7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第二十話 馬力が違いますよ

 

「きゅいい?」

 

 一行を乗せて眼下に目を光らせながら、地上数百メイルの高さをぐるぐると飛んでいたシルフィードだったが。

 そのうちに首を傾げながら、困ったような声を上げた。

 

「あら、どうかしたの?」

「シルフィードは、このあたりの道に馬車の姿は見当たらない、と言っている」

 

 キュルケの疑問に、タバサが答える。

 

 風竜は、地上を走る獲物の姿を高空から的確に捉えられる、鋭い視力をもっている。

 その彼女が、この短時間のうちに馬が走れそうな距離の中には一行が乗ってきた馬車らしきものはない、と言っているのだ。

 一行は、不安そうに顔を見合わせた。

 

「ど、どういうこと? 近くには、馬車が入れそうな建物なんてなかったのに……」

「もしかして、道を逃げたと見せかけて、森の中を走ったとかじゃあないかしら?」

 

 うろたえるルイズに、リリーがふと思いついてそう言ってみた。

 

 森の中は馬車ではいささか走りにくいが、しかし、ルートを選べば絶対に無理というほどでもないだろうし。

 生い茂った木々が、その姿を隠してくれる。

 そうすれば風竜でも、高空からではその姿を捉えることは難しくなるだろう。

 

「そうだわ、それよ」

「ありえる」

 

 そこで、シルフィードに高度をぐっと下げさせて、森の中の方にも注意を払いながら、もう一度調べさせてみることにした。

 

「きゅい!」

 

 そうすると、ほどなくして目的のものが見つかった。

 森の入り口近く、目立たない場所に廃坑の入り口らしきものがあって、馬車はその近くの木陰に停まっていたのだ。

 

 見たところ、二頭の馬は馬車から外され、下を向いてのんびりと草を食んでいるようだった。

 

「あんなところがあったのね。来がけに目をつけてたのか……」

 

 意外と抜け目のない奴だと、リリーは唸った。

 

「でも、馬車には乗ってないみたいだわ!」

「おそらく、洞窟の中」

「帰りの足に馬が必要にしても、馬車は捨てるか、せめてもう少し遠くに隠しておけばよかったのに。詰めが甘いわね」

 

 口々に話し合う少女らを乗せたシルフィードは、さらに高度を下げ、馬車の近くに着陸しようとした。

 

「きゅい?」

 

 そうして地面につくかつかないかのあたりで、シルフィードはふと、妙なことに気が付いた。

 

 あたりにぷうんと、強烈な生臭いにおいが漂っているのだ。

 まるで、夏場に仕留めた獲物を食い散らかして、そこらに放っておいたときのような。

 

「……!」

 

 次いで、観察力の鋭い彼女の主が、目の前の異様な光景に気が付いた。

 

 なぜか馬車にも木にもつながれていない馬たちが、先ほどからくちゃくちゃ、ばりばりと音を立てて貪っているのは、草などではない。

 ほとんど原形をとどめていない、無残な屍からかじり取った肉だ。

 肉片がこびりついた骨だ。

 まだ生暖かい血が滴る、ちぎれかけの内臓だ。

 

「……GURURURURURU……」

「GAUUU!!」

 

 ほぼ同時に、一行の存在に気付いた馬たちが頭をもたげ、そちらに振り返った。

 

 その目は、肉食獣もかくやというほどの殺気と飢えに血走り、半ば狂気めいた様相を呈してぎらぎらと燃え立っている。

 血と臓物の切れ端に塗れた口元からは、本来馬にはありえないはずの、鋭い牙がのぞいていた。

 馬たちはつながれていなかったのではなく、どうやらその綱を自力で引き千切ってしまったらしかった。

 

「……ひッ!」

「な、なによこれは?」

「まさか、馬を屍生人(ゾンビ)にッ!?」

 

 いや、馬なのだから、屍生馬というべきか。

 

 いずれにせよ、長々と考えている余裕はなかった。

 彼らは突然現れた竜の姿におびえるどころか、逆に絶好の獲物があらわれたといわんばかりに、彼女の方に向かって猛然と突っ込んできたのだ! 

