7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第十一話 分析と交渉と

 

 ルイズとリリーは、本日最後の買い物のために大通りを外れて、狭い路地裏に入っていった。

 ゴミや汚物がそこらに転がっていて、悪臭が鼻を突く。

 

「うええ、きたないところね。スラム?」

「そう。こんな下賤なところには、あんまり来たくないんだけど」

 

 ルイズはぶつぶつと文句を言いながらもリリーを先導するべく四辻に出て、あたりを見回す。

 

「ピエモンの秘薬屋の近くで見かけたから、このあたりのはず……。あ、あった」

 

 彼女が示したそれは、剣の形をした銅製の看板がぶら下がった店舗だった。

 

 石段を上り、羽扉を押し開けてそこへ入っていくと、店内では壁や棚に各種の武器が乱雑に並べられ、立派な甲冑や盾などが飾られていた。

 昼間だというのに薄暗くて、ランプの灯りがともっている。

 

「うん?」

 

 店の奥でパイプをくわえていた、中年から初老に差し掛かろうかという年頃の店主らしき男が、来客に気付いて顔を上げる。

 

 店主はまず、こんな店には似つかわしくない若い女たちの姿を認めると、胡散臭げに目を細めて……。

 次いで、ルイズの身につけているマントや五芒星の装飾から彼女が貴族であることに気付くと、パイプを口から離して抗議するように手を広げた。

 

「こいつはまた、貴族の旦那がた。うちは見てのとおり、至極まっとうな商売でしてね。お上に目をつけられるような覚えなんざあ、これっぽっちもありゃあしませんや」

「何を勘違いしてるの、客よ」

 

 ルイズはむっつりと腕組みをして、そう言った。

 

「客? ……ははあ……」

 

 貴族がわざわざ足を運んでまで平民の武器なぞを、と店主は一瞬怪訝そうな顔をしたが。

 彼女の少し後ろの方に立っている、やや風変りながらも明らかに水兵らしき装いをした女性の姿を見て、納得したように頷く。

 

「なるほど、凛々しいお姿ですな。こちらの軍人は、お嬢さまの護衛の方で?」

「そんなところよ」

 

 説明が面倒なルイズは、そう言って手を振った。

 リリーとしても、水兵扱いされるのにもいい加減慣れてきたので、文句も言わない。

 

「とにかく、こいつに剣を見繕ってやってちょうだい」

「かしこまりやした」

 

 店主はそう言って会釈すると、リリーの方に向き直った。

 

「して、どのような剣をお望みで? あまり貴族を護衛される方が使うようなもんでもありますまいが、船上で振るわれることが多いのでしたら、やはりカットラスですかな」

 

 買いに来たのがルイズだけなら、適当に見栄えのする剣をバカ高く売りつけようとか考えたかもしれないが。

 若い女とはいえ軍人ならば武器にはそれなりに詳しいだろうと考えて、店主もまともに対応する。

 

 実のところ大して詳しくもないリリーは、確か映画の海賊なんかがよく持っている短めの鉈みたいな剣のことだったろうか、などと考えていた。

 

「種類よりも、それがいい武器なのかどうかが大事だと思うから。よかったら、いろいろと見せてくださらない?」

 

 おそらくルーンとやらの効力で、どんな種類の剣でも、あるいはその他の武器でも、使いこなせるようにはなるのだろうし。

 それに、ありきたりの品物をさっさと買って終わりにするよりも、こういうファンタジーやメルヘンな世界にはどのような武器があるのか、いろいろと見せてもらいたいということもある。

 

「ははあ、もっともなことで。……では、少々お待ち下せえ」

 

 そう言って、主人は奥の倉庫のほうに消えていった。

 キャラバンはといえば、相変わらずマイペースにそこらをてくてく歩きまわって、展示品をあれこれと検分している。

 

『どれもこれもアンティークな感じやなー。地球にもってったら、いい値がつくんとちゃうか?』

「そうねえ……」

 

 店主が戻ってくるのを待つ間、リリーもいろいろと眺めてみた。

 

