大人のエヴァンゲリオン   作:しゅとるむ

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九話 アスカの犯した罪

雪が降りしきる松代駅で、プラットホーム越しに見たシンジの姿は、やせ細ってちっぽけだった。

松代駅は、廃線になっていた屋代線を復旧させて再営業し始めた駅で、僅かばかりの近代化を施していたが、ネルフ関係者以外に使う者のない閑散とした駅だった。

 

サードインパクトで、地軸が再び傾き、日本は四季を取り戻していた。永遠の夏のように成長を止めていた自分たちが否応なく、大人になることを急かされてるような気がする。これまで止まっていた分も含めて。

 

だが、ホームにぽつんと立ち尽くすシンジは幼子のようだった。

 

反対側のホームへと渡り、再会しても目を合わせようともしないシンジに、アスカは被ってきたニット帽を被せ、余分に持ってきた紫色のマフラーを巻いてやる。自分は赤い色のマフラーをしている。

 

「このニット帽、アタシが子供の頃にしてたのを解いて作り直したんだ」

「……」

「ま、アンタは興味ないか」

 

それから少年の手首をアスカは掴み、手を繋ぐ。

 

「少し歩くから」

 

少女が少年の手を引っ張って歩く様は、端から見ていると、まるで年の近い姉と弟のようだろう。

 

「半年ぶりね」

「……」

 

シンジは足を進めるたびに模様が入れ替わる地面をじっと見つめたまま、歩幅だけはなんとかアスカに合わせて付いて来る。

 

(まさか、こちらにいる間、一言も喋らないつもりじゃないでしょうね)

 

でも、アスカの方からも何を話し掛けていいか分からない。シンジは半年前の別れを未だに引きずっているのだろう。根に持っていると言っていいかも知れない。だから、こちらから何度連絡しても、メール一本、電話一つ寄越さなかったのだ。

 

ようやく、アスカは思案の末、一つのメールを送った。

 

「たすけてよ、シンジ」

 

そのメールに遂に反応があった。到着の日時だけ書かれた返信。アスカは、その細い糸を手繰り寄せてここに来ている。

 

 

「松代へ、転校?」

「そうです、急な話で済みませんが。日本政府の要請です」

 

とアスカを呼び出したのは例の教育科学省の役人、子安だった。

生徒指導室のプレートがかかる部屋である。

 

「本当に急ね。シンジだって少しは気分が落ち着いてきたのに。また環境が変わるの? アイツ、メンタル細いんだから、勘弁して欲しい」

「……」

 

子安の沈黙が部屋の中に充満する。

 

「子安……サン?」

「環境が変わるのはアナタだけです。惣流さん」

「……それはほんとうに愚策ね」

 

アスカは子安の言葉に目を見張ったが、すぐにその意味を理解した。

つまりシンジは転校せず、アスカだけ転校させるということなのか。

 

「私もそう思います。主に精神的安定性の観点から惣流さんと碇シンジ君は二人セットであるべきだ、と、上に具申はしましたが。上は悪い意味で精神論なのです。つまり精神的問題なら何とでもなる、と勘違いしている点で」

「アナタも別にそこまで偉いわけではないのね」

「本省課長補佐級ですからね……一応同期ではエースなんですが。上にはオジイサンからオジサンまで沢山詰まってます」

「つまりは偉くなるにはその人たちに従うしかない、と」

「はい、ここで組織の論理に逆らっても私に良いことは何もありません」

そして、この転校の話の背景をかいつまんで説明する。

「日本政府は松代のネルフ支部を接収していますが、そこで仮設弐号機の再建計画を開始します。それでパイロットも必要になるという訳です。まあ、これはトップシークレットですが、関係者の中核であるアナタには教えても構わないでしょう。何をやらされるか分からないままで動いてもらうのは非効率ですから。私は非効率的なのは好みません、官僚の皆がそうではありませんが」

「松代支部に弐号機?エヴァを分散配置するってことなの?」

「初号機はまだまだ再建の見通しが立っていませんから、判断は早計ですが、将来的にそうなる可能性が高いと私は見ます」

 

