猫追っかけて女の子に一目ぼれして遺体も見つける話

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猫追っかけて女の子に惚れて遺体も見つける話

学校の下駄箱を抜けて、校舎を出たところ。

友樹は一匹の猫と向かい合っていた。

立って見下ろす先に、座っている猫。

茶色い毛並みをベースに黒いしましまが入ったキジトラの猫。

地面の上にちょこんと座って、友樹をじっと見つめている。

友樹もまた、目を輝かせて見つめ返していた。

可愛い。

心中感激である。

この猫、実は学校では有名な猫であった。いつからかこの高校の敷地に住み着き始めたようだが、そのくせ人には全く慣れようとしない。

近づいたら即逃げる。

素晴らしい反射神経である。

よって生徒たちの間では、校内で見かけても、いくら可愛くても、愛でたければ近づくなというのが暗黙のルールとなっていた。

その猫が。

友樹の前でじっとしている。

友樹はチャンスとばかりに、首から下げているカメラに手をかけた。

レンズを構えて何枚か撮った。

写真が増える。どれも可愛いにゃんこである。

にゃんこにゃんこ。

癒し極まる。

そのうちに猫は、友樹に背中を向けて、のらりのらりと歩き始めた。

尻尾が揺れている。

ゆらりゆらり。

まるで手招きをするようである。

友樹は釣られるようにして後についていくことにする。

ぷりぷりとお尻が揺れる。合わせて揺れる尻尾。

可愛い。

言わずもがな、後ろ姿も何枚かカメラに収めた。

非常に、よい。

ただ傍から見れば、カメラを構えた怪しい生徒が猫のケツを追いかけ回しているという非常に怪しい光景である。

尤も、当の本人は猫を取るのに夢中で周りの目など一切気付いていないのだが。

やがて猫は建物の角を曲がった。

体育館の角である。そして体育館の裏手であって、ちょっとしたスペースが広がっている。そこに猫が進んでいった。

姿が見えなくなる。

友樹はもう少し猫の写真が撮りたかった。

欲望を満たさん。

急いで追いかけた。

猫の消えた角に向かって走る。

裏手を覗きこむ。

そこで目を見開いて、立ち止まった。

視界に広がるのは、まるで一枚の絵画の様な心揺さぶる景色であった。

体育館の裏口に繋がる階段状の石畳。そこに座り込む髪の長い女子高生と、その膝に乗った先ほどの猫。

見上げる猫。

微笑み返す女子高生。

それを風で舞い散る桜の花びらが艶やかに彩る。

時が止まったように錯覚した。

心が掴まれる。

いつまでもその景色を閉じ込めていたい、見ていたい、と思った。

だから衝動に駆られて友樹がカメラのシャッターを切ったのは仕方がないことである。

気付けばカメラに収めていた。

 

「あっ」

 

カメラの音に気付いた彼女が、猫から視線をずらして友樹の方に顔を上げた。

短い声。控えめに、驚いた声。

友樹はカメラを持ったまま呆けている。

少しの間沈黙があった。

やがて友樹は我に返ると、彼女に謝った。

 

「あ、ごめん」

「え、いや、いいよ」

「すぐ消すから」

「いいよいいよ別に」

 

そう言って彼女は笑った。

朗らかな笑み。快活な空気を纏っている。

ヒマワリに似てる。

その顔もまた魅力的だと友樹は思った。

 

「猫好きなの?」

 

彼女が興味深そうに問いかけてくる。

友樹は

 

「あ、うん」

 

と気を取り直すように答えた。

本当は君に見惚れてました、なんて言うにはあまりに恥ずかしい。そんな屈強な心は生憎持ち合わせてなかった。

ごまかした。

友樹が次の言葉に困っていると、彼女は自分の座る位置を横にずらして石段をぺしぺしと叩いた。

友樹は意味を察せない。

ただ見ている。

 

「ほらほら座んなよ」

 

その声を聴いて、ようやく意味を理解した。

断る理由は特にない。

むしろ喋れるなら少し嬉しい、かも。

友樹は誘導されるようにして隣に座る。

すると彼女の膝上でのんびりしていた猫は突然立ち上がり、飛び跳ね、遠くの茂みへと逃げていった。

 

