物心ついた頃から何事も惰性と妥協、挫折と共にあった私、多田野ひとみの人生に、突然の終わりがやってきた。どうやら私は死んだらしい。
なにやら寝付けずにコンビニへ向かう途中で事故にあったそうだ。先程から曖昧なのは、目の前にいる人物からそう説明を受けたからだ。この人物が言うには、彼(若しくは彼女)は世界の管理者で本来死ぬ予定ではなかった私が事故で死んだ事はイレギュラーであり、そのままというわけにもいかないので何かしらの対応をとるために私の魂を呼び出したそうだ。宙ぶらりんな生き方をしていたら死に様まで宙ぶらりんだったとは、まぁまぁ笑える結末と思ったのだが、管理者としてはそうはいかないらしい。残りの寿命の分ちゃんと生きないと輪廻転生に狂いが生じるとのこと。ここまで言われ私は生き返る事になると踏んでいたが、前の体に戻るわけではないと言われた。既に事故でぐっちゃぐちゃだし、同じ世界に戻すことは出来ないので新しく別の世界へ行ってもらうと。
世界は変われど私は変わらず半端な人生が再開すると思っていると、イレギュラーのお詫びに何か望みはないかと聞かれた。私は少し考えてこう答えた
叶うのであれば、何かを成し遂げる強さを
と。
そう願った途端意識が遠退き、私は闇にのまれた。
大きな歓声が聞こえ目を開けるとそこは居間の様なところで、うたた寝をしていた様な状態から目が覚めたようだ。先程の歓声の方に目を向けるとテレビで耳や尻尾を付けた少女達が走っていた。アイドル運動会みたいなものかと思って他の状況確認をしようと思ったが、何故か目が離せなかった。運動会でアイドルが走っているにしては、皆あまりにも鬼気迫っていたのだ。まるで走ることに全てを懸けるかの様に真剣に、誰よりも速くありたいという想いを身体ごとぶつけ合うかのように苛烈に走る少女たちを見て、最初はかけっこガチ勢の世界に来てしまったのかなんて少し引いていた私は、気がつけばテレビで歓声をあげている人たちと同じように少女たちを応援していた。私の心はこの少女たちに鷲掴みにされていたのだ。彼女たちに会ってみたい直に走りを見てみたい。そして、生前の私ならあり得ないような想いが心を占めていた。
彼女たちのように走りたい。まるでそれが自身の本能であるかのように沸き上がる強い意思に困惑しながらも、慌てて彼女たちの事を調べた。
調べてわかったのは、彼女たちはウマ娘といい、人々から声援を受け走って歌って踊るまさにアイドルのような存在だということと、そんな彼女たちが集まる学園が存在するということ。それを調べた私は早速その場所に向かったのだが、門の前に着いて早々に頭を悩ます。果たしていきなり来たやつが彼女たちと一緒に走れるのか、と。こちらはやる気満々だが学園というからには入学しなければ入るのも難しく、外部の者が競争しろと押し掛けてどうにかなるものではないだろう。自身を掻き立てた心の熱と負けそうな(というかやみくもにここに来ている時点で負けている)冷静さの鬩ぎ合いに逡巡していると声をかけられた。
「さっきからそこにいるけど、トレセン学園に何か用事かい?」
「あ、いや、用事というか・・・・・・用はあるけど事に成していいのか悩んでるというか・・・・・・えっと、あなたは?」
「俺はこの学園でトレーナーをやってる。内容によっては手伝ったりできるかもしれないけど、聞いても?」
門の中から来たトレーナーと名乗る男は
どうやらウマ娘の関係者のようだ。コーチみたいなものだろうか?そしてどうやら言うだけ言ってみる価値はあるかもしれない。
「えぇと・・・・・・走ってみたいんです。誰でもいいからウマ娘と」
「なるほど、確かにそれはここなら簡単に叶うな。今まで誰かと走ったことはないのかい?」
「えぇ、そもそも(ここに来るまでにも)会ってないですから」
「・・・・・・そうか、そういうことならグラウンド・・・・・・行ってみるか?」
「いいんですか!?」
「あぁ、丁度俺のチームのやつらが今は居るだろうし、見学ってことでついてくるなら大丈夫だと思うぞ?」
「是非お願いします!」
こうして私は運良く学園に入ることに成功した。言ってみるものだね。
グラウンドに着くと、そこでは数名のウマ娘たちが走っていた。
「どうする?軽く走ってくるかい?」
「それもいいんですけど、できたらその・・・・・・レースがしてみたいです」
「まぁせっかくだ、いいだろう。おーい、お前たちちょっと来てくれー!」
集まってきた娘たちは、最初私を見て首をかしげていたがトレーナーさんから話を聞くと興味がわいたようで、獲物を見るような目付きに変わっていた。
グラウンドのコースに入り位置に付く。テレビでみた娘たちは居ないけど、それでも初めてウマ娘と走ると思うと私の鼓動は早まっていく。今か今かとはやる身体は、トレーナーさんのスタートの合図
と共に解き放たれた。
速い! 速い! 速い!
