7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
「……フ~~」
自分の置かれた状況と、周囲の光景とをあらためて確認してから、スタンド『キャラバン』の本体である少女……もう大学生なのだから、女性と呼ぶべきか……は、盛大な溜息を吐いた。
「どうやら、今回も夢じゃあないみたいね……」
「当たり前でしょ」
目の前のいる少女の話によると、彼女はメイジ……魔法使いで、自分を使い魔とやらにするためにここに、『トリステイン魔法学院』に召喚したのだという。
当然ながら、そんな話はにわかに信じられるものではなかった。
しかし……、どう考えてもこの『ハルケギニア』の『トリステイン』とかいう国は、地球にある場所ではなさそうだ。
そんな名前には聞き覚えがないし、こっちが挙げてみた『ニホン』『ジャパン』『トーキョー』などの地名も、相手方にはひとつも通じなかったし。
なによりも、周囲に見えている光景がありえない。
今いる場所は、豪華なアンティークのような家具が並べられた、広い私室。
そのくらいなら別にありえないものでもあるまいが、正面にはこれまでに一度も見たことがないような色合いの……桃色がかったブロンドの……髪をもち、マントなどを羽織った、ファンタジーやメルヘンの世界から抜け出してきでもしたかのような少女が座って、じとっとした目でこちらを軽く睨んでいて。
その上、窓から見える夜空にはやたらに大きい月が二つ、赤いのと青いのとが浮かんでいるときている。
もちろん、スタンド攻撃の可能性は真っ先に疑ったのだが……。
『この嬢ちゃんには、わしの姿はまるっきり見えとらんみたいやなー』
自立型のスタンドであるキャラバンがあたりをうろついて、じろじろと目の前の少女……ルイズという名前らしい……のことや、部屋の様子などを観察しつつ、小首を傾げている。
彼が目の前で手を振って見せても、あまり迫力がないなりに凄んでみせても、ルイズは何ら反応を示さなかった。
見えてないふりをしているようには、とても思えない。
どうやらメイジというのは、スタンド使いや波紋使いとはまた違うもののようだ。
目の前の少女も含めて、このファンタジーでメルヘンな世界すべてが夢や幻覚の類だとか、そんな可能性も考えてはみた。
だが、それもなさそうだった。
無論、絶対とは言い切れないのだが、誰がしたことであれこんなわけのわからない、自分が想像してみたこともないような世界に閉じ込める理由や目的は、ちょっと考えつかない。
(まさか、異世界に連れて来られるだなんてねえ……)
そんな突拍子もない事態など、いかに超常の能力をもつスタンド使いや波紋使いの身であれ、普通ならそうそう受け入れられるものではないだろうが。
そもそも自分自身が異世界へつながる扉を開くスタンド能力をもっているわけだから、ありえないことだとは思わない。
そういえば、キャラバンの袋の先にある異世界の店で、来客や店員とひまつぶしに雑談などをして聞いた話によると、あの世界も大概ファンタジーな場所で、エスパーとかがいて、魔法なんかがあるらしい。
実際店内でも、ファンタジーなデザインの全身鎧に身を包んだ騎士だとか、人間と同じくらい大きな蛇や鳥だとか、顔がついている動く植物だとかに時々襲われるくらいだ。
そのことを思い出して、もしやここはあの店の外に拡がっている世界なのではないかとも考えたが、キャラバンによると明らかに違う場所だとのことだった。
おそらく、自分があの異世界の店から地球に帰ろうとした丁度その時に、この子が唱えた召喚の魔法だかでできたゲートが出口に重なってしまい、そこに踏み込んだことでこの『ハルケギニア』とかいう第三の異世界へ連れてこられたというわけだろう。
だが、それにしても……。
「……契約って、結局何をしてこんなのを入れたのかしら?」
いつの間にか、見覚えのない妙な模様……『使い魔のルーン』とかいうものらしいが……を入れられた左手の甲を見て、不機嫌そうに呟く。
どうやら、スタンド能力による空間移動と魔法による召喚とがぶつかり合ったせいなのか、ゲートをくぐる際に体にかかった衝撃が凄まじくて、かなりの時間気を失っていたらしいのだが。
意識を取り戻すまでの間に、こちらに断りもなく勝手に、『使い魔の契約』とやらを済まされてしまったのだ。
もちろん、何を勝手なことをと抗議したが、怪訝そうな顔をされただけだった。
彼女の話と反応から理解した限りでは、どうやらこの国は身分社会で、メイジというのは貴族階級にあたるらしい。
自分のような非メイジの平民には拒否権はない、というよりも、こうして貴族の使い魔などに選ばれるというのはあり得ないくらいの幸運で名誉なことなので、拒否することなど考えられないのだろう。
だとしても、女の子の体にこんな、一生モノの刺青みたいな代物を入れるのだから、せめて意識が戻るまで待って確認くらいはしてほしいものだ。
儀式の時間が押していたから、とかなんとかいい加減な感じのことを言ってはいたが……。
「何をしたかだなんて、あんたが知らなくていいことよ」
ルイズは、不機嫌そうにぷいと顔を背けた。
頬がほんの少し赤いような気がする。
「ご主人様がほしいだなんて、サンタさんに頼んだ覚えはないんだけど。呼び出す相手を間違えたとかじゃないの?」
「それはこっちのセリフよ!」
誰が好き好んで平民なんかを、しかもこんな非常識で、礼儀知らずで、反抗的な、わけのわからないことを言う子なんかを……、と、ルイズはぶつぶつと文句を呟いた。
(やれやれだわ)
納得はできないが、しかし、文句を言ってみても始まらない。
