7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第十二話 貸付金回収

 

 半額以下にまで値切られたとはいえ、売れる望みもないと思っていたジャンク品にしてはそこそこの値がついたと、店主は機嫌よさそうにしていた。

 デルフリンガーはそれよりも遥かに価値のあるものだと思っているリリーの側としても、文句はない。

 交渉後は、お互いに気分よく挨拶を交わして別れることができた。

 

 対照的に、ルイズとデルフリンガーは、やや不満げにしていた。

 

「貴族が値切って買うだなんて……」

 

 公爵家の令嬢としてのプライドがある彼女にとっては、それは無暗に金に執着するみっともない態度なのではないか、と思えたようだ。

 

 とはいえ、一般的に値切って買うこと自体は、常識の範囲内でなら、この世界の貴族にとっても決して不名誉になる行為ではない。

 ルイズが特にこだわりの強い性質だというだけである。

 利に聡いキュルケあたりなら、犯罪以外のあらゆる手段を用いて、可能な限り安く手に入れようとするだろう。

 

 無論、メイジとしての力や貴族の権力を盾にとって値切りを強要したり、奪い取ったりするのであれば、それは犯罪である。

 半ば公然とそのような行為を行う不逞の輩も、間違いなくある程度の数存在してはいるのだが。

 

「値切ったのは私だし。それにあの店主、簡単に半額以下までまけたところを見ると、最初はやっぱりぼったくろうとしてたわけよ。騙されて買っちゃったら、そっちのほうがみっともないんじゃない?」

「そりゃあ、そうかもしれないけど……」

 

 リリーにそうたしなめられても、ルイズはなおも釈然としないような顔をしていた。

 

 とはいえ、彼女のおかげで出費の額が相当抑えられたのも事実である。

 もしも値切らなかったなら、手持ちの小遣いが今日一日だけで半分以上も吹っ飛んで、当分は節制を強いられるところだったのだ。

 

「……まあ、過ぎたことは仕方ないわね」

 

 そう結論して、気持ちを切り替えることにした。

 一方デルフはというと、こちらは値切り合戦の末にあまりにも安値で購入されたのが、剣としてのプライドに障ったようだ。

 

「はあー、そうかい……。俺の価値は、金貨四十枚かそこらだってか。あの店長みたいなつまらん連中ならともかく、使い手からの評価までそこまで暴落するとは、情けねー話だぜ……」

『そう言いなさんな、デルフはん。ご主人はなにも、おたくの価値が本気でそんなもんだと思ったわけやない。ルイズはんの財布を思いやってのことやで?』

 

 キャラバンがそうなだめても、彼はぐちぐちと文句を言い続けている。

 

「この分じゃあ、次に売られる時には金貨十枚かな。いや、小麦粉三袋と交換とかかもしれねーな……」

「小麦粉三袋って、あんたねえ……」

 

 デスクィーン島に売られた女の子じゃああるまいしと、リリーはとある漫画の登場人物を思い浮かべて苦笑しながら、口を挟んだ。

 

「周りからの評価が不当に低いっていうのなら、がんばって見直させてやりゃあいいじゃないの。それとも、あんたには本当にその程度の価値しかないのかしら?」

 

 この剣に対してはなだめすかしてご機嫌を取るよりも、挑発して焚きつける方がいいとみた。

 案の定、デルフリンガーは反発してきたので、うまく話を運んで発奮させてやる。

 

「……いいか! 必要な時には、いつでも俺を抜きゃあがれ! そんときこそ、このデルフリンガーさまの価値ってもんを思い知らせてやっからよ!」

「ええ。その時が来たら、期待してるわよ?」

 

 最後にそう約束してから、荷物の中にしまい込んだ。

 

 もっともこの剣を買ったのは、主として詳しく構造の分析をしてみたかったのと、情報源になるかもと期待したのと、スタンドだとしたら放置しておくことに不安を感じたからである。

 自分は剣士というわけでもないので、話を聞いたり手入れをしたりくらいならともかく、実戦で使う機会が本当にあるのかどうか、あるとしていつになるのかはわからない。

 

 まあ、六千年も生きてきたというのなら、彼にとってはそれが三日後であれ三年後であれ、大した違いはないことだろう……きっと。

 

「それじゃあ、帰りましょうか」

「そうね。だいぶ遅くなったし、暗くなる前に学院に着きたいわ」

 

