分けないと、脅威の九万字を叩き出していたからです。
さすがに読みにくさがあったので半分に分けました。
ここまで辿り着けたことに感謝を。
『ルカリオ、トゲキッス。戦闘不能!』
審判の判定を聞きながらシロナとカイムはそれぞれボールを取り出す。その表情はやり切った満足感と少しの悔しさ、そして相手への敬意に染まっていた。
「ありがとうトゲキッス」
「休んでくれルカリオ。いい動きだった」
シロナとカイムはポケモンをボールに戻す。
次のポケモンはすでに一度出しているガブリアスとブラッキー。勿体ぶる理由はないが、なんとなくシロナはボールを手に取り目を伏せた。
「どうした」
小さい問いかけ。恐らくヒカリとジュンには聞こえていないくらいの声だが、シロナの耳には確かに届いた。
「少し、思い出していたの」
「どんな記憶だ?」
カイムは指先でブラッキーが入っているボールをくるくる回しながら聞く。
「初めてこのスタジアムに立った時のこと」
今でも思い出す、あの時の光景。
光り輝くライトに、埋め尽くされた観客席。今も変わらない光景がこれほどまで美しく、心を奮わせるものであることを実感していた。
「あの時は挑戦者で、今は逆。何度も経験したし、この瞬間は厳密には違うけど…こうして挑戦者へと立ち塞がる存在として二人の前にいる。トレーナーとしての、一つの頂に辿り着いた私が見るこの光景…こんな素晴らしい瞬間に、あなたが隣にいてくれるのが嬉しいって、私の
「一つの頂か。そんなところにいるんだな、俺も」
このタッグトーナメントはポケモンリーグそのものとは関係ない。あくまでポケモンリーグ運営委員が主催したというだけ。だが、シンオウ地方において間違いなく強者として認定されているトレーナー達が集まった大会であり、シンオウ地方という一つの地域におけるトレーナーとしての頂であることは疑いようもない。
「辿り着いたんだな」
「そうよ。あなたもね」
「……ああ、そうだな。まったく、ガキの頃に夢見た場所に、こんな形で辿り着くとはな」
トレーナーを目指す者ならば誰でも一度は夢に見る、ポケモンリーグスタジアムでのバトル。形は特殊ではあるものの、少年時代に夢見た光景をこうして愛する人と共に立てることは、きっと幸運なのだろうと思う。
「こういうものか」
「あら、肩透かしだった?」
「いや、そういうのじゃない。ただ…かつて夢見ていたものと、今の俺が求めていたものは違う。
夢の正体。それがどんなものだったのか、今のシロナにはわからない。聞きたい気持ちもあるが、今やるべきことはそれではない。
目の前で今もなお闘志を膨れ上がらせるシンオウ地方の未来そのものに、自分達が壁として立ち塞がること。それを理解しているからこそ、シロナはボールを構えた。
「あなたの夢の正体はどんなものだったのかはわからない。でも、夢の正体に触れたあなたの一番側にいられることを…心から嬉しく思うわ」
「そうだな。隣にいるのが、シロナで良かった」
空気が張り詰める。
歓声が鳴り止まないスタジアムの中で、フィールドに立つ者達の耳から歓声が消えた。ここからは、フィールドに立つ者達だけの時間。
「さあ、最後よ!思いっきりいきなさい!ガブリアス!」
「魅せてやれ、ブラッキー!」
再びガブリアスとブラッキーがフィールドに立つ。
ブラッキーの体力は五割、ガブリアスは八割。対してエンペルトは六割、ヘラクロスが四割。体力としてはほぼ同じ状況だが、エンペルトの特攻二段階上昇とヘラクロスの特性『根性』がある。ブラッキーがほとんどサポートの動きをする以上、火力面ではかなり遅れを取っている。
「頼むわよ、カイム」
「頼むぞ、シロナ」
瞬時に互いの役割を理解した二人の波導が一気に強くなる。波導を見ることはできずとも、殺気にも似た空気を感じたヒカリとジュンの背筋に冷たいものが走った。
「来るぞヒカリ!」
「うん!」
その言葉と同時にガブリアスが動いた。
「じしん!」
地面に向けて衝撃波が放たれ、フィールド全体が揺れる。
衝撃波が届く前に、エンペルトの足元から大量の水が噴き出した。
「なみのり!」
衝撃波と波がぶつかり合い、弾け飛ぶ。弾けた波の上を滑るように動く影を捉えた。なんとヘラクロスは板状の岩石をサーフボードのようにして水の上を高速で移動していた。
「器用だな。どっから出したその板」
「壊れたフィールドの表面だぜ!いけヘラクロス!メガホーン!」
波の上を滑るようにして肉薄してきたヘラクロスはツノにエネルギーを集中させて強化し、ガブリアスに向けて突き出す。だがそのツノは下から飛び出した黒い影に弾かれた。
「アイアンテール」
硬化させた尻尾の一撃がヘラクロスの攻撃を弾く。弾かれたヘラクロスだが、体勢は崩れていない。ツノを薙ぎ、突き出し、振り下ろしブラッキーに攻撃するが、ブラッキーは卓越した体運びと危険予知能力でヘラクロスの攻撃を捌いた。
(攻撃能力は低いけど、防御に徹すると本当に厄介だな!ヘラクロスの攻撃がここまで通らないなんて、今まで経験ねえぞ!)
ブラッキーは素早さが低い。そのためヘラクロスの攻撃は防ぐことはできてもここまで捌き切ることは本来ならできないように思える。
無論、ブラッキーのスペックでは完全に捌き切ることは難しい。しかしブラッキーは波導の使い方を学んだことで、相手の害意や悪意により敏感になった。そのため、相手がどこに攻撃しようとしてきているのかをより敏感に感知し、未来視にも近しいレベルで相手の攻撃を捌けるようになっていた。
攻撃が通らず、思わず大振りになった一撃。その一撃を尻尾で弾きながら反動でブラッキーは下がり、入れ替わるようにガブリアスが前に出てきた。
「ドラゴンクロー!」
ガブリアスの爪とヘラクロスのツノがぶつかる。その瞬間、エンペルトが横から突撃してきた。
「アクアジェット!」
もう片方の爪でガブリアスはエンペルトの体を受け止める。だが受け止めた瞬間、エンペルトが纏っていた水が消失した。
(来る!)
「ハイドロポンプ!」
超至近距離で放たれた激流。それを予期していたガブリアスは上体を前に倒すことで回避し、そのままヘラクロスを掴んでエンペルトに投げつけることで距離を取った。
(うまい!ヘラクロスを投げることで追撃を防いだ!)
「ヘラクロス!とびかかる!」
エンペルトが受け止めたことで即座に体勢を整えたヘラクロスは、即座に動き出してブラッキーに飛びかかってくる。
「まもる」
ブラッキーの防壁がヘラクロスの攻撃を阻む。ヘラクロスが防壁を蹴って下がり、ブラッキーの防壁が消えると同時にエンペルトがブラッキーに肉薄した。
(狙いはこっちか!)
「みずのはどう!」
「げきりん!」
エンペルトの水がブラッキーを捉えようとした瞬間、身体能力を限界まで上げたガブリアスがエンペルトを弾く。エンペルトの『みずのはどう』を受けながらも全く体勢が崩れることなく、エンペルトを捉えた。ダメージはあるが、強化された身体能力がダメージを僅かに抑える。エンペルトはダメージを受けたものの、鋼タイプを持つエンペルトに効果は今一つ。体勢はすぐに戻った。
「なみのり!」
「ガブリアス、切り替えからじしん!」
「サイコキネシス」
ガブリアスから龍のエネルギーが霧散すると同時に、足元から強力な衝撃波が放たれて波とぶつかり合う。切り替えによりワンテンポ放つタイミングが遅れたことで波が衝撃波を一部抜けてくるが、ブラッキーの『サイコキネシス』が波の軌道を変えた。
「ミサイルばり!」
波から飛び出してきたヘラクロスが針を放つ。ガブリアスが前に出て技を使うことなく体術のみで全ての針を叩き落とすが、その瞬間にヘラクロスが前に出てきた。
(早業!)
「メガホーン!」
「アイアンテール!」
前に出てきたヘラクロスの攻撃に合わせてブラッキーが尻尾を振り上げる。ツノが持ち上げられるように掬い上げられ、ヘラクロスの体勢が崩れた。
「ドラゴンク…」
「れいとうビーム!」
「ブラッキー!」
ヘラクロスの体勢が崩れた瞬間にガブリアスが追撃を加えようとしたが、エンペルトが氷タイプのビームを放つ。エンペルトのカバーを俯瞰の視点で予感していたカイムは、ブラッキーを即座にカバーへと移らせた。ブラッキーの防壁がエンペルトの攻撃を防ぐが、このカバーの一瞬でヘラクロスは体勢を立て直して維持していた『メガホーン』でガブリアスを貫いた。ガブリアスはチャージ済みだった『ドラゴンクロー』で迎撃するものの、ダメージをゼロにはできない。それどころか、運悪く波導による強化が薄い場所を貫かれ、威力を削ったにもかかわらずダメージは大きい。
(急所…!)
ポケモンは人間と比べてはるかに強く、濃い波導を持つ。その波導を全身に巡らせて肉体を強化しながら戦うが、波導の強化が弱い部分というのは存在する。程度は異なるが強化が弱い部分はどんな状況でも必ず存在しており、そこを突かれると当然ダメージも大きくなる。弱い部分はその時々で場所が変化するため的確に突くことは基本的にはできない。だが今回、偶然か必然かヘラクロスの攻撃はガブリアスの急所を貫いた。特性で攻撃力が上がっているヘラクロスの攻撃は、威力を削ったとしてもダメージは大きい。体力が六割を切る。
ただし、ヘラクロスもガブリアスの特性『鮫肌』と火傷により体力が削れていく。体力が二割を切った。
「(…的確に時間を稼がれている。ヘラクロスが火傷によるスリップダメージで落ちるのを待つ気かな?なら、速度で潰す!)ハイドロポンプ!」
「ブラッキー!あくのはどう!」
エンペルトが放った『ハイドロポンプ』に対して斜めに『あくのはどう』をぶつけて軌道をずらす。その瞬間にガブリアスが前に出て、同じタイミングでヘラクロスも前に出た。
「いくぜヘラクロス!きしかいせい!」
削られた体力をエネルギーに変換したヘラクロスから、ガブリアスですら目を見張るレベルの波導が迸る。そのレベルの波導がツノに凝縮され、ガブリアスに向けられる。
「ガブリアス、げきりん!」
ガブリアスの全身からも波導が迸る。
「ガチンコか!面白え!いくぞ!」
ヘラクロスも笑いながらツノを振りかざす。ガブリアスも身体能力限界まで引き上げ、ヘラクロスに向かっていく。
そして互いの攻撃がぶつかり合う瞬間、ガブリアスが卓越した身体能力と激情を完全に制御し切る理性で見切った攻撃を回避した。
「んなっ⁈」
「誰も正面からぶつかるなんて言ってないわよ」
「あんたもかよ⁈」
先ほどカイムにやられたことと同じシチュエーション。直情型のジュンからすると、ここで正面切って殴り合いをしない気持ちが理解できない。そのメンタルを利用され、ガブリアスはヘラクロスからエンペルトに狙いを変えた。
だがヒカリは違う。先ほどのカイムの動きから、ガブリアスがそう動く可能性を僅かながら予期していた。
「(地面技への切り替えもありえる!)逃がさないわよ!なみのり!」
「切り替え!じだんだ!」
巨大な波が襲いかかる中、ガブリアスは強化した身体能力で波を突き破りながら『げきりん』を解除し、地面タイプエネルギーを貯めた足でエンペルトを蹴り抜く。ダメージを受けながらも的確にエンペルトを捉えたガブリアスの攻撃は、エンペルトの体力を大きく削った。
「逃すかよ!ヘラクロス!」
ヘラクロスが自分の横を抜けていったガブリアスに肉薄しようとするものの、ブラッキーがヘラクロスの前に現れる。
「バークアウト」
ブラッキーが地面に向けて放った衝撃波はヘラクロスにダメージは与えないものの、衝撃でヘラクロスを押し戻すことには成功。
だがヘラクロスはこの程度で体勢は崩れない。即座に地面を蹴り、ブラッキーへと肉薄した。
「メガホーン!」
「まもる」
ヘラクロスのツノを防壁で防ぎつつ、ヘラクロスの体を受け流す。流された方向は、ガブリアスがいる方向だった。
(ガブリアスの方に⁈そりゃミスだろ⁈)
先ほどはガブリアスから距離を離れるように動いたブラッキーだったが、今回は別。敢えて防壁を使ってヘラクロスの勢いをそのままガブリアスへと向けさせた。技はまだ維持されている。この勢いならば、間違いなく『メガホーン』が維持された状態でガブリアスへと迫れる。
だがカイムは俯瞰の目でガブリアスが既に攻撃体勢に入っていることを理解していた。
「じしん!」
ガブリアスが放った衝撃波がフィールド全域に放たれる。エンペルトは『アクアジェット』の推進力を使って空中に逃れ、ヘラクロスは地面に向けて維持していた『メガホーン』で『じしん』の衝撃波を完全に中和した。
シロナはこれを待っていた。空中に回避し、即座に動けなくなるこの瞬間を。
「カイム!」
「力業・あくのはどう!」
力業で限界まで貯めたエネルギーがエンペルトを貫く。能力の上昇がないブラッキーの火力は大したことはない。それは耐久性が決して高いわけではないエンペルトが相手でも変わらないが、力業による威力上昇がある。大きいダメージとは言えないが、ちゃんとダメージにはなった。
「くっ!なみのり!」
大量の水を呼び出し、水に包まれることで即座に動ける状況を作り出しながらエンペルトは着地する。波はヘラクロスの体を運びつつ、ガブリアスとブラッキーの動きを制限した。
「きしかいせい!」
力業により大きな隙ができたブラッキーは回避できない。ガブリアスがカバーのために前に立ち塞がる。
「(ドラゴンクローじゃ威力不足!ここはこっちね!)げきりん!」
全身を凄まじいエネルギーが包み、身体能力が限界まで強化されたガブリアスの一撃とヘラクロスの一撃がぶつかり合う。強力な攻撃がぶつかり合い、衝撃がフィールドを走った。
「エンペルト!」
その瞬間、エンペルトが動く。早業の『アクアジェット』で肉薄し、一瞬でガブリアスの目の前に迫った。
「みずのはどう!」
エンペルトの水がガブリアスを貫く。ガブリアスは『げきりん』のエネルギーを防御に回してダメージを軽減させるが、二段階上昇したエンペルトの攻撃はダメージが大きい。
「(この距離ならカバーされることはない!)インファイト!」
「まもる!」
ヘラクロスの連撃が放たれた瞬間、『でんこうせっか』を推進力にして急接近したブラッキーがヘラクロスの目の前に現れて防壁を展開。ヘラクロスの攻撃を完全に受け切った。
「うずしお!」
ガブリアスとブラッキーの周囲に『うずしお』が展開され、回避が封じられる。そこに狙いを定めたヘラクロスが飛んで攻撃を仕掛けてきた。
「ミサイルばり!」
「ガブリアス!弾いて!」
一部エネルギーは防御に回されて若干攻撃力は下がったが、維持していた『げきりん』でヘラクロスの攻撃を弾く。その瞬間、エンペルトが『うずしお』の中から飛び出してきた。
「れいとうビーム!」
「アイアンテール!」
エンペルトの攻撃をブラッキーが硬化させた尻尾で弾く。だがエンペルトは即座に技を切り替えて動いた。
「アクアジェット!」
水の推進力を活かした突撃がブラッキーの体を弾き、ガブリアスにぶつける。この勢いで周囲に展開された渦を突き破り、ダメージを受けながらも拘束から抜け出した。
「メガホーン!」
「っ!まもる!」
ヘラクロスのツノが振り下ろされ、ブラッキーの防壁が一瞬遅れて展開される。完全に展開される前に振り下ろされたことでブラッキーはわずかにダメージを受けた。
(ギアが、また上がった!テンポが早い!)
