7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第十七話 眼鏡っ娘終了のお知らせ

 

 学院長室での話を済ませたリリーが合流すると、一行はさっそく出発することにした。

 

 ルイズ、キュルケ、タバサ、リリー、それに案内役として秘書のロングビル。

 それから、女性ばかりの一行だから付き人も必要だろうということで、御者役を兼ねて学院の使用人も一名、同行させようということになった。

 総勢、六名の捜索隊である。

 

 用意された馬車は屋根なしの荷車のような代物で、お世辞にも乗り心地は良くなかったが、襲われた際にすぐに外に飛び出せるようにするためにあえてそうしたので仕方がない。

 

「で、お嬢さまがた。あっしは、どこへ向かやあいいんで?」

 

 手綱を握りながらそう尋ねた付き人は、貴族師弟の学院に勤めているにしてはあまり品が良さそうではない、中年か初老にさしかかったくらいの男だった。

 白髪交じりの顎髭を生やし、寒い時期でもないのに防寒と雨よけを兼ねた分厚い長衣をしっかりと着込んだ上に、くたびれたブーメランハットまで被って、すっかり体を覆っている。

 おそらくその下には、剣などの武器を隠し持っているのであろう。

 

 この男は、学院で雇われている非正規雇用の衛兵の一人である。

 

 その勤務態度は到底真面目とは言えず、粗野な上に大酒飲みで、仕事中もよく隠れてスキットルからこそこそと酒を呷っているという噂があり、同じ平民の使用人たちの間でも評判は良くない。

 遠からず解雇されるだろうとは思われていたが、フーケの襲撃時に詰所で酒を食らって眠りこけていたことが露見したため、いよいよ首を切られる見通しとなった。

 だがそこで本人が、この仕事を失くしたら食っていけないのだと哀れっぽく上役に泣きついたため、それならばお情けで名誉挽回の機会を与えてやろうかということで、今回の任務に同行させる運びになったのである。

 

 まあ、かなり大柄で屈強そうな体格をしているから、このような荒事に付き添わせるのには相応しい人物だとはいえるかもしれない。

 

「この地図の、印をつけた場所です。道筋はわかりますね?」

「任して下せえ。四時間、いや、三時間半もありゃあ、ばっちり着いてみせますんで!」

 

 少しでもポイントを稼ぐために同行者らへの心証をよくしておこうというのか、男は張り切ってそう請け負うと、馬に鞭を入れて馬車を走らせ始めた……。

 

 

 道中、ロングビルが用意してくれていた軽食で腹ごしらえをした後は、持ち込んだ本を読んだり、景色を眺めたりと、みな思い思いに時間潰しをしていたのだが。

 

「ねえ、ミズル。そういえば、オールド・オスマンは、あんたに何の用事だったの?」

 

 任務に集中するべきだという生真面目な考えからろくに何ももってこなかったせいで暇を持て余したらしいルイズが、ふと思いついたようにそう尋ねた。

 他の面々もそのことは気になっていたようで、全員の注目が集まる。

 

(うーん……)

 

 リリーは少し悩んだものの、ここはある程度の事情は正直に伝えておこうと結論した。

 

 事前に話しておかないと、いざ件の仮面を見つけて破壊しようとしたときに、みんな驚いて止めようとするだろうし。

 もしかしたら、思いがけない事故だって起こってしまうかもしれない。

 万が一にもそのようなことが起こらないよう、あらかじめきちんとそのことを伝えておくほうがいい。

 幸い、この場には前日の夜に自分が学院長に名指しで呼び出されたことを知っているロングビルもいるわけだから、話の内容も信用してもらいやすいはずだ。

 

 まだ現物を見てはいないものの、件の仮面が『石仮面』であることについては、もうほぼ間違いないと確信している。

 先ほどオスマンと話したときに、記憶を頼りに外見を説明したり絵を書いたりして確認を取ったところ、確かにそれが宝物庫にあった『悪鬼の仮面』に間違いない、と言われたからだ。

 こちらが仮面の外見を知っていたことで、オスマンも話の内容をすっかり信用し、そういうことならば見つけ次第壊して構わないという許可を与えてくれた。

 

「実を言うと、用事があったのは学院長じゃなくて私の方なのよ。ちょっと話しておきたいことがあるからって、合図を送って人払いをしてもらってね」

「人払いを頼んだ? 平民のあなたが、学院長に?」

 

