質屋であり、流星堂であり、蔵。地下ではなく、2階へと続く階段の先に、
たえ、りみはまだ来ていない。この夢空間には、2人と2匹のみが穏やかに存在していた。
しっぽでソファをゆったりと叩きながら、ザンジは有咲にピッタリとくっついており、バルは香澄の膝の上で丸くなっていた。
猫派こたつで丸くなると言うが、丸くなりすぎじゃないんだろうか……。と、香澄はバルを撫でながらそう思っていた。
「……それで。かすみんは、今度は何に悩んでるの?」
有咲が猫のお腹に手を置いて言う。ふさふさで、ザンジが丹精込めて手入れをした毛並みをわしゃわしゃと崩すように撫でる。案外、嫌がっていない様子のザンジは、その手をはむはむと甘噛みし始める。
香澄の手は、無意識にバルの背中を撫でながら言った。
「えっとね、有咲ちゃんの曲のイメージをもっと聞きたいなーって。ちょっと、行き詰まっちゃって……」
「なるほどね」
有咲はそれだけ言って、ザンジを撫でるのを止めた。撫でられるのを止められたザンジは、「にゃー」と抗議の声を上げる。
「まぁ、曲のイメージしか伝えてないしね。悩んじゃうのも無理ないよね」
ーーそれって、最初から作詞できないのを分かってたんじゃ……?
香澄はつい、バルを撫でる手が止まっていた。
「なんて言うのかな……うん。自分の考えとか、イメージとか、伝えるのって私苦手なんだけど」
前置き、照れくさそうに頬を掻く。有咲は、ちょっとだけ下を向き、香澄と目を合わせないようにした。
「……楽しかったのよ」
「……え?」
予想もしていない内容だった。考えてもいない答えだった。香澄は、意味がわからないのを表現するべく、有咲を見たまま首を傾げる。
「く、首を傾げなくてもいいでしょ! だから、楽しかったんだってば!」
ーーな、何をムキになってるの、有咲ちゃん!?
ひたすらに楽しかったを連呼するロボットにでも、なってしまったかのようだ。自分の考えが上手く伝えられないからか、有様で首を傾げてしまう始末だった。
「……つまり、あの何でもない日が楽しかったの」
そういえば、曲のイメージとして有咲は"女子高生の踊り出しちゃうような日常"がテーマだと言っていた。月曜日は金曜日の続きだし、金曜日は月曜日へと続くという。日常は、明日も明後日も続くんだという題目だった。
香澄は頷きながら、開いたノートにメモをする。
「色々あったけど、あんたとりみりんに連れられて学校行ったり。昼休みにご飯食べたり……。あ、"Yes! BanG_Dream!"ができた時、放課後にたい焼きも食べに行ったわね」
楽しかったことの列挙。嬉しかった事の羅列。その全てが、所謂"女子高生日常"だった。香澄も含めて、はるか昔に置いてきてしまったことだった。捨ててきてしまったことだった。
香澄はノートにメモをする。
「ああいうなんでもないような時間が、凄く楽しかった。みんなで集まって練習するのも。騒ぎながら帰るのも。放課後寄り道するのも。馬鹿らしいと思っていたけど、それはとっても楽しいものなんだって気づいた」
有咲は、かつて捨てたものに価値を見いだし、再び拾い集めていた。
香澄はノートに箇条書きでメモをする。
(特にかすみん。あんたのおかげなんだけどね……。)
正直に話そうと思ったが、これだけは伏せておいた。ランダムスターと初めてであった時の、香澄。世界中が恋に落ちてしまうような、ロマンチックでポップでロックでステキでゴキゲンなランダムスタ子。戸山香澄。やけに似合うランダムスターを掲げ、夢を撃ち抜くその姿。そのおかげと言っても、過言ではない。周囲のモノトーンに墜ちていた日常が、パレットの様にカラフルになった。
そんな有咲の記憶の中で、1番に上がるほどの宝物。この記憶は、香澄に伝えるにはまだ早い気がした。
「私はね、そんな日常が終わらなければいいなって思ったの。大切なモノ程近くにあるから、全然気づかないってこういうこと言うんだなーって思ったわ」
気がついたら、紅い夕陽が私達の影を伸ばしていた。ちょっとした天窓から垣間見える夕陽は、とても穏やかだった。
「……そんな日常を大切にしていったら、どんな景色が見えるのかな。練習して、遊んで、お喋りして。そういった日常を重ねていったら、どんな風景が見えるのかな」
語るように、唄う様に言葉を紡ぐ。香澄は、メモをとる手をいつの間にか止めていた。
「多分、楽しいことばっかじゃないんだと思う。辛いこともあるんだと思う。けど、それも含めて私は皆でその景色を見てみたい」
私達は、あったかもしれない未来となかったかもしれない過去の狭間で揺らめいている。この先どうなるかだなんて、過去の数式を読み解いたってわからない。だからこそ。
「だからこそ、"終わらない歌は明日も明後日も続く"って感じかな。どう、かすみん?」
有咲の独白。メモをせず、ただただ聞き入っていた香澄は、急に話を振られ「へっ?」と変な声を出した。
「なによ、折角話したのに。……どう? これで、歌詞が出来そう?」
有咲が、本当に楽しそうに笑顔を浮かべている。今も、現在も。そしてこの先も、堪らなく好きで楽しいんだろうなと、香澄は思った。
「うん! ありがとう、有咲ちゃん」
「うんうん。期待してるからね」
そう言って、有咲はザンジを再び撫で始めた。香澄はそこまで見届けた後、自分のノートに目を移す。
ーー終わらない日常。飛び跳ねちゃいたいような日常だし、"シャッフルリズム"も使ってるからリズミカルな言い回しに……。今まであった日常の風景も入れて……。
作詞をする。そんな香澄の集中する姿を、有咲は微笑みながら見つめていた。