くれる?」「ずっと一緒?」「……うん。きっと、最後には」三代にして最後の地下と、最後にして永遠のシュラウドの話。イデオル結婚します。いつもの人外シュラウド兄の√分岐の一つ。※魔力供給文脈のハデイデ要素※ツイステ受動喫煙※Dヘラ未視聴※pixivにも投稿
母を灰にしながらこの地上に生まれ落ちる赤子を、嘆きの島では炎の遺児と呼ぶ。あるいは冥府の熾火と。糸杉の子らが宿す冷たく燃える地下の青炎が、しかし人体を焼き滅ぼすに十分であることを、冥府の地上に住む者たちは知っていた。母親を焼いた遺児の熾火が、しばしば妻と子をも焼いてきたことを、未だ幼い炎の遺児も知っていた。
空の下にて唯一の悲しみの大王の領地である孤島の天は、その日も憤怒の山の煙灰に覆われていた。噴煙に遮られ銀の矢放つ君の加護も届かぬ嘆きの島、その北東に糸杉の子供たちの屋敷はある。青の篝火絶やさぬ死者の国の王の神殿とともに、島の内外の生者と彷徨う者たちに、できることならば忘れてしまいたいと思われながら、それでも初代の誓願を叶えるまでは、其処に。
イデア・シュラウドこそが、誓い、願い、そして待ちわびた彼らの悲願の結実であることを、屍衣の一族がまだ知らない頃、オルト・シュラウドがまだ幼く、そして肉持つものであった頃の話だ。
十歳のイデア・シュラウドにとって、自分の味方は世界に一人きりだった。その三つ離れた弟は今日のこの日も真白のシーツに挟まれて、イデアと同じ青の髪を燃やしている。その焔がいつまでも朽ちぬものではないことを、シュラウドの人間なら皆察していた。イデアでさえ、信じたくはないだけで、この腹違いの弟の運命の糸が決して長くは計り取られなかったことを知っている。それだからイデアは、それならばイデアは、オルトに魔法を掛けようと思った。
一番単純な魔法の形を、人は呪いと呼ぶのだと知っていて、彼は弟をまじなうと決めた。
「オルト、」
彼らの第一言語たる冥府の古語は、魔力を震わせる魔法言語であり、それ自体が弱い魔法にさえなり得る。だからまだ七つのオルトは兄がそれに込めた思いに気がつかなかった。
「ずっと一緒に居よう」
サイドテーブルに広げられた二人用ゲームの駒を摘んで、オルト・シュラウドは兄を見た。地下の黄金と同じく光る瞳も、冥府の冷光と同根の髪も、首元に灯る髪と同じに青い魂も、オルトの目にはいつも通りに見える。最新の残り火は、全くの正気でそう言ったのだろうとオルトには感ぜられ、そしてそのことが尚更不思議だった。ずっとだとか永遠だとかそういう言葉は、今なお地下にて君臨する主神を父祖に持つ彼らシュラウドには重すぎる言葉だからだ。
「兄さ、」
言いかけた弟の口を、イデアは自分の唇で塞いだ。薙ぎ払われた駒が音を立てて床に散乱し、オルトの蜂蜜色が困惑を浮かべて見開かれる。これが愛であることだけはイデアにも分かっていた。それから、嘆きの島が近親婚にひどく甘いことも。──イデア・シュラウドの夫人候補の第一は、性転換薬を服用させたオルト・シュラウドだ。
冥府の熾火が子を残した記録は、数千年を数えるシュラウドの歴史を浚っても片手で収まる。それらは例外なく従兄弟婚以下の血族婚だった。シュラウド以外の妻を迎えた遺児は皆、妊娠中の妻を魔力中毒で失っている。
「大丈夫だよ」
そう言って囁くイデアは、己の終わり方をどこか既に知っていたのかもしれない。イデア・シュラウドは炎の遺児にしては丈夫すぎた。いつか、全ての不死なる者を地下へ迎え入れることを、幽冥と冥府に次ぐ最後の冥神へ至ることを、人類種の誰よりも永遠に近い場所へ辿り着くことを、もしかしたらこの時にはもう。
「僕たち、結婚だってできるんだから」
祈るようだと、オルトは思った。その祈りの向かう先は遥かな地下の青か、それとも白い腕の貴婦人であろうか。その声が、まだ何かを信じたいのだとあんまり主張していたものだからオルトは、兄を責めることを忘れてしまった。世界で一番大切なものにどんな名前をつけてでも手放せないのも、地上と地下にまだ別たれたくないのも、きっとオルトだって同じことだった。
───***───
アイデースの冠
