7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第十三話 Kamerad

 

 リリーがルイズと共にトリスタニアで買い物をし、就寝前にロレーヌをもう一度叩きのめした『虚無の曜日』から、また一週間(この世界での一週間は八日である)ほどの時間が経過していた。

 

 リリーはその間もルイズの使い魔として日々の雑用をこなしてはいたが、彼女は大人しく従う相手にそう無茶な量の用事を押し付けるような主ではないので、時間はかなり余る。

 空いた時間を手持ちの本の再読やゲームボーイのプレイばかりに費やしているのもなんなので、リリーは他にもいろいろなことをやってみていた。

 

 

 

 まず、この学院にはずいぶんと立派な図書館があるようだし、授業中の黒板やなにかも読みたいので、ルイズに頼んで暇な時に文字を教えてもらった。

 

 嫌がられるかとも思ったが、使い魔に頼られて世話を焼けるのが嬉しいのか、彼女はかなり積極的に教えてくれた。

 その上、最初はある程度役立つレベルになるまで習得するにはかなりの時間を要するであろうと覚悟していたのだが、異常なほどに早く覚えることができたのである。

 アルファベットにあたる基本的な文字から教わり始めて、まだ数時間も経たないうちに、簡単な本なら大体読める程度にまでなったのだ。

 

 これにはルイズも驚いていたが、リリー自身も驚いた。

 

 自分がそんな語学の天才などでないことは、はっきりわかっているのだから。

 なのに、今までただの文字の連なりにしか見えなかった文章が、ルイズが少しずつ言葉の意味を教えてくれるたびに理解できる意味をもつようになっていくのだ。

 

「もしかして、これもルーンってやつの効果?」

「あ……そうかもしれないわね」

 

 聞いたり話したりは召喚直後からできていたが、その応用的なものとしての読み書きについても恩恵を受けられたのだろう。

 犬やネコでさえ、使い魔にすると人の言葉をしゃべれるようになることがあるのだから、人間が本の読み書きをすらすらと覚えるくらいのことがあっても不思議ではあるまい。

 

「ただ、単に習得が早くなってるっていうのともちょっと違った感じなんだけど……」

 

 リリーは少し頭をひねったものの、まあいいかと、深く詮索せずに受け入れることにした。

 キャラバンに作らせるための機械の構造や物質の組成なんかはともかく、語学にあまり興味はないし、こういうものはひとまず使えさえすればそれでいい。

 

 その後はたびたび図書室に通い(平民は出入りできないとのことだったが、ルイズに口を利いてもらうとあっさりと許可が下りた)、いくらか本を調べてみたりもしたのだが、元の世界へ帰還する方法についてはまだ手がかりがつかめていなかった。

 

 この世界の歴史や文化、技術などについても、その合間に少しずつ学んでおいた。

 あまり長居せずに帰れればそれに越したことはないが、残念ながらそうならなかった場合にも備えておかなくてはならないし、仮に早めに帰れたとしてもそれまでにこのファンタジーやメルヘンな世界についてあれこれ覚えておくのは悪いことではあるまい。

 いつか、何かの役に立つかもしれないし、商売の手がかりになったりもするかもしれないのだから。

 

 

 

 ロレーヌは、あの日以来顔を見せていない。

 

 ケンカの相手に必要以上にブチのめされ、いまだに医務室から出てこれない……というわけではないのだが。

 威張るだけで能なしな上にゲスな行為まではたらいたせいでリリーに気合を入れられた結果、食堂にも授業にも出て来られなくなったのである。

 早い話が、痛い目に遭わされたリリー自身と、周囲の視線(実際のものであれ妄想のものであれ)とに対する恐怖で、一時的もしくは恒久的な引きこもりになってしまったわけだ。

 

 キュルケやタバサに負けたときにも大恥をかかされたが、まだ同じメイジ、それも格上の相手に対する敗北ということで、比較的短期間でどうにか立ち直ることができた。

 だが今回は、よりにもよって平民に負けるという大失態である。

 しかも、公衆の面前で行った決闘は元より、先日の夜襲の件も、突然の大きな銃声やその後自分が医務室に運び込まれたという噂から推測されて、既に概ねの事実が知れ渡ってしまっているようだった。

 周囲からの『平民に決闘で負けた上に、それを受け容れられずに夜襲までしてまた負けた、情けない恥さらし』という容赦のない陰口や嘲りの視線(実際にはそこまで多くはなかったかもしれないが、本人には学院のすべての者から嘲笑われているかのように感じられた)に、ただでさえネガティブになっていたロレーヌはとても耐えられなかったのである。

 

 今は部屋に閉じこもりきりで、食事は毎回そこまで運ばせてドアの前に置いておかせているのだとか。

 

