7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第二十五話 運命を信じる者・運命を作る者

 

「あの御者っ。確かにあたしの炎を喰らったはずなのに、どんどん火傷が治っていってたわ……!」

「吸血鬼は屍生人と違って、再生するからね」

 

 どこか悔しげにそう言うキュルケに、リリーが答える。

 お互いに違う方向を警戒し続けているので、視線は交わさない。

 

「それにしても、尋常な早さじゃなかったんだけど?」

「何でも全身がバラバラになっても、肉片が寄り集まってきて元に戻るらしいわよ」

 

 石仮面の吸血鬼ってのは、チェーンソーでバラバラにされただけで死ぬようなどこぞの根性なしの超越者とは違うのである。

 

「……どうしたら倒せる?」

 

 同じく警戒態勢を取り続けているタバサが、そう尋ねる。

 

「確実なのは太陽の光に晒すか、波紋を喰らわせることだけど……。頭部を完全に破壊するとか、全身を焼き尽くすとかでも倒せると思うわ」

 

 リリーがそう答えると、キュルケとタバサは頷いた。

 

「なら、頭に溶岩みたいに熱量の高い火球を叩き込んで炭クズにしてやるとか、体をバラバラにして肉片をまとめて焼却してやるとかすれば倒せるわけね」

「ジャベリンで、頭を叩き潰す」

 

 もちろん、そう簡単なことではないだろう。

 見る限りではあの御者の、いや吸血鬼とやらの速度は、トラやヒョウのようなネコ科の猛獣にも引けを取るまい。

 超常的な再生能力を上回り得るだけの威力がある詠唱に時間のかかる魔法でもってその急所を捉えろというのは、控えめに言っても困難な課題だ。

 しかし、相手が強いからといって怖気づくような二人ではなかった。

 

「わ、わたしだって」

 

 ルイズも負けじと気炎を吐こうとするが、キュルケらに制される。

 

「あんたは、あたしたちの後ろに下がってなさいな。『太陽の燭台』はもう使えないんでしょ?」

「爆発が起きて洞窟が崩れたら、生き埋めになる」

「……ぐっ!」

 

 彼女は顔を赤くして反論しようとするが、言葉が出てこなかった。

 代わりに、リリーが口を開く。

 

「まあ。要は私たちの中の誰かが、いわゆるクリティカルヒットをあいつにブチ込めればいいってだけの話よ」

 

 そう言いながら、ルイズに取り出したアイテムと、一枚の紙片とを手渡した。

 

「……なによ、これ?」

「代わりの武器よ。使い方は、その紙に書いてあるから」

 

 紙片は文面が既に書き上げられた状態でキャラバンが作り出したものだったが、状況が状況なだけに、いつの間に書いたのかというような疑問を口にするものはいなかった。

 

「読んだら、他の人に回して。全員が機能を理解してないと危ないからね」

 

 リリーはルイズらが目を通している間、読んでいる者をカバーするような位置取りで周囲の警戒を続けた。

 

「思った以上に頭も回るみたいだし、気を抜いていい相手じゃないわ。でも、私たちなら勝てる」

 

 これでも自分は、曲がりなりにもかのDIOやヴィンズとも戦ってきた身。

 今さらただの吸血鬼に負けたというのでは、あの旅の仲間たちや強敵たちに対して顔向けができないというものだ。

 

「ええ、もちろんよ。残るはもう、あいつ一人だけだろうしね?」

 

 キュルケが不敵な笑みを浮かべ、タバサもこくりと頷いた。

 

 依然として敵の気配は掴めなかったが、とはいえ隠れている可能性のある範囲は限られる。

 その中のどの岩陰にいるにしても、ここまでの距離はかなり開いている。

 協力して周囲を警戒し、不意を打たれないようにしてさえいれば、どこから飛び出してこようが、飛び道具などを放ってこようが、十分に対処できるだろう。

 

 リリーは微笑んで小さく頷きを返したが、内心では少し不安も感じ始めていた。

 

(……あれから結構時間が経ってるのに、動きがない……)

 

 まさか、もうあの辺りの岩陰にはいないのではという疑念が、ふと頭をよぎる。

 

(ジョースターさんによると、何十年前にはドアとか岩とかに擬態できるような吸血鬼もいたらしいけど……)

 

