7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
意を決して自ら手を上げようとした瞬間、使い魔に先を越されたルイズは、そのことにまず驚き……。
次いで、彼女の言葉に顔を赤らめ、盛大にまなじりをつり上げた。
「ちょっ、……ミズル! 真っ先にお金の要求だなんて、はしたないわ!」
並みいる貴族たちですら誰も名乗り出ぬところに平民の身で真っ先に手を挙げるとは、出しゃばりながらもなんと勇敢な態度かと最初は思った。
だが、これでは欲ボケで命を危険に晒し、身の程知らずなことをやろうとする、思い上がった愚か者でしかないではないか。
油断しきっていたド・ロレーヌや貴族崩れの小悪党を叩きのめすのと、強固な学院の宝物庫さえ打ち破ったトライアングル以上と目される大盗賊を捕らえるのとでは、まるでわけが違うのはわかりきったことだ。
ここは名門ヴァリエール家の三女としても、また主人としての使い魔に対する責任の面から言っても、その厚顔無恥さと無謀さとを厳しく咎めてやらねばなるまい。
「いいこと、これはお金のためなんかじゃなくて、貴族としての名誉の問題なのよ! 平民のあなたは控えていなさい!」
ルイズがぴしゃりとそう言うと、幾人かの教員たちも賛同する声を上げた。
「学院長! この娘は平民、しかも、学生の使い魔なのですぞ?」
「お嬢さん、悪いことは言わん。たかが学生メイジを相手の、座興同然の決闘に勝ったくらいのことで、思い上がるんじゃあない。巨大ゴーレムとそれを操るメイジに対して平民が挑むなどと、子供が素手で灰色熊と戦うようなものだよ」
「使い魔ごときが! 私たちを差し置いて、得意顔に出しゃばるんじゃあないッ!」
それを、オスマンがたしなめる。
「これ、ギータくん」
「ギトーです! 二度と間違えないでいただきたい!」
「すまんね、ザトーくん。とにかく、レディーにそのような物言いをするものではなかろう」
それとも、そこまで言うからにはきみが代わりに行ってくれるのか……とオスマンが聞くと、ギトーはぐっと言葉に詰まった。
「動物園の檻の中の灰色熊を怖がる子供はおらん。見ておるだけなら、なんとでも言えよう。あえて檻に入らんとするものが愚者か、それとも勇者か。それは、終わってみねばわからぬことじゃよ」
そんな外野のやり取りは放っておいて、リリーはルイズのほうに向き直る。
「ええ、そうね、確かに。だけど、貴族の問題って言っても、他の人たちはやりたくないみたいじゃない?」
彼女をなだめるような穏やかな調子で、言葉を選びながら話していく。
そうしながら、頭の中でどう言ったらルイズや周りの人間を上手く納得させられるだろうかと、大急ぎで思考を巡らせていた。
元より立候補するつもりではあったが、ルイズが手を上げそうな気配だったのであわててそれに先んじて名乗りを上げたために、まだどうやって話をもっていこうか十分に検討できていなかったのだ。
「……で、それなら私が、とは思ったんだけどね。ほら、ルイズの言うとおり、私は貴族じゃないから。あなたたちとは違って、フーケを捕まえたって名前なんて上がらないでしょう?」
本来ならば教師の一人や二人くらいが挙手してから、自分も手を上げてぜひ行かせてほしいと頼み込めば、オスマンなら認めてくれるだろうというふうに考えていたのだが……。
とんだ腰抜け揃いなのか、誰も名乗り出やしなかったので予定が狂った。
まあ、よく考えれば教師に盗賊の捕縛なんて専門外の仕事をやらせようとする方に無理があるという気もするので文句も言えないが、なんにせよ他の人間ならともかく、ルイズに先に挙手されてはマズいのである。
それだと、使い魔の自分は彼女に同行して当然ということになり、ただ働き確定になってしまうではないか。
平民の分際でいの一番に手を上げ、しかも金銭的な報酬の請求などすれば、周囲の人間にはとんだ出しゃばりと見られるであろうことも承知はしていたが、そういうわけでやむを得なかったのである。
「あなたたちがこの仕事を引き受けたなら、成功の暁には名声が得られるわけよね。なら、それを私が代わりに引き受けるとして、上手くいってもなにももらえないというのは不公平じゃないかしら? それこそ、学院の皆さまの器量が疑われかねないし、名誉にもかかわると思ったわけよ」
もちろん、この奇妙な巡り会わせはおそらくある種の運命であり、件の仮面が本当に石仮面であるのならばその破壊は自分の義務なのだろうと思っているから、たとえロハであろうともやるつもりではあるのだが。
それはそれとして、危険な奉仕に対する見返りの要求くらいは当然の権利だろうし、もらえるものはもらっておくに限る。
(当然与えられるべき権利を放棄してただ働きするのが崇高な行いだなんていうのは所詮、サービス残業は義務だと洗脳されたヒラ社員の発想ッ!)
