大人のエヴァンゲリオン   作:しゅとるむ

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十一話 リビドーとデストルドー

 その夜もアスカは、まだ不安だった。

 

「本当にアタシと一緒に寝て大丈夫?」

 

 床に直置きにしたマットレスの上に掛けたシーツの間に二人して潜り込みながら、アスカは、シンジに念のため、確認した。

 

 行きがかりと苛立ちから、昨晩、シンジに性的な暴行をしてしまった。立場が逆だったら、アスカはシンジを簡単に許せなかったろうし、またどうしても恐れてしまっていただろう。

 でも、シンジはその後、むしろアスカに甘えたがっているように見えた。そして、そんな自分の甘え心に自己嫌悪を感じているようでもあった。

 

(男の子って、そんなものなの……?)

 

「あんな事があったんだから、やっぱり、アタシのこと……怖くない?」

 

 シンジはゆっくり首を横に振った。

 

「ゆうべも……朝まで一緒に寝れたし、大丈夫だと思う……」

「そう」

「それに今晩が最後だし……」

「三日で、第三に逆戻りってのは慌ただしいわよね……仕方がないけど」

 

 実を言えば、シンジの希望を容れて、教育科学省の役人である子安が掛け合って実現してくれたという、松代行き。政治的駆け引きの結果としてのぎりぎり二泊三日なのだろう。やむを得なかった。

 

「うん、だからアスカと一緒に寝たい……」

「分かった。ゆうべの分も甘えてもいい……からね」

 

 そういって、赤色のパジャマ姿のアスカは同じく貸したピンク色のパジャマを着たシンジを抱き寄せた。

 

「あのね……アスカは僕にしたことを気にしてるのかも知れないけど、僕はゆうべの事、情けなかったけど、気持ちは……良かったんだ……アスカは僕を軽蔑する?」

「そう、なんだ。……軽蔑だなんて。全部、アタシのした事だよ?シンジがどんな風に感じても、アタシのせいだし、アタシが悪い」

 

 確かにゆうべのシンジはあっという間に果てていた。半年ぶりだったこともあるとアスカは思ったがそれだけでもないらしい。

 立場を入れ替えて、アスカがシンジに乱暴されていたら、そしてアスカがその時僅かでも性的快感を感じていたら、その事でシンジに軽蔑される事には耐えられないだろう。

 だからアスカはシンジの不安をもちろん否定する。

 

「女の子に無理やりされたのに、普段よりも気持ち良かった。だから、自分のことが男としてどうしようもない、無価値な壊れた機械みたいに思えて、泣けちゃった……」

「ごめん……シンジ……でも異常なシチュエーションに興奮する事もあると思う。シンジがおかしいわけじゃない。何だったらカウンセリングとか受けてみて……」

 

 アスカとシンジは過酷な心理的プレッシャーを受けた旧エヴァンゲリオンパイロットとして定期的に医師のカウンセリングを受けていた。といっても、形式的な面談以上に実のある診断を受けたという記憶は二人ともなかった。

 

「大丈夫だよ。こんな事相談できないし、しないよ。これ以上、アスカと引き離されても困るから……。それに、アスカに初めてちゃんと罰して貰えた気がして、気持ちも救われたんだ」

「それは……違うわよ。あれはそんな罰だなんて……そんな積もりじゃない……」

「でも、アスカは怒ってた。僕がちゃんとしてないって。言ってたのは、この半年のことだけど、アスカと出会ってからの事ぜんぶ、怒られてる気がした」

「あのね、アタシはシンジのして来た事、全部に怒ってる訳じゃないし、アンタに復讐しようとしてる訳でもない、あれはそういう事じゃないのよ」

「うん……でもね、僕にとっては昨日のセックスが、なんだか自然だったよ」

 

 シンジはいつもの仲良し(セックス)ではなく、セックスと言った。それが、アスカには無言の泣き声のようで、後ろめたい。

 

「僕がアスカにやってきたことの報いなんだなと思ってた……少なくとも、あの赤い浜辺のあの時から、ずっとアスカが僕に優しくしてくれた事より、僕は納得がいったんだ」

「シンジ……」

 

 アスカは俯いていた。そっと、遠くに声を置くように言った。

 

「シンジがそんな風に思わなくなる日が早く来るといいね」

「そんな風に思わなくなる日が来ると……アスカは思う?」

 

