大人のエヴァンゲリオン   作:しゅとるむ

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二十六話 男と女

「ごめん遅くなって、アスカ……それと、20時半には出ないと。21時には予算のレクを受けるんだ」

 

 ホテルのいつもの部屋。壁の時計は19時半を回っている。特務機関ネルフは軍事組織とはいえ、本質的には官衙すなわち行政機関であって、その体躯を動かす血はあくまで予算であった。ゆえに予算に関する各部門から幹部への必要性の説明は重要となる。

 

「一時間もないじゃないの……」

 

 アスカとの逢瀬は中抜けで仕事に戻るとはシンジに聞いていたが、あまりの短さにアスカは心底ガッカリする。せっかくの一週間に一度のシンジとの逢瀬なのに。恋や愛というよりも、性の快楽と独占欲を満たす為の暗い喜び混じりとはいえ、内心楽しみにしていたのに。これじゃ繋がるだけ繋がって終わりそうだ。ゆっくり寝物語をし、情交の余韻に浸る余裕もありはしない。色々シンジに話したいこともあるのに。

 

「……ん、今日のレクって技術部のだっけ?」

「え、そうだけど」

「分かった。ちょっと待ってなさい」

 

 アスカはフロントに電話し、21時半からでホテルの電子会議システム用の会議室予約を行い、システムの仕様、接続IDを確認した。それから携帯で真希波マリを呼び出す。

 

「あ、マリ?急で悪いんだけど、今日の司令へのレク、電子会議に代えられないかな?」

「え、そりゃ構わないけど」

「助かる」

 

 アスカは接続先システムの仕様やIDを告げ、問題なくネルフ側が対応可能な事を確認する。

 

「よし。問題ないわね。あと、マリ。悪いんだけどレク開始を三十分、後ろに繰り下げて」

「えー、勘弁してよ。みんな早く帰りたいんだよ!」

「レクの説明用資料をアタシのスマホに送ってくれる?」

「いいけど……?」

 

 程なくして、送られてきたPowerPointの資料を確認してアスカは言った。

 

「このポンチ絵の1、2、7頁め。こないだの幹部会議で一度説明してるわよね。何かそこから変わってるの?」

「え、いや何も変わってないけど、一通り全体を説明する予定で」

「わかった、十五秒待ちなさい」

 

 アスカは通話を保留にして、シンジを近くに呼び寄せる。 

 

「シンちゃん、シンちゃん」

「ん?」

「この1枚目、2枚目、7枚目、内容は理解してる?」

 

 スマホのPowerPoint閲覧アプリの画面をスクロールして見せながら確認する。

 

「うん、こないだ説明を受けてるから大丈夫だよ」

「いい子ね……」

 

 すぐにアスカは電話を保留から元に戻し、マリに告げる。

 

「さっきの三枚はレクから落として。資料の修正、差し替えは要らないわ、単にそのまま飛ばしていい。説明不要な旨、碇司令に確認済み。これで三十分遅く始めても、終わる時間は同じになるでしょ」

 

 作戦部長であるアスカに技術部の予算レクを仕切る権限などないが、マリは別に文句を言ってきたりはしなかった。マリは平素からそういう詰まらない権限闘争にエネルギーを使う事は一切ない。

 

「ほほーん。司令と今、一緒なんだ?」

「作戦部も、個別にレク中よ。では」

「ごゆっくり、姫。楽しんでね。にょほほ」

 

 これでよし、司令付秘書は帰宅している事を退勤時に司令室に寄った際に確認していたから、リスケの話はこちらと技術部が承知していればいいだろう。

 電話を切ると、アスカはシンジに向き直る。

 

「電子会議にしたから、移動時間不要。開始も三十分後ろ倒しにしたから、一時間は稼げたわね」

「やっぱりアスカは凄いな……ちゃんとしてる」

「アンタがちゃんとこないだの説明一発で理解してくれたからよ、アタシの賢いシンちゃん。時間を無駄にしない男がこの世で一番有用だわ」

「うん……ありがとう褒めてくれて」

 

 ─やっぱり褒められるのは誰にとっても嬉しいものだ。シンジははにかんでいる。アタシだってこんな些細なリスケぐらいの事でも二人の役に立つことが出来て、嬉しい。シンジに凄いと言ってもらえて嬉しい。別に凄い事でもないのに、素直に他人を賛嘆してそれを口に出せるシンジ、特務機関のトップでありながら驕らず、まっすぐな少年のままの心も嬉しい。アタシだったらつい、他人の行為をすぐ見下したり、軽んじたりしてしまうかも知れない。昔はシンジや綾波レイに対して実際にそういう態度だった。だから、アタシはシンジの心を見習いたい。虚栄から遠く、素直で優しい心を。見習って、もっともっと、ちゃんとした人間になりたいのだ。

