SAOを真面目に攻略しない人々 作:徳明
後半は
原作者とは一部相容れない科学観・政治観を展開しているので、苦手な方は読まなくてもいいです。
『茅場先輩が見つかったって!?』
言い付けを守って伸之さんに報告した。
「はい。
『しかし、一体どうやって……』
「神代凛子を螻蛄に追跡させました。茅場は拠点に神代を招き入れた後、ナーヴギアを被ってダイブしたようです。出頭や通報をする様子はありませんね」
郊外なので回線が途切れ途切れではあったが、今朝ようやく繋がった。送られてきたデータを確認しながら、電話越しにモニターの映像を実況する。
茅場もだが、神代の身形も酷いものだ。慣れない山登りで全身に泥や擦過傷がついており、非常に痛々しい。
『神代さんが……確かに三日前から行方不明とは聞いていたが、まさかな』
「これは対策本部に連絡した方が良いんですよね? 菊岡さん、でしたっけ。でも僕だとイタズラ電話にしか思われないか」
事件発生の日に色々と説明を受け、その流れで情報提供のための名刺も貰っている。尤も、あまりアテにはしていないようだったが。
『その点に関しては僕が通しておこう。可能なら同席したいところだが、事件が動くとなると持ち場を離れられそうにないな』
「僕も姉から離れるつもりはありません」
まだ姉は助かった訳ではないのだ。茅場に出し抜かれて逃亡を許してしまうかもしれないし、無事に人質が解放されるとも限らない。大変心苦しいが、ここまでご足労願おう。
あ、人が来るなら姉には化粧が必要だな。
「えーっと……君かな、茅場晶彦を発見したというのは」
案の定、菊岡は僕を見て怪訝な表情を浮かべていた。伸之さんの紹介だから来た、といったところか。
「はい、結城鶴真と申します。結城明日奈の弟です」
「ということはレクトの社長のご子息だね」
「ええまあ、次男です」
挨拶もそこそこに本題へ入る。
証拠となる画像や音声データを添えて、茅場が元恋人である神代と長野県の山荘に潜伏していることを伝えた。
「ここに表示されているのはネット回線を利用して提供されているリアルタイム映像です。今のところ、茅場が起きる気配はありませんね」
全体を画角に収められるよう螻蛄を天井付近の小窓に配置して監視しているのだが、タブレットのモニターは静止画かと思うほど動きがない。
「君はどうやって神代凛子に辿り着いたんだい?」
「SNSにアップされている画像から大まかな位置を特定して、そこからは虱潰しですね」
あくまでもメインは茅場本人だったが、こちらも念のため検索対象に含めていたのだ。
茅場の自宅マンション付近を撮影した写真の中に、 彼女と思しき人物が映っていたので、時間軸の前後をトラッキングした。
種明かしを聞いた菊岡は首を振る。どうやら期待していた答えではなかったらしい。
「違う。彼女を追えば茅場が見つかると推理した経緯だ。そのドローンは一機しかないのだから、普通ならもっと確実性の高い相手に派遣するはずだろう」
「え、でも警察もマークしていたんでしょう?」
「重視していたなら撒かれるようなヘマはしないさ」
「ふむ…………昔、祖父にトンボの捕まえ方を教わったことがありましてね。メスに糸を括り付けてオスを誘う手法があるんですよ。蜻蛉釣りというのですが」
釣るのは得意なんです、鶴だけに……そう小さく呟いたら眉がピクリと動いた。これはどういう反応なんだろう。
冗談はさておき。伸之さんに学生時代を聞かされていた僕からしたら、神代は最重要人物だった。その次にコンタクトできるのは恩師の重村徹大かといったところ。その他は偶然発見されるくらいしか望みがなかった。
アーガスの社員は論外だ。奴の功績で回っていたような企業なので期待できる人物がいるとは思えないし、親がちゃんと躾けていたらテロは起こさなかっただろう。
「成る程ね」
「あの……茅場は当然ですけど、神代も罪に問われますよね? 犯人隠避罪の構成要件は成立しているように見えると思いますが」
僕にとってこの女はもはや敵だ。解決の暁にはそれなりの報いを受けてもらわねばならない。
「どうだろう。冷静になって通報するかもしれないし、まだ具体的な手助けをしているようではないから」
「そんなはずありません! どうせそのうち恋人時代宜しく、甲斐甲斐しく世話し始めますよ」
「大丈夫かい? やや感情的に見えるけど」
「感情的? 家族が命の危険に晒されているんですよ!? こうしている間にも姉は死んでしまうかもしれない! できることなら今すぐこの手で二人を殺してやりたい。それを法の裁きで我慢してやろうと言っているのですから、十分過ぎるほど理性的だと思いますがねぇっ!!」
僕が目を付けていなければ、未だに茅場の居場所は分かっていないのだ。
色惚けしてんじゃねぇぞ、この××××がっ!!
