大人のエヴァンゲリオン   作:しゅとるむ

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五十一話 シンジスト

「あ、マリだわ」

 

 シンジが再びネルフに車を回すと、職員用駐車場に入るところで、助手席のアスカがピンクの派手なオープンカーを指差した。ちょうどその車も駐車場に入り、眼鏡をかけた女性ドライバーが颯爽と下りてくる所だった。

 

「本当だ。なんかすごい車だね」

「色がねえ。なんでピンクなんだろ。アイツ案外少女趣味なのかしらね。普段の常識的な車とは違うから、休日出勤モードなのかな」

 

 シンジたちも車を止め、二人が下りると、マリが近づいてきて、真っ赤なメガネのフレームをくいっと上げた。

 

「姫ぇ、会いたかったよぉ!」

「遊びに行くとかならともかく、土日にまで仕事で会いたくないけどね」

 

 アスカがすげなく言って、飛びついてきたマリの抱擁をそっけなくかわすと、マリは苦笑しながら、姿勢を立て直した。

 

「……司令と一緒に来たんだ?」

「たまたま朝会ったから、食事に行っていただけよ。司令は足がなかったし」

 

 余計なことをマリに言うんじゃないわよ、と無言の視線でシンジを制して、アスカは説明を省いた。

 

「ふぅーん、あ……!姫の首筋にキスマーク」

「え?」

 

 思わず、ありもしない内出血痕を隠そうと首筋に手をやって、すぐアスカはしまったという表情になる。

 

「んなことはしてないわよっ!」

「ふふふん。私に隠し事は出来ないよん」

「だから何もしてないッ!」

 

 してもいないことで疑われるなら、本当にしておけば良かったわよ、とアスカはつい悔しく思ってしまう。

 

「あの……マリさん、おはよう。ごめん、休日出勤させてしまって」

 

 女の子同士の会話に割り込むのも悪い気がして、タイミングを見計らっていたシンジが、ようやくマリに挨拶を果たすと、彼女は首を否定の意味で振った。

 

「いや、いいんだよ。ここからの成り行きは結構面白そうだし」

「でも……特に何も起こらずに、延々、時間を潰すみたいになるかも」

 

 使徒がネルフ本部に侵入したという報道が解禁となる十一時には世間のニュースは「使徒再来寇」で持ちきりとなるだろう。だがその時、人々の不安や恐怖に対してネルフが何をしてあげられるのか。

 

 広報用のステートメントはむろん用意してある。シンジはその時点では、対使徒戦の対応策は万全と、虚勢でも胸を張るしかない。やることはやってきた。準備に遺漏はない。だが、必勝を期して戦に臨んでも勝てるとは限らないのが、軍人という仕事の性質だ。まあ、どんな仕事でも同じ事ではあるのだが。

 

 一方、技術畑の真希波マリは、シンジと対照的にリラックスした雰囲気を見せている。

 

「あ、じゃあ待機中、みんなで麻雀でもやろうか。前に徹夜で部長戦やったわよね、姫」

 

 作戦部長のアスカ、技術部長のマリ、総務部長の松風ネネ、財務部長の伊藤ナディアの女部長四人で、予算編成期の深夜の待機時間に麻雀をやった時の話をマリはしている。ちなみにナディアの圧倒的な一人勝ちだった。彼女は異様な博才と幸運の持ち主らしい。

 

「あの点棒の動きで、各部の予算が増減するスリルがたまらなかったニャー。しかも脱衣付きという!」

「う、嘘よ……嘘だからね、シンジ!」

 

 仕事に対しては堅物で、性に関しては保守的な生真面目シンジだから、予算と脱衣を賭けた麻雀など、認められる筈がない。アスカが慌てて、マリの法螺に抗弁すると、シンジはニコニコしながら訊ねてきた。

 

「嘘ってどっちが? アスカ」

「どっちもに決まってるでしょっ、バカシンジ!」

 

 必死の形相で打ち消すアスカと、そのアスカの狼狽が引き金になってか堪えきれずに爆笑し始めたマリの表情を交互に見比べてようやくシンジは笑いの中から、辛辣さを取り除いた。

 

「しょうがないなもう、マリさんは……。あと、待機中でも勤務時間中の麻雀はダメだよ、アスカも」

「分かってるわよ………」

 

 アスカはむしろそのシンジのお小言にほっとして安堵の溜め息をついた。誤解が解けて許してもらえたらしい、と。それから、マリを咎めるように言った。

 

「あのね、マリ。あたしたち、遊びに来てるんじゃないのよ。これまでのある意味では安逸な役人生活はもう終わる。あたしたちは役人の前に軍人で、これからは使徒との戦争が始まるんだから。それはきっと今度こそ、The war to end war……戦争を終わらせるための戦争になる。夜明け前は一番暗いのだから、あたしたちはその暗さをくぐり抜けて行かなくちゃならない」

 

 マリはそのアスカの真剣さに、肩をすくめる。

 