自分だって場合によっては無償で奉仕してあげようと思うこともあるが、そういったボランティアは強要されるものではない。
さも当然のようにただ働きさせようとする輩のためになぞ、絶対に無償では働いてやらん。
それが水流リリーの信条であり、人生哲学でもある。
まあ、結構気まぐれで無責任な性質なので、その時の気分次第ではそれも割とコロコロ変わるけど、とりあえず今日のところはそんな感じなのである。
文句あっか。
「な、なにを屁理屈を」
「あー。待ちなさい、ミス・ヴァリエール」
ぐっと言葉に詰まりながらも、顔を赤らめて何か反論しようとするルイズを、オスマンが落ち着いた調子で制した。
「なるほど、彼女の、ミス・リリーの言われるのは、いちいちもっともなことじゃ。そうではないかね、諸君。総員が職務怠慢で失態を犯した上に、せっかくの汚名返上の機会にまで尻込みをする。その上、それを肩代わりしてやろうというありがたい申し出に対しても難癖をつけるばかりで、当然与えられるべき報酬さえも支払おうとしなかったとなれば、どうなる?」
そう言って、厳めしい面持ちで、居並ぶ教職員らを見渡す。
「おそらく、世人からこう言われることになろうぞ。『伝統あるトリステインの魔法学院とやらには、メイジはいても貴族はいなかった』とな」
誰も反論の声を上げようとはせず、畏まって顔を伏せるばかりだった。
しかしそれでも、ならば自分がと手を上げる者はいない。
彼らとていささかも心を動かされないというわけではなかったが、そんな言葉だけで奮い立って行動を起こすにはいかんせん年を取り過ぎ、賢しくなり過ぎていた。
世を騒がす凶賊を相手に、長年安全な教壇から離れたこともない自分たちが行ったところでどうなるものでもないとわかっているのだ。
ましてや、学生相手にお遊びのような決闘をして運良く勝てたのだか知らないが、平民の水兵、しかも年端も行かない若い娘などが出しゃばったところで、それで何ができるというのか。
この娘が本当に行くつもりだというのなら、運が良くても賊の手がかりひとつ得られずに無駄足を踏んでとぼとぼと引き返し、図々しい物言いをして首を突っ込んでおきながらそのざまかと、後ろ指を指されて笑い物にされることになるだろう。
ひどく運が悪ければ、本当にフーケを見つけてしまって、二度と帰って来られなくなるかもしれない。
メイジである自分たちも同行すれば、まあ、いくらかは捕縛に成功する可能性もあるだろうが、貴族として無責任だと言われようとも誰だって命は惜しいし、そんな無謀な試みに巻き込まれるのはごめんだった。
オスマンはそんな彼らの様子を確認すると、やれやれと溜息を吐いた後に表情を穏やかなものに変えて、リリーのほうに向き直る。
「ミス・リリー。当学院はきみの申し出に、心から感謝する。成功の暁には、その働きに報いるだけのしかるべき報酬をこの場にいる教職員全員の責任において用意することを、私の杖にかけて約束しよう」
王宮に事情を伝えて追加の予算や報酬を申請してみても、おそらく学院側の責任だとか平民にあてる報酬ならこのくらいで十分だとか言われて、手続きに長々と時間をかけた末にはした金や役にも立たない礼状が出るだけ、というのが関の山だろうが……。
不足分の費用の捻出は、当直を怠り今回の事態を招いた責任を取るということで、自分を含めた教職員全員の給料をいくらかカットすれば済むこと。
どうせ宝物庫の修繕にあてるためにも金は要るのだし、もしも不足するようなら、減給の期間を伸ばせばいいだけのことだ。
「ありがとうございます、学院長」
リリーは微笑んでそう言うと、丁重に頭を下げた。
オスマンから言質を取り付けることができたので、具体的にいくらかだとか、それ以上しつこく問い質すような無礼は差し控えておく。
顔をしかめていたそんなやり取りの様子をじっと見ていたルイズは、唇をきっと強く結ぶと自分も進み出て、あらためて杖を掲げた。
「私も行きます、学院長!」
シュヴルーズが、驚いたように声を上げた。
「ミス・ヴァリエール! 何を言うのです、あなたは生徒ではありませんか。ここは……」
「生徒であっても、わたしはメイジです。自分の使い魔だけを危険に晒そうだなんて、ありえません!」
それを聞いて、リリーはちょっと首をかしげると、ルイズのほうに向き直った。
