心がノゾける呪い   作:おおきなかぎは すぐわかりそう

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ささら踊り

 

 

 

「みんなバラバラになっちまったなー」

 

 

「そだな」

 

 

 

 顔合わせを終え、真新しい教科書を携えて、俺達は午前も早々と帰路についていた。

 

 気の早い奴らは、新しく出来たグループで親睦会を開こうと、カラオケやらファミレスやらで盛り上がっていることだろう。

 

 

 

 なんだろう……こう変わり身の早さというか、学校生活をより円滑に進めるためのロビー活動に熱心だよなと。口にすれば馬鹿にしたような発言であることに気が付く。

 

 別によそで盛り上がることに難癖をつけたいんじゃない。ただ毎年のように、出禁の店を無作為に生み出すことを止めていただきたいだけだ。

 

 

 

 偏差値は特別低いわけでもないが、かといって高いわけでもなく。世間的に見て問題は起こすものの、致命的な間違いを犯すわけではない。そのラインはきちんと弁えているのだろうか。

 

 入店拒否になってるのにリスク管理できてるの? という疑問はいちど端に捨て置く。

 

 いまいちパッとしない学校、というのが世間から見たこの学校のイメージだろう。

 

 ……いや、ウチハを抜きにして、なんて文章を新たに付け加える必要があるかも知れないが。

 

 

 

 近いからなんて、いかにも適当に学校を選んだ俺ではあるが、どこか影の薄いこの学校を前にした時、当時は酷く魅力的に見えたことを覚えている。

 

 だから、あの高校は……と一括りにされることに、文句をいうのはお門違いなのかもしれない。

 

 大体、しっかりと情報収集していれば予想できることをどうして回避しなかったのかと、誰かに問い詰められてしまえば、反論もできずに閉口する他ない。

 

 

 

 結局、新しい環境に即座に対応してみせる彼らを見上げ、こっちの方が居心地がいいんだぞなんて捨て台詞を吐き出す、酸っぱい葡萄の定型文のような感情を知って気分を悪くして終わる。

 

 自分にできないことを平然とやってのける彼らに対するやっかみなのか? 

 

 

 

「……てか、メツギはウチハちゃんと帰るんじゃなかったのかよ」

 

 

「んんや、ドウゾノは新しい女子グループに引っ張られていったよ」

 

 

「なんだよそりゃ。せっかく一緒に帰れると思ってたのによー」

 

 

「俺はちゃんと言ってやったぞ」

 

 

「メツギがそそくさ帰るから嘘付いてると思ったんだよー。あーもう、しくったなー」

 

 

「……」

 

 

 

 それは遠回しに、俺とは帰りたくないって意思表示かな? ……なんてね。

 

 

 

「なぁ、いまから引き返してあいつら待たないか?」

 

 

「……悪いな。今日はちょっと、体調が悪くて」

 

 

「あーそーかよ」

 

 

 

 クラスが変わった途端に付き合いが減るのは普通のことなのだろうか、それとも単に俺が薄情者なだけだろうか。

 

 あんなに仲が良かったのに、ほんの少し距離が出来るだけで、幻のようにそっけない態度に変わってしまう。

 

 きっかけは何も距離だけとも限らない。時間・性別・思想の食い違いが両者の袖を分かつ。

 

 

 

 自分が周囲の人々にとって大切な存在であると知るために、友達だなんて言葉を宛にすることは、酷く頼りないもののように思える。

 

 

 

「ウチハちゃん盗られた割にえらく冷静だよな」

 

 

「え、あぁ、うん」

 

 

「けッ、幼馴染さま高みの見物ってか? うらやましいねたましい……」

 

 

「……幼馴染は関係ないだろ」

 

 

 

 悪態をつきながら、眼鏡の奥から蔑むようなその瞳に弱く反論する。

 

 人の気持ちも知らないで、そんなに羨ましいのなら、ぜひ変わってやりたいぐらいだ。

 

 まぁ、そんな気軽に他人へと譲渡できるのなら、こんなに羨望の眼差し(笑)も向けられないんだろうが。

 

 

 

「それともなんだ? メツギはコツツミさんみたいなのがタイプなのか?」

 

 

「いや、そんなんじゃない」

 

 

「どっちもお前みたいな奴に釣り合うとは到底思えないが、まあ夢見るだけならタダなんだから勝手にすれば良いんじゃないか?」

 

