灰の旅路   作:ぎんしゃけ

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第七十九話 吸血鬼異変 中編その4

「敵の本拠地は霧の湖。藍、急ぐわよ」

 

 最後に残った吸血鬼を殺し、静かに手を払う。

 どこからともなく湧いて来る吸血鬼を潰していてもキリがない。さっさと大本を絶たなければこの異変は終わらない。

 

「……しかし紫様、人里は良いのですか」

 

 本人も随分消耗しただろうに、その弱さの一切を隠し、藍はいつものように背筋を伸ばして気丈に振る舞う。

 従者としてのプライドか、はたまた私に負い目を感じさせないためか……本当ならば、もう戦線から外して、その体を気遣ってやるべきなのだろう。しかし状況がそれを許さない。

 健気に振る舞う藍を、未だ休ませるわけにはいかなかった。

 

「人里の方は既に……いえ、今は相手の頭を抑えるのが先決、何よりも優先して紅霧の源を絶つ」

 

 言葉を濁して背を向ける。

 藍が理由を問う事はなかった。ただ静かにその覚悟だけ伝わってきて……私の中の臆病が顔を出す。

 

「……白墨は?」

 

「襲撃の際、最も初めに爆発を用いた信号を送っていたのは確認しましたが、その後のことは……」

 

「そう」

 

「……ただ、あの爆発は、その……多分に妖力を乗せたもので……術者の居場所が特定されやすいものだったと、推測します」

 

「……」

 

 言い淀む藍に、私は返す言葉を持ち合わせてはいない。

 この混乱の中で、わざわざそんな目立つ行動……理由がなんだったのか、考える必要すらない。

 

 どこか現実感がない。酷く頭がぐらぐらする。

 藍がいなければ、そのまま倒れ込んでしまいたかった。

 

 つくづく、ままならない。

 こんな時、あの子はいの一番に逃げてくれると、勝手に思っていた。いや、それは私の願望か。

 どれほど探っても、白墨の存在が感じられない。式として残っていた薄い繋がりも、今ではもうわからない。

 

 どこへ行ってしまったのだろうか。

 白墨に渡したペンダントは、未だその効力を発揮していない。危険が迫れば知らせるようにと作ったはずなのに。

 発動していないのだから、まだ。でも、ならなんで存在が――。

 答えが出ない。堂々巡りの無意味な願望が耐えがたいノイズを走らせる。

 

 簡単に死ぬような子ではない。

 勇儀を相手にどれだけやられても死ぬことはなかった。

 死とは無縁のような身体で……でもそれはかつての話だ。

 もう随分とあの子は”安定”していなくて、そんな折に、こんなことが起きて、私は。私は。

 

 悲鳴が聞こえる。血の匂いがしない場所なんてないくらい、あらゆる場所で戦闘が起きている。

 真っ赤に染まった空のもと、血みどろの戦いが今も各地で続いている。

 

 そして、その災禍の中心に私がいる。

 失いたくないがために、最も大事な幻想郷を危険に晒し、そのうえ白墨すらも守れない。無様で愚鈍な賢者()がいる。

 

 

 ここまで全ての不始末が私の責任。

 だから最後はこの手で決める。

 

 スキマを開いて敵地の上空へ。

 手加減はしない。純然たる殺意のみで。

 

「紫様……」

 

「……」

 

 奇襲から始まった戦いだ。容赦はしない。

 感情のまま、出鱈目に力を溜めて天へとかざす。

 

 

 ようやく数人の吸血鬼が気付き、そして――鼓膜を震わす雷鳴と共に、赤く聳え立つ絢爛な館へと光の柱を突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 白墨の殺害(任務)を終わらせ、次の目標である人里へと侵攻を始めようとした矢先、吸血鬼達によって屈服させられた妖怪達の集団から、決して小さくないどよめきが起こった。

 