ヒカリとジュンのギアがさらに上がったのを感じ、カイムは顔を顰める。元々かなりハイペースなバトルであったが、ラストスパートにかけて消耗度外視のハイスピードなテンポになってきていた。シロナは当然適応できるが、カイムは難しい。後手必殺型のカイムは相手の動きに合わせて手を変えるが、速度が速いとカイム自身の思考が追いつかなくなり、徐々にジリ貧へと陥る。今回のバトルはハイスピードが得意なジュンがいることもあり、定期的に仕切り直しを強制させるバトルにしていたが、最終局面を前にして二人が残った体力全てを費やして潰しにきた。
「アクアジェット!」
「しゃがめ!」
そしてペースが上がることで、カイムがついて来られなくなってきていることをヒカリは察知し、ブラッキー狙いの動きに切り替えた。カイムは予備動作を視界に捉えていたため、即座に回避へと移る。
ここまでは俯瞰の目(無意識)とシロナのカバーもあり、ついていくことはできた。だが、ここにきてさらにギアが上がったヒカリとジュンの実力は瞬間風速とはいえ四天王レベル。連携は粗いものの、互いの技の切り替えと速度により隙を埋め合い、シロナですら思考の猶予を与えないほどの攻撃密度を実現し始めている。
(ヘラクロスの火傷で体力は風前の灯のはずだが、上がったギアとアドレナリンで体力の消耗を上書きしてやがる!)
火傷は確実にヘラクロスの体力を蝕んでおり、そう長くは保たないことは自明。しかし、最高のバトルができていることの高揚感がヘラクロスの体力消耗を完全に忘れさせており、感情が肉体を追い越していた。
「きしかいせい!」
「(化け物共が…!)あくのはどう!」
ブラッキーはヘラクロスの攻撃を自らの攻撃の反動を利用して回避した。まだついていけているように見えるが、既にワンテンポ遅れ始めている。ブラッキーの素早さが低いこともあるが、カイムの思考が追いついていない。
「ガブリアス、じならし!」
「早業・なみのり!」
地面を揺らして素早さを下げさせようとシロナが動くも、ヒカリもガブリアスの予備動作を見切って相殺できる技を放つ。水の量も少ないが、元の威力が高いこともありガブリアスの攻撃は相殺された。
(技の切り替えと瞬発力がすごい!ガブリアスの動きに対して即座に合わせてきた!これはカイムにはきついわね)
ガブリアスの素早さにも迫るほどの反応速度。素の素早さがガブリアスよりも低いことを反応速度で補うという才能に物を言わせた最高の力業だった。
そしてこれは、カイムには決して到達できない領域。ただでさえハイスピードバトルを苦手としているカイムが、最後の最後で追い込まれている状況だった。
(ここでカイムが落とされたら、この攻撃密度がさらに上がる。そうなると、ガブリアスでも対処は難しい。事実上、詰み。でもエンペルトとヘラクロスの警戒はかなりの割合でガブリアスに向いている。なら、打開策はブラッキーにしかない!)
ブラッキーの火力ではエンペルトを一撃で落とすことはほぼ不可能。ヘラクロスなら落とせるだろうが、精神が肉体を凌駕している状態のヘラクロスに攻撃を直撃させられるだけの隙ができるとは考えにくい。
火力においてブラッキーは戦況を変えられる存在ではない。だが、ブラッキーでないと戦況を変えることはできないとシロナはわかっていた。
「ミサイルばり!」
「アイアンテール!」
ブラッキーが硬化した尻尾を振り抜く。
少しずつ、だが確実にカイムのオーダーが遅れている。ブラッキーの身のこなしと俯瞰の目でなんとかついて来られているが、時間の問題だというのはカイムもよくわかっていた。
そして、自分への警戒が薄れていることも。
(テンポについていけなくなっていて、尚且つ火力もない。ブラッキーへの警戒が明らかに薄くなっている。その分、ガブリアスがしんどい状態である以上、俺が状況を切り開くしかない)
自分にできるのか。ただでさえついていけなくなってきているこの状況で、化け物達の中に放り込まれてしまっただけの凡人にできるのかという不安が心に宿る。
その瞬間、カイムの隣にいる存在…シロナの波導が纏う空気が変わった。視線を向けることもしないが、何を言いたいのか。波導が雄弁に語ってくる。
この状況を切り開くにはあなたとブラッキーの力が必要よ。私とガブリアスじゃない。あなた達にしかできない。できないとは言わせないわよ。
そんな生半可な鍛え方はしていないわ
思わず背筋がぞくりと粟立つ。
手を差し伸べるでも、優しい言葉をかけるでもない。ただただ、信じている。自分が鍛えた者ならば、この状況をどうにかできるだろうと、一欠片も疑うこともない心からの
「化け物共が」
目の当たりにして、改めて思う。自分はここには至れないと。レッド、グリーンも交えてタッグバトルを、そして昨日のスモモ、スズナとのバトルを通して突きつけられた。酷く羨ましく、妬ましい。とっくにトドメを刺したはずのかつての己が、昨日と同じように心の中で渦巻いているのを感じる。
ただ、今は同時に別の気持ちも感じていた。
(ああ、俺達は本当に運がいいな。なあ、ブラッキー)
ここにいるのは、自分達以外は皆『化け物』と呼ばれるレベルの才能を持ち合わせ、中でもヒカリとジュンはさらにその上澄み。言うなればこのバトルは『化け物達の祭典』だった。
そんな化け物達の祭典に、凡人が身一つで混ざっている。そして戦えている。その事実が、自分の歩んできた道が決して間違いでないことを示しているようで、言い表せないような感情が湧き上がってきた。それは、ブラッキーも同じ。カイムの表情は変わらないが、ブラッキーはカイムの心を代弁するかのように歯を剥き出して笑った。
(そうよカイム、あなたは…あなた達は戦えているの。あなたが諦めた領域と、戦えているのよ)
カイムの纏う波導が、強くなる。これほどまでの強さには決してカイム一人では辿り着けないような強さ。この特殊な状況下だからこそ辿り着けた状況に、高揚しているのがわかった。
「みずのはどう!」
「あくのはどう!」
ブラッキーの反応速度が上がる。エンペルトの攻撃が放たれるよりもコンマ数秒程度だが、確実にブラッキーは早く技を出した。攻撃の威力はブラッキーの方が遥かに低いが、ブラッキーの方が早く出したことで技が半ば相殺に近い形で打ち消される。
(反応が…⁈)
「メガホーン!」
「ドラゴンクロー!」
ブラッキーに向けて放たれた『メガホーン』だが、即座に入れ替わったガブリアスの攻撃により弾かれる。同時に入れ替わるようにエンペルトが肉薄した。
「(距離を離すなんてさせない!この最高潮の勢いで一気に決める!)ハイドロポンプ!」
激流がガブリアスに向けて放たれる。至近距離で放たれた攻撃である以上、回避は難しい。だからガブリアスは即座に迎撃という判断をした。維持していた『ドラゴンクロー』を『ハイドロポンプ』に叩きつける。鍔迫り合うように爪を突き立てるものの、技の威力としては『ハイドロポンプ』の方が高い。それを加味しても押されるスピードが早いことから、シロナは冷静にエンペルトの持ち物を分析する。
(…ものしりメガネ、いや神秘の雫ね。水技の威力だけが高い。それにそろそろエンペルトの特性が適応される体力。でもギアがマックスまで入ってるエンペルトに攻撃を当てるのは至難。やはり、ブラッキーの力が必要だわ)
ガブリアスの地面タイプ技が直撃すれば、さすがのエンペルトも倒れるくらいの体力までは削っている。だが、反応速度が格段に上昇したエンペルトの場合、警戒されているガブリアスの攻撃を直撃させることは難しい。
だからこそ警戒の薄いブラッキーの力が必要だった。戦況を変えるのはいつだって、想定外の動きをした者。ブラッキーにはその能力があることをシロナは理解していた。
「ブラッキー!」
ガブリアスの側からブラッキーが飛び出してくる。ガブリアスとの鍔迫り合い中であるエンペルトにブラッキーの対応はできない。だが、ブラッキーの対処はヘラクロスで十分だとヒカリは刹那の時間で判断する。同時に、ヘラクロスがブラッキーに向けて走り出していた。
「サイコキネシス」
ブラッキーの全身から強力な念力が迸る。速度はそこまでない上に、ブラッキーの火力は大したことない。エンペルトならば鋼タイプを持つためダメージも微々たるもの。エンペルトへの攻撃を加えた瞬間、ヘラクロスが攻撃を加えればいい。ヒカリとジュンは口にせずとも互いの意思が重なったことを理解した。
違和感
(ブラッキーはタイプ一致のあくのはどうでもそんなにダメージが出ない。それなのにサイコキネシスなんてもっと出ない。対処の必要は…ないよね)
違和感
(そんなことは、向こうもわかりきっているんじゃないの…?)
違和感
(じゃあ、どうして…)
違和感がヒカリの背筋を通り抜ける。
同時に、ブラッキーの念力がエンペルトに到達した。そして念力は
「⁈」
ダメージはない。エンペルトが地面から少し浮いただけ。だが浮かされたことにより、エンペルトは『ハイドロポンプ』の
両者、距離ができて仕切り直しの状態に戻される。
(…本当に、あたしが考えつかないような手を使ってくる。一つ一つは普通に使っても大したことないけど、ここぞというところで上手く差し込んでくるのが厄介。ここで終わらせるつもりだったのに、仕切り直しにされた)
ブラッキーの火力は低い。素早さも高くない以上、できることは限られている。だというのに、ブラッキーにここまで場を引っ掻き回されている事実があった。
ある程度サポートの動きを自由にされる覚悟はしていたし、対面してみて厄介さは実感した。だが、ブラッキーによってここまで上手く行かないことは予想外だった。
(すっごい…すごい!バトルってこんなことにもなるんだ!)