 大した知識はないが、おそらく火縄銃とかマスケット銃とかの類らしき銃器類も飾られている。

 現代の地球では、骨董品店か博物館でしか見られないような代物だ。

 もちろん、構造を調べてキャラバンが作れるようにしたところで、既に作成可能になっている銃火器類よりも明らかに性能が劣るだろうから、武器としての価値はないだろう。

 

 他には、長剣、短剣、曲刀、槍、長柄物、片手斧、両手斧、鎚矛……。

 鎖鎧に板金鎧、小盾に大盾に……。

 詳しい名前はわからないものも多かったが、現実の中世ヨーロッパなんかにもありそうな武器防具の類が、ずらずらと並べられている。

 

(でも、『これこそ魔法の武器!』って感じのはないかな?)

 

 リリーのイメージするそれは、ゲームや小説によくあるような、なんか光ってたり、炎とか氷とか電撃とかが出てたり、ミスリルとかの地球にはない金属でできてたりするような代物だったが。

 そういったいかにもにというような品は、ちょっと見た感じではここには並べられていないようだ。

 

「……ま。そういうのは宝箱に入ってる非売品だったり、売ってるとしてももっと後半の街だったりとかが普通かしらね」

「さっきから、なにをぶつぶつ言ってるのよ」

 

 一人で納得していたらルイズに見とがめられて、軽くにらまれた。

 

「言っとくけど、そんなありきたりのみすぼらしいやつなんか買わないわよ。落ち着きがないわね!」

 

 そうこうしているうちに、あれこれと武器を乗せた台車のようなものを押して、店主が奥のほうから戻ってくる。

 リリーとルイズも、カウンターの方に戻った。

 

「おまたせしやした。いろいろと取り揃えてございますが、……これなどはいかがで?」

 

 そう言って店主がまず差し出したのは、全長が一メイル(ハルケギニアの長さの単位で、一メートルとほぼ同じ)ほどある、細身の剣であった。

 護拳が付いていて、柄が短い。

 片手で持って敵を素早く突き刺す、刺突用の剣らしかった。

 

(レイピア、ってやつかしら)

 

 そんなリリーの推測は、武器に関する店主の説明で裏付けられた。

 

「なんでも昨今は、『土くれ』のフーケとかいうメイジの盗賊が、貴族のお宝を盗みまくっておるとかで。不安にかられた宮廷のお偉方の間では、気休め程度でしょうが、下僕に剣を持たすのが流行っておるそうでしてね。その際には、このようなレイピアをお選びになることが多いですな」

「ふうん?」

 

 リリーは、店主の許可を得てその剣を手に取ると、ひととおり検分してみた。

 

 確かに貴族向けらしく、きらびやかな彫金や装飾が施されていて、美しい見た目の剣である。

 しかし、ずいぶんと華奢で、ちょっと乱暴な使い方をしたらすぐにでも折れてしまいそうなほどに細い。

 実戦で使うには、いささか頼りない武器のように思えた。

 

 ルイズもじろじろと眺めた後に、首を横に振る。

 

「もっと大きくて太いほうがいいわ。こいつはこれで、結構力があるのよ」

 

 彼女は、ロレーヌや盗人を一発で打ち倒していたリリーの力強い動きから見て、より丈夫な剣のほうがいいだろうと考えたようだ。

 

「そうね。もう少し強度があって、斬ったりするのにも向いてる剣の方がよさそうね」

 

 リリーも同意したので、店主は頷いてその剣を仕舞った。

 

 代わりに、もう少し太くて長めの剣を取り出す。

 こちらも美しい装飾が施されているが、より刀身が太く分厚く、片手でも両手でも持てるだけの柄の長さがあった。

 俗にロングソードと呼ばれる、ごく一般的な両刃の剣だ。

 

「これなどはいかがで。こいつは見てくれだけじゃありやせんぜ。頑丈で、切れ味の方も保証付きってやつでさ。武器作りの分野にその名を残した双子の錬金魔術師、かの『クルック=シャンク』が鍛えたものですからな」

「名のある武器ってこと?」

 

 先ほどのレイピアと同じように手に取って、ひととおり検分してみたものの……。

 

(……そうかなあ?)

