大人のエヴァンゲリオン   作:しゅとるむ

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六話 あの日、アイツの唇は荒れていた

「……で、告白してきたアイツの態度が癇に障ったから、『シンジとセックスしまくってて、アンタの出番はないわよ』って言ってやったのよ。そしたら、翌朝、アレってわけよ。だから、憎まれてるのも嫌われてるのもアタシで、あんたはアタシの男だと思われたから、とばっちり受けただけなのよ。あんたはそんなに気にすること……」

 

アスカは狭い寝台の上で、シンジの頭を自分の胸に引き寄せ、少年の髪を撫でながら寝物語をしている。

シンジは頭を上げて、血色の悪い顔のまま言った。

 

「そんな……告白してきた相手に、セックスの話とか、怒って当たり前だよ……何考えてるんだよ、アスカは」

「ハァ? アタシが誰とナニをしようと勝手じゃない。アイツに何の関係もない」

「アスカのことを好きな人に優しくできないの? 僕がもしアスカにそんな事されたら、死にたくなると思う……」 

 

(ちっ……自分のことでキャパ一杯の癖に、なんでそんな事を気にするかな)

 

自分自身が死にそうな顔をしているシンジの額に、アスカは額を合わせる。

 

「……アンタじゃなくて、あのイヤな男子に言ったのよ。嫌がらせの主犯なのよ? 自分をいじめた相手にまで感情移入しないでよ。それに、あの男はアンタのことをあからさまにバカにしてたのよ」

「僕はバカにされたっていいよ……酷いことをみんなにしてるんだし」

「アタシが嫌なのよ!」

アスカは思わず声を大きくする。シンジが腕の中で、自分が叱られたようにびくっとなって、目を瞑った。

 

(そうか、アタシがシンジをバカにされてイヤだったんだ。だからアイツのこと、あんな風に挑発して拒絶したんだ……)

 

自分でも気付かなかった感情を発見して、アスカは得心する。

 

(アタシが好きな……シンジをバカにするのは、シンジ自身にだって許したくない……)

 

「卑下はもうやめて。アンタに純潔(はじめて)を捧げたアタシを間接的に馬鹿にしてるのと同じよ」

 

そう言ってシンジの背中に回した腕の力を強める。

 

「それに優しくって何? アンタ、他の男とアタシが仲良くしていて、嬉しいの? どうせ本当にそうしたら、死にそうな顔になるくせに」

「だ、だから……そこまで……そんな風にして欲しいわけじゃないけど、振るなら振るで、言い方とかあるじゃないか!アスカには皆と仲良くしてほしいのに。周りの空気読んであわせるだけだろ……」

「はん、日本人の得意なやつね。でもアンタそれでちっとも幸せになれてないじゃん。アタシは愉しくもないのにヘラヘラ笑って、周りに合わせるのなんて絶対にイヤ」

 

アスカには日本人の同調圧力の強さがどうしても馴染めなかった。むろん、どこの社会にもそういう圧力は存在する。しかし、特に日本の学校は強すぎるのではないか。

 

「アタシの優しさは誰にでも与える積もりはないわよ。アタシだってもういっぱいいっぱいなんだから。あげたい相手にだけあげるの」

「……どうして、それが僕なの……」

「それはアンタが一生懸命、自分で考えなさいよ」

 

アスカからヒントは結構出しているつもりなのに、シンジは塞ぎ込んでいる事が多いから、見えてないし、聞こえていない。

 

「いくら考えても分からない。……アスカに色々してもらう度に、胸が痛い。僕は本当は、アスカとこんな事をする資格はないと思うから。本当は、アスカからこんなものを貰ってちゃいけないと思うから」

 

シンジはそして、アスカの白い首に顔をうずめて、遂に啜り泣き始める。

 

(アンタが貰わなかったら、アタシのその気持ちはどこに行けばいいのよ)

 

「そんなのアンタが決める事じゃない。アタシが決めることよ」

「分かってるよ……だから怖いんだ。僕にはどうしようもないから。多分、一生そばに居てくれても一生怖いと思う。だって明日、アスカがいなくなるかも知れないんだから」

 

シンジの孤独と不安は分かる。

だが、シンジにはどうしようもない、のではない。

シンジにしかどうしようもない、のだ。

シンジが、自分で自分を好きになり、アスカのことを信じられるようになるしかない。

アスカにはそこまで救ってやることは出来ない。

 

「……それじゃ、結局アタシとアンタは一緒になれないわね」

 

アスカはシンジから身体を離す。

 

「部屋に戻るわ」

「イヤだ、帰らないでよ……」

「8時には起こしにくるわよ。やっぱこのベッドは二人じゃ狭い」

「……」

 

寝台を下りたアスカはかがみ込んで、半身を起こしたシンジに目線の高さを合わせる。そして、いきなり彼の鼻を摘まんで、唇を重ねる。

 

「うっ……んんッ」

「……」

 

シンジは驚きに目を見開いたまま、アスカは長いまつげを震わせて、そっと目を閉じる。

 

セックスは毎晩のようにしてるのに、久しぶりのキスだった。

 

やがてゆっくり唇を離すと、それからアスカは立ち上がる。

 

「おやすみ」

 

タンクトップと下着、短パンを素早く身に付けると、玄関から出て行った。

 

自室に戻り、アスカはシンジの部屋にあったのと同じ寝台の上に横になる。シンジの匂いのしない寝台。シンジはアスカの部屋には来ないからだ。

 

アスカは大きく嘆息する。

 

「……もしかしたら、アイツと十年も二十年もこんな事を続けるのかしらね」

 

それから唇にそっと指を沿わせた。

 

「アイツ、少し唇が荒れてたな……」

 

食べ物が良くないのか、心労なのか。

明日、少し気にかけてやろう。

 

「おやすみ、バカシンジ」

 

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