 びちゃびちゃと、軍門に降ることを拒否した妖怪達によって作られた、辺りを汚す血のシャンデリア、もはや反抗するものなど誰もいない。

 見せしめとして吊るされた死体を見れば、威勢の良かった野良妖怪も押し黙るほかなかった。

 

 だというのに、人里の侵攻を宣言した途端、小さなざわめきが伝播する様に広がっていく。

 

「なんだ、この騒ぎは」

 

「……見せしめが足りなかったか?」

 

「いや、よせ」

 

 見せびらかすように爪を鳴らす部下を止め、地に伏す妖怪達へと近付いた。

 

 これまで多少の文句は封殺してきた。恐怖による言論の統制は、僅かな音を発することすら憚られる。だからこそ、今になってこの緊迫した空気に突如訪れた騒音が気になった。

 

 集団へと足を向ければ、これまで必死に何か話していた先頭の妖怪達が怯えるように肩を跳ねさせる。

 

「これより人里への侵攻を始める。抑圧された幻想郷を正し、妖怪としての本分を取り戻せ。断れば――」

 

「む、無理だ!」

 

「……ほう?」

 

 弾けるように上ずった声が響く。

 静寂が訪れ、吸血鬼の目が鋭く光る。声を轟かせた妖怪は、今にも死んでしまいそうなほど真っ青な顔で前を見た。

 

「ひ、人里は……()()()()()できない……!」

 

 鬼気迫る表情で声を絞り出す。

 カタカタと身体を震わせながら、それでも意思は変わらないと吸血鬼を見た。

 

「平和ボケしていると聞いてはいたが、まさかここまで八雲紫に飼い慣らされていたとはな。随分と腑抜けている」

 

 人間を襲う、そんな妖怪の本懐すらも忘れてしまうほどに牙の抜けた目の前の妖怪に、軽蔑すら覚える。

 

「ち、違う!人里はダメなんだ……!!」

 

「違う?何が違う。オマエを生かしておいてやるほどの理由が――」

 

 そこまで言って違和感に気付く。

 周りを見渡せば、この妖怪だけではない。他の者たちもこの妖怪同様、人里へ攻め入るのを拒否するかの如く怯えた表情をしている。

 

 なんだ、その顔は。

 目の前にいるのは愚かな妖怪だ。これほど見せしめを用意してやったというのに自分の立場を未だ理解していない。こういう阿呆は出ると思っていた、だからこそ見せしめも作ったのだ。……だが、いくらなんでも他の妖怪達までも拒絶するとは予想外だった。

 

 ここで逆らうというのがどういう結末を招くのか、それがわからない訳じゃあないだろう。ならば何故?そもそもどうしてそこまで人里を忌避している。

 

「人里を襲えば、()()が出る……こ、殺される……!」

 

「……奴?」

 

 先程まで縮こまるように怯えていた男の目が、突然何かに取り憑かれたかのように血走ったものに変わる。

 

「は、白墨に殺されるッ……!」

 

「……は? ……。白墨ならもう殺した……オイ、もういいな」

 

 全く予想していなかった答えに、一瞬言葉に詰まる。あんなもの(白墨)を過剰に恐れているのか?嘘だ、ここにいる奴らだったとしても数で押せば何とかなってしまう。あれはその程度の妖怪だ。

 つくづくアホらしくて理解が出来ない。

 どうでも良いと切り捨て、さっさと人里への侵攻を進めようとして……しかし妖は、未だ俯いたままに喉を震わせる。

 

「――ダメだ、行けない」

 

 先ほどまで従順な姿を見せていた妖怪達ですら、同調するように小さく頷く。

 ――なんだ、この空気は。

 この異様なまでに染みついた恐怖は何なんだ。

 同じ存在(白墨)なのに、自分と違うものを見ているかのような気持ち悪さ。

 

 ここまでくると、嫌でもその異質さに目がいく。

 

「ではなんだ?貴様はその白墨をとやらを恐れて今死ぬか?」

 

 確認するように呆れ返った口調で吸血鬼が言う。

 とても今ここで死ぬ事と天秤にかけるような内容ではない。

 だというのに……。

 