 

 リリーは、疑わしげに眉根を寄せた。

 

 彼女には刀剣に関する詳しい知識はないのだが、それでも正真正銘の名刀を間近で見たことはあるし、手に取った経験もある。

 尋常な武器の範疇を越えた宝剣や妖刀とでも呼ぶべき代物にさえも、出会ったことがあった。

 

 たとえば、カルカッタのとある商店で見つけた、『タルワール』という種類の曲刀などがそうだ。

 名高いウーツ鋼で作られたダマスカスソードで、16世紀ごろのインドで作られていたが今では製造技術が遺失してしまった希少な逸品である(と、アヴドゥルが教えてくれた)。

 実家には、その真偽やいつごろから何故我が家に伝わっているのかなどは知らないが、かつて伝説の黒騎士が愛用し、その後は吸血鬼討伐にも用いられたという『LuckとPluckの剣』などという代物が飾られていたりするし。

 エジプトツアーの最中に出会い、何度か戦ったユタという名のスタンド使いは、古びてはいるが素人目に見てもわかるほど立派で、しかも奇妙だが素晴らしい力を持つ宝剣を所持していた。

 また、剣それ自体がスタンドであり、触れたものを乗っ取ってしまう妖刀・アヌビス神と戦って、その切れ味を己の体で確かめたこともある。

 

 それらの名刀・宝剣・妖刀の類からは確かに感じた『スゴ味』とでもいうべきものが、目の前の剣からはまったく感じられない。

 それに……。

 

(これだったら、私の持ってる普通のナイフと大して変わらないような……)

 

 キャラバンで作れるようにするために刃物の構造を詳しく分析した経験があるので、刀剣類に関する知識は大してないものの、刃金の良し悪しそれ自体は手にとっていくらか調べてみれば概ねわかるつもりだ。

 

 まあ、量産品とはいえ現代地球の技術で作られた刃物と同じくらいの出来栄えなのであれば、この世界では十分良質な剣の部類だと言えるのかもしれないし。

 店主がこっちを騙してなまくらを掴ませようとしてるとか、そんなわけではないのだろうが……。

 

「ねえ。ここには、いわゆる『魔法の武器』みたいなのはないの?」

 

 そう尋ねてみたら、むっとしたような顔をされた。

 

「お客さん、人聞きの悪いことを言わんでくだせえ。もちろん、こいつにも『固定化』の魔法はちゃんとかかっていますぜ? それに切れ味だって、魔法で高めてあるんでさあ。名のある錬金魔術師が鍛えたもんだ、と言ったでしょうが」

「ああ、ごめんなさい。そういう意味ではなかったのよ」

 

 リリーはそう言ったものの、もちろん『固定化』とはどんな魔法なのかとか、そういったことはまったく知らない。

 なにせこの世界に来てから、まだほんの数日しか経ってないのだ。

 とはいえ正直にそう言ったなら、こいつは武器に関してまったく無知だと思われて足元を見られかねない。

 ゆえに、後でルイズに尋ねることにして、この場では知ったかぶりをしておいた。

 

「じゃあ、どういう意味なんで?」

「ええと、つまりね。私が知りたいのは、炎が出るとか、電撃が飛ぶとか……」

 

 なにかそういう、メイジの使う呪文みたいな、いかにも魔法といったような力をもつ剣はないのかと聞いたのだと説明すると、店主は苦笑した。

 

「ご冗談を。いまご覧になったこの剣だって、ちょっとした家が一件建てられるほどの値がつく逸品ですぜ。さすがにそんな、でかい城が建てられるほどの値が付きそうな大層な代物は、うちみたいな店にはありませんや」

「そう。ええ、ごめんなさい。いちおう聞いてみただけだから、お気になさらないでね」

 

 そう言って営業スマイル的な笑顔を浮かべて頭を下げたリリーをよそに、ルイズは内心ぎょっとしていた。

 

(え、ちょっと。家? 武器って、そんなに高いの?)

