早朝、白鷺千聖さんから電話がかかってきた。
突然のことだった。
なにかなと思いつつ、僕は電話に出た。

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4月6日は白鷺千聖さんの誕生日。
ということで記念にSSを投下します(内容誕生日関係ないけど…)。



春風

 

 

目が覚めたのは偶然だった。だから彼女からの電話に出れたのは幸運だった。

スマホに表示されたよく知る名前。なにかと思いつつ、通話ボタンを押す。

 

「もしもし」

 

『起きてるかしら』

 

「今、ちょうど起きたところですよ、千聖さん」

 

『あら、ちょうど良いタイミングね』

 

ご機嫌そうな声音を白鷺千聖さんは発した。その理由を千聖さんはすぐに口にした。

 

『出るとは思わなかったわ』

 

「……じゃあ、なんでかけてきたんですか」

 

流石に非常識な時間帯だと思う。まだ午前4時半すぎだ。ちょっとだけむっとなった。

 

『ごめんなさい。流石に悪いとは思ってるわよ』

 

電話口から申し訳なさそうな千聖さんの声が聞こえた。

 

『ちょっと聞きたいことがあってね』

 

「聞きたいこと?」

 

思わず復唱してしまう。聞きたいことってなんだ。心当たりがない。

 

『ええ。……貴方、今日は暇かしら?』

 

「? 暇ですけど」

 

千聖さんの質問の意図が見えないが、とりあえず質問には答えた。

 

『なら、よかったわ』

 

「……どういうことです?」

 

『ねえ、今から出かけることって、できる?』

 

「…………どういうことです?」

 

余計にわからなくなった。千聖さんはなにが望みなのか。

 

『まず先に私の質問に答えて。はいかイエスで』

 

「それどっちも同じじゃないですか」

 

僕に拒否権はないらしい。いや、いいんだけどさ。なんで威圧感出してるの。

 

『で、どっち?』

 

「……はい。大丈夫です」

 

いいんだけど、なんか納得いかない。

 

『じゃあ、家の前で待っていて。迎えにいくから』

 

と、千聖さんはそれだけ言って、電話を切った。ツーツーという音だけが聞こえる。僕の意見を一切挟む余地がなかった。

溜息をつきたくなった。本当になんなんだろう。とは思いつつ、寝間着から普段着に着替えて、出かける準備をする。なんだかんだ言って、僕は千聖さんに飼いならされているのだ。

玄関の扉を開いて外に出て、風が吹く。まだ冷たさを感じた。もうちょっと陽が昇れば暖かくなるだろうか。

家の前に出て、10分ぐらいして、彼女は来た。肩に小さめのショルダーバッグをかけていた。それに、大き目のスーツケースを引いてきた。……ん? ……スーツケース?

 

「うん、ちゃんといるわね」

 

到着早々、満足げな表情で頷く千聖さん。

 

「いますよ。そりゃ」

 

「寝てるかも、ってちょっとだけ思ったわ」

 

「こんな時間に家の前で待っててって言ったの千聖さんなのに」

 

千聖さんにそんな恨み節をぶつけた。酷いや、言いつけ通り待ってたのに。ちゃんと待っていた僕にこう、ご褒美でもないんですかね。

 

「……ごめんなさい」

 

自分でも色々無茶なこと言っている自覚があったのか、バツの悪い顔をしていた。

 

「謝罪じゃなくて、なにかこう……謝罪の意思を行動で示してほしいですねぇ」

 

「ふざけないの」

 

むぎゅと千聖さんは鼻を抓んで、調子に乗った僕にお仕置きをした。地味に痛ぃ。

 

「ふあけてないれす」

 

ふざけてないです、と言ったつもりだが鼻を抓まれて変な発音になってしまった。

 

「……もうっ!」

 

その言葉と同時に鼻を解放してくれた。ちょっとまだヒリヒリするけど。

 

「……ちょっと屈みなさい」

 

「? ……はい」

 

またしても千聖さんの発言の意図がわからないが、それに従った。

 

「……ん」

 

頬に柔らかな感触が、一瞬だけ、触れて離れた。それが千聖さんの唇だってことに気付くのに少し時間がかかった。

身体が硬直する。不意打ちのそれは僕の思考をフリーズさせた。

 

「……ここ、外ですよ」

 

なんとか搾り出した言葉。僕が言えたのはそれだけだった。

 

「あら、そんなことわかってるわよ」

 

対する千聖さんはなんでもないとケロッとしていた。そこには乙女っぽい恥じらいもなければ、スキャンダルを警戒する様子もない。普段通り、女優ともアイドルとも違う顔。

 

「大丈夫よ。多分だけどね」

 

僕の言わんとすることを察して、千聖さんは先回りしてそう言った。

 

「ここに来るまででいちおう確認はしたわよ」

 

「じゃ、仮にすっぱ抜かれていたとしたら?」

 

「そうね……」

 

意地悪な質問にバッグを持っていないほうの手を顎に当て、少し考え込む。

 

「……その時は貴方に責任取って貰おうかしら」

 

責任と来た。果たしてそれはどうやって取るものなのか。僕の心はニヤついていた。

 

「私と一緒に世間様から罵詈雑言の嵐を受け止めましょう? あと、生卵とかゴミを一緒に投げつけられると思うから一緒に、ね?」

 

「えぇ……」

 

なんか僕の予想とは全く違う答えが返ってきたんですけど。でも現実的に考えたら割とありそうではあるんだよなぁ……。想像したくない。

 

「冗談よ。その時は貴方の考えてる通りの責任の取り方でいいわよ」

 

あまりにも僕の表情が酷いものだったのか、千聖さんはあっさりと撤回した。そして僕の表情は再びだらしのないものになった。

……ごほんっ。いかんいかん。

 