「お、落ち着いて。君の気持ちは理解したから、可能な限り手を尽くそう」
「……ありがとうございます」
被害者とその帰りを待つ何万人もの家族のために。
「頼みますよ」
「勿論。ただし、こちらにも準備が必要だ。万全を期すために少しばかり時間が欲しい。今日中の解決、で納得してくれるかな?」
「プロがそう仰るなら、そこはお任せします」
これはノルウェーの連続テロを超えた大量殺人事件であると共に、現在も進行中の立て篭もり事件だ。それに見合った専門の人員を揃える必要があるのは理解できる。
僕が求めるのは確実な解決と、姉の生還だ。慎重に進めてくれることに否やはない。
「当然だけど、この話は他の人に漏らさないようにね。ご両親や病院の人にも」
「はい」
マスコミに嗅ぎつけられたらゲームオーバーだ。知る人は少ない方が良い。どこで聞かれているかも分からないのだから。
例えばそう、姉の耳から入った情報がSAOサーバーを経由して茅場の元へ……と、そのような機能がないことは既に確認を取っているが。
捜査に役立ててもらうため、螻蛄の記録をコピーしたHDDと、中継映像や位置情報が随時確認できるタブレットを渡す。
「あと調べればすぐに分かると思いますが、神代は
「ありがとう、気をつけるよ」
菊岡は「ご協力感謝します」と敬礼し、足早に部屋を出て行った。
その夜。
つけっぱなしのテレビに速報のテロップが表示された。
【SAO事件の首謀者・茅場晶彦(26)の身柄を確保 死亡との情報も(対策本部)】
姉が目を覚ましたのはそれから十分後のことだった。
☆
「姉貴、おつかれ〜」
「ありがと……ふぅ。たった半月だけど、動かなかった分のツケは大きいわね」
事件の終息から一週間。体力を回復するためリハビリに勤しむ姉を、学校帰りに訪ねるのが最近の日課だ。
プールから上がったところに声を掛ける。
「でもかなり戻ってきたんじゃない?」
「全然よ。筋肉はサボった三倍鍛えないと取り戻せないんだから」
本人は納得していないが、施設での生活には支障が無いようなので喜ばしい限りだ。
「週末の式には出られるんだよね?」
「ええ、大丈夫よ。それまでには仕上げるつもり」
「そういう話じゃないんだけど……」
SAOサーバーは無傷で回収され、暗号化された内部データは政府がスパコンをフル稼働させて解読を完了し、プレイヤー間で発生した不法行為の把握に邁進している。
その過程で徐々に判明し始めたのは、姉が類稀なるカリスマを発揮し、生存者数の底上げに貢献をしていたということだ。
これを受けて、近く感謝状の授与式が行われる。
式には他に、捜査協力で多くの人的・物的資源を提供したレクト、その代表である父とサーバーを維持し続けた伸之さん、最終的に茅場の居場所を特定した僕も呼ばれている。
「結城家の一人勝ちはちょっと良くないわね」
「厳密には彰三ファミリーだけど……世間からは同じか。にしても珍しいね、姉貴がそんなこと言うの」
実際その通りではある。
茅場が物言えぬ人になってしまった今、黒幕は結城家で、彼はその口封じをされたのでは……という陰謀論まで出てきた。
「ま、私も色んな経験をしたのよ」
憑き物が落ちたような顔でしみじみ語る。
流石の姉も、デスゲームを生き延びるには一段上の努力が必要だったらしい。
「でもまさかヒースクリフが茅場晶彦だったとはね」
ああそうか、姉はプレイヤーに擬態した奴と接点があったんだよな。
「ゲーム内ではどんな人間だったの?」
「
「そりゃそうか。で、肝心のフルダイブはどうだった? 期待していた体験はできた?」
