「アイツら遅えなぁー」
「そうだな」
顔合わせを終え、真新しい教科書を携えて。俺達は午前も早々に学校を終えていた。昼も近いので、これから新しく出来た友人達と、昼食もかねた親睦会を開く予定だ。だが、肝心の友人達がなかなか集まらない。唯一の出入り口である校門前にいるので、すれ違うなんてことはなさそうだが。話題らしい話題も尽きて。待っている俺達の間には、気まずい空気が漂っていた。
「そういえば。メツギはウチハちゃんを放っておいていいのか?」
「放っておくってなんだよ。ウチハにはウチハの付き合いがあるんだから、俺は関係ないだろ」
「それが彼女持ちの余裕ってヤツ?」
「ウチハは俺の彼女じゃない」
「嘘つけ。ウチハちゃんにいままで何人が告白してきて、何人が断られてきたと思ってるんだ」
「俺は関係ない」
「関係ないなんてことあるか? 男子でマトモな交流あるの、お前だけだぞ?」
「……」
友人の言葉につい黙ってしまう。俺はウチハが、何人からも告白を受けて。また何人もの告白を断っていることを知っている。だがその理由が俺にあるだなんて、考えたくなかった。ウチハは俺より、よっぽどすごいヤツなんだ。そんなすごいウチハが、わざわざ俺を選ぶなんてことはしないはず。ウチハが告白を受けないのも、何か別の理由があるはずだ。だがウチハが、告白を頑なに受け入れないのは気掛かりだ。けれどもそれは、ウチハ個人の問題。俺が身内ヅラして、とやかく突っ込むべき問題じゃない。
「ウチハちゃんも、こんなクズみたいな男に一途だなんて。なんだか趣味悪いよなー」
「だから、そういうのじゃない」
「二人って、幼馴染なんだろ? ずっとウチハちゃんの気持ち無視しつづけるのって、どんな神経してんだ?」
「だから、違うんだって」
「それとも、裏では隠れてヤッてるのか? まぁ、どっちにしろお前がクズなのは変わらないか」
「……」
「にしても、コツツミさんの扱いエグいよなー。才能はあるみたいだけど、人付き合いができないって致命的だろ。ウチハちゃんも才能あるけど。同じ才能のあるもの同士、振る舞い一つでああも周りからの扱いって変わるもんなんだな」
「何か理由があるかもしれないだろ」
「は?」
「コツツミさん側にも、何か理由があるかもだろ」
「おいおい。ウチハちゃんだけじゃなく、コツツミさんにも手を出す気か?」
「違う」
「オマエ、コツツミさんみたいなのがタイプだったのかよ。ウチハちゃんが泣くぞ?」
「だから、違うって」
「まぁ、好きにしたらいいんじゃないか? オマエみたいなヤツをコツツミさんが相手するとは到底思えないが」
「だから違うって言ってんだろ!!」
思わず声を荒げてしまった。今日初めてあった人間に好き勝手に言われて、腹が立ってしまった。すぐにハッとして取り繕うがもう遅い。相手は呆れた目で、俺のことを見ていた。
「なー」
「?」
「メツギってノリ悪いよなー」
「ははぁ……」
丁度その時、新しい友人達の声が聞こえてきた。俺と話していた相手は、彼らに向かって手を振って。彼らの元へ駆け寄っていく。俺はなんだか、彼らに合流するような気分には、どうしてもなれなかった。
誰もいない家は、外と変わらないくらいに空気が冷たかった。薄暗い廊下を抜けて、階段を上り。自分の部屋に閉じこもる。電気も付けず、着替えもせずに。ベットへ倒れ込んだ。目を閉じて、このまま眠ってしまいたい気分だった。しかし不思議なことに、頭は妙に冴えている。俺が声を荒げて、相手が呆れた目を向けて。〝メツギってノリ悪いよなー〟と言われる一連の流れが。何度も何度も頭で再生される。頭で再生が繰り返されるたび、心が段々と弱っていく。
「疲れた……」