だからこそ、燃える。ポケモンバトルの新たな形を見せつけられ、ヒカリの胸中は最高潮にまで燃え上がっており、思わず笑みが溢れた。
「すげえな…これも、ポケモンバトルなんだな」
ジュンも思わずそんな声を溢した。自覚があるかどうかはわからないが、ジュンも笑みを浮かべている。
そんなヒカリとジュンの表情を見て、カイムは冷や汗を流す。
「はっ、怖いねぇ」
あの表情には見覚えがあった。レッド達とのタッグバトルの時、レッドがしていたのと全く同じ表情だった。ここで恐らく、ヒカリとジュンはまた成長する。その糧であり壁となれている事実は、カイムにとってはどこか心地よく感じられるものだった。
「ヒカリ、次のワンセットで決めるぞ」
「もちろん」
ヒカリとジュンは次のワンセットで決める決意を固めた。そもそもヘラクロスの体力的にこれ以上はもたないこともある。いくら精神が肉体を凌駕したとはいえ、火傷のスリップダメージを無効化できているわけではない。これ以上はさすがにヘラクロスがもたない上、ヘラクロスが倒れた瞬間に一気に不利になることは二人ともわかっていた。
だが同時に、ギアがマックスまで上がっている状態の二人には、このワンセットで決められるという確信があった。一度仕切り直しにさせられたとはいえ、この最高の調子があれば次は捉えきれるという確信がある。
そしてそれを予感しているのは、シロナとカイムも同じだった。
「次で決まるわよ」
「だろうな」
「一応、いっておくわね。このバトルを勝ち切るのに必要な鍵はあなたよ」
アタッカーとしての動き。これはタッグバトルであろうがシングルバトルであろうが、ある程度決まっている。取るべき動きは、最終的には攻撃技。その過程でどんな動きをしようとも、完全に逸脱した動きはないと言っても過言ではない。
だがサポートは違う。先ほどのブラッキーの『サイコキネシス』のように、技を使って
「簡単に言ってくれる」
「簡単だとは思ってないわ。でも、できるとは思っているのよ」
「大した
「あら、
「それを世間一般だと
呆れたように息を吐きながら、カイムは額から流れる汗を拭う。仕切り直しにできたことで思考のリソースに余裕ができた。最後のワンセットは恐らくさらに速度が上がる。少しでも思考と視界をクリアにしようと、全身の波導の流れを穏やかにしつつ、即座にハイスピードバトルへの対応が可能な状態に切り替えた。
(本当に、俺達は運がいいな)
フィールドに立つ中で唯一の凡人。それでも最高のパートナーと共にこうして素晴らしい舞台に立つことができている。ここまで歩んできた道の末にここにいられるのは、出会ってきた全てがあったから。
(ゴールはまだまだ先。だが、感謝しねぇとな。これまで出会ってきた全てに)
ポケモントレーナーとしても学者としても人としても、まだゴールははるか先。だがここまで来られた事実に対して、感謝の念を抱かないわけにはいかなかった。そう思えるほどまでに、ここの舞台が素晴らしかった。
カイムの波導が変わる。彼の能力からは考えられないほど、強い波導が溢れる。シロナとガブリアス、そしてブラッキーに引っ張られるように、カイムの波導が強くなっていくのを、シロナだけでなく波導を見ることができないヒカリとジュンも感じ取った。
(やっぱり、あの時ゲンさんが言った言葉は正しかったわ。繋がる心が、あなたの力そのものなのね)
決して一人だけでは辿り着けない。一人では力を発揮できない。そんな寂しがり屋で素直じゃない最愛の人の姿が、自分の隣に立つことがこんなにも嬉しく、誇らしいものなのかと、シロナはとても晴れやかな気持ちになり、空を見上げた。
既に日は落ちて暗い空。スタジアムの光で星はほとんど見えないが、今ならば星にも手が届きそうだと思えるほどにまで気分がいい。その気分に引っ張られるように、シロナの波導が強くなった。
「っ!」
(この感じ…殺気みたい!)
肌に刺さるような強い波導。見ることはできないながら感じることはできる。その波導の強さに、二人は
静寂はスタジアム全体に伝播する。あれだけ歓声を上げていた観客達も、視線を交わす両ペアの空気に思わず息を呑んだ。
スタジアム全体が静寂に包まれていたのは、ほんの数秒。だが、永遠にも感じられるほど心地よく、そして鋭い空気に満ちた静寂だった。
突如、エンペルトの波導が強くなる。
静寂が切り裂かれた。
「力業・なみのり!」
フィールド全体を飲み込むほど巨大な波がエンペルトの足元から噴き出し、ガブリアスとブラッキーを飲み込まんと大きく展開された。
「(この規模はまずい!)シロナ!」
「(仕切り直しの時間を最大限使ってエネルギーをチャージしたのね!)ガブリアス、りゅうせいぐん!」
ガブリアスからドラゴンタイプエネルギーが空に放出される。エネルギーは無数の星となり、フィールドに降り注いだ。星は波とぶつかり合い、波を突き破る。
「っ!」
最大限チャージされた『なみのり』の威力は想定以上だった。技としての威力は『りゅうせいぐん』の方が高い。しかし最大チャージされた高威力かつ広範囲の『なみのり』を完全に相殺しきることはできず、威力は大きく削られたものの波そのものはガブリアス達に到達した。崩れた波は水飛沫となってガブリアス達を覆い隠した。
その瞬間、ヘラクロスが前に出る。体勢が整わないうちに攻めるという魂胆だろうとヒカリは判断した。
突如、水飛沫の中からエネルギーの高まりを感じる。反撃がくると判断したヘラクロスはいつでも回避できるよう身構えつつ、ガブリアス達に迫った。
「!」
水飛沫の中から飛んできたのは、『あくのはどう』。狙いはヘラクロスではなく、エンペルト。
そしてワンテンポ遅れて、水飛沫からはガブリアスが現れた。既に全身にドラゴンタイプエネルギーを纏っており、『げきりん』の状態になっている。
(ガブリアスが飛び出してきた!狙いはヘラクロス!牽制であくのはどうね!力業で動きが鈍いエンペルトを狙いつつ牽制ってところかな?でも、その程度の威力じゃ牽制にもならないわ!)
エンペルトは何も纏っていない翼で『あくのはどう』を受ける。ダメージは微々たるもの。だが同時に違和感を感じた。
(…こんなに、ダメージ少ないことある?)
想定よりも密度の低いエネルギーだったのか、ダメージがあまりにも少ない。特性発動前の体力だったが、この攻撃を受けてなお特性は発動しない。
そんなヒカリの違和感を待つことなく、ガブリアスとヘラクロスは近づいていく。
「今度はホントにフルパワーだぜ!この一撃を、受けてみろ!きしかいせい!」
限界の体力が力に変わる。強力なエネルギーが拳に凝縮され、ガブリアスに向けて振り下ろされた。
「ガブリアス」
ガブリアスは強力なエネルギーを纏い、そしてヘラクロスの攻撃を
「ちぃ!またかよ!でもそう来る可能性もわかってたぜ!」
ヘラクロスは攻撃を回避されても即座に体勢を立て直し、抜けていったガブリアスの後を追うように走り出す。
その瞬間、ヘラクロスは
エンペルトは既に、反動から回復し次の技のチャージを終えている。
「(この距離なら、回避はできない!たとえガブリアスがうまく対処しても、致命傷になる!)いくわよエンペルト!早業・ハイドロカノン!」
反動からの回復、そして即座に攻撃へ移る切り替えの早さ。トップレベルまで鍛え抜かれたポケモンでなければできない技の運用だった。距離は既に目の前。回避はできない。ブラッキーも水飛沫から出てきた様子がない以上、カバーもできない。
エンペルトから強力な水タイプエネルギーが凝縮された弾丸が放たれる。弾丸はすぐにガブリアスの目の前に迫った。
その瞬間、ガブリアスの背後から黒い影が現れる。
「サイコキネシス!」
黒い影…ブラッキーから念力が放たれた。
(ブラッキー⁈水飛沫から出てきたのはガブリアスだけのはず…まさか、背中に張り付いて⁈)
(そうか!ヘラクロスが驚いていたのはこれか!ガブリアスの背中にブラッキーが張り付いていたのが見えたのはヘラクロスだけ!だから直前まで気付かなかったんだ!)
水飛沫から出てきた『あくのはどう』はやや広範囲に放たれたものであり、ガブリアスもワンテンポ遅れて出てきた。『あくのはどう』は目眩しが目的であり、攻撃が目的ではなかった。
(本当に変なことばかり思いつくね!)
少なくともヒカリには思いつかないような、側から見れば姑息にも思える手段。だがこんな小さな一手であっても、この場面では大いに効果がある。完全に不意を突かれた形になり、ヒカリは思わず笑った。
だが同時に違和感も感じる。
(どうしてサイコキネシス?)
エンペルトの『ハイドロカノン』を防ぐことが目的なら、『まもる』が最適解。ここでエンペルトの攻撃を防ぎ、そのままブラッキーと共にエンペルトへ攻め込むことが最も有効的な手段ではないのかとヒカリは一瞬思考した。何故、敢えて『サイコキネシス』を選んだのか分からなかった。
ヒカリがほんの一瞬驚いている間に、ブラッキーの念力がエンペルトの『ハイドロカノン』へと到達する。念力は水の弾丸を包み込むと、
受け流された水の弾丸はフィールドの上空へと飛んでいく。しかし、あまりにも強すぎる威力を持っていたため受け流しきることができず、上へと飛ばす直前にブラッキーに当たってしまった。
(勢いが強すぎて、流しきれなかったか…!)
念力による物体操作。これ自体はそこまで珍しい技術ではない。だが、相手の攻撃に対して使うことは相当稀有であり、それだけ念力の操作精度が求められる。トップレベルのエスパータイプのポケモンならできてもおかしくはないが、ブラッキーは元々念力の操作が苦手だった。訓練を重ねたおかげで相当な操作精度は得られたものの、力不足であることに変わりはない。エンペルトの『ハイドロカノン』が相手ともなれば、完璧なタイミングで念力を放ったとしても、ブラッキーとカイムの想定を遥かに凌駕するレベルの攻撃が相手では手に余る。結果、受け流せはしたものの、ブラッキーは攻撃を受けてしまい吹き飛ばされてしまった。
しかし、ブラッキーの目的は
「げきりん!」
ガブリアスの強烈な一撃がエンペルトに叩き込まれる。咄嗟にエンペルトは翼で防御体勢に入るが、ガブリアスの攻撃を受け切ることができず吹き飛ばされた。
「追撃!」
ガブリアスは『げきりん』の身体能力を使ってエンペルトに向けて一気に肉薄する。着地して体勢を整えたエンペルトの目の前には、既にガブリアスがいた。
「きしかいせい!」
「ガブリアス!」
しかしそこにヘラクロスの攻撃が放たれる。高速で接近してきたヘラクロスの攻撃とガブリアスの攻撃がぶつかり合い、衝撃でフィールドの一部が砕けた。
(最大威力のきしかいせい!げきりんでも受け切れない!)
もう体力の限界であるヘラクロスの『きしかいせい』は最大威力。ガブリアスの『げきりん』であっても正面から受け切ることはできない。ヘラクロスの体力は既に限界に瀕している。例え精神が肉体を凌駕したとはいえ、無限に戦えるはずはない。恐らく、このワンセット以上の体力は残されていないだろう。しかし距離を取らせてくれるほど、甘い相手ではない。
技の威力で負けている以上、技術で埋める。それだけの技術がガブリアスにはある。
「今度こそガチンコだ!いくぜヘラクロス!今ここで限界を超えろ!」
「受けて立つわ!ガブリアス、やるわよ!」
ヘラクロスが振り切ったツノを、体を捻って回避しつつカウンターを放つ。しかしヘラクロスも極限まで研ぎ澄まされた集中力がガブリアスの攻撃を見切り、回避した。だがそこで終わらない。ヘラクロスはさらにガブリアスに詰め寄り、連続で攻撃していく。ガブリアスはヘラクロスの攻撃を全て弾き、捌き、そして大振りの一撃と自分の全力の一撃をぶつけ、追撃の攻撃を回避した。
(すげえ!すげえすげえ!全力でやってここまで通じない!マジですげえ!)
ジュンの胸中に満ちているのは、シロナへの惜しみなき賞賛。心の底から、ここまで積み上げてきたシロナを尊敬し、そして超えたいと感じた。
その瞳に宿る光を、カイムは知っている。瞳にまるで迸るかのように宿る光は、自分では辿り着けない領域にいる存在だけがもつ光だった。
(やっぱり、あなたもなのね)
(お前もか)
試合が始まる前に話した『透明な光』。この光を持つ存在が
ガブリアスの攻撃が、ヘラクロスの攻撃に弾かれる。
(ああ、きっと君も…いつか私を超えていく存在だわ)
カイムが言った『透明な輝き』。これが何なのか、今ならよくわかる。今ジュンの瞳に宿るこの光こそがそれなのだと実感した。いつかこの光は自分を超え、過去の存在にしていく。そんな存在を目の当たりにできたこと、シンオウ地方に存在してくれたことがこんなにも嬉しいのかと、シロナは歯を剥き出して笑った。
「インファイト!」
防御を捨てた連撃。当たればガブリアスといえど、ダメージは大きい。だからガブリアスは防御ではなく回避に徹した。『げきりん』による身体能力の急激な上昇を利用し、凄まじい連撃を全て躱し、いなし、受け流す。
「ヘラクロス!」
『インファイト』の最後の一撃でヘラクロスのツノが高速で横薙ぎされるが、ガブリアスは姿勢を低くして回避する。ガブリアスの攻撃が回避された瞬間、エンペルトがガブリアスに肉薄した。
「はがねのつばさ!」
鋭く硬化させた翼をガブリアスに叩きつける。ガブリアスはエンペルトの攻撃を受け止めつつ、ヘラクロスの次の攻撃も回避した。
「(ヘラクロスを巻き込むことを考えなくていいように近接物理技に切り替えた!いい判断ね!)受けてガブリアス!」
ヘラクロスの次の攻撃が勢いに乗り切る前に止めつつ、エンペルトの『はがねのつばさ』も回避。さらに連続で迫り来る攻撃を、ガブリアスは悉く防ぎ、捌き、受け止めた。
「(2対1でもダメなの⁈体術レベルが高すぎる!なら…!)エンペルト、崩して!」
エンペルトが硬化させた翼を
その一瞬をヘラクロスは見逃さない。
「メガホーン!」
ヘラクロス全力の一撃がガブリアスに叩き込まれる。ガブリアスは『げきりん』のエネルギーを使ってヘラクロスの攻撃を防いだ。
だが同時に、そこで『げきりん』のエネルギーが尽きて『げきりん』状態が解除された。いくら完全にエネルギーをコントロールし、理性を飛ばすことなく動くことができるガブリアスとはいえ、強力なエネルギーを使ったことによる反動はある。ほんの一瞬だが、体勢を立て直すことが遅れる。
「エンペルト!早業・れいとうビーム!」
高速で放たれた『れいとうビーム』がガブリアスに迫る。しかしガブリアスは体勢を若干崩しながらも攻撃を回避した。
それをヘラクロスは狙っていた。
「ここだヘラクロス!きしかいせい!」
ヘラクロスは弾かれたことで若干距離の空いたガブリアスに肉薄する。ここで全てを出し切るという気迫を感じた。そしてその気迫を回避する術を、
(決まった!)