「あ~あ、行っちゃったね」

 

逃げた先を見ながら少し揶揄うように言う。

申し訳ない。

でも友樹からすれば、猫が膝上に乗って気を許していた事実の方がよほど驚きであった。

触れれば問答無用の猫パンチが常である。

人間嫌いなくせに人間社会に来た猫。

変な猫。

今も茂みの中から瞳だけを光らせて、友樹のことを観察している。

 

「私は吉野」

 

彼女は振り返る。

 

「君の名前はなんて言うの?」

 

友樹の顔を真っ直ぐ見つめて自然に問いかけてきた。

人の目を見るタイプの人種だ。

 

「佐野、友樹」

 

一瞬言葉が詰まった。

友樹は名前まで言うべきか一瞬迷っただけで、別に吉野に気圧されたわけじゃない。

と、思うことにした。

 

「友樹か~ 良い名前だね」

「そうかな?」

「うん 呼びやすいじゃん」

「まあそうだね」

 

吉野は視線を下にずらして、友樹の首から下がっていて膝上に乗っているカメラに目をやった。

 

「良いカメラだね」

「知ってるの?」

「全っぜん」

「ははっ」

 

空っからな返事に笑った。

彼女もにへらっと笑った。

適当人間だ。

 

「ねえ 今まで撮った写真見せてよ」

 

吉野が言う。

友樹は応えるようにカメラをいじって、起動して、今までに写真を画面に表示する。

横長の四角に今までの写真が写った。

一枚二枚三枚、、

廃墟、電車、トマト、、

色々撮ってる。

別にルールなんてものはなく、友樹は気まぐれに写真を撮るのだった。

ボタンでの写真のスクロール方法を吉野に教えて、彼女にカメラを手渡した。

笑顔を浮かべてる、興味津々な顔をしている。

彼女はおもちゃを与えられた子供のように、もしくは子犬のように、うきうきで写真を見ていく。

 

「これは?」

「近所の犬」

「おお~」

 

「これは?」

「どっかの海辺」

「へえ~」

 

「これは?」

「変な雲」

「はは~」

 

「これは」

「これは」

「これは」

「これは」

 

吉野はいちいちリアクションをした。

別に写真に収められてる景色は特別なモノばかりではない。

が、彼女は表情をコロコロと変えた。

全てが興味の対象、新鮮に見えるようだった。

そんなに他人の興味を惹きつけられるのかと、友樹は嬉しかった。

あとは。

途中からは。

表情豊かな彼女のその横顔に、視線をちらちら奪われていた。

 

 

「これは?」

「あ、ん、マリモ?」

「ほえ~」

 

ごめん、それ毛玉。

 

 

 

 

 

友樹が写真を好きになったきっかけは母の死だった。

6年くらい前に。

まだ小学生だった友樹を残して、病室で、癌で、死んだ。

友樹は幼心に大きな悲しみを感じた。

たくさん管に繋がれてるやせ細った体に縋り付いて、泣いた。

心が千切れるような感覚に止めどなく涙があふれた。

全てを包み込んでくれた母の温もりを失ったのだ。

その時に知ったのが喪失感だった。

永遠だと思っていた母の温かさは無くなった。

傍にある。

ずっとある。

そんなものが無いことを知った。

それから友樹は父から譲り受けたカメラで、いろいろなものを撮り始めた。

夕焼けとか。雑草とか。写真写りなんてのはどうでもいい。

その瞬間を残しておきたかった。

だっていつか無くなってしまう事を知っているから。

公園も野良猫も見慣れた街並みも。

いつかなくなるから。

無くならないで欲しかったから。

写真の四角の中に全て納めていったのだ。

 

 

 

 

 

放課後になる度に友樹は体育館裏に寄った。

吉野は決まって石段に座っていて、膝上には猫を乗せていた。だから友樹がやって来れば、決まって猫は逃げ出した。

 

「あ~あ」

 

吉野の間延びした声。

次いで友樹へ振り返って見せる朗らかな笑み。

いつもそこから始まった。

隣に座って他愛もない話をした。

好きな映画の話だとか、好きな動物の話だとか。

食べ物の話もした。

その時の彼女の興奮具合は凄まじい。

どうやら食べることが大好きらしい。

目を輝かせて、うひひと笑みを覗かせて、次々出る出る食べ物の名前。

りんご飴、タコ焼き、お好み焼き、焼きそば、わたがし。

屋台の食べ物ばかり言う。

 

