロと崩れだし、花畑やみんなの姿が闇に飲まれて散り散りになってゆく。そしてとうとう暗闇の中に彼女だけが取り残された。

 

ビーストは悲しそうにうつむきながら、真っ暗がりの中ポツンと佇んでいた。しかしキュルルが手に残った一輪の花を髪に刺してあげると、びっくりしたような顔で彼を見つめた。それと同時に体を覆っていた黒い輝きは消え去り、あたりの闇が晴れていった。

 

 

 

◉闇の誘い(いざない)

 

キュルルはビーストに声をかけようとしたが、彼女はキュルルに背を向け、何かから庇うように立ちはだかると、目の前の空間を睨みつけた。

 

そこでは先程の闇が集まって、巨大な影となっていた。それは次第にはっきりとした形を成してゆき、ついには全身真っ黒な髪の長い女のヒトの姿へと変わった。その頭には6本のトゲトゲした虹色の長い角が生えていて、吊り上がったとても冷たい目をしている。

 

女はビーストに片言で話しかけた。

女「そう睨むな、何もしなイ。ただ念のため、聞いておこうと思ってナ。ビースト、なぜ戦ウ?いくら痛くて怖くて辛い思いをしようが、誰もお前を見てくれなイ。」

 

ビースト「!」

 

不意に女はキュルルを一瞥すると、嘲るような笑みを浮かべた。

女「ああ、一人理解者がいたナ。だが…ククッ…ヒトは最低だゾ。お前が助けてやる価値など全くない、ひ弱で口先だけの生き物ダ。ヒトが泣いてすがるのは苦しい時だけダ。事が済んだらすぐさま手のひらを返し、自分の利益ばかりを追い求め、不平不満を喚き出ス。」

 

「忠告しておこウ。たとえパークの危機を救ったとしても、お前はすぐに英雄の座から引きずり下ろされ迫害されル。そんな連中を命懸けで守る必要がどこにあル?」

 

ビースト「………。」

 

それを聞いてキュルルは叫んだ。

キュルル「違うよ!僕は絶対そんな事はしないし、させない!」

 

しかし女はキュルルを凍りつくような目で睨むと、冷淡な口調でこう述べた。

女「それはお前が、ビーストに個人的好意を抱いているだけに過ぎなイ。たった一人のヒトの感情では、周りを動かす事はできなイ。実際、お前がいくらパークの危機を叫んでも、言葉だけではホテルに集まったフレンズの意思を変えることはできなかっタ…。違うカ?」

 

キュルル「ぐ…!」

 

女「ビースト、私に手を貸せとまでは言わなイ、ただ邪魔さえしなければそれでイイ。そうすればお前には手を出さなイ。言う通りにしてくれれば、お前はそのお気に入りのヒトと一緒に、永遠に幸せな時間が続く世界で、永久に生きてゆけるゾ。その素晴らしさは、セルリアンの中でよく分かったはずダ。

さあ、どうすル?いくらお前が獣でも、この答えはすぐに出せるだロ?

……さあ、どうすル⁉︎」

 

ビーストはじっと目を閉じ、うつむきながらこう答えた。

ビースト「…嫌だね。」

 

女は一瞬驚いた後、ヤレヤレといった感じでため息をついた。

女「……所詮獣だナ。明日の大きな幸せよりも、目先の幻想(エサ)にすがりついていたいのカ。」

 

ビースト「…違う!!」

女「⁉︎」

 

ビースト「私はそれほど賢くないし器用でもない、戦うしか能がない。みんなから避けられているのは事実だし、お前の言うことも嘘じゃないと思う。…でも、いいんだ。」

 

ビーストは目を開くと、まるで自分を奮い立たせるかのように話し続けた。

ビースト「それでも私はみんなが好きだ。ヒトも!フレンズも!山も海も風も大地も空も…私の周りにあるもの全てが好きだ‼︎だからっ…、」

 

次第にその声は、かすれた涙声になっていった。

ビースト「もし本当に…みんなが私にいなくなって欲しいなら…、みんながそう望むなら…、私は…私はっ…!」

 

そしてビーストは顔を上げ、寂しげな顔でこう言い放った。

ビースト「お前を砕いて…!パーク(ここ)を去る…!!」

 

キュルル「なっ…⁉︎駄目だよビースト!」

それを聞いたキュルルは驚き、ビーストの手をギュッと掴んだ。

 

女「ソウカ…。まったく、おめでたい騎士(ナイト)だナァ…。天下のビーストも、今や首輪のついた飼い猫か。…まあいい、それなら容赦はしなイ。お前が自責の念と後悔で泣き叫び、苦しみもがく姿を見るのが楽しみダ。」

そう言うと女は2人の前からかき消えた。

 

キュルルは不安そうな顔でビーストを見つめた。すると彼女は振り返り、穏やかな顔でキュルルの頭をポンと叩くと、そこから立ち去っていった。キュルルは彼女を追いかけようとして叫んだ。

 

キュルル「待って!行かないでビースト、ビーストォ!」

 

 

 

キュルルは叫びながら目を覚ました。その目には涙が浮かんでいる。それを聞いて、隣で寝ていたカラカルとイエイヌが飛び起きた。

カラカル「しっかり!…もしかして寝ぼけたの?」

イエイヌ「だ、大丈夫ですか⁉︎」

キュルル「…夢…?」

 

まだ心臓がドキドキしている。いやにはっきりした夢だったが、思い返そうとしている間にも内容がどんどん霞んでゆく。そしてすぐに、どうして涙を流しているのかも分からなくなってしまった。

 

 

 

【戦えっ!】

ビースト『!!!』

突如頭の中に響き渡った例の声に、ビーストは叩き起こされた。彼女は海のそばの高い木の上でキュルルと同じ夢を見ていたのだが、やはり内容は思い出せなかった。しかしパークとキュルルによくない事が迫っているのだけははっきりしていた。

 

暗闇の向こうに、輝いているホテルが見える。そして海中のセルリウムが、どんどんそこへ押し寄せている。

戦う事になったら、また闇に飲まれてしまうかもしれない、そうしたらみんなを傷つけてしまうかもしれない…。

しかしこのままじっとしているのは、もっと嫌だ!

 

すると空から声がした。

?「ここにいたのですね!よかった…。さあ、とっととホテルに向かうのです!」




緑セルリアンは、黒幕が目覚める前に障害となるものを排除するために送り込まれました。セルリアンを使ってビーストを倒し、キュルルを取り込むよう指令を受けていましたが、フレンズ達に邪魔されて果たせませんでした。頑張った点もあるのですが、最後は無能扱いされて取り込まれてしまいます。そして知識と言葉と感情は、黒幕へと引き継がれました。

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