ブラッキーのカバーはない。ガブリアスの体勢は不十分で、とても回避できる状態ではない。ここからどうにかすることは、どんなポケモンにも不可能だと確信できる状況だった。
シロナとカイムを除いて。
「お前達はすごいよ。二人分の力とはいえ、シロナをこうして追い詰めた。
ヒカリの背筋に冷たいものが走る。
「シングルなら確実に俺は勝てない。でも、今はシングルじゃない」
ジュンは自分の攻撃が決まったことを確信していた。
「お前達は既に俺が届かない高みにいる。だがどんな状況であろうと、俺の牙が届かない道理にはならない」
エンペルトは何か嫌な気配を感じた気がした。
「特に、この状況ではな」
そこでヒカリは、一つの存在を思い出す。
しかし、既に引き返せない状態であることも同時に悟った。
「ここだ」
小さな一言。シロナ以外の誰にも届かない言葉。だがこの一言が、全てを変えた。
突如、ヒカリの背筋に寒いものが走る。感じた予感は確信となり、刹那の時の中で視線を巡らせた。
「っ!」
ヘラクロスの攻撃がガブリアスに届くまでの刹那。この僅かな時間の中、遥か上空から落ちてきた存在に気づけた存在はヒカリとエンペルトのみだった。
「ジュ…!」
忠告すら言い切ることもできない僅かな時間の中。その時間で、ヘラクロスは上空から落ちてきた
「は…?」
ジュンもヘラクロスも訳がわからなかった。唐突に現れた高威力の水の弾丸がヘラクロスを撃ち抜いた。体力が限界をとうに超えていたヘラクロスは振り抜きかけていた腕を止めたまま硬直し、そして倒れ伏した。
(水の弾丸⁈な、なにが⁈ガブリアスの攻撃じゃねえ!オレはガブリアスから目を離していない!じゃあ…)
ジュンの視界に、フィールドに残る黒い影が映る。ブラッキーはフィールドの中央部でむくりと起き上がり、ペロリと舌を出した。
(ブラッキー⁈そんなわけねぇ!ブラッキーがあんな水の…)
そこでジュンはブラッキーが見せた最後の行動を思い出す。『サイコキネシス』でエンペルトの『ハイドロカノン』を
(これは、エンペルトの⁈あの時、打ち上げたハイドロカノンをサイコキネシスでキープしていたの⁈それをこのタイミングで落としてきたってこと⁈そんなの、エスパータイプでも難しいんじゃ…)
ブラッキーは『ハイドロカノン』を打ち上げると同時に、『サイコキネシス』を維持して『ハイドロカノン』と『サイコキネシス』を繋いでいた。そして打ち上げた『ハイドロカノン』を的確なタイミングで落とすために、倒されたフリをして気配を小さくしていた。
ただ、想定以上に『ハイドロカノン』の力が強く、受け流してから軌道を変えて落とすまでの時間がかかってしまった。なかなか勢いが衰えず、『サイコキネシス』の維持可能範囲のギリギリまでかかってようやく落とすことができ、結果としてガブリアスがヘラクロスとの打ち合いをせざるを得ない状況になったことは想定外だった。おかげでガブリアスの体力は二割を切り、限界が近い。ヘラクロスとガブリアスが打ち合いに興じてしたのは、ほんの15秒程度。それでも削られた体力は大きい。
(オレは、本当にカイムさんの認識を改めたのか?シロナさんと同じように、一ミリも油断せずに挑んでいたか?)
だが、このブラッキーの不意打ちが全てを変えた。ヘラクロスが完全にダウンし、ブラッキーが戦線復帰できるようになったことで、二対一の構図が出来上がってしまった。ジュンは油断していたとは言えない。少なくとも、シロナに対しては間違いなくちゃんと警戒をしていた。だが、同じだけカイムのことを警戒していたかと言われれば、否。ブラッキーが本当に戦闘不能になったか確認することなく、自分の意識から無意識のうちに消していた。そこを、利用された。倒れ伏したヘラクロスを見て、ジュンはその事実を突きつけられた。
「アガるね」
ジュンはもう戦えるポケモンがいない。圧倒的に不利な状況だというのに、ポケモンバトルの新しい可能性を見て、思わずヒカリは笑った。その笑顔を見て、カイムは背筋が寒くなる。ここからが本番だということを、強く感じ取った。
体勢を立て直したガブリアスとエンペルト、そして復帰したブラッキーの視線が交錯する。コンマ1秒程度の沈黙の後、全員が動いた。
「なみのり!」
「じしん!」
至近距離で波と衝撃がぶつかり合い、弾け飛ぶ。弾け飛んだ波の中からブラッキーが肉薄した。
「あくのはどう!」
「アクアジェット!」
ブラッキーの攻撃を突き破り、エンペルトの攻撃がブラッキーを貫く。しかしブラッキーはそのまま体を捻ってエンペルトの体を受け流した。
「ドラゴンクロー!」
強化された爪がエンペルトに突き刺さる。鋼タイプを持つエンペルトには効果今一つ。加えて、咄嗟にエンペルトは『はがねのつばさ』を纏うことでダメージを軽減させた。
連続でもう一撃加えたが、ガブリアスの攻撃をエンペルトは受け流す。
(体術レベルが上がった⁈この試合の中で進化したってのか⁈)
エンペルトの体術レベルはそこまで高くはなかった。少なくとも、ガブリアスの攻撃を捌けるほどのものではない。しかしエンペルトはガブリアスとルカリオの体術を見て、見様見真似に近いながらも実践で使えるレベルまで昇華させ、ガブリアスの攻撃を捌くことができるようにまでなった。
「みずのはどう!」
広範囲に放たれた水がブラッキーとガブリアス両方を押し流す。ダメージは微々たるもの。しかし距離を取ることを許してしまった。
(この感じはまずい気がする!近接に持ち込まないと押し切られる!)
二対一の状況だが、遠距離の技の撃ち合いはまず勝てない。ガブリアスは『りゅうせいぐん』の反動で特攻が二段階下がり、ブラッキーはそもそも大した火力がない。能力上昇があるエンペルトと撃ち合いになれば、この状況もひっくり返される。
加えて、ヒカリの特徴である逆境からの爆発力。これがある以上、こちらに有意な状況を作らないと、押し切られる可能性を危惧していた。
「なみのり!」
再び巨大な波が押し寄せてくる。再び『じしん』で相殺を考えたが、ブラッキーが前に出てきた。
「まもる!」
ブラッキーの防壁が波を割る。防壁の背後に構えていたガブリアスはダメージを受けることなく、次の行動のために神経を張り巡らせた。
突如、水の軌道が変わる。正面から押し寄せてきていた水が、渦を描くような流れに変化しながらブラッキーに迫ってきたのだ。
(なみのりの水を利用してんのか!)
フィールドを包んでいた水がなくなる前に、エンペルトはその水を利用して次の技へと応用した。
「うずしお!」
渦がブラッキーとガブリアスを飲み込もうと迫り来る。ブラッキーは防壁が解除された瞬間、渦に飲み込まれた。ガブリアスはバックステップで渦の効果範囲から逃れる。今回の『うずしお』は動きを制限するためのものではなく、拘束することが目的。ブラッキーは渦に飲まれ、僅かにダメージを受けながらも動きが封じられた。
渦の中、ブラッキーは少しずつダメージを受けながらも渦から抜け出そうと既に動いていた。拘束力は強いが、その分ダメージが少ない。そしてブラッキーが拘束されている隙を利用してガブリアスが動き出した。
「げきりん!」
一気に身体能力が向上し、エンペルトへと肉薄する。だがエンペルトは既に次の行動へと移ろうとしていた。
「早業・なみのり!」
(切り替えが早い!)
切り替えの速さを優先して水の量は少なめ。だがそれでも、フィールドを覆えるくらいの波がフィールド全体に放たれた。
「キャンセル!ストーンエッジ!」
このまま突っ込むのはまずいと判断したガブリアスは即座に行動を切り替える。本来できないはずの『げきりん』をキャンセルし、地面から岩石の刃を突き出し、壁として使った。岩石が波を割り、そしてガブリアスは岩石を足場にして波を避けつつ、一気にエンペルトへと肉薄する。
その瞬間、シロナは己の失策を悟った。
フィールドを覆っていた水が、渦となり、そして壁としてガブリアスとエンペルトを覆うドームのような形を成す。ガブリアスとエンペルトが完全に孤立させられるような形に変えられた。これだけならば特に問題はない。特性の『激流』が発動し、特攻が上がっているとはいえ、ガブリアスならばエンペルトの攻撃を掻い潜りながら攻撃できる。
しかし問題があった。それは、エンペルトが水のドームを『うずしお』で作っていること。『うずしお』がベースになっている以上、ガブリアスがドームに触れれば動きを阻害される。だがエンペルトは渦に乗り、瞬間的に機動力を上げられる。ここにきて、機動力の差が出てきかねない状況に変えられた。
「じしん!」
即座の脱出を試み、衝撃波を放つシロナの目論見通り、ドームは破壊された。しかし、ヒカリはこうなることを読んでいた。
「れいとうビーム!」
ドームが破壊される直前、エンペルトは渦に乗って勢いをつけ、空中に飛んでいた。それにより『じしん』の衝撃波を避けつつ、空中からガブリアスを狙える。
薙ぎ払うように放たれた冷気のビームがガブリアスに迫るが、ガブリアスはギリギリで回避。そして空中で身動きが取れないであろうエンペルトに向けて一気に迫った。
突如、エンペルトの体が回転を始める。薙ぎ払うように放った『れいとうビーム』の回転が強くなり、そしてそのままエンペルトの体は冷気を纏った。
「アイススピナー!」
(うずしおの回転エネルギーを利用し、れいとうビームの氷タイプエネルギーを再利用した擬似的な早業!)
技のチャージ時間が明らかに早くなっている。技のチャージ時間というのは、レベルがあがろうともそこまで急激に上昇しない。だがヒカリは、技を使ったことによる余剰分のエネルギーを再利用することでチャージ時間を急激に減らす手法を使っていた。この技術自体はシロナどころかカイムすらも使えるありふれたもの。しかし、ヒカリはエネルギー再利用を連続かつ超高精度で使っている。本来ならガブリアスよりも素早さが低いエンペルトの攻撃回数は、ガブリアスよりも少なくなる。だがこの技術を連続して使うことで、ガブリアスの素早さを擬似的に追い越す離れ技をやってのけた。
「ブラッキー!」
氷を纏って回転しながら迫るエンペルトに、『うずしお』から抜け出したブラッキーの『アイアンテール』がぶつかる。元より物理攻撃はあまり鍛えていないエンペルトであるため、ブラッキーの『アイアンテール』でも攻撃を弾くことは難しくなかった。
氷を纏ったエンペルトは体勢を崩しながらも着地する。纏った冷気は水で濡れたフィールドの一部を凍らせた。
「(まずい気がする…!)ガブリアス!じならし!」
着地したガブリアスは地面に衝撃波を放つ。『じしん』よりも弱い衝撃だが、揺れた地面は凍った地面を砕き、エンペルトの素早さを下げた。
「(これは気づかれたかな?でも、まだまだ防ぐには至ってませんよ!)うずしお!」
「またかよ!あくのはどうで打ち抜け!」
ブラッキーとガブリアスの周囲に『うずしお』が展開されるが、ブラッキーが即座に渦を撃ち抜いく。ガブリアスはブラッキーを抱えて、ブラッキーが空けた穴から脱出した。
「早業・れいとうビーム!」
冷気のビームが再び放たれる。しかし予期していたガブリアスは、このビームを難なく回避。ギリギリ渦の形を保っていた水の壁が凍った瞬間、ブラッキーを置いて一気にエンペルトへと肉薄した。
「じだんだ!」
「アクアジェット!」
ガブリアスが地面に向けて足を叩きつけた瞬間、エンペルトは水を噴出してその場から脱出。瞬間的な勢いのみに全振りしたエネルギーはガブリアスにダメージを与えることはない。だが、ガブリアスの攻撃範囲から逃れるには十分だった。
「逃がさないで!」
ガブリアスは『じだんだ』を踏み抜いた勢いを利用して、エンペルトを追う。『アクアジェット』の勢いが残ったエンペルトには即座に追いつくことはできないが、エンペルトの側面からブラッキーが現れた。
「あくのはどう!」
「防いで!」
ブラッキーの『あくのはどう』がエンペルトを貫く。防御体勢は取れたものの、ダメージはある。エンペルトの体力が二割を切った。
だがエンペルトとヒカリの目に宿る光は、より強くなる。このシチュエーションに、ヒカリ達はただただ楽しさしかなかった。
「(苦しい!しんどい!でも、知らなかった!出し切ったと思ったのに、まだ上があった!出し切った後があるなんて、本当に、バトル最高!これが、これがポケモンバトルの真骨頂の一つ!)みずのはどう!」
迫り来るブラッキーに『みずのはどう』が放たれる。ブラッキーは押し流されて距離を取らされるが、入れ替わるようにガブリアスが迫った。
「じだんだ!」
先ほどの『じだんだ』を外した事実を怒りのエネルギーに変え、強烈な一撃を放つ。エンペルトがこれを受ければ間違いなくダウンする。防ぎきることも不可能。
突如、ヒカリの思考が加速した。
「(防御無理、迎撃時間足りない、回避でもここまで詰められたら続かない。チャージと回避を一括これしかない!)飛んで!」
コンマ1秒にも満たない刹那の時間で、ヒカリは即座に最善策へと辿り着き、エンペルトもその意図を正確に理解した。
エンペルトは下がることなくガブリアスに向かっていく。ガブリアスの攻撃が振り下ろされる一瞬、エンペルトは翼でガブリアスの攻撃を受け流しつつ、すれ違うように攻撃を回避した。
(受け流し!)