 太陽は既に、大分傾いてきていた。

 

 

「……うーん……」

 

 学院へと帰還したリリーは、食堂で夕食をいただいた後に、ルイズの私室へ戻った。

 そこで使い魔としての雑用をいくつかこなした後、明日に備えて早めに寝床に着こうとする彼女と「買ったばかりの剣の手入れをしておきたいから」といって別れると、学院本塔に近い中庭へ出る。

 

 夜とはいえ、大きな二つの月のために、視界はかなり明るい。

 そこで、キャラバンに出させた道具でゆるゆるとデルフリンガーの手入れや構造の分析をしながら、思いつくままに彼にいろいろと質問をぶつけてみた。

 彼の出自、どこで誰に作られたのかとか。

 このハルケギニアという世界についてのこととか、地球のことを何かしらないかとか。

 使い手とは結局何なのかとか、左手のルーンについてだとか……。

 

 しかし、何を聞いても彼の返答は、とどのつまりは「知らない」か「忘れた」ばかりだったのである。

 

「本当に、頭の調子が悪いんじゃないの? 頭脳が間抜けなのかしら」

「もともと剣に頭なんかねーよ。さっきも言っただろが、六千年も生きてりゃ物忘れもすらあな」

『だとしても、こうも肝心なことをなんも覚えとらんっちゅーのも妙な話ですなー』

 

 そんなキャラバンの言葉に、リリーも頷く。

 

「そのこともだし、あんたの表面を覆ってるこの錆も妙ね」

 

 なにせ、錆落としの薬剤を使っても、還元しようとしても、まるで影響を受けた様子がない。

 ダイヤモンド粉末付きのやすりなんかを使うと多少は削れるものの、削る端から再生でもしているのか、一向に減った気配がないのである。

 それがあるせいで、その奥にある刀身の構造を分析しようとしてもうまくいかないのだ。

 

 さてはデルフリンガーのもつなんらかの能力によるものかと思って本人に尋ねてみたが、やはり「知らん、忘れた」という気のない返事が返ってきただけだった。

 

「ただの錆でないのは、確かだと思うんだけど……」

 

 気にはなるものの、いずれにせよ、今のところは早急に突き止めねばならないようなことでもない。

 暇を見て気長に取り組むことにして、自分ももう寝ようかと腰を浮かせかけた、ところで。

 

「んっ?」

 

 リリーはふと、小さなつむじ風が自分の脚にまとわりついてくるのに気が付いた。

 つむじ風は急速に勢いを増し、うなりを上げて体にまで絡み付こうとする。

 

(……!!)

 

 危険を察知した彼女は、咄嗟に波紋の呼吸を練り、膝だけで大きく跳躍して背後に飛び退く。

 

 しかし、完全に避けるには一瞬遅かったようだ。

 巻き起こった小さな無数の風の刃が離脱しようとする彼女の体をかすめ、肌にいくつもの浅い切り傷を負わせる。

 

「つっ!」

 

 リリーは顔をしかめながらも態勢を整えると、周囲に素早く視線を走らせ、攻撃者の姿を探した。

 

 だが、すぐには見つからない。

 あたりの暗がりのどこかに、姿を隠しているのだろうか。

 

「いまのは『風』の魔法だな。理由は知らんが、どっかからメイジに狙われてるようだぜ、相棒」

 

 手に持ったままのデルフリンガーが、心なしか嬉しそうにそう解説をする。

 

「さっそく、剣の出番ってわけだな!」

「こっちは災難なんだけど……」

 

 やれやれだわ、と呟きながら、キャラバンに視線を送る。

 

『あいよ』

 

 さすがに自分のスタンドだけあって、こちらの意図は詳しく話さずとも察しているようだ。

 

 キャラバンは、手にした背負い袋を放ってよこした。

 リリーはそれを受け取ると、くるりと回して、デルフリンガーを構えているのとは逆の腕に軽く巻き付けるようにして持つ。

 

(さあ、どこから来る?)

