大人のエヴァンゲリオン   作:しゅとるむ

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五話 身を寄せ合う寝台の幅

墓地からの帰り道、車を走らせながら、アスカは、制服姿の高校生の男女カップルを道端で見かける。

 

(今日は半ドンだったのかしら?それともサボリかな)

 

そういえば、自分とシンジもほとんど高校には行かなかったのだった。一応、高校生にはなれたのだけれど。

 

 

サードインパクト後の一年間、中学三年生に当たる時期は学校に通わなかった。

教育施設や交通機関含めたインフラの破壊、エヴァパイロット追跡隊からの逃走、缶詰や残飯を漁って街の陰に潜むも、遂には捕縛され、二人は隔離された。

抹殺や処刑も覚悟したが、手中に収めたパイロットに新たな価値を見出したのだろう。日本政府は表向き人道的だった。

そして、一年後アスカとシンジは政府の新設した高校に通うことになる。

 

(要するに監視のための筐ね)

 

だからなのかアスカとシンジは再び同じクラスになった。今や政府や国連の監視対象たるネルフ関係者の子弟だけでなく、第三新東京市近辺の戦災孤児なども纏めて収容された高校の雰囲気は雑多で、アスカとシンジの正体もすぐに好奇と敵意や反感の入り混じった噂として知れ渡っていった。

 

シンジは教室でも誰とも口を聞かず、いつも面を伏せて、他人との間に露骨に壁を作っていた。一方で、アスカはその才色兼備ぶりで、すぐに注目の的となった。

 

やがて中学時代のように、男子からのラブレターや告白が集まるようになっていた。

 

別にアスカには嬉しいことでも何でもない。

 

特に、アスカとシンジの関係を何となく察している筈の連中が、それでも運試し、度胸試しとばかりに告白に挑んでくるのが不愉快だ。

 

ちょっとでも、容姿や勉強やスポーツに自信がある男子なら、シンジになど勝てて当然と勘違いするものらしい。

 

その優越感に満ちた態度がアスカにはたまらなく不快だった。放課後の校舎裏に呼び出してきた、その時の男子も、シンジより背の高いスポーツマンタイプで、アスカが今つき合ってるのがシンジなら、別れて自分と付き合うのが自然だと思っているようだった。

 

そして、もっぱら自らの容姿や、能力を頼みにする男が、アスカの何を見ているのかも明らかだった。

 

(うちの唐変木のシンジなんて、どうせアタシが美人かどうかもろくに分かってやしないのに)

 

アスカとシンジはどうやらお互いにあまり面食いではないらしい。

 

アスカはシンジの顔の造作がどうであろうとさほど興味がないし(男の癖して可愛い顔だとは多少思っているのだが)、シンジもアスカの顔立ちの美しさがあまり理解できていなかった。こういう場面で、男から自分の顔ばかりまじまじと見つめられると、あのシンジの欲望に欠けた鈍感さが不思議と愛おしくなる。

 

その男子がアスカに向かって物怖じもせずに言った。

「だからさ、あの、碇君だっけ? 彼、なんか根暗クンだろ。俺と付き合えばもっと楽しいって」

「フーン、付き合うって一体アンタと何をするのかしら?」

「いや、そりゃ二人で色んな所に遊びに行ったりさ……」

「あら、単にアタシとヤりたいだけかと思ってたけど、それ以下だったのね。お生憎様、碇シンジ君とはもっと大人のお付き合いをしてるわよ。セックスとか、セックスとか、セックスとかね!だからガキンチョのアンタに出番は一生ないわよ。バイバイ」

 

そう言って、背を向けてその場を立ち去る。置いてけぼりになった少年は少女の発したどぎついセリフと清楚な白い顔とのギャップに目を白黒させていたが、アスカに徹底的に拒絶されたことと、とことん馬鹿にされたことだけは数瞬の後、ようやく理解した。

 

 

翌朝、アスカとシンジがいつものように一緒に登校すると、席の周囲が騒がしい。

 

近づいたアスカは、自分の机の上に、「淫乱、ヤリマン、売女」「人殺しの愛人」あるいはもっと酷い誹謗がマジックで大書きされているのに気付いた。

 

