「しっかし、久々に飲みに誘ったら、宅飲みとはね」
アスカがこのシンジの新しい官舎を訪ねるのは初めてだ。広い室内を見渡し、まず女の痕跡がないことを確認して安堵する。
「……ごめん、外で飲むの、苦手だから……」
「そりゃ知ってたけど。アンタ、陰キャでディスコミだものね。学生時代は、飲み会の度に端っこに座って、隣のアタシとしか話をしなかった」
と、シンジの髪に手をやる。
コミュニケーション能力に欠けた人間にとって、一番しんどいのは、他人と会話することではない。他人にそういう人間だと知られる事だ。自分が他人と心を通わせる能力が低い欠陥のある人間だということを知られる事こそが一番つらい。まともな人間ではないということを隠しておきたい。アスカに指摘されるのはいい。もうとっくに知られているから。だから人目のある外ではなるべく飲みたくない。
それに、アスカの表情はキツい言葉よりずっと優しい。アスカにしてみれば、─アタシとしか話が出来ないシンジ、アタシしか抱いてやれない中途半端な男のシンジ─それは大きな問題ではない。むしろ、それでも構わなかった。しかし……
「そして、最近では遂にはアタシとさえロクにお話をしなくなりましたとさ、マル」
あれから二人は、ゼロからリセットして、もう一度初恋のような気持ちで始めようと試みた。でもお互いの身体の隅々まで知り尽くした関係で、幸せな未来を描けない大人同士で、初々しい恋は出来なかった。
もう二人は元には戻れない。先にも進めない。
「ごめん……外では、仕事以外に、アスカと何を話していいか分からなくて」
「中学生か」
いや中学生の頃は普通に話せてたのだから、むしろ酷くなっていることになる。
「てか自分の女なんだから、普通に話せばいいでしょ」
シンジの頬を引っ張って、アスカは言うが、自分だって、「自分の男」と言うべきシンジに普段、話し掛ける言葉を失いつつあることに気付いている。
「……何を話せばいいんだろうね」
「恋はNG、将来の話もダメ。ま、まずは挨拶ぐらいかしら」
「ぐーてんもるげん?」
「あんたそればっかね。バームクーヘンとか。ドイツのこと、莫迦にしてるの?」
そうそうこんな調子。なんの意味もない中学生みたいな会話。こういうのからリハビリしていけば……
……リハビリしていけば何だっていうんだろう。それでこれから恋人になれるわけじゃない。恋の究極的な目的が生殖ひいては性交なら、もう身体の繋がりは成就してしまっている。恋の最終目的地が夫婦として家族を作ることなら、それはもう殆ど絶望的だ。
胸が痛くなった。シンジと仲の良い雰囲気になればなるほど、その行き着く先がないように思えて苦しくなる。あははと乾いた笑いが飛び出てしまった。アスカは胸を押さえる。
「……これじゃ、仲良く会話なんか出来ないわ。辛過ぎる」
だから、話が出来なくなったのだ。身体の関係や仕事の議論に逃げ込むしかなかったのだ。
シンジがそっとアスカの背中に手を置いた。その背中の方に向かって、アスカは低い声で呟く。暗い目をして、部屋の隅を睨み付け、まるでその宣告を、相手の魂に刻みつけるように。
「アンタはアタシの男よ……」
「分かってる」
それは事実だからどちらも否定できない。その事だけがアスカの縋れる救いだ。このまま、シンジにしがみついて、泣いてやろうかと思った。少しは憂さが晴れるかも知れない。でも、それは出来なかった。今日は目的がある。このまま、会話を続けなければならない。アスカは話を切り換える。
「ま、下手に外でなんか飲んだら、ネルフの司令が、美貌の部下、元エヴァパイロットと逢い引きとか、スキャンダルネタかしらね」
「……うん」
「とりあえず、乾杯しようか」
日本の家屋とは思えないほど広壮な官舎のリビング。英国風のマホガニーのテーブルに並べた酒類の缶瓶やつまみはアスカが、途中の酒屋で買って、持ち込んだものだ。
席にかけると、適当に缶ビールを開けて、シンジとアスカは乾杯する。
「……五臓に染み渡るわねえ」
ぷはぁと息を吐き、アスカが一足先にビールを半分ほど飲み干した。シンジもそれに続いた。
「あの……アスカ。どうして急に飲みになんて?」