体力はまだ残っているはずなのに、いつの間にかそんな言葉が口から出ていた。声を荒げてしまった友人に、謝らなければならにのに。この体はなぜか、動いてくれない。なんだか、友人作りに疲れてしまった。小学校も中学校も。友人になったはずの人々とは、いまでは全く連絡を取り合っていない。これはただ単に、俺の友達付き合いがヘタなだけかもしれないが。どうしても、毎年毎年。違う場所違う場所で。限られた期間の、限られた関係を相手に要求することが。なんだかとても、クズ野郎に思えてしまったから。いまもこうして、謝った方が得するか損するかという損得勘定で友達付き合いを考えてしまっている。前から薄々、気づいてはいたが。どうやら俺は、人付き合いが苦手らしい。最初から関係性を維持する気がないのに、相手へ近づいていたことを考えれば。今日知り合ったばかりの相手に言われた〝どっちにしろお前がクズなのは変わらないか〟という発言も。俺という人間が見抜かれただけなのかもしれない。グルグル考えをめぐらせる頭は疲れて、ようやく眠気が来たかと思えば。俺はそのまま、眠りについてしまうのだった。
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「エイタ? 寝てんの?」
乱暴に扉を叩く音で目が覚める。返事も待たずに扉は開かれて、部屋に母さんが入ってくる。母さんは一言〝暗い〟と文句を言うと、部屋の明かりをつけた。あまりの眩しさに目を閉じる。窓の外は、もう日が沈もうとしていた。帰って来たよりも、心はいくらか軽くなった。やっぱり校門でのやりとり、相手に謝っておくべきだよな。幸い、連絡先は交換してある。いまから彼に謝っても、遅いなんてことはないはずだ。
「また制服のまま寝て。シワになるからやめろって毎回言ってるでしょ?」
「んー」
「ウチハちゃん来てるんだから、もっとシャキッとしなさいよ」
「んぁー」
「全くもう。顔洗ってから下りてきなさいよ?」
俺の適当な返事に、母さんは呆れ返って。そのまま部屋を出て行った。それを見送って、俺は制服を脱いで着替える。このまま部屋着に着替えてグータラしたかったが、母さんはそんな格好許さない。特にウチハがいる前でだらしのない格好をすると、母さんから尋常じゃない怒りを買う。なので俺は、大人しく私服に着替えることにした。パパッと私服に着替え終われば、一階へと降りて。鏡には、寝起きで不機嫌そうな俺が映った。顔を洗って、リビングへ向かう。
「あ~きたきた、エイタも早く座って?」
エプロンを外しながらニコニコ嬉しそうにウチハは笑う。ウチハは俺に、早く座るように促した。ウチハに従って自分の席につくと、横合いから頭をはたかれた。
「あんたも手伝いなさい」
「大丈夫ですよおばさん。エイタは今日ちょっと疲れちゃっただけだもんね?」
「何もしてないのに何が疲れたよ。ウチハちゃんは手伝ってくれているのに、アンタときたら」
まあまあと母をなだめるウチハを横目で見て。俺は自分の席で小さくなった。俺達の夕飯を手伝うために、ウチハは新しい友達付き合いを切り上げたりしていないだろうか。優しいウチハなら、充分にあり得る話だ。四人がけのテーブルが全部埋まった。パート勤めの能天気な母さんは俺の正面。笑顔を絶やさないウチハは俺の横に。さっきから一言も発しない物静かな父さんは、対角線上の向かいの席に座っている。
「それじゃあエイタ、お願いね?」
「いただきます」
『いただきます』
いただきますを言い終えると、食卓上に手が伸び始める。ウチハを中心に会話が始まった。俺は会話に参加せず、ひたすら食事に集中した。ウチハは顔が広い。だから当然、面白い話の話題が尽きない。ウチハが会話の中心になるのは当然と言える。そこに文句の付けようはない。ただ少し、俺は申し訳なさを感じていた。楽しい食事の時間に、楽しくない俺という存在がいることに。
