◯アムールトラ
手枷が外れ、ビーストからアムールトラに。頭には立派なトラの縞模様が刻まれている。とはいえ、パークに彼女の居場所はあるのだろうか?
◯ビャッコ
風を司る四神獣の一人。全身が白い毛皮で覆われていて、小柄な見た目からは想像もできないほどの途方もない力を持っている。
◯キュルル
女王事件の後、パーク中を回って手紙や伝言を届けるメッセンジャーとなった。文字の書けないフレンズに変わって、絵や文章を書いてあげたりもしている。
◯カラカル
キュルルと一緒にパーク中を回っている。
相変わらずキュルルの事を気にかけており、彼が手紙を届けながらアムールトラを探し回っている事も知っている。それを誇らしく思うと同時に、ヤキモチも妬いている。
タイトル一覧
◉いつかまた会えるよね
◉大平原の白い巨峰
◉誰かのための牙
◉いつかまた会えるよね
キュルルとカラカルは、ジャングルの中をさまよっていた。
カラカル「…ねえ、ホントに大丈夫なのキュルル?」
キュルル「おっかしーな、そろそろ着くはずなんだけど…ああっ⁉︎地図が逆さまだった!」
カラカル「ウソでしょーっ⁉︎」
キュルルはカラカルと一緒に、パーク中を回ってフレンズ達に手紙や伝言を届けるメッセンジャーとなった。文字の分からないフレンズに代わって、文章や絵を書いてあげたりもしている。
今日はジャングルにお使いに来たのだが、慣れない場所で迷ってしまったようだ。
キュルルはしばらく地図とにらめっこしていたが、不意に顔を上げた。
キュルル「よし!こっちだ、間違いない!」
こう言ってズンズンと歩き出したキュルルに、カラカルが心配そうに声をかけた。
カラカル「なんなら木に登って、周りを見てきてもいいのよ?」
キュルル「もうちょっと待って!早く一人でみんなを助けられるようになりたいんだ!」
カラカル「…そうね、しっかりやりなさい!」
そう言うとカラカルは、キュルルの後について歩き出した。
キュルルがパーク中を回っているのは、アムールトラを探すためでもある事をカラカルは知っていた。そんな彼を誇らしく思うと同時に、自分だけを見てくれない事に少しヤキモチを妬いていた。
そして樹上の気配に、心の中でこう呟いた。
カラカル『何やってんのよ、もう…さっさと出てきなさいよ!』
そんな2人の様子を、高い木の上からじっと見つめている大きなフレンズがいた。頭には立派なトラの縞模様が刻まれていて、オレンジ色の長い髪が風に揺れている。その子は先程からずーっともじもじしていた。
『パーク中大騒ぎになっちゃってる…。気まずいよ〜!』
とりあえず大きく深呼吸をして、よし、行くぞ!と気合を入れ直した。しかしどうしてもあと一歩が踏み出せない。そして毛皮から、アムールトラの顔が描かれている一片のスケッチブックのかけらをつまみ出すと、また悩み始めた。
『これも謝らないといけないのに…ああでもどうしよう〜!』
◉大平原の白い巨峰
すると、とうとう彼女の乗っていた枝がべキン!と折れた。
「あ゜っ!!!」
どっしーん!