「アタシだってそういう気分になることもある。同僚の女子は先約あり。ま、大抵は男や家庭があるし。そしたら忌々しいけど、アンタと飲むしかない。他の男と飲むわけにはいかないから」
─アタシは今でもシンジ以外の男との接触を頑なに避けている。アタシに自分からの卒業を迫った嘘つきのシンジが傷付かないように。本当はそんな事を欠片も望んでないのをアタシは知っている。アタシとシンジの関係は長く続いてるけど、とても、か細いもので、そこに第三者が絡めば呆気なく崩壊してしまうのを知っている。アタシが他の誰かを見つけたら、アタシ以外に世界に誰も味方が居ないシンジが可哀想すぎる。
「ごめん」
「ついでに毎週の呼び出しも兼ねてしまえば……ここなら、ホテル代も浮くしね」
と今日が金曜日であり、週末にかけて時間が沢山取れることを示唆した。ということはアスカはこの後、シンジとセックスをするつもりなのだ─
「それにしても広い官舎ねえ。世帯用なの?」
アスカは広々とした間取りや室内の調度品を眺め回す。結構、センスが良い。シンジが揃えたというよりは、元から備え付けの什器なのだろう。
「緊急参集用の官舎で、ちょうど世帯用しかなかったみたい。それにネルフは国際機関だから、日本の公務員じゃこうはいかないだろうって、宿舎担当の人が笑ってたよ」
「まあ、米軍の基地内住宅とかも広いものね。国際公務員様々ね」
ここなら、アスカの夢も一つかなう、と二人は同時に思ったのだろう。庭付きの広い家に住む。もちろん、二人で。それで、会話が途切れた。しかし、シンジには何か話したいそぶりがある。
「どうしたのシンジ、何か言いたいことでも」
「アスカは今の僕たちの関係、どう思ってるのかなって……」
「……もちろん、いいとは思ってない。どんどん歳は取るし、アンタとの出口は見えない。だいたい、毎度毎度、グルグルと同じような所で何をやってるのか自分でも分からない。ナニはやるけどね」
つまらない洒落を挟んで、アスカの述懐は続く。
「こんな風になってしまって、お互いにもっと、ドロドロした憎悪が煮えたぎるかと思ったけど、最近はそうでもない。怒りさえも萎えた。たぶん、アタシももう諦め切ってるのよ。もちろん、今更、愛情が芽生える訳でもない。アタシもネルフ司令の愛人という位置の居心地に、甘んじてるんだ」
納得してるわけではないが、それが今の最善だから。今自分が手に入れられる最善だから。─でも、アタシはもう少しだけ踏み込みたい。
アスカは一枚のメモを取り出して、静かにシンジの前に置いた。
「余計な事は言わずに。そろそろお風呂へ」
シンジはメモに目を落とすと、黙って頷いた。
「これだけ部屋が大きければ、お風呂も期待できそう。愛人として是非ご招待いただきたいと思うんですけど、いかがかしら?シンジ君」
「うん、期待してもらっていいと思うよ、アスカ」
「んじゃ、しっぽり濡れましょ。色んな意味、でね」
◆
「大丈夫、ここは1日2回チェックしてる。盗聴はされてない」
広い浴室で堂々と晒された、アスカの白い裸身に向かってシンジはそう頷いた。長い金髪だけアップにしてタオルを巻き、重たそうな胸や、細い腰、下腹のけぶるような金色の叢に被われたヴィーナスの丘を隠すものは何もない。アスカは腕を頭の上で組んでいる。枯れたように心の冷めた関係をアスカと続けているシンジにとっても、本能が揺さぶられるものがある。
「か、隠さないの……?」
「何を……何から?」
「……アスカの裸を、僕の目から」
「だって、もう見られても、全然、恥ずかしくないから。アンタもでしょ?」
シンジも年齢相応の男の身体になっている。線が細いのは変わらないが、男だ。腕、胸、腰、足、性器、アスカとは身体のパーツ一つ一つが同じ人間とは思えないほどに異なっている。アスカの柔らかさと対比的な硬さを感じさせる身体。男と女。自分たちがどこまでも異物であることを、裸を晒し合うことでシンジとアスカは理解し合う。
「思えば、お互いの身体に恥ずかしさを感じているうちが華だったわね」
「でも触れ合えば、今でも……」