完全に勢いを流せたわけではない。ルカリオやガブリアス、バシャーモと比べれば動きは遥かに粗い。だが決して得意ではない体術を使って、この土壇場で成功させる胆力とセンスにはシロナですら目を見張った。
エンペルトがすれ違うように回避したことで、ガブリアスと距離ができる。近接技は届かない範囲まで逃れられ、エンペルトも技のチャージが不完全ながらも完成した。
「ふぶき!」
「でんこうせっか!」
エンペルトが放った凄まじい冷気はガブリアスを包み込もうとするが、ブラッキーが高速でガブリアスの前に飛び出し、不完全な『まもる』によりガブリアスへ到達する冷気を最小限に留める。これにより、四倍弱点でありながらもガブリアスは攻撃を耐えることができた。
そして冷気が止まった瞬間、全身に龍のエネルギーを激らせる。
「げきりん!」
タイプ相性よりエンペルトへと迫れるまでの時間を優先。ガブリアスが強化された身体能力でエンペルトに向けて跳んだ瞬間、エンペルトの嘴に氷タイプエネルギーが凝縮された。
(早…⁈)
『ふぶき』は広範囲技。それ故に、フィールドに残留するエネルギーも多い。このエネルギーを再利用し、エンペルトは再び氷タイプエネルギーのチャージを不完全ながらも完遂した。
「早業・れいとうビーム!」
冷気のビームが放たれる。高速のビームは真っ直ぐガブリアスに向けて放たれた。ガブリアスがエンペルトに向けて跳んだ瞬間を狙った完璧なタイミングの攻撃。本来なら回避など不可能だが、ガブリアスは『げきりん』により極限まで身体能力が向上している。ガブリアスに残された理性と本能がほぼ反射で攻撃を回避させた。
しかし、ヒカリはこうなることを予期していた。
放たれたビームは、
「っ⁈」
凍った水の壁はまるで鏡のような鏡面状態になっていた。この鏡面を利用して、ヒカリはビームを反射させたのだ。本来なら反射しないビームだが、氷の鏡という特殊な鏡面がビームの反射を可能とし、ガブリアスとシロナの虚を突く一手へと変えた。
反射されたビームは通常よりも速度は遅い。威力も大きく落ちている。本来なら回避できる速度だが、反射による回避をしたガブリアスの体勢は回避できる状態ではない。
「ブラッキー!」
ブラッキーの技を何も纏っていない尻尾が反射したビームに叩きつけられる。防ぐことはできない。威力を削ることはできたが、今のガブリアスの体力では耐えられるはずがなかった。
ビームがガブリアスを貫く。四倍弱点はガブリアスに凄まじいダメージを与え、体を硬直させた。威力が削られたとはいえ、四倍ダメージ。ガブリアスでも耐えられるはずがない。
「バークアウト!」
ブラッキーの攻撃がエンペルトを貫く。放たれた悪タイプエネルギーはエンペルトの特攻を一段階下げたが、エンペルトは全身に水を纏うことでダメージを抑えた。
「(ギリギリ残った!)アクアジェット!」
高速の突進がブラッキーを弾き飛ばす。勢いに全振りした一撃でブラッキーへのダメージは少ないものの、ブラッキーを弾き飛ばすには十分だった。
このまま続ければ、エンペルトのスタミナも切れて火力のないブラッキー相手でも押し切られかねない。そう判断したヒカリは、一気に決めるために一瞬のタメに入る。
その瞬間、エンペルトの背後に気配を感じた。
ガブリアスがエンペルトに向けて攻撃を振り下ろそうとしている瞬間だった。
(ヤチェの実!)
ガブリアスの持ち物が何なのか、即座に答えに辿り着く。瞬間的に氷タイプへの耐性を爆発的に上げるきのみである『ヤチェの実』であれば、威力の削られた『れいとうビーム』であっても『げきりん』状態のガブリアスならギリギリ耐えられる。加えてシロナは以前の試合で『ヤチェの実』を持たせていることもあった。エンペルトが出てくるならば、持たせている可能性は大いにあるとヒカリも予想していたため、ガブリアスがギリギリダウンしていない可能性は考えていた。
そのため、次の行動は早かった。既にタメによりチャージを完遂していたエネルギーを使い、ガブリアスに照準を定める。
「これで決める!ハイドロポンプ!」
先の『ハイドロカノン』のようにブラッキーのカバーはない。正真正銘、全力の『ハイドロポンプ』がエンペルトから放たれ、ガブリアスは『げきりん』の一撃を『ハイドロポンプ』に叩きつける。
技自体の威力に差はない。だが特攻一段階上昇かつ、持ち物と特性で威力が底上げされた『ハイドロポンプ』は『げきりん』の威力を超える。鍔迫り合うように拮抗していたぶつかり合いが、ガブリアスが押され始める。
(このまま、全力で押し切る!)
仮にブラッキーによる横槍が入ろうとも、このまま押し切れるほどの威力がガブリアスに放たれている。なんとか押し返そうとガブリアスも足掻いているが、威力が高すぎる。このまま数秒もしないうちに、ガブリアスは押し切られて直撃を受けるだろう。
その瞬間、ヒカリはブラッキーからエネルギーを感じた。
(ブラッキーの横槍!でもブラッキーの攻撃なら速度がない!でんこうせっかなら効果今一つ!押し切れる!)
ブラッキーが攻撃を放とうとも、到達するよりも前にガブリアスを押し切れる。『でんこうせっか』で一気に近づこうとも、効果今一つ。ブラッキーがどんな手を使おうとも、エンペルトがガブリアスを押し切ることを防ぐ術はない。
その判断は正しい。距離を取らされたブラッキーがエンペルトを仕留めることはできず、なおかつ妨害する術もない。どう足掻こうとも、最低二手必要になる。それだけあればエンペルトも対応可能だとヒカリは判断した。
だが、次の一手にヒカリは思わず目を見開いた。
「にほんばれ」
ブラッキーが空に向けて炎タイプエネルギーを放ち、フィールド全体を強い擬似的な日差しで包み込んだ。
「っ⁈」
強力な日光は水タイプエネルギーを大きく減衰させる。エンペルトの技威力が一気に減衰し、『ハイドロポンプ』の威力が落ちた。
「ガブリアス!」
その瞬間、ガブリアスの全身に激らせていた龍のエネルギーをさらに上げる。今までは理性が残るように全開を抑えていたが、このリミッターを解除して理性を飛ばして全開の『げきりん』状態になった。
一気に上がったエネルギーを纏ったガブリアスが『ハイドロポンプ』を掻き分けるように突き破る。
「逆鱗・覇号!」
『げきりん』の全てのエネルギーを一撃に込め、エンペルトに全力の一撃を叩き込んだ。防ぐこともできず、エンペルトは直撃を受ける。吹き飛ばされながらもエンペルトは体勢を崩すことはなく着地してガブリアスに鋭い視線を向けた。
一瞬の静寂。ガブリアスとブラッキー、エンペルトの視線が交錯する。
「…ありがとう、エンペルト。あなたは…本当にすごかったわ」
ヒカリの言葉と同時に、エンペルトは鋭い視線を向けながらもうつ伏せに倒れた。
『…エンペルト、ヘラクロス共に戦闘不能!よってこのバトル、プレシャスボールペアであるシロナ・カイムペアの勝利!シンオウ地方スタータッグトーナメント優勝は、シロナ・カイムペア!!!』
実況の声とともに、フィールド全体が割れるような歓声が響く。
そんな中、ヒカリは出し切ったように晴れやかな表情で空を見上げ、ジュンも疲れ切った表情でそれに続くように空を見上げた。
一方、シロナは汗が流れる額を腕で拭いながら笑い、カイムは疲れたように息を吐いて顔を顰めながら下を向いた。
「はぁ〜…ギリっギリだったわね〜」
「あーしんど…」
「楽しかったぁ…」
本当に楽しかった。限界まで自分の思考を圧縮し、積み上げてきた全てを出し切り、そして愛する人と共にシンオウ地方の未来そのものに対して『超えるべき壁』としてあることができた。この事実がシロナの胸中を幸福感で満たす要因になっていた。
笑顔で汗を拭うシロナに対して、カイムはポケモンをボールに戻すヒカリ達を見ながら、いつもの無表情で汗を拭うこともなく立ち尽くしている。
「シロナ」
「ん?」
「俺は、証明できたかな」
証明。試合の前に言っていた『凡人でも天才に牙が届く』という事実を証明したいと言っていた。このことだと即座に理解したシロナは優しく笑いながら頷く。
「ええ。あなたは確かにこの試合の流れを変えた。私だけではできなかったことを成し遂げた。
「…そうか」
「気分はどう?」
憧れて続けた透明な輝き。それを持つ存在にはどう足掻いても届かないと諦めていた自分の牙が天才達に届いた。その事実を噛み締め、そして前を向く。
「…もっと、込み上がるものがあると思っていた」
「何もない?」
「何もないわけじゃない。ただ、もっと色々…込み上げてくると思ってたんだ。でも、そうでもない。なんでだろうな」
「答えは簡単よ」
シロナは観客席の一つに目を向け、カイムもその視線を追う。そこにいたのはミツルだった。とても興奮した様子で拍手を送ってきている。
「…ミツルがどうしたんだ」
「彼はあなたが言う
「……それはあいつがまだ未熟なだけだろ」
「そうかもしれない。でも、いくらミツル君が極限まで鍛え上げたとしても、カイムはカイムで彼に負けない部分もあるわ。体術でもサポート能力でも手札の多さでもいい。どれかは必ず勝てる」
「…かもな」
「あなたの強みが刺さった時、あなたの牙は彼らを捉えられる。そしてそれは、既にあなたがミツル君に証明したの。だから、もうわかってたのよ」
ミツルはユウキに憧れ、ユウキと同じ強さを手に入れることに固執した。そしてその才能故に、誰も彼を止められずに進んでしまい、後には引き返せないくらいのところまで進んでしまった。
それを止めたのがカイムだった。凡人でありながらも、シロナによって鍛え抜かれた彼の
無論、カイムが証明したかったのは正しい道を進んだ天才に凡人の牙が届くというもの。ミツルに対して勝ち越した結果はそれには含まれないと考えていたが、ミツルが完成した状態であったとしても自分の方がうまくやれる部分があるということには気づいており、そしてその強みが時と場合によっては瞬間的に天才すらも凌駕できる可能性があることを無意識ながらも理解していたのだ。
「トレーナーとしての能力は、完成したミツル君が相手だったら…あなたは届かない。でもバトルはトレーナーだけではできない。ポケモンとトレーナーがいて初めて成立し、そしてポケモンとトレーナーの強みが繋がって『強さ』になる。今日のこの結果もミツル君とのバトル戦績も、あなたの繋がりが引き寄せたもの。証明なんて、とっくにできていたの」
「…そうか、そういうものか」
カイムはフィールドの中央で座り込み疲れたように笑うガブリアスと、そんなガブリアスの膝の上で遊び疲れた子供のように笑うブラッキーを見つめる。
「…ああ、そうか。ずっとお前らは…証明してくれていたんだな」
「証明結果の正しさを実感できた?」
「…ああ。ようやくな」
もう知っていたのだ。石ころでも届く部分があるということに。ずっと証明し、目の当たりにしていたのに気づかなかった自分には呆れてしまう。
だがそれでいい。シロナと、ポケモン達との繋がりがあったからここまで来られた。強くなれた。その繋がりがこの結果なのだと、より強く実感できたのだから。
「ポケモンバトルは一人ではできず、強くもなれない。あなたの場合は、これは決して比喩ではない。でも、たくさんの繋がりができるほど…あなたは強くなれるわ」
「そうか」
カイムはブラッキーとガブリアスを見つめ、そしてブラッキーのボールを手に取った。
「繋がる心が、俺の力だったんだな」
かつてゲンがシロナに言った言葉を、カイムが口にする。
誰かのおかげでいつも乗り越えてきた。自分の力なんぞ微々たるものだと思い、幸運に感謝し続けてきた。きっとそれ自体は間違いではない。だが、自身の力が単体だと微々たるものであったとしても、皆の力を集め、借りて、それを活かすことができることは紛れもなく彼の力だった。一人では決して発揮できない、多くなるほどに強くなる言うなれば『繋がりの力』こそが、カイムの持つ最も強い力なのだと、今初めて自覚することができた。
(俯瞰の目も、きっとそれの副産物ね)
今回の大会で非常に強い力を発揮したカイムの『俯瞰』。物理的にも精神的にも俯瞰して見ることができる彼の目は、他者との繋がりをより強くし活かす力の副産物だったのだろう。何しろ、他者との繋がりというのは、他者を良く知らねば発揮することなどできない。元は違う目的で始めた観察だったのだろうが、いつのまにか違う形で彼の力になっていた。そういった流れなのだろうとシロナは予想していた。
そこでガブリアスが振り返ってくる。その顔は疲れ切っているが、瞳は優しい。このバトルで勝てたことを心から喜んでいる顔だった。そしてそれはブラッキーも同じ。嬉しそうに尻尾を揺らしながらこちらを見ていた。
「カイム」
呼ばれてシロナの方を見ると、シロナは拳を掲げていた。意図をすぐに察したカイムは、ほんのわずかに口角を上げる。そして自身も拳を掲げ、シロナの拳の甲と自分の拳の甲を重ねた。
「やったね」
「ああ」
それだけ言って二人はフィールドに降り、ガブリアスとブラッキーに歩み寄る。ガブリアスは相変わらず腰を下ろしたままゆるりと笑い、ブラッキーはカイムに抱っこをせがんできた。シロナはガブリアスを優しく撫で、カイムはブラッキーを抱き上げる。
そこでヒカリとジュンが2人のもとへ歩み寄ってきた。