 そうやってカメレオンのように背景に溶け込み、岩陰から出たのだろうか。

 なら、また『サーモグラフィー』を作って、周りを調べてみるべきか。

 

(……いや。違うわね)

 

 DIOもヴィンズもそういった能力は使わなかった。

 おそらくはレアな能力であり、だとすればついさっき吸血鬼になったばかりの男には、そんなことができようとは思えない。

 それに、いくら巧みに外見を偽装しても、岩陰から出て動けば自分やタバサの感知に多少なりと引っかかるはず。

 深読みのし過ぎでサーモグラフィーなどを着けようとすれば、かえってその時に隙が生まれるし、視界や動きの妨げになる。

 

 疑心暗鬼は心の弱さ。

 自分と仲間の能力を信じるべきだ。

 

 そうなると、今のようにこちらが疑心暗鬼に駆られたり、疲れ切ったりして集中を保てなくなるまで、何時間でも待とうというのかもしれない。

 吸血鬼の身なら、それも容易なことだろう。

 だとしたら、バズーカなどを撃ち込むのは崩落の危険があるから、キュルケに頼んで高熱の火球で天井の鍾乳石を一つずつ焼き溶かしてもらうとかして、隠れ場所を潰していくべきか。

 自分の火炎放射砲でもいいが、洞窟内であまり広範囲に火を放つのは窒息等の危険があるだろうし、制御の巧みな彼女に任せたほうが……。

 

「……!」

 

 そんなふうに考えていたとき、不意に、波紋マフラーがかすかな生命の動きを捉えた。

 上方にある鍾乳石のうち一本の陰から、何かが飛び出してくる。

 リリーがそちらの方を向くか向かないかのうちに、同じように気が付いたタバサはもう既に行動を起こしていた。

 

「ラナ・デル・ウィンデ」

 

 そちらに向けて不可視の空気の槌、『エア・ハンマー』を放つ。

 遠距離からピンポイントで頭部を破壊しなくては倒しきれないであろうジャベリンを撃つよりも、まずは多少狙いが外れても相手を吹き飛ばせるこの呪文で体勢を崩させ、その隙にキュルケやリリーに致命打を撃ち込んでもらえばいいという考えだ。

 

「ギピッ!!」

 

 飛び出してきた影は、あっさりと空気の槌に撃たれて吹き飛ばされ、岩壁に叩きつけられる。

 その姿を見たルイズは困惑した。

 

「……こ、コウモリ?」

 

 そいつは、おそらくはこの洞窟に棲息しているのであろう、大型のコウモリだったのだ。

 岩壁に叩きつけられ、片腕が折れ曲がっても、わめき暴れて這いずりながら向かってこようとするその生命力から見て、屍生獣化しているようだが……。

 

(なんでこのマフラーやタバサの感知に、今まで引っかからなかったの?)

 

 あの御者が、事前に気配を潜めて待機するように命じていたのだろうか。

 言葉も通じない上に屍生獣化して凶暴性が高まった野生動物などに、そんな命令が通るものなのか。

 しかし、リリーがそれについて深く考えている暇はなかった。

 

「……!」

「こ、こいつらも、ゾンビ!?」

 

 次から次に、天井の鍾乳石の陰から屍生獣どもが飛び出してくる。

 先ほどと同じようなコウモリやネズミ、ヘビやトカゲといった小動物に、気味の悪い蟲の類も混じっていた。

 翼のあるものは飛行して、ないものは地面に落下した後に、こちらへ向かってくる。

 

(本当に、意外なほど用意周到なやつね……!)

 

 真相に思い至ったリリーは歯噛みをした。

 

 おそらくあの御者は、この洞窟のコボルドたちが食料として溜め込んでいた野生動物の死骸の中から原型を留めていて使えそうなものを選んで、岩のくぼみか何かにあらかじめ隠しておいたのだろう。

 自分はどこかの岩陰に身を隠したまま、目立たず感知にも引っかからないようなごく細い血管か何かを伸ばして、それらの死骸にゾンビ化のエキスを注入していったに違いない。

 つい先ほどまでは正真正銘ただの死骸だったのだから、生命反応も空気の動きも感じられなかったのは当たり前のことだ。

 

「ギギッ!」

「GIYYYYYYYYYY!!」

 