 

 貴族は平民のもつような武器なぞ使わないので、その値がどれほどのものかも、ルイズはよく知らなかったのである。

 軽い買い物のつもりでいたのに予想外の出費になりそうで、ちょっと焦っていた。

 

 もっとも、名のある魔術師が鍛えただとか華美な装飾が付いているとかでない普通の武器は、そこまで高くはない。

 両手持ち専用のグレートソードなどであれば、ありきたりの品でもエキュー金貨で百枚は下らないくらいの値が付くが、普通のレイピアやロングソードであれば三十枚かそこらで買える品もある。

 武器の種類によっては、さらに安く買えるものだってある。

 たとえば、穂先だけが金属で柄が木製のスピアなどであれば、金貨にして五枚もしない。

 とはいえ、それはルイズの知らないことだったし、知っていたとしてもそういった見栄えのしない武器では、彼女は満足しないだろうが。

 

 一方リリーはというと、ファンタジーやメルヘンな世界ということで期待していたいかにもな魔法の武器は、少なくともこの店にはないとわかって、購買意欲が薄れていた。

 魔法的な要素が期待できないとなると、素の武器としての品質で魅力的なものは、あまりありそうにもない。

 

(うーん。ルイズにももうだいぶ買ってもらったし、武器は高いみたいだし……)

 

 でも、やっぱり要らないなどと言えば、それはそれで彼女の機嫌を損ねそうな気もするし。

 いろいろと見せてくれた店主にも悪いし……。

 

 などと、考えていたところで。

 

「おい、そこのトリ。どこの亜人だか知らねぇが、おめえに武器なんかまともに扱えんのか? 金勘定の方が似合ってるぜ!」

 

 唐突に、そんな声が店内から聞こえてきた。

 店主が頭を抱える。

 

 リリーは、はっとしてその声の方を振り向いた。

 

『まーな。わいが使うんやない、財テクのために見さしてもろうとるだけやで』

 

 まだ武器を眺めていたキャラバンは、平然とそう返事をする。

 それから、ご主人は使うかもわからんが……と付け加えたあたりで、ふと気が付いたように顔を上げて、きょろきょろとあたりを見回した。

 

『……うん? あんた、わしの姿が見えるんか? てゆーか、どこにおるん?』

「おめえの目は節穴か! ここだ、ここ!」

『おや。もしかして、またしてもしゃべる刀ですかな』

「ストップ!」

 

 声のするあたりへとてとてと近づいていこうとしたキャラバンを制すと、リリーは問いかけるように店主の方を振り向いた。

 店主は、申し訳なさそうに頭を掻く。

 

「あいすみやせん。……こら、デル公! お客人に向かってトリだの亜人だの、なにをわけのわかんねえことを言ってやがる! それ以上失礼をはたらくと、貴族に頼んで溶かしちまうぞ!」

「けっ。わけわかんねえのはそっちだろーが! おめーがさっきから相手してる娘っ子どものことじゃねえよ。俺は」

「あー、まったまった! ちょっとまって!」

 

 リリーは、デル公と呼ばれた謎の相手と店主との会話を強引に遮った。

 このまま話させ続けて面倒なことになっても困るし、早急に解消しておきたい疑問もある。

 

「……まず、質問してもいい? あなたの話してる、デル公っていうのは誰?」

「へえ。デル公は、正式にはデルフリンガーとかいう名前だけは一人前な野郎なんですが、あの特売品の山にある剣でして……」

「つまり、インテリジェンスソード?」

 

 当惑気味にしていたルイズが、横からそう口を挟んだ。

 

「そうでさあ。どこの魔術師が始めたことだかしりやせんが、意思をもつ魔剣とかってやつです。とにかく、こいつは自分が錆びた駄剣なのを棚に上げて、やたらと人の悪口を言ったりするもんで閉口してまして……」

 

 店主がぶつぶつと日頃の不平不満を並べたてるのをよそに、リリーは今度はルイズのほうに尋ねてみた。

 

「そのインテリジェンスソードっていうのは、この世界ではよくある魔法の剣なのよね? それで、危険はないの? たとえば、持ち主が操られるとか、乗っ取られるとか、呪われるとか……」

「よくあるってほどでもないけど、知性を持たされた魔法の道具は珍しくはないわ。使い手を補助するためとか、単に話し相手とかでね。たまに変わった力を持ってるものもあるけど、持ち主を操れるほどとなると、並みのスクウェアくらいじゃ作るのは無理よ。相当強力なメイジが魔力を付与したものでないと……」