製作者がデスゲームにして、本人も混ざるほどの自信作だ。さぞかしクオリティも高かったのだろう。
僕の予想に反し、姉は首を傾げる。
「そうねぇ、リアルさはあったわ。でもそれ以上ってものではないわね、だから実生活に満足している人はあまり魅力に感じないと思う」
「つまり、ゲームが生きがいの人間にとっては効果抜群なんだね」
もしそのようなプレイヤーが覇権を握っていたら、姉の存在は異端として排斥されていたかもしれない。
解決が遅ければ、ヒースクリフの目論見が成功していた可能性もある。
「……本当に、ありがとうね。鶴」
「もぉー、それ毎日聞いてるよ?」
「いいじゃない。何度でも言うわ、命の恩人だもの。逆だったら私はあなたを助けられたか……」
「僕も同じだって。絶対、姉貴みたいに九千何百人も纏められないもん」
「9473人ね」
「うん、本当に凄いよ。あとそれとは別に何か、カトリックの団体からも功績が認められたんでしょ?」
「え、ええ。こっちは学校で賞状を受け取ることになっているわ」
露骨に目を逸らす。
詳しくは知らない、というか教えてくれないのだが、布教に貢献したとか。絶対面白い話が聞けるはずなのに、この話題は避けられるんだよな。
まあ事件での出来事はデリケートだから、部外者の僕が詮索するのはNGだ。
「学校といえば、私も外部受験することにしたのよね」
「へぇっ、どういう風の吹き回し?」
「進路相談に乗ってもらったプレイヤーがいて、家がお医者さんらしいんだけど、その人の話を聞いていたら良いなあって思って」
「政治家か教師になるものだと」
「あんなのもう懲り懲りよ。母さんは偉大だわ、人間の汚い部分ばかり見るのは疲れるもの」
成る程、姉の政治手腕は母譲りだったか。
エリートに生まれてしまった以上、悪意と無縁に過ごすことは不可能だけど、友人がいれば少しは楽になるのだろうか。
「……もしかして、同じ学校に?」
「分かる? そう、彼も今年受験みたいなの。それで退院できたら会って一緒に勉強する予定!」
「男ォ!!」
妙に浮かれているなあと思ったら。しかもオフ会の約束まで!
これは変なことされないように護衛ドローンを……
「余計なこと考えたら、プールに引き摺り込むわよ」
「考えるだけでもアウトなの!? それにしても、不憫な伸之さん……そうだ、最近伸之さんと連絡つかないんだけど知らない?」
「あら、聞いてないの? 須郷さん、菊岡って人に連行されたわよ」
「なして?」
「何か、事件解決のどさくさにアーガスの機密を盗もうとしたとかで……」
「あちゃー、やっちまったかー」
あの人の悪いところが最後の最後で出てしまったらしい。
額に手を当てて天を仰ぐ。
「それで授与式を節にレクトも去るらしいわ」
「え、あんな優秀な研究員を父さんが手放すの?」
「表沙汰にしない条件でね。会社の印象を考えたら妥当じゃないかしら。須郷さんには恩もあるし、経歴に傷を付けないためにも」
言っていることは理解できる。ただ、それらが僕に全く伝わっていないことに恣意的なものを感じざるを得ない。
あのクソメガネ……美味しい部分だけ横取りするつもりか。
「……ちょっと、伸之さん取り返して来るわ」
「え、無理よ。本人も罪を認めてるって話だし」
「いや、無実にしてくる。菊岡さんって今、どっちだろ? まあいいや。姉貴ごめん、また明日」
「う、うん。気を付けてね」
手を振りながらスマートフォンを取り出して、記憶にある電話番号を入力する……と、その前に一旦帰って準備しよう。
☆
「やあやあ、よく来たね。『蟲使い』の鶴君」
「誰かさんのせいで今は休業中ですがね」