「好きなんだよね~」

「へえ」

「お祭りで食べると特別美味しいな~ってならない?」

「分からなくもない」

「だよね」

「・・・じゃあさ」

「んん?」

「夏になったら祭りとか行く?」

「それは名案!」

 

 

 

 

ある日の休み時間、友樹は自分の前の席の仲のいい友達と、いつも通りどうでもいいような話をしていた。

野球部に入っている坊主の友達である。

底抜けに明るい。

彼が会話の中で言った、

 

「お前最近放課後になると体育館の裏にいるだろ」

「え、ああ」

「なにしてんだ?」

 

友樹はそれを聞いて直ぐに察する。

友達は女子と会話してる僕を揶揄おうとしているに違いない、と。

尤も、女子と話している事については友樹も絶賛思春期であって、だから多少の恥ずかしさがあった。

でもその心情を友達に感づかれるというのも、厄介なことに、また恥ずかしい。

だから友樹は極めて平然を装って、何でもないように答えた。

 

「友達と話してる」

「だれと」

 

誰とと言われれば、、

 

「・・・女子と」

「嘘つけ」

「は?」

 

これを言わせたかったんじゃないのか。それで楽しもうって魂胆じゃなかったのか。違うのか。

友樹は友達の予想外の返しに面食らった。

嘘つけも何も、見てるでしょ。

僕が吉野と喋っているところを。

 

「お前変な嘘つくな」

「嘘じゃないっての」

「いーや嘘だね」

「なーんでだよ 見たから言ってんだろ?」

「見てねーよ」

「あ、体育館裏に入ってくとこだけ見てたってこと?」

「違う」

「じゃあなんで」

 

「お前が独りで横向いてぶつぶつ喋ってんのを見てんだよ」

 

友達は冗談でなく、変に抑揚をつけるでもなく、真面目な口調でそう言った。

自信があったのだろう。

しかし、友樹はと言えば。

笑った。

 

「そんなわけないよ」

 

友達は友樹の表情を見ると、さっきまでの硬い空気を崩した。

 

「そうか~?」

「そうだよ」

「じゃあ見間違いか~」

 

折角面白そうだったのになぁ~と、肩を落とす。

しかし直ぐに顔を上げて、次の楽しい話題をしゃべり出す。

 

「実はさあ、この学校幽霊が出るらしいんだよ」

「幽霊?」

「そう 夜中に学校に来ると、女の子の声がどこからともなく聞こえてくるんだってさ」

「へえ」

「知ってた?」

「知らなかった」

「だろ!」

 

友達は得意げだ。

続く話に、友樹は顎を小さく縦に振って、相槌を打っていた。

 

 

 

 

その日の放課後、友樹は吉野に幽霊の噂の話をした。

吉野は瞳を丸くして、興味深そうに友樹の話を聞いていた。

 

「そんでさ 今夜学校に忍び込んでさ 肝試しをやろうかなって」

「おお~」

「一緒にやらない?」

「うん、やるやる 面白そう」

「じゃあ学校待ち合わせで」

「うん」

 

吉野は”楽しみ”と笑った。

 

 

 

 

夜が更けて、夜空に月が輝いていた。

友樹は約束通り学校に向かった。

学校の門の柵はそこまでの高さが無く、高校生であれば楽々よじ登って乗り越えて、侵入することが出来る。

校舎の前に立って、見上げる。

月夜に照らされて、大きく暗い影を友樹の頭に落としていた。

見慣れた校舎だが、見慣れていない景色。威圧感がすさまじい。

見上げていると、ふと、横から声が掛かった。

声の下方向を向くと、笑いかける吉野がいた。

制服だった。

放課後にいつも見てる姿とまるで変わらない。

 

「いこうか」

「うん」

 

友樹は校舎の一階のとある部屋の窓を目指して歩いていった。

そこは普段使われていない物置きで、つまり忘れられている部屋である。

窓に鍵がかかってないし、扉にも鍵がかかってないし、それを誰も知らない、

だから二人が建物内に侵入することが可能であった。

躊躇いなく窓に手を置いて、横に滑らせる。

がらがら。

当然のように窓が滑っていって、開く。

 