「構わない」

 

「……なんだと?」

 

「俺は行かない。人里へは行かない。あんな……あんな最後を迎えるくらいならッ……ぅっあ」

 

 言い切る前に胸倉を掴んで持ち上げる。

 一瞬にして息が詰まるような殺意が充満し、苦しげに妖が呻いた。

 

「キサマいい度胸だ。二言はないな」

 

 それは吸血鬼からの最終通告。これ以上時間を掛ける余裕も無ければその価値もない。

 他に騒ぐものが居るのなら、目の前の男の血をもって黙らせる。脅しでもなんでもない。()()()()選択肢がもう出来ている。

 

 しかし、その殺意を一身に受け、胸倉を掴まれてなお、妖は両手を広げて訴えかける。

 

「ああッ!ない!あんな最後は御免だ!地獄が見たいなら勝手にしろ!」

「嫌だ……人里だけはできない」

「他の奴らの二の舞になりたくない……!」

 

 男の叫びを皮切りにぽつりぽつりと拒絶するように声が上がる。集団の中では感情の伝播が起こりやすい。一人の声が大きい馬鹿が反対すれば、自分で考える脳のない者達も流されるように意識が統一されていく。

 

 だがこれは違う。流されるようにして生まれた反逆的な思想などではない。もっと根本的な恐怖。

 

 あまりに異様な雰囲気に、吸血鬼の男は思わず言葉を失う。

 

「……っ!あの男ならとっくに殺した!それでもまだ恐ろしいと言うかッ!」

 

「あぁ……それ見た事か。()()()ダメなんだ。あれが……アイツが、殺した程度で終わるだなんて……ひ、ひひっ」

 

 薄気味悪い狂信的な悲鳴が木霊し、思わず妖を投げ捨てる。

 みっともなく放り出されては膝を抱えて丸まるばかり。ボソボソと世迷言を呟いているかと思えば、その瞳の焦点は既にどこにも合っていない。

 

「……っ。何なんだ」

 

 誰一人として人里へと近付こうとはせず、縮こまるように怯えるだけ。

 初めに抱いた苛立ちはとうに失せ、形容しがたい気味の悪さが背に張り付く。

 

「……おい、どうする?無理矢理立たせて突撃させるか?それとも半分減らして言う事を……」

 

「いや、急ぎの命だ。これ以上時間は使えない。……元より戦力を期待していたわけじゃない。分かり易く周りに見せつけるための雑兵だ。こうなってしまった以上、我らだけで行く。”こいつら”の処分はその後だ」

 

 吐き捨てるように言い残し、侮蔑と共に背を向ける。そこまでしても誰も動かない。

 やはり、この地の妖怪は腑抜けている。使えないと思ってはいたが、流石にここまでとは想定外だった。

 

 他の吸血鬼を呼び、人里へと羽を広げる。

 あそこを落とせば目的はほぼ完遂されると言っていい。拍子抜けするような楽な任務……周辺の統治に関しては全てが終わった後にゆっくりとやればいい。

 

「さあ、最後の任務だ――狩りを始めるぞ」

 

 

 

 

 

 

 黒く、燃えカスとなった草木が降る森の中。

 吸血鬼も妹紅も消え、静寂が辺りを支配する。

 

 もはや緑の一つも見当たらない凄惨な戦いの跡地、そこに……酷く場違いな”扉”が出現する。

 そして突如、宙に浮くようにして現れた扉が……ゆっくりと開かれた。

 

「――起きろ、人里に危機が迫っている」

 

 厳かに響くその声に、答える者はいない。

 それでも声は、確かめるように”それ”を引き上げる。

 

「この地に来て初めに結んだ契約を思い出せ。”仮”だとしてもその契約は(まこと)のもの。対価を得たのなら役目を果たす義務がある」

 

 風が吹き、灰が舞う。

 冷たく、凍てつくような真冬の風が、”扉”を通して吹き荒れる。

 その”扉”は季節の力を溜めこむ秘神の後戸。

 