しかし見通しもなにも、アスカは転校させるがシンジは転校させないという判断で政府の意図は丸分かりだった。

 

「わからないわ。今まで使徒の撃退にはエヴァが2、3機有ってもやっとだったわ。なぜそんなリスクの高いことをするのよ?」

使徒の再動に備えての準備としては、エヴァの分散配置は非効率的どころか、危険極まりない愚策と言える。

「それは簡単ですよ。松代から60kmの近くにある松本が日本の現首都、第二新東京市だからです。つまり……」

「つまり?」

 

アスカにはまだこの一見非合理にしか見えないプランへと繋がる理路が理解出来ない。

 

「ご老人たちは自分の周りが心配なのです。だから松代のエヴァで首都第二新東京(松本)を護らせたい。それにエヴァは政治的にも最重要のオモチャですから」

「遠くに置けば、そこに別の権力が生まれるという話なのね」

「そうです。バカバカしいですが、バカバカしいなりに理屈の通った話しでしょう」

子安は内心、この計画には反対のようだったが、それに抗する力はないようだ。

「使徒が来なくなれば、使徒の恐怖などすぐに忘れてしまう。それが人間の『忘れる力』の効用ですよ」

 

アスカは今更、人類の健忘症について議論する積もりにはなれない。

 

「……あくまで嫌だとアタシたちが言い張ったら?」

「日本政府は旧エヴァンゲリオンパイロットに超法規的措置として人身保護令A156を発動しています。これがおそらく解除されます。言うとおりに動かないチカラは危険ですからね」

「すると、見つけ次第、射殺という感じになるのかしらね」

「それならまだ良いです。たぶん、戸籍から抹消し、洗脳とか実験とかそういう素材になるのかと。存在する人間なら、憲法とか児童福祉法とか諸々に反してるとは思うのですが、存在しない人間なら別です」

 

とここまで話すのは、明らかに子安にとって越権行為だろう。そこに存在する同情や人間性や大人としての真っ当な責任感を理解して、アスカは、頷いた。

 

「……時間的猶予はないのね」

「明日返事をする事になってます。答えが一種類しか期待されてない質問で済みませんが……」

 

子安は頭を掻きながら、

 

「私も文教官僚のはしくれですから、そういう末路が高校生のお二人を待ち受けているというのは心弾まないのです。ですから、アナタに」

「シンジを説得して欲しい、というわけね」

「察しが早くて助かります。アナタは本当に優秀だ。教育科学省にインターンに来て欲しいぐらいです」

「いやよ、そんな頭から尻尾まで、ブラックな職場。……でも、あんたには出世して欲しいとは思ったわ」

「嫌いな私の苦労が増えて欲しいからですよね」

「それが、能力を持って生まれた人間の責任でしょ」

 

それだけ言うと、もう子安への関心は無くなった。

 

 

案の定、シンジは納得しなかった。

 

「アスカだけ転校? どうして、二人で転校じゃ行けないの?」

「だから何度も言ってるように、日本政府は松代に弐号機とそのパイロットを置きたいのよ」

「弐号機なんて影も形もないじゃないか! 初号機だって同じだ……僕も松代で訓練を受けたらいい」

 

シンジの主張は稚拙だが、十六歳の少年のものとしては無理もない。だが、アスカはシンジと自分の命を握る大人として判断しなければならなかった。

 

つまり、有り様は、エヴァが高官たちのオモチャとして……その権力の象徴として政治的駆け引きの対象になるのならば、まだ完成していないエヴァについては、パイロットがその代わりとなる。それだけのことなのだ。

 

そして、松代に一人を持って行くなら、その対立派閥は牽制として、第三新東京に一人を残せと主張する。そういう単なる政治的駆け引きと妥協の産物がこれだ。

 

日本政府は、アスカやシンジに相談や提案を持ちかけているのではない。そういう対立派閥間の調整を経た決定事項を呑むか呑まざるかと突き付けて来ているのだ。だから、シンジとの対話の全てが無駄だった。

 

