「……冗談だよ」
そう言って私の顔を見た彼女の──タキオンの目は、どう見ても本気だった。
※人によっては不快に感じるタイトル、内容、描写、表現であることを自覚したうえで書いております。読者同士での討論および本作品への過剰な暴言等はお控え下さい。
「う~~~~~ん……」
「いつにも増して悩ましげですね」
「そう見えます?」
トレセン学園の一角、ウマ娘たちが食事に利用している食堂の隅で、2人用の席に私と向き合うようにして座っている桐生院トレーナーがそんなことを言ってくる。
「
「それ褒めてないですよね」
「…………それで、どうしたんですか」
誤魔化しおったな。
ともあれ、私は桐生院トレーナーに先日タキオンに言われたことを話──そうとして、ふと思いとどまる。いや、なんて言えばいいんだ。
バ鹿正直に『タキオンに子供がほしいと言われた』って? いやいやいや、桐生院トレーナーみたいな常識人にそんな事言ったら頭がおかしいと思われてしまうだろう。そもそも同性だし。
「あの、水無瀬トレーナー?」
ではなぜあのような事を言ったのかについての考察をせねばなるまい。あんなにも無意識にポロっと溢したような発言にどんな意味があるのかは疑問ではあるが、『子供がほしい』と言うからにはなんの意味もないとは思えない。
「水無瀬トレーナー、聞いてます?」
であるならば、この場合における『子供』の定義とはなんなのか。タキオンは面倒くさい性格──とはいえそこが可愛いのだが──をしているし、そのままの意味で私との間に子供を儲けたいと言っているとは思えないのだ。すなわちタキオンの言う子供とは、もしや実験による産物のことを指しているのではないだろうか。
自分の作品を我が子と表する人って居るし。
──うん、そうだな。きっとそうだ。
「み~な~せ~トレーナー!」
「あ、はい」
「ですから、何を悩んでいるのですか?」
……なら、言っても大丈夫か。思考をまとめて、私はお冷やを口に含んだ桐生院トレーナーに、改めてタキオンに言われたことを話した。
「実は先日、タキオンに『君との子供がほしい』とか言われまして」
「ぶ──っ!!」
「ぎゃ──っ!?」
噴き出した桐生院トレーナーにお冷やをぶっかけられた。私は叫んだ。あとキレた。
顔面に私
「その、アグネスタキオンがそんなことを言ったというのは、事実なんですよね?」
「はい」
「怒ってます?」
「わりと。まあそれはそれとして、私としてはですね、あの言葉はあくまでも実験の一貫だと思うんですよ。そう、いわゆる『自分の作品を我が子と表現するアレ』的な」
そう言った私の言葉に、あろうことか桐生院トレーナーはものすごい形相で返した。
「……もしやあの3年間で頭が……」
「喧嘩売っとんのか」
「いや、だって、水無瀬トレーナー、URA優勝を目指すまでのあの3年間でほぼ毎日のように発光していたじゃないですか」
「ああ……最近あの薬飲んでないんですよねぇ。美味しいですよ、大葉蜂蜜ミント味」
「まあまあドギツイやつですよそれ」
そうかな……そうかも……3年間飲み続けてたから舌が麻痺してたのかな。
「それで、ですね。水無瀬トレーナー、このあと貴女はアグネスタキオンに会いに行くつもりなのでしょう?」
「そりゃあまぁ、担当ウマ娘ですし」
というか私が弁当を持っていかないとたま~に床に落ちてるんだよねあの子。そんな事を考えていると、桐生院トレーナーが迷ったように口をつぐんで、私の目を見て言った。
「……危ないのでは? そのような発言をされた以上、この件は報告しておくべきでは──」
「桐生院トレーナー」
「────!!」
自分でも驚くほど低い声が出て、桐生院トレーナーはびくりと肩を震わせる。
「貴女の意見は正しい。けれどね桐生院トレーナー、私はタキオンになら
「────」
「ですので、この件は内密に。誰にも、ミークにも言わないでくださいね。一応、念の為」
人差し指を唇に当てて、しーっと息を吐く。桐生院トレーナーの瞳に写る私の顔は──私の瞳は、タキオンと同じように爛々と輝いている。
にっこりと、口角を歪めて苦手な
「貴女は……やっぱりおかしいですよ」
「その言葉は3年前に言うべきでしたねぇ」
──食堂を出た私は学園内に戻り、タキオンの使う研究室に向かう。
どうせタキオン以外は使ってないしと遠慮なく扉を開けるが、珍しく誰も居なかった。
「ありゃ。たまにスカーレットかカフェが居るんだけどな……まあいっか」
そのうち戻ってくるだろうと思い、私は部屋に置かれているソファに寝転がる。
くぁ、と
耳が扉を開ける音と衣擦れの音、そしてカチャリと鍵をかける音を拾ったが、閉じたまぶたがあまりにも重く、私の意識はそのまま闇に沈む。