 

「だから、そうじゃない」

 

 

「にしても女の子っておっかねーのなー。同じ才能でも身の振り方一つでああも扱いが変わるんだから」

 

 

「だから違うって言ってんだろ!!」

 

 

 

 思わず声を荒げた。

 

 すぐにハッとして取り繕うがもう遅い。

 

 

 

 もしもノーリスクで人を助けることができるのなら、よっぽどの事情を除けば誰だって手を差し伸べるだろう。それが出来ないってことは……よほど逼迫した状況でもない限り、見過ごされるのがオチだ。

 

 

 

 女子の嫉妬や根も葉もない噂話はあまり気分の良いものじゃないが、俺はこの溜飲を下げる術を知らないでいる。

 

 俺が幼いだけなのか、はたまた近い将来、人が傷ついているのを平気で見過ごすような人間に適合してしまうのかと唇を噛んだ。

 

 あぁ後そうだ、その時々の気持ちによっても、両者の間を引き裂くには容易いんだった。

 

 

 

「なー」

 

 

「?」

 

 

「メツギってノリ悪いのなー」

 

 

「はは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいない家は、ただ冷たい温度を伝えた。

 

 薄暗いリビングを横切って、階段を上り、自分の部屋に閉じこもる。

 

 

 

 ベットに倒れ込んだ。

 

 このまま無気力に身を任せていれば、何も考えなくて良くなるだろうか。

 

 心は疲れているはずなのに、頭は変なことばかりに思考が絡め取られて、休まる暇がない。

 

 

 

「疲れた……」

 

 

 

 大したことはしてないはずなのに、誰にアピールするわけでもなく、ただ心情がシーツに吐き出される。

 

 こんな薄暗い場所でうずくまっていたら、気持ちも沈んでしまうだろうといった至極当たり前な思考を放棄して、もう何も見たくないと視界を閉じ外界との接続を断つ。

 

 もうこれ以上刺激を受けとりたくないとした行動なのに、何を思ったのかこの体は、モヤモヤとした気持ちの清算に動き出していた。

 

 

 

 一人がどうこうしたところで、大勢を変えることはできない。

 

 そんな誰もが知っている当たり前を理解してしまったその日から、周囲とのズレに苦しむ毎日が始まった。

 

 

 

 誰しもがヒーローの資格を持っているわけではないが、素質足り得るものが必要な者にだけ配られるわけではないらしい。

 

 自身にとっては使いこなせない耐え難い呪いのようなものであっても、他の誰かにとっては銅臭に塗れた嫉妬の対象にだって転換する。

 

 

 

 ……隣の芝生は、いつだって青々としていた。

 

 自分の持ち合わせているものはより、他人の優れた部分だけがハッキリと主張してくる。

 

 突き抜けた存在が、いつだって目の前の障害を打ち破ってくれるのを息を潜めて待つ他ない。その時点で、自分が向こう側の人間でないことを知り、ますます確信を強めた。

 

 あぁ、やっぱりな。

 

 自分には、片輪しか与えられていないのだ。

 

 自分の才能に期待して、周囲には理想の自分を取り繕って。この見渡す限りの前例の、ごく当たり前な一例に過ぎないのだと。

 

 

 

 善人にも悪人にもなりきれない中途半端な自分には、逃げる場所も、頼る人も、全てがあやふやなただの幻。

 

 グルグル思考を巡らせる頭は疲れ、ようやく待ち望んだ思考停止を喜ぶ間もなく、気が付けばベットの上で意識を手放すのだった。

 

 

 

 

 ──────

 ────────────

 ──────────────────────

 

 

 

 

 

「エイタ? 寝てんの?」

 

 

 

 部屋をノックする音で目覚める。

 

 カーテンを開けると、夕闇が窓を覆っていた。

 

 こんがらがっていた頭は幾分か解け、その代償として、明日起きられるか心配になった。

 

 

 

「また制服のまま寝て……シワになるからやめろって毎回言ってるでしょ?」

 

 

「んー……」

 

 

「ウチハちゃんいるんだから、もっとしゃんとしなさいよ」

 

 

「んぁー……」

 

 

「はぁ……顔洗ってから下りてきなさいよ」

 

 

 

 呆けた返事に呆れ返る母親が去ると、朝の身支度に倣うように制服をクローゼットに仕舞い、人前に出れる格好を取る。

 