 

 神経を研ぎ澄ませ、風の音に耳を澄ませた。

 また風が絡みついてきたり、何かが飛んできたりしたならすぐに飛び退けるように、姿勢を低くして身構えながら……。

 

 ややあって、自分の左側後方のあたりで、ボンと空気が弾けるような音がした。

 

 咄嗟に横に跳んで、飛来した不可視の空気の鉄槌をかわしながら、身をひねってそちらの方に向き直る。

 そして今度は、木の陰からこの呪文を飛ばした張本人の姿を真正面からはっきりと捉えた。

 

「やっぱり、あんただったのね。ロレーヌ……とか言ったっけ?」

「……。フン!」

 

 木の陰から身体を半分だけ出して杖を突き出していたロレーヌは、一瞬躊躇した様子だったが。

 ばれてしまっては仕方がないと開き直ったのか、物陰から歩み出た。

 

「相変わらず、礼儀を知らん輩だな。貴族に対して然るべき経緯も払わず、敬称もつけず、なんという態度! 少しばかり腕が立つだけでどこまでも学のない、憐れな戦馬鹿と見える!」

 

 リリーは、呆れたように肩をすくめた。

 

「そりゃどうも……。なら、その手の甲に、恭しくキスでもしてあげましょうか? 後で、そこの水溜まりにある泥水でしっかりと口をゆすぐ許可をいただけるならだけどね、ジェントルマン?」

「は! 泥水で口をゆすぐだと? それでも女か、衛生観念もない下民が。なにをわけのわからんことを、それで媚びてでもいるつもりなのか?」

 

 どうやら、ロレーヌには今の皮肉が通じなかったらしい。

 リリーはやれやれというように、首を横に振った。

 

「もういいわ、話がかみ合わないから。……で、なんのご用?」

「決まっているだろう?」

 

 ロレーヌは、きっとリリーを睨みつけながら、彼女に対して杖を突きつけた。

 

「先日はこちらの手加減に付け込んで、あんな決闘まがいでの曲がりなりにもとはいえ、よくぞ勝利したものだ。さぞや気分が良いことだろう。だが、貴族を蹴倒して屈辱を与えるなど、そんな躾の悪い平民がどうなるか教えてやらないでは示しがつかんよ!」

 

 先日の決闘における敗北はあくまでも自分の油断によるもので、本当ならば余裕で勝っていたはずだった。

 いや、勝負にもならなかったはずなのだ。

 それをこちらの手加減に付け込んで、本領を発揮せぬうちに勝ちを掠め取るなどと……。

 貴族である自分にあのような屈辱と苦痛を、それも本来なら足元にも及ばぬはずの平民が与えるなどとは、到底許されることではない。

 

 だから、ずっと報復の機会を窺っていた。

 決闘の当日とその翌日には好機が来なかったが、こうして今日、絶好の機会を捉えたというわけだ。

 

「つまり、もう一度決闘をしろということ? だったら不意討ちなんかしないで、正面からそう言いに来なさいな」

「平民ごときを相手の決闘まがいなぞ、もういいさ。これはただの躾だ、申し合わせなどいらん!」

 

 大体、夜分に不意打ちで仕掛けてきて、躾もなにもあるものではないだろうに。

 ハルケギニアにおけるメイジの常識からいっても、他人の使い魔に勝手に躾を施そうなどと、それこそ不躾極まりない傲慢な越権行為である。

 要するに、負けたのが気に入らないから腹いせをしてやろうということであって、理由は取って付けただけなのだ。

 

 ついでに、平民ながら見目麗しくエキゾチックな容貌をしたリリーに対する下の欲望も、少なからず入っていた。

 女に痛めつけられた屈辱から、逆にその女を屈服させたいという下劣な欲望を膨らませたのである。

 

(服も体もなます切りに斬り刻んで這いつくばらせ、搭から吊るして無様な姿を衆目に晒させてやるぞッ!)

 

 それに彼自身、一年生の頃にキュルケとタバサに手を出して返り討ちに遭い、共謀者の女子たち共々髪と服とを燃やされて塔から逆さ吊りにされる辱めを受けた経験があるので、その鬱憤晴らしということもあった。

 トライアングルメイジである彼女らには到底かなわないから、その分の恨みもまとめてリリーにぶつけてやろうというのだ。

 

(やれやれだわ……)

 

 リリーは、うんざりしたような顔になった。

 

 あまり後に尾を引かないような、ソフトな勝ち方にしようとしたのが裏目に出たか。

 こんなことなら、決闘の時にもう少し強めに波紋を流し込んで、当分寝かせておくべきだったかもしれない。

 まあ、決闘の結果とはいえ貴族の子弟が何週間も目を覚まさないなんてことになったら、それはそれで問題になりそうだし、今さら言ってみても仕方のないことだが……。

 