 そして、シンジの机の上にも。

 

「人殺し、化け物、出ていけ」「金髪ヤリマンの…」その後に続くのは性具の呼称で、要するにシンジの事をアスカの生ける性具、慰み者だと言いたいのだろう。

 

サードインパクト収束後、赤いLCLの海から殆どの人間は帰還した。それほど自他との境界、自我は強く、補完計画の完遂は実のところ、容易ではないものだった。だが、それでも他人との関係に悩み、傷付いてきた少なからぬ人間が、苦しみからの逃避とばかり、他者と溶け合う事を選んだのも事実だ。そういう戻って来なかった人たちの「遺族」に取ってみれば、シンジも人殺しという扱いになるのかも知れなかった。

 

シンジは青い顔をして席を離れた。そして、そのままドアを開けて教室を出て行った。

 

アスカはそれを横目で見ながら、まだ教師が来る前の教壇に上がった。

最前列の席で、ニヤニヤと笑いながらアスカの反応を窺っているのは、昨日振った男子だ。分かりやすい犯行の自白であると言える。

 

「どうやら、昨日アタシにこっぴどく振られた男が、ゲスな事をやってくれたみたいね」

 

アスカは口角を吊り上げ、冷たい微笑を纏わせる。

 

「今後もこういうふざけた事をやられると鬱陶しいだけだから、あらかじめ宣言しておくわよ」

 

アスカは腕を前に組んでクラス全員を睥睨する。

 

「アタシはさっき出て行った碇シンジと毎晩のように寝てるの。とっくにアイツに売約済みよ。だから他の男どもはアタシに金輪際、近付かないで」

 

その言葉に前の席の方に座っていた女子の何人かが共感を示して頷こうとした。男子のアスカへのアプローチに不快感や目に余るものを感じていたのだろう。そこに男子の視線を集めるアスカへの嫉妬がないとは言えないが、基本的には女子に身勝手に懸想し、誹謗する男子を非難する視線のようだった。しかし、アスカは返す刀で、それも即座に拒絶した。

 

「女子も一緒よ。アタシとシンジの間に同情も応援も要らない。アタシとシンジはこれまでも、これからも、二人だけで生きていく。他人は関わらないで放っておいて」

 

その言葉は同情に傾いていた女子たちを一気に鼻白ませるものだった。拒絶された同情が一気に反感に変わって、アスカを睨みつける。

 

だが、アスカはどこ吹く風だ。

 

鈍感にも未だにやけたままの件の少年の机ににじり寄り、やにわに右足を机の上に高く上げて天板を踏みつけ、ふんっと鼻で笑ってやった。

 

「あんたなんか、このアタシが相手にするわけないじゃない。身の程を弁えなさいよ」

 

(アタシを奪っていいのは、あのバカだけだ)

 

そう思うと、凛乎とした気持ちが、身の内側に立ち上ってくるのを感じた。それが今のアスカの誇りであり勇気だった。シンジのことだけを考えるとき、アスカは強くなれる。

 

 

アスカはその後、取るものも取りあえず、シンジを追った。すぐ近くの屋内水飲み場にシンジは居た。うずくまって、嗚咽し、えずいていた。

 

「大丈夫?気分が悪いなら、一度吐いた方が楽になるわよ」

 

アスカは近寄って、シンジの背中にそっと手を当てる。シンジが流しに少し戻したので、後始末を手伝ってやった。

 

「こんな学校に居ても、しょうがない。とっとと帰るわよ」

 

シンジの具合が落ち着くと、教室から持ってきていた二人分の鞄のうち、一つを彼に渡す。

 

「……あり……がとう」

「どういたしまして。ほら、さっさと帰るわよ」

「うん」

「体調悪いんだから、ほら、手繋いで」

「い、いいよ、そんなの」

「いいから。それから、……明日からこんな学校、来なくていいわ」

 

と重大な事をアスカはさも保護者のようにシンジに告げた。

 

 

「しかしまあ、くだらない連中だったわね」

 

アスカは終始、呆れ顔だ。

 

「ふん、なにが売女でヤリマンよ。アタシはシンジしか男を知らないっての。ねえ、シンジ?」

 