 

「ラグーズ・イス・イーサ……!」

 

 いち早く異常に気付いていたタバサが咄嗟に『ウィンディ・アイシクル』の呪文を詠唱し、馬たちに向かって杖を振った。

 空気中の水蒸気を氷結させて複数の氷の矢とする、彼女の得意技だ。

 いくつもの氷の矢が馬たちの前方に弾幕を張るように出現し、四方八方から襲い掛かっていく。

 

 だが……。

 

「!?」

 

 タバサは、目の前の光景に驚愕した。

 

 なんと、馬どもは無数の氷の矢に襲われながらも、それをまるで意に介していない様子で、いささかも怯まなかったのだ。

 爆走するその勢いによって大部分の矢を弾き返し、突き立ったものも強靭な筋肉の収縮で凍り付いた己の肉ごと強引に砕いて、委細構わず向かってくる。

 

「く、くけーッ!」

 

 シルフィードは突然の襲撃に驚きながらも、咄嗟に背中の主人らを庇うように翼を大きく広げて上体を持ち上げ、いまひとつ迫力の感じられない雄たけびをあげた。

 そうして、先に突撃してきた右側の方の馬に前足を叩きつけ、打ち払おうとする。

 

 まだ幼生とはいえ誇り高きドラゴンの一族として、馬ごときに不遜にも挑まれたことに対する、本能的な怒りも感じていたかもしれない。

 ドラゴンは、鱗が生えているその外見からトカゲのような生物と思われがちだが、実際にはその力強くしなやかな筋肉などはむしろネコ科の動物に似ており、もちろん体格においても強靭さにおいても、それを遥かに上回る。

 敏捷さと力強さとを兼ね備えた完璧な狩人、地上最強の捕食者なのだ。

 

 ……が、しかし。

 

「!! きゅ、きゅいいぃ!?」

 

 なんと、圧倒的な体格差があるにもかかわらず、シルフィードの叩きつけた前足は馬の突進力の前にあっけなく弾かれてしまった。

 

 そのまま胴体に体当たりを食らうと、骨がめきめきと嫌な音を立てて、口から血があふれ出す。

 次いでもう一体の馬が突っ込んでくると、飛行に適するよう進化の過程で軽量化されているとはいえ、それでもどう少なく見積もっても相手の数倍は下らないであろう重量をもつ巨体が宙に浮き、まるで小石のように吹っ飛ばされた!

 

「きゃああっ!?」

 

 突然の衝撃に、ルイズが悲鳴を上げた。

 

 シルフィードの背に乗っている全員にとって、これは危機的な状況である。

 このままでは地面に投げ出されるか、それとも乗騎の巨体に押し潰されるか。

 いずれにせよ、無残な屍と化すことは間違いない。

 

「ラナ・ソル・ウィンデ!」

 

 咄嗟に、シルフィードの主であるタバサが杖を振って風を操り、背後に圧縮された空気の大きなクッションを作り出した。

 ほぼ同時にキュルケも、彼女の巨体に『念力』をかけて、少しでも勢いを殺してやろうとする。

 それでかろうじてブレーキがかかり、地面や背後の木々に叩きつけられることは防げた。

 そうでなければ、全員が致命傷を負っていたかもしれない。

 

「うげっ!?」

 

 ただ一人、他の者たちと違ってしっかりと縛り上げられたままそこらに転がされていたフーケはシルフィードの体にしがみつくことができず、地面に転げ落ちてうめき声をあげた。

 

「うぅ……、ど、どうなってるのね。わたしが、馬なんかに……」

 

 よろよろと起き上がったシルフィードは、人前では話さぬようにという主からの言いつけも忘れて、茫然とそう呟く。

 しかし、誰にもそれらのことを気に留める余裕も、返事をする余裕もなかった。

 

「GYAOOOーー!!」

「GAAAA!!」

 

 屍生馬たちが、吹っ飛ばされて距離の開いた一行に対して、休むことなく猛然と追撃をかけてくる。

 

