ロキ・ファミリアに超強いお爺ちゃんを放り込んだ話。

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ロキ・ファミリアの【老狼】

 身体は衰えた。ステータスのお蔭でまだまだ戦えているが、キレは昔と比べるまでもない。

まだまだ若いつもりだったが、年波には勝てないということか。

だが、それで良い。人とはいつか死ぬものであり、自分もまた死への階段を上り始めたということだろう。

日々を過ごす度、自身が穏やかになっていくのを感じる。

ヒューマンにも関わらず、『餓狼』の二つ名であった自分はもういない。年下の若い団員達がレベルアップを果たした光景を嬉しそうに見ていた自身に気づいた時には愕然としたものだ。

ああ、でもそれも悪くないのだ。

失ったものは確かにある。けれど、それ以上に得たものもあるのだから。

そしてそれを慈しむのが楽しいのだ。

―――故に。久しぶりにあのじゃじゃ馬の相手をすることにしようか。

 

 オラリオを二分する巨大ファミリアであるロキ・ファミリア。本拠地である黄昏の館の中庭で二人は対峙していた。

その片割れ、剣姫と名高き『アイズ・ヴァレンシュタイン』が構えるのは愛剣ではない。刃引きがされた訓練用の剣だ。しかし、成り行きを見守る団員達にとっては鋭利な刃が見えた。それほどまでにアイズから放たれる闘気は凄まじいものだった。まるで、ダンジョンの強敵に挑むかのように。

対して初老の男の方は柳のような自然体でそこに立っていた。やせ型で白髪交じりの髪も合わさって、両手の手甲がなければ冒険者にも見えないだろう。

 

初老の男―――『シンカイ』には緊張感が欠片もないようにみえた。街の中に突っ立っていてもなんの違和感もないだろう。だが、闘気を滾らせる剣姫を相手にそう出来ることがこの場において明確な異常だった。

 

「……あの。シンカイさん、大丈夫なんでしょうか」

 

 多くの団員と同じように見守っていたレフィーヤは近くにいたフィンに問いかける。

 

「ん、心配かい?」

「心配というか……いえ、シンカイさんが強いのは私も知ってますけど、アイズさんのやる気が凄いというか。これ、模擬戦闘ですよね?」

 

 自身よりも遥かに先達でレベルも高いシンカイの実力を疑ってはいない。ダンジョンの中で見たその実力はレフィーヤだって知っている。

が、心配になってしまうほど二人には温度差がある。

アイズを慕っているが、レフィーヤにとってはシンカイも大事な相手である。

 

恋愛といった浮ついたものではない。ダンジョンの基礎を教授してくれた偉大な先輩として、そして困った時の相談相手としてだ。

荒くれものが多い冒険者の中で穏やかに笑う、落ち着いたシンカイの雰囲気をレフィーヤは好んでいた。アイズが負けるとは思っていない。だが、シンセイが痛めつけられる様子なんてものも見たくはないのだ。

 

「ああ、そういえばアイズとシンカイが模擬戦闘を見るのは初めてだったかい?」

「は、はい。……え、何度もやってるんですか?」

「数えきれないくらいに。でも、最近はその頻度も減ったのかな。心配しなくていいよ、シンカイの実力は知っているだろう?」

「そ、それは勿論。ですが、アイズさんの雰囲気もただならぬ様子ですし。……その、何か二人の間にあるんですか?」

 

 何かアイズを怒らせてしまったのだろうか。普段は寧ろ、仲が良いように見えた。食事を取る時も一緒の時があるし、良く話をしている姿も見かける。だからこそ、今のこの光景と結びがつかない。

 

「―――まぁ、何かあると言えばあるな。だが、レフィーヤが心配するようなことでもない」

 

 ふと、背後から聞こえてきた声にレフィーヤは振り返った。自身が師と仰ぐ、リヴェリアが若干機嫌の悪そうな顔でそこに立っていた。

 

「リヴェリア様」

「単純な話だ。自分が強くなったところをシンカイに見せたいのだろう。……要は張り切っているだけだ」

 

 え、とレフィーヤが驚きの声を上げると同時、戦端が開かれた。

 

 

 

 

 様子見は終わったかのようにアイズはシンカイに向かって飛び込んだ。レベル5のステータスが生み出す俊足は瞬く間に二人の距離を詰めた。

 

「……フッ!」

 

 レイピアによる突き。それも、随分と鋭くなった。へなちょこな突きではない。空気を切り裂くようなそれを、シンカイは半歩横にズレることで躱した。

薙ぎ。突きの速度を殺さないまま、更にもう一歩踏み込む一撃。それをシンカイは特別性の手甲で受け流した。弾く衝撃もまた、強い。完全に威力を殺したつもりだったが、痺れるような感覚が右腕を襲う。

身体が流されたアイズの身体に拳を見舞う。そのまま吸い込まれそうな拳は空ぶり、宙を掴む。

アイズが不安定な態勢から地面を蹴って、その場から離脱したのだ。

 

「……強くなったな」

 

 思わず、言葉が漏れる。掛け値なしの本音だった。一年前であれば、その場で勝負が付いていただろう。けれど躱したということは、アイズが成長した証拠に他ならない。

 

「……りない」

「む?」

「……まだ、足りてない」

 

 真剣な表情でそう零すアイズにシンカイはカカカ、と笑った。飽くなき強さへの渇望。それもまた、冒険者にとって必要な素質だ。

幼い頃の危うい姿の残影は今もなおある。一歩足を踏み外せば底なしの沼に堕ちそうな危なっかしさ。

……だが、それもまた冒険者が辿る末路の一つだろう。

 