「ええっと……千聖さん、そろそろ目的を教えてもらっていいですか? あとそのでかいスーツケースは一体……?」

 

締まりのない緩んだ顔をなんとか戻して、いい加減本題に入ろうとする。早朝に用事とは一体なんなのか。

千聖さんが持っているのは旅行に行くときに使うようなサイズのスーツケースだ。そんなものを持ってどうしようというのか。

 

「目的? 貴方はなんだと思う?」

 

「質問を質問で返さないでくださいよ……」

 

とはいえ、考えてみよう。スーツケースの大きさから遠出するのが目的と見るのが一番自然か。まさかあの中に死体が入っているとか、映画じゃないのだからそんなわけはないだろうし。

遠出をするのが目的として、僕のところまで来たのはなぜだろう。ロケで地方に行く前に会いに来た、とか? あるいは、一緒に旅行とか? いや千聖さん有名人だし、それはないか……。

 

「どっかにロケに行く前に会いに来た……とかですか?」

 

「そうよ」

 

まさかの正解だった。千聖さんは僕が正解したのがつまらないのか、面白くなさそうな顔をしていた。

 

「……僕が寝てたらどうする気だったんですか?」

 

「起きるまで鬼電よね」

 

まさしく鬼だ。

 

「冗談よ?」

 

可愛らしく首をちょこんと傾げている千聖さんが恐ろしく感じられた。

 

「冗談だと思えないんですけど」

 

「もう、貴方は起きているのだから細かいことはいいじゃない」

 

細かくないよ。朝の睡眠は死活問題だと思う。ただこのまま問い詰めても千聖さんは本当のところはいわないだろうな。

 

「ついてでに駅まで送っていってくれないかしら?」

 

「本気ですか?」

 

思わず口から出たのはそんな言葉。スキャンダルになったりしないか、心配になってしまう。

 

「本気よ」

 

「大丈夫ですか? スキャンダルとか……」

 

「大丈夫よ。ちゃんと変装するし、ね」

 

そう言いつつ、肩にかけられた小さな鞄から眼鏡とシュシュを取り出した。

その顔にはそんなことわかってるわよと言いたげで、不覚にも格好いいと思ってしまった。

 

「……バレても、知りませんよ」

 

送っていくことに問題はない。彼女が白鷺千聖だって周りにバレてしまう可能性があること以外。あんまり一緒にいることができない千聖さんと一緒にいれる時間が作れるというのもある。……これが毎日だと流石にキツイけど。

 

「……バレてもいいって、ちょっとだけ思っちゃってるわ」

 

僕の言葉に千聖さんがそう言った。言った後、はっとした顔を千聖さんがした。演技か真実か、僕にその区別がつかない。

 

「プロ失格、ね」

 

寂しげな横顔。僕はそんなことないよ、なんて言えなかった。

 

「……眼鏡、似合ってますよ」

 

その代わりに出てきたのはそんな台詞だった。的外れだと自分でも思った。

 

「当然よ」

 

だけど千聖さんはくすっと笑ってくれた。だからこれでよかったんだって思うことにした。

 

「そろそろ駅に行きましょうか?」

 

「荷物持ちますよ」

 

「あら良い心掛けね」

 

満足げな千聖さんから引いていたスーツケースを預かる。

スーツケースの取っ手を持って、ふっとある考えが過ぎる。信じたくない考えだが、千聖さんに真相を確かめることにした。

 

「……そのために荷物持ちのために呼んだとか、そんなことないですよね?」

 

「どうかしらね」

 

「はぐらかすのやめて」

 

「ふふっ」

 

千聖さんは微笑むだけ。いや、いいけど。荷物持ちのためだけでも。

 

「行きましょう?」

 

千聖さんがそう言って、駅へ向かって歩き始める。僕もその隣につく。

 

「ねえ」

 

歩き始めて数秒も経たない内に彼女が声を上げた。

隣を見る。そこにはいなくて、僕の斜め後ろに千聖さんはいた。立ち止まっていた。彼女の方を向く。

 

「私をエスコート、してちょうだい」

 

手を僕の方に伸ばして、差し出してきた。

 

「……外ですよ」

 

「いいのよ」

 

変装もしているしね、と千聖さんが言う。

 

「だって、貴方とちょっと離れてしまうのだから……。少しでも近くで触れていたいのはおかしいかしら?」

 

内心いいのかなと迷いつつ、千聖さんのその言葉で決心がついた。握ろう、その手を。

きゅっと、その綺麗な手に触れ、握りしめる。ひんやりと冷たい感触。瞬間、僕の身体は熱くなる。

そんな僕を千聖さんは鼻で笑った。

 

「まだ慣れていないのね」

 

「うるさい」

 

千聖さんだってきっとまだ慣れなくてドキドキしてるはず……かどうかはわかんないや。してなさそうに見えるし、しててもポーカーフェイスしてそう。

 

「……私だって、まだ慣れないわよ」

 

ぽつりと千聖さんが呟いて――風が吹いた。

一瞬空耳だと思った。だけどそれは春風の幻聴じゃなくて現実だった。現実のはずだ。……確かめたくなってきた。

 

「ねえ、千聖さん」

 

「――ほら、行くわよ」

 

千聖さんは僕の声を無視して、まるでスキップするかのように軽やかに歩き出す。僕を抜かしていって、先へと進んでいく。引っ張られる。

僕は慌てて千聖さんを動きに合わせて進む。冷たい風がまた吹いて、彼女の髪を揺らした。

 




お目汚し失礼いたしました。
ありがとうございました。

最後に、
千聖さん誕生日おめでとう!

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