7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
「終わった……わね」
「ミズルっ!」
吹き飛ばされ崩れ落ちたドノヴァンの残骸に、もう動く気配も生命反応もないことを確認したリリーは、ふうっと溜息を吐いた。
そこに、ルイズが駆け寄ってくる。
「ああ、ルイズ。さっきの怪我はもう大丈夫?」
手当てをしてあげるから見せて、というリリーに、ルイズは怒ったような、泣きそうなような顔になった。
「なによ。わたしなんかよりも、あんたの方が大怪我じゃないの!」
見れば、刃物にかすめられたりゾンビに食いつかれたりして、体のあちこちから血が滲んでいる。
左腕などは体液弾を受けた部位が紫色に変色して、痛々しく腫れ上がっていた。
肩口をほんの少し矢にかすめられただけの自分とは比較にもならない。
「ひどいわね。痛む?」
「骨が折れているかも」
キュルケやタバサも集まってきて、傷の具合を見て心配そうにする。
「タバサ、治してあげて!」
ルイズに請われたタバサは、頷いてリリーにヒーリングをかけようとした。
とはいえ、彼女の系統は風である。
水魔法は二番目に得意だが、秘薬なしでこれだけの傷を完治させるほどの効果は期待できないし、骨折しているとしたら歯が立たない。
応急処置を施して、あとは学院の医務室へということになるだろう。
「ありがと。でも、まだ生き残りの屍生獣とかがいるかも知れないし。精神力ってやつは、この洞窟を出るまで温存しといたほうがいいと思うわ」
リリーはそんなタバサの杖をそっと押さえると、荷物入れから『波紋コーラ』を取り出して、ポンと栓をふっ飛ばした。
ブシュゥゥッと吹き出した波紋入りのコーラが全員に降りかかる。
「きゃっ!?」
ルイズらは一瞬驚いたが、波紋混じりの炭酸飲料による心地よい刺激とともに、痛みがすうっと消えていく。
浅手はたちまち皮膚が再生して塞がった。
リリーの方も軽傷は軒並み塞がり、腕のダメージもある程度軽減されたように見える。
「み、水の秘薬?」
「……」
ルイズは困惑し、タバサは瞬きをして、じっとリリーの手にある容器を見つめた。
「あ、ありがたいけど……。今のやつのほうが、少しくらいの精神力よりも貴重なんじゃないかしら?」
キュルケが戸惑ったようにそう尋ねる。
呪文の詠唱もなしで、軽傷とはいえ浴びせただけで傷を塞ぐ秘薬となると、ハルケギニアでは貴族にとっても安くない値がつくであろう代物だ。
そういえば、この洞窟に入る前にシルフィードを手当てしたときにも、何やら同じような高価そうな薬を使っていたようだったし。
「いえ、別に。私の故郷では、自販機でも売ってるよーなもんだから」
SPW財団関係の企業が開発したとかいう少々特殊な製品で、一般メーカーの清涼飲料水よりはかなり高額でレアな品ではあるが。
「……『ジハンキ』?」
「あー。まあ、無人販売所? みたいなものよ」
リリーはそう答えると、いくらか残っていたコーラを飲み干して手早く他の少女らの傷を検分し、まだ少し開いた傷口があるキュルケの肩に手を当てて波紋を流してやった。
手が仄かに輝いて、快い感覚とともに健康なピンク色の皮膚が再生し、傷口を覆っていく。
「これでよし、と」
リリーは自分以外の少女らが負った傷がすべて癒えたのを確認すると、唯一まだダメージが残っている自分の腕に包帯を巻き始めた。
もっと医薬品を投入してもいいが、そこまでするのも勿体ない。
「この感じなら、せいぜい内出血やヒビくらいだろうし。波紋の呼吸を続けてれば、明日には大体治ってるでしょ」
彼女自身の感覚からすれば、この程度の傷は到底大怪我などと呼べるようなものではなかった。
日常生活なら指をちょっと切っただけでも大袈裟に痛がるということもあろうが、こと戦いとなれば手傷の二つや三つでいちいち騒いだりはしないのだ。
エジプトツアーでは、自分も仲間たちももっと深いダメージを負うことは日常茶飯事だったのだから。
ルイズたちは目を白黒させながら、リリーが負傷した片腕をピンと伸ばして、もう片方の腕で器用に包帯を巻いていく(実際にはキャラバンが支えて補助してくれていたのだが、彼女らには見えない)のを横目に顔を見合わせた。
「……こ、こんな秘薬を無人販売所に置くって。一体、どういうところに住んでるのかしら?」
「さあ……。相当治安が良いのは間違いなさそうね」
「さっき使っていた武器からすると、治安が良いとは思えない」
そんな風にひそひそと囁き交わす少女らをよそに、リリーは手当てを終えて立ち上がった。
