散歩してたら吸血鬼と出会って命握られる話。

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散歩してたら吸血鬼と出会って囮にされる話。

夜に一人。パジャマ姿の男子高校生。

志波は家の近所を歩いていた。

夜中だ。

人はいない。

街灯だけが道に立つ。

今日みたいな眠れない日は意味なくうろうろと夜の街を散歩するのが、志波のちょっとした習性であった。ふんわりとした夜風に当たって、気が向いたら帰るのだ。

真っ直ぐ伸びるアスファルトの道を歩く。

左手に見えてるのは電車の線路で、今は当然何も走っていない。

敷かれた砂利の絨毯と、その上の鉄の線路と、線路の溝に捨てられてる空のペットボトル。

よく挟まらないなと志波は思う。

あれ電車走ったら当たるだろ。こわっ。

でも当たらないんだよな。やばっ。

志波的七不思議。他六つは存在不明。しょぼっ。

右手は住宅街。家々が立ち並ぶ。

人がいない代わりに野良猫が悠々と道を歩いている。

昼は人が街の支配者。夜は猫が街の支配者。

志波が勝手に思ってるだけだ。そっちの方がおもしろいから。

志波は野良猫を横目に、お邪魔しますよと、静けさが広がる道を歩いていた。

不意に音がする。

からんからん。

空き缶を蹴っ飛ばした音。

渇いた音。

家と家の間。

路地裏。

蹴っ飛ばしたのは猫かもしれない。違うかもしれない。

ちょっとした予想が合ってるか気になって、志波は音のした路地裏にふらりと近づいた。

ひょっこりと顔を伸ばして、覗き込む。

そこで目を見開いた。

驚いた。

居たのは人だった。

一人は、壁にもたれてへにゃりと座り込んだスーツの女性で、もう一人は口元を真っ赤に濡らした志波と同じくらいの歳の女の子だった。

制服では無いので高校生かは知らない。

ただまともな人間でないことは分かる。血で口元を濡らしてる女の子はやばい。

口の端から二つの牙が下向きに顔を出していた。血をぽたぽたと垂らしている。

志波の頭に”吸血鬼”の三文字が浮かぶ。

え、まじ?吸血鬼ってまじ?嘘だろおい。実在したのかおい。

想定外の事実に急速に思考が回る。

心拍も高まる。身体に響くほどうるさくなった心拍の音で、ようやく思考から現実へと意識が戻った。

なんかやばそ。逃げよ。

志波は素早く踵を返した。

何も見ていないふりをしようとした。この場にいなかったですよー。

素早く駆けようとした。しかし一歩を踏み出してそれ以上身体が進まなかった。

背中が何かに引っかかってる感覚。

汗が噴き出る。焦って後ろを見る。見れば、先ほどの女子高生がすぐ後ろにいて、志波の後ろの襟首を右手で鷲掴んでいた。

目を細めて睨んでいた。”逃がさない”と目が言っている。

志波は顔を引きつらせながらも腕を振り払うべく、その細くて白い手首を掴んだ。が、このしなやかな腕は、見た目とは裏腹にとても強烈な力を持っているようで、押しても引いても振るっても一向に襟首から外れなかった。

 

「く、、ぬぬぬ」

 

志波は諦めない。顔を赤くして腕に力を込めて逃れようとする。

しかし彼女は、志波の頑張りを否定するように妖艶な微笑を浮かべると、そのまま志波を引っ張って路地裏へと歩き始めた。

志波は抵抗するも為す術なく引き摺られて行く。

まるでリードで繋がれた犬のように。もしくは鎖でつながれた奴隷のように。

無力に志波は、ただただ路地裏へ引き込まれていった。

 

入ってすぐ、志波は壁に向かって突き飛ばされた。

 

「いっ・・・」

 

後頭部と背中を強く打ち付ける。

表情を歪める。思わずうめき声を上げた。

彼女は路地裏の入り口側の脚を上げて、志波の身体のすぐ横の壁に蹴りつけた。

黒光りする靴裏から固い音が鳴って辺りの暗闇に響く。

彼女はそのまま壁に脚を着いた姿勢で腕を組んだ。

脚に通路を遮られ志波は動けない。

逃げられない。

動揺で目を右往左往させる志波。品定めとばかりに鋭い視線を突きつける彼女。

被食者と捕食者の図だった。

 