 四方八方、上からも地面からも向かってくる小動物の屍生獣どもに対処するには、近付かれる前に広範囲の魔法で薙ぎ払うのが有効だっただろう。

 だが、対吸血鬼を想定して事前に単体攻撃用の呪文を用意していたキュルケやタバサは、思いがけぬ敵の登場に対して急に対処を切り替えることはできない。

 あわてて放った火球や氷の矢は数体を仕留めたが、その間に他の屍生獣が迫ってきた。

 そうして一旦間合いが詰まってしまうと、もう範囲攻撃魔法でまとめて薙ぎ払うことはできない。

 詠唱する余裕もなくなるし、何より自分たちも一緒に巻き込まれてしまう。

 

「くっ!」

「っ……」

 

 急降下してきたゾンビ・バットがキュルケの肩口に噛み付き、布地が裂けて血が流れる。

 タバサも牙を剥きだして弾丸のような速さでぶつかってくるゾンビ・ラットに脚をかすめられ、ニーソックスの生地と皮膚をわずかに持っていかれた。

 

「ああ、もうっ!」

 

 リリーがキュルケやタバサを傷つけた屍生獣どもを手刀や蹴りで撃ち落とし、波紋を流して片付けていく。

 向かってくる相手も可能な限り迎撃するが、それでも数が多すぎて、味方を守り切れない。

 

「ええい、『キャラバン』っ! あんたも、……っ!?」

 

 自分のスタンドに呼びかけようとしたその瞬間、上方にある岩陰のひとつからナイフが飛んできた。

 あの御者が一瞬顔を出して投げたのだ。

 下手に避ければ、周囲にいる他の味方に当たりかねない。

 リリーは咄嗟に波紋を練った拳を突き出して、ナイフを弾き落そうとした。

 

「……ぐっ!」

 

 しかし、彼女の波紋では吸血鬼の超腕力で投げられた刃物を完全に弾き返すことはできず、拳に当たったナイフはわずかに軌道が逸れてリリーの上腕とその周囲の髪を浅く斬り裂いた。

 深手ではないものの血が派手に噴き出し、切れた髪が舞い散る。

 

「ウヘヘヘヘヘ。さァて、いつまでもつかなぁぁ、姉ちゃんたちよォ~?」

 

 ナイフを投げた御者は下卑た笑いを漏らしながら岩陰から岩陰へ飛び移って、また姿をくらました。

 みな、屍生獣への対処に手一杯で、攻撃を仕掛ける余裕もない。

 

「ミ、ミズル! みんな! 大丈夫ッ!?」

 

 仲間らの輪の中に庇われるような形になっているルイズが、半ば悲鳴のような声を上げて、リリーの傷付いた腕にしがみつこうとする。

 

「こんなかすり傷を気にして私の方を見てるんじゃあないわよっ、ルイズ!」

「ひゃぅっ!?」

 

 リリーはそちらの方には目も向けず、軽い波紋のショックを流すことで彼女を振り払うと、もう片方の手で切れて舞い散っていく自分の髪束を掴み取った。

 

「しがみつかれたら動けないでしょうが。それより、さっきのあれ! ここで!」

 

 ルイズははっとして、先ほどリリーから手渡された武器に目をやった。

 

「わ、わかったわ!」

「タバサと、キュルケも! その間は、私が何とかするから!」

 

 リリーに声をかけられた二人はほんの一瞬そちらへ目をやったが、黙って小さく頷くと彼女らに背を向けたままで、詠唱する呪文を切り替え始めた。

 

 ルイズが武器の説明書きを思い出しながら、安全装置を外し、作動させる準備をしていく。

 もちろんその間にも、屍生獣どもが空から地面から飛び掛かってこようとする。

 御者もまた、移動先の死角となる天井の岩陰から密かに顔をのぞかせて、機構弓の矢を放とうとしていた。

 武器が作動するまでの間、それらの敵を防ぐのが、リリーの役目だ。

 

「ジョセフ・ジョースター直伝! 『波紋ヘア・アタック』ッ!」

 

 リリーは掴み取った髪束に波紋を流し、針状に硬質化させると、それを全員を守るように周囲に放つ。

 

「GYAGYAッッ!?」

「ギャンッ!!」

 

 周囲から飛び掛かってきた屍生獣たちが、その髪の毛のバリアーに触れて悲鳴を上げ、弾き返される。

 岩陰から御者が放った太矢も、同様にあさっての方向へ跳ね退けられた。

 

「なっ。なにぃィ~~?」

 

 予想もしなかった現象に、御者が目を剥く。

 この髪の毛の障壁は一見まるで頼りなさそうに見えるものの、実際には波紋の反発力によって、銃弾の連射をも防ぐほどの力を発揮するのだ。

 

(で、できた……!)