 キュルケがきょとんとした顔で、そう尋ねた。

 他の面々もますます興味を惹かれたようで、リリーの顔をじっと見つめる。

 

「ええ。それについては、まあ、いろいろと事情があったんだけど……」

 

 リリーはそれから、昨夜からの事の次第について必要だと思われる点をかいつまんで説明していった。

 

 自分がずいぶんと遠方から召喚されたらしいことを知ったオスマンに呼び出され、もしかしたら来歴がわかるかもしれぬと、学院の宝物である『太陽の燭台』や『悪鬼の装具』を見せられたこと。

 それらは、もともと自分が来たのと同じ遠方の世界から召喚されたものだとわかったこと。

 その中に大変危険なものがあるということに、遅ればせながら気付いたこと。

 五十年前にオスマンが出会った男が自分の友人だったとか、そんなことは話してもややこしくなるだけなので、そういった面倒な部分は適当に伏せたりぼかしたりして話を進めつつ。

 

「とにかく、私が名乗り出たのは、そういう理由もあって。居合わせた以上は、あれについて知ってる自分が取り返して処分するのが義務かな、と思ったのよ」

 

 最後に、そう言って締めくくる。

 しかしながら、無理もないこととはいえ、すぐにはいそうですかとみんなに納得してもらえるというわけにはいかないようだった。

 

「……人間を吸血鬼に変える仮面、ですって? そんなものが、本当にあるっていうの?」

 

 一通りの話を聞き終えたルイズは、そう言って胡散臭そうに顔をしかめた。

 

「吸血鬼は、妖魔の一種。人間とは、まったく違う種族のはず」

 

 一行の中で最も博識なタバサでさえも、いや博識なればこそなおさらに、リリーの話を懐疑的に感じているようだった。

 

 見た目が似ているからといって人間が吸血鬼になれるなどというのは、サメがシャチになれるだとか、イモリがトカゲになれるだとかいうようなもので、およそ無知な人間の妄想でしかありえないようなことなのだ。

 もちろん、彼女がそんな突拍子もない嘘をつくような人物だとは思えないし、そうする動機もありそうではない。

 だがそうは言っても、そもそも図書館で何度か顔を会わせた程度のリリーのことはそこまで深く知っているわけでもないし、やはりにわかには信じがたい話である。

 

 一方で、そうした学問的な知見を重んじる二人とは違い、キュルケやロングビルにとっては、疑念よりも興味のほうが勝っているようだった。

 

「なるほどねえ。本当なら物騒だとも思うけど。そんなすごいものだったら確かに、宝物と呼ぶのにふさわしいわね」

「しかし、その仮面はどうやって人間を吸血鬼に変えるのですか? オールド・オスマンも、好奇心から試しにかぶってみるくらいのことは、された経験はあるのではないかと思いますが……」

 

 リリーはどうしようかとちょっと考えたが、万が一の事故を防ぐためには同行者たちには情報を提供しておくほうがいいだろうと思い、話すことにした。

 

「私も、実際に見たことはないんですけど。なんでも、仮面に血をつけると内部から針が飛び出してきて、身に着けた人間を吸血鬼に変えるそうです。だから、見つけても絶対にかぶったり、血を触れさせたりはしないようにして、できるかぎり早く壊してください」

 

 真剣な顔で、同行者たちにそう注意を与える。

 

「あんたがそういうのなら、まあ……。自分の使い魔の言うことを信用しない、ってことはないけど」

「学院長の許可を得ているのなら、かまわない」

 

 ルイズとタバサはやはり半信半疑なようではあったが、ロングビルからリリーは確かに昨日、学院長室に呼び出されてオスマンと話していたのだと聞かされたこともあって、とりあえずその提言を受け入れた。

 本当にそんな効果のある代物なのかどうかは怪しいものだが、学院長から壊してよいと許可を得ているというのなら、自分たちが強いてどうこう言う話でもない。

 

「ありがとう」

 

 完全に信じてもらえたというわけではないようだが、とりあえず同行者たちの了解を得たことで、ほっと胸を撫で下ろす。

 

 その時、御者台にいる付き人が咳き込むのが聞こえたので、リリーは今度はそちらの方に注意を向けた。

 彼は先ほどからもたびたび押し殺したような咳をもらしていたので、気にかかっていたのである。

 