「あなた、、志波稔よね」

 

底冷えするような声で彼女は言う。

志波は驚いた。

確かに志波の名前だった。

志波は困惑した。

何故俺の名前を知ってる。吸血鬼の特殊能力か。それか知り合いか。

志波は確かめるように、彼女の顔をまじまじと見た。

雲に覆われていた月が丁度顔を出して、路地裏の暗闇を照らし出す。

彼女の顔を浮かび上がらせる。

長い黒髪。端正な顔立ち。

彼女の顔をはっきり捉えた時、志波は眦を大きく開いた。

 

「あ・・・」

 

知ってる。

クラスメイトだった。

黒井さや。

勉強も運動もできる優等生だった。

 

「お前、、黒井さや」

「ええそうね」

「ああ~こんなとこで会うなんて奇遇だな」

「そうね」

「・・・こんばんわ」

「こんばんわ」

 

彼女は静かに返した。

口元は笑っている。が、眼は笑っていなかった。相変らず志波が一歩でも動こうものなら細切れにしてきそうな、恐ろしく鋭い目を向けていた。

志波は正直怖い。びびりまくってる。

だからせめてもの逃避で視線を横にずらした。

視線の先では、やはり壁に寄りかかる様にしてへたり込んでいるスーツ姿の女性がいた。

首元。

よく見れば丸い点状の二つの噛み跡がある。恐らくはそこに牙を突き立てて・・・

 

「酔っ払いか?介護してたのか?あの人を」

 

志波は、未だコトの事実に勘づいていなピュアピュア高校生(笑)なフリをしてみた。

 

「してたと思う?」

 

即バレした。

氷点下の声。

きゅっと心臓が締まる。

”分かってるわよね”と声色が言ってる。

下手にごまかすと殺される気がした。声が鎌を持ってた。

だから黒井に視線を戻すと、端的に聞いた。

 

「お前は吸血鬼なのか」

「そうよ」

 

短い声。

彼女は確かに言った。

どうやら。

クラスメイトは吸血鬼らしかった。

 

「まあ、うん、多様な社会と言うしそう言うこともあるわな」

「それはどうも 多様な社会だからこうして私が貴方の命を狙ってるのもまたありえることよね」

「・・・」

「ふふふ」

 

志波は唾を呑む。

多様性にケンカを売る彼女だった。

そして改めて自分の立場が、ヘビに睨まれたカエルに睨まれたイモムシ程の弱者で大層危険であることを自覚した。

延命とばかりに適当に話を振る。

 

「あの人は死んでるのか?」

 

=俺の先輩ですか。

 

「いいえ、生きてるわ」

「そうなのか」

「吸血鬼は極力人を殺したくないの」

「はあ」

「死体があればハンターに見つかりやすくなるし、いろいろ生きにくくなるもの」

「へえ」

「だから吸血鬼は一瞬で血を吸い上げて本人に気づかれる前に気絶させる」

「なるほど」

「あの人もそのうち立ち上がって何事も無かったかのように家に帰るわ 私のことは一切覚えてない状態でね」

 

志波は内心微かな希望を見出していた。

人を殺したくないなら、自分ももしかしたら助かるかもしれないと思った。

 

「さて」

 

彼女が言う。

 

「貴方がここで出来る選択肢は二つ」

「二つ・・・」

「一つは私に殺されること」

 

いやだ。

 

「そしてもう一つは」

 

「決して私の情報を広めないという約束の下で、少しでも噂程度でも漏らしたら死ぬという条件の上で、今後も生きる事」

 

「どちらがいいかしら」

 

彼女は尋ねた。

志波からすれば当然後者であった。

口の堅さには自信がある。死にたくないのだから、なおさらだ。

 

「絶対に誰にも言わない」

「賢い選択ね」

「ああ、頭いいだろ」

「頭が悪そうなセリフね」

 

 

 

 