「……ふぅん?」
そしてふと、そんな声が聞こえていた。
──ギシ、とソファのスプリングが軋む感覚。そして、伸ばした足の太もも辺りにずしりと何かが乗っかっている。微睡みから目覚めてまぶたを開けると、ぼやけた視界が徐々にピントを合わせ、私を見下ろすタキオンの顔を捉えた。
「…………可愛い金縛りだなぁ」
「モルモット君。君はもしかしてバ鹿なのかい? 昨日の今日でよくもまあ、そんなにも無防備な姿を曝せたものだねぇ」
背後ではゆらゆらと妖しく尻尾が揺れ動き、耳も忙しなくパタパタと揺れている。その顔からは、困惑の色を読み取れた。
「昨日の発言について君がやるべき事はたった一つ、『担当ウマ娘からセクシャルハラスメントを受けた』と理事長に報告することだ。私とて干される覚悟で自室の荷物を纏めていたのだぞ」
ソファに寝転がる私に跨がったまま、タキオンは袖の余る白衣の中で手をまごつかせる。だが、私にはどうにも理解できない部分があった。
「えっ、アレってセクハラだったの?」
「────君は実にバ鹿だなぁ。
逆に聞くけれどね、アレがセクハラじゃなかったらなんだって言うんだい」
「……何らかの実験の暗喩?」
「……まあ、間違いではないよ」
しゅるりと右の袖から手を出すと、タキオンはおもむろに私の胸の下辺りに指を置いて服の上からなぞって行く。そしてヘソの下で止めて、痛くない程度に押し込みながらポツリと言った。
「例えば、ウマ娘の遺伝子のみを使った妊娠が可能なら、不純物無しの純度100%のウマ娘が誕生するのではないか? と、思ったのだよ」
「それ色々と問題点がありますよね」
「その通り。根本的かつ常識的かつ生物学的に言って、女性同士では子を成せない」
分かっていたのか、私の答えにタキオンはあっさりと返す。そんな私を見下ろすタキオンの眼差しは、どこかじっとりとしている。
「……その仮定と私へのあの言葉から察するに、つまりタキオンは、私を母体としたウマ娘を儲ける実験を思い付いてああ言ったと」
「…………ああ、そうだね」
「────?」
数拍間を置いて、タキオンは私から顔を逸らして吐き捨てるように言う。
タキオンが跨がる足を動かさないように上体を起こして、僅かに見上げるように彼女の顔を見たが、タキオンは私と顔を合わせない。
「タキオン、タキオン」
「…………なにかな」
「なんで顔を見ないんですか」
「っ……うるさい」
ひょいと覗き込むが、袖で顔を隠される。
急に駄々っ子のような態度を取られて少しばかり困惑するが──私とて伊達や酔狂でタキオンの担当を3年も勤めてきたわけではない。
タキオンが私に何を言いたいのか、その真意を推理するのだ。私なら出来る。
先ず彼女は私に『君との子供が欲しい』と言った。あれは本当に私を母体とした実験のつもりで言っていたのか? タキオンはひねくれ屋に見えてわりと単純だ。こんな態度を見せられては嫌でも『本当はそう言いたいんじゃない』と言われていると悟ってしまう。
であるならば──今よりも前の時期を引き摺っているのか。確かに私はタキオンをURAファイナルズで見事優勝させたが、もしやまだ不満があったのだろうか。もしや私では彼女に果てを見せることが出来なかったのだろうか。
「…………ん、メール」
ふと、私の意識を思考の海から引っ張り出したのは、携帯に来ているメールだった。
「んげ、まーた家からだよ」
「なんのメールなのかな」
「いやあ、お気になさらず。URAファイナルズで貴女を優勝させた実績もあってか、家からいい加減見合いをしろと言われてまして」
「────ほう」
ゆらり、と。タキオンの瞳の奥で光が妖しく煌めく。そして、起こした上体を再び押し倒され、カバーをつけた携帯が床に転がった。
「……タキオン?」
「良かったじゃないか」
「あの、タキオン」
「モルモット君は優れたトレーナーだ、まだまだ輝かしい未来が待っている」
「ちょっ、タキオン?」
「これからは他のウマ娘も担当することになるだろうし、
どこか焦燥した様子で捲し立てるタキオンだったが、会話の節々に違和感がある。タキオン自身、おそらく気付いていないのだろう。
「──タキオン、なんで見合いのメールが何回も来てることを知ってるんですか?」
私がそう聞くと、タキオンは石になったかのようにピシリと固まった。そういえば以前に、見合いのメールの確認を怠ったまま携帯を研究室に置き去りにしたことを思い出す。もしや──
「前のメール、こっそり見ましたね?」
「っ……、ぅ」
「まあ、その件で怒るつもりはありませんが……あんなことを言ったのは、
手を伸ばして、私を押し倒したまま固まるタキオンの頬を撫でる。
ちらりと目線をずらせば、垂れ下がった尻尾と、ぺたりと倒れた耳を視認できた。