「あの、御者さん。大丈夫ですか?」

「ゴホ……、ああ、すみやせん。大したことはねえんでさ。寝てる間に、体を冷やしちまったみてえでね」

 

 御者は振り返ってばつが悪そうに愛想笑いを浮かべると、軽く会釈をしてまた元の姿勢に戻った。

 

 だが、その手がわずかに震えていたこと、コートの下からこそこそとスキットルを取り出して隠し持ちながら一口含んだことを、リリーは見逃さない。

 彼はもしかしたら、慢性的な病気などを患っていて、その苦痛をまぎらわすためにしょっちゅう酒を飲んでいるのではないだろうか。

 もちろん、単にアルコール中毒だというだけかもしれないが。

 

「お酒を飲むと、余計に咳がひどくなりますよ。……よかったら、これを飲んでみてくださいな」

 

 リリーは小声でそう言うと、荷物の中から取り出した水筒入りの水をコップに注いで、御者に差し出してやった。

 

 相手は病人のようだし、対価を請求しようという気はない。

 彼女は基本的には商売人気質でがめつい性格なのだが、時折、本当に困っている人に対しては優しく親切になることもあるのだ。

 とはいえ、割と口が軽くて無責任な性質でもあるので、その場限りということも多いのだが。

 

「へへえ、こりゃまた。お気遣いを、どうもありがとうごぜえやす」

 

 御者は断るわけにもいかず、愛想笑いを浮かべて素直に受け取ったものの。

 心の中では、リリーに毒づいていた。

 

(ケッ、女の分際でエラそーに水兵の格好なんかしやがって、このお節介なクソアマがッ。酒こそが万能の薬さ! ただの水なんざ、飲みたくもねえや!)

 

 もっとも、そう思って病気の時も怪我の時も飲み続けているうちに、すっかりアル中になってしまったわけだが。

 御者はそんなことを考えながらも、一旦馬を止めると、渋々とその水を口に運んで……。

 

「……ンまあぁぁーーーいッ!?」

 

 たちまち、感激のあまり滝のようにギャンギャン涙を流しながらそう叫んだ。

 こうかはばつぐんである。

 

「ちょ、ちょっと、ミズル? あいつに、何を飲ませたのよ?」

 

 御者の反応と、それを見た仲間たちの呆気にとられた様子とを眺めつつ、リリーは得意気に微笑んでちょっと胸を反らした。

 彼女には多分にエンターテイナー的な気質もあるので、人に親切にしながら退屈な馬車の旅に首尾よく刺激を加えてみんなを驚かせてやれたことに、快い満足感を覚えているのだ。

 

「えーと。キリマンジャロっていう山からとってきた、5万年前の雪解け水……らしいわよ」

 

 購入した際に受けた説明を思い返しながら、そう教えてやった。

 

 さすがはスーパーシェフ、トニオ・トラサルディー氏の手による『5万年前の雪解け水』。

 魔法の国の住人から見てさえも、その効き目は驚くようなものであるらしい。

 

「みんなも、よかったらどうぞ。試してみて?」

 

 そう言って、他の同行者たちにも順々に注いでやった。

 

 普段なら、病人はともかく健康な面子にただで振る舞うようなことはしないのだが、今回は特別である。

 せっかくだからもっと驚かせてやりたい、楽しませてやりたいという気持ちもあるし。

 この『無料お試し品』が気に入ってもらえれば、次は他の商品をいい値で売れるかもしれないという、将来の利益に対する目算もある。

 

 ルイズ、キュルケ、タバサ、ロングビルの四人は、コップに注がれた水に、揃って口をつけて……。

 

「……! ほ、本当においしいわ!」

「確かに、これは飲んだこともないような味ね! 温いはずなのに、まるでキンキンに冷やされたアイスウォーターみたいにさっぱりしてて……」

 

 ルイズとキュルケとは目を輝かせて感嘆した様子だったが、先ほどの御者のような激しい反応はなかった。

 どうやら二人には、あまりこの水が作用するような体の悪い部分はなかったらしい。

 

 一方、残る二人はというと……。

 

「……~~!!」

「わ、わたくし、なんだか感動のあまり、涙が……」

 

 タバサは、いつもは眠そうな目を大きく見開いて、無言で身を打ち震わせながら。

 ロングビルは俯いて、目頭を押さえながら……。

 