翌日学校に行くと、街で、何者かに肉を食べられた生徒の死体が見つかったというニュースが広まっていた。

身体のあちこちが食べられているのだ。肉が無い、と。

変死体。

教室に入ると、誰もかもがその話題を話していた。

至る所で友達同士で集まって話していた。塊魂。磁石。ほこり。

彼ら彼女らの間をすり抜けて、志波は静かに自分の席に座った。

鞄を降ろす。いつもこの時間意味なく会話をする前の席の友人は、既に集まってきていた他の友人と会話を弾ませていた。

やはり聞こえてくるのは噂の話だ。みんな気になってるらしい。志波は特に気にならない。

それよりも昨日吸血鬼と会ってさぁ。しかもそれ黒井なんだぜ、やばくね。

とか言いたいが、言ったら自分の命がやばいのを知っているので当然言わない。

結果。

志波はぼーっとしていた。特にすることない。

ぼーっとして窓から見える青空を見上げていた。

平和。

 

ばんっ

 

不意に誰かが志波の机を力強く叩いた。

激しい音。揺れる机。さよなら平和。

 

「なんだ」

 

志波は気だるげに音のした方向に顔を向けた。

片手を志波の机に叩きつけた状態で仁王立ちしていた女だった。鋭い目で見下ろして怒りを瞳に宿している。

無論、黒井だった。

まあ、知ってた。

志波は何となく来る気がしていた。

 

「変な噂流れてるんだけど」

「流してない俺じゃない死にたくない」

「タイミングよすぎるわよね」

「やってない知らない俺じゃない」

「貴方ねえ」

 

志波はあらかじめ用意していた否定セリフ攻撃を食らわせたところ、黒井は眉をしかめて見事に罪人を見るような嫌悪する表情を見せた。

すかさず志波はスマホを操作してグループLIMEを開く。学校の大半の生徒が入っている超巨大グループLIMEだ。

そこでの今朝方のメッセージのやり取りを見せた。

 

「ほらここの”GAO”って奴が一番最初にこの噂を流してる 俺は”志波”だから”GAO”じゃない」

「ふ~ん?」

「それに例え俺が噂を流すにしても、こんなに分かりやすいやり方しない 俺は死にたがりじゃない」

「ふ~ん」

 

黒井は賛同を示しているのかどうなのか、適当な相槌を打っている。

尤も志波が言ったことはちょっと考えれば誰だって想像がつくことだ。だから黒井だって分からないわけない。

グループLIMEに入っていれば。

・・・。

 

「このグループ入ってるよな?」

「入ってないわ」

「なんでだよ」

 

小テストの答案とかどこからともなく貼られるから便利なのに。

 

「別に入る必要がないからよ」

「ああ・・・」

 

頭良いからか。

 

「その脳みそくれよ」

「きもっ」

 

 

 

 

志波は昼食の時間になると学校の屋上へと向かった。

何も置かれていない広い空間。人がいない。静か。外縁には人が誤って転落しないように、縦長のフェンスが囲うように張り巡らされている。

志波は広がるタイルの真ん中に腰を下ろした。

日光で暖められていたタイルの熱が制服越しに伝わってきて気持ちいい。

肌を撫でていくそよ風も気持ちいい。

屋上は、志波のお気に入りの場所だった。

志波はいつものように弁当を広げパクパクし始めた。

今日も今日とて肉が美味い。

昨日も肉。一昨日も肉。エブリデイ肉。

もう肉と結婚したい。

などとくだらない妄想をして優雅に食事を楽しんでいた。それが原因だったのかもしれない、

 

きいぃ~

 

と、唐突に背中の方で屋上に繋がる扉の開く音がした。

建付けの悪い音。

思考が回る。

実は志波の使ってる屋上は本来生徒は立ち入り禁止である。だから先生などに見つかろうものなら、碌な未来は待ってない。

といっても、、今更逃げ場所などないのだが。

じゃ、諦めるしかないね。

志波はおとなしく扉の方へ振り向く。

果たして扉の前に立っていたのは。

黒井だった。

・・・。

うわ、出た。

 