どんなに言い繕ったところで、ダンジョンに赴きレベルアップを果たすというのは殺し合いをした結果なのだ。だから、それもまた良し。

助けを乞われば手を指し伸ばそう。助力を願われれば助けになろう。

だが、堕ちたいと願えばそれもまた良しとしよう。

 

―――アイズ・ヴァレンシュタイン。お前はお前が望むまま羽ばたくといい。どのような結果になろうとも私はそれを受け止めよう。

しかしまあ、そうはならないだろう。お前を引き留めようとする者もまた、大勢いるのだから。

私は既に老兵。細かいことは若者に任せれば万事問題なかろうさ。

 

「……さぁ、続きだ。まさかこれで終いではなかろう?」

 

 

 

 

「……凄い」

 

 二人の戦いを見守っていたレフィーヤは思わずそう零した。シンカイと共にダンジョンに潜った経験は確かにある。だが、命が掛かった場所で悠長に他人の身体の動きを見ているわけにもいかず、そういった意味ではレフィーヤは初めてシンカイの戦いを見ているのだ。

 

レフィーヤは後衛で、直接的な戦闘は専門外だ。しかし、それでもシンカイの戦いが如何に凄まじいか理解出来る。驚くほどにシンカイには動きが少ない。最小限の紙一重でアイズの動きを見切り、そして時に反撃を加えている姿は普段の好々爺とした姿からは想像も出来ないほどの凄まじさだった。

 

「やはり身体能力ではアイズに分があるけど、その使い方に限っていえばシンカイの方が数段上だね」

 

 注意深く戦いを観察していたフィンの言葉にレフィーヤは現実に引き戻された。

 

「あの、リヴェリア様。アイズさんの張り切っている、というのはどういうことですか?」

「知らなかったか? アイズに冒険者としてのイロハを叩きこんだのはシンカイだ。つまりは私とレフィーヤのような間柄ということだな」

「し、知りませんでした……」

 

 完全に初耳である。だが、シンカイはフィン達と同期のロキ・ファミリアの最古残の団員だ。経験は豊富で今なお新人の教育を担当しているのだ。アイズの教育係であったというのは納得できる。

 

「二人してリヴェリアに怒られることの方が多かった気がするけどね」

「……シンカイがアイズに付いたばかりの頃はまだシンカイも尖っていた頃だったな」

「シンカイさんがですか?」

 

 俄かには信じられない話にレフィーヤは聞き返した。アイズが問題児なのは……まぁ理解出来なくもないが、あのシンカイが尖っていたというのは中々に想像が追い付かない。

 

「戦場という戦場を練り歩く飢えた狼。嘗ては『餓狼』という二つ名で闇派閥に恐れられていた男だ」

「懐かしいね。こんなに丸くなった彼を見るとは当時の僕も想像出来ていなかったよ。アイズも懐いてくれたし」

「妙なところでシンカイの真似をしたがるから私の気苦労は大分増えたがな」

「僕の目には祖父と孫のやり取りを見るママにしか見えなかったけどね」

「止めろ。……本当に」

 

 会話を聞きつつも、思わずレフィーヤは近くで胡坐を掻いて戦闘を見ていたベートを見てしまった。もしかしてあんな感じだったのだろうか。そう思っていると視線を感じたベートに思いきり睨まれてレフィーヤは縮こまりながら謝罪した。

 

 

 

 ―――動悸が激しい。

翻弄するように駆け回った弊害が此処にきて負担として圧し掛かってくる。

それでも最後まで諦めない。それを教えてくれた相手は目の前にいるのだから。

銀閃は幾度となく手甲に阻まれる。今回も、また。

それだけでは終わらなかった。疲れが溜まり、与しやすいと判断したのか今度は押し込んできた。

だからアイズは逆らわなかった。最初ならまだしも今の疲弊した状態では力でも敵わない。

……でも、そうした状態であっても強い人をアイズは知っている。力ではなく技に転向し、それでも多くの戦果を挙げた拳士を。

考えがあったわけではない。疲れからくる脱力と反射が上手く作用し、シンカイの拳の圧力を掻い潜る。動きは直線ではなく弧を描く。何度も見てきた動きをなぞるかのように。

そして、目の前には驚愕したシンカイの顔があった。

 

「あああああああァァァ!」

 

 全霊を込めて振り下ろす。最後の力を振り絞った一撃は最短最速の軌跡を描き、一直線にシンセイの身体に吸い込まれ―――

キィン! という硬質な音に阻まれた。

左の手甲だ。泳いでいた身体から引き戻していた左手による防御で身体にまで届かなかったのだ。呆然としたアイズ、一瞬後に剣が手から弾き飛ばされ、遥か後方の地面に突き刺さった。

 

……また、届かなかった。集中力が途切れ、一気に疲労を感じるようになる。ぐらりと揺れた身体を支えたのはシンカイだった。

 

「―――ああ、本当に、強くなった」

 

 シンカイの胸の中、そこから至近距離で見るシンカイはしみじみと言って穏やかに笑っていた。そして手甲を外した手で頭を撫でられる。

もう子供じゃない、という言葉は出てこない。払いのけようにもそんな力は残されていない。

だから……そう、しょうがなくそれを受け入れるのだ。

決して、久しぶりに褒めてもらって嬉しいとか、そういったワケではない。

 

「次は……」

「ん?」

「負けないから」

 

 その言葉にシンカイは顔を綻ばせる。我が事のように、嬉しそうな顔を見せるのだ。

 

 ロキ・ファミリア所属。レベル5『老狼』、シンカイ。

アイズ・ヴァレンシュタインがオラリオ最高の剣士と称えられるならば、シンカイはオラリオ最高の拳士である。

けれども、普段街を練り歩く二人の姿は孫と祖父のようだという。

 


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