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万人の王の照らす奈落の淵に、イデア・シュラウドは何度目か立っていた。肉の器が密告鳥の名を冠す学舎にあることは分かっている。モルペウスの領域が究極的には誰の支配地であるのかは、彼の父母たる眠りと夜が共に名高き方の配下であることを思えば、考えるまでもない。
ゆらりと、背後の暗闇が揺らいだ。青炎宿すかの神を、骸布の子供たちは例外なく知っている。死者の国の王、不可視の君、遍く死者の導き手。痛苦と恐慌、恐怖と敗走を従える冥王ハデスの名を、嘆きの島に生まれて知らない者は居ない。
「やっほー、イデアちゃん。元気してた?」
地下の黄金が、丸く冷たく光ってイデアを見ていた。重みを感じない内容とは裏腹に、冥府語に震わされた周辺魔素は冥界に相応しい密度をもってイデアに届く。
屍衣の子は、糸杉と柘榴の裔は、死者の国の王を奉じる祭祀者であり、中でも炎の遺児は最上の巫覡である。父祖の言葉を聞き、地上の民と地下の王の間に立つ者であるが故にイデアは、剥き出しの魂で名を呼ばれてもまだ平然としていられる。
「はい、陛下。神慮めでたく」
輝ける黄金を見据えて、イデアは答えた。神が人よりも上にあることはわざわざ形にしなくても自明のことだから、跪く必要はない。
「うん。よしよしいい子だね」
悲嘆の王は幼子をあやすような声でそう言って、自身の末裔の両頬に手を伸ばした。巨神の子である彼と比べれば、183センチメートルの青年でさえ小さな子供のように見える。ひたりと触れる土色の肌から魔力と神威が滲むのを感じて、イデアは熱に流されないよう自身の掌に爪を立てた。ただ触れるだけで魔力が流れ込むのは、それだけ魔力量に差がある証拠だ。標高の高きから低きへと水が流れ転がるように、浸透膜越しに二液体の濃度が平均化されるように、それだけ神秘強度に開きがあるから、こんな風になる。
イデア・シュラウドの魔力と神秘は、決して低いものではない。既に権能の域にさえ達している神秘強度に比べれば魔力量は多くないが、それとて妖精族には敵わないまでも、生半可な全身種人魚よりはよほど多い。だがそれでも、神代の昔から現在に至るまでその権能を振るい続けたクロノスとレアーの子、その長兄にして末弟には到底敵うものではなかった。
魔導工学の世に先んじて考えるもの、天に階をかけるものと呼ばれ、いつか全ての神を死者として迎え入れるのだとしても。現代工学とアルミ・シリコンの守護者、天空にはガスと岩石の塊しかない証明の支援者として、神々からすればさほど遠くない未来にかの天雷さえ追い越していくのだとしても。それはまだ人間からすればずっと遠い先の話でしか、ない。
彼らを取り巻く青い焔はいつかイデアが継ぐ地下を統べる者の権能そのもので、遙か高みから吹き込まれる息吹は冥府の王の魂の欠片だった。
イデアの抱える器の、表面張力ぎりぎりよりもまだ多くの魔力が注がれる。同時に地殻の奥底のような高圧で囲われて、逃げ場なく過剰な魔力を注がれた自分の炎がバチバチと悲鳴を上げるのを、イデアは他人事のように感じていた。貴石がマントルで形成される時のように、圧倒的な圧力を加えられた魔力もまた変質する。奇跡と権能の出所、量よりも強度がものを言う神威の領域へと押し上げられていく。
爪先の食い込んだ掌から流れる血は、その一滴さえ地に届くことなく炎に巻かれて蒸発する。たとえ一瞬のことだとしてもそれをよしとすれば、イデアの自我もきっとそうなる。呑まれないように、立ち続けるために。自失とした器ではなく、イデアが、イデアだけで在ることを手放さないために。富の主人の黄金をいっそ睨むようにする末子に太祖は、呪いと紙一重の祝福を投げた。
「早く強くなりな。待ってるからさ」
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心中立て
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ナイトレイブンカレッジを卒業したイデア・シュラウドは、大方の予想通りに実家を継いだ。故郷の外へ足を運ぶ機会が殆どないこと、また家業に手を取られて新規の開発が滞るだろうことを大層嘆いた人々(筆頭 : 部活の後輩だった蛸の全身種人魚)はなんとかしてイデアを説得しようとしたが、彼の意思は堅かった。