「姫の真面目さは分かるし、それが姫の良いところだけど、肩の力はもう少し抜いた方が良いと思うよ」

 

 そして、明るい声ながらもマリはシニカルに続けるのだ。

 

「戦争を終わらせるための戦争……そう呼ばれた第一次世界大戦はそれまでの戦争の中で一番被害をもたらした戦争になった。そしてそんなにも大きな被害をもたらしたのに、戦争はその後も全く終わらなかった。私たち軍人が食いっぱぐれることは無いよ。人間の本能は闘争だ。それは哀しい事だけどね」

 

 マリの言葉にアスカは首を振った。

 

「人間相手の戦いはもう懲り懲り。二度とごめんだわ。またそういう事になりそうなその時にはすっぱり軍人を辞める」

 

 アスカの脳裏にあるのは、あの本部決戦の時の記憶だろう。平素あまり意識しないし、正当な戦闘行為だから正直言って特に罪悪感を感じたこともないが、シンジとは違い、アスカは戦自の人間を複数殺めている事にはなる。そして、アスカが自身当惑するのは、それを淡々と割り切れる自分には十二分に軍人としての適性があるという点なのだ。当時、アスカはたったの十四歳だったというのに。

 

 いつまで経っても将官という大層な肩書きに居心地の悪さを感じ続けている心優しい情人とアスカの違いがそこにあるのだ。だから、アスカはそういう状況になったら軍人を辞めようと決意している。人の命についてビジネスとして割り切れる自分の姿をシンジには見せたくないからだ。

 

(シンジはサードインパクトで沢山の人間を殺したと世間から責められているが、するべき事をせずに状況に流されていただけで、自分から能動的に人を殺めた事は一度もない。だけど、あたしはそうじゃない。あたしが戦った戦自隊員もきっと誰かの息子で、父親だった筈だ。あたしはそれを哀しく想うけど、でもそこまでで、結局それだけのことだ。単に感傷的な想いを抱くだけ……。だったら、あたしが世界の命の重荷を背負わされるシンジの代わりになってあげられれば良かったのに……)

 

 赤い海の浜辺で結ばれて以来、アスカはシンジの重荷を肩代わりしてやりたい気持ちでいつもいるが、それは叶わない。シンジの落とし前は彼自身が付けるしかない──世界のありようはアスカにそう冷酷に告げているようだった。

 

「……そりゃそうと、姫。なんか疲れてる感じだね。顔色良くないよ。ご飯とかちゃんと食べれてる?」

 

 マリがそっとアスカに近寄り、耳元で囁く。

 

「うーん、さっきは洋食が脂っこい気がしてあまり食べれなかった。和食に変えてもらった」

「ふーん、わんこ君の食べかけのとかとでもチェンジしたのかニャ?」

「それはまあ……今さら……アイツは昔馴染みで家族みたいなものだし」

 

 アスカが不承不承それを肯定すると、マリはにっこりと笑った。

 

「仲が良くて結構だね。昨日の別世界情報の件で、姫が落ち込んでないか心配だった、あたしも責任を感じてしまうし」

「……なんであんたが責任を感じるのよ?」

「それは何というか、説明しかねる、こっちの事情なんだけど……」

 

 要領を得ない受け答えに、アスカが首を捻ってると、マリは小声で言った。

 

「それより、ちょっとあたしの部屋に寄ってくれないかな、姫。渡したいものがあるんだよ」

 

 アスカとしては申し出を無碍にする事も出来ず、本部棟に入って暫くしてからシンジとは別れる。

 

「じゃあね、シンジ。また後で」

「うん、また後で。マリさんも後ほど色々よろしく」

「りょ、だよ。碇司令」

 

 了解をりょと大胆に略して、マリも頷いた。

 

 足を二人で技術部長室に向けて歩き出すと、マリは言った。

 

「食べ物の好みが変わるというのは、やっぱりアレを連想しちゃうじゃない?」

「は? アレを連想って何を」

「うーん、なんと言って良いのかな」

 

 技術部長室に辿り着くまで、のらりくらりと話をはぐらかしておいて、部屋に入ると、アスカの整頓された部屋とは対照的に、大量の書籍と怪しげな発明品や薬品で埋もれた部屋の中をマリは泳ぐように掻き分けながら、何かを探し始める。程なくして、マリは声を上げた。

 

「ああ、あったあった。姫、これあげるから。ちゃんと調べなよ」

 

 ひょいと放り投げられた細長い箱をアスカが片手でキャッチする。

 

 箱の説明を読み上げるまでもなく、細長い棒状の内容物を示した写真に、アスカは声を上げた。

 

「これ、妊娠検査キット……」

「そうだよ、食べ物の好みが変わって、体調も悪いならその可能性、あるでしょ?」

「バカバカしい!……あたしたちはちゃんと避妊はして……」

 

 思わず、シンジとの秘め事を暴露してしまい、アスカはすぐに赤面して口をつぐむが、マリはちっちっと指を左右に動かす。

 