「それに関しては本当に申し訳ないと思っているよ。まさか運悪く当たってしまうとは……」
大活躍した螻蛄のドローンだが、茅場を制圧する際に流れ弾が直撃したらしく、修復不可能なダメージを負ってしまった。
流石に銃弾に耐える設計はしていないからな。
しかも、現場は特殊部隊が使用する電子妨害装置の影響下にあり、また被弾箇所がちょうどメモリの位置だったので、最期の瞬間をデータとして取り出すことすらできなくなってしまった。
被害額の弁償はしてもらったが、注いだ愛情を考えると、なんだかなぁといった感じ。
「それで、何かご用かな?」
まあ、本題ではないので愚痴はここまでにする。
「はい。不当に拘束されている、うちの須郷を引き取りに参りました」
「やだなあ。罪を犯した人物を取調べているだけなんだから、不当じゃないでしょ」
「SAO事件は解決されたんですから、あなたに捜査権限はもうないでしょう。それとも、
「……ふふ、そう来たか。構わないよ、このまま警察に突き出しても。そうなると君たちには不都合だろうけどね」
どうやら伸之さんは本当に黒らしい。証拠も揃っているようだ。
「大体さあ、制圧前後のサーバールームが怪しいから監視を置くようにって僕にアドバイスしたのは君だよ? それが今になってどうして」
「僕は茅場のシンパが事を起こす可能性を示唆しただけです。須郷を疑えとは言っていません。そろそろ良いですか、返して頂いても」
始めに言った通り、僕は伸之さんを引き取りに来たのだ。
彼に罪など
「もう父上とは交渉を済ませてしまったんだよね。こちらとしても、せっかく手に入れた駒を逃すことはしたくない」
「伸之さんまでとは、欲張りな人だなぁ」
「……何だって?」
「まあまあ、それならビデオでも見て息抜きしましょう。かなりの自信作ですよ」
鞄からDVDとドライブを取り出してセットする。
再生を押すと、円形のカウントダウンの後に薄暗い部屋が映し出された。テロップで長野県の何処だと番地まで記されている。
出演者は茅場晶彦と神代凛子。鮮明な顔写真が挿入されて分かりやすい。
「これは、何の真似かな」
「シー、上映中はお静かに」
と、そこへスーツを着た眼鏡の男が現れる。
【菊岡誠二郎 SAO事件対策本部/自衛隊・二等陸佐/総務省総合通信基盤局高度通信網振興課第二分室長】
「待て待て待て……」
警戒心を剥き出しにする神代に対し、菊岡は薄気味悪い笑みを貼り付けて、茅場を起こすよう命じる。銃口はナーヴギア。
已む無く従った彼女にゲームを中断させられる茅場。
菊岡は二人が包囲されていること、通信がこちらの制御下にあることを伝えた。そして二人揃って死ぬか、茅場がSAOの管理者権限を渡し、『計画』に協力することを引き換えに生き長らえるかを迫る。
長考の末、後者を選んだらしい。その瞬間、銃口がカメラに向いて映像は途絶えた。
画面は手錠を掛けられて両脇を武装した隊員に固められる茅場の静止画と、【SOUND ONLY】のテロップ。音声では茅場がパスワードとコマンドを白状し、菊岡が神代にナーヴギアを被ってゲームを終わらせるように命令している。
五分ほどの沈黙を早送りした後、神代の声が戻り、事件が終息したことを伝えた。やがて二人が別々の車両に詰め込まれる動画をバックにエンドロールが流れる。
「どうでしょう。何か、勘違いでも思い出しました? 例えば、須郷の罪科に関することとか」
上手く撮れているだろう。これは菊岡さんも、良い気分転換になったはずだ。
「……ドローンに対する電波妨害が有効だったのは確認している。解剖しても他の通信モジュールは無かった」
あー、種を明かさないと先に進まない感じ?