「甘ったれたマンモーニ(ママっ子)ね」

 

 リリーは、そんなロレーヌの近況を学院の使用人たち(貴族に勝ったのが痛快だということで、平民である彼らのほとんどはリリーに好意的だった)から聞いて、肩をすくめた。

 

 普段は自分の血筋を誇って横暴に振る舞っているくせに、いざ己自身の力が試されるとちょっとのことで簡単に挫折してしまう。

 そうして部屋に引きこもっていても暮らしていけるのも、裕福な家柄のおかげ。

 家族や祖先を誇りにはしても決してそれに依存したりはせず、どれだけ嘲られても挫けることのないルイズのことを、少しは見習えばいいものを。

 

(そういえば、人を見習うことを『爪の垢を煎じて飲む』っていうけど……)

 

 実際にやったら、どう考えても気色悪い。

 というか、変態的に見える。

 

「…………」

 

 ロレーヌがルイズの爪の垢をニタニタしながら煎じて、『ルイ酢』とか称して飲むところなぞを想像してしまって、リリーはうんざりして首を横に振った。

 

 まあ、引きこもったと言ってもまだほんの一週間足らずだし、喉元過ぎれば熱さを忘れるともいうし。

 あいつは考え無しのバカだとは思うが、活力というか行動力はありそうだし。

 きっとそのうちにまた、立ち直って出てくることだろう。

 

 彼の部屋まで毎回食事を運ばないといけなくなったということは、学院の使用人たちにも迷惑をかけてしまったかな、と若干申し訳なく思ったりもしたものの。

 ロレーヌは彼らからも相当に嫌われていた生徒だったらしく、痛めつけられてしょげ返っているのが痛快だとみんな揃って『ザマミロ&スカッとサワヤカ』な笑みを浮かべていたので、どうやら問題はなさそうだった。

 

 

 他にもさまざまなことをやってみたし、いろいろと面白い出来事もあったが、すべて列挙すればきりがないのでひとまず省くとして。

 

 そんなこんなで時は過ぎ、この世界へ来てから二度目の『虚無の曜日』を迎えた。

 先週は買い物で何かと散財したので、この日はルイズも午前中に馬でいくらか学院の近くを回るくらいで、概ね学院でのんびりと過ごす予定を立てていた。

 多少の雑用を除けば、リリーもほぼ終日、自由行動である。

 

 しかし、リリーが食堂で夕食を取っていた時に、少し変わった出来事が起こった。

 

「失礼します。ミス・ヴァリエールの使い魔の方ですね?」

 

 緑色の髪に眼鏡をかけた妙齢の女性が彼女の元へやってくると、丁重に頭を下げてそう切り出したのである。

 

「ええ、そうですが……。あなたは?」

「申し遅れました。わたくしはこの学院の秘書を務めております、ロングビルという者ですわ。学院長のオスマンが、ご用があるので食事の後に学院長室へ来てほしいと……」

「が、学院長!?」

 

 

 

「失礼します。ミス・ヴァリエールの使い魔の方をお連れしました」

 

 リリーを伴って本塔の最上階にある学院長室までやってきたロングビルは、ドアをノックしながらそう呼びかけた。

 扉の向こうから、重々しい老人の声が返ってくる。

 

「入りなさい」

 

 ロングビルが扉を開くと、そこには重厚なつくりのセコイアのテーブルに肘をつきながら白く長いあごひげを弄くる、老人の姿があった。

 いかにも、偉大な魔法使いといった感じである。

 

「いや、まだ休日だというのにご苦労じゃった、ミス・ロングビル。もう、引き取ってもらってよろしい」

 

 彼女が退室したのを見届けると、オスマンは緊張しているリリーに椅子を勧め、手ずから茶を淹れた。

 その顔は、柔和に綻んでいる。

 

「さてさて。まあ、楽にして寛いでくれたまえ。ミス……、ええと?」

 

 この雰囲気からすると、どうやら決闘や何かの件で咎められるわけではなさそうだ。

 そう思って、リリーはほっと胸をなでおろした。

 

 とはいえ、平民でかつ使い魔という立場にあるはずの自分が、なぜ学院長などという偉い人に、それも主人であるルイズも抜きで呼び出されたのかは、まだわからない。

 よもや危害を加えられるようなことはないとは思うが、万が一の時にはすぐにキャラバンに動いてもらえるようにしておこう。

 

「私の名前は、リリー。水流リリーです」

「おお、そうかそうか。では、ミス・リリー。私が今日、きみをここへ呼んだのは、なに、大した用件ではないのじゃが。ちょっとばかり、見てほしいものがあってのう」

「見てほしいもの……ですか?」

 