「姫とわんこ司令、どうせ避妊の方法はオーソドックスにコンドームなんでしょ? ……コンドームの避妊失敗率は3%から14%と言われてるんだよ」

「た、高い……嘘でしょう? そんなに?」

「コンドームが破けたり、外に精液が付着したりとか色々あるからね」

「べ、別に妊娠なんかしてないわよ! 単に昨日の一件で、寝付けなかっただけなんだ……」

 

 アスカはそう言って、マリに箱を突き返そうとする。しかし、マリは首を横に振った。

 

「今回は違うなら、別に無理に使わなくてもいいけどさ。いつかはそれが必要になる時が来るかも知れない。だからそれは姫が取っておきなよ……そういう事をしているんだから、それは大人としてちゃんと備えておくべき事なんだ」

 

 マリがまるで母親みたいに言ったから、アスカは突き返そうとする手を引っ込めた。

 

「あたし、母親にはなれないよ」

 

 力なく、アスカはか細い声を出した。それが母親になる自信がないという意味なのか、シンジとはけっきょく結ばれ得ない運命故に、母親にはなれそうもないという諦観なのか、おそらくはアスカ自身にも不分明だったろう。しかし、アスカはその箱をもう返そうとはしなかった。

 

 かつてエヴァに乗り込んでいた頃、アスカは生理の重さに苦しみ、メンタル面で問題を抱えていたこともあって、子供など要らないのになぜ女だけがこんな風に苦しまなくてはいけないのかと苛立った事もあった。今は流石にそんな風には思わない。だけど、シンジとの未来が迷子になって、その先が行き止まりならば、子供がうっかり出来たとしても、独りで育てるなどという気持ちはとても持てない事だろう。

 

 

 報道解禁日時(エンバーゴ)明けを前に、大会議室に新生ネルフ幹部の面々が集まり始めた。部長クラスのみならず、霧島マナや北上ミドリ、鈴原サクラの姿も見える。何の用があるのか多摩ヒデキも顔を出していた。この再建されたネルフという組織では、女性の主要メンバーの存在感が男性を圧しているためか、男は多少肩身が狭いらしい。シンジは唯一の部長級男性幹部である剣崎キョウヤ保安諜報部長を隣に座らせ、さらに陪席の多摩を後ろの席から呼び寄せて、何やら話し込んでいる。

 

 アスカはそこからは大分離れた位置、技術部長のマリの隣に座った。シンジとの愛人関係が公然の秘密になっているから、なおのこと、公の場ではシンジとだらしなく馴れ合うような姿は見せられない。月面帰りのシンジを出迎え、抱擁してしまったのはあくまで感情が暴走してしまった例外で、いつもあんな事が許されるとはアスカは思っていない。もし二人がちゃんとした夫婦だったら、アスカはシンジの隣に平然と陣取れていた事だろう。そうだったなら、隣席を譲るつもりはない。しかし、アスカはシンジの妻ではなかった。

 

 さらに霧島マナがアスカの隣の席に座り、アスカは真希波マリと霧島マナの間に腰掛ける形になった。マナはアスカを見るなり気遣わしげに言った。

 

「おはようアスカ……なんか、あんまり顔色良くないね」

「……あんたまで同じ事言うのね」

「同じ事って、もしかして真希波さんと?」

 

 マナはアスカを挟んで、反対側に座る真希波マリと視線と笑顔を交わす。

 

「Hello、霧島っち♪」

「おはよう、真希波さん!」

 

 そして、挨拶を終えた真希波マリは、アスカの代わりにマナに受け答えをする。

 

「やっぱり顔色悪いよね、姫」

「うん、悪い」

「ほら姫。言ったとおりでしょ? みんな心配してるんだから」

「……ふたりの心配は有り難く受け取っておく。……ありがと」

 

 少し照れたように、アスカは頬を染めて俯いたので、マリとマナは顔を見合わせて、微笑んだ。そして目線だけ交わして、アスカの反応について、目と目、心と心で会話する。

 

((カッワイイー!!))

 

 やがて、理事長の子安と佐官級のほぼ全員が集まると、シンジは空咳をして、臨時の幹部会議の開催を宣言した。

 

 まずは前提となる情報の共有として、パイロット候補生である六分儀アイが渚カヲルと接触した事が告げられ、スクリーンにサードインパクト前の渚カヲルの記録映像が映し出されると、陪席の尉官を中心に静かなざわめきが広がった。彼らも年代的にはギリギリ使徒の実物映像をニュースなどで見たことのある世代だが、トップシークレットに該当する人型の使徒というのは初めてであるに違いなかった。

 

「あれが使徒なのか?」

「ヒトと同じじゃないか……」

 

 そんな若者たちの困惑した会話をすまし顔で聞いていた霧島マナが、はい、質問!と司令のシンジに向かって、元気よく声を上げた。

 