 

 リリーは内心、少しホッとしていた。

 エジプトツアーの時に使い方こそ教わったものの、当時はまだ実戦で使いこなせるほどには至っておらず、今も若干不安があったのだ。

 特に、小動物サイズの屍生獣の体当たりはともかく、吸血鬼からの飛び道具を防げるかどうかが心配だった。

 実際、飛んできたのが誰が使っても威力の変わらない機構弓の矢ではなく、先ほどのような吸血鬼の超腕力でもって投げられたナイフだったなら、それを完全に弾ききれたかはわからない。

 

「み、ミズル。あんた、まさか。このために、わざと髪の毛を……!?」

「当たり前じゃあないの。この水流リリーさんはいつだって、そのくらいのことは計算づくよ」

 

 本当は普通に不意を打たれて切られた髪の毛を再利用することをその場で咄嗟に思いついただけだが、ルイズに聞かれたので適当に見栄を張ってそう答えておく。

 あわよくば、あの御者がそれで自分のことを優先すべき警戒対象とでも思ってくれれば、狙いの矛先がこっちに集中してルイズたちが助かるかも、というくらいの考えはあったが。

 

「それより、今よッ!」

「……え、ええいっ!」

 

 リリーに促されて、ルイズが安全装置を外して作動させた『特殊閃光手榴弾』を、大きく空中に放り投げた。

 待機していたタバサとキュルケが、素早く爆音や熱線を遮断するための風と火の障壁を、自分たちの周りに張り巡らせる。

 

 直後に、閃光が炸裂した。

 

「GYAAaa!!」

「ギャッ!」

「ぎにゃぁああぁっ!?」

 

 エジプトツアーの最中にリリーが入手して解析する機会のあったこの特殊閃光手榴弾は、高濃度の紫外線熱線を放出するグレネードだ。

 近くに寄り集まっていた小型の屍生獣どもはひとたまりもなく全身を焼かれて絶命し、岩陰から顔を出していた吸血鬼も、その閃光に肌と目を焼かれる。

 

「ぅうっ……、ぅおおぉっ……!」

 

 吸血鬼にとっては致命傷には程遠い、すぐに再生する程度の表皮の熱傷に過ぎないが、その苦痛と一時的な盲目化のために混乱状態に陥った御者は、やみくもにあちこちに飛び移って、また姿をくらまそうとする。

 しかし、目が見えていないのでは、うまく隠れられようはずもない。

 

「見苦しいわね!」

「チェックメイト」

 

 キュルケが動きの先を読んで、飛び移ろうとした先の岩に火球を放ち、加熱する。

 その熱さにひるんで体勢が崩れたところへ、タバサが小規模な竜巻状の突風を放って御者を吹き飛ばし、無様に地面へ墜落させた。

 

「ぅげっ!?」

 

 御者がよろめきながら身を起こすと、ようやく再生した目に、リリーが向かってくるのが見えた。

 

「こ……このくそアマどもがぁぁッ!!」

 

 牙を剥きだして怒りの唸りを挙げ、懐からまだ残っていたナイフを数本まとめて掴み出すと、彼女に向けて投擲する。

 

「キャラバン」

『あいよ』

 

 リリーは慌てず騒がず、自分のスタンドが作り出した『グラス一杯の水』を受け取ると、それを口に含んだ。

 パパウ、パウパウという独特の音と共に波紋カッターが放たれ、向かってきたナイフを切断して撃ち落とす。

 

 御者は狼狽えた。

 この女はただの水兵と思っていたが、先ほどから見ていると、何やら妙な力を使う。

 このまま近付かれて殴られたら、自分も部下のゾンビどもと同じように、溶かされてしまうのではないか?