「私は数年前に脳天を撃ち抜かれかけたこともあるから、こんなのは怪我ってほどのもんでもないわ。かすり傷よりはちょっと上なくらいね」
それを聞いて、物騒なところだやっぱり治安は悪い、それだから薬も一般的なんだだの、いや、彼女は水兵だからよく戦場とかに行ってて特別かもしれないだのと、また密かな憶測が飛び交う。
「何の話?」
「いえ、その。ええと……」
ルイズは人の事情をやたらと詮索するのもどうかと躊躇したが、キュルケは遠慮がなかった。
「いえね。ミズルって波紋とかって技もだけど、なんだか物騒な武器とか、すごい薬とかをもってるし。もしかして戦場なんかにも行ってたのかなーって話してたんだけど、どうなのかしら?」
リリーは何やら少し微妙な顔をして、ぽりぽりと頬をかいた。
「あー。戦場ね……」
「やっぱり、経験があるのね?」
若いとはいえ軍人ですものね、というキュルケの目には、少し憧れたような輝きが見える。
もっとも攻撃的な火の系統の使い手として、また優秀な軍人を数多く輩出したツェルプストー家の娘として、戦場という舞台には惹かれるものがあるのだろう。
別に軍人とかじゃないんだけど、とリリーは苦笑した。
「……まあ、革命軍だかテロリストだかの内乱とかなら、経験したことはあるわ」
彼女はエジプトツアーの最中に潜水艦を買いに行く役目を任され、サウジアラビア行きの便が出るサンダーバンズという町まで紛争地帯を突破したのだ。
大変だったし無謀だったとも思うが、あのシュトロハイムやスピードワゴンと一緒に山岳地帯をさまよいながら戦い抜いたのも、今ではいい思い出だともいえなくはない。
もちろん、胸が苦しくなるような光景、戦争の悲惨な現実も、数多く目にしたが。
「誤解しないでほしいんだけど、私の故郷は至って平和で治安のいいとこよ。ただ、中にはそういう国とか地域もあるんだってことね」
旅というのは一期一会、行く先々で様々な人に出会うものだ。
あのエジプトツアーの最中に各国で出会った人々、そしてこのハルケギニアで出会った人々や、これから出会うであろう人々も。
あの難民キャンプで、治療を手伝ったお礼にとジャンク品から頑張って作ったのであろうブレスレットをくれた少女は、今でも無事に生きているだろうか。
リリーは珍しく遠い目をして、しばし物思いに耽った。
そんな彼女を横目に、タバサがぽつりと呟く。
「……興味深い……」
・
・
・
その後、リリーらは洞窟内をくまなく探索して生き残りのゾンビがいないことを確認した後に、学院に帰還した。
石仮面はというと、ドノヴァンの遺骸からはそれらしいものが見つからず、捜索した結果コボルドらの祭壇の上に砕けた破片が散らばっているのが発見された。
おそらく彼は、ライバルとなり得る相手を増やしてしまう石仮面などは自分が吸血鬼になった後では脅威にしかならないと考え、処分したのだろう。
いずれにせよ破壊する予定でありオスマンにも既に許可を取り付けてあったので問題はない、むしろ手間が省けたくらいのものだ。
フーケも、別段洞窟内を捜索している間に目を覚まして逃げ出していたなどということもなく、無事に連れ帰って事情を説明し、学院側に引き渡すことができた。
「ふうむ……。ミス・ロングビルが、土くれのフーケじゃったとはのお……」
学院長室で報告を受けたオスマンは、残念そうな、バツが悪そうな様子で頭をかいた。
「美人だったもんで、なんの疑いもせずに秘書に採用してしまったわい。おまけに、同行させた御者がとんだ出来心を起こしたとは。あいや、すまぬ。君たちには迷惑をかけたのう」
それから、居酒屋で給仕をしていた彼女に媚を売られて尻を撫でても怒らないから誘ったんだとかなんとか、下らない理由を聞かされる。
学院長と共に報告を聞くために居合わせたコルベールや少女らも呆れ返って、冷たい目を向けた。
もっとも、少女らからすればフーケよりもむしろ同行させた御者が出来心を起こしたことのほうが厄介だったので、そっちは割とどうでもいいといえばいいことだったが。
(思ってたより、かなりチョロいおじいさんみたいねえ)
リリーは頭の中で、こりゃあいざというときにはいい金づるになってくれるかも、などと考えていた。
まあ、お触りとかされるのは遠慮したいが。
金持ちのオジサマ、もといおじいちゃんに甘えてたかるのは、エジプトツアーでも経験済みである。
新しい町の散策時にジョセフ・ジョースターと同行すると、さすがに手を出してきたりはしなかったものの割とデレデレして、よく食事を奢ってくれたりしたものだ。
