7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第十話 一流料理店ザリガニ爆破事件

 

 ルイズが買い物に行くと約束した『虚無の曜日』までの一日半ほどの時間を、リリーは学院で彼女の使い魔として過ごした。

 

 その間にルーンの効果について実験し、やはり武器に反応して身体能力やそれを扱う技術が向上するらしいことや、副作用と呼べるほどのものはなさそうだが体を酷使し過ぎればそれ相応の反動はあることなどを確かめた。

 いちおうルイズにも聞いてみたが、案の定彼女は自分の刻んだルーンの効果について把握しておらず、契約によって使い魔には特殊な能力が与えられることがあるらしいのでおそらくはその一種だろうという、自分の推測を裏付ける答えが返ってきただけだった。

 まあ、とりあえず有益で害のないものであるらしいことはわかったので、当面はそれで十分だろう。

 

 他には、決闘騒ぎの前に関わっていたメイドのシエスタに、なにやら憧れに満ちたような目で見られてあれこれ世話を焼こうとされたり。

 彼女の口から、既に学院中の平民の間に自分の決闘の評判が伝わっていて、「我らの女水兵」なる二つ名で呼ばれているとか聞いてうんざりした気分になったり。

 でも、名声が広がるのは何かと有益だし、商機にもつながるかもしれないので、彼らとの仲を損ねないためにもあだ名でそう呼ばれることくらいは受け入れるべきだろうか、などと考えてみたり……。

 

 あとは、これまで通り雑用をしたり、授業を傍聴させてもらったりと、無難に生活していた。

 

 

 そんなこんなで、あっというまに件の日を迎える。

 

 ルイズはいつもよりも遅めに起きて、道中に数時間はかかるのでまずは朝食を食べてから王都トリスタニアへ向けて出発すると宣言して、学院の食堂へ向かった。

 食堂の使用人たちは休日であっても、気まぐれな時間に起きてきて食事の提供を求める教師や生徒のために仕事をしているようだ。

 

「シエスタたちも大変ねえ……」

 

 この世界の福利厚生とかはどんな感じなのだろう、ここの仕事はお給金どのくらいもらえるのかしら、などととりとめもないことを考えながら、リリーもルイズと一緒に食事をいただいた。

 それから、いよいよ出発することになったわけだが……。

 

「……これに乗るの?」

 

 学院の厩舎から使用人が連れて来てくれた二頭の馬を見て、ルイズにそう尋ねる。

 

「あたりまえじゃないの。まさか、グリフォンやドラゴンに乗りたいだなんて、贅沢を言おうっていうんじゃないでしょうね?」

 

 リリーは首を横に振ると、(もちろんファンタジーな生物への興味は大いにあるが)そうではなくて、馬に乗った経験がほとんどないのだと説明した。

 ルイズはそれを聞くとあきれた様子だったが、まあ海の上に長くいれば馬には乗り慣れていないのも当然か、と自己完結して納得する。

 

「どうあれ、歩いていくわけにはいかないわよ。トリスタニアまでは、馬でも二、三時間はかかる距離なんだから」

「うーん……」

 

 リリーはちょっとの間眉根を寄せて、なにかうまい方法はないものかと考えてみた。

 

 波紋の修練を積んだ達人は、何十里もの距離を呼吸を乱すことなく走り続けられるのだという。

 そんな域にまで達していれば馬など必要ないのだろうが、もちろんリリーには無理な話だ。

 

 では、キャラバンに何か作ってもらうというのはどうだろうか。

 

 飛行機だの自動車だのは、サイズ的に無理だし、免許も持っていないので運転する自信がない。

 そうなると……。

 

(オートバイとか自転車とか、あとは……ローラースケートとか?)

