TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。 作:ソナラ
――少女達が、花畑でピクニックを楽しんでいた。
四人の少女だ。全員が同年代で、年齢差はあっても一年程度。
全員が同じ学生服を着ていて、その学生服は近所でも“かわいい”と評判の女学園のものだった。
少女たちは、どうやらピクニックにやってきたらしい。制服姿というのは目を引くが、シートを敷いてサンドイッチを楽しむ姿は、絵になる光景と言えた。
「――シェード、飲み物とってくれるか?」
「うん、アツミちゃん」
「あ、シルクちゃん、苦手だからってピーマン弾いちゃダメだよ!」
「いや、だって苦いし……ちょっとくらいいいじゃない、ランテ」
四人の少女は、それぞれ大人しそうな少女がシェード、勝ち気な少女がアツミ。
一つ年下のランテと、シェード、アツミからみて一つ上のシルク。
同じ学園の生徒ではあるが、学年はそれぞれ離れている、これまた不思議な組み合わせだった。
「それで――そろそろ生活にはなれましたか? シルク先輩」
「いや、なんか……やっぱ違和感あるからシルクだけでいいわよ……」
ニコニコと、シェードに先輩呼びされたシルク。気まずそうに頬をかくのが可愛らしいのか、シェードはてれてれと笑みを浮かべている。
「っていうか、なれる慣れないでいえば、アンタ達もそう変わらないでしょ」
「いや――? そうでもねぇな」
「人の生活って、どこでもそう変わるものじゃないからねぇ」
アツミとシェードが、口を合わせてそうでもない、という。シルクにしてみれば心底羨ましい話だ。
「ま、読心が使えねぇのは、いささか面倒だなって思う時もあるけどな」
「読心をあそこまで便利に使いこなせるのは、アツミお姉ちゃんくらいじゃないかな……」
しいて言えば、といった様子で読心の名前をだすアツミに、ランテはどこか困ったように苦笑する。面の皮が厚い、というと言い方が悪いが、流石にアツミほどの図太さを持つ読心能力者なんて、創作にもそう出てこないだろうと思った。
――四人の繋がりは、周囲からしてみれば意外なものだ。
同学年、同じクラスだったアツミとシェードはともかく、ランテとシルクはここ最近になって突然繋がりができたのだから。
それもそうだ。彼女たちのつながりは、言ってしまえば別の世界の繋がりなのだから。
「にしても、あれから一ヶ月、ねぇ。……ほんとに一ヶ月しか経ってねぇのか?」
「私も……もっと経ってるような気がするよぉ」
――マナを巡る戦いから、一ヶ月が過ぎた。
マナを消失させるために戦い、そしてその終わりを見届けた戦姫たちは、歴史が書き換わった世界で、書き換わる前の世界の記憶を思い出した。
目覚めた世界で、戦姫たちはこの世界の記憶と元の世界の記憶を同時に有し、そのことに困惑しながらも、なんとか日常生活に溶け込もうと努力している。
幸いないことに、アルテミスに通っていた学生たちは全て同じ学園の生徒ということになった。今や生徒の半数近くが並行世界の自分の記憶を持つという、なかなか中二っぽい学園と化したこの世界の学園で、少女たちは互いに色々とサポートをしあいながら生活している。
その中で、一番のイレギュラーは間違いなくシルクだ。戦姫ではなかったが、あの場にいたことで歴史改変に巻き込まれたのだろう、普通の女学生として学園にその姿はあった。
じゃあヘルメス・グランテとのつながりはどうかというと、存在しない。シェードの実家を頼って調べると、なんとシルクそっくりの老婆とコンタクトを取ることができたが、血の繋がりは一切なかった。そんなシルクの両親は、シルクにとってはどこかで見たことあるような顔立ちだった。というか兄弟だった。片方が女になっていたという衝撃の事実にシルクは脳が焼かれたものの、家族仲は良好らしい。