まあいいか。
「螻蛄は器用な昆虫でして、七つ芸を持っています。その一つが《鳴く》なんですよね」
「それは考えた。だが受信機まで音が届かなければ意味がない。あの空間で大音量を出せば、可聴領域外でも流石に気付く」
「いや、その必要はありませんよ。近くに振動するものがあれば出力はさほど要りません」
僕のヒントで菊岡は繋がったらしく、苦虫を噛み潰したような顔をする。
答えは窓。
翅の付け根をガラスに密着させ、振動を伝える。それを観測すれば、外部からでも比較的容易に受信できる仕組みだ。遠方から赤外線レーザーを当て、その反射で盗聴する手法は、スパイものでも古典的なネタの一つである。
「尤も、暗視ゴーグルに見つかる可能性があったので、使ったのは超指向性ガンマイクと高速度カメラによるパッシブモードでしたが……対潜ヘリが飛んで来た時は冷や汗を掻きました」
念には念をなのか、山荘の上空は潜水艦を発見するための各種センサーが搭載された哨戒ヘリコプターによるスキャンが施されていた。
白い機体に日の丸が見えた時は、我が目を疑ったぞ。
「そうだ、周辺に不審な電子機器が無いかは徹底して調べたはず。なぜ引っかからなかった?」
「僕に聞かれても……こっちのドローンは素材がチタンとカーボン樹脂なので
要するに偶然である。あの時はバレたらダサいなあと思いながら、どうか見落としてくれと祈っていた。
この受信機は包囲外の公衆電話に待機する親機と光ファイバーで繋がっており、螻蛄が壊された後もガンマイクで割れた窓から音を拾って信号を送り続けた。
親機はそれを音声に変換し、電話回線に乗せて僕までデータを届ける。
音声通信はFAXのピーヒョロロと原理的には同じものだ。かなり昔の話だが、カセットテープにプログラムを音声として保存していた時代もあったらしい。
ビットレートは低いもののシステム全体で電波を使っていないため、探知を掻い潜って状況を把握できた。
「情報は漏らさないと了解してくれたよね?」
「その前に漏らしてしまったものは仕方ありませんよ」
佐田さんには機材の運搬と、事が終わるまでの通話の維持をしてもらった。
なぜ彼女が長野にいたかといえば、こんな時くらいしか休暇もないでしょうと、僕が前日に二泊三日の家族旅行券を渡したからだ。これはその合間のお遣い。
「どうですか、今なら大駒を落とさずに済みますけど」
「そうだね……ここで欲張れば君も手に入りそうだ」
眼鏡の奥で獰猛な瞳が僕を射抜く。
「や、やめてくださいよ。この会話は全て録音していますし、ビデオだってインターネットに……」
スマートフォンを掲げ、脅しが意味のないことを伝える。
菊岡はニンマリと笑う。
「この部屋はジャミング範囲内だから携帯電話が使えないんだけど、それでもネットにアップするって?」
「いえ。既に非公開アップロード済みで、サーバーがこの端末を見失うと勝手に公開設定へ変更します。タイムリミットはあと……五、六分でしょうか」
まあ、織り込み済みだ。
「ちなみに、通信の如何にかかわらず今日の夜九時には公開されるので、それまでに答えを出して頂きたく。報道各社への下書きメールも取り消さないといけないので」
「……」
「もう、不毛な化かし合いは止めましょう。お互い『
敵対したい訳じゃないからな。正規の手続きを踏んで合法的に関わってくれるなら、それなりの態度で協力するし。
「一つ、聞いていいかな」
「どうぞ」
「怒ってる?」
敢えて中身を言及せずに問うか。その心は、茅場を法廷に上げない手段をとったことについてだろう。
「残念、ではあります。本人の証言が欲しかった。しかし姉を生還させるという約束は果たしてもらえたので、怒ってはいませんよ」
茅場が罪の重さを理解し、己の奪った命の分を誰かの役に立つことで贖うなら、それも一つの道といえる。
「まあ、遺族が知ったらどう思うかはお察しですけど……他人の不正で責められるのは御免なので、全て『僕の知らない事実』です」
「そうかい。手間を取らせたね。須郷伸之の引き取り、ご苦労様」
「そちらこそ、お勤めご苦労様です」
☆
「——これは肥料かな?」
「窒素肥料です。先日使い切ったので補充しておこうと思いまして」
そういえば伸之さんを宮城に招くのは初めてだなあと思いながら、荷台の『硝安』と書かれた袋を担ぎ下ろす。
「でも本当に良いのかい、釈放の対価が『農作業の手伝い』なんて」