「露骨に嫌そうな表情するのね」

「ワークロイサンダーウレシー」

「殺そうかしら」

「冗談に聞こえないぞ」

「冗談じゃないもの」

「さいですか・・・」

 

黒井はそのまま緩やかな所作で志波の元へと歩いてきて、隣に座った。

彼女は膝の上に置いた弁当箱をおもむろに開ける。

 

「何でここで食うんだよ」

「貴方を監視するためよ」

「監視だ?」

「昨日別れてから貴方のことは可愛い可愛いコウモリたちにずーっと監視させてたの 私に不利益な行動をしないか、ね」

「まじかよ コウモリ可愛いのかよ」

「は?」

「いえ可愛いですベリーきゅーと」

「そうね」

「・・・」

「で、あの子たち昼間は動けないから 代わりに私が貴方のことを監視するわ」

 

黒井と接触した志波は、その一挙一動を監視されているのだった。

 

「新手のストーカーかよ」

「貴方の血はどんな不味い味がするのかしらね」

「分かった 牙出すな 俺が悪かった」

 

普段が何の変哲もない可愛らしい美少女なばかりに、つい距離感を間違えてしまう。

実際は彼女は吸血鬼で、志波の命などは気まぐれに奪えるということ。

用心。用心。

 

「まあでも、わざわざ見張らなくたってなんもしねーよ」

「それは私が決めることよ」

 

黒井は未だ志波のことを信頼してるわけでは無さそうだった。

志波は小さくため息を吐いた。

再び弁当を食べ進める。

 

もぐもぐ

もぐもぐ

真っ赤なお肉

もぐ

 

「志波君、それ生肉よね」

「あ、ばれるのか」

「何で逆にばれないと思ったのかしら」

 

志波が手を止めた。。

黒井が呆れた目をしていた。

志波は確かに生肉を食べていた。

 

「匂いがきついし、咀嚼音も変」

「鼻が良くて耳もいいとは流石吸血鬼」

「人間でもわかるわよ」

 

黒井の言う通り。

だから志波は、他の生徒にバレないように一人屋上でご飯を食べていた。

”おかず交換しようぜー ” で生肉様が登場したら誰でもドン引きするだろう、地球と月くらい距離が遠くなる。

 

血色の良い肉は人間を青ざめさせる。

 

「貴方、狼人間ね」

「イエス、マム」

「それも半妖 人間とのハーフ」

「イエス、マム」

「それうざいのだけど」

「イエス、マ・・・カロニ」

 

セーフ。

 

 

人間社会であっても人間以外のものは割と混じっている。

まあ。

混じってるだけだ。

 

 

 

それから昼食の時間はいつも黒井が志波の隣に座っていた。

 

 

 

「貴方の弁当肉しかないじゃない 飽きないの?」

「そんなもん人の自由だろ」

「私を見倣うといいわ 彩り豊かなこの弁当を」

「とか言いつつ、お前もいつもトマトジュース飲んでるじゃねえか 飽きるだろ」

「飽きないけど?」

「血液がトマトジュースになるぞ」

「なるわけないでしょ 馬鹿なの?」

「俺だって本気で思ってねえよ」

「自分で言ったことには責任を持つべきよ 子供なの?」

「結局罵られるのかよ・・・」

 

 

 

 

 

「吸血鬼って空飛べんのか?」

「飛べるわよ」

「へえ~ じゃあお前も飛べるのか」

「飛べないわ」

「え?」

「飛べる種もいるということよ」

「ああ、そういうことか」

「露骨にがっかりされると不快なんだけど」

「いや、飛んでる気分がどんなもんか気になっただけだから」

「あらそう でも良かったわね」

「なにが」

「空に昇る気分なら簡単に味わうことが出来るわよ」

「・・・その牙いつ見てもかっこいいな」

「でしょ?」

「しまってください」

 

 

 

 

「あそこに野良猫が歩いてるわね」

「歩く米粒にしか見えねえ」

「貴方目が悪いのね」

「お前が良すぎるだけだ」

「あっちにもそっちもこっちにも野良猫」

「猫しか見えねえじゃねえか」

「”狼人間は馬鹿”っていう看板も見えるわね」

「おおー”吸血鬼は盲目”っていう看板も見えるなぁ」

「は?」

「はあ?」

 