 

 つまり、モノによっては手に取った場合、操られてしまうこともあり得るわけか。

 

 もっとも、あの店主はどう見ても操られてるようには見えないし、そんな能力があるならまず自分の所有者を支配しておかないわけがないから、デルフリンガーとやらにはそんな能力はないのだろうが。

 参考のため店主自身にも尋ねてみたが、返ってきた答えは「こいつは珍しい魔剣だってんで、ジャンク品と知りながら掘り出し物になるかと仕入れてみたんですがね。自分はすげえ剣だと言うばかりで、じゃあ何ができるのか聞いても長生きしすぎて忘れたとかぬかす、とんだ役立たずのホラ吹きでして」という、予想を裏付けるものだった。

 もちろん、彼の言葉が絶対に信頼できるという保証はないが、少なくとも嘘をついていそうな気配はない。

 

(でも……)

 

 気になるのは、なぜそのデルフリンガーとやらにはキャラバンの、すなわちスタンドの姿が見えているのかということだった。

 

 ルイズをはじめ、これまでに出会った他のどんなメイジにも、スタンドの姿が見えている様子はないのに。

 魔法についてはまだまだよくわからないものの、自分自身が認識できない、存在も知らないものを知覚できる能力なんて、製作する物品に付与できるとは思えないし、そもそも付与しようと考えることもないだろう。

 

(そりゃあ、この使い魔契約のルーンのこととといい。使ってるメイジ自身にも仕組みのよくわからない魔法もあるみたいだから、絶対とは言い切れないけど……)

 

 リリーが思い浮かべていたのは、エジプトツアーの時に戦ったスタンド『アヌビス神』のことだった。

 一体どうやってそんなことができたのかはわからないが、刀そのものがスタンドで、手にした人間を操って本体にしてしまうというおそろしい強敵だったのだ。

 

 この剣もそれと同じく、実はインテリジェンスソードとやらではなくスタンドなのだという可能性はないだろうか。

 なぜなのかはわからないが、『スタンド使いはスタンド使いにひかれ合う』ものだともいうし。

 

 触れるのは危険かとも思うが、もしそうだとすれば、この世界に来て初めて出会ったスタンドということになる。

 あるいは、元の世界への帰還の手がかりを、何か知っていたりもするかもしれない。

 この機会を逸するわけにはいかないし、放置すればそれはそれで危険でないとも言い切れないわけだし。

 

「……よし」

 

 リリーは決意を固めると、念のため素手で触れるのは避けようと荷物の中から取り出した手袋をはめて、声のする剣の山のほうへ歩み寄った。

 

 なるほど、薄汚れていたり、傷だらけだったり、いかにも中古品という感じの種々雑多な手入れの悪い剣の中に、錆の浮いたぼろぼろの剣が置いてある。

 長さは一・五メイルほどもあろうかという、刀身の細い薄手の長剣だ。

 

「あなたが、デルフリンガーね?」

「そうよ。おめえ、女だてらに水兵らしいがな! その細腕で振り回せるのは、よくてさっきの……」

 

 またしても悪口雑言を吐きかけようかとしていた剣は、唐突に黙りこくった。

 もちろん、剣には目も何もないのだが、まるで自分のことを観察しているようだとリリーは思った。

 

 ややあって、剣は小さな声で呟いた。

 

「……おでれーた、こいつは見損なってたぜ。おめえ、『使い手』だったのか」

「使い手? ……それは、『スタンド使い』ということ?」

 

 リリーも、小さな声で尋ね返す。

 

「『イかんぞ歯科医』? 剣が歯医者なんぞに行くわけねーだろーが」

「……どうやら、耳と頭の調子が悪いみたいね」

 

 手入れが必要かしら、などと呟きながら、ちょっと荒めに検分してもいいかと店主に許可を取りつけて。

 キャラバンに(ルイズらに見えないよう隠しつつ)『ダイヤモンド粉末付きのやすり』を作り出させると、突っ込みを入れるように錆びた刀身をかんかんと叩いたり、錆を削り落とすようにがりがりと削ったりしてやった。

 

「あいててて! わ、悪かった、真面目に考えるからやめてくれよォーッ!!」

 

 デルフリンガーは軽く悲鳴を上げると、しばらくの間考え込んではみたものの。

 

「……うーん。なんか聞いたような言葉なんだが、忘れた。……い、いや、これは本当に忘れたんだ! 六千年も生きてるんだからしょーがねーだろーよ!?」

「六千年? すごい昔ね……」

 

 歴史にはあまり詳しくないが、地球でいうと、古代エジプト文明のはじまった頃?