 

 しかし、この世界の街道がどの程度しっかり舗装されているのかがまだよくわからないし、車輪をもつ乗り物で出かけておいて、途中で道ががたがたでまともに進めなくなって立往生した、というのでは困る。

 この世界でも馬車くらいは走っているのだろうから、そこまで心配しなくても大丈夫だとは思うが……。

 なんにせよ、かなりの長時間にわたって作った物品を維持し続けなくてはならないだろうから、スタンドパワーの消耗が激しくなって余計に疲れるかもしれない。

 

 ここはやはり、あまり奇をてらわずに、素直に馬で出かけた方が得策か。

 

「……ま、何事も経験よね」

 

 

 

 そうして学院を出発すると、二人は馬を並べて街道を進んでいった。

 

 リリーは最初の内は馬の制御に苦労して、ルイズにあれこれとアドバイスを求めたりしていたが。

 元々利発で機転が利く性質であるために飲み込みも速く、じきに慣れて概ね問題なく乗りこなせるようになった。

 波紋の呼吸である程度まで疲労や痛みを取り除けるから、数時間程度乗り続けていても、腰などが痛くなったりする心配もないだろう。

 

 さて、概ね大事なく進んでいけるとなると、王都へ着くまでの道中は長い。

 

 リリーはここぞとばかりに(しつこすぎて嫌がられない程度に間を開けながらだが)いろいろな質問をして、この世界に関する理解を深めていった。

 そのお返しに、というわけでもあるまいが、ルイズもリリーに彼女のことに関して質問をする。

 

「あんた、水兵じゃないとか言ってたけど。この前はいちおうロレーヌにも勝ったわけだし、結構戦えるみたいじゃない?」

 

 やっぱり軍人には違いないんでしょ、と尋ねてくるルイズに対して、リリーは困ったように首を傾げた。

 

「軍人ってわけじゃないけど……。まあ、戦った経験はそれなりに」

「これまでに、どんな相手と戦ったことがあるの?」

 

 ずいぶんと変わった使い魔をもつことになったのだから、主人としてそういったことはちゃんと知っておきたい……と、ルイズが要求する。

 

「んー?」

 

 リリーは、さてどう話したものかと考え込んだ。

 

 別に、どうあっても隠しておかねばならないとかいうことは全然ないのだが。

 スタンドがどうのとか波紋がどうのとかいった話は今のところあまり詳しく教えない方がいいような気もするし、第一理解してもらうように説明するのは大変だろうから面倒くさい。

 

「……そうね、いろいろだけど。私が今まで戦った中で一番手強かった相手はたぶん、ディオっていう吸血鬼かな?」

 

 ファンタジーやメルヘンな世界なら、たぶん吸血鬼くらいいるんじゃなかろうか。

 とはいえ、おそらく地球のそれとは別物で、石仮面とかは存在してないだろうとは思うが。

 

「え、吸血鬼と戦ったことがあるの? すごいじゃない!」

 

 ルイズが驚き半分、嬉しさ半分、といった感じで、身を乗り出した。

 

 ハルケギニアにおいて吸血鬼といえば、始祖の時代からの仇敵であり最強の妖魔と目されるエルフにも劣らず恐れられている、最悪の妖魔と称される存在なのだ。

 メイジですら度々不覚を取り犠牲となるそんな存在と、平民の身で渡り合ったとなれば、評価は大いに高まる。

 

「まあ、一人で、ってわけじゃなかったけどね」

 

 リリーはそう言って、わけあってその吸血鬼を倒すために六人(正確には五人と一匹だし、他にも一時的な同行者や協力者もたくさんいたが)の仲間たちと国をまたいで数十日間にわたる旅をしたのだ、と説明した。

 

「そう。そりゃまあ、平民が吸血鬼と一人で戦うなんて無茶なことはしないわよね。それで、その仲間っていうのは、メイジなわけ?」

「私たちの住んでいたところには、メイジはいないのよ。でも、とても頼りになる人たちだったわね」

 

 そう言って、少し誇らしげに胸を張る。

 

「ふうん……」

 

 ルイズは、まあそんなものだろうと頷いた。

 

 吸血鬼は人間と見分けがつかないその恐ろしい擬態能力や知略で恐れられているが、身体能力や先住魔法の力だけでいえば、そこまで高くはない。

 だからこそ、平民の身で討ち取ったという話にもそれなりの信憑性があった。

 正体を暴いて追い詰めることさえできれば、それも可能であろう。

 たとえ七人がかりであっても、平民だけで吸血鬼を討ち取ったというのなら、大したものには違いない。

 

「それで、他にはどんな相手と戦ったの?」

「その吸血鬼の部下が多かったわね、かなりの数の手下を揃えていたから」

 