他にも、アルテミスに在籍していなかったクロアがアツミの幼馴染として同じ学校に通っていたりもした。
そして、既に卒業していた者たちはそれぞれ、大学生になっていたり、社会人になっていたりするのだが。
その中でも一際目立つのが――
「それにしても、カンナ先生が世界的なアスリートになってたのはびっくりだよぉ」
「この国初の世界制覇とか、びっくりだよね」
「ローゼセンセも世界的な研究者になってたしな……ところで、ローゼセンセ同性でも子供を作れる研究してるって聞いたんだけど、ガチなんかね……」
「いや、私に聞かないでよ……」
カンナとローゼはこの世界でも優秀だったのか、なんというか、すごい人になっていた。学園の教師でなかったことは残念だが、どうやらふたりとも学園のOBではあるらしい。
「まぁでも、一番驚いたのは――」
と、ランテが話を広げようとしたところで――
「ごめんなさい、おまたせした」
――後からやってきた少女が一人、声をかける。
それに、
「あ、アルミアさん!」
ランテが反応した。
――アルミア・ローナフ。彼女は意外なことに、この時代の人間になっていた。元はと言えば彼女こそがミリア・ローナフだったわけなのだから、驚くことでもないのかもしれないが。
とはいえ、その上で名前がアルミアとなっているのは、実際驚くべきだろう。
「遅かったじゃない、そんなに大変だったの、生徒会の仕事ってやつ」
「別に、ただ少し道に迷った」
「いや連絡しろよ……」
迎えくらい行くっての、とアツミは嘆息。
アルミアは生徒会長という立場になっていた。学年はシルクとおなじで三年生。まさか学生になるとは思っていなかった大勢の戦姫から、恐怖の生徒会長として恐れられている。
とはいえ、本人は結構抜けているだけの普通の少女なのだが――この辺り、ランテ達もこの世界で付き合いをもってから初めて知った部分だ。
「とりあえず、これで全員揃ったか?」
「そうだね、時間ももうそろそろだと思う」
時刻は夕方。
もうそろそろ日が暮れる。そんな時間にピクニックを、と周りから思われもするが、それはそれ。そもそも彼女たちは目的をもってここを訪れたのだから。
「――あ、流れ星」
ふと、ランテが気がついて指をさす。
ぽつり、ぽつりと流れ星がいくつも空を横切り始める。それらはやがて雨のように降り注ぎはじめ、空を彩った。
――流星夜、とこの世界では言うらしい。
昔から特定の晩に、存在しない流星が空を駆ける現象。現実的に考えてありえないはずのそれは、この世界で人類が文明を築いたころから存在していたせいで、当たり前のものとして受け入れられた。
しかし、戦姫たちだけはこれが何であるか解る。
魔導の痕跡、マナの痕跡。そして――
「――あれが、ミリアが最後に残した魔導、か」
――ミリアの痕跡だ。
あれから一ヶ月、地球上どこを探しても、ミリアの姿は見つからなかった。
存在自体が消えたわけではなかった。
アルミア・ローナフの妹に、ミリア・ローナフが存在することはアルミア自身がよく覚えていた。この世界の記憶から、そのミリアが皆のよく知るミリアであることも確認できた。
しかし、どこにもいなかった。
アルミアが記憶を思い出したその日から、どこかへ消えてしまったのだという。両親はそこまで悲観していない。ミリアがどこかへ行くのはこれが初めてではなく、一ヶ月というのはその中では最長だが、いずれ帰ってくるだろう、と。
けれど戦姫たちがどこを探しても、ミリアを見たという人間はどこにもいなかったのだ。
それから一ヶ月。ランテ達は、ミリアの居ない世界で暮らしている――
「――私ね、魔法を作りたかったの」