 二人とも揃って、両目からだばだばと大量の涙を流していた。

 

「あ、あの、ミス・ロングビル、大丈夫ですか? その、いくらおいしいからって、たかが水を飲んだくらいで……」

「ち、ちょっとタバサ、どうかしたの? なんだか、涙の量が尋常じゃないみたいなんだけど!?」

 

 あまりの過剰な反応に不安になって二人の身(御者もまだ涙が止まらない様子だったが、彼のことは眼中になかった)を案じるルイズらを、リリーはにやにやしながら眺めている。

 しばらく経つと、突然ぴたりと涙が止まった三人が、ぱあっと顔を輝かせた。

 

「うおぉ!? 二日酔いで頭の痛ェのが治ったァァーッ!」

「……目の前が明るくなった? 眼鏡がなくても、本の字がはっきり見える……」

「『眠気』が吹き飛んだわッ! 徹夜の作業で重たかった頭が、まるで半日も寝た後のようにスッキリとッ!」

 

 突然体が快調になってテンションが上がる三人と、対照的に若干引いている二人。

 そして、概ね計画通りだと愉しげにほくそ笑む、もう一人。

 まあ、ルイズとキュルケにはちと気味悪く思われたかもしれないが、少なくとも効果の強さは印象に残ったことだろう。

 

 そんな一行を乗せながら、馬車は次第に目的地へと近付いていった……。

 

 

 

 しかし、事件そのものとは直接的な関係のなかったこの経験によって、懐疑的だった面々も、頭ではなく心で理解した。

 こんな不思議な水を事も無げに取り出した彼女の説明が、決して与太話などではないことを。

 

 すなわち、彼女が語った仮面の力が、本物であるということを……。

 

 

 馬車はやがて、深い森の中に入っていった。

 

 見る者の恐怖をあおるような鬱蒼とした森に、一行のテンションも元の状態に戻る。

 森は昼間だというのに薄暗く、気味が悪かった。

 もちろん、単に気味が悪いというだけではなく、万が一吸血鬼やゾンビが生まれたりしたら危険な場所でもあるだろう。

 昼間であっても、十分な陽光が差し込んでいないのだから。

 

「ここから先は入り組んで、道も細くなっていますから。徒歩で行ったほうがいいでしょう」

 

 ロングビルが途中でそう提言したので、全員が馬車から降りた。

 御者も、馬をつないでついて行こうとする。

 

「あなたは、ここで待っていてもいいのですよ?」

 

 そう言われたものの、御者は肩をすくめて首を横に振った。

 

「ですが。もう少し働きやせんと、学院の皆さまに面目が立たねえもんで……」

 

 それを聞いて、ならばいいだろうと、ロングビルも受け容れることにする。

 彼の立場からしてみれば、常日頃の失態を帳消しにしなければ学院へ戻った後に首を切られてしまうのだから、少しでも手柄を立てる機会がほしいのだろう。

 

 御者は同行を許可されると軽く頭を下げて、コートの中から鉈を取り出し。

 一行の先頭に立って邪魔な小枝などを切り払いながら、ロングビルの指示に従って、小道を進み始めた。

 

 

 

 そうして細い道を進んでいくと、一行はやがて、開けた場所に出た。

 

 おおよそ魔法学院の中庭ぐらいの広さがある空き地で、その真ん中のあたりに、件の廃屋があった。

 炭焼き用の窯と思しきものなどが近くにあることからすると、元は木こり小屋かなにかだったのであろう。

 

「わたくしの聞いた情報では、あの中にいるという話でしたが……」

 

 一行はひとまず、茂みに身を隠しながら小屋やその周囲の様子を窺ってみたが、わかる限りでは人がいるような気配はない。

 小屋の近くには崩れかけた物置もあったが、壁板が外れていて中は空っぽで、身を隠せそうな場所はなかった。

 

「寝てるのかしら? それとも、外出中とか?」

「作戦を立てる」

 

 タバサがちょこんと地面に正座して、杖で地面に絵を書きながら、自分の立てた案を説明していった。

 

 彼女はいま、眼鏡をかけていない。

 さっきの雪解け水を飲んだところ、一時的にかそれとも恒久的にかはわからないが、視力がかなり改善して度が合わなくなったので、ないほうがいいと判断した本人が自分で外したのである。