 うむ、とオスマンは頷いた。

 

「なんでも、きみは遠方の珍しい地から来たらしいと小耳に挟んだのでな。ならば、もしやこれの使い方もわかるのではないかと……」

 

 これは方便だった。

 本当に期待しているのはリリーの出自ではなく、その左手に刻まれたルーンの力である。

 

 以前にコルベールから、彼女が伝説の使い魔『ガンダールヴ』なのではないかという話を聞かされて以来、オスマンとしても、いずれ機会を見てその件については調べておかなくてはと思っていたのだが……。

 ひとつ妙案が閃いたので、今日ここに呼んで試してみることにしたのだった。

 伝説が正しければ、ガンダールヴは他の誰もが扱いかねるような代物であっても、あらゆる武器を使いこなせたという。

 ならば、使い方を知らぬ者では絶対に扱えるはずのない武器を試させてみてはどうか、というわけだ。

 

「見ておくれ。これじゃ」

「……!?」

 

 オスマンが杖を振って、机の向こうから運んできたものを見たとき、リリーは驚きに目を見開いた。

 

「こ、これって!?」

 

 衝撃のあまり、許可を取ることも忘れてそれに飛びつき、持ち上げ、ひっくり返して、隅々まで疑い深く調査してみた。

 

 ありえない。

 これがこんな場所に、あるわけがない。

 しかし……、間違いなかった。

 

「どうしたかね。それがなにか、わかるのかね?」

 

 オスマンはそんな彼女の様子を、鋭い目つきで観察していた。

 スカートの裾から覗く太腿や黒タイツに包まれたすらりとした脚と交互に、だったが。

 

「ええ。わかります」

 

 もちろん、わからないはずがなかった。

 かつてはこれに、幾度となく世話になったのだから。

 

「では、使ってみてはくれまいか?」

 

 リリーはそんな彼の要請に何かを感じたのか、顔を上げてオスマンを見つめ返しながら、小さく首を傾げる。

 

「……ここで使うのは、少し危険ではないかと思います」

「なぜじゃ?」

「武器だからです。有害な、強い光が出ます」

 

 オスマンはそれを聞くと、ほうと溜息を吐いて、満足そうに頷いた。

 

「ならば結構じゃ。間違いない、きみはそれがどんな品なのか、よくわかっておるな?」

 

 リリーは、ええ、といって頷いた。

 

「これは『紫外線照射装置』というもので、私の知り合いが持っていた武器です」

 

 この返事に、今度はオスマンが目を丸くした。

 

「なに、知り合いじゃと? あの男が……、いや、そんなわけはないのう。君の故郷の、別の誰かか。しかし、まさか本当に……。そうすると……」

 

 ぶつぶつと考え込むオスマンの様子を、リリーはじっと観察していた。

 ややあって、口を開く。

 

「すみませんが、学院長。私も、質問してもいいですか?」

「む……、何かね?」

「まず、学院長はこの武器を、一体どこで、誰から手に入れられたのですか?」

 

 

 

 新しく注ぎ直した熱い茶を傾けながら、オスマンは遠い目をして、ゆっくりと語り始めた。

 

「うむ……。あれは、今から四十……、いや、五十年ほども前のことであったか――」

 

 

 

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 ――その日、秘薬の材料を求めて森を散策していた若き日の(というほど若くもなかったが)オスマンは、そこで運悪く危険な幻獣に出くわしてしまった。

 

「OH MY GOD! なんでこんなところにワイバーンがおるんじゃッ!」

 

 下手に戦おうなどとはせずに逃げを決め込んで全力疾走していたオスマンだったが、入り組んだ森の中であの巨体ではいずれ諦めるだろうと思っていたワイバーンは、思いの外しつこかった。

 

「(と……年の割には若いと言われるが! これだけ走り回ると、さ……さすがに息が……切れるわいッ!)」

 

 この状態では、立ち止まって戦おうにもすぐには息が整わず、まともに呪文も唱えられぬうちに殺されてしまうのがオチだろう。

 高速で空を飛べるワイバーンが相手では、『フライ』や『レビテーション』を唱えても逃げる役には立たない。

 こんなことなら最初から逃げずに杖を向けて戦えばよかったと悔やんでも、後の祭りである。

 

 と、そこへ。

 

「おのれぇぇ! ここはどこだ、なぜ無線が通じん!? 友軍も敵軍も、一体どこへ消えたというのだッ!!」

 

 唐突に前方のほうから、何やらやかましい若い男の声が聞こえてきた。

 見れば、金髪を立てて整えた、ゴーレムめいた容貌と奇妙な装いをした男が行く手の方にいて、いらいらしたように叫んでいる。

 