 アスカは首を横に振った。否定ではなく、分からないという意味だ。

 

 でも、その日が来なければ、結局シンジと真に結ばれる事はないだろう、ということは確信していた。

 

 それからアスカは半年ぶりに、シンジの唇にキスをした。舌を絡めるようなキスではなく、表面にそっと被せるような口吻。

 

「ありがとう……キスしてくれて」

「どういたしまして。また、アタシからになったね」

 

 アスカは笑った。シンジはそこで自嘲するように、

 

「やっぱり情けないよね、僕」

「ま、ある程度はアタシもリードしてあげるわよ。シンちゃんは甲斐性なしなんだから」

「……でも、僕、今日は自分からちゃんとアスカのこと抱きたい。自分は男だって証明したいんだ。でもそれがちゃんと出来たなら、別に……時々、あんな風にしても……いいよ。僕のこと、アスカの玩具にして、壊していい。復讐していいよ」

「……壊してほしいの?」

「うん……」

「それはイヤだな。シンジの心がそれで落ち着くとしてもイヤ。アンタと傷付けあうのはもうイヤなの。すごくエネルギーが要るし、疲れるんだ。優しくする方がずっと楽なの」

「……ごめん、僕と一緒に居るとアスカもキツイよね」

「あのねぇ、アタシの話をちゃんと聞きなさい。優しくしてるときは違うわよ。心が安まるし、ああ、ずっとシンジとこうしてたいと思う。だから、頭を引っこ抜いて、アンタと傷付けあった事を忘れたいぐらい」

「……うん、僕も忘れたい。けど忘れちゃいけないと思えるから……」

「で、するんでしょ?アンタから。偶には男らしいところ、見せなさいよね」

 

 お手並み拝見と、アスカは微笑む。

 パジャマや下着を脱ぎ、脱がせる衣擦れの小さな音。それからシンジの苦闘する声がしばらく続き、十分経ち、二十分経った。

 

「……出来ないの?」

「う、うん、もう少しだと思うんだけど」

「……」

 

 アスカの白い手が、シンジの頬にそっと添えられる。

 

「焦らなくていいの。……今日出来ないから、また今度でもいい」

「でも、もう今晩しか。今日出来ないと……」

「アタシたちはまだ十六歳だよ。時間は幾らでもある。アタシはアンタを裏切らないから。いつまでも待てるから」

「でも、でも……」

 

 シンジはアスカがそう言うと、その優しさから逃げようとするように却って焦り始めていた。

 恐らくはシンジから出来なくなったのは、やはりアスカに乱暴されたせいなのだろう。シンジの心の奥深くで何か自尊心のようなものが深く傷つけられたのかも知れなかった。

 

「分かった。それならアタシからする。多分それなら出来るんじゃない?……アンタにヘンなクセ付けちゃって、ゴメン……」

「え、でもそれじゃ。アスカだってイヤだって……」

「アタシは、もう無理やりするのはゴメンだって言っただけ。どっちからでも、お互いの合意ならいいじゃない。シンジが、アタシからでもいいのなら、だけど」

「別に……アスカからでもいい。アスカが軽蔑しないのなら、だけど……」

 

 アスカはもうその先を言わせなかった。シンジに覆い被さり、昨日と同じように自分から結合を求めて行った。シンジも今夜は抵抗することなく、うまくそれに呼応し、何度目かの試みの末、二人は漸く結ばれる事が出来た。

 

 しかし、やはり昨晩同様に、行為は長続きせず、すぐに果てた後、シンジは消沈している。

 

「どうしよう……僕、おかしくなっちゃったのかな……」

 

 泣きそうな声でシンジは囁く。

 

「まぁ、おかしくなっちゃったというか、アタシにいいようにされるのに興奮しているというか……多分ね」

「本当にどうしよう……」

 

 アスカはシンジの肩を叩いて、そっと励ます。

 

「……一時的なものだと思うけど、ずっとこうだったとしても、アタシからでも一つになれるなら、今後も困りはしないでしょ。アタシはそんな事で一々軽蔑したりしない……アンタもこれから暫く繋がれないよりは、まだしも安心したでしょ」

「うん……それは良かった……けど」

「男らしくなりたいのなら、今度逢うときまでに努力しておけばいい。というか、そこはもうどうでもいいよ」

 

