師匠は藍染惣右介~A bouquet for your smile~ 作:如月姫乃
——私達はいつだって、願いを歪に叶え続けるのだ。
御伽噺を読み聞かせてもらうのが好きだったの。アナタがあまりにも大袈裟におどけながら読み聞かせるから、胸がドキドキして楽しくて、結局寝られないの。
だから、最後は抱っこしてもらう。アナタの腕の温かさを感じて眠るの。
楽しくて、嬉しくて。夢の中でも御伽噺を思い浮かべる。
御伽噺は、御伽噺のままで良かったのに。
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──西流魂街北部。尸魂界最高峰の山脈である『仙人岳』。その頂上に、一人の女性が立っていた。
「……もう十二年経ったよ」
誰もいない土地で、小さな石で作り上げられた墓石にそう彼女は話しかける。
「私はこの通り、元気だよ。寿命は大きく縮んだんだけどね」
困ったように眉尻を下げながら、女性──如月姫乃は墓石の傍に一輪の花を置く。
彼女は、藍染惣右介との死闘の末に、生死の境を彷徨い続けた。しかし、涅が繋ぎ止めた希望と、浦原の頭脳が彼女を助ける結果となった。
「……代償は、権兵衛だった。元々斬魄刀を持たない家系だったし……仕方ないね。今は鬼道と、適当な浅打で戦えてるよ」
姫乃は、その報告の為だけにここに来た訳では無い。
「魂葬礼祭。……瀞霊廷でやると、流石に皆いい気分しないだろうから。此処で私だけでやるね」
死神は、死して霊体は霊子となり尸魂界の大地へと還元される。
隊長に匹敵する霊威を持った魂魄は、大地へと還れない。それを還るようにする為の儀式が、魂葬礼祭である。
霊術院で習う知識であるが、この儀式が実施されることはほとんど無い。隊長が"戦死"する事などほとんど無いからだ。
藍染惣右介は、既に大罪人として護廷十三隊の隊長が得るべき権利の全てを剥奪されている。死後与えられるべきその全ては、認められていない。
「……だからこれは、私個人のせめてもの弔いだよ。皆には秘密ね」
姫乃は、足元にあった小さな籠を手に取る。中には、虚圏で捕まえてきた小さな掌ほどの虚が入っていた。
大袈裟にしたら、見つかるだろう。だから、ほんの些細な見かけだけの儀式だとしても。
それでも、やらないという選択を選ぶことはどうしても出来なかった。
「不思議。此処に来ると、まだ藍染さんの霊圧を感じるの。京楽隊長が言ってた迷信、案外嘘じゃないかもね」
迷信だ。隊長に匹敵する霊威を持った魂魄は、大地へと還れない。
魂葬礼祭は、本当は隊長を地獄へと送る儀式なのではないか。
いつぞやに聞いたその話を思い浮かべて、姫乃はクスッと笑った。
「御伽噺だよ。……けど、それが怖くてこんな小さな虚しか持って来れないの。また"怖がり"って笑うでしょ。笑わないでよ」
返事のない話を振り続け、姫乃は空を見上げる。
暫く沈黙していた時、ふと背後に誰かの気配を感じた。振り返れば、よく知った人物が二人見える。
「浮竹隊長……。京楽隊長……」
「やあ。いい天気でよかったな」
「水臭いねぇ。またボクらに黙って一人で行っちゃうのかい?」
意地悪なその問いに、姫乃は口角を上げる。
「違いますよ。プライベートです。それと、転送装置の無駄使いはダメですよ」
「女の子のプライベートかあ。そりゃあ、是非ともお供したいね」
「……総隊長に怒られますよ」
「はは! 慣れっこだ! 気にするな、如月!」
「全くもう……仕方ないなぁ」
ここに居る三人は、今だけただの一魂魄として立つ。
二人は姫乃の隣に歩み寄ると、墓石に目線を落とした。
「藍染。如月は今度、結婚するぞ。ええっと……名前は確か……」