やはりウマ娘たちは速かった。大地を蹴る足は力強く、前へ前へとかけていく。それを見ている私は
転けていた。
そりゃそうだろう。普通に生きてきた人間がいきなり陸上選手の様に走ろうとして上手くいくはずがない。流石に気まずくて横にいるトレーナーさんの方も向けずにいると、彼から言葉が飛んできた。
「いきなり本気で走ろうとするな!先ずは走る速度を上げていく感覚になれるんだ!」
見ず知らずの相手にもアドバイスをしてくれるあたり、彼はまさにトレーナーなのだろう。とりあえず、この場を用意してくれた彼に報いるために、私は走り出した。始めは小走りで。徐々に速く。踏み締める足に力を込めて。一歩一歩を早めていく。最初と違い走ることに身体が馴染んできた時、ようやく他のウマ娘たちに追い付いた。恐らく速度を落として待っていてくれたのだろう。最初はひどかったがちゃんとした競争相手として走りたいと思い声をかけた。
「ごめんなさい、ここからが勝負です」
そう言って走る足に力を込めて、ゴールを目指していく。彼女たちを追い越し、僅かにでも早くゴールへ辿り着くために一心不乱にかけていく。視界の中には流れていく風景だけが映る。いつ抜かれるかわからない焦燥感と先頭を走っている解放感とを感じながら、私は一番でゴールした。
勝利の興奮を感じながら息を整えていると、他のウマ娘たちがトレーナーさんに詰め寄っていた。
「ちょっと!なんなんですかこの娘は!有り得ないでしょう!」
「どういうことだよ!説明しろよ!」
「いや、俺も何が何だか・・・・・・」
どうやら怒らせてしまったらしい。やはり一言言ったとはいえ待っていてくれた相手に追い付いたとたんにダッシュしたのは良くなかったか。
「あ、あの、すいません、待っててくれてたのにご好意を無下にして走ってしまって・・・・・・」
そう伝えると彼女たちはポカンとした。
「いや、待ってないし、何?好意って?」
「あの、誰かと走るの初めてだったので舞い上がってて、転んだ私を待っててくれた皆さんになにかマナー違反をしてしまったんじゃ」
「だから別に待ってなかったんだけど。正直ちょっと油断はしてたけど・・・・・・というかそもそもそんなマナーとかないし」
「え、じゃあ有り得ないっていうのは」
「転んどいて1着になってることよ!」
「転んだら一番にゴールしちゃダメだったんですね!そうとは知らず・・・・・・」
「だーもうそうじゃなくってぇ!トレーナー!説明してください!」
「あ、あぁ、えっとだな、まずレースにおいて相手を立てるルールとかマナーはない。転んだウマ娘が1着になっちゃいけないなんてこともない。そして、まず前提として、彼女たちは転んだ君を待ってなんかいない」
「えっ」
「待ってる様に感じたのなら、それは君がそう思う程に、相手が遅くなってると思う程の速さで彼女たちに追い付いたからだ」
「ということは」
「初めてのレースでスタート失敗して、なにのトレーニングをしていると私たちを追い抜いてそのままゴールしたなんて有り得ないどんだけすごい娘つれてきてんの!ってことだな、さっきのは」
「あ、そういう・・・・・・」
よかった、なにかやらかしていたわけではなかったようだ。
「それにしても、すごい走りだったな!最初の感じからして全力で走ったのも初めてだったんじゃないか?」
「そうですね、そんな感じです。だからトレーナーさんのアドバイスがなかったら多分ちゃんと走れてなかったと思います。」
「いやぁ、俺の言葉がなくても君なら・・・・・・というか、名前を聞いてなかったな」
「あ、そういえばそうでし・・・・・・た・・・・・・・・・・・・」
あれ?私の名前って・・・・・・何?