そして派手な音とともに、草に覆われた地面に尻餅をついた。
「あてててて…。」
お尻をさすったり体についた葉っぱを払ったりしていると、その音を聞きつけたキュルルとカラカルがやってきた。
彼女を見たキュルルは、全身を震わせ、目からボロボロ涙を流しながら叫んだ。
キュルル「ビー…、アムールトラァァァ!!!」
それからアムールトラに駆け寄ると、勢いよく抱きついた。そして、彼女の名前を何度も叫びながらわんわん泣き出した。
キュルル「会いたかった…、会いたかったよぉ…!」
アムールトラはその勢いに圧倒されたが、しっかり彼を抱きしめると、小さくなった手で頭を撫でた。
カラカルは、目に涙を浮かべていた。
カラカル「おかえり!もう、さっきから何やってたの?無事なら早く出てきなさいよ!」
2人の涙を見て、アムールトラは心の中で首を傾げた。
アムールトラ『どうして2人とも、泣いているんだろう…?』
キュルル「カラカル、この子がそばにいるって知ってたの⁉︎」
カラカル「木の上からず〜っと気配と音がしてたのよ。」
アムールトラ『あ、バレてたんだ…、恥ずかしい〜!』
彼女は顔を赤らめながら気まずそうに頬を掻いた。それからトラの子の顔が描かれた紙の切れ端を2人に見せながら、流暢に喋り出した。
アムールトラ「ごめんね。パーク中大騒ぎになってるし、キュルルさんのものをバラバラにしちゃった事も謝らないとと思ったら、どうしても踏ん切りがつかなくって…。」
すると2人は、凄くびっくりした顔をした。
キュルル「へ⁉︎アムールトラ…。」
カラカル「アンタ、そんなスラスラしゃべれたの⁉︎」
アムールトラ「ああ、これはね…。」
女王「ウガァァァァ!!!」
断末魔の叫び声と共に、女王の体が激しく輝き大爆発を起こした。目の前が真っ白になり、もう駄目だと思った。
しかし次の瞬間、腕からカシャンという音がして私の体は空高く舞い上がった。そして全身に激しい衝撃が走り、そのまま気を失ってしまった。
それからどのくらい時間が経ったのだろう。すぐそばで誰かの声がした。
?「…ぉぃ、…おい、起きんか!」
『う…、う〜ん…。』
私はゆっくりと目を開け、上体を起こした。あたりはどこまでも続く平原で、強い風が吹いている。これまでパーク中を走り回ってきたが、こんな所には来たことがない。そして目に前に、小柄なトラのフレンズが立っていた。
その子は全身真っ白だった。髪型はボリュームのあるショートヘアーで、前髪にトラの縞模様がある。くりくりとした瞳は右目が青、左目が黄色のオッドアイ、毛皮は私と似たような感じで、上は長袖のワイシャツにベストにネクタイ、下はミニスカートにニーソックスを履いていて、お尻からは長くてしなやかな尻尾が生えている。そしてそれぞれ青と黄色の髪留め、手首の腕輪、足輪、尻尾の輪をつけている。
しかし見た目とは裏腹に、この子の放つ気配は今まで出会ったどのフレンズよりも圧倒的で、まるで目の前に巨大な山が立っているかのようだった。
私は思わず身をこわばらせた。
ビャッコ「おお、我(われ)の気を感じ取ったか。見た目で判断せず、物事の本質を見極めようとする目があるのだな、感心感心。
だがそう固くならずとも良い。我はジャパリパークの西方を守護し風を司る者、四神獣のひとりビャッコだ。」
「強い気を感じて来てみれば、手枷が外れたばかりのビーストであったか。もはや新たに生まれるものも無くなって久しい…、こうしてあいまみえるのはぬしで最後かもしれぬな。で、何用だ?これからの身の振り方でも聞きに来たのか?」
そう言われて体を見回すと、手枷がない事に気づいた。それに全身もボロボロで、右手が特にひどい。
「私、は、あの…。」
ビャッコ「無理に話さずとも良い。念ずれば大体分かる。それにぬしの事は、まだパークにヒトがおった頃から知っておる。」