 二頭とも、体には先ほどのタバサの攻撃による氷の矢が何本も付き立ったままで、部分的に凍って肉が砕け、骨がのぞいている箇所すらもあった。

 右側の一体などは、先ほどのシルフィードとの正面衝突によって、顔が半ば潰れたような有様になってもいた。

 だが、痛みを感じていないのか、動きはいささかも鈍くなっていない。

 むしろ、より一層の怒りと飢えに突き動かされて、ますます猛り狂って突っ込んできた。

 

 一頭はシルフィードの方に、そしてもう一頭は、フーケの方に。

 

「ひ、ひいぃええぇッ!」

 

 地面に転がったままで逃れる術のないフーケが、恐怖に顔を引きつらせて悲鳴を上げる。

 

 他の一行にしても、一旦退いて体勢を立て直そうにも、痛手を負ったシルフィードはすぐには飛び上がって逃げることができない。

 犯罪者であるフーケはまだしも、シルフィードを見捨てて逃げるなどというわけにはいくまい。

 つまり、敵を食い止める以外にないのだ。

 だがどうやったら、この不死身とも思える化物を止めることができるのか……。

 

 その時、立ち上がった者がいた。

 

「あっちのやつは私が何とかするから、あなたたちはもう片方を! 全身か、少なくとも頭を燃やし尽くすなり、日光に晒すなり、粉々に吹っ飛ばすなりすれば死ぬはずよ!」

「ミ、ミズルッ!?」

 

 トライアングルメイジの呪文でも死なず、ドラゴンの巨体も吹っ飛ばすような化物を一人でどうやってと、ルイズが聞くのを待たずに。

 リリーは短くそう指示だけを出すと、シルフィードの背からばっと飛び降りて、フーケと彼女の方に向かっていく屍生馬との間に立ち塞がった。

 

「あ、あんた……」

「できる範囲で体を転がして回避できるように、身構えときなさいよ。こいつの勢いを殺し切れるかわからないからね」

 

 思いがけない助けを呆然として見上げるフーケの方を振り向かず、リリーはそう言いながら、荷物袋の中からデルフリンガーを取り出した。

 

「……うぉっ!? なんだなんだ。やっと出番かと思ったら、このバケモノみてーな馬どもはよ。俺っちは斬馬刀じゃねーぞ?」

『世の中、契約外の労働はつきものや。後から追加料金を請求すりゃええんやで、デルフはん』

 

 そんな緊張感のないやりとりをする剣とスタンドとを無視して、コォォォ、と波紋の呼吸を練り上げる。

 

 ルイズは一瞬焦ったものの、タバサやキュルケが一言も疑問を挟まずに杖を構えて攻撃の態勢に入ったのを見て、ここは自分の使い魔の言うことを信じてやらなくてはと、覚悟を決めた。

 自分もこちらへ向かってくる馬を迎え撃つために、杖を構える。

 

「喰らえッ! 『地裂波紋震動(グランドリパー・オーバーグレイブ)』ッ!!」

 

 十分な波紋を練り上げられたことを確認したリリーは、そう叫ぶと同時にデルフを持っていない側の掌を地面に叩きつけるようにして、蓄えておいたそれを一気に走らせた!

 

「……!」

 

 自分たちの側に迫る馬に注意を向けながらも、同時に横目にリリーの方を確認していたタバサが、わずかにはっとしたように目を見開く。

 先日のロレーヌとの決闘の際に見たのと同じように、いやそれ以上に強く、彼女の体が一瞬輝いたからだ。

 しかも、その閃光は掌から迸って、大地に亀裂が入るように広がっていった。

 

 その直後に、目の前の地面が突然隆起して、爆裂した。

 石筍のような岩の槍が無数に飛び出し、今まさに一行へ飛び掛からんとする屍生馬どもに襲い掛かる!