「ええ、非常に助かります」
菊岡の野心からなんとか逃れることができ、うちの師匠は引き続きレクトに在籍することが許された。姉との縁談は流れてしまったが、それ以外は以前と変わらぬ関係を維持している。
「これで僕は鶴君に逆らえない身となってしまった訳だ」
「そんなつもりはありませんよ、あくまで姉の恩人に報いただけです。伸之さんが菊岡に鞍替えすると仰るなら止めません」
「それだけは無いよ、諸々の事情で」
取り引きに係る説明で茅場の生存は伝えた。
菊岡が奴を抱えていると知れば、どれだけ大金を積まれても御免だろう。菊岡としても、伸之さんが隠蔽を保証する鍵なので、《こっち来んな》状態のはずだ。
「でもあの人、茅場を使って何するつもりなんでしょうね」
大犯罪者を匿うリスクを負ってまで進めたい『計画』とは一体……
「僕が捕まっている時は『ボトムアップ型の人工知能を作れるか』と聞かれたなあ。
「人工知能?」
「ボトムアップ型というのが要らしい。トップダウン型は真性の知能とは呼べないのだそうだ」
「ふーん……」
もう少し壮大な計画かと期待していたけど、あの人も案外小物なんだな。
「一言物申したそうな顔をしているね」
「別に。ただ、ナンセンスだなあと思っただけです」
「ほう、聞かせてくれよ」
「うーん——」
まずは人工知能に拘泥する部分だろう。
人工知能が不完全な現在でも、完全に自動化されたシステムは既に存在する。
CIWSは敵の探知から攻撃まで人の手が介入しない。場合によってはそれで有人機を撃墜することもある。この時パイロットは死ぬのだから、
他にもハイテクな分野では、人間の役割が最終ボタンを押すだけにまで自動化されたシステムが幾つもある。そしてそれらは大抵、機械に最後まで任せても判断の正確性における人間との違いはない。
ではなぜ『人間』が重視されているかといえば、責任を負うプロセスが本質だからだ。誰が意思決定を行い、命令し、実行したかを明確にすることこそ、政治において重要なのだ。
「防衛学なんて、クラウゼヴィッツの影響をモロに受けているんですから、そこらへん分かってそうですけど……」
戦争は政治の延長でしかない。逆説的に、政治システム上不可能なことは戦争でも同様。たとえ形骸化していたとしても、民主主義や文民統制を逸脱することはできない。
『人を殺す』というのは、判断力といった技術面よりも、本来責任能力の無いモノを暴力装置として社会に組み込む際の課題の方が大きい。命令を無視したり、戦争犯罪を起こした時に「誤作動でした」で済ませられるはずがないのだから。
これを解決せずに兵士の代用というのは、ちょっと夢を見過ぎではないか。
そして完成させた後の、支配の正当性。
ボトムアップ型は語義からして、自己が獲得した知能である。とすれば、賞罰による重み付けを与えるトップダウン型とは異なり、人類が支配して利用する正当性や論理的根拠が存在しない。
我々と遜色無い感情を持つ相手を、我々の都合で使い潰す。十九世紀までの奴隷制と何が違うのか。
「歴史をなぞるのであれば、人工知能の権利もいずれ必要に、いや彼らから要求してくるでしょう。コピペで無限増殖する不死存在に、参政権は渡したくないものです」
尤も、そんな知能は作れないと思いますけど、と溜め息混じりに呟く。
「……鶴君、あのアンドロイドのゲームやったのか」
「あははー、バレました? でもまあ、僕がこの道を目指しているのは人間を
「それは、アーレントだったか」
「単語の借用に過ぎませんがね。バーチャル空間はテーブルとして確かに可能性があると思います。」
茅場が
天才とか世捨人と
「ふぅむ、では君にとってリアルとバーチャルは何が違う? このままコンピューターが発達して、人間には区別できなくなった時、その差はどこにある?」
「思考実験ですか? そうですね……読み込める情報の次元、とか」
世界をデータの総体とすると、その中の事象は全てビットの状態の変化と解釈できる。この点でリアルとバーチャルは相似であり、そこに敢えて差異を見出すなら、包含関係か上下の配置だろう。
バーチャルにとってリアルは形而上の存在であり、その次元の事象を読み取るにはリアルから情報が書き込まれるのを待つしかない。