とシンジは返す。興奮して繋がれるのは分かっている。シンジの場合、アスカの助けは必要なのだが。
「それは未練なのか……残り火なのか……ね、シンジはどう思う?」
シンジには答えがない。
「ま、余りにも見詰めすぎると、流石にいやらしい気持ちになるかもしれないわね……」
アスカもそっと目を背ける。やっぱりアタシたちは女と男だ。シンジの裸を見続けていて、女の芯が潤んでこない筈がない。
身体をお互いに洗い流した後、二人は浴槽に揃って身を沈める。シンジが下で、アスカがその上に抱かれる形で。浴槽は広い。二人とも充分、脚を伸ばせる大きさだ。松代で二人で入った狭い浴槽の事をアスカは想い出した。あの頃の方が狭い浴槽に相応に二人の心はずっと近かった気がする。
「こんな所でしか話せないのがもどかしいけど、アンタと愛人で良かった。風呂場に二人で籠もって、長時間過ごしても怪しまれる事はない」
「うん……」
「いつものように、キスして」
キスというのは身体と心の中間に位置する行為だとアスカは思う。だからアスカは二人がこういうある意味では堕落した関係に撤退した後も、いつもシンジにまずキスをねだる。最初のキスだけは、いつも、舌を絡めたりはしない唇と唇を重ねるだけのキスだ。なぜなら、そのキスは最も心の側に近い行為でなければいけないから。
ちゅっと、軽い音を立てて、二人の唇同士は離れる。アスカはそっと俯いて、そのまま疲れたように、背中のシンジにもたれかかる。
今日、アスカはシンジに謝まらなければならない事があった。そのためにシンジと逢瀬を設けたのだ。飲み云々は一つの口実に過ぎない。
「こないだの事……ごめんね。ダミーシステムのこと。アレ、全部アタシのせいだった。アタシがあんな風に言わなければ、シンジも無茶苦茶な理由で賛成する事にはならなかった」
アスカは先日の会議のやり取りが、表面的に見えていたのとは、全く違う裏の顔を持っていた事を思い出す。
「……やっぱり、アスカは賢いな。僕が必死であの場で考えた事、見抜かれちゃったんだ」
「とりあえず、答え合わせさせて」
甘えるようにシンジにそう言った。
「うん、アスカの考えた答えを教えて」
シンジもその甘えを許容するような優しい声で応じる。
「あの時、アンタは目前に迫った─それが何年後なのかアタシにも未だに分からないけど─使徒の再来寇時期が近いことをゼーレに知られたくなかった。それは─それこそが、裏死海文書の情報の最も重要な根幹で、極力焦らして小出しにしていかなければならない情報、シンジやひいてはアタシの安全に関わってるものだから。でも目前である以上、パイロット保護の為の研究開発リソースをリモート・エントリープラグとダミーシステム2の二つに分散させる訳にはいかなかった。だからアタシの提案した新開発プランに反対したいけど、来寇直前という事実が露見しないように反対する必要があった。子安があの場にいるからね」
理事長の子安はゼーレのスパイだ。多くの情報をキール・ローレンツらに流しているのだろう。それは以前から分かっている。
「だから、アンタは、ダミーシステムはダメだと
シンジは悪戯がばれた子供のようにばつの悪そうな顔をしている。それをちらりと横目で見て、アスカはやっぱりそうだったのねと嘆息した。
「反対する理由としては自然だと思ったんだ。だから子供のように駄々をこねた」
「確かに、ダミーシステムはアタシの心を傷付けるというのは事件の経緯を知る人間相手には何となく納得できるいい反対理由だったわね。でもアタシがシンジの意図を理解もせず、それをすぐ否定してしまった。三十路のアタシたちがエヴァに乗ることはもうないって。当たり前だけどね」
「……そう。当人のアスカに整然と否定されてるのに、リソース分散に反対し続けるのは危険だと思った。その僕の反対へのこだわりから、使徒再来寇が近いと露見してしまう。子安さんはバカじゃない」
「アンタとしてはリソース分散よりも、
シンジが無言で頷いた。
「だから、いつでもアタシの味方でいたいとか言って、それでも平気だという顔をするしかなくなった。まだまだ使徒再来は先なんだからリソース分散しても平気だと虚勢を張って時期を欺瞞するしかなくなっていた。ぜんぶアタシのせいなんだね」