ぽつり、と空を見上げながらシェードは言った。
「どうしたんだよ、こんなときに」
「聞いて? 魔法っていうのはね、魔導じゃないの」
「あ? 同じだろ。ミリアが頑なに魔導を魔法って呼んでたみてぇなもんだろ?」
「そう、それ」
ピシっとアツミの顔を指差して、鋭くシェードは目を細めた。
「私もね、最初はミリアちゃんが魔法と魔導を間違えてるんじゃないかって思ったの。でも、あそこまで頑なに魔法って呼ぶってことは間違えてない。いくらミリアちゃんでもそこまでアホじゃないよ」
「いや、アホでしょ」
「あまり否定できないような……」
「アホじゃないの! だから、つまりミリアちゃんにとって、あれは魔導じゃなくて魔法だったんじゃないか、って思うんだよ」
ぷくー、と膨れた頬をすぐに戻して、シェードは続ける。
「その二つは何が違う?」
「魔法は――本当の意味で、魔法だったと私は思うの」
魔法。
おとぎ話の中にでてくるそれは、かつてシェードの憧れだった。希望の見えない未来の中で、それだけが希望のようで、幸福をもたらしてくれるかのようで。
「魔法って、誰かを幸せにするものだと思う。魔導みたいに特別なことは起こせなくていい。ただ、幸せにしたいっていう想いが起こす奇跡を、ミリアちゃんは魔法って呼んでたんだと思う」
「そこまであいつが考えてたかねぇ」
「まぁ、そこまで具体的にどうってわけじゃないと思うけどね」
多分ミリアに聞いたら、擬音や変な喩えマシマシでかえしてくるだろう。そういうのはたいてい本人もよくわかっていないのだ。
ともかく、そんなミリアに憧れたシェードは、
「だから私は――ミリアちゃんを幸せにする魔法を作りたかったんだ」
魔導の研究という道に、進んだ。
「きっとミリアちゃんはどこかで無茶をするだろうな、って思った。いずれマナをミリアちゃんがなかったことにしたとして、そのときにミリアちゃんが帰ってきてくれるか、私はずっと不安だったの」
「……」
「だから、どんなことがあっても帰ってこれるように、準備した」
朗々と語るシェードに、口をはさむ者は居ない。
「あの空がそうであるように、マナで創ったものは永続して残り続ける。だったら、マナが消えてミリアちゃんが帰ってこれなくなっちゃった時、帰ってこれるものを作ろうと思った」
そうしていくつものものを用意した。
衣服を魔導機にする研究、衣服を自由に別のものへ帰る研究。魔導タンクをマナがなくても使えるようにしたりとか、それは色々だ。
「過去に転移した頃から、こうなるんじゃないかっていうのは、ずっとミリアちゃんと二人だけで相談してきた。どこから黒幕さんにつながるかもわからないし、全部がおわるまで、二人っきりの秘密だったんだ」
けれど、それもようやく終わる。
そうしてシェードは、
「ミリアちゃんは皆を幸せにする。だから皆はミリアちゃんと一緒に頑張る。それがきっとミリアちゃんにとっての幸せで、ミリアちゃんはそれで満足だったんだとおもう。だけど――」
空を見上げた。
流れ落ちる一番星。
それを眺めて、シェードは、
「一人くらい、ミリアちゃんの幸せを誰よりも願う人がいても、いいよね?」
涙を堪えながら、つぶやいた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
直後、凄まじい勢いで回転しながら頭から降ってきたミリアが、地面へと激突し、クレーターを作った。
本人には傷一つついていなかった。
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ミリアです!
一ヶ月の沈黙を破り、今ここに再びミリアです! いちにーさんしーミリミリアです!
ああやめて、ミリアあれは噛んだだけなんです!