 例えば、金で雇われたと思しき達人の拳法使いとか。

 武装した殺し屋とか。

 どうやって手懐けたのか……それ以前にどこから見つけ出してきたのかも謎な、得体のしれないハヤブサやオランウータンだとか……。

 

 

 

 そんな風にとりとめのない話をしているうちに、トリスタニアへ着いた。

 門の近くにもうけられた駅にここまで乗ってきた馬を預けてから、王都へ入っていく。

 

「ほへー」

 

 リリーは気の抜けたような声をもらしつつ、物珍しげに辺りを見回した。

 

 白い石造りの街はまるでテーマパークかなにかのようだが、貴族とその使用人ばかりの魔法学院と比べると、道行く人々の服装は質素なものが多い。

 通りの脇にはさまざまな商品を売る露店が軒を連ね、商人たちが声を張り上げて客引きをしている。

 どこもかしこも自動車がすれ違えるだけのスペースが求められる地球の通りと比べると、道幅は全体的にかなり狭いようだ。

 

「このブルドンネ街は、トリステインで一番大きな通りよ。この先に、女王陛下がおられる宮殿があるわ」

 

 ルイズが得意気にそう解説してくれた大通りでさえ、幅は五メートルもなく、大勢の人で混雑していた。

 

『さすがは異世界や、珍しい商品が仰山あるなー。ちょっと、いろいろ見て覚えときーや』

 

 キャラバンもそう言っていることだし、自分としても大いに興味がある。

 しかし、度々あちこちの露店を眺めて足を止めていたら、ルイズに急かされた。

 

「ちょっと、あんまり寄り道しないでちょうだい。スリが多いんだから。貴族崩れのメイジに魔法で狙われたら一発よ?」

 

 ルイズは、財布は下僕が持つものだとか言って、出発前に所持金全額をそっくりリリーに預けていた。

 いささか不用心にも思えたが、どうやらこの世界に紙幣はないらしく、中には一円玉くらいの大きさの金貨がぎっしりと詰まっていて重かったので、自分で持たずに預けたい気持ちもわからないではない。

 リリーとしては、自分のものではないとはいえ初めて手にするこの世界の貨幣に、しかもそれが美しく重量感のある金貨だということもあって、少しテンションが上がったものだが。

 

「はいはい、ごめんなさいね。それで、服はどこで買うの?」

「こっちよ。行きつけの仕立て屋があるの」

 

 さすがに公爵家の令嬢ともなると、たとえ下僕の服といえども、そこらの露店に並べられているような古着で済ませたりはしないらしい。

 

 

 

 通りを抜けて目的の店に入り、ルイズ自身の買い物も含めてあれこれと見立ててもらったり、採寸したりといった作業を経て購入が終わるまでには、ずいぶんと時間がかかった。

 使い魔に必要なものくらいはちゃんと買う、下僕が着替えのひとつもまともにもってないというんじゃ面目が立たないと主張するルイズは、平民の分を越えて華美すぎず、かつ貴族の従者として恥ずかしくない服装をと店側に注文し、自分もあれこれ見繕ってくれたのである。

 

 しかし……。

 

「……うーん」

 

 リリーは、いささか微妙な顔をしていた。

 自分で服をほしいと言い出し、せっかくここまで来て買ってもらったのに申し訳ないのだが、なんというか、試着してみた限りではどれもあまり着心地がよくないのである。

 

 生地がごわごわしていたり、デザインが機能的でなかったり。

 見た目の良さと快適さとを両立させた、現代日本のカジュアルな衣服のようなわけにはいかないらしい。

 まあ、単に自分が着慣れていないから、というのも大きいのだろうが。

 おまけに下着類は、ドロワーズとかコルセットとかいった、これまた着慣れない上に快適で動きやすいとは言い難いものだ。

 ルイズも使っているレースのパンツやシミーズなんかもあるにはあるが、そこらの平民には手が出ないくらいの高級品な上に、繊細で傷みやすそうで、デザインもあまり趣味ではなかった。

 ついでにいえば、地球でいうブラジャーにあたるものが、こちらにはないらしい。

 活発に運動したい女性は、さらしでも巻いてろってことだろうか。

 

 そんなわけで、結局は自前のセーラー服に自前の下着類が一番着心地がよくて快適に過ごせそうだとわかって、あまりほしくもなくなってしまったのだが……。

 

