夕焼けの紅に染る教室。自らの影が、段々と細く長く伸びていく夕方。黄昏時。そんな時間帯に、香澄は、りみと2人だけで教室に残っていた。
夏も近づいてきているが、夕方となるとまだまだ涼しい。カサカサと青い草木が揺れ、穏やかな風が香澄とりみの髪を靡びかせていった。ちょうどよく涼しい風が、2人を穏やかに吹き付けていた。
「師匠。今日呼び出してきたのは、一体何のためだ?」
りみが首を傾げる。実は、香澄が頼み込んで、りみにその場にいてもらったのだった。ほかのクラスメイト達な散り散りに去っていくのを待った後、机の上に座ったりみは香澄に理由を聞いていた。
香澄は、用意していたノートを開きながらりみの問いかけに答える。
「えっと、新曲の歌詞をもっと詰めたくって。スコアも結構いいところまで行ってるし、歌詞をそろそろ完成させたいなーって」
スマホを開き、音楽アプリをタップで開いた。"りみりん夏の三三七拍子(仮)"と書かれた題名とともに、軽快な三三七拍子が流れてくるのを確認すると、香澄はポケットからイヤホンを取りだす。
Bluetoothで接続し、音を確かめるように耳にイヤホンを右耳だけ付ける。問題なく流れることを確認すると、りみが余った左耳にイヤホンをさした。
……一拍置いた後。皆で作ったメロディが線を通じて流れ出した。まるで世界が一新したような、そんな気さえもしていた。
軽快な三三七拍子をベースに、たえと有咲。りみがアレンジしたリズムが香澄の見る世界を別の物へと染め上げていく。
リズムが、香澄の唇から溢れ出す。
歌詞はまだないけれど。とってもリズミカルで、楽しくて、刺激的な歌にきっとなるーーそんなふうに香澄は思った。
「ふむ。歌詞、歌詞か。イントロとかは何度も考えたりはしていたが、歌詞は考えた事無かったな」
ペンを、クルクルと器用に回しながら言う。加速し、失速し、また加速するペンの軌跡は、時たま光ながら環を描く。
「えっと、歌詞じゃなくても大丈夫なんだ。もっと鮮明なイメージとか、そういうのがあれば教えて欲しいな」
ぐるぐるぐるぐると、銀色に見える光の環を描きながらペンは回る。ぐるぐるぐるぐると、何回か回った後。りみの手から、乾いた音を立ててペンが落ちていった。
落ちたペンを拾い上げ後、ペンを見つめながらりみは言った。
「私は、兎に角"夏"の歌がいいぞ。太陽とか、虹とか。夕日とかそういうやつだな」
ピンク地に、ひとつ虹が書かれているペン。香澄は、その虹のアーチに目を惹かれていた。
香澄は、りみから聞いた"太陽"、"虹"、"夕日"の3つのワードをノートに書入れる。
「うーん、夏の曲かぁ……」
悩んだ香澄は、ペンの先をカチカチといじくる。ペン先が、出たり入ったりするのを眺める。カチカチカチカチーー。
「……おや、曲が変わったな。これは、"Yes! BanG_Dream!"か」
"りみりん夏の三三七拍子(仮)"が終わり、ガイド用のメロディまで入れてある"イエバン"が、次の曲だった。つい最近。6月にあった、あの商店街での祭囃子ライブをついつい思い出してしまう。
始まりのライブ。4人で撃ち抜いた最初の1歩。ーーそれぞれの"夢"の始まりの音。
そんなライブの高揚感は、今流れている"Yes! BanG_Dream!"と共に何度でも思い出せるだろう。遠い筈だった音楽は、もう私の手元にあるのだから。
チラリと、りみの顔を横目で見てみる。瞼を閉じて、リズミカルなイエバンに顔をこくこくと動かしている。コーラスの部分に至っては、軽く歌ったりもしていた。こくこくと動く度に、付けられたピンク色の髪留めが楽しそうに揺れる。
「なんだか、商店街のライブ思い出すね」
思いを馳せる。りみとの感覚を、共有しているような錯覚までする。りみの感覚を共有することが出来たのなら、このふんわりとしたイメージの歌詞も完成できる気がする。
「……そうだな」
りみも思いを馳せているのだろうか。目を細めるりみに、その言葉に続くものはなかった。
ーー"こんな日が来ることは分かってた。ドキドキときめくキミはいつか!"
歌詞が、音楽アプリ上に流れる。香澄は何気なしに、りみに聞いてみた。
「ねぇ、りみりん。りみりんは、商店街のライブどうだった?」
何とも具体性のない質問だった。技術的な反省会なら以前しているが、そういうことでは無い。りみの、その時に感じたことを聞きたかったのだ。共有をしたかったのだ。
頭の中で、さっき流れた"イエバン"の歌詞を反芻していると、りみが口を開いた。
「ーーいつも気配を消していた師匠が、より一層輝いて見えた。私自身も、かつて無いほど楽しいライブだったが……。そんな中歌う師匠を横から見ていたら、"間違いなく日本一のバンドになる"と、私は確信した」
りみが、香澄に向き直る。その真っ直ぐな黄色味がかかった瞳で、香澄を射抜いてくる。
「せんせー……せんせーしょん……? 上手く言えないが、確かに始まったと感じた。伝説のりみりんになる幕開けだと分かった」
りみの言葉に反応するように、そよ風が香澄達の髪をかきあげる。確かにあの時。初夏の空の元、りみと同じ感覚だったのだと、香澄は確信した。
「だからこそ、私は師匠に着いていくぞ。師匠に着いていけば、このバンドを守っていけば。時間を超えて、地平を超えて駆け上がっていける気がした。ニンジャの感は、外れることは無いからな」
こんな風に思っていてくれたことが、とても嬉しかった。歌を歌うことで、それが電波し、共有されていくこの感覚。何となくだが、これからのやりたいことが分かってきた気がした香澄だった。
「……とまぁ、そんな感じだった」
何故か、ぷいとそっぽを向くりみ。一瞬見えた頬の紅さが、夕陽のせいなのか別の要因なのかは、香澄には分からなかった。
「……ふふっ。ありがとう、りみりん」
確かな共有がなされた。そうなったなら、香澄は彼女に似合うような歌詞を書かなくてはいけない。
"日本一のバンドになる"という夢をもつ、その始まりになるような。情熱的な幕開けになる様な、そんな終わらない運命のパーティタイム、そのはじまりの歌を。
「……三三七拍子だから、拍手も入れたりして。リズミカルだけど、疾走感もあるように……」
りみりんの"ニンジャ"っぽさも出せるよう、タイトルは少しもじったりしてーー。そんなことを考えながら、香澄は作詞を進めていく。
その様子を嬉しそうに。日本一のボーカリストを支えるように、りみは見つめていた。