「渚カヲル、というと第十七使徒タブリスの事ですね、碇司令?」

「うん、霧島三佐の言うとおりだよ」

「すると、二十年近く前に亡くなったカヲル君──そう呼んじゃってもいいかな?十四歳の男の子なんだもんね?──が何故また復活してるんだろう?」

 

 マナの単純化した質問は、彼女の無邪気な好奇心を装いつつ、当惑する若者たちに向けて補助線を引いてやるような細やかな意図によるものだと、多くの出席者は気が付いた。

 

「スーパーコンピューター・マギセブンの推論によると、彼は平行世界の渚カヲルだと推測されている。この世界の渚カヲルは僕がエヴァンゲリオン初号機に乗って、間違いなく殺害した。だけど……世界には無数の《周回》が存在して、僕らの時間はループしていると考えられる……」

 

 シンジはカヲルを自分が殺害したのだと表向き平静に宣言する。それは人類のために必要な処置だったし、その事実から逃げる事を潔しとしないが故にあえて平然と、見方によっては露悪的な言い方をしているようにもアスカには思えた。

 

(可哀想なバカシンジ……好きだった友達なのに。いつだって運命はシンジに苛烈で残酷だ)

 

 新たに出現したカヲルは、平行世界の渚カヲルであるという結論、それは山岸博士らの力を借りて、シンジのかねて温めていた二つの仮説──上位世界によるシミュレーション仮説と、平行世界のループ仮説──を急遽マギに入力してもらって、そこから導かれた結論だった。

 

「つまりは、他の平行世界から渚カヲル君を借りてきたってこと?」

「借りてきたのか、出張なのか、出向なのかは分からないけど」

「あはっ、出向ならあたしと同じだ。ここ居心地がいいものね。カヲル君にもそうだったのかな?」

 

 戦略自衛隊の軍服を着て、戦自出向者である事が瞭然な霧島マナがそう言いながら、おどけて着席のまま敬礼してみせると、シンジの「渚カヲル殺害告白」と「使徒再来寇」に重苦しい雰囲気だった座がどっと明るく沸いた。外部からの出向者に居心地がいいと言われて不快になるプロパー(生え抜き)職員はいない。人情というのはそういう些細なものを積み上げて成り立っているものだ。そして、なんなら、渚カヲルによるネルフ本部侵入でさえも、ネルフの居心地の良さに惹かれてのもの……などと本気で連想すれば一笑に付されるだろうが、そういう一場の夢想が職員の緊張を解すのも事実だ。

 

(本当にこいつの人心収攬術はスゴいわね……また霧島ファンが増えるんじゃない?)

 

 アスカはそっとマナの様子を窺うと、マナは笑っている。

 

「えへへ。アスカがいるから、居心地いいのかな?」

「ばか」

 

(この人たらしで、女たらしめ……)

 

 アスカが軽く霧島マナを睨み付けると、マナに伝わったのか、マナは可愛く舌を出した。

 

 続いて、シンジから話が振られ、広報課を下に置く総務部長の松風ネネが立ち上がって、例の甘ったるい独特な口調でシンジに報告する。

 

「エンバーゴ明けから、広報課にメディアからの取材や一般市民からの問い合わせが殺到すると思いますけど、基本的には昨日、司令にご指示頂きました通り、使徒迎撃の備えは万全で、国民各位におかれましてはネルフに安んじてお任せ頂きたいと説明するつもりですの。そのための資料は……ありきたりの第3新東京市パワポで申し訳ありませんが、四種類ご用意させて頂きました」

 

 かつて旧世紀には霞ヶ関パワポと呼ばれたポンチ絵資料の現行の揶揄的呼び方をしながら、ネネは、次々に資料をスライドさせて画面に表示させていく。ありきたりとは中々どうして、明らかに謙遜であって、バリアフリーにも配慮した、それでいて目の疲れ難い色遣いから、配置された図形によって視線の誘導される方向まで綿密に計算された巧みなプレゼンテーション資料だった。

 

「これを一晩で。分かりやすくて素晴らしいよ、ネネさん」

「まあドラフトみたいなものの準備は当然かねてからありましたけど、それは全然つまらなかったので、この際、一度ぜんぶ棄てましたの。せっかくの司令御自らのご賞賛ですので、部長の私ではなく、パワポ名人の広報課員の安達さんと吉永くんを褒めてやってくださいね。私の凄い所は二人の才能を見抜いて広報課に引っ張った事だけですからぁ」

 

 そう言って、ネネは後ろの席に控える若手の男女に起立を促す。二人とも、松風流のPR術には慣れているのか物怖じせずに立ち上がり、微笑みながらシンジたちに軽く一礼をして、また静かに着席した。

 

 この褒め方と自己PRは上手いなあとシンジは感心する。押しが強いのに、他人を褒めさせる形を取るから、イヤミがない。個性的過ぎる性格だが、敵をギリギリ作らないように計算しているのだろう。

 

「あんたのことだから抜かりはないと思うけど、作戦に関わる機密については、センシティブな取り扱いを呉々もよろしく、ネネ」

 