 あんまりだらしない格好でリビングに上がると、"ニートみたい"に始まり、さっきの小言が倍に膨れて殴りかかってくるので、面倒臭く感じながらも姿見で体裁を整えた。

 

 

 

 この後の予定らしい予定といえば、飯食って風呂入って寝るだけなのに、ウチハはあくまでお客様ってことらしい。

 

 まぁあんな才能の塊を身内と主張するのも恥ずかしい気もするが……。

 

 

 

 

 

「あ~きたきた、エイタも早く座って?」

 

 

 

 前掛けを取りながら、そそくさと配膳をこなすウチハに、横合いから頭を叩かれる。

 

 

 

「あんたも手伝いなさい」

 

 

「大丈夫ですよおばさん。エイタは新しい環境で疲れちゃったんだよね?」

 

 

「何かしたわけでもないのに何が疲れたよ。ウチハちゃんもおんなじ状況だろうに……」

 

 

 

 まあまあと母を宥めながら着席を促すウチハを無言で見送り、四人がけのテーブルにポッカリ空いた椅子に触れ、席に着いた。

 

 パート勤めの能天気な母は正面、家族の団欒と顔を綻ばせるウチハは横に、さっきから一言も発しない寡黙な父は対角線上の向かいを陣取る。

 

 

 

「それじゃあ今日の音頭はエイタ、お願いね?」

 

 

「……いただきます」

 

 

「「「いただきます」」」

 

 

 

 横合いから声に目を逸らし、手を合わせて食事の開始を合図すると、食卓上には無数の手が伸びる。

 

 主菜のアジの塩焼きと副菜であるほうれん草のお浸し、ワカメと豆腐が浮いた味噌汁と、ふっくらと炊かれたご飯から視線を落とす。

 

 

 

 一人で食べるよりみんなで。そういう人種は、食事中の人の暖かみ、大雑把に人との会話を、より正確には明るい話題を望んでいる。

 

 才能があって、愛想が良くて、見ていて気持ち良いくらいに障害を乗り越えていく彼女の話をご所望だ。

 

 誰もこんなだらしなくて、覇気がなくて、出来損ないの近況など聞きたくはないだろう。

 

 

 

 仕事帰りで、疲れているであろう物静かな父は、ウチハの話に不器用ながらも相槌を打つ。

 

 パート勤めのお喋りな母は、遠慮を知らない突っ込んだトークを封印し、まるでセラピストように話の引き出しに徹していた。

 

 ……特別な人間は、人を変えてしまうような不思議な魔法でも備えているのだろうか。

 

 俺だけ態度が変わらないからって別に何もない。空虚な人間が他者に影響を及ぼさないように、その魔法はマトモな人間にしか効果がないのだろう。

 

 

 

 俺はこの食事の時間を心底嫌っていた。

 

 逃げ場所がない。

 

 目の前のノルマを達成するまで、この場を離れられない。

 

 家族という実態が曖昧になって、とても心を休める場所とは言えなかった。

 

 

 

 けれども、そう感じているのはどうやら俺だけのようで。

 

 この、自分だけが常時心を尖らせている様が。

 

 お前だけがおかしい、間違っているのだと逐一報告されているような感覚が。

 

 耐え難い苦痛となって襲い掛かってくる。

 

 

 

 毎日毎日。

 

 来る日も来る日も。

 

 そして何度だって気が付く。

 

 

 

 世界の何処にも、俺の居場所なんて無いんだってことに。

 

 

 

「それで? 新しいクラスはどうなのウチハちゃん。楽しくやっていけそう?」

 

 

「えーと、はい。新しい友達も出来ましたし、エイタと一緒になれたんで不満はなし、です」

 

 

「あら、それは良かったわ。部活との両立は大変だと思うけれど、困った時はエイタに頼ってちょうだいね?」

 

 

「はい。もちろんです、おばさん」

 

 

 

 交わされる会話は右から左へ。

 

 ただ黙々と目の前のノルマ達成に心血を注ぐ。

 

 

 

 水分は極力飲まないように。途中途中で箸を置くとタイムロスの原因になってしまうので、最後にまとめて飲む。

 

 食事は歯だけでなく舌も最大限に活用。柔らかい食べ物だったら舌も噛み砕きに利用し、ある程度纏まったら嚥下のサポートに回す。

 

 

 