「ルイズ。私はこのお役目、あなたの使い魔として引き受けたってわけじゃあないのよ。あくまでも、一個人として受けたの。だから、主人だとか使い魔だとかは関係ないことだし、ただ単に主人としての義務とかだけでついてくるっていうなら、その必要はないわ」
自分が『使い魔として』引き受けたのなら、この世界のメイジの常識として、ルイズは同行しないわけにはいかなくなるだろう。
しかし、この仕事は明らかに危険だ。
石仮面の件もあるし、それを抜きにしても、フーケなる凶悪な犯罪者と対峙することになる可能性は高い。
「使い魔の仕事をお休みさせていただく分の違約金なりが必要だったら、後で払うけど……」
「そんなもの、請求するわけないでしょうが!」
ルイズは顔を赤らめて怒鳴った。
それからこほんと咳払いをすると、きっぱりとした口調で話を続ける。
「仕事を休んでる最中だとかは関係ないの。メイジと使い魔とはどんな時でもパートナーよ、危険な場所に行くのを放ってはおけないわ。それに……」
一旦言葉を切ってぐっと胸を張ると、真っ直ぐにリリーを見据えた。
「……わたしは貴族よ。まさか、そうじゃないだなんて、思ってはいないでしょうね?」
そんな二人のやりとりを少し離れたあたりで見ていたキュルケは、ふっと口元を緩めると、自分も杖を掲げた。
コルベールが目を見開く。
「ミス・ツェルプストー! まさか、君まで?」
「ヴァリエールには負けられませんわ。それに、ゲルマニアには貴族がいないだなんて、お国のほうで噂されては困りますもの」
キュルケの少し後ろにいたタバサも、一歩進み出て大きな杖を掲げた。
「あら、タバサも?」
「ガリア代表」
親友の問いに、短くそう答える。
もっとも、動機が本当に言葉通りなのかはわからない。
任務を受ける他の少女らのことが心配だとか、何か他の理由があるのかもしれないが、彼女の無表情な顔からはその本心は読み取れなかった。
「もちろん、わたくしも案内役として同行いたしますわ。ついでに、アルビオンの代表ということにでもしておいてくださいな」
秘書のロングビルも一歩進み出ると、にっこりと微笑んでそう言いながら杖を掲げる。
その口調には、ほんの少し皮肉っぽい響きがあったが。
それを最後に、後は誰も名乗り出ないのを確認すると、オスマンは笑って頷いた。
「うむ……。では、きみたち五人に頼むこととしようか」
「オールド・オスマン、私は反対です! まだ若い少女たちに、このような危険な任務を与えるなどと!」
シュヴルーズなどはそう言って食い下がったが、じゃあ代わりに行くのかと問われると、体調が悪いとかなんとか言い訳をして尻込みする。
「身分や肩書きが、賊を捕らえる役に立つというわけでもあるまい。彼女らは、賊の姿を見ておる。それにミス・リリーは、平民とはいえ、ラインクラスのメイジであるかの名門ロレーヌ家の息子と決闘をして勝ったというではないか。力不足ということはあるまい。この場に居並ぶメイジに先駆けて真っ先に手を上げてくれるなど、意気も盛んじゃ」
オスマンがそう紹介すると、興奮した様子のコルベールが、横合いから口を挟もうとした。
「そうですぞ! しかも、彼女はガンダッバアァ!?」
すかさず杖を振り、口を滑らそうとした彼の顔面に石弾をぶち込んで黙らせると、オスマンは他の立候補者たちのことも順々に紹介していった。
ミス・ヴァリエールは、トリステインでも有数の名門であるヴァリエール家の令嬢で、大変な努力家であり、そして先ほどのやり取りからもわかるとおり、メイジとして、また貴族としての強い責任感をもつ、素晴らしい生徒である。
ミス・ツェルプストーは、ゲルマニアからの留学生であり、優秀な軍人を数多く輩出した家系の出で、強力な炎の使い手である。
ミス・タバサは、ガリアからの留学生であり、若くして優れた業績を上げ、母国からシュヴァリエ(騎士)の爵位を与えられた実力者である……。
「そしてミス・ロングビルは、みなも知ってのとおり、当学院に勤める優秀な秘書じゃ。この度の騒動でも誰よりも早く行動し、こうしてフーケの手がかりをもたらしてくれた。アルビオンの名家の出で、優れた土系統の使い手でもある」
そうして紹介を締めくくると、オスマンは威厳のある声で、この人選に異論のある者は今この場で名乗り出るようにと言い、これ以上誰からも文句が出ないことを確認した。