そう言うとその子は、私の目をじっと見つめた。
ビャッコ「……どうやら手枷がここに連れてきたようだの。とりあえず目の前の敵は退けたが、その後は何も考えておらん…か。
長き眠りの間に全てを忘れ、目覚めてからは誰も導く者が現れなかったのでは無理もないか。
…まあ、体が癒えるまでゆっくり休め。それからどうするか考えるがよい。さらに力を磨いて神獣になるも良し、あるいはこれまで通りの生活を送るのもよいだろう。」
『これまで通り…。また一人ぼっちで戦い続けるのは嫌だなぁ…。』
ビャッコ「…ふむ、戦いが嫌いとは、珍しいビーストだ。おまけに1人が大っ嫌いときたか。
ならばここで暮らさぬか?苦しみばかりのパークに戻る必要がどこにある…。そして体力が戻ったら、我の手伝いをしてくれぬか。」
『え…???』
私は改めて、目の前の子を見つめた。こんなにも強大な気を持っているのに、私が手伝うことなんてあるのだろうか。
ビャッコ「ぬしらの基準で考えればこれ以上ないくらい元気に見えるだろうがな、本来の力に比べれば今の我はぬしと同じくらい弱っておるのだ。
海の底の火山を鎮めたり、あれよあれよと元の姿に戻ってゆくパークを治めるのには結構な力がいるものでな。
陽の光、風のそよぎ、水のせせらぎ、大地のうねり…。我ら四神獣は、ぬしらがなにげなく目にしているもの全てを管理しておるのだ。
ここで学び力をつければ、いずれぬしにもできるようになるだろう。さすれば、今よりもっとたくさんのフレンズの力となれる。」
そう言われても、話が大きすぎて私にはピンとこなかった。
ビャッコ「今全てが分からずともよい。力がつけば、おのずと見えてくるであろう。さて、ここで暮らすのなら、この風に慣れなくてはな。まずはこの中でもゆったり眠れるようになれ。」
そんな無茶な、と思った。この強風の中では目を開けているのもやっとで、気を抜いたら吹き飛ばされてしまう。せめて体が万全の状態だったら、だいぶ違っただろう。
ビャッコ「我にしてみれば、こんなの涼風も同然だ。これくらい凌げなくてはな。それになまじ元気だと、できる事が多い分やるべき事を見失う。ボロボロだからこそ見つけられるものがあるのだ。
よいか、風と争おうと思うな。風は目の不自由な巨人、こちらが少し方向を示せば、意のままに動いてくれるのだ。感覚を研ぎ澄まし、風の声を聞け。後は風が全てを語ってくれよう。
よいな?キティ。」
『キティ?』
ビャッコ「子猫という意味だ。我からすれば、ぬしの力はまだそれくらいだからな。我はずっとぬしを見ておるぞ。時がきたらまた会おう。」
そう言うと、ビャッコさんの周りにつむじ風が巻き起こった。そしてそれが収まった時にはその姿は消えていて、私は風の吹き荒れる平原に1人取り残された。
『困ったな…、どうしよう?』
とりあえず、もう少し風をしのげそうな所はないか探してみる事にした。しかし吹き飛ばされないよう這いずりながら移動してみたものの、疲れるばかりで道は全然捗らない。風の中に目を凝らしても、あたりはどこまでも続く平原で、身を隠せそうなものはなにもない。
『いっその事、吹き飛ばされちゃったらどうなるんだろう?』
そう思った途端、風で体が浮き上がり、凄い勢いでゴロゴロと転がった。
『目が回るぅ〜!お願い、止まってぇ!』
私は無我夢中で両手を振り回した。すると爪に何かが引っ掛かり、なんとか体を止めることができた。
それは平原にポツンと立っていた、私の身長くらいの低い木だった。私は必死にその細い幹に腕を回してしがみついた。
しばらくして、クラクラしていた頭がはっきりしてきた。
『ふう…。これなら思いっきり高く跳べば、トリの子みたいに飛べるんじゃないかなぁ…。』
風に乗って空を自由に飛ぶ自分の姿を想像して、私はちょっぴり愉快になった。そのまま飛んで行けば、いつかはこの平原も終わり、見知ったパークのどこかへ出るだろう。
