7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
「……た、助かったよ……」
地面にへたり込んで安堵のため息を吐きながら礼を述べるフーケに対して、リリーはしれっとした顔で答えた。
「どういたしまして。でも、お礼よりも、お助け料をいただけると嬉しいわね。手持ちがないなら、ローンでもいいけど」
そう言いながらも、リリーはまず、彼女とシルフィードのケガの具合を確かめてやることにした。
フーケの方は転落時に少し体を打ち付けたのと、後はかすり傷程度で、ほとんど手当ての必要もない程度だった。
それでも、後で治療費を払ってね、などといいながら、栄養剤などを飲ませてやる。
シルフィードの方も、幸いさほどの重傷ではなかったようで、医薬品を作り出して傷口を塞ぎ、次いで『ダイヤモンドC』などのSPW財団製薬部門特製の栄養ドリンクを飲ませてやると、目に見えて元気を取り戻していく。
そうする合間に、先ほどの屍生馬たちについての、ルイズらの質問に答えていった。
「……ゾンビ? グールじゃなくて?」
「ええ。吸血鬼や、同じゾンビにやられた被害者が変化したものよ。異常に力が強くて、凶暴化してて、他の生き物を殺して食おうとするの」
「説明だけ聞いてると、グールみたいにも聞こえるわねぇ。もしかして、同じものの呼び名が違うだけとか?」
「違う。グールは、吸血鬼一人につき一体だけ」
そう言って首を横に振ったタバサは、先日、自らも吸血鬼やグールと対峙した経験があった。
それゆえ、はっきりと断言できる。
「あれはグールじゃない。それを作り出した吸血鬼も、おそらく、わたしの知っているものとは違うはず」
「そう。それなら、詳しい情報交換が必要ね?」
リリーは頷くと、石仮面の生み出す吸血鬼の性質について、知っている限りのことを話してやった。
自分の知っている吸血鬼は、屍から先ほどの馬たちのようなゾンビを、いくらでも生み出すことができる。
また、何メイルもジャンプしたり、馬より速く走ったり、石壁を殴り抜いたりできるし、腹を打ち抜くほどのダメージを受けてもじきに再生する。
さらには、体液を弾丸みたいに撃ち出したり、骨や血管を飛び出させて武器にしたり、触っただけで人間の血を吸い取って、木乃伊のように干乾びさせて殺したりすることもできるのだ、と。
「それじゃあ、確かにあたしたちの知ってる吸血鬼とはぜんぜん別物みたいね。会ったことはないけど、あいつらの怖いところは狡猾さで、力はそれほどでもないって聞いてるもの」
「……先住魔法は?」
「私のいたところには、系統魔法も先住魔法もなかったからね。もちろん吸血鬼も、魔法は使えないわ」
自分が戦った二人の吸血鬼は、その代わりにスタンド能力を使いこなせるやつだったが、まあ、それは吸血鬼かどうかとは直接の関係はないことである。
この世界の住人が吸血鬼になった場合にどうなるかまではわからないが、精神に起こる変化は凶暴性や邪悪さが増大する程度のはずだし、それまで学んだこともなかった魔法が急に使えるようになるとは考えにくい。
元々メイジだったというのでもない限り、おそらくは地球の人間が吸血鬼になった場合と同じだろう。
「そ、そんなにとんでもないやつなの?」
魔法が使えないというところだけは幸いだが、それでもとてつもないバケモノであることはわかった。
本体の強さもさることながら、ただの馬を幼生とはいえドラゴンにも勝るほどのパワーを持つ怪物に変えることができ、しかもそれをいくらでも生み出せるというのだ。
リリーが件の仮面をどうあっても賊の手から奪還し、しかもその場ですぐに破壊しなくてはならないと主張したのも、頷ける話である。
万が一、ここで取り逃がしでもしたら、どんな事態を招くか知れない。
ルイズは戦慄するとともに、それほどの怪物を仲間たちと共に倒したという話を思い出して、今さらながらに、自分が使い魔の実力をかなり過小評価していたのでは、と思い始めていた。
メイジならいざ知らず、平民にそんなことができるとは、にわかには信じがたい。
