大人のエヴァンゲリオン   作:しゅとるむ

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三十話 タイフーン・レディー

「戦略自衛隊からの出向者ァ?……しかも、この暮れの押し詰まった時期に?」

「うん、忙しい時期だろうけど、受け入れる作戦部として、よろしく頼むよ、アスカ」

 

 司令室に呼ばれたアタシは、打ち合わせテーブルで対面するシンジの言葉に困惑した。

 

「でもいきなり過ぎる……だって年内ってもう来週しかないのよ。どうしてもっと早く教えてくれないの」

「えっ……人事から事前に話は行ってると思ったんだけど……。あ、あと、一ヶ月前ぐらいにプライベートの場でも言ったな、当然、これはノーカウントだろうけどさ」

「プライベート? いつ、どこで」

 

 全く記憶にないのだけれど?

 

「例のホテルのいつもの部屋、ベッドの上で……」

「……事前?事後?」

「事後……」

 

 つまり何か。アタシを抱いた後に、アタシがシンジに対して心と身体を蕩けさせて放心している合間に言ったということか。そんな、アタシの頭と胸がいつも以上にシンジのことで一杯になっているタイミングで? それは確かに、ノーカンでしょ……

 

 どうせ言いにくい話なもんだから、こそこそとそうしたのだろう。根回しよろしく、おそるおそるアタシの反応を探りつつ、今度、女性が一人、作戦部に来るからよろしくね、ぐらいにさらっと言って、アタシの頭を撫でながらごまかしたのだろう。記憶にはないけれど、アタシはそんなシンジの手練手管で、素直に頷いたりしてしまったのかも知れない。

 

 そう、配属されるのは女なのだ。シンジが他の女の話を持ち出すとき、アタシは残念ながら平静では居られない。

 

「事後ってあのさ。シンちゃんは、そういうナニを使った女のあしらい方を覚えなくていいのよ?」

 

 女に対して、男らしい責任の取り方も出来ず、セックスも半端な癖に、身体の関係で女をどうにかコントロールしようとする、そういう男のずるさばかりを身に付けられても困る。シンジには可愛げある、もっとウブなガキンチョのままで居てもらわないと困る。

 

「そんな……あしらい方だなんて」

「実際、ベッドの上で、女を抱いて言うこと聞かせるって話じゃないのかしら?」

「いや、そんな訳ないでしょ……その時たまたま、一報として伝えただけで、仕事としての伝達はもちろん別だよ。その後、人事から話が行ったでしょ?」

「だからさっきも言ったけど、何にも来てないわよ」

「おかしいな。人事課の多摩くんに惣流部長にレクしておいてね、って伝えておいたんだけど」

 

 それでアタシは少し得心がいった。多摩ヒデキはアタシやシンジと同じ大学の後輩に当たる若手職員で、出身大学から言っても、学生時代の成績から言っても、相当に期待されて入所したのだが、実際にはこれが箸にも棒にもかからずの実務能力皆無の人材だった。新卒の時に作戦部に配属になったのだが、丁重に人事課にお引き取りいただいたぐらいだ。アンタら人事には採用した責任ってものがあるんだからね!

 

「多摩じゃ駄目でしょ、あいつ、言われた直後に忘れてるわよ、きっと……」

「ええっ……そうか、それは申し訳なかったな……ただ、外との交流人事だから。改めて説明するから、納得して貰えると嬉しいんだけど、アスカ……」

「ふむ。じゃあ人事の不手際には目をつぶるとして、説明してもらおうかしら」

 

 手元の人事記録に目を落とす。この、霧島マナという女。戦略自衛隊の幹部自衛官であり、階級はアタシと同じ三佐。年齢もアタシやシンジと同じだ。つまりはかなりのスピードで昇進している、出来る女、ということになる。

 しかも写真を見る限り、結構な美人だ。

 それが引っかかる。シンジは面食いさんではないから、関係ない……大丈夫、と思いたいのだが、前にマリが指摘したとおり、アタシとの関係を考えれば、実は物凄い隠れ面食いだという可能性も絶無ではない。その場合はアタシがシンジの本質を盛大に勘違いしていたということになるのだが……。