「…完敗でした」
困ったように笑うヒカリにシロナは優しく笑った。
「二人ともそれぞれの強みを出し切った素晴らしいバトルだったわ」
「うん、あたしもそう思います。でも、あたし達とお二人の強さは違ったわ。あたしとジュンは…二人がそれぞれの強みを出した。強みが二つある感じだった。でも…二人は一つの強みを極限まで出した感じがしたの。だから…今回は勝てなかった」
「かもね。ま、これはカイムというノイズがいるから難しいところだけど」
サポート能力が凄まじいカイムは、ペアの強みを最大限引き出すことができる。故にカイムというタッグバトルにおける最高のピース兼ノイズと組んだ以上、ヒカリのような感想になるのは至極真っ当だと言える。
「本当に楽しかったです。出し切った後までここまでアゲてバトルできた経験なんてなかったから」
「ふふ、出し切った後にもあそこまでできるなんてすごいわ。思わず圧倒されちゃったもの」
「それでも足りなかった。だからより悔しいです」
自分の限界すら超えた力を、あの瞬間だけはそれを超越していたように感じる。長く続かないことはわかっていたが故に速攻を意識したが、あれほどの力を出してなお届かなかったことは悔しかった。
「二人とも、今日のバトルでは最高の力を発揮できたんだと思う。そんな瞬間に立ち会えたことをとても幸運に思うわ」
「…シロナさんの言う通り、オレは今日…最高のバトルができた。限界を超えた。でも…オレの油断でやられた。だから悔しくて仕方ない」
顔を顰めながら言うジュンの声色は、悔しさが色濃く出ていた。あのやられ方は確かに心に
だがそれ故に、カイムはジュンに言うべきことがある。
「油断ってのは、俺への警戒心を薄めたことか」
「そう。オレ、あんたのこと…多分心のどっかで舐めてたんだ。最後までずっと。油断したんだ」
「その心意気は立派だが、トレーナーとして、人として至極真っ当なもんだ。そして俺はそれを利用させてもらったにすぎん。あまり過度に自責の念を抱くことはしない方がいい」
「でも!オレ…せっかく限界を超えられたんだ!それなのに…オレの油断であの最高の感覚を終わらせちまった。オレのせいで…ヘラクロスがもっと限界を超えるのを止めちまったんだぜ⁈罰金モノだろ⁈」
「限界を超えた時点でお前の負けだ」
カイムの言葉にジュンは目を見開く。
「どんだけ才能があるやつでも、限界というのは存在する。あの瞬間、お前は確かに自分の限界以上の力を出した。比喩ではなく、真の意味で限界を超えたんだろう。
「どういうことだ?」
「限界を超えた。つまりできること以上のことをやってのけた。字面はいい。だが、限界以上の力を引き出した時点で身体のどこかに無理を強いていることになる。無理を強いている場所は負荷を減らそうとして、何かしらを削る。お前の場合は元々低めだった『ブラッキーへの警戒』。熱中していたとも言えるがな」
カイムの言葉を聞いてヒカリも苦笑する。これは何もジュンだけではなく、自分にも当てはまることだったからだ。
「でも!オレたちは何度も限界を超える経験をしてきたぜ⁈」
「かもしれない。だがそれによる反動を無視してトレーナーを続けることは、いつか致命傷に至る。今回この結果になったのは、それ自体も要因の一つだ。今後のお前のやり方にあれこれ口出しする気はないが、どちらにしろ無理をさせすぎたせいでこっちへの意識配分をミスったのは事実だろ」
ジュンも無理をさせすぎた自覚はあるのか視線を下に向ける。
限界を超えるという言葉は聞こえはいい。限界のその先を見ることこそが成長とも言えるのだから。だが生物である以上、限界は存在する。その限界を超えたらどうなるか、その答えをカイムは身を持って経験したことがある。
「限界を超えるんじゃなく、
「…わかった」
ジュンは真っ直ぐカイムを見据えると、手を差し出してきた。
「カイムさん。あんた、本当に強かった。次は勝つよ」
警戒に値しないとまで言われていたカイムだが、彼がこのバトルの鍵になった。与えたダメージは少ない。だが、それでもカイムがいたからジュンは負けた。その事実を胸に刻み、最大限の敬意を表するために手を差し出した。その瞳に宿る透明な光は、バトル中に見たものとなんの遜色もないとても力強いものだった。
「お前が敗北から何を得て、明日何者になるか。今後のお前に…いや、お前達に期待している」
カイムはジュンの手をしっかり握り、シンオウ地方の未来そのものへの激励を送った。
「次は、あたし達が勝つ」
「まだまだよ。次も、私達が勝つ」
そう言ってシロナとヒカリも握手を交わし、ヒカリとカイム、ジュンとシロナも握手を交わした。
そしていまだに響き渡る歓声に手を振りながら、バックヤードへと帰っていくのだった。
*
『すごいバトルだったよ!今日を休みにしておいて本当に良かった!』
「そいつぁなにより。チャンピオンをそこまで興奮させられるバトルをできるたぁ、俺も捨てたもんじゃねぇな」
閉会式も終わり、後夜祭が行われている最中、カイムはダイゴと電話をしながらどこかへ向かっていた。閉会式が終わって着替えている最中にダイゴから電話があり、着替えながらも通話が続き、そして移動最中までも続いているという二人にしてはかなりの長電話をしている状態だった。
『タッグバトルってあんまりないけど、あんなに面白いバトルになるんだね。ボクもあんまり経験ないけど、今度やってみたいと思うくらいには面白かった』
「相応に難しいがな。相手だけでなくペアの動きにも気を配る必要がある。下手打てば同志撃ちになりかねん」
『キミがそんなに集団戦が得意だなんて思わなかったよ。まるで俯瞰してフィールド全体を見られるような動きをしていたじゃないか。どこで練習したんだ?』
「少なくとも、今回のためにわざわざ練習したことはねえ。強いて言えば、スカウティングを多めにやったくらいだ」
正確にはレッドやグリーンと練習試合をしたりしたが、大会のためだけにやった練習はない。カイムの持つ俯瞰の視点があったから今回優勝できた。何も知らない者からしたら何かしら特殊な練習をしたのではないかと思いたくもなるだろう。
『本当かい?ボクしか聞いてないんだし、隠さなくてもいいんだよ?』
「隠す意味がねぇだろうが阿呆。つか、そんなことのために電話してきたのか?閉会式の感想また言ったら切るぞ」
『ええ〜ダメかい?もう少し話せるよ?』
「イタ電だな、切るぞ」
『冗談が通じないなぁ…親友が大会で優勝できて嬉しいってだけなのに』
ダイゴの言葉にカイムは口元を歪めた。ほんの少しだけ含まれている感情がどんなものかわかってしまったから。
「珍しいな。お前がそんな
『……今の、弱音に聞こえたのかい?』
「弱音とはちと違うか?なんて言えばいいかわからんが、少し馴染みのある感情に思えた。嫉妬、いやこの場合は羨望か?」
『電話越しにボクの感情を読み取るなよな…キミ、よくわからないところで鋭くなるのなんでだい?』
さあな、と口にしながら、カイムはダイゴに続きを促す。
『少し、シロナさんが羨ましかったんだ。ボクにできなかったことを全部やってのけたからね』
「大会のことか?」
『違うよ、キミのことさ。ボクはキミがバトルを辞める要因になった。ほんの数%かもしれないけど、確かに引き金を引いた要因の一つだった。でもシロナさんはキミをバトルの世界に引き戻し、そしてここまで鍛え上げた。ボクと真逆だろう?』
「かもな」
『前にキミは気にする必要はないって言ってたし、普段は全く気にしてない。でも、今日のキミを見たら…ボクもキミの隣に立っても、同じようにバトルできるのかなって思ったんだ』
シロナとのペアを見た時、シロナと同じようにカイムと共にバトルをしてみたいと思うと同時に、自分も同じようにバトルできるのかという思いがダイゴの中にあった。かつてバトルを奪う要因を作ってしまった自分が隣に立つ資格があるのか、あったとして同じようにバトルできるのか。そんな疑念が生まれていた。無論カイムは受け入れるだろう。ただ、己がそれを許すのか分からなかった。
「面倒くせえなお前」
『キミにだけは言われたくないな!』
「違いねぇ。類友かよど畜生が」
『ははは!その悪態、なんか安心するなぁ!』
笑うダイゴの声に、カイムも少し安心したように息を吐く。
「ダイゴ」
『ん?』
「今度、タッグやろうや」
電話越しだがダイゴが驚いたのがわかる。
『……いいのかい?』
「駄目と言うとでも?むしろちゃんとした理由がないのに断ったらヘッドロックだ」
『キミのヘッドロックは命の危機を感じるから勘弁してほしいな…』
「じゃあアイアンクロー」
『違う、そうじゃない。そういう問題じゃない』
「なら黙ってやるこった」
カイムは足を止めることなく続ける。
「俺は、お前の
再びダイゴの言葉が止まる。電話越しでもダイゴが目を見開いたのがわかる空気だった。
「お前のせいでバトルを辞めたんじゃない。引き金になったかもしれんが、そうだとしてもお前はダチだ。なら別にいいだろ」
『…キミ、たまにそういうところあるよね』
「おめーがいつまでも同じことでウジウジしてっからだろ」
『それ、ブーメランだからね』
「わかってて言ってんだよ石バカ」
口の悪さに思わずダイゴは笑った。これだからカイムとの付き合いはなくならないのだろうと思いつつ、言葉を続ける。
『ブーメランであること自覚してんのに、そこまではっきり言える奴なんてキミくらいだよ』
「お前にはいいんだよ」
『なんでさ』
「俺はお前には絶対できないことがあるからな」
『え、そんなことある?』
「ナチュラルに煽るのやめろや。シメるぞ」
これだから天才はとカイムは盛大にため息を吐く。スモモやイサナもそうだったが、天才肌の者は他者に対して時折気遣いを忘れることがある。もう少し凡人を慮れと内心で悪態を吐きながらも、カイムは続けた。
「お前、自分ができることに対して自覚ありすぎだろ」
『実際色々できるタイプだからね。それで?ボクに絶対できないことって?』
「お前の友達でいられる」
またダイゴの言葉が止まる。
いつの日か言った、ダイゴにしかできないことである『カイムの友達でいられること』。それはまた逆も然り。ダイゴの友達でいることを誇りに思うからこそ、カイムはシロナと同じようにダイゴの隣で戦いたかった。
「お前にはできないことだ。そんで、お前にはお前にしかできないことがあるんだろ」
『…そうだね、うん。キミの友達でいられる』
「ほら、対等だろ?」
『ははっ!ああ、そうだね。じゃあ、やろう。ボクらなら…なんとでもなるはずだから』
ダイゴの言葉にカイムは小さく笑う。また一つ楽しみが増えたと思えたから。
そこでダイゴが何かを思い出したように声を上げる。
『そうだ!話は変わるけど、無事届いたんだよね。現物は見た?』
届いた。その言葉を聞いて、何のことかカイムはすぐに察する。
「ああ。わざわざホテルまで届けてくるとは思わなんだ」
『貴重品だろ?不在の家に届けるのもどうかなって思ってさ。ホテルならその瞬間不在でもホテルに預けられるからちょうどいいかなって』
「紛失したらホテルの信用ガタ落ちだがな」
『ひねくれてるなぁ。それより、現物は見た?』
やや興奮気味に聞いてくるダイゴに呆れつつ、カイムは頷く。
「ああ。さすがとしか言いようがない出来栄えだ」
『だろう⁈デザインも専門の人に頼んだからいい出来なんだよ!何より石がすごい!あの純度のものはそうそうお目にかかれないよ!前にカイムがボクにくれたものよりもさらに純度が高い!大きさはないけど、加工には十分なサイズだった。本当にいいものを見せてもらったよ!』
「目利きはお前が?」
『そうだけど、あのレベルの原石はそもそも目利きするまでもないよ。誰が見てもこれだって思えるレベルのものなんだから』
ダイゴの言葉に呆れつつも、言い分が理解できることを理解しているカイムは何も言わない。同時に、誰が見てもという言葉に少しだけ懐かしさを感じた。
「現物は見た。確かにお前が興奮するのもわかる出来栄えだった。色々助かる」
『いいよ。友達だろ』
「だな」
『それで?いつ渡すんだい?』
絶対にニヤついた顔をしながら言っているであろう口調だが、カイムは動じない。
「これから」
『……へ?』
素っ頓狂な声が聞こえてきて、カイムは思わず口元を歪める。かれこれ長い付き合いだが、ここまですっとぼけた声は初めてだった。
「これからだって言ってんだ」
『ちょちょ、ちょっと待って!これから⁈年明けてからのはずじゃ…』
「色々あってな。そのあたりも後で話してやるから、今は切るぞ」
『まっ…ああもう!わかったよ!そのかわり、絶対どういう事情だったかと答えを聞かせてくれよ⁈』
これは間違いなく切られると察したダイゴは即座に思考を切り替えて、カイムの事情を聞くことだけは約束させる。この切り替えの速さはさすがだなとカイムは内心で苦笑しつつ、頷いた。
「わかってる。色々助けられた。必ず報告する」
『絶対だからな!』
「わかったって」
『カイム』
突如、妙に真剣な声に変わったダイゴに少し驚きつつ、ダイゴの言葉を待つ。
『絶対大丈夫。出来レースみたいなものだから』
「シバくぞ。だがまあ、ありがとう。またな」
『うん、また。待ってるよ』
そう言ってダイゴは電話を切った。