アスカとシンジの新しい部屋は当局にとっては監視の都合でもあるのか、マンションの隣同士が用意されており、それを良いことにアスカはシンジの部屋に入り浸っていた。その夜、テーブルで夜食代わりに煎餅をパクつきながら、憤懣やる方ないと言った表情だ。

 

しかし、シンジはアスカの話をまともに聞く余裕もなく、

 

「でも……僕のは悪口じゃなく、本当で……」

 

青白い顔をして、家に帰ってからも、寝室の隅でうずくまっていたシンジだが、アスカは居間から、その間のドアを開け放たせ、何度も様子を窺っている。

 

「あら……悪口じゃなくて本当ってアンタは『金髪ヤリマンの云々』クンだったの?」

「はは……そっち……じゃないよ……」

 

すこしだけ、薄く笑う様子に、多少の元気の回復を見て、アスカは安堵し、

 

「ふん、分かってるわよ」

 

と、鼻を鳴らす。

 

「アンタみたいな他人恐怖症の人間でさえ、LCLに溶け込まなかったのに、戻ってこれなかった連中なんて、よっぽどじゃないの。どうせ元々、明日にでも自殺しようと思ってた連中よ。そんなに気に病むことはないわ」

「じゃあ、アスカはLCLに僕が消えても、そういう事態を起こした相手に怒ってくれないの」

「……そ、それは」

 

とアスカはシンジの理詰めの反駁にややたじろぐ。シンジは顔を上げてアスカを見やった。そして軽く頭を下げる。

 

「色々僕の気持ちを軽くするように優しく言ってくれて、ありがとう、アスカ」

「別に……そんなんじゃ……ないけど……」

「でも、僕にそんな資格ないんだ。人殺しって呼ばれて当然なんだ。アスカを巻き込んでゴメン。明日から別々に登校すれば、アスカもきっとみんなと仲良くなれるよ」

 

本当はアスカがシンジを巻き込んだのだが、シンジは勘違いしていた。

 

「で、にやけ面のあのゲス野郎とねんごろになれっての?ふざけるんじゃないわよ」

「……」

「アイツらに仲良くする価値なんて欠片もない。アタシが仲良くしたいのはアンタだけよ」

 

再び、アスカの中に鈍い怒りが湧き上がってきた。

 

「だからアタシはもうあの学校に行かない。アンタももう行くの止めなさい。勉強はアタシが教えてあげる。アタシがいつでも、話相手でもセックスの相手でも勤めてあげる。アンタがこれ以上傷付いたり、寂しくなる必要はない」

「……ははっ、アスカは酷いな」

「は?」

 

シンジのリアクションの意味が、アスカにはすぐには理解できないでいる。

 

「僕は自分を皆に罰して欲しいんだ。そうでないと心が落ち着かない。アスカにあんな事をした僕を許さないでよ。優しくしないでよ」

「いやよ」

 

間髪入れず、アスカは峻拒した。

 

「アタシはアンタを許す。抱かせてやったのはそういう事よ。アンタが許される事で苦しむのなら、その気持ちを、キチンと背負いなさい」

 

シンジは俯いて、涙をこらえているようだった。

 

「アスカは本当に厳しいな。優しくて、しんどいよ」

「他人はアンタを罰するための道具じゃないのよ。アンタに優しくしたい人もいるの。その気持ちを勝手に踏みにじるのは傲慢よ。分かる?」

「……少し」

「手狭だけど、そこのベッドはね、なんとか二人でも寝れるってもう知ってるでしょう?」

 

政府が用意したこの部屋にあらかじめ備え付けの寝台だ。

 

「うん……」

「そのなんとか二人でも寝れるってのは、好い塩梅だと思わない? 何にもしなくても二人で寝れる訳ではないの。二人が身を寄せ合って、お互いを抱きしめていれば、落ちずに寝れるのよ。そういう場所が、努力が、アンタにもアタシにも必要なの」

 

そして、寝室に入ると、うずくまっていたシンジを手を差し伸べて、引っ張り上げる。

 

「んで、今日もアンタとアタシは、一緒に寝るんだから、とっととシャワーを浴びて、ちゃんと身体の隅々まで綺麗にしてくること。いいわね!」

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