 

 この間、サクラに叱咤されてから、アタシも少し発奮し、明るさや元気を取り戻している。後輩に挑発されまくって立ち直るなんておかしいかも知れないけど、アタシは喧嘩を売られると闘志が沸き立つのだ。それに、そこでひねくれてしまう拗ね者よりは多分遥かにマシだと思っている。そういえば、こないだネルフの裏サイトみたいなものを見つけて覗いてみたら、アタシに新しい渾名が進呈されていた。もと弐号機パイロットで、碇司令の愛人すなわち二号だから、「弐号」というのだそうだ。これ、毎回誰が考えてるんだろう。少なくとも思い付く範囲にこういう下らない事を言って喜ぶ人間は見当たらない。

 

 以前のアタシならこれを見てまた落ち込んでしまっていたかも知れないけど、今のアタシはサクラに散々挑発されて鍛えられたお陰か、これを笑い飛ばす余裕が生まれている。いつか、シンジにも「アタシ、アンタの弐号なんだって」と教えてやろうかな。ああ、でもシンジの奴はアタシのことだけに、本気で怒ったり、落ち込むかも知れないな……。やめておくのが無難か……。

 

 まあそんな話は今はいいか。アタシとシンジが二人で過ごす時間はとても貴重なんだから。

 

「さ、シンジ。早く寝よう。せっかく稼いだ時間を最大限、愉しまなくちゃ」

「う、うん……」

 

 アタシは、相変わらず二人の性交渉に赤面し子供みたいに恥ずかしがるシンジの手を引っ張ってベッドに先導する。今日は時間もないから、する事を先にする。お風呂は後でいい。

 

 

 シンジとは短い時間ながらも、結局二回戦に及んだ。アタシとシンジはダブルベッドに心地よく倒れ込み、お互いを見つめ合い、お互いの頬に手を差し出して触れた。

 

「アタシから一回、シンジから一回、だね。おあいこだね……」

「うん……」

「一回ずつのコレ、いいね。これからは毎回そうしようか」

 

 二人の間の攻守のバランスがよい。アタシからだけ三回シンジを抱いてやるよりも、少なくともアタシの精神的満足感は大きい気がした。

 

「そうだね、僕がちゃんと出来る日なら……」

「どちらからしてもいいけど、やっぱり違う味わいがある。シンジからしてもらうのは素直に女として嬉しいの」

「うん、僕もアスカを抱けて嬉しい。これからも頑張るから」

 

 シンジは少し自信が付いたのか、良い顔をしている。アタシは、シンジの目を見て頷いてやる。大丈夫だよ、頑張ればちゃんと出来るから、と。

 

「でも、アタシからシンジを抱くのもやっぱり愉しいの。女でも主導権を握れるんだって思えるのは痛快だし、シンジの表情や喘ぎ声を上から見ながら、聞きながら、可愛さを堪能できる」

「僕は……そんな可愛くなんて……」

 

 シンジには分からないだろうが、男の子には男の子の可愛さがある。女の可愛さとは違うが、確かに可愛いのだ。

 これは男自身にはなかなか気付けないかも知れない。狙って演出されても幻滅な要素だろう。アタシはシンジの自信の無さそうな表情やおずおずとした態度、上目遣いの目線や睫毛の震え、ちょっとしたことで頬を染めるウブさ加減、痩せて浮き出しそうなあばら、アタシの愛撫に合わせて僅かに身を捩る仕草、射精を精一杯我慢している時の歯を食いしばるような表情……などにそれを感じることが出来る。

 

「それで、あのね、今日はパパに─折り入って相談があるのよ、アイの事でね」

「パ、パパって……」

「アイのお義父さんは、アンタでしょ」

 

 くすっと笑って、アタシはシンジに父親の自覚を促す。アタシはよくふざけて、シンジをバカシンジだのシンちゃんだのと様々に呼んでいるが、流石に「パパ呼び」にはドキッとしたようだ。

 

「あの子はね、アタシのことが好きなの……面倒な誤解ややりとりを省きたいから先回りすると、親愛や擬似的な親子愛ではなく、性愛の対象としてって意味でよ」

「……アイが……アスカを?」

 

 シンジの表情を窺うに、そこに張り付いている驚きは作り物ではなかった。やっぱり全く分かっていなかったのね。アタシは心の中で嘆息する。

 