 

 

 

 

 

またある時襲撃してくる者がいた。

それはどんよりと灰色の雲が空を覆っていた、曇りの時。

二人はいつも通り昼食を食べていた。

突然、屋上に続く扉が勢いよく開いた。

二人は顔を向ける。

立っていたのは鎌を持った制服姿の女子生徒だった。

柄がその生徒の身長と同じくらい長く、鎌は半月状、数m程の黒い刀身を光らせている。

その生徒は黒井のことをきつく睨みつけると、鎌を構えて駆け出した。

あっという間に距離を詰めてくる。

志波は驚いて立ち上がると、すぐさま彼女の進行方向から離れて避難した。

どうやら狙いは黒井らしい、巻き込まれたらたまらない。

一方で黒井はゆっくりと立ち上がると、その生徒のことを待ち構えるように仁王立ちした。

焦った様子は微塵もない。

 

「覚悟おおおおおおお」

 

彼女が叫ぶ。

鎌をぶんっと振り下ろす。

しかし鎌が黒井の身体を捉えることは無かった。空を切った。

黒井は身体を軽やかに逸らして刀身を避けたのだ。ならばと彼女は続けて鎌を振るい追撃をするのだが、それらも黒井は後方へ軽々飛び跳ねながら避け、全ての攻撃を躱していた。

スタミナ切れで荒い息を吐く彼女。

距離を置いて立つ黒井。

一旦動きのない空気が広がる。

 

「いきなり襲ってくるのは失礼じゃないの?」

 

黒井は言った。

それに対し彼女は睨んで返した。

 

「吸血鬼如きに失礼もくそもないでしょ!」

「あら、口が悪い」

「うるさいうるさい! あんたなんかすぐにこの私、白井華がやっつけてやるんだから!」

 

「この”吸血鬼狩り”の手でね!!」

 

どうやら彼女は吸血鬼を狩ることを生業としている、”吸血鬼狩り”であるようだった。

それならば突然襲い掛かってきたのも納得がいく。

どこからか吸血鬼である黒井の情報を聞きつけてきたのだろう。

狩るために。

 

「じゃあ俺関係ないか」

 

志波はそう思って端っこの方でじっと二人の戦闘を眺めていることにした。

吸血鬼とそのハンターの戦いなんて中々見れる物じゃない。面白そうである。

白井が鎌を振るおうと地面を蹴って距離を詰める。

すると黒井が地面を蹴って離れる。

それの繰り返しだった。

別に黒井が牙をむくことは無い。ただひたすらに白井の鎌を避け続けていた。

微笑すら浮かべているし、遊んでいるつもりなのかもしれない。

一方で白井は本気そのものだ。

何度も何度も必死に鎌を振るっている。しかしまるで当たらなかった。

戦力差は歴然だった。

やがて白井はぴたりと動きを止めた。

 

「ふうっ もうおしまい?」

 

黒井が煽る。

白井はしかし返さない。

代わりにくるり、後ろを振り向いた。

その視線が捉えるのは、志波だ。

 

「え」

 

志波が声を漏らすのと、白井が突進してくるのは同時だった。

 

「こっちから殺してやるううううううう」

「ちょ!? 俺吸血鬼じゃないんだけど!?」

「あいつと仲良く話してただろおおおお」

「仲良くねえ!!」

 

あっという間に白井が目の前に来る。

鎌が振るわれる。

迫る。

志波は何とか身体を横にずらして、間一髪で避けた。

半分でも狼人間の血が入ってることに感謝する。純人間だったら間違いなく死んでた。

だが一発で避けた程度で安心などしてられない。

次から次へと、次の攻撃が襲い来る。

それらをほんとに寸前のところで、肌にいくつもかすり傷を作りながらなんとか避けていく。

 

「おい!お前の客だろ!どうにかしろよ!」

 

志波は視線をちらりと横に向けた。

黒井と目が合った。

 

にこりと笑った。

 

「スマイルいらねえよ!!!」

 

誰がこんな絶望的な状況でスマイル欲しがるんだよ!ドMじゃねえか!いやスマイルだからドSなのか!はぁ!?ふざけんなよ!?はぁ!?