 

「……よ、寄るな! 寄るんじゃねえ! ぶっ潰すぞ、こんな風になぁ!!」

 

 足元の岩を掴んで握り潰して見せたが、リリーはひるまない。

 それを投げつけても、あっさりと波紋で弾き落して、そのまま平然と近付いてくる。

 

「あんた……、『覚悟』してる人よね? 人間をやめたり恩を仇で返したりするってことは、人権に配慮だとか、情容赦だとかをもうしてもらえなくなる『覚悟』をしてるってことよね?」

 

 冷ややかな目でそう言う彼女の背後には、少し遅れてやってくるメイジの少女らの姿もある。

 

「う……ぅうっ……!」

 

 若い頃、あのエルザに対峙したときと同じように『死』を意識したドノヴァンの視界が、急速に狭くなる。

 だがその一方で、男の中には強い確信があった。

 

 自分は再び、運命に愛されたのだ。

 もう一度、絶頂に上る運命にあるはずだ。

 

(……こんな……取るに足りねえメスガキどもに、この俺がッ! やられるはずがねえんだ! この俺がッ!)

 

 こんな小娘どもに、いや誰であろうとも、その絶対的な『運命』を覆す力などあるものか。

 自分は無敵の力を得たはずだ。

 もはや、メイジも吸血鬼も、エルフやドラゴンだって敵ではない。

 

(ねえ! こんなところで俺が死ぬなんざ、万に一つもッ!!)

 

 その確信が、生きようという執念が。

 ドノヴァンに、吸血鬼としての新たな能力を覚醒させた。

 

「AHHHHHH!」

「……!」

 

 男まであと十メイル足らずという距離にまで近づいていたリリーは、その不穏な気配を感じ取った。

 彼の瞳孔が小さく十字に裂けていくことに気付いて、はっとする。

 

「みんな、伏せてッ!!」

 

 咄嗟に横へ跳びながら、背後の仲間たちに警告を発する。

 直後に、ドノヴァンの両目から圧縮された体液が光線のようなすさまじい圧力で放たれ、彼女の腕と脇腹をわずかにかすめて飛び去って行った。

 

「えっ?」

「きゃあぁッ!?」

「……!」

 

 ルイズらは、ドノヴァンが彼女らではなく既に目の前に迫っていたリリーを優先して狙っていたために、被害を免れた。

 しかし、反応する暇もないほど速い攻撃が、自分たちからほんの少し離れた位置にある石筍を一瞬にしてバターのように切り裂いていったのを見て、その威力と速度に戦慄する。

 

 詠唱も何もなしで速射・連発できるのだとしたら、あんな攻撃、防ぎようがない。

 

「つ……!」

 

 リリーは痛みに顔をしかめながら、体勢を立て直す。

 彼女が間一髪でかわすことができたのは、エジプトで同じ吸血鬼がこの能力、『空裂眼刺驚(スペースリパー・スティンギーアイズ)』を使うところを見たことがあったからだ。

 

「ウ、ウヘヘヘヘぇ……」

 

 ドノヴァンは完全に余裕を取り戻し、ニタニタと笑みを浮かべて拳を握り締めた。

 

「やっぱりだァー! 俺は、『運命』に選ばれてるッ! ウハハハハハーーッ!!」

 

 こんなガキどもを相手にほんのちょいと苦戦したように感じたのも、決して不具合なんかではなかったのだ。

 ただ、この新しい能力を身に着けるために、『運命』がお膳立てをしてくれただけのこと。

 自分はやはり頂点に返り咲く運命にある、すべては自分を中心に回っている。

 

「てめぇらはこの俺のために、実に役に立ったッ! ご褒美に、これから先も末永く、側に侍らせてやるぜぇ! 世界の王になる、このドノヴァン様のよォォーーッ!!」

「……そういうイタい妄想は、十代で卒業しときなさいよ」

 

 リリーはふうっと溜息を吐くと、ドノヴァンに向かって躊躇なく駆けだした。

 自分が向かっていかねば、吸血鬼が次に誰を狙うかわからない。

 

「馬鹿がァ!」

 

 撃たれる前に殴ろうと特攻してきたか。

 人間のノロマな足で、間に合うとでも思っているのか。

 ドノヴァンは勝利を確信した。

 

「RRRRRR! くらえィ!!」

 

 再び、両目から圧縮された体液が射出される。

 一発はリリーの眉間を、もう一発は心臓を狙っていた。

 

「この距離で仕留め損なうのはヤバいから、あんたは確実に急所を狙ってくる……。あとは目の向きを見ていれば、どこを撃たれるかはわかるッ!」

 