「ついにボケて来たかい? 浮竹ぇ。銀城君でしょ」
「ああ、そうだそうだ! まだ彼は霊術院生だが、ウチに来る事は決まっているよ」
「藍染君が、また取るのかって小言言いそうだねぇ」
「如月の時も、嫌そうな顔してたしなぁ……」
大罪人であり、名前を出すことすら悪となりうる存在に対して、二人はまるで昔のように話しかけた。
彼は許されない。それでも、二人の優しさが寄り添うことを許す。
「如月にも弟が出来てなぁ。この前立って歩いたと、浦原が喜んでいたな!」
「随分と風情のない家を建てたって噂じゃないか。今度遊びに行ってみようかね」
「ヨーロッパ風の家だったか? いやあ、尸魂界も近代的になってきたなぁ」
姫乃が報告しなかった近況を、二人は次々に口に出す。それを聞きながら、姫乃はクスクスと笑い声を上げた。
先程までしめやかだった雰囲気が、一気に明るくなったような気がしたからだ。
「お父さんの家、エレベーター付きですって」
「え、えれべーたー? あの、現世にある動く階段かい?」
「それ、エスカレーターです」
「そのうち、瀞霊廷の建物中に普及しちゃうんだろうねぇ」
「そうですね。供給に向けて、一応最終準備までは終わってます」
「いやはや……いつのまに……」
答えながら、姫乃は一歩前に出る。やや話が脱線してしまったが、本来の目的がついに始まるのだ。
「……藍染さん。私は幸せだよ」
小さな虚を掴んで、墓の前に掲げる。鬼道で練り上げた炎が、その虚を包み込んだ。
声には出さなかった。
だけど、願ってしまった。
……また会いたいと。
——私達の願いは、いつも歪に叶い続ける。
それは偶然だった。同じ日、同じ時、同じ座軸にて、空間を超えて偶然が起きる。
現世にて、黒崎一護の子供である黒崎一勇が、地獄の門を開いた。
彼にとって、それが何を意味するのか。まだ誰も知らない。
大切なのは、全ての事象が一致してしまったということ。
ゴゥン…………。っと、重低音が場に鳴り響く。
目視で見た光景に、三人は目を見開いた。
「……地獄……門……」
真っ先に情景を口に出したのは、浮竹だった。三人の正面に、地獄へと続く巨大な門が現れたのだ。
「……何故だ……。何が起きて……」
その答えを、姫乃は誰よりも早くに導き出した。
「……地獄側からの干渉を可能にしてしまいました……。均衡が……崩れた……」
「……迷信じゃあなかったみたいだね」
周囲に漂う、地獄の燐気を手に取りながら京楽は表情を堅くする。
「……この虚は、習わしに指定された虚ではありません。儀式と名を付けているだけで、普段尸魂界で虚を浄化している作業と大差ないです……」
「じゃあ、何故っ……!」
「分からないです。その他の干渉が、偶発的か意図的か。どちらにせよ、かかってしまった。……ギリギリで釣り合っていた均衡が、崩れたという事実に変わりはありません」
長い説明と会話をしている余裕はない。ゆっくりと開かれる門を、三人はジッと見つめた。
……パリン。
それは、まるでガラス細工が割れるかのような音だった。
聞き覚えのある音。決して忘れることの出来ない音だ。
地獄の門が半分ほど開かれた時、姫乃の瞳が動揺で大きく揺れる。
「……久しぶりだね。姫乃」
聞き覚えのある声。決して忘れることの出来ない声が耳に届く。
懐かしい眼が、姫乃を真っ直ぐと捉えた。
「あ、い……ぜん……さん……」
振り絞るかのように出した声は、酷く乾いて震えていた。
——この世界はまだ、御伽噺を読み聞かせたいのだろうか。
BLEACH
NEW
BREATHES
FROM
HELL
——獄頤鳴鳴篇
原作に続きがないのと同じく、こちらも続きはありません。