その後、学園を調べて飛び出してきてしまったが故に自宅もわからない事に気付き何処の迷子の子猫ちゃんだよ状態で慌てた私を、トレーナーさんは学園に掛け合って保護という形で寮に住めるようにしてくれた。どうやら家族の捜索はするとして、私をこの学園に入学させるつもりもあるらしく、色々と準備をしているようだ。そして、名無しのままではいられないので名前をつけることになったのだが、ウマ娘たちと似たような名前としてカタカナで考えた結果、前世の名前をもじってバエトミンネスケという名前にした。ざっくり言ってしまえば凡人みたいな意味だ。
こうしてトレセン学園で過ごすことになった私は、することもないので他のウマ娘たちとトレーニングと称して競争をして過ごしていた。転ばないで走れれば絶対負けないと思っていた私だったが、他の娘たちもコンディション次第では強かった。そんな彼女たちとの競い合いを楽しんでいると、気付けばトレーナーさんの計らいで公式なレースにも出させてもらうようになっていた。
そして・・・・・・
今日行われたドリームトロフィーのレースで私は優勝した。強く速いウマ娘の中でも抜きん出た娘たちが最速を競う戦いで、私は勝利したのだ。正直私のような存在がそんなレースに出てもよかったのかとも思ったが、テレビで初めてウマ娘を見たとき湧き出た走りたいという衝動よりも強く、ウマ娘たちに勝ちたいという気持ちが抑えられなかった。
「やったな!バエト!お前が一番だ!」
トレーナーさんにそう言われ、改めて勝利を噛み締める。生前では終ぞ縁の無かった栄光を求め、それを手に入れられた喜びはとても大きかった。管理者から力を授けられたとはいえ、嬉しいものは嬉しい。
「トレーナーさんがいなければ、私はこの栄冠を掴めなかったと思います。本当にありがとうございました」
「はは、そう言ってもらえると嬉しいよ」
「それにしても、一番にになるってすごく嬉しいんですね、勿論今までのレースの1着にも嬉しかったですけど。なんだか優勝が癖になりそうですよ。いっそオリンピックとか目指しちゃうのもアリですかね?」
「おいおい、ウマ娘が出てきちゃ人類は勝てなくなるぞ」
「えっ?」
「ん?」
「えっと・・・・・・・・・・・・あの、つかぬことをお伺いしますけど・・・・・・ヒトとウマ娘って・・・・・・別?」
「そりゃそうだろう、俺らには長い耳と尻尾生えてないし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっちゃったこれ?」
ウマ娘、職業じゃなくて種族でした。
衝撃の事実が発覚した後、私はすぐにトレーナーさんに自身がウマ娘でないことを明かした。最初は冗談だと思っていたトレーナーさんも私がウマ耳と尻尾を外してみせるとみるみる表情が変わり、事の重大さに顔を青くした。二人で慌てているところにタイミングが良いのか悪いのかウイニングライブの打ち合わせに運営の方とウマ娘達が控え室に入ってきてさぁ大変。どうしてどゆことどうしようと阿鼻叫喚。とりあえずライブどころじゃないとすぐさま会見を開くことになった。何故そんなことをしたのかと詰められ、私はこの世界で起きた時の事を話した。目覚めると何も覚えてなく、テレビで走ってるウマ娘と走りたくなったと。ヒトと違う存在だと思わず耳と尻尾をつけるのが正装だと思ったと話すと周りからの視線が可哀想な子をみる目に変わっていた。私も状況がわかった今同じ話を聞いたらそんな表情をしたと思う。そんなことを考えてると質問はトレーナーさんの方へ。何故気付かなかったのかと問われたトレーナーさんがウマ娘に勝つ耳と尻尾をつけた人間が現れるなんて誰が想像できるかと答えると会場全体がそれもそうかと納得で埋め尽くされ、会見の空気は全員、それで、どうすんのこれ?という状態になった。運営側も今すぐ決められるものでもない締まらないまま会見は終了した。
その後私は優勝記録なし、ウマ娘の登録抹消という至極当然な措置を受けたが、トレーナーさん共々お咎めはなかった。私の勘違いのせいでトレーナーさんに迷惑がかからなくて本当によかったと思っている。そしてウマ娘ではなくなった私はそのままトレセン学園でお世話になりながら、たまにウマ娘たちと走る生活を送っている。第二の人生で勝利に焦がれた私は盛大な勘違いによって栄光を逃したが記録よりも記憶にこべりつく結果を残し、それなりに楽しく過ごすのであった。
脳内にタダノヒューマンというヒト娘が生まれてしまったのが全ての元凶。
バエトミンネスケはBare et menneske デンマークの言葉で只の人って意味らしいです。
文章書くのって難しいですよね、定期的に投稿してる人尊敬します。