いや、しかし……。
「……そういえば、さっきあんたが使ったおかしな力はなに? 確か、魔法がないところから来たとか言ってたけど。岩の柱を地面から飛び出させたり、あのバケモノを斬って溶かしたりしてたわよね?」
あれが魔法でなかったら一体何なのか、とルイズは問い詰めた。
「そうそう。あたしも、それが気になってたのよね」
「教えてほしい」
リリーは肩をすくめて、やれやれ面倒なことになったと思ったものの、これでは説明をしないわけにもいかなさそうだ。
が、その前に、やっておかなければならないことがある。
「ええ、説明はするわ。でも、その前に……」
リリーは手を上げて皆を制すると、フーケの方を振り向いてにっこりと微笑んだ。
「……な、なにさ?」
「悪いけど……、いえ、さっきは私たちを殺そうとしたわけだし、特に悪いとも思わないけど……」
リリーはにっこりと微笑んだままフーケの方に近づいて、その両肩をがしっと掴むと。
「んぎっ?!?」
「邪魔だから、しばらく眠っててね」
強めに波紋を流し込んで、当分の間起きないように意識を失わせた。
内密の話も多くなりそうだから、これ以上は聞かせたくないし。
それに、既に御者が吸血鬼化していることがほぼ確定した以上、廃坑に連れて入るわけにもいくまい。
シルフィードに預けて外に置いていくとしたら、その時にはどの道、逃走防止用に気絶させるなりしておかなくてはならないだろうから、今やっておいても同じことだ。
ついでに、気絶した彼女の懐をまさぐって財布を探し出し、先ほどのお助け料と治療費とを(強制的に)取り立てておいた。
受け取りをさらさらっと書いて、すっからかんになった財布の中に差し込む。
「はい、ツケの領収書」
その様子を見て、ルイズがあきれたように肩をすくめた。
「あんた、本当にがめついわね……」
「あら、一度はこっちを殺そうとした相手を助けてあげたんだから、それ相応の対価を請求するくらいは当然でしょ? 薬代だって、ただじゃないしね」
リリーは指で輪っかを作りながら、悪びれもせずにそう言った。
無一文なら仕方がないから貸しにしておくが、持ち合わせがあるのなら、サービスに対する対価は払ってもらわねば。
命の恩人に対して十分に支払わないのは、自分の命には一文の価値もありませんと宣言しているようなものだ。
それから、こほんと咳払いをして。
「それじゃあ、説明するけど。あれは、魔法じゃないのよ。『波紋』といって……」
・
・
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「……と、いうわけで。魔法みたいに呪文を唱えるんじゃなくて、呼吸を一定のリズムに整えることで生まれる力が『波紋』ってことね。ちなみに、吸血鬼やゾンビに効くのは、それが太陽のエネルギーに近いかららしいわよ」
リリーは質問攻めにしてくるルイズらに対して、正直にそう説明した、ものの。
「その呼吸のリズムだかを整えるだけで、まるで土魔法みたいに岩の槍を飛び出させたり、あの馬の化け物を斬って溶かしたりしたっていうの?」
ルイズは、非常に懐疑的な目で、自分の使い魔をにらんだ。
本当はやはり先住魔法か何かの使い手で、魔法が使えない自分に気を使ってそんなことを言っているのではないか、と疑っているのだ。
「そうねえ。ちょっと、信じられない感じだけど」
「落ち着いている時なら誰でも、一定のリズムで呼吸をしているはず」
キュルケやタバサも、にわかには信じがたいというふうだった。
「まあ、私自身もあんまり詳しいことは知らないんだけどね。波紋のエネルギーは、呼吸の乱れにすごく敏感に影響を受けるのよ。普通の人が落ち着いている時に自然に整えているくらいじゃあ、特別っていうほどのエネルギーは出ないわね」
とはいえそれでも、いくらかの恩恵は得られているのだと言って、リリーは説明を続けた。
たとえば、気持ちを落ち着けたいときや痛みを堪えたいときなどには、大抵の人が大きくゆっくりと深呼吸をしたり、呼吸のリズムを整えたりしようとする。