アスカの浅慮が歪めてしまったシンジの計画。それで間に合わなくなったのではないか、これからどうするのか、不安が蠢くが、あえて聞く事はしない。シンジには答えられない事が多いし、何とかならなくても、何とかしてしまうのではないか、という勝手な期待や依存心もある。何より、それを聞いてしまう事で、自分が更なる負担をシンジに与えてしまった事に向き合うのが、アスカには怖かった。
シンジは軽く溜め息を付く。
「アスカには何も話せないし、嘘ばかりついてるからアスカが勘違いしても仕方がないよ」
シンジは言いながら、無意識にアスカの豊かな胸を触っている。それは二人双方にとって、気持ちがよく、心が安まる手の動きだった。
「それに、アスカが長恨歌とか言ってくれたのは良かったよ。意図してなかったろうけど、ナイスアシストだった。子安さんに対しても、楊貴妃に
「シンジが比翼の話を教えてくれた時、すぐに調べたのよ。可哀想だよね……せっかく結ばれていた二人なのに」
アタシたちと同じかな、とお湯の中で手を繋いで、シンジに囁きかける。シンジも切なそうに、アタシを見て、無言で微笑んだ。今にも泣き出しそうな顔で微笑むの、やめて……。
愛する楊貴妃に、群臣の要求で自ら死を賜らなければならなくなった玄宗皇帝の気持ちは如何ばかりだったろう。事ここに至って後悔しかなく、政務を忘れ妻への愛に耽溺した日々をようやく悔やんだのだろうか。
もし、シンジがそんな状況になって、アタシを切り捨てたり、見殺しにする選択を強いられたらどうするだろう。わあわあと子供のように泣いて、状況を受け入れるのを拒むのだろうか。
(そうなったら、可哀想だな……)
自分の事で、シンジに泣かれるのは余りにも辛い。アタシは想像上の自分の運命より、その時のシンジの心が傷付き、痛めつけられる様が想像されて苦しかった。アタシが、死ぬまでずっとそばにいてやらないとコイツは駄目になる。それなのに、シンジはその事実を素直に受け入れようとしない。
アタシの気持ちや願いをとことん無視するシンジはもうアタシを愛してるとは言えない。そこにアタシへの愛はない。そんなのただのエゴイズムで、愛じゃない。アタシは今でもあの卒業云々の話に憤っている。……でもコイツはずっとアタシの事を大切に思っている。アタシを生き残らせたいと。それはシンジなりの過去への贖罪なんだろうか、彼なりのアタシへの愛なんだろうか。でもアタシはそんなの愛だって認めたくない。シンジがちゃんと自分の本当にしたいこと、アタシとの未来に向き合ってくれなくちゃ……意味がないんだ。
アスカは泣きそうな顔のシンジに、微かに微笑み返し、また背中の彼にもたれ掛かる。
そして、マリの言動にもアスカは考察を加える。
「考えてみれば、マリの反対理由もわけの分からないものだった。ダミーシステムは人間の自由意志に反するだの、戦士や用兵家の直感だのなんだの。慌ててあの場でひねり出した理屈で、かなり苦しかった。技術者らしく、
「そう。彼女も頭がいい。すぐに僕の隠したいポイントが分かったんだと思う」
「知らぬは愛人ばかりなりってね。アタシも自分の頭にはそこそこ自信があったんだけど。真相に気付くのに二晩もかかってしまった」
ただ、それが知力の差ならともかく、シンジが欲しているものを、アスカよりもマリがより正確に見極めていた結果だとすると、アスカの心中は少し穏やかではない。ちょっと胸がざわついてしまう。しかし、シンジの言葉はアスカを少し宥めてくれるのだった。
「アスカは、僕の言うことを全部素直に受け取ってくれるから……」
「フフっ、アンタがどうしようもない大嘘付きだってのは同棲解消の顛末でよく分かってた筈なのにね」
「……ごめん。いつも嘘ばかり付いて」
長い話を終えて、二人は同時に溜め息を付いた。色気抜きの話なら、二人はまだちゃんと話が出来る。知力と知力でぶつかり合い、意見を交わし、対等な二人の人間として助け合っていける。アスカにとってはそれが残された希望だ。