これでもジョースター・エジプトツアー御一行様の一員として、異世界とは言わぬまでも、さまざまな異文化の国々を回ってきた経験がある身だ。
所変われば常識も変わるのだということは、よくわかっている。
ついでにいえば異世界も、自分のスタンド能力のお陰で多少は経験済みだし。
「はいはい、毎度アリ……ってとこかしらね」
別にありがたくもないけれど。
とはいえ、延々と愚痴をこぼされ続けてもたまらないので、肩をすくめて軽く頭を下げておいた。
「それで。結局その使い魔っていうのは何をしたらいいのかしら、ご主人サマ?」
とにかく、帰還のあてもないし、右も左もわからない異世界だし。
とりあえず当面の間は使い魔とやらの仕事を受け容れて、この少女の世話になっておくべきだろう。
その後のことは、状況を見て判断するしかあるまい。
とりあえず今のところは、ここがキャラバンのそれと同じように、いくら過ごしても地球側の時間が経過しない異世界であることを祈りたい。
でないと、大学の単位とかが心配だ。
長い間連絡が取れないと、家族や友人たちも不安がるだろうし。
もちろんベストなのは、そんなに長い日数が経過しないうちに、早々に元の場所に帰還できることだが。
「まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ。使い魔が見たものは、主人も見ることができるのよ」
「ふうん」
まるでスタンドみたいね、とひとりごちる。
もっとも、本体と視聴覚を共有しないタイプのスタンドも多い。
身近なところではポルナレフの『銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)』がそうらしいし、自分のキャラバンも自立型なのでそのタイプだ。
「……でも、あんたみたいな平民じゃ無理なのかしらね。何も見えないわ」
ルイズは不機嫌そうにそう言った。
「そう? まあ、常時接続じゃなくても、必要なら言ってくれれば調査報告くらいはできるでしょ」
「それじゃ、ただの召使いと変わらないじゃないの」
むっつりと答えると、話を続ける。
「……それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。例えば、秘薬とか」
「秘薬って、魔法の薬みたいなもの?」
「それもあるけど、主に特定の魔法を使う時に必要になる触媒のことよ。硫黄とか、コケとか……」
「なら、採取できるところを教えてもらうか、本か何かで調べれば取って来れると思うけど。お代はいただけるのかしら?」
「使い魔のとってきたものに、代金を払うメイジがどこにいるのよ! ……まあ、しっかり働けば、主人としてちゃんと見返りは与えるわよ」
「そう、期待しておくわ」
ルイズは使い魔の軽口にいらいらしたような様子を見せながら、言葉を続けた。
「最後に、もっとも大切なのは……、主人を守る存在であること! その能力で主人を敵から守るのが、一番の役目よ!」
そう言って、じろじろと目の前の使い魔の姿を見つめる。
「あんた、女の子のくせに水兵の格好なんてしてるんだし。少しは戦えるんでしょうね?」
「水兵? そんなんじゃないけど……」
どうやら、たまたまセーラー服なんかを着ていたせいで、勘違いをされているらしい。
つまりこの世界では、これを学生の制服に使う習慣はないということか。
「……まあ、戦えなくはないわよ?」
戦いなどをさせられるのはあまり気が進まないのだが、まったくの役立たずだと思われるのも、それはそれで問題かもしれない。
なので、消極的に認めておいた。
メイジとやらの強さはよくわからないのでなんとも言えないが、スタンドと波紋があるから普通の人間や動物くらいには負けないだろうし、まったくの役立たずということはあるまい。
異次元の店でたまに襲ってくる「アシュラのてした」とかいう連中には楽勝だし、ファンタジー世界のモンスターにだって勝てる、はずだ。
さすがに身の丈数十メートルのドラゴンとかが相手だったら、それは知らないが……。
「よろしい。……でも、この学院じゃ戦いなんてそうそうないから、普段は他の仕事をしてもらうわ。洗濯、掃除、その他の雑用!」
ルイズはそう宣言して話を終えると、眠そうに欠伸をした。
それから、毛布を一枚寄越して今夜は床で寝るようにと使い魔に言い付け、自分は服を脱いでベッドに潜り込んだ。
(ベッドもなし? こっちはいちおう女なんだけど……)
まあ、平民が貴族と添い寝なんてことはありえないのだろうし、この部屋にはベッドはひとつしかないから、仕方がないか。
この国ではこれでごく普通の扱いなのだろう。
むしろ毛布を与えるだけ、温情がある部類とかなのかもしれない。
「……そういえば、あんたの名前は? こっちにも使い魔につけようと思って考えといた名前はあるけど、人間なら元々名前くらいはあるんでしょうね?」
指を弾いて魔法のランプを消し、眠りに入る前に、ルイズがふと思い出したようにそう尋ねてきた。
自分も毛布に潜り込みながら返事をする。
「リリー。水流(みずる)リリーよ」
水流(みずる)リリー:
本作の主人公。ゲーム『7人目のスタンド使い』におけるスタンド『キャラバン』の本体で、ルイズによってハルケギニアの世界に召喚された。
ゲームにおけるキャラバン本体のデフォルト名は『金田』だが、本作ではオリジナルの名前を使用させてもらっている。
外見イメージ的には「普通」の少女に該当する。
母方が欧州の血を引くクォーターであるため、金髪緑目。
名前の由来は、イングランド出身のプログレッシブ・ロック・バンド「キャラバン」のディスコグラフィ、「ウォータールー・リリー」から。