その彼が家を──ハデス神殿の司祭職を継いでから真っ先にやったことは言うと、前から散々に言っていた事務処理の電子化、では実のところなかった。
嘆きの島の北東、シュラウド屋敷の一室。部屋の半分を埋める充電ポッドと簡易整備用の機材、それから大容量・高速処理パソコンの青色光が、残りの半分に配されたベッドや本棚と随分不釣り合いに映る。シュラウドの新当主とその弟は、学生寮から変わらず同じ部屋で寝起きすることにしたらしい。
諸々の儀式やら挨拶状やらが数日かけてようやっと終わったイデアは、司祭としての服装でも事実上の領主としての仕事着でもなく、濃藍の作業着を着て、就寝時刻よりもずっと早い時間に弟を「大事な用がある」と呼んだ。オルト・シュラウドは部屋に入ると、兄が己の想定よりもずっと思い詰めた顔をしていることに気がついて慌てて駆け寄った。
「兄さん、」
彼がそれ以上何か言う前に、青と影とに縁取られたイデアの黄金がオルトの瞳を貫いた。
「オルト」
一つ、息を吸い込んで、イデアは目を閉じた。自分の言葉に対するオルトの反応が恐ろしかったのもあるし、それ以上に、拒否どころか困惑が浮かぶのを見ただけでも何をしでかすか己自身でも読み切れなかった。
「オルト。僕と一緒に生きてくれる?」
身を切るような、声だった。冷たい冬の風のような、あるいはもっとずっと冷たく4ケルビンの寒剤のような。その冷感がオルトではなくイデア自身に向いたものだということを、その冷酷が抑えきれない怯えと恐怖とを塗り込めてしまうためのものだということを、他ならぬオルト・シュラウドであればこそ正しく受け取ることができた。
「それで、」
返事を待たずに、イデアは続けた。冷え切った声の覆いが剥がれて震える本心が零れるのをこのたった十秒かそこら止めることさえ、彼にはできなかった。
「僕の、僕の冬になってほしい」
オルト・シュラウドは、当然ながらその言い回しの由来を知っている。糸杉の血を引く男が言うならばそれは、プロポーズ以外のものにはなり得ない。
嘆きの島は、近親婚に寛容だ。重婚こそ禁じられているものの、親族同士の婚姻を阻害する規定は何もない。甥姪はおろか、兄弟姉妹、それどころか実の親子でさえ結婚できる、おそらく現代では唯一の地域が、嘆きの島だった。シュラウド特有の事情も相まって、イデアとオルトにきょうだい婚に対する忌避はない。だからこれは単純に、オルトがイデアを選ぶかどうかという話でしかない。
「ずっと一緒?」
病床のオルト・シュラウドに投げられたいつかの祈りを思い出して、オルトは聞いた。口に出して返答する代わりにただ柔らかに微笑んだ兄はあの日の少年と違って、きっともう幼子ではいられなかったのだろう。それが遠回しな「否」であると分かっていたけれど、オルトはその推定から目を逸らすことにした。二年前であればそれを指摘しただろう。けれどオルトには、「ノー」を返したとき兄がひどく悲しむことが分かっていた。それを恋と呼ぶには付随する兄弟の情が濃すぎたけれど、オルトは兄が誰か別の人間と結婚するのは嫌だった。オルトほどにはイデアのことを知らないその誰かがイデアのことを傷つけるだろうと分かっていてその可能性を見過ごすことが、オルトにはできなかった。
オルトは接地活動機体換算で三歩先の兄に近寄って抱きつくと、汎用行動機体のマスクに覆われた口元をイデアの青い唇に押しつけた。答えはイエスだ。
いつ正式に結婚できる?という問いに、イデアは「いつでも」と何でもなさそうに答えた。
「なんだったら今すぐにでも」
オルトはその答えに驚いて、それならできるだけ早い方がいい、と言った。イデアが結婚式にこだわりがあるとは到底思えなかったし、立会人だって居ない方が気が楽には違いない。
「ほんとにいいんだね」
「うん。勿論」
それじゃあ、と言ってイデアはオルトを立たせて、自分はその正面に跪いた。まるきり、物語の中で騎士が姫君に手を許される時のように。琥珀金の瞳があんまり真剣な色味を乗せているものだから、濃藍の作業着でさえ軍服かタキシードのように見えた。
床に広がった青い炎が、急激に存在感を増す。魂に訴えかけるようなこの焔の名前を、オルト・シュラウドは知らない。万人の王、死霊の救い手、地下の支配者の代理人としての姿を、イデアは極力弟に見せようとしなかった。