 その件について、タバサはリリーに短く礼を言って頭を下げたものの、あいかわらずの無表情で、どの程度喜んでいるのかはよくわからなかった。

 本人よりもむしろ親友のキュルケの方が、かわいいと言って抱き着いたりして、嬉しそうにはしゃいでいたくらいだ。

 

 ちなみにロングビルのほうは、眼鏡を外していない。

 個人差で、外すほど視力が改善しなかった……と、いうわけではなく、そもそもが伊達眼鏡だったらしい。

 わざわざそんなものをかけているのは、学院長秘書として理知的に見られたいから、とかだろうか。

 

 ともあれ、タバサの立てた案は、割合簡単なものだった。

 誰かが小屋を偵察に行き、フーケがいなければそれでよし、いれば囮役となって挑発して誘い出し、出てきたところに残る全員で集中攻撃をかける、というものだ。

 

「で、偵察役は誰が?」

 

 リリーはそう尋ねたものの、ここはまあ自分だろうな、と思っていた。

 平民だし、使い魔だし。

 そこそこ身体能力もあると知られているわけだし。

 

(もし任されたら、先にキャラバンに見に行かせて中の様子を調べてもらえばいいか)

 

 そう思っていると、案の定、一行の視線が自分の方を向いた。

 ……が。

 

「お嬢さまがた。ここは、あっしにやらせてくだせえ」

 

 そう言って、御者が立候補した。

 

「体の調子が悪いのに、そこまでしてもらわなくても。ここは、私がやります」

 

 ノーリスクで小屋の中を調べられるスタンドを持っている自分の方が適任だろうと考えて、リリーはそう申し出た。

 だが、御者は譲らない。

 

「お嬢さまにはさっき、てえした薬をいただきやしたし、体の具合はよくなりましたぜ。それに、世話になった方に危ねえことはしてもらいたくねえし、その、皆さまがたのためにもう一働きしてえってのもあるんで……」

 

 フーケ討伐に功績があったとか、奪われた宝を見つけたとかいう手柄がほしいのか、哀れっぽく媚びるような調子でそう言って、同行者らに訴える。

 コートの中に、短めの剣や小型の機構弓が入っているのも見せて、やる気をアピールした。

 

「そこまで言うのなら、任せてあげたらいいんじゃない?」

「彼は衛兵、鍛えている。適任」

 

 キュルケやタバサもそう言って支持したので、リリーも納得して彼に任せ、その間は小屋の様子に注意を払いながら、ルイズの護衛でも務めておくことにした。

 荷物の中から取り出したナイフを握ってルーンの効果を発動させ、身体能力を高めておく。

 

 御者は足音を殺して小屋に近づいて、窓からおそるおそる、中の様子を窺っていたが。

 どうやら誰もいないと確認できたらしく、おもむろに扉に近づくと、それを開けて中に入り込んだ。

 

「……」

 

 その様子を見て、タバサがわずかに顔をしかめる。

 

 本来なら、魔法の罠や機械式の罠がないかどうか、念のためメイジを呼んで『ディテクト・マジック』などで調べてから中に入った方が安全なのだ。

 実際、誰もいなかったら自分たちを呼ぶようにと打ち合わせてあったはずなのだが、これなら大丈夫だとたかをくくり、一人だけで先に中を調べて手柄を得ようとしたのであろう。

 その気持ちはわからないでもないし、幸い何も仕掛けてはなかったようだが、あのように先走った行動は危険である。

 相手は名うての大盗賊、何らかの方法で身を潜めている可能性もゼロとは言えない。

 

「わたしたちも、中に」

 

 タバサはそう言うと、すっと茂みから出て、小屋の方に向かった。

 キュルケとリリーも、彼女の後に続く。

 ルイズとロングビルとは、フーケが戻ってこないか手分けして見張るために、外に残ることにした。

 

 そうして、三人が小屋の入り口までたどり着いたあたりで、御者が中から出てくる。

 

「あ、ああ、すみやせん、お嬢さまがた。皆さんをお待ちしねえで。つい、気が急いたもんで……」

「単独行動は危険」

 

 三人の姿を認めるや、ばつが悪そうに愛想笑いを浮かべながらそんな言い訳を口にする御者に、タバサが短く注意した。

 

「お許しくだせえ、貴族様。ですが、宝とやらは見つかりやしたんで、へえ」

 

 その言葉に、三人ははっとした。

 