「そりゃ当然でしょ、あの子はアンタで、アンタの記憶も受け継いでいる。アンタは大バカよ。自分でアタシに対する恋敵を連れてきてしまったようなものだ」

「本当にそうなの。何かの誤解とかなんじゃ……」

 

 シンジの希望的観測にアタシは首を左右に振ってやる。

 

「夜中に起きたら、あの子の部屋から艶めかしい喘ぎ声が聞こえた。アタシの名前を呼びながら、ね……つまり、アンタが昔、アタシでやってたのと同じ事をヤッている。あの子も昔のアンタと同じで頻度が結構多いのよ」

 

 シンジはその言葉に赤面して俯いた。

 

 そう、シンジが病室での行為を行う前、ミサトの家に同居していた時にも、アタシを対象にしてマスターベーションをしていたのを知っていた。そして自慰の対象にはするのに、恋愛の対象として本人を抱きしめてもくれないシンジに苛立ち、恨み、怒っていたのだった。

 

 ある意味では身体だけの関係の、今とまるきり同じ構図なのよね。今は、単にお互いの身体を自慰に使っているだけで……いや、そう決め付けてしまうのも寂しいし、それだけではないと本当は思いたいのだけど……

 

「それも……知られてたんだ、アスカに……」

 

 シンジは呆然と呟いて、それから頭からシーツをかぶってしまう。

 

「ナニの声が大きいのよ、アンタ。ミサトももちろん知ってたわよ、多分。どうせ部屋のゴミ箱に大量にティッシュとかも捨てっ放しで……」

「も、もうその話、止めてよ……アスカ」 

 

 シーツの中からくぐもった声で懇願が上がってくる。それを聞いて、アタシは追及の矛先と表情の厳しさを緩め、シーツをシンジの頭からはぐると、頭を胸元に抱き寄せる。落ち込まないように、ぎゅっと抱きしめてやる。シンジもそれだけで少し落ち着く。

 

「アスカ……僕のこと嫌いにならないで……」

「ばかね。そんな事では嫌いにならないよ。シンジがやることちゃんとやらないなら、怒るし、怨むけど」

「うん……」

「……そんなにまでアタシの事が欲しかったんだから、今はそれを手に入れてる幸運をかみしめればいいの。良かったね、シンジ、欲しいものが手に入って……ま、それでもアタシを嫁にしたりまでは出来ないあたりは、アンタの甲斐性のなさ、だけどね」

 

 ゴールイン云々はともかく、こうして二人が少なくとも肉体的には結ばれている以上は、シンジの自慰行為など些細な過去における笑い話であるに過ぎない。でも、アイの話は現在進行形でそうではない。

 

「……アンタがアタシをオナペットにしてた話とかは今更どうでもいいの。アンタはアタシの男なんだから。問題はアイよ。アンタはそれを知らされた以上は決断しなければならない。あの子とアタシを引き離すか、それとも今の生活を続けさせるのか」

「……でも、アスカは何もしてないんでしょ、アスカからは何も」

「当たり前でしょ。未成年で、被保護者で、同性で、何よりアタシにはアンタがいる。そんな事するものか。キス一つしてない。でもキスはあの子に求められた」

「……そ、そうなんだ」

 

 シンジには驚きの連続で、ただ、対象が自分の養女であり、シンジの分身のような存在で、大人の庇護を受ける身であることが、シンジから怒りや幻滅や不安や嫉妬の感情を奪い去っていた。

 

「その……女の子同士だから心配してないって言ったら、怒られる、かな?」

「アタシがまだアンタにとっては『女の子』カテゴリなのは光栄ね。ともかく、それは一般的判断としては間違ってはいない。あの子にはアタシを無理やり犯すことは出来ない。アンタがアタシを犯したり、アタシがアンタを犯す事さえ出来るのにね……」

 

 後者はおよそ一般的な話ではないだろうが、過去に実際にアスカがシンジにやったことだ。その余波は、未だに二人の肉体関係に歪な影を落とし続けている。

 

「でも唇を奪ったりは出来るかも知れないし……あの子は、アンタなのよ。そこは少し不安にならない?アタシがあの子を、いくら求めても得られないアンタの代わりにするかも知れない」

「……でも、アイは僕じゃないよ。僕だと思った時もあったけど、やっぱり僕じゃない。アスカだって分かってるだろう?」

 

 シンジは疲れたように首を横に振った。途方に呉れているのは間違いないようだ。

 