「神慮めでたく。大いなる冥府と仲介たる屍衣の名の下に、ここに冥婚を執り行う」
この地上において、死者と生者とが命を落とすことなく婚姻を結ぶ方法は多くない。中でも真っ当に制度化されているのは二つきり。その片割れが、嘆きの島にある死者たちの王の神殿で、司祭の承認を受けて冥婚式を行うことだった。
キスも指輪の交換も必要ない。ただ神に、死者の王に声が届く場所で誓いを立てるだけ。至上の愛と、もう一つ。
「オルト・シュラウド、汝は汝の片割れ、イデア・シュラウドがその肉を離れた時、共に冥界へ渡ることを誓うか?」
イデアの両眼、地下に眠る黄金の色をして冷たく光る。オルトにも馴染み深い冥府語で紡がれた誓いの内容に、オルトは目を見開いた。イデア・シュラウドが死んだとき、オルトの魂も地下へと渡る。たとえそれが通常の冥婚とは反対にゴーストの側に死の覚悟を突きつけるための定型句だったとしても、オルト・シュラウドにはそれこそ救いとなり得た。
「はい、誓います」
だけれどこれが本当に神前の誓約であるのなら、兄のあの寂しそうな微笑はなんだったのだろう。
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拝啓、無限井戸型ポテンシャルの底より
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「兄さんのうそつき。ずっと一緒だって言ったじゃないか」
オルト・シュラウドは泣いていた。先だって正式実装された全環境対応機体に涙を流す機能が付随していなくても、オルトが確かに泣いていることを、その場の誰も疑わなかった。
イデア・シュラウドの葬儀に死体はなかった。子の姿もなかった。彼は初代の誓約を背負い、地上の役割を弟に託して、生身のまま地下へと下ったのだという。ジャミル・バイパーが主人を庇って死んでから二年後、彼が純粋の人間だったとしても寿命と呼ぶにはまだ随分と早い、晩冬のことだった。
「ごめんね。すきだよ。オルトのことはずっとずっと、大好きだよ」
そう囁く声が、オルトには聞こえるような気がした。イデア・シュラウドが神であるのなら、その巫覡として最良のものは間違いなくオルト・シュラウドだ。血を分けた弟であり伴侶であり、そしてなにより魔導工学の守護者たるイデアの最高傑作である彼でなければ、他の誰に届くだろう。それでもまだ、自在に声を届けられるほどイデアに余裕はない。青炎灯る忘却の彼岸を継いだ彼は、余裕どころか正気度まで削れそうな高負荷の中で無数の死者の管理業務を引き継いでいる最中だった。
「言ったろ、『冬になってほしい』って」
業務に慣れて、少しずつ、本当に少しずつシステムに改良を加えて、何年目かの初夏に「最後の死者」はそう独りごちた。別にイデアだってオルトと離れないで済むのならその方がよかったに決まっている。けれどイデアには時間がなかった。あの段階では誰かが地上に残っていなければいけなかった。この地下の底からでもできることが皆無ではないので、何百年かかけてどうにかするつもりではあるが。
「この暗がりの底から誰かを思うなら、お前がいいって、そう思ったんだ」
冬に、冥神が地下から待ち続ける冬に。誰かを選ぶなら、オルト以外には考えられなかった。天も海もなく鉄と宝石にだけは困らないこの地下、ただ万色に燃える魂が憩うこの冥界で、一人(亡者の王やそれこそ妹になれなったひととか、知り合いと言える人物もゼロじゃないけど)天井の向こうを思うなら。誰かに声が届くまでの日をそうして待つのなら。イデアはオルト・シュラウドを選んで想いたいと、言ってみればただそれだけの話だった。
ただそれだけの話なのだと、面と向かって言うこともできなかったのは、ただイデアの弱さでしかないけれど。それでもどうか、もしかしたらマレウス・ドラコニアの魂が燃え尽きる方がまだ早いような遠く先の話かも知れないけれど、いつかきっと君に声を届けてそして、君が地下に来ても良いように全部を整えるから。
君と僕とが地下に二人っきりになる日を、きっと作ってみせるから。だからお願い、それまでどうか、その星空の下で待っていて。