 作戦部長の惣流・アスカ・ラングレー三佐がそう要請すると、松風ネネ総務部長は重々しくもにこやかに頷いた。

 

 例えば、人員や部隊の配置は勿論のこと、人事上の情報でさえも平時とは異なる慎重な取扱いがこれからは求められるようになってくる。人事異動情報などから部隊の配置転換などを推測することも可能になるからだ。もっともゼーレが露骨に敵に回るのなら、そのレベルの機密については、ネルフは丸裸だとも言える。

 

「ええ。軍事機密は厳守することがむしろ作戦の成功、皆さんの安全と安心に資する……だから、機微案件の個別具体の回答は差し控えたい、という柔らかなトーンで回答する方針ですの。そして、碇司令のステートメントも日本語と英語と仏語で、十一時丁度にネルフの公式サイトにアップロードされ、全世界に発信されます」

 

 続けて、松風はシンジによるステートメントの主旨を説明する。

 

「無用な心配をなさらず、普段通りの生活を維持継続していただくことが一般の皆さんにとっての使徒との戦いであること。そしてネルフがあくまでも皆さんの平穏と日常を守り続けること。新生ネルフからは人類補完計画に賛同する不穏分子は注意深く排除されており、人類の群体知的生物としての有り様を守るための国連憲章に基づく軍事組織であること。それらを再度ご説明いただいています。司令の真心は皆さんに伝わります。きっと安心してもらえますの~」

「ありがとう、松風さん。夕べは遅くまで色々やり取りさせてもらって済まなかったね、ご苦労様」

「いえいえ~」

 

 理事長の子安自身がゼーレのスパイなのだから、人類補完計画賛同者はネルフから完全排除されていない筈だが、シンジがあえてそう宣言するのは、建て前の強調以上の意味があるようにもアスカには思えた。

 

 ──それは、ゼーレの大義と目的への隠然たる宣戦布告。

 

 シンジは決して、人類補完計画を認めることはない。

 

 何故なら、そこには惣流・アスカ・ラングレーの未来も幸福もないのだから。単体生物へと人類が進化する事になった世界、そこにはかつて「アスカだったもの」、「人類だったもの」の残骸が残るだけなのだ。

 

「……じゃあ、次は惣流部長。現行の使徒の邀撃(ようげき)作戦案について説明をしてもらえるかな」

 

 シンジの進行に促されて、作戦部長のアスカが立ち上がって、使徒邀撃の作戦案を説明する。といっても渚カヲルを特定した作戦案ではなく、通常の巨大使徒邀撃作戦としてかねてより準備していたものの再説明だ。使徒は個体ごとの能力差異があまりに大きい生命体なので、実際に現れてみるまでのペーパープランはどうしても漠然としたものにならざるを得ない。

 

 芦ノ湖東岸沿いを北上する使徒の侵攻ルートを想定し、戦自や国連軍の通常兵器部隊により、縦深防御を目的とする遅滞戦闘で時間を稼いでもらいつつ、エヴァは屏風山から冠ヶ岳へと至る稜線上を機動的に使徒に追随するか、むしろ初めから一番の高所であり、第3新東京市の所在するカルデラ地帯全域を射撃範囲に収める駒ヶ岳射撃ポスト(かつての領域最高峰の神山は過去の戦闘で崩落していた)に盤踞して、いずれにしても位置エネルギーを利した高所を占めつつ対応する事になる。こうした、二つのプランを中心とした至って堅実な教科書的対応策を説明しながら、アスカは臍を噛む。

 

 せめて、初号機だけでなく、弐号機が追加で手元にあれば、そしてシンジとあたしがパイロットとしてそれに搭乗出来れば……一機を後方支援に回して、積極的かつ、より機動的な作戦も可能になるのにと、つい無い物ねだりをしてしまうのだ。もしエヴァ二機による機動防御戦が可能ならば、初めから縦深防御による一定の損耗を前提とした戦自や国連軍の犠牲もより少なくする事が出来るのに……

 

 だが実際には、現実にある武備を元手として戦うしかない作戦部長としてアスカは、ステージ2にアップデートされているとはいえ、エヴァ初号機F型一機と実戦経験の未だないアイを唯一のパイロットとして頼りにする他ない。

 

(ミサトのやつも、この戦力不足には最後まで悩まされ通しだったんだろうな……)

 

 同じ立場に身を置いてみて、ようやくアスカはミサトの背負っていた重荷の一端が見えてくる気がしていた。しかし、エヴァ一機という戦力状況は、ミサトの頃よりもなお分が悪い。

 

「惣流部長、説明をありがとう。分かりやすい説明だったよ」

 

 一通りの説明を終えて、アスカが着席すると、彼女の内心の苦衷を察したのか、シンジが気遣わしげに声をかけた。

 

「うん……どういたしまして」

 

 取りあえず、それだけ返事を返してアスカが肩の荷を下ろすと、そろそろ十一時に差し掛かる時間だったので、シンジは北上秘書課長に、テレビ映像の投影を依頼した。

 