『でも…、いずれは地面に降りなきゃいけないんだ。』
降りた先に待っているのは、孤独と戦いの日々…。それなら、ここにいた方が良いのではないかと思えてきた。
『…よし!あの子が言ったように、まずはここで眠れるように頑張ろう!』
そう考えた私は、木にしがみつきながら目を閉じた。
ゴオオオオ…
真っ暗闇の中で、強い風の音だけがはっきりと聞こえる。初めのうちはいつまた飛ばされるかという恐怖しかなかったが、しだいにくたびれてきて、体の力みが弛み、意識が途切れ始めた。
ぼんやりとした頭に、風の音が絶え間なく流れ込んでくる。
『…でも、どれも同じ音ではないんだな。』
よくよく聞いてみると、その強さや吹き付ける向きによって、風の音は微妙に違っていた。しばらくすると、音でどんな風なのか分かるようになってきた。私は風が弱まると眠り、強まると起きるを繰り返した。するとだんだん慣れてきて、強風の中でも眠れるようになった。
お腹が空いた時は、木になっている小さな赤い実を食べた。硬くて美味しくはなかったけど、不思議な事に一粒でも満たされた気分になった。
ここは時間の感覚がよく分からない。もう何年も経ったような気もするし、数分しか経ってないような気もする。すると不意に、風の中からビャッコさんの声がした。
ビャッコ「我の声が聞こえるか?なら次は、立ち上がって風の中を歩いてみよ。」
風が弱まった時を見計らい、私は木にしがみつきながら立ち上がった。でもすぐに強い風が吹いてきて吹き飛ばされそうになり、慌てて身を伏せた。
『これじゃあ歩けないよ。風の強さごとに違う色がついてれば見分けられるのにな…。」
その時ふと、風の中にビャッコさんの匂いを感じた。音を聞いてみると、どうやら少し弱い風から匂いがするようだ。私は再び立ち上がると、それを頼りに少しずつ歩き出した。
『風と争っては駄目…。強い時はやり過ごし、弱まった時に一歩踏み出す…。』
そしてしがみついていた木が見えなくなるくらい歩いた頃、目の前につむじ風が巻き起こった。かと思うとそこからビャッコさんが現れた。
ビャッコ「おお、戻ったか!ここは我とキティが最初に出会った場所だ。どうやら風が見えるようになったようだな。我が力を貸してやったとはいえ、なかなか飲み込みが早い。
風を見る鍛錬はこれくらいにして、今度は風に乗るとはどういうものなのか教えてやろう。さ、我の手をとるがいい。」
そう言ってビャッコさんは右手を差し出した。その手を握ると、あたりの風が集まってきて、私たちを包み込んだ。私はびっくりして、思わず声を上げた。
「わっ‼︎」
◉誰かのための牙
しかしその声が終わる頃には、私達はどこかの森を見下ろす崖の上に立っていた。
『ここは…?』
ビャッコ「平原の近くだ。キティも鍛錬を積めばできるようになるやもしれんし、あるいは我とは全く別のものを従えるやもしれん。
…それにしても、弱音の一つも吐かぬとは。キティはずいぶん素直で熱心なやつなのだな!だがそれは、誤った教えに惑わされ易いとも言える。流されるだけでなく、時には自分の正義と照らし合わせてみるのも大事だぞ。」
『そういえば、本心(ワタシ)にもそう言われたっけ。』
どうも私は、言われた事を真に受けて突き進むきらいがあるようだ。
ビャッコ「まあ、こればかりはどんなに口で言っても身につくものではない。無数の声の中から己に必要なものを選び抜いて取り組むには、ある程度の知識と経験が必要だからな。初めのうちは失敗続きでも、いずれは見えてくるだろうて。」
『無数の声…か。そういえばさっきから気になってたんだけど、風の音に混じって聞こえてくる小さな声、これはなんなの?』
ビャッコ「風は匂いだけでなく、パーク中の声も運んでくるのだ。距離の近いものや数の多いもの、思いの強いものほど大きく聞こえる。集中してみれば、今のキティでも聞き取れるものもあるだろう。」