 一体何者かとは思ったが、そんなことを詮索していられる状況ではない。

 

「い、いかん、きみッ! すぐに逃げるんじゃあッ!!」

「むっ、何やつ! ……!?」

 

 オスマンの張り上げた大声に、手元の奇妙な金属製の道具をにらみつけていた男はようやく顔を上げて……。

 たちまち、ぎょっとしたような表情になった。

 

「な、なんだこいつはッ!? ドラゴン……、いや、ワイバーンか? こ、こんな生物が実在するとは……!」

 

 しかし、その動揺も一瞬のこと。

 男は怯えて逃げ出すどころか、逆にこちらのほうに向いて身構えた!

 

「よもや、露助どもの生物兵器でもあるまいが……、ええい、なんでも構わんッ! うろたえないイィィドイツ軍人はうろたえないイィィィッ!!」

「な、なにをしておるッ! はやく……!?」

 

 オスマンが悲鳴のような声を上げかけたその時、男の体から、奇妙な金属製の筒のようなものが飛び出した。

 そんなものを体に仕込んでいるということは、この男は本当にゴーレムなのだろうか。

 

「ご老人、目を閉じていろッ!!」

 

 そう叫ぶや、その筒が眩い輝きを発した。

 

「くらえ、紫外線照射装置ィィ!」

「グギャアァァァアッ!?」

 

 その光に目を焼かれて、ワイバーンが悶絶する。

 

「ブァカ者がァアアアア! ナチスの科学は世界一ィィ!! 貴様が生物兵器だろうが神話時代の遺物だろうが、負ける道理がないイィィッ!!」

 

 さらに、胴体部から突き出した別の長い筒が、爆音を立てて火を噴いた。

 無数の弾丸に穿たれたワイバーンが、半ば挽肉のような穴だらけの姿になって絶命する……。

 

「な……、なんと……」

 

 何が起こったのかもわからず、呆気に取られてへたり込むオスマン。

 その男は、そんな彼を叱咤した。

 

「寝とる場合かァーーッ! ……あれを見ろッ!!」

「なぬ!?」

 

 オスマンが彼の差し示した方を見ると、なんと狼などの野獣や、コボルトなどの凶暴な亜人が、森の奥からこちらに向かって大挙して押し寄せてきているではないか。

 

 強大なワイバーンが血塗れの屍となって行く手に倒れ、それを成した得体のしれない男がその場にいるというのに、ほとんど気にした様子もない。

 まるで、それ以上にも恐ろしい何かに怯えて逃げ出してでも来たかのようだと、後になってオスマンは思った。

 だがその時は、自分たちを引き裂きに向かってきているとしか思えなかったし、そうだとすれば到底逃げ切れるものではない。

 野獣だけなら空に逃げるという手もあるが、飛び道具を扱える亜人が混ざっているとなると、いい的になるだけだろう。

 

 いずれにせよ、そのゴーレムめいた風貌の男は怯えた様子も見せず、それに立ち向かおうとした。

 

「ご老人、まだ走れるのならすぐに逃げろ。ここはおれが何とかするッ!」

 

 しかしオスマンは、逃げようとはせず、杖を拾って息を整えると、その男の前に進み出た。

 

「さっきは助かった、おかげで一息つけたわい。きみこそ今のうちに逃げなさい、後はわしがなんとかしよう」

「……」

 

 男は黙って、じっとオスマンのほうを見て……。

 その肩に手を置くと、諭すように言った。

 

「ご老人、おれの故郷にはこんな諺がある。『老人が自殺するところ、その町はもうすぐ滅びる』とな」

「自殺ではない、わしはメイジじゃ。戦えるし、戦わねばならぬ。きみが人間か、それともゴーレムなのかは知らんが、守るべき者がおるときにはな」

 

 自分一人だけなら、逃げもしよう。

 だが、守らねばならぬ者がいる時にそれを置いて逃げ出すなど、貴族のすることではない。

 

 その男はそれを聞くと、ぐっと胸を張った。

 

「メイジとやらが何かは知らん。だが、おれは軍人だ。民間人を守って、最前線で戦う義務がある!」

「ならば、共に戦うか?」

「よかろう。ここがどこかは知らんし、お前がどこの国の人間かも知らん。だがおれは、国籍や人種を問わず、勇気ある人間には敬意を表す!」

 

 二人はにやりと笑いかわすと、短いが固い握手を交わした。

 

「心強いぞ、カメラード(戦友)よ」

 

 野獣や亜人の群れは、既に間近に迫ってきている。

 二人はそれぞれの獲物を構えると、その只中に突っ込んでいった……。

 


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