 生命の循環を意味する四季にはそれぞれ意味がある。

 誕生を意味する春、成長を意味する夏、成果と衰退を意味する秋。

 そして――”死”を意味する冬。

 

 ――灰が、舞う。

 無意味に散っていた一粒一粒は、やがて一人の妖怪へと形を成していく。

 

「……眠っているのを起こすのは忍びないが、私も今は手が離せない。……頼んだぞ、八雲の式神」

 

 それは契約によって呼び起こされ、季節の力をもって顕現する。 

 傷一つない身体と、背中には冬の扉を携えて――今、ゆっくりと目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 空の異変と森の騒がしさ。

 何かおかしなことが起こっているのだとすぐに気付き、寺子屋を閉め、里の皆を避難させたのは正解だったか。

 正門は容易く蹴破られ、まるで散歩でもするかの如くソイツ等は入ってきた。

 

「近くの家屋を当たってみても……ほぉら、もぬけの殻だ。そこの娘よ、何か知っているのだろう?」

 

 そう言って、ケタケタとわざとらしく近くの家を吹き飛ばす。

 凄まじい風と共に家だったものが残骸となって降り注いだ。もし避難が遅れていたら……そう考えるだけでゾッとする。

 見せつけるような破壊活動にこの残虐性……とても話し合いが通じる相手には見えない。

 タラリと首筋を流れる汗が、目の前の男の危険性を示していた。

 

「ここは幻想郷唯一の人里。お前ら妖怪には立ち去って貰う」

 

「お前ら?白々しい……獣臭いぞ、半端者」

 

 ――バレている。

 私が純粋な人間ではないことも、この場でどちらが”強者”であるかも。

 

 敵は七人。

 ……この人数を相手に守り切れるか?

 赤い瞳に蝙蝠のような羽……見たことがない妖怪だ。少なくとも幻想郷にあんな妖怪が居たという歴史はない。

 それでも独特な強者の気配はわかる。あの紅い瞳と目が合うだけで、この身体は蛇に睨まれた蛙のように動かない。

 

 だが、黙って見過ごす訳にも――

 

「まあいい。虱潰し(しらみつぶし)に探すとしよう」

 

 瞬きする間に背後に回られ、そして障害にすらならないと言わんばかりに私を無視して優雅に歩く。

 

「ま、待っ――あがっ!?」

 

 一瞬の出来事に理解が追いつかず、咄嗟に伸ばした手は空を切る。

 全身が浮遊するような感覚と共に視界が横に伸びていき、衝撃が脳を支配する。

 水平に飛ばされた身体は、家屋を二軒貫き、三軒目の壁を破壊したところで漸く収まった。

 

「……ぅ、ごほっ」

 

 破壊された瓦や家の残骸がパラパラと身体に堆積する。全身を圧迫するような重さが引き、じわじわと積み重なった痛みが心を蝕み始めた。

 格が違った。私のような紛い者では話にならない。

 

「はっ……はっ……くっ」

 

「なんだ、案外頑丈じゃないか」

 

 面白がるような声が聞こえる。

 突然の衝撃にピントのズレた視界が、ようやく男を捕らえた。

 埃一つ付いていない黒服と憎たらしいほどの余裕で、瓦礫に埋まる私を見下ろしている。

 

 身体から押し出された酸素を求めて口を開き、ドス黒い血が逆流した。

 咽る様に血を吐きながらも、違和感を覚える。

 

「待……て、他の、三人は……」

 

 視界に写る敵は四人。……初めに見た時より三人少ない。

 最悪な予感に背筋が凍る。

 

「言ったろう?虱潰しに探す、と。にしてもこの里も広い……半分程、間引いてもいいか」

 

「――ッ!」

 

 頭が沸騰しそうなほどの怒りが湧いて来る。

 止めなくてはいけない。

 力を振り絞って足搔いてみても、身体を揺らす程度が精一杯。吹き飛ばされたこの肉体は、見た目以上にボロボロだった。

 