カイムはスマートフォンをポケットに入れると、目の前にある扉に目を向ける。ドアノブに手をかけて開くと、そこはポケモンリーグスタジアムの屋上とも呼べる場所だった。
そして屋上の一番奥には、錦糸のように美しい髪を携えた人影。
「やっぱここか」
「やっぱり来てくれた」
振り返ってきたのは、シロナ。
「リーグ後はいつもここだな」
「思考のクールダウンにはいい場所なのよ」
そう言って笑うシロナの顔は疲労の色がとても強く映っていた。そしてシロナの側に、ほんの薄っすらとだが何かの気配を感じた気がした。
「…誰かいたのか?」
「ええ。でももう帰ったから今は私だけ」
「…こんな場所にくるなんて珍しい人だな」
「そうね」
シロナの口調は軽いが、その人物が誰か言う気もなさそうだとカイムは考える。少し気になるが、わざわざ聞くのに労力を割く必要もないだろうと流し、別のことをシロナに問いかける。
「主催の大会なのに、後夜祭にはやっぱ行かねえんだな。行かなくていいのか?」
現在、リーグスタジアムでは大会の後夜祭として多くの出店が出ており、人々で賑わっている。中には参加者であったスズナやスモモ、メリッサやマキシの姿もある。
そんな中、シロナは主催であるにもかかわらず後夜祭に参加することなく一人で黄昏ていた。予想通りと言えば予想通りだが、敢えて行かなくていいのかと問いかける。
「いいのよ。私の仕事は終わったの。後夜祭の空気を楽しみたい気持ちもほんの少しあるけど、それ以上にこの大会がいいものとして締めくくられようとしている姿を目に焼き付けたいの」
「参加してても焼き付けられると思うが?」
「いいの。それに、さすがにもう体力の限界なのよ。正直ヘロヘロなの」
その気持ちはカイムもよくわかるため何も言わない。限界まで思考と視界を使い、ギリギリのところで勝ち切ることができた。だがそれ故に、体力を相当消耗したのは言うまでもない。また、シロナの場合は大会準備もあった。体力が限界なのは本当なのだろう。
「限界を超えなかっただけいい」
「超えたら、多分体調崩すわよ」
「しばらくゆっくりすることだな」
そう言いながらカイムはシロナの隣に立ち、後夜祭の風景を見下ろす。誰もが笑顔で楽しんでいるのが見えた。あれだけ悔しそうにしていたジュンですら、ヒカリと一緒に楽しそうに回っているのが見える。
「みんな楽しそうね」
「だな。いい大会だったってことだ」
「年末近いから少し不安だったんだけど、よかったわ」
「年末ならではのお祭り、とでも思ってんじゃねえのか」
「ふふ、それもいいわね。毎年は勘弁してほしいけど」
カイムは詳細は知らないものの、ここ数ヶ月でシロナは相当な時間をこの大会のためにかけていたことは知っている。初めての試みである以上、準備に手を尽くすのは当然のこと。だがそれを考慮しても、シロナが準備した時間は相当なものだった。毎年これだけの労力をかけるのは、シロナとしても相当な負荷になることは想像に難くない。
「次はリーグに投げちまえ。あっちは毎年やっててノウハウも今回得られたんだし、任せてもいいだろ」
「かもね。来年やるなら、主催はリーグに任せるわ。ただそれはそれとして、また何かしら大会は開いてみたいわね。今回みたいに大きな大会でなくても、小さめのローカル大会とか」
「お前が主催した時点ででかくなりそうだ」
「そんなことないわよ……ないわよね?」
「さて、どうだろうな」
シロナの知名度を考えると、小さい大会を開く方が難易度が高い気もする。何せ、シロナは現状シンオウ地方最強のトレーナーであり、世界ランキングなるものが存在したら恐らく2位(1位はレッド)。そんなトレーナーが主催した大会があれば、恐らくいろんなトレーナーがこぞって参加しようとするだろう。
「大会を開くかどうかはまた今度考えるわ。それより、改めて優勝した気分はどう?」
そう問いかけられ、カイムは後夜祭で楽しそうに過ごすヒカリやジュン、スモモとスズナ、ヒョウタとトウガンに順番に目を向ける。
「この規模の大会で優勝する経験は初めてだ。まだ現実味がねぇ」
「そう。でも今回であなたの適性と強みをより確認できたんじゃない?」
「まーな。集団戦が得意だとは思わなんだ。苦手意識はなかったが、ここまでとは。本当に一人じゃなんもできねぇな俺」
「まーたそんな言い方。いいことでしょ別に」
「世界の標準バトルがシングルである以上、活かし切れる場所が限られるだろ。今回に限って言えば、最高の舞台だったんだが」
集団戦の苦手意識はなかったが、ここまでできるとは思っていなかった。レッドとグリーンを交えてやったバトルでもある程度動けている自覚はあったが、これほど素質があるとは思っていなかった。今回の大会でここまでできることを知れたのは、予想外の収穫だったと言える。
「あなたがここまでできることは予想してなかったけど、うまく引き出せる環境を作れてよかったわ」
「この際、素質があったことはいい。だが、インタビューの言葉は盛りすぎだろ」
「んー?どのこと?」
「『自分が二人いたとしても、このバトルは切り抜けられなかった。ペアがカイムだったから勝つことができた』って言ってただろ」
ああそれ、と呟いてシロナは閉会式の時のインタビューを思い出す。
閉会式では授賞式と全選手に対してインタビューが行われ、シロナはインタビューで『決勝はペアがカイムだから勝つことができた。仮に自分がもう一人いて一緒にバトルしても、超えることはできなかった』という言葉を残した。
カイムはこの言葉はさすがに過剰だと考えていた。自分がいくら集団戦がうまく、相手の心理的な隙を突くことが得意だとしても、それだけでどうにかなるほど甘いバトルではなかった。加えてシロナもカイムほどではないが集団戦の適性はあり、何より適応力の高さが段違い。シロナとカイムのペアと比較してシロナ二人ペアが劣るとは考えにくい、というのがカイムの見解だった。
だがシロナは笑いながら答える。
「そんなことないわ。まず、私が二人いる時点でヒカリちゃん達の警戒心の隙がなくなる。最後まで警戒心マックスで向かってきたでしょうね。それに加えて、戦闘中の勢いの上がり方は、私が最も得意とする後手必殺の構えでも捉えきれていたかどうかかなり怪しいわ。実際、エンペルトのサポートありきだけどヘラクロスには押し切られる危険性もあったしね」
「でも二人いたらなんとかしそうだろ」
「なんとかはできると思うわ。ただ、続かない。二人の私がサポートとアタッカー、またはダブルアタッカーでも…あそこまでギアを上げさせた時点で私だけで対応するのが難しくなったの。加えて、あの二人が私に対して警戒心を下げるはずがない。あの中で状況を変えるためには、ギアが限界以上に上がったあの天才二人の警戒の隙間を捉える必要があったのよ」
シロナが相手であれば、ヒカリとジュンは決して警戒の糸を緩めることはしない。恐らく最後まで緊張の糸を緩めることなく戦い抜いただろう。言い方は悪いが、カイムはあのフィールドの中で一番弱かった。ヒカリとジュンも格下とまでは思わないにしろ、シロナという強大な相手と比較して警戒が薄くなるのは言うまでも無い。
「俺の弱さが戦況を変えたってか」
「そうよ。あなたの
「どんな
そう言って苦笑するカイムにシロナは寄りかかり、カイムの腕に自分の腕を絡めた。
「あなたの力は私と比べて小さいかもしれない。だけど、他者と繋がることでその力をより強く発揮できる。とても特異的だけど、素晴らしい才能よ」
「…才能無くてバトル辞めてた俺にこんな才能があるとはな。世の中、何があるかわからんもんだ」
「そうね。私も、あなたにこんな才能があるなんてレッド君達とバトルした日まで気づかなかったもん」
「グリーンには性格が悪いだけって言われたがな」
「あら、こんな素敵なのに?」
シロナは笑いながらカイムの頬を撫でる。カイムはされるがままになりながら続けた。
「俺の性格が悪いことは否定しない。実際、エンペルトのハイドロカノンを投げた時のやり口は性格悪いやり方だしな。だがあれしか
「ふふ、そうね。まさに騙し討ちだもん」
「それを瞬時に理解するお前も大概だがな。ブラッキーの出力もギリギリまで絞っていたし、人間の肉眼ではかなり見にくいと思うんだが」
「見えはしなかったわ。でも、あなたがまもるを使わないで上に飛ばした時点で何かやるというのはわかったの。だから任せたのよ」
「思考回路が滑らかすぎる。潤滑油でも注入されてんのかよ」
呆れたように言うカイムにシロナは肩を竦める。カイムが何をやろうとしているのかまでは理解できていなかったが、体力があるのに起き上がらずわざと気配を抑えていることだけはわかった。だからカイムを信じて自分は目の前の二人の相手に全力で没頭すればいいと判断したのだった。
「これが経験の差ってやつね」
「お前ほど経験積んでもそこまでいける気はしないがな」
「ふふ、私はあなたの言う透明な輝きは持っていないけど、私シンオウ地方最強なのよ?これくらいできないとね。ま、そんな私でもあなたもやりようによってはいけるかもよ?シングルは多分無理だけど」
「あげて落とすな。それに、最強なんて称号…俺には重すぎる」
「あら、もう透明な輝きに憧れはないの?」
あれだけ
「ゼロではない。でも、
「透明よりも綺麗な輝き…」
「ああ。それを自分も得られるか…一矢報いることができるくらいになれるか確かめにいく。そんな思いから始まったんだ」
初めてその輝きを見たのは、まさにこのスタジアムだった。ポケモンリーグで戦う姿に魅せられ、またこの世界に入りたいと、そう思わされた。自分には透明な輝きはなくとも、シロナのように磨き抜いた先にあるものを得ることができないかを確かめたい。そんな風に魅せられた。
「天性の武器を持って駆け上がるよりも、努力によって培われた武器を駆使して戦う。俺はそっちの方がかっこよく見えたんだ。まあ石ころじゃあ限界はあるが…それでも、磨いていくことで少しでも…戦えるようになりたい。そんな風に思ってたんだ」
「そう。なら、大成功だったってことね」
「おかげで超磨かれて、磨き方まで教えてもらったしな。まあ、死ぬほど厳しかったんだが」
少しげんなりしながらカイムはスタジアムを見下ろす。誰もいなくなったスタジアムだが、あの熱気が残っているように思えた。
「俺の二度目の旅は…ここから始まった。そうやって、お前に魅せられる形で始まったんだ」
「二度目の旅、か」
一度目は挫折に終わった。そして二度目の旅で己の磨き方と、挫折が無駄ではないことを知った。あまりにももらいすぎとも思えるほど、二度目の旅でもらった。
「それで?二度目の旅の終着点とも言えるような経験をした感想はどう?」
「終着点…いや、まだまだだ」
「そう?」
「
「あなたがそんなこと言うなんてね」
「お前が教えたことだ。その結果が今なんだから」
そうね、と続けながらシロナは笑う。卑屈さは完全には抜けていない。だがこれはこれでカイムの味とも言える。多少直してほしさはあるが、このままでもいいかなとも思う。我ながら面倒な男に惚れたものだと思いながらシロナはカイムに目を向けた。
「あなたを見つけられて、本当に良かった。あなたと出会ってから私の強さにも磨きがかかったし、生活もよりいいものになったの。あなたを見つけた時に、同時に私もあなたに見つけてもらっていたのね」
「そうか。その視点はなかった」
「あなたの存在は、もう私にとってなくてはならない存在なのよ?」
「生活的な意味でか?」
「それも含めるけどそうじゃないわよ!すぐに茶化すんだから」
やれやれと呆れながらシロナは笑いながらカイムに寄りかかる。カイムは口元を少しだけ歪め、呟いた。
「勘弁してくれ。ちょいと、時間稼ぎだ」
「?」
「すぐわかる」
シロナは首を傾げるが、カイムは肩を竦めるだけ。なんだろうと思うが、カイムは答える気はないのか誰もいないフィールドを見下ろしていた。
「お互いを見つけられた、か。あの瞬間がなかったら、俺は今どこにいたんだろうな」
「ホウエン地方…かしら?」
「カントーに留まっていた可能性もあるが、少なくともシンオウ地方に根を下ろすことはしなかっただろうな。シロナに会うまで縁もゆかりもねえんだから」
シロナに出会わなかった自分が何をしていたか。考えたところで決して答えは出ない。普通に生きていたのだろうが、少なくともシンオウ地方にはいなかっただろう。旅行で来ることはあるやもしれないが、根を下ろしていることはなかった。
「じゃあここにいるのは私のおかげね」
「違いねえ。ここにいたいと思えるのも…お前のおかげだ」
カイムは言葉を切ると、空を見上げた。
「そろそろか」
カイムの言葉とほぼ同時に、空に向けて何かが打ち上がった。それは空に向けて飛んでいくと、破裂音と共に花のように広がった。
「あ、花火。そっか、そんな時間か」
「自分主催の大会だろ。ラストの目玉くらい忘れんなよ」
「このあたりは委員長に丸投げしてたのよ…」
「バトルルールの調整のこと考えりゃそうなるか」
次々と打ち上がっていく花火にシロナは目を向ける。色とりどりな花火はすぐに消えていくが、夜を照らす光は心から美しいと思えるものだった。
「綺麗ね」
「…ああ、そうだな」