 

(じっさい、マリもミドリもサクラも綾波レイもみんな可愛いからなあ……むろん、アタシほどじゃないにせよ)

 

 だからアタシは問いかけずにはいられない。

 

「そもそも、なぜこの女なの?」

「だって、アイのエヴァ操縦の指導教官になって貰うんだよ、ごつい男の軍人さんより同性の人の方が、アイにも安心感があると思って……」

 

 なるほどアイの、人型兵器のパイロットとしての指導教官か。確かに、経歴をみると、この霧島という女、戦略自衛隊の誇る四式統合機兵あかしまの搭乗員で、副連隊長の代理まで務めたことがあるらしい。やっぱりまだまだ軍隊も男社会だから、女でこれだけの経歴の人間はなかなか見つからないかも知れなかった。

 

 ちなみにこの四式統合機兵あかしまは、グランドエフェクトを利用して浮上する空陸両用人型兵器で、開発中止になったジェットアローンとVTOL攻撃機の役割を併せ持つ優れものだ。その命名の由来は、昔聞いたシンジの解説によると、馬琴の『椿説弓張月』に「それ大風烈しきを(はやて)という。また、甚だしきを(あかしま)(とな)ふ」とあって、あかしまとは台風の古名のことであるらしい。

 

「アタシが指導するのかと思ってたわよ。旧弐号機パイロットとして」

「流石に、作戦部長の仕事と兼務ではアスカがしんどすぎると思って」

 

 ま、確かにそれはそうで、専属職員を配置してもらえれば、助かるのは助かる。それに、アタシはアタシに対する特別な想いを持ったアイとなるべく正面から向き合いたくないという気持ちもある。そう考えると、シンジの気遣いや準備は有り難い。

 

「ただ、エヴァじゃなくてあかしまのパイロットかぁ……そこは大丈夫なのかな?」

「松代でアスカがやらされてたエヴァのシミュレーションシステム……思い出したくもないかも知れないけど。現行の初号機F型のシミュレーションシステムは基本的にあれを発展させたもので、基幹は同じ戦自製システムなんだ。つまり餅は餅屋ってことで」

 

 そして、あかしまもかなりの部分の操作系をエヴァを参考にしているらしい。基本は同じ人型兵器だ。

 まだ初号機F型は未完成だから、その戦自謹製のシミュレーションシステムで、アイも訓練をするしかない。

 

「なるほど、戦自様さまって訳ね」

「それにネルフには、エヴァの現用機はないけど、あかしまは現用機なんだ。やっぱり実地の経験という点ではブランクの長い僕らより一日の長があると思う」

 

 シンジの説明には一々納得が行った。

 

「ま、それならかつての仇たる戦略自衛隊さまに、喜んで手伝って貰いましょうか」

 

 アタシは、多少の皮肉を込めて、出向者受入れを了承した。

 

 話の振り漏れで、人事異動にまつわる事務手続きを大至急で整えてもらう事になる庶務担当者には申し訳ないが、アタシが自腹でケーキでも差し入れて機嫌を直して貰うことにしよう。ちょっと早めのクリスマスケーキだ。

 しかし、多摩にも困ったものね。

 

「ただ、一点だけ確認しておきたいの」

「うん、何?」

「この子の事で、何か隠してることはないのよね、アンタ?」

「あ、あるわけないだろ……」

 

 そこで、なぜどもるのか。

 

 アタシは不信の目で、シンジの顔を眺めるが、シンジは弱々しくぎこちなく微笑むだけだ。

 

 まあ、何か隠してる場合は血の雨が降ることの覚悟ぐらいはいくらバカシンジでも出来てるだろうけどね。

 

 

 クリスマスまで数日を残す着任当日、司令部メンバーや幹部との顔合わせをかねて、スペースの広い指揮所に霧島マナが招かれる。指揮所のレイアウトや雰囲気は旧ネルフ本部のそれと瓜二つだ。

 

 霧島マナは少し赤みがかった茶に染めたショートカットが軽やかな、陽性の雰囲気の美人で、戦略自衛隊の女子用制服に身を包んで、背筋を伸ばしている。

 

 霧島は物珍しそうに周囲を見回し、それから高所の司令席に座るシンジに声をかけた。

 

「シンジ君、一年ぶりだね!元気してた?」

「……は?」

 

 アタシは、おもわず聞き返してしまった。

 シンジ君? 一年ぶり?