それによって、ある程度の精神安定や鎮痛の効果が得られるということは、多くの人が実感しているはずだ。
「もちろん普通にする程度じゃ、気休めくらいにしかならないけどね。それを正確に、しっかりと持続させることで、波紋のエネルギーが生まれるわけよ」
「おう。俺っちも確かに、あの馬どもを斬るときに、相棒の体からそんなエネルギーが流れてくるのを感じたぜ!」
デルフがかたかたと鞘を鳴らして、そう口をはさむ。
「そう言われてみると、確かに、わたしもそんな経験はあるけど……」
ルイズは、まだ納得しきれない様子だった。
リリーとしても、そうすぐには信じてはもらえないだろうとは思っていたし、このくらいの反応は想定内だ。
自分だって、スタンドだの波紋だの、この目で見て体験してこなければ、とても信じられた話ではなかっただろう。
「……そうねえ。たとえば、あなたたちは、5分以上続けて息を吐いたり、吸ったりすることはできる?」
ちょっと考えて、そう尋ねてみる。
「5分? 測ったことはないけど……、それはちょっと、無理そうな感じねえ」
「できない」
キュルケは唇に指をあてて少し考えてから、タバサは即座に首を横に振って、そう答えた。
タバサは、波紋の呼吸法とはまた違うが、戦闘訓練の一環として呪文の詠唱法についてはよく学んでいる。
素早く呪文を唱える訓練や、詠唱を悟られないように最小限の口の動きで呪文を唱える訓練、立て続けに呪文を唱える訓練などを、日常的に行っているのだ。
だから、自分がどのくらいの間息が続くかといったことくらいは把握していた。
「そのくらいはできないと、特別だと感じるほどの波紋のエネルギーは生まれないのよ」
「じゃあ、リリーにはそんなことができるの?」
ルイズにそう尋ねられて、リリーは頷いた。
「ええ、もちろん」
本来であれば、興味があるなら見物料を払え、くらいは言いたいところだが。
ここはさっさと納得してもらって、話をまとめるに限るだろう。
とはいえ、5分も10分も時間をかけたくはない。
一分一秒を争うというほどではないにせよ、中で何があるかわからないのだし、日も傾いてきているし、早めにあの御者を追わなければ。
「じゃあ。波紋の呼吸法を応用した、ちょっとした芸をお見せするわね」
そう言って、すうっと深く息を吸い込んでから、水筒の水を一口含む。
何が起こるのかと固唾をのんで見守るルイズらの前で、パパウ、パウパウと妙な音を立てて、口から渦を巻いた円盤状の液体によるカッターが放たれた。
「……!」
カッターが岩をバターのようにスパスパと切り刻んでいく様を見て、タバサは軽く目を見開いた。
「な、なによ今のは!?」
ルイズも、目を丸くしている。
「波紋の呼吸法を応用して、歯の隙間からものすごい圧力をかけて水を押し出しただけよ」
「確かに、あたしたちとは桁違いのすごい肺活量だってのはよくわかったわ。魔法じゃないのも確かね、詠唱も、それらしい動作もなかったし」
キュルケは、得心がいったように頷いた。
正確にはただ肺活量がすごいとかだけの問題ではないのだが、話がややこしくなるのでそう言った細かい点には触れないでおくことにして、リリーも頷きを返す。
「……どうしたら、そこまでできるようになる?」
少し考え込んでいたタバサが、じいっとリリーの顔を見上げながら、そう尋ねた。
色々と事情のある彼女としては、なんであれ戦闘などの助けになるものなら習得しておきたいという気持ちがあるのだった。
魔法が使えない時の備えや、隠し玉として便利かもしれないし。
呪文の詠唱法などにも、応用が利くかもしれない。
見た限りではとても真似のできそうにない離れ業に思えたが、必要なのは呼吸のリズムを整えることだけだという先の説明からすれば、やってみれば案外難しくないものなのではという期待もあった。
「えーと。どうしたら、って言われても……」
リリーは、少し考え込んでから答えた。
「……そうね。中には、生まれつき使えるっていう人もいるから。生来の素養と、あとは日頃からの訓練が大事ね」