 こんな夜分では、仲裁を求めようにも周囲に人の気配はなし。

 いたとしてもそこらの生徒や使用人では、おそらく頼りにはできない。

 

 と、なれば。

 

「……あんたみたいなダメ男のボーヤに躾けてもらうだとか、そんな趣味はありませんけども。どうしてもやるっていうなら、まあ試してみなさい」

 

 ベッドの上で何週間か休みたいっていうならね……と、不敵な笑みを浮かべながら。

 リリーは、デルフリンガーをロレーヌに突き付けた。

 

 いまだにキャラバンの袋に覆われたままの左手の甲では、ルーンが淡い輝きを放っている。

 

「大口を叩くな、平民風情がッ!」

 

 ロレーヌがいきり立って、呪文を唱え始めた。

 

 それとほぼ同時に、リリーが彼のほうに向かって走り始める。

 ルーンと波紋による身体能力のブーストから生じる、その異様なほどの速さにロレーヌも一瞬驚いたものの、互いの間にはまだかなりの距離があった。

 この距離なら、どうあがいても自分の呪文の方が早い。

 

(もらった!)

 

 ロレーヌは、向かってくる敵に対して薙ぎ払うように杖を振った。

 たちまち、無数の見えざる風の刃が生じて、リリーに対して襲い掛かっていく。

 

 リリーは呪文が発動したらしいのを察すると、デルフリンガーと両腕とを体の前にかざして身を守った。

 

「馬鹿め!」

 

 たとえ手にした剣でもって防ごうとしたとしても、どうしても守り切れない部分は残る。

 ましてや、腕などで防げるものではない。

 致命傷とまではいかずとも、腕をずたずたにされた上に全身を襲う鋭い苦痛と噴き出す血潮とに塗れれば、たちまち戦意を喪失することだろう。

 

 が、しかし……。

 

「……くっ!」

 

 呪文に襲われたリリーは、体の端々に若干の切り傷を負いはしたものの、命中した瞬間にほんの一瞬足が止まった程度(呪文の衝撃に転倒せず堪えるために、地面に『くっつく波紋』を流した)だった。

 血だるまになって地面を転がるどころか、ほとんど怯みもせずに平然と向かってくる。

 

「な、何イィ!?」

 

 馬鹿な。

 あの呪文に、生身の人間が耐えられるわけがない。

 剣一本で防げるようなものでもないし、防具を身につけている様子もないのに。

 

(まさか、あの剣になにか防御の魔法でもかかっているのか!?)

 

 そんなロレーヌの想像はまるで間違いとも言い切れないが、リリーが耐えられた理由はそれではなかった。

 

 普段はキャラバンが持っている『スタンド袋』は、その中から原子配列変換して作り出した物品を取り出すためのものだが、防御に用いることもできる。

 内部があらゆる物質を分解して組み替える特殊な亜空間になっているこの袋は、原則として絶対に破れることがないのだ。

 

 リリーはその破壊不可能な袋を体の前に広げて緩衝材とし、広い面積に衝撃を散らすことで、本来なら肉を派手に裂いて血飛沫を散らしたであろう風の刃を難なく凌いだのである。

 もちろん、それなりの不快な衝撃は響いたし、守り切れていない体の末端部を若干斬られもした。

 だが、そんなかすり傷による痛みやダメージなどは、波紋の呼吸を乱さぬようにさえしていればどうということもない。

 

「くらえッ!」

 

 リリーはそのままロレーヌに向けて突進すると、デルフリンガーを大きく横なぎに振るい、剣の腹で彼の体をぶったたいてやろうとした。

 

「ひ、ヒイッ!?」

 

 しかし、先の呪文で一旦足を止められたことが響いて、間一髪でロレーヌの詠唱の方が早かった。

 必死に唱えた『フライ』の呪文で、剣先にかすめられかけながらも、どうにか上空に逃れる。

 

「は……ははは! 所詮は平民の悲しさだ。飛んでいる相手には何もできまい!」

 

 数瞬前まで青ざめてはいたものの、安全なところまで逃れられたことで余裕を取り戻したロレーヌは、嘲るようにそう叫んだ。

 