 

 アタシの思考が数瞬停止する。シンジのやつ、この女と知り合いだったのか?先日、隠し事はないと言っていたのに。顔をしかめ、物問いたげな視線をシンジに投げかけると、シンジは言い訳がましく説明するのだった。

 

「ほら……戦自さんとの毎年の対抗演習で顔を会わせるから……って、アスカだって霧島さんとは何回も挨拶とかしてる筈だろ?」

 

 してないし、知らないわよ、こんな女……

 

「初めまして、惣流三佐、戦略自衛隊から出向して参りました、霧島マナ三等陸佐です。宜しくお願いしますね!」

 

 それから、アタシの耳元で声を低め二人だけに聞こえる小さな声で言った。

 

「うん。シンジ君はああ言ってるけど、初めまして、でいいんですよ。だってあたしシンジ君に興味があって対抗演習最初の年に色々調べたんです。その時、惣流さんとの関係も知って。これはあなたにマークされない方がいいかな、って。だから挨拶はわざとしないように毎年逃げてたんです」

「……あっそ」

 

 表向きそっけなく応答しておいて、アタシの腸は煮えくりかえっていた。

 

(この(アマ)ァ……)

 

 台風の名前を持つ人型兵器に乗って、アタシの仕切るべき静謐な環境をかき乱しに来た女。それがこの霧島マナという女の正体なのか。

 

 だから、アタシは霧島を後目に、つかつかとシンジに近づいて、言った。

 

「碇司令、少々、意見具申が……」

「え?何?」

 

 顔を寄せてきたシンジの耳元で、身を屈めたアタシは地獄からの呪詛のような低い声で、素直な気持ちを投げかけた。

 

「うそつき。浮気者……死んでしまえ!」

「う、いきなり何だよ……」

 

 アタシはそのまま姿勢を元に戻し、シンジにだけ聞こえる声の大きさで呟いた。

 

「後でキッチリ釈明してもらう。覚悟しておきなさい」

「う、うん……」

 

 シンジは怪訝な顔で、曖昧に頷いた。

 

「霧島さん」

 

 今度はアタシは一歩前に踏み出し、ハッキリ宣言する。

 

「指揮命令系統の問題だから最初にハッキリさせておく。同じ三佐でも、アタシが先任。さらには部長で、プロパー。だからアタシの命令には従って貰う」

「あたしはアイちゃんの教官役って聞いてきたよ。戦闘行為に参加するのは考えにくいから、惣流三佐の言うような状況、あり得ないんじゃない?」

「そうだとしても、よ」

 

 それから先ほどの耳打ちをやり返すように、霧島に近づき、その耳元で囁く。

 

「それと、シンジに近寄ったら只じゃおかない。アタシはシンジの女としても先任だ。そしてシンジの女は未来永劫に一人だけだから」

 

 霧島は呆れたような顔をして肩を竦める。小声でさも残念そうに言う。

 

「もっと惣流さんとは仲良くできるかと思ったのに」

「シンジが間にいる限り、それはない」

「じゃあ、シンジ君じゃなくて、あの子は取っちゃおうかな?」

「え?」

 

 マナが視線を向けた先には、アイが立っていた。綾波レイが着ていたのと同じ白いデザインのプラグスーツを着て。

 

「……アイ」

「……どうかな、プラグスーツ」

 

 アタシに聞いているのか分からなかったが、そうだと仮定して、アイの全身を眺め回した。

 

 これまでの基礎的な訓練や検査をアイはようやく卒業したのだ。そして、初めてプラグスーツを身に付けた姿をアタシは見た。

 

「か、可愛いんじゃない……?」

 

 女の子になったシンジが、女子用のプラグスーツを着けているのと同じ光景だった。

 アタシはその時、初めて女の心の奥底が揺さぶられるのを感じた。なぜか抱きしめてやろうとでもするように両手を無意識で前に伸ばそうとしていた。しかし、霧島マナがそれに先んじて、アイに駆け寄り、彼女を抱きしめる。