 いや、それ以前だろうか?

 

 リリーはそんなことを考えながら、デルフリンガーを慎重に引き出して手に取ると、これまでの剣と同じように検分してみた。

 

(錆が浮いているのに、妙に刀身がしっかりしている。表面だけで、内部は無傷ね。表面にある錆が酸素との接触を妨げて、酸化の進行を遅らせているのか……、いや、ちょっと違うような……)

 

 まだはっきりとした構造まではわからないし、この世界の六千年前の文明というのがどんなものかも知らないが、少なくとも地球で六千年前だったら絶対にこんな剣は作れないはずだ。

 この店に置いてある他の剣と比べてみても、明らかに構造が違う。

 もしかしたら、あのダマスカスソードと同じく、過去に遺失してしまった技術とかで作られているのかもしれない。

 

 とすると、これはスタンド云々を別にしても、結構な掘り出し物ではないだろうか?

 

「とにかくだ。娘っ子、俺を買え」

「そうね……」

 

 リリーは軽く頷くと、その剣を手にしたまま、ルイズらのほうに向き直る。

 

「本人に売り込まれたことだし、お安ければこれにしようかと思うんだけど」

「ええ? なんでそんなのを。もっと綺麗でしゃべらないやつにしなさいよ、そんなんじゃ人前で差して歩けないじゃないの」

 

 ルイズはそう文句を言ったが、それは想定の範囲内だ。

 無理強いしようとはせず、リリーは素直に頷いてみせた。

 

「そう。私はこれでいいと思うんだけど、ルイズが嫌なら無理に買ってくれとは言えないわね。じゃあ、さっき私がスリを捕まえたお礼としてもらったお金から払うことにしましょうか」

 

 正直なところ、デルフリンガーがいくらなのかは知らないが、さっきの礼金で足りるとは思っていない。

 が、本当に自腹を切る気はないのだ。

 

 案の定、途端にルイズは不機嫌そうな顔になった。

 

「なによ、駄目とは言ってないわよ? 使い魔に自腹を切らせるなんてするわけないじゃないの。どうしても気に入ったのなら、買ってあげるわ!」

「え、いいの? ありがとう、ルイズは優しいのね」

 

 よっしゃ計画通り、と内心ではぐっと拳を握りしめつつも、リリーは花が咲くような笑顔を浮かべて感謝の言葉を述べる。

 ルイズは照れ隠しをするようにぷいっと赤い顔を背けて、店主に尋ねた。

 

「あれ、おいくら?」

「ああ、デル公でしたら……」

 

 店主は最初、がらくた品に相応しい捨て値を告げようとしたが、そこで思い直した。

 

(こいつは自分の護衛に、もう買ってやるって約束したんだよな。あの水兵も、安けりゃあとは言ってたが、なんだかんだで自腹を切っても買おうとしやがったし)

 

 一体デル公の何が気に入ったのかは知らないが、だとすれば吹っかけるチャンスなのではないか?

 あまりつり上げすぎて不良在庫を処分できるせっかくの機会がご破算になってもつまらないが、少しくらいなら……。

 

「……まあ、錆びておるとはいえ、魔剣ですからな。その分を考慮しやして、エキュー金貨で百、新金貨なら百五十ってとこで」

 

 ルイズは、うぐぐ、と顔をひきつらせた。

 

 覚悟はしていたが、やはり高い。

 家が買えるほどとまではいわないが、平民ならそれで少なくとも半年以上、いくらか切り詰めれば丸々一年はこの王都で生活できそうなくらいの金額ではないか。

 

(あんなボロ剣一本に……)

 