シロナの言葉をカイムは肯定する。だがその瞳に捉えていたのは、花火ではなかった。花火よりも近くにある、また別の輝き。それだけがカイムの瞳に映っていた。
「シロナ」
花火が上がり続ける中、カイムがシロナの名を呼ぶ。
「ありがとう」
「それは、何に対して?」
「いろんなものだな。優勝できたこと、ジムリーダーになれたこと、ここまで強くなれたこと、学者としての道を進めるようになったこと…お前に出会えて、こんなにたくさんのものをもらった。ここまで連れてきてくれて、ありがとう」
いいのよ、と言いながらシロナは微笑む。カイムがたくさんのものをもらったように、シロナもカイムからたくさんのものをもらっていたから。
「透明な輝きしか知らなかった俺が、シロナに出会ってそうじゃない輝きを知った。シロナに出会えたから見えた…透明よりも綺麗な輝き。この輝きを…透明よりも綺麗に輝けることを確かめることができた。俺ならどこまでも着いてこられるって、隣で信じてくれたから」
シロナは花火からカイムに視線を戻す。カイムの青い瞳が花火に照らされて輝いていた。
「昔の俺の夢は、ヒカリやジュン、レッド……それに、姉貴みたいな透明な輝きを持つトレーナーになることだった。でも今の俺の夢は違う。俺の夢の正体は…透明な輝きとは違う輝きで、透明な輝きと戦うことだったんだ。それが今日、達成できた。そんでその瞬間を一番側で…見てくれた時に改めて実感したんだ」
カイムがジャケットのポケットに手を入れる。
「俺が心からいたい場所って、シロナの隣なんだって」
真っ直ぐ自分を見つめてくるカイムの瞳から目が離せない。引き寄せられるように、海のような瞳を見つめていた。
「前に似たようなことを、この場所で言ったな。シロナの今後の人生で、心を揺さぶられることはたくさんあるだろう。泣いたり笑ったり…シロナはきっとたくさんのことに心を震わせる。そんな心が揺れるようなことがあった時、誰よりも近くにいる存在が…俺でありたい」
カイムがポケットから手を取り出す。
その手には、黒い小さな箱。
「何においても、ゴールはまだまだ先。だがその道中は…自分の心が、魂が…いたいと思える場所にいたい。俺の心がシロナの隣にいたいって、俺の魂が自分のいるべき場所はここだって叫んでる」
カイムの手が、黒い箱に添えられる。
「シロナ」
ゆっくりと、箱を開いていく。そこに納められていたものを見て、シロナは目を見開いた。
花火に照らされ、それは輝く。
箱に納められていたのは、白金珠がついた指輪だった。
「俺と、結婚してください」
真っ直ぐな瞳と真っ直ぐな言葉。
あまりに突然の言葉に、シロナの思考は完全に停止していた。
「へ…?」
「…あ?ああ、花火で聞こえなかったか?ったく…本当に俺は締まらねぇな」
「ち、違う!ちゃんと聞こえた!」
思わず大きな声が出た。だがそんなことを気にしていられる余裕は、シロナにはなかった。
「じゃあなんだ?」
「なんだじゃなくて!突然すぎて驚いているのよ!だって、そんな雰囲気全然…なかったから…」
遠くない未来だとは思っていた。だが、こんなすぐだとは全く思っておらず、混乱していた。まさかこのタイミングで言われるとは思っておらず、心の準備もできていない状態故に、シロナは盛大に狼狽えてしまった。
「そういう賭けだったろ」
「か、け?」
「昨日の話」
「昨日…あっ」
シロナは昨夜の話を思い出す。
カイムが準備しているものが何なのかをしつこく聞いた結果、優勝したら教えるという賭けをしていた。
「あ、あれは誕生日プレゼントのことじゃないの⁈」
「誰もそうだとは言ってねえ。勘がいいな、とだけ言った」
勘がいい。だが決して肯定はしていない。言葉の流れからシロナが早合点しただけ。
「あっ…」
「まあ、間違ってはいないんだがな。元より誕生日プレゼントと一緒に渡すつもりだったんだ。プレゼント自体はまだ届いてねえ。先に届いたのがこれってだけ」
「…この指輪…どうやって準備したの?」
「……ダイゴに頼んだんだ」
この指輪はダイゴのツテを使って腕のいい職人にオーダーメイドで作ってもらったものだった。大まかなデザインをイサナに依頼し、職人と打ち合わせを重ね、デザインを完成させた。そして白金珠については、ダイゴが仕事の合間を縫って原石を市場から探し出し、指輪に合うように磨き上げたものだった。
「じゃあ、この指輪は…イサナさんとダイゴ君の合作…って感じなのね」
「ああ。残念ながら俺はこの手のものには疎い。専門にしてる人を頼る方が良いものになると思ってな。市場の既製品より良いものだとは、思う」
シロナは改めて指輪を見る。まず目に留まる白金珠は、見事という他ない。黄色味がかかった宝石は花火の光に照らされて様々な輝きを放つが、どの輝きも美しい。そして指輪そのもののデザインも良い。派手な装飾はないが、刻まれた波のような模様は白金珠の存在感を際立たせ、より美しさを底上げしているようにも見える。
「…いつから、用意してたの?」
「一年は…かかってねぇ。半年くらいか?話を持ち出したのは、ダークライ事件の後だ。まともに動き始めたのは夏前だな」
「そんなに…」
「俺にとっちゃ、そこまでやるだけのモノだったんだ」
あの頃はおふれの石室の調査や論文関連で忙しかったはず。だがその忙しさの中でここまでのことをしてくれた事実に、シロナの胸は温かくなった。
数秒の沈黙。シロナには永遠にも思えるほどの沈黙だったが、その沈黙をカイムが破る。
「…俺は、出会った時と比べたら…少しは成長したんだと思う。でも、俺はまだお前の隣に並び立つほどにはなれていない。お前の一歩は俺より大きいし、多い。でも、いつかお前の背中に追いつく。お前に追いつくために、ずっと、この先にある全ての時間で…お前のことを見ていたい。見ていられる場所にいたい」
カイムの言葉にシロナは再び目を見開く。目の前の青年に宿る波導は、この瞬間は誰よりも美しく流れていた。その瞳に宿る光は誰よりも力強い意志を宿していた。言葉には決意と覚悟、そして何より心からの愛情が込められていた。
「シロナ、俺と結婚してください」
再び指輪がシロナに差し出される。
花火の光と音を聞きながら、シロナはほんの少しの間だけ沈黙していた。だが、一歩前に踏み出してカイムを真っ直ぐ見つめる。
「……私、家事全般できないわよ…」
「今更だろ」
「…厳しい指導しか、できないわ…」
「それが駄目なら俺はもうここにいねぇ」
「……こんな大切なことを言ってくれたのに、慌てちゃって…踏ん切りがつかない私でも、いいの?」
言葉の節々からは歓喜の感情が読み取れる。だがあまりにも急な話だったため、混乱してしまい踏ん切りがつかない。そんな自分を疎ましく思いながらも、心は既に決まっていることだけはわかっていた。ただ、言葉にできない。
「シロナじゃなきゃ、駄目なんだ」
そんなシロナの背中を、カイムが押した。その言葉を聞いて、シロナは小さく笑う。
「…あなたは、本当に私が欲しい言葉をくれるのね」
そう言ってシロナは顔を更に赤くしながら、左手を差し出した。意味を理解したカイムは箱から指輪を取り出し、ゆっくりとシロナの左手薬指に指輪を差し込んだ。
シロナは指輪がつけられた左手を夜空に掲げる。たくさんの星が瞬く空だが、今シロナの左手にある指輪はどの星よりも輝いているように見えた。
「カイム」
シロナはカイムの名前を呼ぶと、両手を広げる。その意味を理解したカイムは、シロナを優しく抱きしめ、シロナもカイムを抱きしめた。
「私も、ずっとあなたの隣にいたい。あなたの隣に並び立つのに相応しい人でありたい」
「初めからそうだろ」
「違うわ。私も、あなたに出会って…私は、成長できた。あなたがいなかったら見られなかった景色を見られた」
カイムを抱きしめる腕に力が籠る。互いに一つになるように、強く抱きしめながらシロナは口を開いた。
「…私、とても欲張りよ」
「たとえば?」
「…一緒になるなら、私は全部ほしい。あなたの時間も心も体も…全部、ほしい。なんでもほしいの」
「へえ、それは…」
カイムはより強くシロナを抱き寄せる。
「最高だな」
カイムの言葉にシロナはぴくりと反応する。そして少しだけ頭をカイムの肩に押し付けた。
「カイム、一つだけ…聞かせて」
「ああ」
シロナはカイムを離す。ほぼ同じ目線にある青い瞳が、シロナを見つめた。
「私に出会ってからが、二度目の旅。つまり、私は…旅の道標だったってことよね」
「そうだ」
カイムにとってシロナは、言葉通りの道標だった。トレーナーとしても学者としても、基礎から今に至るまでシロナから教わった。自分で開拓した部分もあるが、それらも全てシロナがいたから得られたもの。シロナがカイムにとっての道標だった。
「そう…なら、道標の私が聞きたいのは、一つ」
シロナはとても柔らかく、慈愛に満ちた微笑みをカイムに向けた。
「楽しかった?ここまでの旅は」
花火に照らされたシロナの顔はとても美しく、ほんの少しだけ不安が見え隠れしていた。そんなシロナに、カイムはほんの僅かながら口角を上げる。
「ああ…当たり前だ」
カイムが花火で照らされる。青い瞳が、花火に照らされて輝いた。
「お前の背中を、追う旅だったんだから」
海のように青い光。その光を見たシロナは、心から安心したように笑った。
「私の背中を追う旅…そんな旅を楽しかったって、言ってくれるのね」
「ああ」
「…じゃあ、その旅はここまで」
シロナは左手を優しくカイムの胸に当てる。カイムの少し早くなった鼓動が聞こえてきた。
「ここからは、私の背中を追う旅じゃないわ。正真正銘、あなたは私の隣にいられる人になったんだから」
シロナの瞳がカイムの瞳を見つめる。銀灰色の瞳が花火に照らされ、白銀に輝いた。
「これからは、一緒に歩くの。私が歩んだ道を追うんじゃない。私たちが、道を作っていくの」
「ここから先は、私たちが隣で歩いて行く
花火に照らされながら笑うシロナの言葉に、カイムは目を見開く。そして胸に当てられた左手を優しく手に取った。
「
「ええ、一緒に行きましょう」
心からの幸福を感じる笑顔がカイムに向けられ、カイムもあまり動かないながらも幸せな笑顔を向けた。二人の影が再び重なり合い、そんな二人を満月と花火が優しく照らす。
いつか終わるその時まで、ずっと隣にいることを誓いながら。
最終局面からのBGMは『バケモン達の宴』です。
ラストシーンは『starrrrrr(Alexandros)』、『アカシア(BUMP OF CHICKEN)』。二人の物語は『アカシア』をイメージして書いてます。
シロナ
シロナさんがこのタッグバトル大会で優勝できるペアの組み合わせは、キクノ、ゴヨウ、スモモ、トウガン、ヒカリ。このうちの誰か、またはカイムと組んだ場合は高確率で優勝できる。逆に他のメンバーと組んだ場合、確実に決勝でカイムに敗北します。適応力は現在するトレーナーの中でトップであるため、今回の大会を通してタッグバトル適性も獲得。いつか頭に方陣を出すかもしれない。
カイム
大会優勝は初めてではないものの、ここまで大規模な大会では初めてで、ちょっと感傷に浸る。指輪は元々は誕生日に合わせて準備していたものだが、たまたまシロナとの約束ができたためこうなった。おめでとう。
大会は誰と組んでも決勝まで行ける。シロナさんが上記のうちの誰かとペアを組んだ場合は優勝できないが、そうでないなら確実に優勝できるくらいタッグバトル適性が高い。スモモ、トウガン、ヒョウタあたりだとより盤石になる。ジュン、オーバと組むと低確率で事故って初戦敗退する。適応力高めに思えるが、カウンターが得意なだけで相手のやり方に適応できているわけではない。頭に方陣は出ない。
「卑怯とは言うまいな」と言わせるか本気で悩んだ。実際卑怯。
ヒカリ
シンオウ地方の天才1号。ポテンシャルや才能においてはシロナすらも上回り、HUNTER×HUNTERのゴンキルアレベルの天才。ただメンタル面でまだ未熟な面もあり、タッグバトルの場合はペアのことを気遣うあまりポテンシャルを発揮しきれない可能性もある。そういう意味ではタッグバトルは向いてない。
ジュン
才能はヒカリと同レベル。猪突猛進すぎる部分もあり、良くも悪くも真っ直ぐ。適応力という面ではヒカリ、シロナには劣るものの、自分の得意を押し付けるまでのゲームメイクは天賦の才がある。早合点する欠点はあるものの、相手の実力を計る鑑識眼は正確。ただこの正確な目と猪突猛進メンタルが合わさってたまに無礼に見えることもあるが、今回のバトルで負けたことでそこが改善され、来年にはカイムの実力を完全に超えるまでの成長を見せる。
ダイゴ
影の立役者。
誤字報告いつもありがとうございます。
また、感想・評価を下さる方だけでなく、見てくださる全ての読者に心から感謝申し上げます。
私が見たいというだけで始めたこの物語もかなり長くなりましたが、ここまで続いたのも皆さまが見てくださったからです。
もう少し続きますが、ここまで辿り着けたことに改めて感謝いたします。
彼らの物語の終着点はまだ先になりますし続きも書きますが、ここに来られたことへの感謝を今ここに記させていただきます。
ありがとうございました。
もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。