「一つ聞いておきたい。あの子が夜毎、自慰を盛んに繰り返すのは、アンタが元々オナニー猿だったからってだけじゃない。あの子が、アタシと結ばれる術を、一切奪われてるからよ。あの子は女を抱きたいのに、女を抱けない。抱かれるしかない。どうしてそんな残酷な事をしたの。どうしてあの子をアタシと同じ女に……アンタとは違う性別にしたの」

 

 もちろん、アスカにはアイとどうこうするつもりはない。しかし、これはある種の去勢と同じではないのか。女の身体という鋳型にシンジの心と記憶を嵌め込んでいる。

 シンジだって、アタシが乱暴をしてから、まともに女を抱けなくなって苦しんだ筈だ。アタシに抱かれるしかなくなって、男として情けないという思いを抱えている。アイにしているのはけっきょく、これと同じような事、じゃないのか。

 だから、アタシはシンジのアイに対する考え方をちゃんと聞いておきたい。

 

「それはやっぱり僕そのままにする訳にはいかなかったし……女性は瞬発力や膂力や反射神経では男性に敵わない代わりに、病気への抵抗力やストレス耐性、持久力には優れているそうだから。そういう医学的、生物学的適性を勘案した……」

 

 確かに、女性は長時間マラソンしても男より吐きにくかったり、夜間任務などにも男より黙々と耐えられる適性があるのだそうだ。第二次世界大戦では、連合国・枢軸国とも女性部隊を活用したが、バトル・オブ・ブリテンでは、女性の忍耐強い特性が防空戦において非常な活躍を生んだという話をアスカも聞いたことがある。

 

「エヴァごと長時間使徒に取り込まれた事だってあった。僕はエヴァに乗ってて、強いストレスをいつも感じていた。だから持久力やストレス耐性は重要に思えた。それに、男だから率先して戦わなくちゃという強迫観念にも囚われていて、逃げたい気持ちと二股に裂かれるようだった。男でも怖いものは怖いんだよ。もちろん、男なんだから、女の子を守りたい、守らなくちゃいけないんだけど、僕には無理だった……。アスカの方が余程強くて、だから今だって、僕はアスカに抱かれてるんでしょう。僕は弱くて、アスカに甘えてるんだ……みんなアスカは知ってる話だろうけど……」

 

 逃げちゃだめだと口癖のように言うが、シンジは逆に逃げるべきところで逃げようとしない、生き方が下手くそで、自分の勝手に作り上げた男の幻想に自縄自縛になっている節もある。

 

「僕は自分が男であることが疎ましかったんだ。男子ならみんなそうかも知れないけど、ほとんど毎日を強い性欲に支配されている。ずっと、女子の……アスカや……アスカ以外の女の子でも……裸が、頭の中にちらついていて、夜には他のことが全然手に付かない、エヴァに乗ってたのは、丁度そんな性欲が一番強い時期だった」

 

 性欲は強いが、ちゃんと女の子と向き合うすべをあの頃のシンジは知らなかった。いや、今だってちゃんと知らないのかも知れない。シンジはアタシしか女を知らない。アタシもシンジしか男を知らない。それでいいし、それでこそ幸せだと思っているが、そうやって若くして二人の関係を頑なに二人だけで閉じてしまったから、誰もアタシたちにちゃんとした恋の仕方を教えてくれない。アタシたちにはけっきょく、セックスで想いを誤魔化すしか方法が分からない。だからアタシたちの関係はすれ違ってもつれ合って、今はこんなダブルベッドの上に停滞している。

 

「僕はだから、アイをそういう男の醜い業から解放してあげたかったのかも知れない……アスカに言われるまで意識してなかったから無意識なんだろうけど……でも突き詰めて真剣に考えてないこと自体が非道な話だった」

 

 そう。非道で傲慢な話だ。傲慢で残酷な話だ。男の性欲の強さだって、人類という種の存続のためには必要なことだ。一方的に否定して、忌避して、断罪するような話でもない。

 

 アイの問題は、実務的には女子の能力的適性や男子の不利な点を勘案し、情を交えることなく性別を選択した。シンジのゲノムを完全コピーして、常染色体はそのままに、性染色体だけをXYからXXに置き換えた。技術的には、ただそれだけの話だ。サクラの言う、マキャベリズムに沿った合理的判断。そういう事なのだろう。そもそもがアイを誕生させること自体が、一番残酷な判断だ。それ以上の細部の残酷さは、大きな残酷さの中に隠れてしまっていたのだろう。でも、現にその事でアイは傷付いている。苦しんでいる。