 

志波はあまりの危機的状況に頭をバグらせた。

鎌がいっぱい振るわれる。

いつ当たるかも分からない。

当たれば死ぬ。すぐ死ぬ。間違いなく死ぬ。

無い頭を必死に回し、即座にこの状況の解決法を見出した。

 

「おいこれが何が分かるか!」

 

叫んだ。

 

「なにそれ」

 

白井は初めて手を止めた。

志波は一安心する。

彼女に見せたのはスマホの画面だった。

例の超巨大グループLIMEが表示されている。

 

「ここにさっきまでのお前の動画を貼り付けるぞ いいのか」

 

脅迫だった。

が、動画など撮ってない。

はったりだった。

しかし、

 

「んなっ!?」

 

意外と効果はあった。

白井は顔を引きつらせた。

一転攻勢。攻守逆転。

 

「いいのか 動画が出ればあっという間に特定されるぞ、吸血鬼狩りさん」

「ぐぬぬ」

「そうしたら人間社会にいられなくなるのは間違いないな」

「ううう」

 

うめき声のような、弱弱しい声を漏らす。

段々と鎌を持つ手が下がっていった。

 

「・・・それやめて」

「じゃあ俺を襲うな」

「・・・分かった」

 

白井はおとなしく指示に従い、鎌を地面に置いた。

 

あああ。あぶねー。

 

 

 

 

それから白井も何故か昼食の時間になると、屋上にやってくるようになった。

 

「貴方、なんでここにくるの?」

「はあ? 別にいいでしょ? たまたまここが日当たりが良いの!」

「テニスコート前とか体育館入り口とかもいいぞ」

「そういえば4組が体育の授業してる時、いつも貴方一人でいるわよね」

「強制的にペア組ませられるやつか」

「・・・」

「あ・・・」

「友達いないの?」

「っ!」

 

白井は眼を大きく見開いた後、ずっと下を向いていた。

このことについてその後は、志波も黒井も特に触れることをしなかった。

屋上が最も日当たりが良い昼食スポットである、ということにした。

 

 

 

 

それから少し経って、学校は再び変死体の噂で持ちきりになっていた。

前は一人だけだった。

だが今では7人ほど。そのうち3人は学校の生徒。それ以外は町の人。

いずれもやはり肉を食べられていた。

透明なヒグマでも街に放たれてるんじゃないですかねーっと、テレビのコメンテーターが言う程には犯人の手掛かりは見つかっていなかった。

 

「志波 あんたがやったんじゃないの??」

「やってねえよ そんな度胸ねえわ」

「そうよ この男は私が監視してるし、それに貧弱ゴミ雑魚ナメクジよ 出来るわけがないわ」

「ナメクジ・・・」

 

狼要素皆無じゃねえか。

志波は内心愚痴るが、それよりも。

 

「まあ死体から見ると、俺の同胞ではあると思う」

 

件のグループLIMEにはなぜだか死体の写真が貼られていた。

誰かがたまたま出くわしたのだろう。

写真はやはり報道されている通り、どこもかしこも歯形が付いていて、肉を食べられていた。

まさに狼に食べられたように。

 

「はああーー困んだけどこういうのー」

 

白井が言う。

 

「あんたの仲間なんでしょ やめさせらんないの?」

「仲間じゃない その理論なら人間皆お友達だし、お前もぼっちじゃないだろ」

「くっ!」

 

志波の何気ない言葉が白井の心を傷つけた!

 

「でも確かに困るわね ここまで派手に動かれると、”腕の立つ”吸血鬼狩りだとかも寄って来るもの」

「うっ!」

 

黒井の何気ない言葉も白井の心を傷つけた!