 北上が音声指示ではなく、手元のリモコンで会議室のスクリーンにテレビ映像を映し出すと、報道解禁時間ピッタリに公営放送のアナウンサーが臨時ニュースを読み上げる場面が目に入った。同時に速報のテロップも映し出される。サブ画面に映した民放各局もスムーズに臨時のニュース番組に切り替わっていた。

 

 「使徒再来寇」、かねてより人類がこれあるを予期し、恐れていた事態がついにやってきたのだ。しかしスタジオの出演者の様子や、市中の声の取材から看て取れるのは、パニックよりも静寂かつ沈鬱とした空気だった。

 

 あたかもずっと前に不治の病に犯された老人を看取る親族のように、人類はもはや己の属する種の滅亡を覚悟して、静かに終わりの時を待っているかのようだった。やがて四、五十分も過ぎると、もはや新しい情報も明るい打開策もないことから、スタジオでも同じニュースを新しくテレビのスイッチを入れた人向けに繰り返すようになり、奇妙な停滞が生まれていた。ネルフのホームページで公開されている碇シンジによるステートメントに感銘を受け、勇気を与えられた人など、どこにもいないようだった。会議室の空気もテレビの中の空気が伝染したように重くなっていった。

 

 そうした時だった、やにわにマギがスクリーンのテレビ映像を切り替えて、ネルフ本部正門前の監視カメラ映像を映し出した。人間の指示に拠らないが、何か平常時と異なる状況を感知した時の人工知能としての正常動作だ。

 

 画面内では、いつの間にか集まっていた大勢の群衆が、プラカードや垂れ幕を持って、固く閉じられた門扉の前で何かを叫んでいる様子だ。

 

 アスカは恐らくは、使徒との平和共存を掲げて、ネルフ解体や人類の武装解除を叫ぶ左派団体か、その逆に使徒殲滅を呼号し、社会のあらゆるリソースの軍事投入と戦時体制実現を主張する右派団体かと思った。テレビニュースなどを見て駆けつけたのだろうか。もちろん、左右どちらであろうと、いずれの主張も極端過ぎて、合理的な選択肢として採用出来ないのは明らかだ。

 

「……この忙しい時に。左にしても右にしても、今は市民の皆さんの御意見を拝聴している暇は無いわよ。広報の御意見聴取窓口をご案内して、お引き取り願って」

 

 どちらかというと保安部や総務部の領分だと自覚しながらアスカが言うと、丁度その時、マギがスクリーンの映像を拡大し、群衆の掲げるプラカードや垂れ幕の文字が読み取れるようになった。

 

 そこには、「世界は再び神の審判を待つ」「碇シンジが世界を裁き、救済する」「碇シンジに頭を垂れ、己の罪科と行いを省みよ」等と書かれている。

 

 アスカはそれを見て当惑した。これは左でも右でもない。政治的、軍事的主張ですらなかった。

 

「……宗教団体なの?でもシンジって……」

 

 不吉な予感に、アスカが声に籠もる憂いを強くすると、マリが真剣な顔で言った。

 

「姫も名前ぐらいは聞いたことある筈だよ。彼らは……シンジストだ」

「!……彼らが……」

 

 巫山戯たネーミングの連中ではあるが、アスカももちろん聞いたことはあった。サードインパクトの寄り代となって世界を一度は破滅させ、そして再度再生させたシンジを救世主や神の如く崇める一派があるという話は。むろんシンジ本人の意志などは無視した、完全に一方的崇拝だ。あまりにも社会秩序への悪影響が強いため、報道規制で完全に排除されていてテレビなどでニュースになることさえない。だから、アスカも実物を見るのは初めてだった。

 

「碇司令がサードインパクトのトリガーとなり、司令と姫以外の全人類がLCLに溶け込んだ。その後、人類の殆どはLCLから再生して人の形を取り戻した。一部の未帰還者を除いて、ね」

 

 マリが再び口を開いた。そんな事はマリに言われなくても分かっている。この場にいる人間の誰もが承知している事だった。だが、マリの状況整理の説明はやはり必要なことだったのだろう。皆が、静かに耳を傾けている。しかしその後のマリの説明は多くの人間にとって初めて聞くものだった。

 

「だから、シンジストは碇司令が一度罪に汚れきった不浄な世界に終末の裁きを下し、その中から一部の害悪になる人間を除いて、善良なる人類だけを再生したと考える。そしてその選別の過程である『インパクト』は何回も何回も繰り返され、その度に善良な人間だけが生き残り、邪悪で不適格な人間はLCLに溶け込んだままになる……彼らにとっての碇シンジはそういう裁きを下す神のような存在なんだ」

 

 奇妙な沈黙が会議室を充たした。

 

「そんな……何なのよ、それ」

 

 アスカは思わず、自分の身のうちにある想いを自制する事も忘れて漏れ出させてしまう。

 