 

 性染色体は女なのだから、シンジとは異なり、本来のアイの性自認や性嗜好は女性のものである可能性が高い、脳もそのように形作られている筈だ。問題はそこにシンジの記憶を注入していることだ。アイは女なのに、アスカを異性として意識し、アスカが気になるというシンジの気持ちを心に押し付けられている。それが自分の想いだと勘違いさせられてしまっている。きちんとした成長のための時間を与えてやれず、生活をまともに営ませるためには他人の記憶が必要だった。誰の記憶を与えるかと言えば遺伝子の供給元であるシンジの記憶しか有り得なかったが、女の身体に男の記憶を与えられたことでアイは混乱している。

 

 それにシンジがアイの為に、男の業を避けて選んだ女という性だって、苦痛や性欲から自由な訳ではない。生理だって毎月しんどいし、身軽な男のように毎日を晴れ晴れと生きてみたい、と思う時さえある。確かに、女という受け身の性であることはある面では気楽だ。しかし、裏返してみれば、そこには、ままならない身の辛さややり切れなさや時には身の危険だって伴う。

 

 アタシだって、ずっと自分が女という、男に膂力や体格や運動能力で劣り、生理などの厄介な制約がある性であることを呪ってきた。しかもその差は、中学生だった頃よりも、成長するにつれて更に広がっていって、複雑な思いにさせられる。もちろん、鈍感で共感力に欠けた無骨で粗野な男どものようになりたい訳ではない。しかし、そんな男たちであっても、その余りにも異なる性の有り様に惹かれるのは女の本能な訳で、男を全否定することで自己の女性性を肯定する事も出来なかった。

 

 アタシがそんな煩悶の中、それでも、初めて女に生まれて良かったと心から思えたのは、シンジと結ばれる事が出来たからだ。好きな相手と繋がり、結ばれる事で、初めて自分の女という性を肯定的に捉えられるようになったのだ。シンジと異なる性に生まれ、シンジを気持ち良くするために包み込んであげられて、シンジに気持ち良くしてもらって抱かれる事が出来る。それはとても嬉しい事で、ようやくアタシは自分の性に納得する事が出来た。ようやく自分が女に生まれてきた意味と喜びを見いだす事が出来た。シンジと結ばれるために、アタシは女に生まれついたのだというロマンチックな想いに浸ることさえ出来た。

 

 でも、アイにとってはそうではない、アタシの経験とは全く反対に、アイにとって自身の女という性は、アタシと結ばれる事をあくまで阻害するものだ。少なくともアタシが異性愛者であり、彼女と同性であることは、アイの恋を決定的に打ち砕いてしまう。それはアタシに既に、曖昧で先行きの見えない関係とはいえシンジという相手が居て、アタシとシンジの関係は極めて排他的な二者関係で、結局アイの恋は成就しないということとは関係がなかった。勝負にも立てないというつらさがあるのだ。そして、そのつらさを与えたのは、彼女を女性として生み出した、シンジであるのは間違いなかった。

 

 しかし、シンジは言った。

 

「……アスカには引き続き、アイの面倒を見てやって貰えるかな? 僕はアスカもアイも信頼してるんだ。アスカは僕を裏切らないって言ってくれてるし、アイも無理やりアスカに何かしたりはしない。僕だってアスカと同居していても何もしなかったよ」

 

 シンジはそういって、アタシの髪を撫でてきた。

 

 それはアンタがグズでヘタレなだけでしょ、そう言おうとしたけど、アイも気質的にはシンジと同じか……。でも可能性が極小でも避けたい事ってのはあるはずだ。

 

「そうは言うけど、アイが男の子だったら話は全然違うでしょうに」

「それはそうだよ。でもアイは女の子なんだ。アスカには同じ女の子として、アイに優しくしてあげて欲しい」

「だからもうアタシは『女の子』じゃないってーの」

 

 三十二なんだから、ね……女にはどうしてもある種の期限がある。容色の衰えは如何ともし難い。やがて─シンジはそんな事気にしないかも知れないけど─シンジから愛してもらえなくなるかも知れない期限の到来が……アタシはそれを考えるのが恐ろしい。

 

「女の子だよ……アスカは。今晩も可愛かった」

「もう……それならもっと普段から優しくしろ!先々の事もちゃんと考えなさいっ」

「うん……ごめん……」

 

 シンジはけっきょくアイのこと、安心しきっているんだ。恋敵である筈のシンジにも決して警戒されない性、そういう性であることが、きっとアイの苦しみの根源である筈だった。

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