自分の場合も昔から自然とできていたような感じなのだが、家族もみんな使えるので、おそらくは遺伝と環境的な要因との複合によるものなのだろう。
あとは、読んだだけで波紋が使えるようになる本なんてものもあるが、それに関しても生まれもった素養が大事らしく、同じ本を読んでも波紋が身につかない者のほうが多かった。
身についた者の中でもスピードワゴンは、以前に波紋の呼吸が身につくよう腹を殴られたことがあるからそれがきっかけじゃないかと言っていたので、彼の考えが正しいとすれば後天的にその素養を得ることも不可能ではないようだが。
「もしも興味があるのなら、それなりの授業料をいただければ教えられることは教えますけど、身につくかどうかまでは保証できないわよ。……とにかく、それは後にして。今はまず、石仮面を見つけ出しましょう?」
タバサがこくりと頷いて腰を上げたので、それでひとまず話は終わりとなった。
あとは、行動あるのみだ。
キュルケもまた親友に続いて腰を上げようかとしたが、そこでふと、何かを思い出したかのようにシルフィードの方を見た。
「そういえば。この子って、さっき話してたわよね。人間の言葉がしゃべれたのね?」
契約によって特殊な能力を授かり、黒猫などの使い魔が人の言葉を話せるようになったりするという事例は、一般的にもよく知られている。
キュルケとしては、シルフィードもそれと同じようなものだろうと思っていた……の、だが。
「! ……き、きゅいぃ?」
シルフィードは、びくっと体を震わせると。
そわそわして誤魔化すようにそっぽを向いたり、助けを求めるように自分の主人の方をちらちらと見たりと、不審な挙動をし始めた。
「……」
タバサは、しばらく押し黙っていたものの。
こうなっては仕方がないと溜息を吐いて、自分の使い魔が実は絶滅したとされている風韻竜であること、要らぬ注目を浴びたり実験台扱いされたりせぬようにそれを伏せていたことを、手短に同行者たちに説明していく。
このことは内密に、という彼女の頼みは、もちろん全員に問題なく受け容れられた。
「私には、その韻竜がどうとかは、よくわからないけどね」
なんにせよ、言葉が通じるのなら安心してこの場の見張りを頼めると言って、リリーは気絶したフーケをシルフィードに預けた。
「いい? たぶん起きたりはしないと思うけど。もし目を覚ましても絶対に縄を解いたり、どこかに行かせたりしちゃあ駄目よ?」
お腹が空いたとか喉が渇いたとか、用を足したいとか、気分が悪いとか。
とにかく、どんな訴えをしてこようが無視して放っておくようにと、リリーはそう強くシルフィードに念を押した。
「あんまりうるさいようなら、お腹を殴って気絶させるとかしてもいいから」
既に無力化した捕虜に対しては少々冷酷な扱いだと思われるかもしれないが、一人で見張っている時に下手に仏心を出して、それに付け込まれたりしては大変だ。
こちらは殺されかかったりもしたのだし、この程度ならむしろ慈悲深い部類であろう。
本当にひどい扱いってのは、例えば降伏した敵を岩に縛り付けて猿ぐつわをかませて、『自分は荒行してるところだから解いたりしないでね』と書いた看板を立てて荒野に放置したりするとかである。
ちなみにエジプトツアーの仲間たちが実際にやったらしいが、そいつはたぶん死んだのではないだろうか。
自分はその時別行動をとっていたので、関与はしていない……まあ、仮にその場にいたとしても、おそらく止めたりはしなかったとは思うが。
とにかく、そうして話をつけると、リリーは改めて廃坑の方に目を向けた。
「さて……。あの御者は、たぶんこの中に入っていったみたいだし。追うしかなさそうね」
入り口から煙を焚いて敵を燻り出すというような方法は、こういった場合の常套手段ではあろうが、この廃坑の大きさも、他に出口があるかどうかもわからないというのでは、あまり効果が見込めそうもないし。
第一、獣かなにかが相手ならともかく、吸血鬼や屍生人に対してはまともに通じまい。
奥へ向けてミサイルでもぶち込んで、この廃坑ごとまとめて吹っ飛ばしてやるというような荒っぽい手も取れなくはないが、確実性に欠ける。