そこで私は目を閉じて、耳に意識を集中させた。風の中から聞こえてくるたくさんの小さな声、そんなわちゃわちゃと絡み合った音の中で、なんとか聞き取れたのは…。
「助けてーっ!」
『⁉︎』
誰かの悲鳴だった。私は思わず目を見開くと、必死にあたりを見回した。
ビャッコ「聞こえたようだな。」
『ねえ、今の声は⁉︎』
ビャッコ「この近くでセルリアンに襲われとるフレンズのものだ」
するとまた声がした。
「誰かっ、助けて‼︎」
私は眼下の森に目を凝らした。すると大きなセルリアンに襲われているフレンズがいた。その子は足から徐々にセルリアンに取り込まれている。
『助けないと!』
ビャッコ「待て!いいかよく聞け。全ての声を救う事はできん。それにあのセルリアンは、今のキティでは到底敵わぬ。」
『そんなっ…、見殺しにしろっていうの⁉︎』
ビャッコ「無理なものは無理なのだ。今やるべきはとにかく体を休める事。そして体力が戻ったらあの子の無念を晴らすがよい。」
『明日の私ならできるかもしれない…。けどあの子には今しかないんだっ‼︎』
そして私は全身に意識を集中させた。しかしてんで力が入らない。
ビャッコ「ほれな?そんな体で立ち向かっても犠牲が増えるだけ。がむしゃらに向かってゆくばかりでなく、少しは明日も考えながら行動する事を学ばねば、いくら体があっても足りぬ…⁉︎」
しかし突然、私の全身から白い輝きが吹き上がり、右手に集まり始めた。ボロボロの右手に、白く輝く5本の爪が生成されてゆく。けれども体がどんどん霞んでいった。
私は自分の体を形成するけものプラズムを解放し、戦うためのエネルギーとしたのだった。
ビャッコさんは驚愕の表情を浮かべた。
ビャッコ「いっ…、生命(いのち)の牙!」
『これでっ…、戦える!』
そして私は、すぐさまあの子の下へ駆けつけようと足に力を込めた。しかしビャッコさんが目の前に立ちはだかった。
ビャッコ「…駄目だっ!やめるのだキティ。」
『どいて!』
ビャッコ「そうはいかん!ぬしの心意気は買うが…、100%失敗すると分かっている攻撃をみすみすさせる訳にはゆかぬ!」
『‼︎』
ビャッコ「残念だが我には分かる。その牙にあのセルリアンを倒せるだけの力はないっ‼︎」
その言葉を聞いた私は、フッと目を閉じうつむいた。
ビャッコ「さあ今すぐその牙を引っ込めろ。ボロボロなうえ手枷も失った今のぬしでは、ものの数分で命そのものが尽きてしまうぞ!
ぬしの秘めたる力は凄まじい…、鍛錬を積めば、我より優れた神獣になれるやもしれぬ。無駄に命を捨てるでないっ!」
しかし私は、うつむきながらもはっきりと自分の意思を述べた。
「…いい、それで‼︎」
ビャッコ『なにっ…⁉︎』
そして顔を上げて、心の中でこう叫んだ。
『最初からあいつを倒そうなんて思っていない…、私の命が燃え尽きるまで、叩いて!叩いて‼︎叩きまくって!!!わずかな傷の一つでも残せればそれでいい!』
ビャッコ「それを無駄死にと言うんだ!」
『無駄じゃない‼︎たとえ私が力尽きても、必ずみんなに何かを残せるはず…。あの子が逃げてくれれば、誰かにセルリアンの事を伝えてくれるだろうし、残った傷跡を見た他の誰かが、やつに立ち向かう勇気を持ってくれるかもしれない。
もともと私は、戦いの中で誰にも知られないまま消えてゆくつもりだった。そんな私の命が誰かの一歩のきっかけになるんだったら…、こんな嬉しい事はないよ!』
ビャッコ「…!!!」
そこへまた、あの子の悲鳴が聞こえてきた。
「お願い、助けて‼︎」
「待ってて、今行く!ウオオオオオーッ!!!」
私は雄叫びを上げると、右の爪を構えながら、眼下のセルリアンに飛びかかっていった。
しかし突然、目の前にビャッコさんが現れた。あまりに急だったので、私は腕を引っ込める事ができなかった。
ザシュッ…!