 シンジは第壱中のクラスメートの一部が帰還して来なかった事を今でも悔やんでいる。そこには、シンジ自身の親友である鈴原トウジや相田ケンスケ、アスカの親友であった洞木ヒカリも含まれていた。その彼らが、シンジの選別により排除された「邪悪で不適格な人間」だって? そんなの、そんなのいくらなんでも……

 

「……あんまりじゃないか! シンジはずっとあの時の事を後悔している。今でも時々、夜中に悪夢にうなされる事だってあるくらいだ。シンジは悪魔でも神様でもない。単なる人間だよ。……只の人間だから、それだからこそ、ずっとずっと苦しんでいるんじゃないか!」

 

 それなのに、そんなシンジの苦しみも知らない連中がシンジを神様だの救世主だの扱いして、勝手に自分たちの願いを押し付けている。戻って来れなかった人たちに酷い事を言って、その遺族もシンジも共々に責め苛んでいる……。自分の犯した過ちにいつまでも苦しむシンジが、他人の罪科を裁いたり出来るわけがないじゃないか。みんなシンジのことなんか何も知らないくせに!

 

 アスカは無性に悔しくて、シンジが可哀想でならず、涙がこぼれそうになってぐっと唇を噛みしめる。

 

 アスカは反論の中で図らずも、夜中のシンジの様子を知りうる仲だということを暴露してしまっていたが、実際それどころではなかったし、その場の誰もその事をあえて指摘しようとはしなかった。

 

「でも、あれだけの神人的力を見せ付けられて、怯えるな、崇めるなという方が無理があるよ」

 

 マリは静かに言葉を継いだ。

 

「司令が人殺しとか大量虐殺犯とかそういう風に罵られ、嫌われ、憎まれるだけで済むというのは人間という種への観察が甘過ぎる。そんなの、あまりにも()()()()()()()()ているんだよ。人間は大き過ぎる力を前にしたら、容易く跪いて平伏してしまうものだよ、だから碇シンジを神とも救世主とも崇める彼らはある意味では人間としては正常なのかも知れない」

 

 どう考えてもカルト信仰の人々に見えるが、しかしそれは凡庸な人間たちが受け止めきれない程の世界終末危機の巨大な衝撃に耐える為に反応した、心の防衛機制の結果なのだろうか。

 

 マリの言葉に、会議室の一同は粛然となった。普段は気さくに提案や議論をぶつけている司令が、巨大過ぎる力を持った、見たことのない怪物のように思えてくる。碇司令、あなたは……

 

 シンジはその間、身じろぎする事なく、画面の中の群衆を黙って見つめている。父碇ゲンドウのようにひとり孤独に、手と手を組みながら……。

 

「……そないけったいな話、私はよう受け入れられません」

 

 沈黙を破ったのは、佐官クラスの後ろの座席に陪席している軍医の鈴原サクラ一尉だった。

 

「人類補完計画はあくまでも大人が仕組んだ人為的な計画です。旧ネルフ上層部とそれを影で操る謎の組織、それらが画策した計画やないですか。碇司令は、当時たったの十四歳の男の子やった。自分が十四だった頃を思い出しても、同い年の男の子はみんなガキやった……サード後で荒れ果ててる世界だから殺伐としていたけれど、平和な時代ならゲームと漫画とスポーツ観戦と好きな女の子の事ぐらいしか考えてないようなのが十四の男の子ですよ。ただの道具やないですか。祭儀の為の祭具ですわ。道具に八つ当たりしたり、崇めたりするのは大人のする事ちゃいます!」

 

 サクラ自身、LCLから未帰還の兄がいる立場であることは周囲にもよく知られており、その発言にはその意味で重みがあった。まだ尉官の身ながら、この場で黙っていられなかったのは、兄トウジとも共通するサクラの侠気の発露だと言える。「明らかに間違ってる事をその場で黙って見過ごせますか?うちには無理です」というわけだ。

 

 そのサクラの言葉をメインテーブルに座る北上ミドリ三佐が引き継ぐ。ミドリは先頃、司令部付秘書課長の命を受け、準部長級に登っている。司令部付課長は、日本政府に例えれば、大臣官房○○課の課長に相当し、各部の下にある通常の課長と部長級の中間に位置するポストだった。

 

「まあ、サクラの言うとおりだよね……少なくとも、うちの家族が戻ってこれなかったのは、司令の意志と関係ないのは確かだわ。……我が家が元々経済的に追い詰められていたのは確かだし。六分儀君に事情を話すまで、彼はうちの家族のことは何も知らなかった」

 

 シンジに対する学生時代の呼び方で、ミドリはそう言った。

 

「昔は、司令のことを恨んだ時もそりゃあったけど。だけど、じゃあ立場を入れ替えてみたらと言われたら、あたしは六分儀っちの立場にはとても耐えられそうにない」

 