「おお~」

 

吉野は感心したように横で声を漏らした。

 

「空き巣みたいだぁ」

「やってることは一緒かもね」

「じゃあ私たちは共犯者ってことだね」

 

吉野がいたずらな笑みを見せた。

友樹も小さく笑った。

二人は校舎に入った。

 

肝試しといっても、夜の校舎をただ練り歩くだけだ。

ただそれが怖かったし、楽しかった。

長い廊下は不気味だった。

足音がとにかく響く。

二人分の足音が、

こつ こつ

 こつ こつ

 

「今 足音増えて無かった?」

「増えてないよ」

「いやもしかしたら増えてたかもよ?」

「じぁあ吉野にもう一本足が生えたのか」

「たこたこー」

「・・・」

「・・・はっずぅ」

 

真っ直ぐ伸びる廊下。

窓から月の光が差し込んでいて、所どころ明るくなっていて、かと思えば先は真っ暗で見えない。

壁のでっぱりだとか、消火器だとかの縦長に伸びた影が人影に見えて怖かった。

 

「あれ人じゃない?」

「人かもね」

「あれもあれもあれもあれも」

「うん、全部人だ」

「ねえー、そう言われるとほんとに怖くなるんだけど」

「人だよ、あれもこれも ヒト、ヒト、ヒト、ヒト」

「ねええええ」

 

歩みを進めれば、横には教室がある。

横を通るとき、空っぽの席たちが怖かった。

がらら

音を響かせて扉をスライド、二人で教室に入る。

言わずもがな無人。

でも普段の喧騒と活気に満ちたクラスの様子を知っているから、自然とそこに人がいるように連想してしまう。

いないけど。

静けさが広がってるけど。

その落差が不気味をもたらしていた。

 

「誰もいないね」

「そりゃ夜中だし」

 

たたん。

 

「ええー、私が校長先生の吉野です」

「校長先生は教壇に立たない」

「おほん、副校長の吉野です」

「副も立たない」

「業務のおじさんです」

「業務して」

 

そうして夜の学校を歩き回った。

吉野は分かりやすくテンションが上がっていたけれど、友樹も友樹で心の中で興奮していた。

いけないことをしてる背徳感とか、夜の学校の恐怖感とか、、

吉野の隣にいるドキドキとか。

色々混ざって楽しかった。

 

やがて肝試しは終わった。

最後は記念に写真を撮ろうと、友樹が言った。

 

「いいね 犯行記念」

 

吉野が嬉しそうに笑う。

場所は校庭に立つ、でっかい桜の木。

人間が複数人立って手を繋いでようやく囲めるほどの太い幹。

それと、満開な桜。空をピンクで塗りたくろうと企むがごとく、どこまでも枝葉を伸ばしている。

学校のシンボルと言われていた。

数百年生きてるとか、校舎が燃えても生き残っていたとか。

二人はその桜の木を背後に並んで立った。

カメラは正面に向かい合うように置いてある。

タイマー式だ。ほっとけばシャッターが切られる。

友樹の左に吉野がいる。

剥き出しの左腕が触れていた。

人肌。

温い。

心臓の鼓動が早まっていた。

横目で見る。

吉野はカメラに向かってピースをしていた。

友樹はと言えば。

そっと、彼女の左手に自分の手を触れさせてみた。

さりげなくだ。

さりげなく。

すると吉野はちらりと友樹に視線をやって。

ふわふわ揺れていた友樹の左手を摑まえるように握りこんだ。

友樹が横目を向けた。

吉野は悪戯が成功したように笑っていた。

 

しゅぱっ

 

シャッターが切られた。

 

 

友樹はそっと手を放す。

カメラに近づく。

いじる。

撮った写真を見る。

そして桜の木に寄りかかってる吉野へと、振り向いた。

 

「やっぱり写らないんだ」

 

友樹は言った。

 

「うん 写らない」

 

吉野は言った。

 

「一番最初に撮った時も写ってなかった」

 

友樹は言った。

 

「だよね」

 

吉野は言った。

 

ゆっくり。

はっきり。

微笑んで。

 