 だが、この場で払えないというほどではないし。

 買うといった以上は手持ちが足りないわけでもないのに、やっぱり高いからやめにするなどというわけにはいかないだろう、貴族としては。

 

「ミズル、払ってあげて」

 

 財布を預かっている使い魔に、しぶしぶそう言ったものの。

 リリーは黙ってデルフを置いてカウンターへ戻ると、財布を出そうとはせずに、不敵な笑みを浮かべて店主と向かい合った。

 

「百エキュー? まあ、冗談がお上手ね。ちょっと高いんじゃないの、ご主人」

 

 ルイズはどう見ても、武器の適正価格なんて知ってるとは思えないし。

 商品に値札も付いてないこんな店では、物の値打ちを知らない初見の客なんて、カモられて当然だろう。

 だから、値切ったからといってこの店主との関係が悪くなるということはあるまい。

 むしろ騙されてそのまま買ってしまえば、マヌケな客だと見下される。

 

 店主は、軽く肩をすくめてみせた。

 

「じゃあ、いくらなら買うってんで?」

「そうねえ……」

 

 リリーは少しの間視線を逸らして、考え込むようなそぶりを見せた後に言った。

 

「……あの剣はそもそも、あちらの中古品の山に置いてあったものよね? しゃべるだけで能力もない、って言ってたし。なら、出せるのはいいとこ、二十五エキューまででしょう!」

 

 別に、自分でもこんなに安く言っちゃって悪いなあーというくらいの値を適当にあたりをつけて言った、というわけではない。

 この世界の物価なんて、本当にまだまだぜんぜん知らないのだから。

 

 そうではなく、リリーは店主と交渉を始めるにあたってちらりと自分のスタンドに視線を送り、それを受けて彼女の意図を察したキャラバンが、デルフリンガーのところへ引き返したのである。

 

『ちょっとデルフはん。わしに、小声で教えてくれまへんかー?』

「なんでえ、トリ男」

『失礼やな。わしにはキャラバンというちゃんとした名前が、……あ、いや。それよりも、おたくの横に置いてあるその、長さも形も大体おたくと同じくらいの剣は、いくらくらいするもんかいな?』

「おいおい。まさか俺を放っといて、こんながらくたを買おうってのか?」

『いやいや、そうやない。ただな、うちらが一般的な価格っちゅーのをわかっといた方が、おたくを買い取る交渉もしやすいんやで?』

「あー、なるほどな。いや、正確な値段はわからねえが……、せいぜい三十エキューってとこじゃねえか? 古いし」

『ほうほう。それで、あの店主がおたくを仕入れたときの価格は?』

「けっ。あいつの前にもってた野郎が、他のがらくたみてえな剣と五、六本まとめて叩き売りに出しやがってよー。あいつはそれを、散々値切りやがって。確か、ぜんぶ合わせて六十エキューにちょっと足りねえくらい、だったかな?」

『なるほどなるほど……。参考になりましたわ、おおきにー』

 

 ……で、彼がその値段を自分の本体に知らせた、というわけだ。

 

 店主も、錆びていることだし仕入れ値を考えても、まあその程度でも構わない……とは思ったものの。

 そうすぐに譲ったのでは、面白くもない。

 あえて小馬鹿にしたように鼻で笑うと、首を横に振った。

 

「話にならねえ。そんな値段で売ってた日にゃあ、こちとら首吊りもんでさ!」

 

 そう言って、手を広げてみせる。

 

「じゃあ、仕方ないわね。ルイズ、帰りましょう」

「え、え?」

 

 こんな交渉事などにはまるで不慣れなルイズは困惑して、リリーと店主とを交互に見つめた。

 

「いやいや、お待ちを。お嬢さん、なかなか駆け引きがお上手ですな。初見のお客ですし、特別に七十エキューではいかがで?」

 

 そこから、値段交渉が始まった。

 

「三十にしなさいな」

「六十でさ」

「三十五よ」

「五十五では?」

「四十に」

「四十五なら?」

 

 

 結局、デルフリンガーは四十二エキューと五十スゥを支払うことで、うるさい時に収納して黙らせることができる鞘のおまけつきで、めでたくルイズらに買い取られることとなった。

 


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