「松代に二人で行くのがだめなら、ここで訓練をするといえばいい、必要なときにアスカがたまに出張すればいいんだよ。僕は大人しく待ってる」

「明日、あの子安という役人にOKと言わなくてはいけないの。聞き分けなさい、シンジ」

 

自分だってまだ子供なのに、シンジに対して大人として振る舞わざるを得ない理不尽に苛々がなお募る。

 

「どうしてだよっ!僕はこんなのいやだっ。……そうだ、二人で逃げよう。サードインパクトの時だって、結構いい所まで逃げれてた。もう一度やってみようよ!」

と立ち上がり、鞄に携行食料などを詰め始めるから、アスカは絶望した。

 

(それじゃ、もう二度と会えなくなる。再会した時にはどちらか、あるいは両方とも……廃人よ)

 

「バカバカしい。ガキの駆け落ちごっこなんかに付き合って居られない」

「ごっこって何だよ、僕は真剣だ。アスカは、僕のこと真剣じゃなかったの。単なる遊びだったの?」

 

アスカの視線が殊更に冷たくシンジを刺す。

 

「遊びだったと言ったら引き下がってくれるの」

「え?」

 

シンジはアスカの言葉が信じられないようにポカンとして、彼女の顔と自分の手を交互に見比べている。

 

「サードインパクトの後、あんたと寝たのもみんな遊びだった。それで納得してくれる?」

「そんな……冗談なんだよね」

 

アスカに追いすがるように、シンジがしがみついてきた。

 

「駆け落ちなんて二人とも殺されるか、実験動物にされてお仕舞いよ。アタシはそんなのはイヤ。……あんたと一緒に殺されるなんて真っ平よ」

 

シンジを振りほどき、アスカは力を入れて突き飛ばす。

 

「荷造りもあるから、部屋に帰る。来週には転校だから、色々整理しなくちゃいけない」

 

それから、床に倒れているシンジを憐れむように見下ろして、

 

「未練があるなら、アタシの部屋に来てくれれば、好きなだけ抱かせてあげる。……だからそれで聞き分けなさい。どうせ、ガキのアンタはママのおっぱいを吸いながら、出すもの出せばスッキリ寝れるわよ」

 

ふんと鼻で笑って、アスカはそれきり、自分の荷物だけ集めて、玄関に向かった。

玄関で靴を履き、最後に振り返って、

 

「じゃあね、シンジ」

 

それだけの別れの言葉を告げる。玄関の金属製のドアが無情な音を立てて閉まる。

 

だが、シンジは最後の日まで、アスカの部屋には遂に来なかった。

 

 

最低限の電子的セキュリティだけは確保されているが、簡素で築年数の古いマンションにアスカの新しい部屋はあった。それだけで、アスカの松代での待遇が想像できそうだが、シンジにはそれに気付く余裕はない。

 

部屋に入ると、アスカはすぐに暖房を入れる。

 

「ちゃんと、食べてるの」

「……」

「どうせ、あんたの事だから、アレから毎日ビースカ泣いて、ろくに食事もしてないんでしょ」

「……」

「まあいいわ。熱いシャワーでも浴びて、簡単な食事をして。もう今日はそれで寝なさい。話は明日でいいわ」

 

交互にシャワーを使い、先に出ていたシンジが体育座りで部屋の中ほどにうずくまっている。部屋の隅のテーブルの上に、出してやったパンも食べる気配がない。

 

「邪魔くさいわね。寝床用意するんだから、よけて」

 

のろのろと立ち上がるシンジを部屋の隅に追い払う。

 

一人しか寝れない手狭な寝台。

 

まだタグのついたままの新品の、セミダブル用のマットレスを部屋の隅に丸めたままにして置いてあったが、アスカは、タグを切り、広げて、床に直置きした。

 

「アンタが来るから、ホームセンターで買ってきたのよ。そのベッドじゃ二人は無理だから。だから、ここで寝て」

「……アスカも一緒に……寝るの」

「アンタがそうしたいならね」

 

シンジはちらっとアスカを見た後、すぐに俯いてしまう。

 

「心配しなくても……無理やり襲ったりはしないわよ」

 

冗談めかしてアスカは言うが、シンジは無反応だ。

 