「私、死んでるから」

 

 

 

 

 

 

「ねえ」

「うん」

「人が幽霊になるときってどんな時だと思う」

 

二人は桜の幹に寄りかかって、並んで、座っていた。

 

「死んだら?」

「ふふんっ 死んでもみんな幽霊になるわけじゃないよっ」

「なんか誇らしそうだな」

「正解はね」

「うん」

「生に執着するとき」

「ふうん」

 

相槌のようなモノをしてみたものの、友樹はまだよく理解していない。

 

「執着って?」

「それはいろいろ もっと楽しいことしたかったな~とか、残したワンちゃんが心配だ~とか」

「そんな感じなんだ」

「そんな感じ」

 

そこで吉野は一旦間を置く。

気持ちを整えるような間。

それから。

風に散る花びらを見ながら言った。

 

「私は身体を探してる」

「身体?」

「隠されちゃったんだ」

「誰に?」

「数学の岩崎先生に」

 

友樹は言葉が出なかった。

だって、それってつまり。

 

「私は岩崎先生に殺されたんだ」

 

 

 

「私、あの人からセクハラされてたんだぁ 意味なく人気のないに部屋び出されてさ そう、さっきの部屋だね それで身体とか触られてさ 耳元で ”足の曲線が綺麗だね 君の足は美しいね”って すっごく怖かったし、すっごく嫌だった だからある日スマホで映像を撮って、脅したんだ これ以上やるなら警察に言うって そしたら殺されちゃった あはは 急展開だよね あはは 笑っちゃうね 面白くないけどね」

 

吉野は本当に屈託の無い笑みで笑っていた。

友樹はなんて答えたら良いか分からなかった。

だから心に憐れみを持ちながら、その顔をただ見つめる。

 

「殺されてからは記憶がないから 私の身体がどこ行ったのか私は知らない でもこの学校にはある気がする というか埋まってると思う 幽霊の特殊能力みたいなやつだよ」

「・・・そうなんだ」

「さんざん探したんだけど見つからない 私は自分の死体がどこにあるか知っておきたいんだ でないと死が実感できない」

「・・・うん」

 

かける言葉が見つからなかった。

 

「あ、でも勘違いしないで 全然私いま暗くないからね!」

「?」

「ずっとさ誰にも気づいてもらえなくて寂しかったんだけど、最近は君に気づいてもらえたからすごく楽しいんだ」

「ああ、うん」

「なんでだろね? 真の猫好きにしか私の姿は見えないのかな? ということは私は猫の化身かも?」

「鳴いたら信じるよ」

 

みゃあ~

 

月夜に吉野の鳴き声が響いた。

やたら鳴き真似が上手かった。

 

 

結局その日は、それで終わり。

どちらからでもなく解散した。

 

 

 

 

二人は知らない。

数学教師の岩崎は変態であり、異常に吉野の脚を気に入ったこと。

それで警察に突き付けられて刑務所にぶち込まれてその脚に触れることが叶わなくなるくらいなら、いっそのこと殺して、その脚を奪って、自分の手元に置いてしまおうと考えた事。

二人は別に知らなくていい。

ただそう言うおかしな人はいるし、いた。

 

 

 

 

次の日も、その次の日も。

やはり友樹は放課後になると、体育館の裏に行った。

吉野はいつもいた。

猫もいつしか慣れてくれた。

別に吉野が死んだことについて、別段、話をしたりはしなかった。

ただ楽しく話していた。

そう言う日常があった。

 

でも、いつからか。友樹は思い始める。

彼女は自分の身体を見付けられない限り、いつまでもいつまでもこの世に縛り付けられているのか。

ずっと幽霊のままなのか。

ずっと制服着てるのか。

ずっと猫を膝に乗せてるのか。

ずっと、ずっと、ずっと、、

 

 

 

それは悲しいことだ。

 

 

 

 

「ねえ 僕女装しようと思うんだけど」

「ええええええ!!??」

 

吉野はびっくりして声を上げた。

猫は驚いて駆けて行った。

吉野の目は真ん丸だ。

 

「え、いや、まあ全然良いと思うよ、うん! 恰好なんて人それぞれだしね!私なんて春夏秋冬356日制服だし!」

「えっと、多分勘違いしてる、かな」

「いやいやいや遠慮しないで!むしろ見たくなってる私がいるよ!見せてほしいまであるよ!」

 