 

「あーもう、怒った!なんでどっかの馬鹿な狼人間のせいで私が傷つけられなきゃいけないのよ! この狼人間、どこの誰か知らないけど捕まえてやるわ!」

「はあ」

「でもどうするの?」

「囮を使えばいいのよ!」

「囮だ?」

 

志波は頭に疑問符を浮かべた。

その志波を白井はじーっと見つめる。

志波は”なんだ”と見つめ返す。

数秒経って。

やがて気付く。

 

「え?マジ?」

「マジ」

「俺、囮?」

「囮!」

「嫌なんだけど」

 

黒井が目を向ける。

 

「拒否権は無いわよ」

 

牙が伸びていた。

 

「・・・」

 

志波。頷いた。

 

 

 

 

 

 

その日の夜、志波は建物の間の路地裏にいた。

酷く暗い。辺りには人の気配がまるで無い。あるのは静寂ばかり。

チラシや空き缶が地面に転がっている。

この場所は今までの犯行現場の状況から、今晩狼人間が出現しやすいだろうと予測される場所だった。

人が死んでいても気づかない。まさに犯行にぴったりな場所である。

志波は一人だった。

囮だった。

長らくこの場所に立っていた。

やがて、雲に隠れて顔を隠していた月が顔を出す。

真ん丸な月。本日は満月。

 

「わおおおおおおん」

 

どこからともなく狼の鳴き声が響いた。

遠くへ響かせるような声である。

町の人なら犬の鳴き声と勘違いするだろう、しかし志波にはよく分かる。

これは間違いなく狼人間の遠吠えである。

やがて志波の身体を影が覆った。

志波は上を見上げる。

何かが降ってきていた。

フサフサの毛並み、尻尾、赤い目。

言わずもがな、狼人間だった。

狼人間は月光に輝かせた鋭利に伸びた爪を、志波の顔に向かって構えていた。

降ってくる。

志波はすぐに横に転がった。それで死の一振りを逃れた。

が、すぐに狼人間は転がった志波の身体に取り付くと、その首元に狙いを定めて口を大きく開いた。

尖った歯がびっしりと生えている。肉を裂くための歯だった。

それが志波の細い首元に向けらていた。

上下の歯で挟み込まれている。

断頭台に上る罪人の気持ちが分かる。

 

「ひいっ・・・」

 

志波は息を呑む。

死を間近に感じた。

口が閉じられれば死ぬ。

目を閉じた。

やがて何かが空気を裂く音が迫ってきて、遂には志波のすぐ隣にあった壁に刺さる音がした。

無論、白井の鎌だった。

狼はびくっと体を震わせて驚いた。

志波から手を放して、鎌が放られてきた方向に顔を向けた。

だがそっちではない。

今度は狼人間のすぐ後ろ、闇夜に溶けるようにして隠れていた黒井が姿を現した。

気付かれぬうちにすぐ傍まで接近していた。

その口元に輝くは、鋭い鋭い吸血鬼の牙。

狼人間は気付いていない。

黒井は大きく口を開けて、遠慮なしにその首元に噛みついた。

 

「ぎやあああああああ」

 

狼人間が悲鳴を上げる。

黒井の牙がめりめり肉に食い込んでいく。

血が噴水のように噴き出していた。

だが狼人間もじっとしていない。身体をぶんぶん振って抵抗する。

小柄な黒井は身体を振りまわされる。

しかし離さない。

その間に、白井が壁に刺さっていた鎌を抜いた。

そうして正面でもがき苦しんでいる狼人間に向かって、勢いよく鎌を振るった。

胴に一閃。

死神の鎌は狼人間の身体を見事に真っ二つにした。

やがて別れた二つの肉塊が、地面にぱたりと乾いた音を立てて転がった。

 

「ふうー終わったああー」

「もう少し早く出来なかったの?」

「はあ?全速力だし!」

「あら、そう」

 

志波は思う。

最後、白井が狼人間の首元を狙っていたら、黒井の首諸共落とすことが出来ていただろう。

でも彼女はあえてそれをやらなかった。

意外に絆が存在しているのかもしれない、と。

 

「最初の投げた鎌、普通に俺に当たりそうだったんだけど」

「惜しかったなー」

「はあ?」

「あら可哀想」

 

前言撤回。

 

 

 

 

 

 

 


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