(これは今日の所は変に弄らない方がいいのかな)

 

「……とりあえず、アタシはベッドで寝る。何かあったら、いつでも起こしていいから」

 

そう言って、二人分の寝る準備を整えてから、電気を消した。

しかし、アスカは結局寝れなかった。

 

隣からシンジの啜り泣きが聞こえてくる。それはいつ小さくなるとでもなく、秋の長雨のようにしとしとと降り続いた。その嗚咽にアスカは、ついに起き上がった。

 

無言でマットレスに移り、シーツをはぐると、シンジの背中が見え、肩が震えているのが分かった。

 

この頃のシンジは、まだ中学の頃と同じひ弱な少年で、アスカとの体格差もさほどではなかった。

 

アスカは、シンジの肩を掴んで振り向かせる。それから、仰向けになったシンジの上に跨がると、両腕で相手の両の手首を強引に押さえ込んだ。

 

「本当に鬱陶しいっ。いつまでもいつまでも……アンタ、この半年、そうやって泣く以外に、何をした?アタシを取り戻そうと何かしたのかっ!」

「っ……」

 

シンジはアスカの突然の剣幕に、顔を引きつらせ、驚きに目を丸くしている。

 

「アタシがこれだけ心配してやってるのに、いつも女みたいにメソメソ泣くばかりでっ。アタシが毎日メールしたのを全部無視して。どんな気持ちでメールしたのかも理解しようとしてないっ。アタシがどれだけ、アンタのことを心配してたのか、一度でも分かろうとしたのっ!」

 

シンジの事が心配でたまらなかった。突き放すように別れて、それで最低限の安全を確保した積もりだったが、それでもシンジが政治的駆け引きの道具になっているのは変わらなかったから、嫌いな子安にもシンジの学校での様子や、政府の動きなど、情報を貰っていた。それでも、シンジと直接話をしたかった。だから、毎日、メールをした。ちゃんと御飯を食べているか。病気などしてないか。送ってやったアタシの写真は見たか。友達が居なくて辛くないか。離れていても、アタシはアンタの親友だ……

 

だが、メールはただの一度も返ってこなかった。

 

「こっちを見てもくれないっ。たすけてってメールした理由も聞こうとしないっ」

 

それでも、そのたすけてのメールにシンジはただ一回の反応をした。メールを返信し、シンジはこちらに来てくれた。だから期待した。それなのに、やっぱりシンジはアスカを見てくれない。だから。

 

「どうしてアタシがそこまでしなくちゃいけないのよっ、どうしてアンタがアタシを守ってくれないのよっ。アンタ男じゃないのっ」

 

ギリギリとアスカは、押さえつけてるシンジの両手首に力を込める。許せなかった。男らしくアタシを守ってくれない、シンジが─。

 

だが、アスカの攻撃に、ただただ自分の身体を守ろうと身を捩り、身体を丸めようとするシンジの怯えた反応は、彼女の攻撃性を刺激するだけだった。

 

「アンタが本当の男なら、女のアタシぐらい、跳ね返してみなさいよ。それともセックス以外では男じゃないのかっ!」

 

(男のくせにっ、男のくせにっ、男のくせにっ……)

 

シンジに貸してやった女物の前合わせのパジャマの左右がはだけ、白く痩せこけたあばらが眼前に露わになると、アスカの中の女の芯のような部分が熱くなった。

 

凶暴な征服欲が勃然と湧き上がってくる。

シンジを破壊し、組み敷いて、犯してやりたい衝動だ。

 

(どうせ、こいつはアタシの心を見てくれない。自分の事ばかり。それならアタシだって、コイツをモノとして扱う)

 

パジャマのズボンをブリーフと一緒に、力任せに下まで下ろし、下半身を丸裸にする。

そこを掴むと既に熱く、固くなっている。

 

「はんっ、もう、準備は出来てるじゃない」

 

それは、犯されようとしているのになお、浅ましいシンジの欲望への侮蔑だったのか。半年ぶりに繋がる準備が整っている事への歓喜だったのか。

 