 正直にそんなことを言えばルイズの機嫌を損ねるに違いないし、かえって彼女に悪いだろう。

 一応、下着は十分もっているし、衣類も最低限の量があればそれでいいからとは言ってみたものの、久し振りの買い物で浮かれているルイズは遠慮しなくていいからと聞き流して、結構な量を買い込んでしまった。

 もちろん、買った品物はすべてリリーが運ぶことになる。

 

(買ってもらったからには、着ないってわけにも……)

 

 この際、周囲から「我らの女水兵」などと呼ばれているらしいのを盾にとって、自分のイメージはもうこの服になってるからということで、普段着はセーラー服のままで通そうか。

 他の服は買ってくれたルイズに失礼にならない程度に、たまに着ればいいだろう。

 

「……どうもありがとう。ずいぶんお金を使わせちゃったみたいで、申し訳ないわね」

「気にしなくていいのよ。それが寝藁であれ猫砂であれ、着物であれ。自分の使い魔に必要なものの面倒を見るのは、メイジとして当然のことだわ」

 

 そんなリリーの胸中などつゆ知らず、ルイズはそう言って得意気に胸を張るなど、上機嫌そうにしていた。

 

 それから、せっかく来たのだからついでにと、他の店もいろいろと回って、日用品や嗜好品などを買い込んでいく。

 リリーは待つ間、キャラバンと一緒にあれこれと物珍しい品物を手に取って調べてみた。

 

「これは魔法の薬か。スタンドで再現するのは難しいかな?」

『理屈もやけど、スタンドっちゅーのは“できて当然”と思う精神力の強さも肝心やで? お前さんが成分や効能を理解して、これで作れると強く信じるんなら、わしもやってみようやないかい』

「そう言われても、成分表示とかはないみたいだし……。たとえ書いてあっても、こっちの言葉はまだ読めないし……」

 

 どのくらいこちらにいることになるかまだわからないが、そのうち何とかしなくてはなるまい。

 そう考えながら、とりあえず簡単に作れそうでなにか使い道がありそうなものだけでも、構造を頭に叩き込んでおくようにする。

 

 ついでに、ルイズやその他の客たちの買い物の様子を観察して、この世界の物価や貨幣制度についてもできる限り理解しておこうと努めた。

 

 どうやらこの世界では、金貨がエキュー、銀貨がスゥ、銅貨はドニエというらしい。

 レートは、10ドニエで1スゥ、100スゥで1エキュー。

 他に新金貨というものがあって、価値はエキュー金貨よりも少し低いようだ。

 そこらの露店で平民らしき人々が使っているお金はそのほとんどが銀貨と銅貨のようだから、金貨はかなりの高額貨幣なのだろう。

 それを財布にたっぷりと詰め込んで、無造作に下僕に預けて持ち歩かせるあたり、さすがにルイズは貴族の令嬢といったところか。

 

「……こんなものかしらね。それじゃ、帰る前に何か食べていきましょう! だいぶ遅くなったし、おなかが空いたわ」

 

 リリーの荷物を大量に増やしたルイズがようやく満足してそう言ったときには、既に昼食時はとっくに過ぎて、午後のティータイムくらいの時間になっていた。

 

「そうね。で、何を食べるの?」

 

 調べていた商品を棚に戻しながら、そう尋ねる。

 

 通りに、おいしそうな食べ物が並んだ露店はたくさんあった。

 焼き立てのパンとか、香ばしい香りの串焼きとか、色とりどりのフルーツとか。

 

(でも、この子はそんなところで立ち食いなんかしなさそうね)

 

 案の定ルイズは、いかにも楽しみだというように顔を綻ばせながら答えた。

 

「この近くに、おいしいクックベリーパイと香りのいい紅茶を出す、一流のお店があるのよ。特別に、あんたもそこで食べさせてあげるから」

 

 

 

「クックベリーパイのセットと、果物とチーズの盛り合わせを用意して」

 

 品の良いアンティークな調度品の飾られた飲食店に入ったルイズは、席に着くとすぐにそう注文を出した。

 あらかじめ決めておいたらしい。

 

「ミズル、あんたは何にするの?」

「……そう言われても、メニューが読めないんだけど……」

 