「それで? 新しいクラスはどうなのウチハちゃん。楽しくやっていけそう?」
「はい! 新しい友達も出来ましたし、エイタと一緒になれたんでよかったです」
「あら、それは良かったわ。なにか困ったことがあったら、遠慮なくエイタに頼ってちょうだいね?」
「はい。もちろんです、おばさん」
ウチハと母さんの会話を聞き流しながら考えた。果たしてウチハは本当に、俺に頼る必要があるのだろうかと。確かに、勉強では俺に頼れるかもしれないが。だからと言って、絶対に俺である必要はない。ウチハの知り合いの中になら、俺よりも勉強で頼りになる人もいることだろう。ウチハに直接聞いても、優しいウチハなら誤魔化すかもしれないが。もしウチハの足を引っ張ってしまっているのなら、すぐにでもこの関係を終わらせる必要がある。俺は茶碗に残ったご飯を頬張り、それを残しておいたお吸い物で流し込んだ。
「ごちそうさま」
コンコンコン
自室で机に向かっていると、扉を優しくノックされた。この感じはウチハだ。軽く返事すると、〝入っていい? 〟とウチハの声。止める理由もないので、〝いいぞ〟と返事する。
「あー、勉強してたんだ。もしかして、邪魔しちゃった?」
「んんや、別に」
俺は開いていたノートを閉じた。ウチハは勉強していると受け取ったようだが。実際は、ただ古いノートを眺めていただけだ。なぜだか急に、いままで勉強してきた頑張りを確かめたくなったのだ。保管してあったノートを冷静に見返すと。俺のどこにこんな、勉強への熱意があったのかと驚いた。ウチハは風呂上がりなのだろうか。肩にかけたタオルで、赤茶色の髪の水気を拭き取っている。部屋着用の生地の薄い服装は、目のやり場に困った。
「ちょっと今、時間あったりする?」
「あぁ、別に。問題ないけど」
「ありがと」
ウチハはそういうと、迷いなく俺のベッドに腰掛けた。こんな時間にウチハが来るのは珍しい。校門前での一件が、ウチハの耳に入ってしまったのかもしれない。俺はなかなか切り出さないウチハに、"それで? "と問いかけた。ウチハは小さく頷いてから、口を開く。
「なにかあった? 今日」
「あぁー。まあ、色々」
「コツツミさんの事?」
「……」
「やっぱり。コツツミさんに、優しくしたくなっちゃったんだ」
「悪いかよ」
「うんん、全然悪くない。とってもいい事なんだと思う。けどね?」
ウチハはベットから立ち上がると、座っている俺の正面に立った。ウチハの手が伸びて来て、俺の頭を撫でていく。俺はそれがなんだか恥ずかしくて、ウチハの手を払いのけた。手を払い退けられたウチハは、今度は俺の膝の上に座った。ウチハの肩を押してみるが、ウチハに退く気はないらしい。ウチハが俺に寄りかかる。
「ボクはね? コツツミさんだけが悪いとは思わない。だけど、コツツミさんが全く悪くないとも思えないんだ」
「……」
「どっちにも悪いところがある以上、ボクはあの子に優しくするべきじゃないと思う」
「じゃあ、黙って見てろってことかよ」
「うん。それがエイタとコツツミさんのためだと思うよ?」
俺が自己紹介の時に見たものは、あくまで彼女達の一面にすぎない。コツツミさんが無視したという、決定的瞬間を目撃したわけでもない。どちらが本当のことを言っているかわからない以上、どちらかに肩入れすべきではない。その通りだ。全くもってその通り。ウチハは正しい。ウチハの言い分に、言い返す言葉はない。だけど……。それでも俺の心のどこかで、納得のいかない自分がいた。
話を作る時に出ちまった、知識とか裏側とか苦悩とか。
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