 DIOやヴィンズとの戦いでは用いる機会はなかったものの、ジョセフ・ジョースターから彼が若い頃にこの技を破った方法については伝授されている。

 リリーはそれに従って、眉間に先ほど波紋カッターに使った水の入っていた、空になったグラスをかざした。

 同時に、キャラバンのスタンド袋を巻き付けたもう片方の腕で、心臓や喉元を守る。

 

 グラスに流された波紋が飛び込んできた体液を弾き、それを放った吸血鬼に向けて撃ち返す。

 ドノヴァンはかわす暇もなく、額を撃ち抜かれた。

 

「ぎぃやぁああっ!?」

「ぎゃッ!!」

 

 悲鳴は、同時に二つ上がった。

 心臓を狙った体液弾は破壊不可能なスタンド袋を撃ち抜けず、リリーの体を貫通しなかった。

 しかしながら運動エネルギーまでは殺せないため、リリーは防弾チョッキの上から高威力の銃弾を撃ち込まれたような強い衝撃を受けて、背後へ弾き飛ばされたのだ。

 

『うごごご。ご、ご主人、大丈夫でっか?』

「あ……あんまり……」

 

 キャラバンに後ろから支えてもらったために地面に打ち付けられることは免れたものの、彼と一緒に派手に転倒する羽目になる。

 体液弾を受け止めた腕の骨にはひびが入ったか、砕けたかしたかもしれない。

 とはいえ、苦痛にのたうち回っている暇などなかった。

 

「こ……こ、こんな、バカなッ……!」

「馬鹿はあんたでしょうが」

 

 リリーは苦痛に顔をしかめながらも、吸血鬼にとどめを刺すために近付いていく。

 

「裏切りなんてのは、結局のところ割に合わないものよ」

「NUGAAAAAA!!」

 

 ドノヴァンは片手で額の傷を押さえながらリリーに向けて飛び掛かり、もう片方の手で引き裂こうとする。

 その形相は怒り狂う獣のように歪んでいた。

 

 だが、彼がリリーに掴みかかろうとする直前に、その体が突然の爆発にふっ飛ばされる。

 

「BHHHHHH!?」

 

 腹が弾け、地面にのたうちまわる。

 いつのまにかリリーのすぐ後ろにまで駆けつけていたルイズが、震える手で、ドノヴァンに杖を突き付けた。

 

「下がりなさい、下郎。私のパートナーに、それ以上手は出させないわ」

「こ……この、タンカスどもがぁぁ!!」

 

 激高したドノヴァンが、指先や体中から血管針を伸ばしてルイズらを貫こうとする。

 だがそれは、同じく駆けつけてきたタバサの風の刃やキュルケの炎によって斬り裂かれ、焼き落されて阻止された。

 リリーがしつこく再生しようとする血管針をまとめて掴み取り、波紋を流す。

 ドノヴァンが苦痛にのたうち回りながら、半ば溶けかけた顔で信じられないというように喚いた。

 

「う……嘘だッ! 俺は、俺は『運命』に選ばれているんだッ! こんなハズは……!!」

 

 そんな彼を、リリーは冷ややかに見下ろす。

 

「違うわね……。『運命』っていうのは、受け身で選んでくれるのを待つものじゃない。自分の手で作り出すものよ」

『そうやで。こんなふうになー』

 

 そう言ってキャラバンが取り出した缶の中身を、リリーはドノヴァンの上にぶちまけた。

 強い臭気が立ち込める。

 

「ぶげっ!?」

「臭いでわかるように、……いえ。この世界には、そんなものはなさそうね」

 

 そう言いながらライターを取り出して、ぽいと放り投げる。

 ガソリンに包まれたドノヴァンはたちまち燃え上がり、火だるまになった。

 

「うぎゃあぁぁぁ!? ……あぁぁぁ、てめぇぇぇ!!!!」

 

 最後の力で苦し紛れに飛び掛かってきた吸血鬼に、リリーは山吹色の波紋疾走のラッシュを叩き込む。

 

「ボナボナボナボナボナボナボナボナっ!」

「ぶ……ぶげぁ……」

「ボナ・ノッテ、ヴァンピーロ。ソンニ・ドーロ(おやすみなさい、吸血鬼。よい夢を)」

 

 それを最後に、終にこの吸血鬼の夢は溶解し、燃え尽きて消えたのだった。

 

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