吉野は身を乗り出してくる。

目を輝かせている。

彼女の興味センサ―に引っかかったらしい。

だが友樹の言った言葉はそういうものじゃない。

 

「吉野って結構髪が長いよね」

「うん 長くも短くもならないよ だって死んでるから」

 

 

”幽霊ジョーク!”と吉野は笑う。

持ちネタにしてるらしい。

たくましい。

 

「うんうん それでさ」

 

話を戻す。

大事な話。

 

「僕が髪の長いカツラを被って、セーラー服着て、吉野になろうと思う」

「え?なんで私?」

「岩崎をビビらせるために」

「・・・?」

「それで岩崎に吉野の体の場所を教えてもらう」

 

 

 

 

 

友樹は休み時間になると職員室を訪れた。

英語の問題集で分からないところがあると言って入室し、英語教師の座る席まで歩み寄り質問した。

 

「佐野ぉ、珍しいな」

「真面目なので」

「じゃあ授業中寝るな」

「先生の声が心地よくて」

「耳元で英語を唱え続けてやろうか」

 

それは嫌だ。

 

「あの、それでなんですけど、この単語が分からなくてですね」

「はいよ」

 

と、隣にちらちらと視線を遣りながら、適当に教師の話を聞いていた。

英語教師の隣の席は、数学教師の席。

岩崎の席だ。

さっきまで缶コーヒーを飲んでいたが、今は席を立っていた。

 

「あ、なるほど分かりました ありがとうございます」

「おう いつでも聞きにこい」

「はい」

 

英語教師に一礼。

次いで退出する過程でさりげなく岩崎の席を通り、その机の上に小さく折った紙を置いた。

空っぽの缶コーヒーを重しにしておいた。

そのまま職員室を後にした。

 

紙にはこう書かれている。

 

 

17時26分、1階廊下の突き当りにある物置部屋に来い

 

吉野結

 

 

 

指定した時間は、丁度吉野が殺された時刻だった。

 

 

 

物置部屋に吉野はいた。友樹もいた。

首元までかかる黒い髪の毛。

友樹はカツラを被っていた。

それに友樹はセーラー服を着ていた。

長袖の白シャツ、リボン、チェックのスカート、黒のハイソックス。

今の吉野と全く同じ格好をしていた。

 

「おおおおおおお!! 似合ってる!!」

 

吉野は心底興奮した声を上げた。

友樹の周りをくるくる回り、あらゆる角度からその姿を見ては ”おお~” と声を漏らしている。

彼女曰くガチらしい。

そんなガチはいらなかった。

 

「楽しそうで何よりです」

「うんうん わくわくするね」

 

二人は岩崎先生が訪れるのを待っていた。

これから二人でちょっとしたイタズラをするためだ。

 

「まだかな~」

「もうすぐ」

 

 

 

 

数学教師の岩崎は物置部屋に向かって廊下を歩いていた。

タバコを吸いに行って職員室に戻ったら、怪しい手紙が置かれていた。

吉野結。

そう書かれていた。

忘れもしない。

確かに自分が殺した生徒の名前だった。

寒気がした。

死人が蘇ったというのだろうか。

はたまた誰かに犯行がばれたのだろうか。

いずれにしても気が気ではない。

廊下は夕焼けが差し込んでいて、壁も床も橙色に染められていた。

甲高い靴の足音を鳴らして急ぎ足で向かう。

物置部屋が近づくにつれて、心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。

そうしてやがて。

岩崎は物置部屋の扉の前に立った。

扉の取っ手に手を伸ばす。

震えていた。

自分にとっておぞましい真実が、都合の悪い事実が明らかになるのが怖かった。

捕まりたくない。

しかし確かめないわけにはいかなかった。

腹を決めて、岩崎は一気に扉を開いた。

 

目を見開いた。

 

視界の先、窓の前。

女が立っていた。

 

「嘘だ・・・」

 

岩崎はつぶやく。声が震えている。

信じられなかった。信じたくなかった。

死んだはずだ。殺したはずだ。埋めたはずだ。

が、しかし。

窓から入り込む夕日の逆光で真っ黒の影になっているが。顔も長い黒髪で覆われているが。

その姿は間違いなく。

岩崎が殺めた生徒、吉野結その人であった。

 

