「はぁ……何やってんだ俺は」
クリストファーと分かれ、1人で生徒会室へと向かうセクレタリアトは道すがらにため息をついた。
「いい歳してキレかけるなんてほんとみっともねぇ……後でおじさんに謝らねぇとなぁ……」
先程までは少しばかりイライラしていたものの、1人になったことで大分頭が冷えて思考が正常に戻ってきたセクレタリアトはクリストファーに向けて放った言葉を反省しつつ、少しばかりの自己嫌悪に苛まれていた。
「それにしても……レースに出て欲しい、か」
クリストファーにどうやって謝るべきか思考を回してる最中、ふと先程の言葉がセクレタリアトの脳裏を過ぎった。
レースに出て欲しい。走るところをもっと見たい。そう言ってもらえるのは正直に言って1人のウマ娘として非常に嬉しい言葉ではある。
セクレタリアトとて走るのは好きだ。自分が走ることで誰かが喜んでくれるというのであればいくらでも走ってあげたいという気持ちはある。
だが───
『セクと走るの……もう嫌になっちゃった』
三冠を取ったあの日から、ずっと頭にこびり付いて離れない言葉があった。
「……分かってるさ、シャム。俺みたいなヤツはレースに出ない方がいい」
誰に告げる訳でもなく1人そう呟きながら歩き続けると、暫くしてセクレタリアトはようやく生徒会室へと辿り着いた。
コンコンとノックをすると中から低い女性の声で「どうぞ」という声が聞こえ、セクレタリアトは「失礼します!」としっかり声を掛けてから扉を開いて部屋の中へと入った。
「よく来た、セクレタリアト。急に呼び出してしまって申し訳ない」
そう言って語りかけて来たのはこのトレセン学園の生徒会長であるシンボリルドルフだ。部屋の中には彼女だけしか居らず、生徒会長の机の前に立ってセクレタリアトへと視線を向けていた。
「いえ、気にしなくても大丈夫ですよ。シンボリルドルフ会長」
いつもならば(生シンボリルドルフだぁあああああああ!? ウマ娘になってもめっちゃ凛々しくてカッケェ! イケメンすぎる! しかもなんか実物ってこともあるせいかめっちゃオーラみたいなの感じて半端ないな! ウヒョオオオオ!!)などと考えたりするものだが、この時ばかりはテンションが下がりきっていたこともあってセクレタリアトは特に変なことは何も考えることなく自然体でシンボリルドルフと接していた。
「おや、トレーナーと一緒に来て欲しいと伝えてあったはずだが……君1人か?」
「えぇ。勝手ながらではありますが諸事情によりトレーナーには少しばかり席を外してもらいました。自分だけでは話せないということであれば、また後日トレーナーと揃ってお話をお伺いさせて頂きますが……」
「いや、大丈夫だ。君のトレーナーに関しては出来れば一緒に来て欲しかったが、最悪居なくても問題は無いよ」
シンボリルドルフはそう言いつつ机の前から離れ、セクレタリアトの方へと近付く。
「お互いこうして話すのは初めてだな。君がこの学園に来た時からずっと話し合いたいと思っていたんだが、生憎と今日は時間が無くてね。早速君のチーム結成についての話をしたいからソファーにかけてくれ」
「えぇ、失礼します」
対面するようにセクレタリアトとシンボリルドルフは部屋の中に置かれているソファーへと腰掛けた。
「ふっ、そんな畏まらなくていい。生徒会長という立場ではあるが、同じ学び舎の友として気楽に接してくれて構わない」
「畏ま……いや、分かった。そういうことなら気楽に話させてもらうぜ」
「あぁ、是非そうしてくれ。君に畏まられるのは少しむず痒い気がするからな」
アメリカの三冠ウマ娘と日本の三冠ウマ娘。同じ三冠ウマ娘ではあるがシンボリルドルフはこの学園の生徒会長ということもあってセクレタリアトは目上の人間に対する姿勢で居たが、シンボリルドルフ的にはそれがおかしく見えたようだった。
「それで、会長はどうして俺を呼び出したんだ? 何かチームを作ると不味いことでもあったのか?」
「いや、そんなことは無いさ。ただ、引退したはずの君がチームを作りまたレースに出走するつもりだという話をブライアンから受けてね。世界的にも活躍した君が日本で現役復帰するなんて話が本当なのか事情を詳しく確認する必要があったからこうして呼び出したんだ」
「…………」