「本当に? もう、見つかったんですか?」

「ええ。部屋の隅に、箱があったんで。その中を覗いてみたら、案の定でさ。見たことはねえんですが、お宝はあれに間違いねえかと……」

「あっけないわね!」

 

 キュルケは拍子抜けしたようにそう叫び、タバサは小さく頷いた。

 

「お手柄。確認して、回収する」

「ありがとうごぜえやす。それじゃあ、あっしは皆さんが戻られたらすぐに出発できるように、馬車の準備をしときやすんで」

 

 そう言って、会釈しながら戻っていく御者と入れ違いに、三人が小屋の中に入る。

 

 小屋の中は、一部屋しかなかった。

 部屋の真ん中には埃の積もったテーブルがあり、その上には同じように埃にまみれた酒瓶が、近くの床には壊れかけの椅子が転がっていた。

 暖炉は半ば以上崩れてしまっていて、長年火が入った様子もない。

 

 そんな室内の有様を見ているうちに、リリーの胸には次第に不安が募ってきた。

 

 確かに、床の上の埃はある程度乱されていて、先ほどの御者や自分たち以外にも、最近誰かが入ったような気配はある。

 とはいえ、きれいに掃除してあるというわけでもなく、この場所を日常的に何者かが使っているというようには、とても思えなかった。

 

(どう見ても、もう長い間誰も住んでないって感じだわ。本当にここが、フーケの隠れ家?)

 

 いや、しかし。

 御者によれば、お宝は確かにあったというのだから、まずはそれを確認しなくては。

 そう気を取り直して、リリーは視線を巡らせる。

 

 部屋の隅に積み上げられた古い薪の横に、御者が言っていたチェストらしきものがあった。

 木でできた、大きな箱である。

 その中を覗き込んだタバサが、無造作に中のものを取り出した。

 

「『太陽の燭台』」

 

 それは確かに、昨日学院長室で見た『紫外線照射装置』であった。

 目的のものが見つかったことで、どうやら自分の懸念は杞憂だったらしいと、リリーはほっと胸を撫で下ろす。

 

 だが、それはつかの間の事であった。

 

 タバサはそれを一旦脇に置くと、続けて杖を振って、中のものを順々に取り出していく。

 古めかしい甲冑、剣。

 汚れて痛んだ、ぼろぼろの着衣。

 ……。

 

「……ねえ、次は? あの、仮面は?」

「ない。中身は、これだけ」

 

 それを聞いて、たちまちのうちに不安が再燃する。

 

 キュルケとタバサも、怪訝そうな、緊張したような顔をしていた。

 悪鬼の装具一式には、他にもリリーが言及していた仮面と、数枚の貨幣があったはずなのだ。

 どうしてそれらだけが、この場にないのだろうか。

 

「他に、隠せそうな場所は?」

「ない。……と、思う」

「そうねえ。別に、同じ小屋の中でばらばらに置いておく理由もなさそうだし」

 

 リリーはそれでも念のために、小屋の中をくまなく調べ始めた。

 タバサとキュルケとは、この場にない宝物の行方について、思案を巡らせる。

 

「仮面やコインは、懐に入れて簡単に持ち運べる。フーケ自身が身につけているのかもしれない」

「そうね。もしかして、それを持ってどこかへ売りに出かけてる、とか……」

 

 そのとき、外で見張りをしていたルイズの悲鳴が聞こえた。

 

「きいぃやあぁあああぁぁーーーっ!?」

 

 はっとして、一行がドアの方を振り向いた瞬間……。

 派手な爆音を立てて、小屋の屋根が吹っ飛んだ。

 

 そして、そこから覗く青空をバックにして、巨大な土ゴーレムの姿が現れる――。

 





5万年前の雪解け水:
 原作『ジョジョの奇妙な冒険』では、眼球内の汚れを大量の涙によって洗い流して睡眠不足を解消する効果があるトニオ氏作の料理のひとつだったが、『7人目のスタンド使い』では飲み物系のアイテムとなっている。
HP・SPをある程度回復させるとともに、『毒・暗闇・見落とす・酔っ払い・腹痛・体調不良』といったさまざまな種類の状態異常もまとめて解除してくれる。
最初の町(主人公の故郷)にある『レストラン・トラサルディ』および、旅先の各地に出没するトニオ氏から購入することができる。

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