「……アタシを見てくれないのに、アタシの身体だけを求めてる。アンタらしい、アンタそのものよっ。そんなに欲しいならくれてやるっ」

「あ、アスカ……、乱暴は、やめて……」

 

涙声のシンジは、アスカの腕ごと押さえ込む拘束から抜け出そうとはするが、細木のように痩せ衰えた手足に加え、最近はまともに食事を取っていないから力が入らなかった。抵抗は弱々しい。アスカは、ユーロや米国ネルフでの訓練過程で軍隊格闘技を学び、優秀な成績を修めているが、シンジはただの素人の弱々しい少年だった。

 

とはいえ、アスカも女の自分にこんな事が出来るとは予想もしていなかった。

 

しかしついに、シンジの抵抗も虚しく、アスカは、彼の熱を、己の潤みへと導く。

 

力の有無の前に、男子と女子の身体の構造の違いがある。無理矢理の接合など、女子から求めて出来ることとも思えなかった。

 

しかしそれが出来てしまった。それはシンジも少なくとも肉体的にはその気になっていたからだという言い訳は出来る。しかし、それはあくまでも言い訳だった。シンジは怯えていたし、精神的に合意していた訳ではなかった。

 

「やめ、やめてっ……」

 

シンジの抗する声は、ただの快楽を彩るBGMだった。アスカの頭の中が真っ白になった。疼痛を伴う結合が、無情に進行する。

 

「……酷いよっ……こんなの酷い……アスカ……」

 

アスカが我に返ったのは、無理矢理の結合を果たした後で、自分の腕の中で泣きじゃくるシンジの姿を見た後だった。シンジは、とっくに果てていた。

 

結合の快楽と幸福感は一瞬にして消え去っていた。

 

 

眠れない夜を二人は過ごした。

 

シンジはずっと泣きじゃくっている。その嗚咽には昨晩の孤独に苛まれたような嗚咽とは違う響きが混じっていた。それは、不甲斐なさを噛みしめて振り絞る涙だ。

 

アスカは、シーツの中でシンジを抱いたまま、そっと少年の頭を撫で続けている。

やがて、夜がしらじらと白み始めると、アスカは決意を込めて言った。

 

「夕べは本当にごめん。アタシ、アンタにとても許されない酷いことをした」

「……別にいいよ……」

 

ぐすっとシンジは、鼻をすすり上げる。

 

「でも、そうはいかない。アンタが訴えたいなら、警察に一緒に行ってもいいよ」

「……そんなことしない……よ」

 

言いながら、シンジの両目は涙に溢れている。

 

「でも、だって。そんなに泣いてるじゃないの。アタシは一時の感情でアンタの心と身体を傷付けた。自分のしたことの責任は取るわ」

「じゃあ、アスカに手を引いてもらって、連れて行ってもらった警察で、優しいお姉ちゃんに乱暴されたって言いに行くの?……僕をこれ以上、惨めにしないでよっ」

「……シンジ」

 

シンジにも勿論普通に男子としての自尊心はあった。アスカの暴行はそれを打ち砕いてしまった。

 

「自分が情けないから泣いてる……女の子のアスカに、あんな事させた、あんな事された。僕が情けないから、アスカに酷いことをさせたんだ。自分が嫌で嫌でたまらない」

「……別にアンタがそんな風に思うことはないのよ。夕べの事はアンタが完全に被害者なんだから……」

 

アスカは、後ろめたさもいっぱいに、そうシンジをなだめるが、シンジは顔を左右に振るばかりだった。それどころか、シンジは、ついには、

 

「情けない僕だからって、嫌いにならないで……」

 

とアスカにしがみついて、言い募るのだ。

 

「そんな……嫌いになんかならない。ならないわよ」

 

そもそも、とアスカの想いが溢れ出す。

 

「情けないからって嫌いになれるなら、苦労なんてしないっ。しないわよっ……」

 

それから、二人はシーツの中で、額と額を重ね合って、両手と両手をつなぎあって、さめざめと泣いた。繋がっても繋がっても、傷付け合うお互いが、愛おしくて、切なくて、それでもそうやって身体を繋ぎ合わせられる男と女に生まれた事が嬉しかった。

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