やっぱりか、とセクレタリアトは無言のまま内心でそう思う。レースになんて出る気は無いというのに、シンボリルドルフ達はセクレタリアトがレースに出て現役復帰するのだと勘違いしている。
「あ〜……シンボリルドルフ会長。俺は別にレースに出るつもりは───」
「あぁ、みなまで言わなくても分かっている。君は現役復帰するつもりだなんて無いのだろう?」
「へっ……?」
シンボリルドルフの誤解を解くべく、レースに出る気は無いと伝えようとした瞬間にそう言われ、セクレタリアトは思わず呆然とした。
「君に話を聞くだけじゃなく、事前に他の人にも聞いてみたら君は以前レースに出ずにチーム登録する方法があるのか担任の教師に相談していたことがあるそうだね?」
「あ、あぁ……」
「なら、そんなことを聞いている人物がわざわざレースに出ようとする筈が無い。君がチームを作ろうとしているのはキングヘイローとハルウララを含めたウマ娘達をレースに出させるため……違うかな?」
自分の思っていたことを全て言い当てられ、セクレタリアトはコクコクと首を縦に振ることしか出来なかった。
(……やはりか)
そして、その様子を見ていたシンボリルドルフの中である仮説が組み立てられていく。
(事前に得られた情報からして、セクレタリアトは最初からレースに復帰するつもりなどない。だが、それでもチームを作ろうとしたのはキングヘイローとハルウララ……そして、それ以外にも目に付いたウマ娘の勧誘が目的か)
一見、今回のチーム結成騒動に関して言えばセクレタリアトが現役復帰するために作ろうとしていると見られるが、以前にもセクレタリアト故障説を考えていたシンボリルドルフからしてみれば今回の騒動はまた別の見え方をしていた。
(セクレタリアトが日本に来たのは後継者を探すため。それがどのような基準の元に誰が目に付いたウマ娘なのかは皆目検討もつかないが……昨日の模擬レースで凡才だったキングヘイローがエルコンドルパサーに勝利した走りを見せ、それをアピールにしてチームを作り有力なウマ娘を囲い込もうとしているのだろう)
シンボリルドルフから見て、キングヘイローはそこまで走りに才能があるタイプでは無かった。にも関わらず、昨日の模擬レースにおいてキングヘイローは1位をもぎ取った。
レースで勝利するためには努力を積み重ねるのは勿論のことだが、生まれた時から有する才能の有無が天と地程の差を生む。
才能を持つ者と持たざる者。この両者では圧倒的に前者の方が勝者になりやすく、後者の方が敗者になりやすい。
これを当て嵌めるのであれば、前者がエルコンドルパサーで後者がキングヘイローだ。
エルコンドルパサーは誰が見ても才能を感じさせる走りを持っていた。それに対してキングヘイローの走りはフォームこそ綺麗なものの特に秀でた才能は見受けられなかった。
にも関わらず、先の模擬レースで勝ったのはキングヘイロー。凡才という言葉を跳ね除け、作戦によって勝利を手にした彼女の立役者は誰かといえばそれは間違いなくセクレタリアトとそのトレーナーだろう。
セクレタリアトが学園に留学してきてから僅か1ヶ月程度。たったそれだけの短い期間で凡才だったキングヘイローを天才のウマ娘相手にでも勝てる術を身につけさせつつある。
目敏い者であればその育成手腕に目を見開き、どのようなトレーニングをしたのか聞きたくなるぐらいにはセクレタリアト達は凄いことをしでかしたのだ。
(凡才でも天才に勝てる。そのことを証明した以上、より更なる高みへと登ることを望むウマ娘達がセクレタリアトの元へと訪れようとするのは自明の理だ)
誰だってレースに出るなら勝ちたいに決まっている。だからこそ、多くのウマ娘がセクレタリアトの指導を受けたいと願うのは当然のことだ。
しかし、セクレタリアトはトレセン学園においてはあくまでただのウマ娘。トレーナーでもなんでもない以上、頼んだからと言ってトレーニングを付けてもらえるかは分からない。
だが、今回セクレタリアトがチームを作ったとなれば、あくまで同じチームメイトとして色々と教えてもらえることは出来るかもしれないのだ。
(セクレタリアトがチームを作ったとなれば、どんな事をしてでも強くなりたいウマ娘達は我先にと志願することだろう。後はその中から目に付いたウマ娘を選び、チームのメンバーとして囲い込んで離さなければいい)