「それが主観的にどんな意味があるかは分かりません。というのも、《意識》が既に一種のバーチャルで、脳というミドルが我々にリアルを認識可能にさせているだけだからです。意識が直接リアルを認識している訳ではありません」
と、これはカントか。
データ上では、そこにあるのはビットの変化だけだ。規則的な信号の組み合わせが仮想世界を生み、それ自身が己を意識と名付けたに過ぎない。
「それなら君の予想に反して、真性の知能も作れそうだけどね」
「ええまあ。ネットワークを用意すれば精神らしきモノは生まれ得るでしょうけど、それが我々とコミュニケーションを取れるような精神構造を成すかは別です」
発生した精神体をランダムに配置しても、それらが人間のような社会を形成するとは限らない。
何せ、我々の発生自体が積み重なった大きな時空間における、小さな領域での事象である。それを擬似的に再現しようと思っても、僅かな誤差で全く異なる結果が現れるだろう。
成功までは、途方も無い時間と余程の奇跡の連続を待つしかない。
結局、人間が環境を揃えてそうなるように方向付けたり、もっとダイレクトな整形作業が必要となるはず。例えば地球というステージを用意するとか、ホモ・サピエンスと同じ肉体を与えるとか。
「それはもはや、ボトムアップ『風』ですよね」
菊岡がそれで満足するなら構わないが、科学史における意義としては薄いだろう。せいぜい『既存の枠組みで当時最も人間の模倣に近づいた事例』といったところか。
「でもなあ、茅場先輩ならやってしまいそうではある」
「……否定できませんね。ゲームを中断されて不完全燃焼だと思いますし」
やっぱり強引にでも絞首台に乗せた方が良かったのだろうか。
それを聞いて伸之さんは顔を曇らせた。
「全くもって自業自得なんだが、それをされると困る」
「言ってみただけですよ、墓場まで持って行くつもりです。でもそれはそれとして、身辺には気をつけてくださいね。鼠が嗅ぎ回っているようですから」
「鼠? 公安かマスコミかい?」
「いや、一般人です。その話もしようと思って今日は誘ったんですよ」
鞄から茶封筒を取り出す。
「名前は帆坂・カリーナ・朋、十五歳。金髪なのはハーフだからみたいですね。SAO生還者であり、ベータテストにも参加していたようです。住所は神奈川県——」
一連の騒動で僕たちは世間から注目を浴びた。
それで念のため自宅周辺の監視を強化していたら、セキュリティドローンが不審人物を検出したので、取り敢えず身元を洗っておいた次第だ。
ゲーム内での姉との関係性は不明だが、場合によってはこちらに接触してくる可能性もある。
「自宅まで特定したのかい?」
「ええ、事件中に痛感しましたから。もっと情報収集能力があれば、神代を楽に見つけられたのにと」
流石にハッキングなど法令に抵触する行為はできないが、螻蛄を神代宅に待機させておくだけでも他の作業にリソースを割けたはずだ。今にして振り返ると、随分な遠回りをしていた。
「帆坂は事件関係者を調査している形跡があり、既に彼女と思しきSNSアカウントを十ほど発見しています。いずれも他の生還者を捜索しているようですね。我々も対象に含まれている蓋然性が高いので、僅かな隙に弱みを握られるかもしれません」
茅場を探す過程で培ったプログラムを用い、アイコン画像の入手元や、ダミーの投稿に含まれる句読点などの文章特徴から分析して割り出した。簡易的なものなので、実際にはもっとあるかもしれない。
「忠告どうもありがとう。それにしても、君の頭脳には目を見張るものがあるね。鶴君の人格をベースに人工知能を作ったら、良いのができそうだ」
おおー! 面白そうだ。プロジェクトが認められたら是非協力させてもらいたい。
「いいですね! コピーたちには宿題とか畑仕事を任せましょう。これで僕はより一層、ゲームに
「……ごめん、そのダジャレ機能はオミットするかもしれない」
「そんなぁ——」
ここでも
今回は全体的にパワ○ケ味が強かったかもしれない。まあ、12表がSAOみたいなものだからね…マユミのやり口は自治会長から、通信方式の冗長性は11表の決戦から影響を受けた。
さて、次のシナリオはどうしようか…実のところ、行動改変で物語が分岐するキャストって意外と少ない。かと言って、茅場放置で他ヒロイン救済ってのも違うしなぁ…
まあ、何かまた真面目に攻略しない方法が浮かんだら更新したいと思います。ここまでのお付き合いありがとうございました。