 

「キャー、可愛い可愛い可愛い!!まるでシンジ君みたい!あたしシンジ君に女の子の格好させて抱きしめてみたかったの!夢がかなった!」

「あ、あの……」

 

 息苦しそうに声を上げるアイを見て、アタシはハッとなった。

 

「ちょ、ちょっと、三佐!アイが苦しがってるから!離しなさいよっ」

 

 すると、アイが何故かアタシを睨みつけてきた。

 

「別に離さなくていいです。……あれもこれも、と浅ましく欲張らないでよ、アスカ……さん。誰を選ぶかを一度決めたら、ぶれないで。選ばなかったものには関わらないで!」

 

 ずっとアタシを慕ってきた筈のアイなのに、その声は驚くほど醒めていて冷たくて。

 

「アイ……」

 

 アタシは拒絶されて初めて、アイに対して持っていた拘りに気付いた。アイの事などどうでもいい、というのは自分についてきた嘘だった。どうでもいいなら、性別の問題や友達や防寒など、始めから気にしなかった。ただ、シンジへの気持ちとはアイへのそれは質量ともに遥かに隔たりがあるというだけの事だった。その気持ちの差は、残念ながらこうした状況に至っても、変わらない。アイへの想いがシンジへのそれを上回ることは決してない。

 

「霧島三佐、ですよね。初めまして、六分儀アイです。あの……お会いできてとても嬉しいです。これからご指導、よろしくお願いします」

 

 すぐにアタシなど眼中にないように、アイは熱意の籠もった声色で、霧島三佐に話し始める。霧島マナもそんなアイに対してとりわけ優しい。

 

「素敵!想像してたより、ずっと可愛くて、凛々しい。大丈夫、あたしがあなたに戦士の技量を全て教え込んであげる。あなたを立派な、鋼鉄の少女戦士(ガールフレンド)にしてあげる。あなたはもう誰も恐れる必要はない。孤独に怯えなくていい。これからはあたしが師匠としてずっと一緒だよ」

「……はい、ありがとうございます、師匠!」

 

 アタシは独りだけ取り残されたような心持ちで、アイに向かって差し伸べようとしていた手をそっと引っ込めた。

 

 アタシはもう惨めに捨てられた姿をアイに見られるのが嫌で、後ろ向きに一歩、二歩、下がってからきびすを返した。

 

「アスカっ」

 

 後ろから背中に向かって掛けられるシンジの声を聞いたが、アタシはもう指揮所を飛び出していた。

 

 

 アタシは、アイに拒絶されて、ようやく、アタシに拒絶され続けたアイの気持ちの一端を知った。その苦しさと哀しみを知った。

 

 でも、廊下を走りながら、この問題には結局解決策が無いことにも気付いた。確かに拒絶されることは切なくてつらい。あたしはこんな拒絶のされ方をしたことはシンジにさえ無かった。なぜなら、シンジとは最悪の状況でさえ、身体で繋がれていたから。身体の繋がりが、アタシとシンジの関係を特別なものにしていた。別れても、愛人だった。愛が無くなっても、シンジとアタシは世界で唯一無二のトクベツだった。だって、他の相手とは絶対にこんな事をしないから。夫婦になれなくても、互いの寝室に他人を近付けない事はアタシたちの暗黙の、しかし、神聖な誓いのようなものだった。

 

 だから、心の深いところでは霧島との事なんてきっと疑ってはいない、ただ気持ちの浅い所が不安にざわめくだけだ。だったら、ちょっとしたスパイスとして霧島と恋の鞘当てを演じて、シンジを難詰する事でアタシの愛と独占欲をシンジに証し、お互いの恋心を高めれば、この話は終わる。本当は不安なんて無いんだから、それで終わらなくちゃおかしい……

 

 そしてやっぱり、アタシはアイに拒絶されて哀しくても、アイを拒絶し続けなければならない。アイに冷淡でなければならない。自分が拒絶されたからってブレてはいけない。中途半端な同情や希望は許されない。アタシはアイとの仲を何も進めないし、アイにはアタシを諦めてもらわなくてはいけないのだ。