「では、これで決まりじゃ。魔法学院は、諸君らの努力と、貴族の義務に期待する!」
「杖にかけて!」
生徒ら三人は真顔になると、直立して同時にそう唱和し、それからスカートの裾を摘んで、恭しく礼をする。
普段はかなりカジュアルなキュルケまでがきちんとしているところを見ると、これは貴族としての厳粛な誓いというやつなのだろう。
リリーはどうしようか、真似をすればいいだろうかと迷ったが、自分は貴族ではないし、知りもしない真似事よりは自分なりの作法がいいだろうと考えて、丁重に頭を下げると最善を尽くしますとだけ言っておいた。
(そういえば、ロングビルさんは頭を下げただけで、杖にかけてとは言ってなかったけど……)
そのことを若干疑問に思ったが、まあ、自分はこの世界の礼儀作法についてはろくに知らないし、地球の学校でも生徒と教員や職員とではやっていることが違ったりするのはよくあることだ。
彼女は自分と同じでルイズらよりも一歩引いた場所に立っていたし、案内役の自分が生徒を差し置いてあまり出しゃばるのは良くない、と思ったのかもしれない。
「では、目的地まで向かうための馬車を用意させよう。案内役のミス・ロングビルも含めて、女性ばかりの一行じゃ。御者を務める者は別に、……うん?」
一向に指示を与えようとしていたオスマンは、ふと怪訝そうな顔をすると、自分の掌を見た。
そして、少し驚いたように目を見開く。
「どうかされたのですか、オールド・オスマン?」
「あ……、いや」
秘書にそう声をかけられて我に返ったオスマンは、首を横に振った。
「なに、大したことではない。ちと思い出したことがあるので、ミス・リリーはこの後、少しだけ残ってくれ。他の者は、先に出掛ける用意を済ませておくように。では、これにて解散!」
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「あー、ミス・リリー。これは一体、どういうことかね?」
人払いをしてリリーと二人だけになると、オスマンは困惑した様子でそう言いながら、先ほど見ていた掌を彼女のほうに差し出す。
そこには小さな紙切れが乗っていて、まるでタイプライターで打ったようなきれいに形の整ったハルケギニア語の活字で、こう書いてあった。
『このあと少しお話したいことがあるので、人払いをお願いします。ミズル・リリー』
リリーは、その紙を受け取りながら答える。
「言葉通りの意味です。実は出かける前に、ちょっとお願いしたいことがあって……」
「いや、そういうことではなく。一体いつの間に、どうやって、こんな紙を私の手に滑り込ませたのかね? まったく気付かなかったが……」
そんな疑問を口にするオスマンに、リリーの横に立っている『キャラバン』が、自慢げに説明してやった。
『そりゃあ、わしがご主人の指示で、あんさんの手に入れたんやで。ちなみにその文面は、初めから紙に書いてある状態で作って、この袋から取り出したんですがな』
もちろん、スタンドである彼の声は、オスマンには聞こえていないが。
「ええと、一種の手品みたいなものです。ちょっとした、私の特技で」
正直に説明するのが難しいのと、面倒なのと、その他いろいろな理由とで、リリーはそう言って適当にごまかした。
「それよりも、お話の内容なんですが……」
「なにかね?」
「仮面のことです。盗まれた宝物の中に、あったっていう」
もしも、それが自分の考えているとおりの品であったなら。
場合によっては、この世界を滅ぼしうる。
「もしもそうだったなら、持ち帰らずに、その場で破壊することを許してもらいたいんです」
リリーはそう言うと、オスマンに納得してもらえるよう、具体的にその仮面がどのようなものか説明をしていった。
報酬に関する約束は公衆の面前で取り付け、仮面の破壊に関する話は、彼と二人だけで行うようにする。
もちろん、石仮面についての情報を無暗に拡散して、万が一にも不埒な考えを起こす者などがあらわれては困るからだが……。
周囲の人間から、「大切な学院の宝物を破壊する権利を要求するなら、見返りはそれで十分だろう!」などと難癖をつけられないためでもあった。
そんなことでせっかく取り付けた報酬の約束がちゃらになっては、大損である。
水流リリー、1971年12月12日生まれ。
憧れの人、パタリロ・ド・マリネール8世。
趣味、世界各国のコイン集め。