右の爪が、ビャッコさんの左肩を貫いた。
「アアアッ…⁉︎」
ビャッコ「…もうよい…、力を抜け、アムールトラ!」
そう言うと、ビャッコさんは私の右手にそっと自分の手を重ねながら、私と一緒にふわりと宙に浮いた。その目は、これまで見た事のない優しさに溢れていた。
私は全身をガタガタと震わせながら爪を引き抜いた。昂っていた気持ちがぷっつりと切れ、体から力が抜けてゆく。私は震える声でこう尋ねた。
「なん、でっ…、なんでそこまでするっ…⁉︎」
ビャッコ「我は今の今までぬしをみくびっておった。この傷はその詫び…。驚いたぞ… 、ぬしは昔の我にそっくりだ‼︎これはトラのさがというやつなのかのう…。」
「ビャッ…コさん…。」
「同じく命を削るなら、我の方が良かろう。我はぬしの何倍も生きた。…我にぬしほどの決意があれば、あれくらいものの数ではなかったのだ。
ここで見ておれ、見ることもまた勉強だ!」
そう言うと、ビャッコさんの体が旋風で包まれた。そして両腕に、物凄い力が溜まってゆく。
そしてビュッという音と共に、その姿が消えた。
ビャッコさんは一瞬でセルリアンの目の前に現れると、両腕を叩きつけた。
ビャッコ「疾風白虎拳!!!」
ドグワッ!!!
セルリアン「グオオオオーン!」
「きゃーっ!!?」
両腕に込められた膨大なエネルギーが一気に炸裂し、巨大な風の渦がセルリアンの体を粉々に打ち砕いた。あの子も吹き飛ばされたが、どうやら無事なようだ。
すると巻き起こった風が一気に押し寄せてきて、私の周りで吹き荒れた。そして風の中から、穏やかなビャッコさんの声がした。
ビャッコ「アムールトラよ…、ぬしはまだパークに未練があるようだな。一旦戻って、これからの事をじっくり考えるが良い。」
『パークに…?でも、私の居場所なんて…。』
ビャッコ「案ずるな、耳をすませてみよ!」
私は言われた通り意識を耳に集中させた。すると風の中からみんなの声が聞こえた。
「野生解放が使えるようになったよ!これならもうセルリアンに怯えなくても大丈夫だよ!」
「パークを元通りにしてくれたのは、ビーストなんだって!」
「ラッキービーストが見せてくれたよ!パークとみんなのために戦ってくれたんだ!」
「かばんさん達が言ってたよ、ビーストはアムールトラっていう、とっても優しいフレンズなんだって!」
「アムールトラに会いたいよ…。誤解してた事謝りたいし、ありがとうって言いたい!」
それを聞いたとたん、なぜか私の目に涙が溢れ出した。
『みんな…!私、一緒にいていいの…?』
すると目の前に、輝きを放つ小さな紙片がヒラヒラと舞い降りてきた。
ビャッコ「忘れ物だ!ぬしと一緒にやってきたものだ…。それと餞別だ、我の輝き少し持ってゆけ!ゆめゆめ、命を捨てようなどと思うなよ!
またいつか会えるのを楽しみにしておるぞ!達者でな…。」
そう告げると、ビャッコさんの声は風の中へと消えていった。
そして紙片に手を伸ばすと、それがカッと強烈な光を放った。
気がつくと、私は手枷が置かれた記念碑の前に佇んでいた。
「ここは…、沈んでいたはずの遊園地?それにこれは私のジャラジャラ…、私がいない間、一体何があったんだろう?」
とここで、私は突然流暢に喋れるようになった自分に驚いた。そしてボロボロだった体も、いつの間にか綺麗になっていた。
アニメ版と漫画版でビーストの頭の模様がアムールトラと異なっている理由は明かされていませんが、それを物語に活かしてみました。
これまでビーストが戦いを重ねて力をつけていったのは、修行によって力を増したというよりは、本来の力を取り戻したという感じです。ビーストの頭に浮かび上がっていた紋章がアムールトラの縞模様へと変わったのは、その象徴です。
ビャッコ編はもともと、エンディング後のifストーリーとして書きました。昨日起こった事かもしれないし、明日起こる事かもしれない。夢か現実かも分からないお話でした。
ビャッコは次元の違う力を持つ存在として書きました。けれども全ての声を助ける事はできません。長い年月の間には、やむを得ず誰かを見捨ててしまい、悔しい思いをした事もあったと思います。
彼女の話し方は、台詞集を見てもよく掴めませんでした。口調といえば、ビーストとアムールトラでも少し変えています。