 昔はこれほど気を回さずに済んだが、やがて自分が集団生活で劣った存在なのだと感づいてしまったときには、そんな流暢なことも言ってられなくなった。

 

 必要に迫られて獲得するしかなかった技術だが、評価はされないものの社会で一生使えるスキルって奴なんだろう。

 

 

 

「ごちそうさま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコン

 

 

 

「エイター? 起きてるー? ……あー勉強してたんだ、邪魔しちゃった?」

 

 

「……んんや。別に」

 

 

 

 無遠慮に開かれた扉からは、赤みがかった濡れ茶髪をタオルで乾かすウチハが現れる。体温が上がって上気した肌。体のラインが浮き出る薄い服装と無防備な姿勢。邪な思念を悟られぬよう思わず目を逸らし、使っていたノートを閉じて思考を切り替えた。

 

 

 

 勉強してたというのは、額面上の意味ではちょっと語弊がある気がする。

 

 何かしていないと不安になって、でも他の選択肢なんて知る由もなくて、仕方なく勉強をやっているというのが正しい解釈だ。

 

 だからそんな畏まった顔で入ってこられても、コッチとしては困ってしまう。

 

 

 

「ちょっと今、時間あったりする?」

 

 

「あぁ、別に、問題ないけど……」

 

 

「ありがと」

 

 

 

 彼女はそういうと、タオルを首に掛け、迷いのない所作でベットへと腰掛けた。

 

 こんな時間に彼女が部屋に来るのは珍しい。平静を装ったつもりだったが、彼女には不機嫌なのが勘付かれてしまったのか。面倒なことになったな……。

 

 

 

 ベットに腰掛けた後も動かないウチハが切り出しあぐねているのを察し、"それで? "と会話の切り口を作ると、彼女は小さく頷いてから口を形作る。

 

 

 

「なにかあった? 今日」

 

 

「んんや。別に、なにも」

 

 

「嘘。エイタがそういう時は、何か良くないことがあったっていう証拠。……もしかしてだけど、コツツミさん?」

 

 

「……」

 

 

「やっぱり。……あの人、ときどき学校来ない不良っぽい人だから、関わるのはやめた方がいいんじゃない? あんまりいい噂も聞かないし」

 

 

「……」

 

 

「別に、エイタがコツツミさんのことをどう思ってどう行動しようと勝手だよ? でもね、エイタの優しさは危ないところがあるからさ? ……ボクはエイタを心配して言ってるんだよ? わかってくれる?」

 

 

「……あぁ、わかってるよ」

 

 

「はい」

 

 

「?」

 

 

「約束、指切りしよ」

 

 

「約束する程の事なのかよ……」

 

 

「うん」

 

 

「ハ───……」

 

 

 

 ベットから立ち上がり、前屈みになって差し出される小指に、こちらもと力なく小指を垂れさせる。

 

 すると、ウチハは絡め取るように下方から掬い上げ、キュッと自らの胸元に引き寄せながらしなだれかかってきた。ちょうどキャスター付きの椅子を二人で共有し、内ももにウチハが収まると二人は垂直に密着の形を取る。

 

 体重が徐々にかけられることで柔らかさを実感し、ウチハの右耳が首筋を掠めくすぐったい。漂ってきたシャンプーの甘い香りに思わず息を止めた。これ以上、彼女のことを意識したくなかった。

 

 

 

 もはや口約束なんか建前で、ただ単にこうしたかったとも捉えられる行動は、本当は俺の感情なんてどうでも良かったんじゃないかと頭に冷静さが戻ってくる。

 

 仮に他意がなかったとしても、……こんな法的義務もない形だけの契約で信頼を勝ち取ろうだなんて、なんと虫のいい話だろう。

 

 

 

「今日のことは、さ。ボクだって嫌な気持ちになったんだよ? でもね、ああいうのって、自分で解決しないといつまでも付き纏う問題だと思うんだ。……いつも、誰かが救いの手を差し伸べてくれるとは限らない。だから、コツツミさんには乗り越えてほしい」

 

 

「……」

 

 

「変に助けて、事態が悪化しちゃったら目も当てられないからね。だから、静観が一番……」

 

 

 

 

 




話を作る時に出ちまった、知識とか裏側とか苦悩とか。
https://www.ookinakagi.com/a-cursed-trash-can-that-makes-your-heart-chill4/

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