それはまるで、これから怒られることを悟り怯える子供のようである。
「……君とて人の子だ。いずれ何処かの誰かと愛し合う日が来るだろう。その時私は、きっとトレーナー君の隣に居ないだろう」
「は、はぁ……」
「そんな事を考えていたら、あんな発想が頭に浮かんだのだよ。なあ、トレーナー君」
不安に揺れ動く瞳で私を見下ろすタキオンは、私に体を預けるようにして密着させ、顔を首もとにうずめると、震えた声色で言った。
「──私が終わるその時まで、お願いだから私の隣に居てくれないか」
「タキオン……全く。貴女はなにか勘違いをしているようですが──」
背中に腕を回して抱き締めて、私はタキオンの耳元に口を近づけて囁く。
「私はタキオン以外の誰かと一緒になるつもりは無いですよ。お見合いだって、いい加減はっきり断るつもりでしたからね」
「…………本当かい?」
「こんなときに嘘なんてつきませんよ」
本当かい? 本当に? 鼻声でそう何度も聞きながら、タキオンは私の首元に顔を擦り付ける。こうして、ちょっとした勘違いから始まったタキオンの問題発言の乱は幕を下ろしたのだった。
「結局のところ、タキオンは私が誰かに取られるのが嫌という嫉妬心からあのような言葉を口走ったということでよろしいのですか」
「……さてね。だが、案外ウマ娘同士やウマ娘と女性の間で子供を作る研究が進むかもしれないわけだが、このアグネスタキオンの頭脳と才能を残せる相手なんて、どうせ君しか居ないだろう」
「えっ」
研究室のビーカーで淹れた風情の欠片もない紅茶を啜りながら、タキオンはそう言う。
「安全性を確保しているとはいえ、私の研究に当然のように着いてこられる逸材なんて君以外に誰が居るというのかね」
なので、まあ、と続けて。
タキオンは紅茶を飲み干すと、白衣を翻して研究室の出入口に向かいながら続ける。
「……あの言葉は本気だ。この私から逃げるなら、今のうちだと言っておく」
「────タキオン」
私はタキオンに駆け寄り、後ろから包容する。そして、首元に唇を付けた。
「ひゃ──っ!?」
「タキオン、貴女はやはり勘違いをしていますよ。タキオンこそ……私を突き放すなら今のうち。まさか──私を狂わせた責任を取らないおつもりですか?」
「モルモット君は元からまあまあアレだったのだけれどね……!?」
ぎゅう、と腕に力を込めると、タキオンは面白いくらいに体から力を抜く。そんなとき、唐突に扉の外から聞き慣れた声がした。
「タキオンさーん! あれ、開かない」
「……留守にしているのでは?」
その声の主は、タキオンとの仲が良好のウマ娘たち、ダイワスカーレットとマンハッタンカフェだった。タキオンが鍵を掛けていたからか、開かないことを留守が原因と考えているらしい。
「っ、スカーレット君、カフェ……」
「今ならまだ、私との関係をただのトレーナーとウマ娘に留められますよ」
「……と、トレーナー君」
「なあに、何食わぬ顔で扉を開けて、『仮眠を取っていた』とでも言えばいいんですよ」
腕の力を抜いて逃げられるようにしつつも、胸が密着して心音が聞こえてくる。
タキオンはついぞ抵抗せず、二人の影が扉の前から居なくなるのを見送っていた。
「……いいんですね、タキオン」
「────っ」
くるりと、体の向きを変えて、タキオンは私の腕の中で顔を上げて目線を合わせる。
いつも自信満々で、どこか飄々としていて、私の心を狂わせる笑みを浮かべていた彼女が、私を見上げてその瞳を緊張の涙で滲ませていた。
「──トレーナー君」
片手を背中に、そして片手を頬に当てて、ぐいっと引き寄せて──私は顔を近づける。
「……タキオン」
まぶたを閉じて、唇をつんとつき出す彼女の姿に、何度目かも忘れるくらいの魅力を感じて、私の心が奪われるのだった。
ドンッ!!(ラーメンを食べてるオグリ)
なっ、なにーーっ!!こ、これは……!?今まで読んでいたタキ×モルssの続きは!?
桐生院
・水無瀬のことはタキオンをURAで優勝させた人物として尊敬しているが、昔からどこか変な人物だと警戒していた。尚、今回で『妙だし頭がおかしいし若干気持ち悪い人』と理解した模様。
水無瀬
・昔から何においても真剣になれずに燻っていたが、タキオンとの出会いで完全にタガが外れ、実験でもなんでも受け入れるしなんでもやりたがる変人の狂人に育った。
トレセン学園における七不思議の一つの犯人が水無瀬であることを知っている者は少ない。
アグネスタキオン
・玉石混淆の中から間違いなく玉を発掘したが、ここまで狂信的になるとは想定していなかった。それもURAの3年間で悪化している気がするが、そんな相手に惚れた自分も自分である。