正に一石二鳥。キングヘイローを使って見出した弱者から強者へなるための可能性を餌にして勧誘をしやすくすると共に実力のあるウマ娘をチームメンバーとして縛り付けれるのだ。
(これが全て計画され尽くした上での行動であるならば、これまでの私達は全て彼女の掌の上で踊らされていたことになるな……)
元々この学園に居たと思われるセクレタリアトと繋がるタイキシャトル以外の人物の特定も出来ていない。その人物を特定しようにも、セクレタリアトがチームを作ってしまえばチームに殺到する志願者達の中に紛れて姿をくらませる事がシンボリルドルフには容易に想像できた。
学園に留学してくる前からここまでの未来図を描き、実行し、完遂させつつあるというのであればセクレタリアトは正真正銘の化け物でしか無かった。
「チームを作るのは別に構わない……が、しかし、念の為私の方でも確認をしてみたのだが、残念なことに君をチームの1人として登録するのは結構難しいようだ」
「は、はぁ……?」
どういう事なのか事態を飲み込めず目を白黒させるセクレタリアトに対して、シンボリルドルフは畳み掛ける。
「海外で引退したウマ娘が日本に留学してチームの登録だけするなんて事例は過去に無くてね。それに近しい規定はあっても明確な規定が作られていないんだ。だから、君をチームの1人として登録するならば規定を作る所から始めなければならないため、申し訳ないが時間が非常にかかることになってしまう」
「あぁ、なるほど……ちなみにどれぐらいの時間がかかりそうなんだ?」
「そうだな……早く見積もっても1ヶ月。下手すると数ヶ月近くはかかると思う」
「なっ!?」
シンボリルドルフの話を聞き、セクレタリアトは驚きのあまり目を見開いたが、しかし考えてみればそれもある意味当然のことと言えた。
チームというのはあくまでレースに出るウマ娘のためにある。チーム内同士で競い合い高め合い、実力を付けて他のウマ娘達と競い合う為の大事なシステムだ。
それを海外で活躍したとはいえ既に引退したウマ娘がレースに出る気も無いのに登録だけしたいだなんてのはよくよく考えてみれば筋が通らない話と言えた。
しかもそんな話はこれまで前例が無かったこと。前例が無いから何をしてもいいという訳ではなく、どうするべきかの明確な規定を作り上げなければならないのは仕方の無い事だった。
「数ヶ月って……もっと早めることは出来ないのか?」
「それに関してはトゥインクル・シリーズを運営しているURAに聞いてみない限りにはなんとも言えないが……少なくともどうにもならないだろう」
「マジかよ……」
シンボリルドルフの話を聞き、セクレタリアトは額に手を置いて天を仰ぐ。
レースに出るのにチームの参加は必要条件。数ヶ月も規定が作られるのを待っていてはデビュー戦の時期なんてとっくに終わってしまう。
デビューするのが遅ければ遅くなってしまう程、その分だけ出場できるレース数は減ってしまうためGⅠレースに挑む機会がどんどん遠くなってしまうだろう。
規定が出来上がるのを待つためだけにキングヘイローとハルウララのデビューを遅らせてしまうぐらいなら、他のチームに入れてもらうかもしくは誰か他のウマ娘を勧誘してセクレタリアトを除いたチームを作った方が早かった。
「あ〜、分かった。わざわざ教えてくれてありがとうな、シンボリルドルフ会長。今のことを踏まえてチームのことについてトレーナー達とも話す必要があるから、もう一度深く考えてからどうするか決めるよ」
「あぁいや、早とちりしないでくれ。話はまだあるんだ」
チームを作れない以上他の手立てを考える必要が出てきたことでセクレタリアトは頭を悩ませながら席を立とうとしたが、シンボリルドルフはそれを止めた。
「私としても君達が折角作ろうとしたチームが作れないというのは心苦しい。そこでだ、1つ提案があるんだ」
「提案……?」
怪訝そうに見てくるセクレタリアトに向けて、シンボリルドルフは人差し指を立てながらニヤリと笑った。
「私の知り合いに1人、どこのチームにも入っていないウマ娘が居るんだが───君の代わりにその子をチームに入れてもらえないだろうか?」
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