 

「GUOOOO!?」

「WOOO!!」

 

 たとえどれほどのパワーがあろうとも、踏みしめる地面そのものが崩れて踏ん張りが利かなくなれば、体勢を崩さざるを得ないのが道理である。

 

 馬どもは突然足元で隆起し爆発した地面によって突撃の勢いを殺され、大きくよろめいた。

 そこへさらに、波紋を帯びた無数の岩槍が突き出して、全身至るところを打ち、抉り、刺し貫いていく。

 

「KULUYAAAA!?」

「GOBAAAA!!」

 

 それまでに負った傷とは違い、波紋による負傷は彼らに激しい苦痛を感じさせ、怯ませた。

 傷口から肉が融解して泥土のようになり、しゅうしゅうと煙を上げる。

 

「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」

 

 突然の現象に呆気に取られていたメイジたちの中で、いち早く我に返ったタバサが呪文を詠唱し、自分たちの側に向かってきた屍生馬に更なる追撃を加えた。

 

 太く長い氷の槍を作り出す『ジャベリン』の呪文で、苦痛に身悶えする馬の胴体を容赦なく刺し貫いて地面に縫い付ける。

 そこへさらに、キュルケの『フレイム・ボール』による炎塊と、ルイズの失敗魔法による高熱を伴う爆発とが、牙を剥いた凄まじい形相で狂ったように咆哮する頭部へ襲い掛かり、火達磨にした。

 さしもの屍生馬もこれにはたまらず、ついに完全にこと切れて、動かぬ肉塊と化す。

 タバサはそれでも念を入れて、倒れた馬の周囲の土を『錬金』で油に変え、全身を完全な消し炭になるまで焼き尽くすようにした。

 

 一方リリーの側も、デルフを構えて自分の方に向かってきた屍生馬に駆け寄り、とどめの一撃を与えていた。

 

「GULUOOOOOOO!!」

「これで終わりよ! 鋼を伝わる波紋疾走、『銀色の波紋疾走(メタルシルバー・オーバードライブ)』ッ!」

 

 最後の悪足掻きで噛み付こうとしてくる敵の牙をかいくぐり、波紋を流されて銀白色に輝く刃で、首の付け根から胴体までを薙ぐように斬り付ける。

 

「うおぉぉ!? 何だァァ、俺っちの体を流れる……、この妙なエネルギーの、ビートはァァッ!?」

 

 興奮した様子でそんなことを叫ぶデルフの横で、両断された屍生馬の体がしゅうしゅうと煙を上げながら、完全に形を失って溶け崩れた肉塊に変わっていく。

 リリーはそれを確認すると、剣を鞘に納めて、ふうっと溜息を吐いた。

 

 これでとりあえず、当面の危機は去ったわけだが。

 まだ本命が、おそらくはこの廃坑の奥に、残っているわけだし。

 それに……。

 

(……先へ進む前に、手当てとか説明とか確認とか、情報交換とか、いろいろとしとく必要がありそうね……)

 

 背後の方から自分に同行者らの視線が注がれているのを感じて、リリーはやれやれと肩をすくめた。

 





屍生馬(ゾンビ馬):
 原作7部に登場したのとはいうまでもなく別物で、単にゾンビ化させられた馬である。
ジャックやタルカスを見る限りでは、単純な力でいえば屍生人も個体によっては吸血鬼にそうそう劣らないようであり、原作によれば吸血馬には通常の馬の150倍のパワーがあるということなので、おそらく屍生馬にも通常の馬の数十倍程度の力はあるものと思われ、シルフィードが力比べで勝てる相手ではないだろう。
吸血馬と似たようなものだとすれば、あるいは手綱に軽い波紋を流すなどすれば操れたかもしれないが、リリーはそんなことを知らないので……。

地裂波紋震動(グランドリパー・オーバーグレイブ):
 ゲーム「7人目のスタンド使い」オリジナルの波紋技で、同ゲーム内ではダイアーやメッシーナなどが習得していることになっており、主人公も覚えられる。
地面に波紋を走らせ、大地を隆起させ爆裂させることで、敵全体を攻撃するというもの。
アスワンの遺跡ではこの技を覚えているダイアーが味方に加わっていると非常に楽で、遺跡内を徘徊する屍生人どもを軽々と蹴散らしていってくれる。

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