 写真のある世界でもないため、字が読めないとなるとメニューを開いてもどんな料理なのかまったく想像がつかない。

 ところどころに挿絵は入っていたが、すべての料理に対してではないし、その絵がどの料理に対応しているのか判断するのも難しかった。

 

 ルイズは文句を言いながらも、店員に何か適当におすすめを用意してやれと言い付ける。

 

 しばらくして運ばれてきた料理は、スパゲッティー・ネーロみたいな黒いパスタ料理をメインに、大型のザリガニのような生物を茹でて溶かしバターを添えたもの、胡椒パン、それとカットフルーツの小皿にハーブティーまでついたセットだった。

 ヒュウ、と軽く口笛を吹き、手を合わせていただきますをしてから、パスタをくるくる巻いて口に運ぶ。

 

「ん。ボーノ(おいしい)」

 

 学院で出される豪勢な料理にも、引けを取らないであろう味だった。

 ルイズも、好物であるらしいクックベリーパイとやらを幸せそうに頬張っている。

 

(どことなく似てるし、シンガポールで食べた『ブラックペッパークラブ』を思い出すわね)

 

 そんなことを考えながら、大きな甲殻類の料理に手をつけようとしたところで。

 

『お、ご主人。あいつ、ドロボーやで?』

 

 キャラバンが突然そう声を上げたので、はっとして視線だけを巡らし、彼の指さす方を確認する。

 その先には、ほろ酔い加減を装って金時計を磨くふりをしながら、ハンカチの中に隠し持った杖で『念力』の呪文を使い、油断している客の財布を今まさに抜き取ろうとしている中年の男の姿があった。

 

(ふーん?)

 

 どうやらあれが、ルイズの言っていた貴族崩れのスリらしい。

 

 なるほど、人ごみの中ではみな警戒しているが、こうした店で料理に舌鼓を打ったりアルコールを入れたりすれば、気も緩むだろう。

 上客のふりをして店内に入り込み、そうした油断している客の財布や金品を狙おうというわけか。

 おそらく周囲の客に見られていないかには気を配って仕事をしていたのだろうが、たまたま暇をもてあまして店内をうろつき回っていた、目に見えないスタンドの視線には気が付けるわけもない。

 

『放っとくんか? こーいうのは“恩”っちゅー商品を売りつける、絶好のチャンスやがな』

「…………」

『きっと口コミで、ええ評判も広がるで?』

 

 このスタンドは、自身はヘタレでろくに戦おうともしないくせに、よくもまあいけしゃあしゃあと。

 

 別に、自分には関係のないことだし。

 スられる方がマヌケなんだということで、放っておいてもいいのだろうが……。

 

(……ま。袖すり合うも他生の縁、っていうしね)

 

 それに、キャラバンが示唆したとおり、多少の礼金や名声も期待できるかもしれないわけだし。

 どっちかというと、それがメインだろうか。

 

 リリーは黙って数本のパスタをフォークで掬い取ると、そこに波紋を流して硬質化させた。

 ルイズも他の客たちも、料理に夢中で気が付いていない。

 そのパスタを指先でぐっとたわませると、スリの手元に向かって、スリング弾のようにして放つ!

 

「うぉっ!? ……なな、何だアァ?」

 

 いきなり飛んできたパスタに手の甲を打たれ、腕に絡みつかれたスリは、動転と波紋によるショックから持っていたものを取り落とした。

 隠し持っていた杖と、奪ったばかりの財布とが、床に転がる。

 

 リリーはすかさず立ち上がると、ビシッと指を突き付けていささか芝居がかった宣言をした。

 

「いやしい巾着切りめ! その財布を、あちらの御婦人に返却なさい!」

 

 突然騒ぎ出した男に何事かと視線を向けていた観客たちが、はっとしたような顔になる。

 件の婦人は、あわてて自分の荷物をまさぐり、次いで床に落ちた財布に目をやった。

 

「た、確かに。それは私の財布ですわ!」

「……ち、畜生ッ! この平民めがッ!」

 

 青ざめていたスリは、もはやこれまでと一転激昂して、取り落とした杖に飛びつき拾い上げようとした。

 

 しかし、いまだにパスタに絡み付かれて痺れたままの利き腕は使えず、反対の手で掴むことになる。

 そんな無様な動きよりも、リリーの行動の方が圧倒的に早い。

 

「フン!」

 

 彼女はまだ自分の机の上に載ったままの手つかずの大ザリガニを掴むと、素早く波紋を流して男めがけて投げつける。

 床に屈みこんだ男のでっぱった腹を打ったザリガニは、内部に流された波紋のビートのためにしばしの間、まるで生きているかのようにわしゃわしゃと蠢いた!