さて、シェードちゃんが用意した制服を改造した特殊宇宙服によって、無事に帰ってくることができました。記憶だってほれこの通り! これもシェードちゃんが、もしもの時のためにって、“私自身”に記憶をのこしてくれたおかげです。
細かいことは魔導が解決しましたが、要するに脳に記憶を焼き付けたって感じ。マナのある世界では魂と肉体が別に存在したからできた荒業ですね。
魔導は永続する、シェードちゃんの考察あってこそ、魔導がなくなった後も無事に帰ってくるためのあれやこれやを準備できたのでした。
「うわああ本当に落ちてきた!」
「シェードお姉ちゃん、もうちょっと静かに落下させられなかったの?」
完全にびっくりして引いているシルクさんと、喜びつつも呆れている様子のランテちゃん。ふたりとも、制服はとっても似合っている。
初めて見るので、とても新鮮だ。
「そこまでは時間がなかったんだ、しゃーねぇだろ」
「……それにしても、本当に生きてる。人体の神秘」
アツミちゃんとアルミアさんも、なんか呆れた様子で見ています。もうちょっとこう、喜んでくれてもいいのでは!?
「つってもな、そろそろ帰ってくるってのはシェードから聞いてたし……」
「お姉ちゃんがいなくなっちゃうとかありえないしね」
「日頃の行いを反省するべきよ」
「同意」
なぁーんでぇー!?
思わず悲しくて涙が出てしまいそう。
いや、私生まれてこの方、涙なんて流したこともないんですが。うわー薄情者。
とか考えていると、
「――ちょっと! あんな速度で落ちるなんて聞いてないんだけど!?」
私の着ている服から、よたよたとちっこいアイリスが飛び出してきた。
だいたい四歳くらいの、ただでさえ私と同じくらいのサイズだったアイリスが更にミニマムになった姿。
「あ、アイリス!?」
「あ、お姉ちゃん! やったぁ帰ってきた! お姉ちゃんも無事でよかったよ!」
ぴょんぴょんと、当たりを跳ね回るミニマムアイリス。なんだか年相応といった感じの飛び回り方で、見ていて少しだけほっこりする。
まぁ中身はアイリスなんだけど。
――さて、どうして消えたはずのアイリスがこうしてミニマムになっているかというと、私が限界突破をしたからだ。どこから代償をとってきたかって? そこに役目を終えたメルクリウスの残骸があっただろう?
そもそもの話、アイリスはあの時ヘルメスの記憶を消すのではなくて、私を地上に転移させればよかったのだ、本来なら。
しかし実際には私は地上に帰る手段があり、アイリスも私からそれをこっそり聞いていた。ヘルメスの隙を突くように頼んだのもそのときだ。
だからアイリスはためらうことなく自分を代償にした。そのあと私がメルクリウスを代償に限界突破したのは、予想外だったみたいだけど。あと、既にだいぶ消えかけだったので、色々中途半端になってこんなミニマムになったのは私も予想外だったけど。
とはいえ、
「――私も、こうしてアンタにまた会えたら、嬉しいって素直に思えたわ」
シルクの泣き顔が、答えだ。私の行動は正解だったのである。
さて、何にせよ私は帰ってきたのだ。当たりを見渡すと、人だかりができている。突然空から女の子が降ってきたのだから当然といえば当然か。
――と思ったら私の顔を見て、何故か皆さん「なんだミリアか」と帰っていってしまったんですが、どういうことですかちょっと!?
そして、その時。
――私の体に、誰かが抱きついてきた。
ああ、この暖かさは、シェードちゃんだ。
見れば、泣きじゃくった顔でこちらを見上げている。もう、助けるために一番頑張った本人が、そんな不安そうにしててどうするんですか。
でもまぁ、こうやってシェードちゃんの顔を見れて、私も嬉しい。
だって、
「――ただいま、シェードちゃん」
「……おかえりっ! ミリアちゃん!」
私は帰ってきたんだから。
――明日も解らず、
未来だって不透明。
万能とも言える力なんてない、
それでも当たり前に、
解らないからこそ希望に満ちた、
――明日、という世界に。
以上を持ちまして、
「TS転生悪役令嬢は、自分が転生した作品を勘違いした。」
完結となります。
またいつか、何かの機会にお会いできれば幸いです。
なにか質問等ありましたら、感想でいただければできるかぎり返信しようと思います。
ここまでお読みいただきありがとうございました。