 

 やがてシンジが廊下を走ってアタシに追いついてきた。

 

「勤務中でしょ? アタシは、トイレに行くのよ」

「もう十二時だよ。アスカは本当にトイレ?」

 

 シンジは腕時計の時間を見せた。

 

「ちがうけど……」

「なら、少しだけ話を聞いて」

 

 どうやらシンジはアタシが逃げ出した理由をアイではなく、シンジが原因だと錯覚していた。荒く背中で息をするシンジにアタシは向き直る。

 

「あの……その……霧島さんのこと、誤解だから」

「……『僕は何もしてない、だって僕からはちゃんと女を抱けないから』……よね?」

「へ……、うん、それはそう……なんだけど……」

 

 先回りしてシンジの言い訳を横取りしてやると、シンジは傷ついた顔をして、黙ってしまう。

 

「それならもう、アンタから女を抱けるようにって、二人で頑張ってきたリハビリ、やめようか。ずっとアタシがシンジを抱いてやればいいだけなんだから。シンジはもう浮気できないぐらい、男として半端なままでいようよ。女の子みたいにいつもアタシが抱いてやれば支障はない。他の女がドン引きするぐらい、情けないままのシンジで居てよ、そしたらアタシだけが可愛がってやれる」

 

 シンジが俯いている。アイのように受け身の身体の牢獄にアタシのシンジを閉じ込めてしまえばいいのだ。塔の上に捕らわれのお姫様のように、女に抱かれるしか能のないシンジが、男のプライドからアタシ以外の女には決して身体を開けないようにしてやればいい。シンジを信用してない訳じゃないけど、騒動ばかり起きて、いつも胸が苦しくなるのなら、いっそそれでいいじゃないか……

 

「僕、そんなのイヤだ……」

「でも現状がそうなんだから。現状維持と同じだよ。シンジが情けない自分に納得して、諦めればいいだけだよ、そしたらアタシがもっと優しくしてあげるから……」

「いやだ。僕はイヤだ……色んなこと、諦めたくない。僕は男なんだ」

 

 シンジはいつになく、ギラギラとした目をしていた。

 

「使徒とのこと、人類補完計画のこと、諦めたくない。ゼーレを欺瞞し続けて、必ず出し抜いてやりたい。アスカを傷付ける奴らを僕は許さない。アスカの言うように南の島になんておめおめと逃げ出せない。いつか、アスカをちゃんと抱けるようになりたい、ほかの女を抱くためじゃないよ。いくら今の僕が情けなくても、いつかはちゃんとしたい。何より、アイに恥ずかしい姿は見せられない。だって僕は父親なんだから、男なんだから!」

 

「シンジ……」

 

「確かに僕は情けないよ。たぶんこんな偉そうな事を言っていても、またつらいことが起こったら、ダメな僕に巻き戻る。シーシュポスの岩と同じだ。でも、シーシュポスは神様にちゃんと刃向かったよ。ゼーレの人たちとは違った意味で、やっぱり人類は生存を賭けて、神の意志と御使い(使徒)には抗わなくちゃいけない。だから僕はシーシュポスでありたいんだ」

 

 アタシはそれが、まさしく永遠の徒労に終わるのだろうと予期している、シンジはきっとまたダメになる。高邁な決意はいつも無意味になる。でも、アタシは、高校の時に皆に向かって心を開こうと「無意味な努力」をしたシンジを覚えている。あれも結果的には無駄だった。でも、アタシはあの時のシンジの顔を覚えている。殴ってでもアタシを侮辱した相手に謝罪させると言い切ったシンジを。そして、それで、また少しシンジのことを好きになった事を。

 

 アタシはシンジを褒めてやろうと背伸びをして頭を撫でようとした。しかし思い直して、拳を握り込み、シンジの胸にどすんとぶつけた。

 

「ダメもとでさ、アンタが気の済むまでやってみたら」

「うん」

 

 そう照れくさそうに微笑むシンジが、アタシはやっぱりこの世で一番好きなのだ。

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