「センセー、久しぶり 覚えてる?」

 

吉野は遠くにいるのに、口が動いていないのに、耳元で声が聞こえた。

冷たくて感情の一切含まれてない、死んだ声。

鼓膜から背筋に入り込むおぞましい声。

 

「私、センセーに返して欲しいのものがあるの」

 

ゆらり。

吉野が動き出す。

右へ左へぎこちなく体重を乗せながら徐々に岩崎の元へ近づいてく。

幽鬼の如く。

 

「ネエ、ドコ、ワタシノカラダ」

 

冷や汗があふれ出す。

 

「ネエ、ネエネエ、ネエネエネエ」

 

吉野が近づいてくる。

声が大きくなる。

 

「ネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエネエ」

 

 

吉野が飛び掛かる。

 

 

 

「カエシテヨオオオオオオオオオオオオオオオ」

 

 

 

 

「ひいいいいいいいいいい」

 

岩崎は悲鳴を上げながら、物置部屋を飛び出した。

転びかけながら、走る。走る。

あり得ない。あり得ない。あり得ない。

嘘だと信じたかった。

そのために。

吉野を埋めた場所へ走った。

 

 

 

 

 

 

「あははははっ」

「ははっ」

「あははははははは

「はははははははは」

 

二人は声を合わせて笑った。

 

「すごい顔してたね」

「そうだね」

 

それから急いで窓から校庭に出た。

慌てるように走っていく岩崎の姿を捉えて後を追いかけた。

校舎の裏手。乱雑に植えられた木々が壁になって外からも見えない場所。

そこに岩崎はいた。

校舎の建物から顔だけ出して覗く。

岩崎がシャベルをもって地面を見下ろしていた。

 

「あそこか」

「あそこだね」

 

二人はつぶやいた。

 

 

 

その日の夜中。

二人はそこへ再び訪れた。

友樹がシャベルで地面を掘り返した。

やがて出てきた。

月光に照らされる吉野の遺体。

目を閉じて眠る吉野。

両足は切断されていた。

 

「あったね・・・」

 

友樹はつぶやく。

吉野は自らの身体を見下ろした。

 

「私の身体だ、、」

 

吉野は懐かしそうにつぶやく。

 

「ああ、良かった・・・ 私死んでた」

 

微笑を浮かべながらしみじみ言う。

それからしばらくの間、二人で、ただ無言で吉野の遺体を見ていた。

夜の静寂があった。

だが吉野が不意に、友樹の方を向いた。

 

「ありがとう」

「え?」

「君のおかげで私は安心して死ねます!」

「・・・もう死んでる」

 

一瞬言うか迷ったが、言った。

吉野はとても清々しい表情をしていた。

 

「そうだったね んじゃあ、安心して成仏することが出来ます!」

「・・・うん」

「本当に感謝してもしきれないよ ありがとう」

 

吉野はぱっとヒマワリが咲くような笑みを見せた。

友樹が初めて会ってから変わることのない笑み。

友樹が惚れた表情。

吉野の身体は薄い光に包まれていた。

もうすぐ彼女は消える。

友樹の瞳から涙があふれ出した。

頬を伝って、ぽたぽたと地面に落ちていく。

 

「え、ちょっと、何泣いてんの」

「泣くよ! 泣くに決まってる!」

「それは、困るって」

 

吉野も涙がこぼれ始めた。

二人して泣いていた。

やがて吉野を包む光が強くなっていく。

 

「吉野」

「うん」

「吉野」

「なに」

「あのさ」

「うん」

 

吉野はもう消える。

その前に。

 

「吉野のこと、好きだった」

 

友樹は震える声で言った。

吉野はうんうんと頷く。

涙をこぼしながら笑っていた。

友樹はカメラを構えた。

吉野は満面の笑みを浮かべてピースをした。

呟いた。

 

「  」

 

吉野は弾けて、消えた。

 

 

 

 

 

 

友樹は座り込んでいた。

笑いながら泣いていた。

猫が隣に寄ってきて、

 

にゃあ~

 

と鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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