(そうとも。あの剣にどんな力があろうと、所詮は剣じゃないか。攻撃の届かないところから、じっくりと斬り刻んでやればいいだけのことだ)

 

 ロレーヌはそう考えて、少し離れた場所に生えている、背の高い木のほうに向かった。

 

 二つの呪文を同時に唱えることはできないので、『フライ』で飛びながら他の呪文で攻撃するというわけにはいかない。

 ならば高い足場の上に着地して、そこから攻撃すればいい。

 あの木の上に陣取ってしまいさえすれば、自分の勝ちはもう約束されたようなものだ。

 

「さて、それはどうかしら?」

 

 リリーは焦らず騒がず、デルフリンガーを置いてキャラバンの袋に手を突っ込むと、中から精製した武器を取り出した。

 大口径の、強力な狙撃銃である。

 

 すぐにスコープを覗き込んで、照準を定める。

 自分の腕はそこまでいいわけではないが、現在は左手にある『ガンダールヴ』のルーンの効果によって、非常に精密な射撃を行えるようになっていた。

 狙うのは……。

 

「ファイア!」

 

 パァン、と派手な音を立てて、銃弾が飛ぶ。

 

 直後に、ロレーヌの手にしていた杖が、半ばから吹っ飛んでなくなった。

 あるいはここまで強力な武器でなくても、ただの投げナイフとかでもよかったかもしれないが、呪文によって防がれる可能性もあると踏んで、念のためなるべく弾速と威力の高い、防ぎ難い武器にしたのだった。

 

「へ?」

 

 何が起こったのかもわからぬうちに、呪文の力を失ったロレーヌは、地上へ真っ逆さまに墜落する。

 

「ぶげぇぇっ!?」

 

 強かに体を打ち付けて、骨が数本折れたようだ。

 

「うぎゃあぁぁぁ! い、痛い! いたいぃぃ!!」

 

 無様にのたうち回るロレーヌの傍に、デルフリンガーを拾い直したリリーがつかつかと歩み寄った。

 

「ひっ!? ゆ、許してくれ! 命だけは!」

 

 ロレーヌは真っ青になり、痛みと恐怖にがたがた震えながら後ずさって命乞いをする。

 たとえ負傷がなくとも、杖を失っては何もできない。

 枝や何かで切ったり、地面に叩きつけられたりであちこちから出血もしていたが、股間を血とは違う生暖かい液体が濡らしていた。

 

 リリーはそんな彼の醜態を、冷たい目で見下した。

 

「男でしょ。杖がないなら素手でも戦ってやる、くらいのことは言えないのかしら?」

 

 それなら付き合うけど、とデルフリンガーを地面に突き立てて拳を固めたリリーに対して、ロレーヌは激しく首を横に振った。

 ゴーレムを蹴り砕くような相手と殴り合うだなんて、とてもできた相談ではない。

 

「た、頼む、もう勘弁してくれ! なんでも言うことを聞くから!」

「ん? いま、なんでもするって言った?」

 

 じゃあ、と、リリーはロレーヌの折れた腕に手を掛け、その顔をにやっとした笑みを浮かべて覗き込みながら、言葉を続けた。

 さっきの銃声は相当大きかったし、誰かが来て詮索される前に、さっさと話をまとめて退散しよう。

 

「こないだの寝酒代とさっきの分の慰謝料とを、利子付きでまとめて払ってもらいましょうか。それと、今回の治療費もね?」

 

 そんなリリーの快勝をよそに、地面に突き立てられたままのデルフがぼやく。

 

「なんでえ、結局俺の出番はほとんどなしかよ。弱すぎだぞ、ガキんちょ」

『まあまあ、そうすねなさんなや』

 

 

 

 さて、先ほどリリーが撃った『対物ライフル』の弾は、本搭の外壁、宝物庫のある五階の壁にめり込んで、小さいながらも確かな傷跡を残していた。

 しかしこの時点では、その重要性にはまだ、誰も気が付いてはいなかった……。

 





もう少し強めに波紋を流し込んで、当分寝かせておくべきだったかもしれない:
 まだ波紋の正式な修行を受ける前のシーザーが無意識に使っていた波紋パンチは、殴られたものを一か月は昏睡状態にしたそうなので……。
リリーも手加減なしで波紋を込めて殴れば、常人なら最低数週間かそれ以上は意識が戻らないようにできる、はず。

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