相手は万が一にも、一体でも撃ち漏らすわけにはいかない連中なのだから、そんな雑な処理で済ますわけにはいかないだろう。
「中は暗いし、明かりをつけるしかなさそうねえ。そうすると、向こうにあたしたちが来たのがバレちゃうけど」
「『暗視』の呪文という手もある」
タバサはそう提案してみたものの、それはあまり現実的ではないだろうな、と思っていた。
暗視の呪文は唱えた本人にしか効果がなく、使えるのは自分だけだ。
それに、持続型の呪文で長時間使い続ければかなりの精神力を消耗するから、これから激しい戦いが予想されるこの状況では、あまり使いたいものではない。
「明かりをつけて構わないと思うわ。吸血鬼や屍生人は、すごく感覚が鋭敏だから。たとえ明かりをつけなくても、どうせにおいとか物音とかで、私たちが来たことにはすぐに気が付くはずよ」
あるいは、もう気が付いているかもしれない。
そう考えてごくりと唾を飲み込むと、リリーは、他に準備しておけることはないか、と考えた。
キャラバンの能力で作り出すなりAct2の異世界で買うなりした銃器類を、仲間たちに渡しておこうかとも思ったが、それはかえって危険かもしれない。
銃というのは、扱いに慣れてない者が撃っても、そうそう当たるものではないのだ。
下手に撃てば反動で筋などを傷めてしまう危険もあるし、なによりも、味方を誤射されたりしてはたまったものではない。
彼女らには使い慣れていて、攻撃以外にもさまざまな用途に対応できる、自前の杖があるわけだし。
あれもこれもと持たせてもかさばるだけで、あまりいいことはないだろう。
(でも、ルイズには何か武器が必要ね)
彼女の爆発はそれなりに強力な攻撃だが、廃坑内で使うのは危険すぎる。
下手をすれば、落盤などを引き起こしかねない。
そういったことをルイズに伝え、うまく言いくるめて、彼女には『紫外線照射装置』を持たせることにした。
これならば反動もなくて扱いやすいし、こと吸血鬼や屍生人に対しては、並みの銃器などよりもずっと強力で頼りになる武器だ。
「わかったわよ。どうせ、あんたの波紋だかと違って、わたしの魔法は役に立たないものね」
そう言って拗ねるルイズに対して、リリーはそんなことはないと言った。
「このルーンってやつが光ってると、体の切れが良くなるだけじゃなくて。なんていうか、元気とか勇気とか、そういうのが湧いてくるような感じがするのよね」
疲労や恐れを感じにくくなるということは、すなわち、呼吸も乱れにくくなるということ。
波紋のエネルギーは勇気のエネルギーなのだと、よく言われる。
なぜなら、強い波紋を練るには呼吸を乱さぬことであり、人間が呼吸を乱すのは恐怖を覚えたときである。
その恐怖を克服したときにこそ、呼吸は規則正しく乱れなくなるからだ。
無論それだけではなく呼吸法の鍛錬なども必要になってくるのだが、いくら鍛えて完璧な呼吸法を身につけたとしても、恐怖を克服できなければいざという時に本領を発揮することはできない。
そういう意味で、ルイズによって刻まれたこのルーンは、波紋と非常に相性がいいと言えよう。
お世辞でも慰めでもなく、実際にリリーはこのルーンを刻まれてから、こと戦闘時に用いる波紋の威力や精度が明らかに増したのを実感していた。
「だから、私が波紋でうまく戦えるのも、いくらかはルイズが使った契約の魔法のおかげだってことよ」
「そ、そう?」
照れたような、困惑したような、何とも言えない顔をしているルイズの肩を叩きながら、リリーは考え込んだ。
(そうね。確かにルイズのおかげで、私の波紋の精度は上がってるわ……)
ならば、これまではうまく使いこなせなかったけれど。
今なら、これが役に立つかもしれない。
そう考えて、リリーはエジプトツアーに際して母から譲り受けた、代々家に伝わるという大切なマフラーを取り出して、首に巻いた。
「さあ、おしゃべりはここまでよ。行きましょう」
そうしてシルフィードに見送られる中、一行はついに、廃坑の奥へ向けて踏み出してゆくこととなった。