「アンタもたった独りでしんどいんだろうね。だから……ここからが今日の本題なんだけど」
アスカは湯船の中で自分を背中から抱いている男に顔を振り向かせる。そして、その男、碇シンジに
「アスカ……」
「明るい所でこんなにキスするの、久しぶりだね。ま、日陰の関係だから仕方ないけど」
「ごめん」
シンジが頭を下げると、アスカはその耳たぶにかじり付き、甘噛みしてから、耳元に囁いた。
「アンタ、裏死海文書の内容をぜんぶアタシに教えなさい。アンタが何もかも一人で、背負い込むことないんだから!」
どうして、いつだって、シンジが世界と人類の命運を全て抱え込まなくてはいけないのか。人一倍、気弱で、気が優しい、普通の青年なのに。アスカはそう思うと泣き出しそうになる。シンジがそういう運命を背負っているからこそ、自分と出会えたというのは分かっているが、だからこそアスカにはシンジをその呪われた宿命や運命から救い出してやりたいと思うのだ。
さし当たっては、シンジの心理的負担を共有してやりたい。二人で裏死海文書の内容を知っていれば、良い作戦だって思い付く、二人で一緒に考えれば皆で幸せになる方法がきっと見つけられる筈なんだから。
「それは出来ない」
しかし、シンジは即答で拒絶する。まずはアスカにも納得しやすい反対理由から説明する。
「裏死海文書の内容を知る人間がもう1人出来れば、僕は直ちに用済みになるよ。僕は事故死し、次のネルフ司令はアスカだ」
それは分かっている。だから、全てを二人だけの秘密にする。それならばどうなのか。
「こういうお風呂場とかでなら、アタシが知ったことさえ知られずに、二人で秘密を共有できる……そうでしょ?」
「……難しいだろうな。子安さんの前で、僕の提案する一見不可解なプランに対して、内心納得しつつ、表向き怪訝な顔をするなんて器用なことがアスカに可能とは思えないけど。アスカの顔から、アスカも裏死海文書を知ってると早晩バレるんじゃないかな……そして、文書を知っていたら、僕の提案が対ゼーレ用の欺瞞プロジェクトなのか合理的計画なのか、アスカの頭ならすぐ分かってしまうだろ。そして、それを子安さんはアスカの反応から直ちに把握できてしまう。アスカは隠し事に関わるには、賢すぎるし、分かりやすすぎるんだよ」
(賢すぎる?最近のアンタの頭の回り方の方が、どうかしてるわよ……)
たぶん、シンジは毎日毎夜、必死で考え続けているのだろう、アスカを救う道、そして自分が死ねばアスカを庇護する者が居なくなるから自分も生き残る道を。以前のように自分のことを度外視するよりはマシかも知れないが……
「だったらアンタがネルフ設立の為に使おうとした切り札をアレンジすればいい!あの時も裏死海文書に嘘を混ぜ込もうとしてたんでしょ?アタシに伝える内容には3つでも4つでも嘘を混ぜればいい、そしてその事を盗聴してる連中にも聞かせてやればいい。それでも、何も知らされてないよりアタシには遥かにマシよ」
シンジはしばらく考えていたが、やはり首を横に振る。
「考える事が、ただでさえ多いんだ。悪いけど、アスカと僕を二人とも守るための欺瞞や迷彩を考えている余裕も自信もない。これ以上状況を複雑にはしたくない。ごめん」
それは寂しいけど、合理的な結論だった。いまわの際の欺瞞なら、死んでしまった後の心配をする必要はない。昏い復讐の味を噛み締めながら逝けばいい。そもそもあれは、シンジとアスカ二人を全人類と天秤にかけた一世一代の牽制だった。シンジとアスカが生き続ける為の欺瞞とは性質が余りにも異なる。
「そう、分かった……」
シンジはこれからも孤独な男の闘いを続けなければならないのだ。アタシは一緒に闘ってやることは出来ない。腕力ではなく、知力での闘いなら男女は互角な筈だった。でも、シンジにアタシを守りながら闘うのは無理だと分かった。自分はけっきょく足手まといになるだけだ。どうしようもなく切なく寂しかった。恋をやめ、身体で繋がってもどうしても満たされなくて、しかし、戦友としてならシンジの横に一緒に居られると思った。でも、アタシは三十になっても、未だにシンジのそばにあるべきアタシの居場所を見つけられずにいる。