 ミドリは画面を見つめたままのシンジの背中を憐れむように眺めた。ミドリはずっとサードインパクトで家族を喪ってから喪失感と痛みから逃れられないでいた。しかし、大学時代にシンジが言ってくれた、あの「ミドリの両親はちゃんと愛し合っていた」という言葉はミドリを確かに救ってくれたのだ。それはもしかしたら、サードインパクト以前の苦しみに満ちた家庭、その中で育った幼少期のミドリをも救ってくれるものだったかも知れない。あの言葉以降、ミドリは碇シンジを怪物ではなく人間として見れるようになった。碇シンジは神でも悪魔でもないと彼女はちゃんと知っている。

 

 シンジは親や兄弟の仇に違いないけれど、ミドリの心に確かに触れた。救世主とかではなくて、人間としてミドリを救ってくれたのだ。だからミドリは六分儀シンジ──大学時代のシンジの名前で、今でも彼女にとっては碇シンジよりもそちらが自然だ──に人間として接する。男と女としてではなく、あくまでも人間として、シンジに優しさを返してあげたいと思っている。

 

 そして、ミドリは信徒ではないけれど、もしかしたら救い主と言われたナザレのイエスと呼ばれる人もまた、そのように人間に接した人なのではなかろうか、とも思うのだ。その人は、奇跡ではなく人間が誰でも持つ優しさで他者に接しただけなのではないか。実のところ史実としては、病など誰も癒されず、奇跡など一つも起こらなかったのかも知れないが、イエスに接した人はきっと本当に心から救われたのだ。後世の人間にはそれが奇跡とか病の快癒として伝わるけれど、本当に大切なことは、イエスがたとえ人に忌まれる病者であっても恐れる事なく隔てる事なく接した、その勇気と優しさではなかったろうか。

 

 そして、そう信じることがシンジストたちと最も遠い立場なのではないだろうか。救い主は超常の奇跡を起こせるから尊いのではない。神のように人を高みから裁けるから尊いのではない。人間なら誰もが持っている筈の優しさで、身体ではなく心を癒し、己を親の仇として憎む者にも優しさを返し、人類全体の罪を背負った贄となって、世界の憎悪を一身に受ける人こそが尊いのではないか。単なる弱くて過ちを犯す人間がその役目を背負わされているからこそ尊いのではないか。

 

 ミドリはシンジにそう言ってやりたかったが、上手く自分の想いを言葉には出来なかった。

 

「……そうだよ、みんな何でもかんでもシンジに押し付け過ぎなんだ!」

 

 立ち上がったアスカはシンジストへの怒りを込めて、マリを睨み付ける。

 

「……あの……姫、あたしはシンジストの立場や思想を説明しただけだからね。別にあたしの考えって訳じゃ……」

「そんな事は分かってる!でもあたしは悔しいんだ」

 

 アスカの声にはもう、隠そうとしても隠しきれない涙混じりの響きがあった。

 

「……シンジはしょっちゅう間違えてばかりいる。昨日だってまたあたしが叱りつけたぐらいだよ。あたしが何時も側にいてやらなくちゃ、どうにもならないような弱くて駄目な人間なんだ。ただの人間なんだ。それなのに、いくら昔したことが大き過ぎるからって、シンジは……自分たちの勝手な想いや願いを押し付けて放り込む屑籠なんかじゃないんだ!こんなのって……こんなのはないよ……」

 

 アスカはいつだってシンジを守ってやりたいのに、運命はまたもシンジを痛めつける。それがシンジの過去に仕出かした事の報いだとしても、シンジだって当たり前に、平凡に、幸せになる資格がある一個の人間なのだ。張り裂けそうな悲しみに沈みながら、アスカはシンジの背中を見つめる。その蒼い瞳が潤んで、清らかな心の洪水がダムを決壊させるまで、もはや幾ばくの時間もなさそうだった。

 

 映像を静かに見つめていたシンジだが、ゆっくりと皆の方に振り返り、頭を下げた。

 

「鈴原一尉、北上課長、そして惣流部長……みんなありがとう、そしていつも心配をかけてごめん」

 

 それからシンジは静かに、しかし決意を込めて言った。

 

「僕は皆が言ってくれたとおり神様ではないよ。だからこそ人間として落とし前はきっちり付けたい。あの人たちの求めてる事は僕がしなくてはいけないこととは申し訳ないけど関係ないと思う。……僕は特務機関ネルフの司令だ。フォースインパクトを防ぐのが僕の仕事であって、それを果たすのが僕らに安全を付託してくれた全世界の納税者への義務だ。インパクトで人類に裁きを下すとか、そんなのは僕の仕事じゃない」

 

 シンジは立ち上がり、改めて列席者に頭を下げた。

 

「僕の仕事に皆の力を貸してくれますか?」

 

 それは要請の形をした上司の命令だが、たとえそれが命令でなくたって、アスカたちに否やがある筈はなかった。

 

 そうだ──あたしも泣いてなどいられない。シンジが仕事をすると言っているのだから。

 

 あたし、惣流・アスカ・ラングレーは碇シンジの、愛人にして親友にして戦友にして、何より忠実な部下なのだから……

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