「よせ……!や、めろ……ッ!必ず、私が」

 

 それでも諦めることは出来なくて……人里を、皆を。私が、絶対に……。

 

 しかし、そんな無謀、不相応をあざ笑うように、音が聞こえてくる。

 

 遠くの方から、声にならない声が。引き潰されるような、破砕音が。

 

「ぁ……やめ、ろ……なんで」

 

 何かが起きている。人里で、何か恐ろしい事が、起きている。

 

 ”誰か”の絶叫が耳に突き刺さる。大地を揺らすほどの轟音に、パラパラと木片が落ちてくる。

 

「それで?必ず私が……なんだ?」

 

 ケタケタ、ケタケタ。

 さっきの絶叫とは似ても似つかない、私を笑う声。

 固めた決意が、はち切れんばかりの怒りが、萎えていく。塗り替えられていく。

 

「……っ。ぅ、あぁ」

 

 そして、あれだけ激しく響いていた”音”がパタリと消え、静寂に襲われる。

 ()()()()()()

 何が起こったのか、想像なんて出来ない。恐ろしくて、身体の震えが止まらなくて……無力感がやって来る。

 

 きっと――、きっともう――。

 

「……?」

 

 涙で滲む視界の先。

 朦朧としていた意識をはっきりさせる。

 

「……っ!ああっ……そうか。私も……人里の”人間”として扱ってくれるのか」

 

「……なんだ、貴様。気でも狂ったか」

 

 突然笑みを零す私に、男が不愉快そうに顔を歪ませる。

 そうか、こいつ等はまだ気付いていないのか……()()()()()()()()()()()

 

 

「――幻想郷は初めてか?侵略者ども」

 

「……なに?」

 

「お前達は犯したんだよ。この地のたった一つの”禁忌”。子供でも知っている、”絶対”のルールを」

 

「……もういい、殺せ」

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 言葉が終わると同時に、深紅の槍が喉もと目掛けて振り上げられ――ゴロゴロと足元に()()が転がった。

 

「――ッ!?」

 

 突然現れた”ソレ”に妖怪達はすぐさま後ろに飛んで距離を取る。

 あれほど強大な力を見せつけていた妖怪達が、取り繕うこともなくそうしたのは、音もなく忍び寄ってきた影を警戒したからではない。

 足元に転がるそれが、()()()()()()だったからだ。

 

「ゥ……ガ、アァ……」

 

 地を転がる()()()()()から苦悶の声が漏れる。

 それは丁度さっきまで妖怪達と共に居た、残りの三人。その首が今、ゆっくりと風に削られるように灰と化す。

 

「貴様、なぜ生きて……」

 

 私はこの恐怖を知っている。残酷に、ただ淡々と行われるこの殺しを……もう何度も見てきた。

 百年以上も、何度も、何度も……。私が、私達(人里の人間)が彼に抱いてきた恐怖と、怯え……”その歴史”が証明してくれている。

 

「……敵はここにいるので、全員か。」

 

「……ああ。手強いぞ」

 

 かつては恐怖の象徴であった無機質なその声が、今は何よりも心強く感じる。

 痛む首を持ち上げて、その姿を見た。

 灰色の髪に灰色の目、こんな事態だというのに眉一つ動かさない無表情。

 

「――そうか。」

 

 それだけ、たったそれだけ残して背を向ける。その一言に……あの日、何よりも恐れていたこの背中に、全幅の信頼を寄せる。

 

 恐怖の象徴(白墨)は、見定める様に周囲を見渡し、何でもないかのように小さく漏らす。

 

「――問題ない。」

 

 一歩を踏み出すと同時に呟かれた言葉を最後に、私の意識は静かに暗闇へと落ちていった。




白墨:八雲紫と式神の仮契約を結んだ妖怪。
契約内容は毎日甘味を貰う代わりに命令(人里)を守ること。

次回は少し遅れますが、できるだけ早く投稿出来るように頑張ります。
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