 治らなくてもアタシは気にしないし、あんまり気にしない方がいい、と諭すのだ。

 

「ごめん……」

 

 アスカは嘆息し、それからシンジの横に頬杖を付いた。シンジの前髪を弄りながら、息を吹きかけて揺らし、

 

「にしてもアンタも難儀な人生よねぇ。父親の身勝手な要求で変なロボットに乗せられて、散々痛い目つらい目に遭った挙げ句、アタシみたいな重い女と男女の仲になって。んで、苛々したアタシに犯されて……って、アタシも大概ヒドいわね」

「アスカが悪いんじゃないよ……僕はエヴァに乗れてイヤなことばかりだったけど、アスカに会えて良かった……」

「そう?……なら、いいけどね」

 

 それから、アスカは仰向けに寝転がり、シンジと手を繋ぐ。いわゆる恋人繋ぎという、指と指をしっかり絡め合わせる手の繋ぎ方だ。それから、天井を仰いで呟くように言った。

 

「なんかさ……このまま、二人で死んじゃおうか」

「え?」

「前にアンタと死ぬのなんて、まっぴらだと言ったけど、このままアンタとハッピーエンドにならないなら、生きててもしょうがないかな、なんて時々思うし」

 

 アスカの脳裏を沢山の白いエヴァンゲリオンがちらつく。あの時、本当に殺されてしまっていたら、今の切ない苦しみはなかった。あの時、死ななくて良かった、またシンジと巡り会えて、こうして結ばれて良かったと思っているが、時々アスカも自信がなくなる。

 

「う……そ、それは」

「……やっぱり死ぬのはイヤ?」

「うん……痛いだろうし……」

「そうだよね……でもアタシが死ぬのはイヤだって思い止まれるのは、あの世なんかどうせ無いだろうから、死んでしまったらもうアンタと一緒になれないから……なんだよ。いくら痛くたって、来世や別世界でアンタと幸せになれる保証があるならそうするよ。でもそんな事は無いんだから……」

 

 人間には今生しかない。だから後悔しないように生きていく。でも、シンジのように後悔ばかりの人生はどうしてあげればいいのだろう。

 

「僕が……ちゃんと大人になれば……死ななくても、この世界で、アスカと幸せになれるのかな」

「なれるわよ。例えば、貯金してローンを組んで大きな家を買って、子供は男の子と女の子の二人、結婚記念日には子供預けて二人だけでデートをして、毎年一回は家族旅行……」

「……うん……楽しそうだね……」

「アンタとアタシとの話なのよ?バカシンジ……」

「夢みたいで……僕には多分……」

 

……無理だと思ってるのだろう。

 

(可哀想な、シンジ)

 

 ごく平凡な人並みの幸せさえも無理だと思い込んでいるシンジを、アスカは言葉でも身体でも救ってやれず、そしてそれは結果として自分も救われない事を意味していた。暫くシンジとアスカは無言だったが、やがてシンジは静かに寝息を立て始める。

 

「もう、寝ちゃったか」

 

 放精による眠気の他に、心理的疲労もかなり溜まっていたのだろう。シンジはあっさり眠ってしまっていた。

 アスカは眠れるシンジの頬をつんつんとつついた。

 

「しっかりしなさいね……アタシの王子様」

 

 アスカにしがみつきながら、まぶたを閉じているシンジを見て、

 

(なんてコイツは可愛いんだろう)

 

とアスカは思う。男として有り得ないぐらい弱々しく、女々しく、情けなくて、それがアスカには堪らなく愛おしい。シンジを守ってやりたい。でも、シンジに自分のことも守って欲しい。どちらの気持ちがアスカにとって本当なのだろうか。

 

「……でも、繋がれて良かった。もしかしたらアンタとアタシ、これが最後になるかも知れないから」

 

 

 翌朝、松代の起動試験場に向かおうと二人は外出の支度を整える。アスカは部屋を出る前に、そっとシンジを近くに呼び寄せ、額と額を重ね合わせた。

 

「今日は訓練自体はなくて、一緒にアタシの普段受けている訓練の記録映像を観てもらうそうなの。多分、アタシよりもアンタが辛い気分になると思う。でも約束して」

「やくそく……?」

「アタシと繋いだ手を、絶対に離さないで」

 

 祈りにも似た、その願いが叶わない事をアスカはすでに予感している。

 

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