 

「ヒッ!? ヒイィィイイ!!」

 

 男がその不気味な現象に対する恐怖で飛び上がった直後に、ザリガニは内部からの波紋の圧力に耐えきれず、派手に爆裂した。

 

「ギニャーーッッ!?!?」

 

 大量の破片が顔に食い込み、団子鼻に鋏が突き刺さる。

 

 大した負傷でもないが、パニックになった男は床の上をのたうち回った。

 リリーは情けない悲鳴を上げる男につかつかと近づくと、とどめとばかりにその頭を床に押し付けるように踏みつけて波紋を流し込み、昏倒させてやる。

 

 それから、呆気に取られている周囲の客たちの方を振り向いて。

 

「おさわがせしました。……あ、散らかしてすみません。この料理の代わりをください」

 

 

 そんなこんなで、とりあえず犯人を衛兵の詰所へ突き出し、財布を取り返してもらった婦人および店側から感謝の言葉と幾許かの礼金をもらったことで、リリーは上機嫌だった。

 さして大金でもあるまいが、この世界で初めてゲットした自分自身のお金である。

 

 とはいえ、使い魔である自分がルイズに一言の断りもなく、さも当然という顔をしてそれを懐へ入れれば、機嫌を損ねることになるかもしれないので……。

 財布に収める前にひとまず彼女に差し出して、自分の懐へ入れてもいいという許可を取り付けておいた。

 ルイズはわがままなところもあるが、こちらが自分の立場をわきまえてあなたを尊重していますよというアピールさえちゃんとしていれば、当然の権利がある持ち物を取り上げるような真似はしないとリリーは踏んでいる。

 それに彼女も、迷惑料としてリリーともども今回の食事代をただにしてもらったので、一応利益の分け前には預かっているのだ。

 

「あんた、本当に結構やるのね……」

 

 感心とも呆れともつかないような声で、ルイズが呟く。

 

 確かに、最初の時は相手が明らかに油断していたし、今度のも真っ当な戦いとは言えないようなものだったが。

 それにしても、この使い魔は召喚されてからほんの数日の間に、もうすでに二度もメイジを打ち負かしているのだから、生半な平民でないことは明らかだった。

 そもそも、いかに幸運に恵まれようと、並みの平民ではまずメイジに対して向かっていくなどということ自体ができないはずなのだ。

 

 しかも、素手でもってそれだけのことを……。

 

(……ん、素手?)

 

 そういえば、この使い魔は軍人らしい装いをしているくせに、武器らしいものを持ち歩いていない。

 概ねは素手で戦っていて、それ以外ではワインだの料理だの、その場にあったものを適当に使っただけではないか。

 

「ねえ。あんたって、武器は持ってないの?」

「え? 無くはないけど」

 

 リリーはそう言って、所持品の中からナイフやメリケンサックなどを取り出して見せた。

 

「……むむ」

 

 ルイズはそれを見て、顔をしかめる。

 

 確かに武器には違いないが、何とも小さくて貧相に見える。

 これだけ強い使い魔なんだから、もっと大きくて立派な武器をもたせてやってもいいのではないか。

 その方がいざという時に役に立つだろうし、見栄えもいいはずだ。

 

「よし! 帰る前に、武器を買うわよ」

「武器?」

「そうよ。割と強いんだから、剣くらいもっておいたほうがいいわ!」

「うーん……」

 

 別に、いま見せたナイフやメリケンサックしか武器がない、ってわけでもないのだが……。

 ファンタジーやメルヘンな世界の武器といわれると、なんか魔法の剣とかそういうのがありそうで、惹かれるものがある。

 もしかしたら、キャラバンに作らせる品物のヒントにもなるかもしれない。

 

 なんにせよ、ルイズが買ってくれるというのなら、懐も痛まないわけだし、もらっておいて損はないだろう。

 

「オーケー。じゃあ、最後にそこへ寄りましょうか」

 


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