(生涯妻しか愛さないとか言ってるけど怪しいもんだわ、案外どっかに現地妻や隠し子の一人や二人くらいいるんじゃないかしら)
などと、当時のリリーは思っていた。
「あー、ともかくじゃ。よくぞフーケを捕らえ、学院の秘宝を奪還し、悪用されることを食い止めてくれた。厚く礼を申すぞ」
オスマンが咳払いをして厳しい顔をつくろいながらそう言うと、ルイズらが誇らしげに礼をした。
リリーも、それに倣っておく。
「君たちの『シュヴァリエ』の爵位申請を宮廷に出しておこう。ミス・タバサはすでに『シュヴァリエ』の爵位を持っているから、精霊勲章の授与を申請する。いずれも、追って沙汰があるじゃろう」
予想以上の恩賞に、三人の顔がぱっと晴れやかになった。
シュヴァリエの爵位にせよ精霊勲章にせよ、貴族でも確かな実力と功績がなければ手に入らないものだ。
もちろん申請が通るとは限らないが、それに値すると評価されただけでも嬉しいものである。
貴族にとって名誉は重いのだ。
タバサ的には名誉よりも、勲章に付随する年金のほうがありがたかったが。
お金さえあれば買えるものは多いのである。
たとえば、本とか本とか本とか。
あと本とか、それから本とか、ついでに本とか。
「それから約束の、ミス・リリーへの報酬の件じゃが……」
オスマンは机の引き出しから重そうな革袋を取り出して、彼女に差し出した。
「外部への申請などを出す必要はないものであるし、それについてはすぐに支払おう。とりあえず、ここに千五百エキューあるが……」
「千五百エキューも?」
ルイズは目を丸くした。
リリーは、少し首を傾げる。
「そんなに大金なの?」
「当たり前よ。千五百エキューもあったら、王都に立派な家が建つわ。平民で一人暮らしだったら、十年は遊んで暮らせるくらいの……」
オスマンはそんなルイズの方を見て、軽く顔をしかめた。
「いかにも。しかし、そんなに驚くような額かね? 彼女の働きは、君たちと比べて取るに足らないものだったということか?」
問われて、ルイズはあわてて首を横に振る。
「い、いえ、そんなことはないです!」
「ええ。むしろ、彼女の功績はこの中の誰よりも大きかったと思いますわ」
「間違いない」
キュルケやタバサも首を揃えて同意したので、オスマンは頷いた。
「いいかね、君たちにシュヴァリエの爵位が授与されれば、名誉と肩書に加えて毎年五百エキューの年金が入る。たかだか、その三年分じゃ。君たちと同等以上の働きに対して、決して多すぎるなどということはない。むしろ、少なすぎはせぬかと心配しておる」
「そ、それはそうかもしれませんけど、でも……」
彼女の働きぶりに異論はないものの、とはいえそんな大金を用意してもらっていいものなのかと、ルイズは困惑していた。
リリーは平民ということもあるが、約束したこととはいえ本来なら使い魔は主人のメイジと一心同体の存在ゆえ個別に報酬を用意するには及ばないと見なされて当然であるのだし。
オスマンはそんなルイズの様子を見てとると、髭を撫でながら軽く笑う。
「なあに、気にせんでもよろしい。私を含めた教職員全員の給料を当面の間少々カットすれば、余裕で捻出できる程度の額じゃよ。それにミス・ロングビル、いや土くれのフーケの給金や退職金も、君たちのおかげで払わなくてよくなったからの」
「ありがとうございます、学院長。もちろん、これで十分すぎますわ」
リリーは嬉しそうにお金を受け取ると、深々と頭を下げて、大事にしまい込んだ。
オスマンは満足そうに頷くと、ぽんぽんと手を打った。
「では、ひとまず一件落着じゃ。今夜の『フリッグの舞踏会』も、問題が片付いたゆえ、予定どおり執り行えるであろう」
それを聞いて、キュルケはあっと声を漏らした。
「そういえば、そうでしたわ。この騒ぎで、すっかり忘れるところでした」
「ふーん、舞踏会ね。今夜だったのね」
リリーはなるほど、と頷く。
最近、シエスタら使用人たちが舞踏会の準備で忙しくなるとか何とか言っていたり、学院の生徒たちがそわそわして、何を着て行こうか、誰と踊ろうか、などと話し合っていたりしたのを見聞きしたので、近々そういうものがあるらしいというくらいのことは彼女も把握していた。
自分には縁のない話だろうから、別に詳しく知りたいとも思わなかったが。
「今宵の舞踏会の主役は君たちとなろう。しっかりと着飾って、用意をしてくるのじゃぞ」
オスマンにそう促されて、ルイズらは礼をして退出した。
リリーも、特に残るような用事もなかったので、彼女らについて部屋を出ようとする。
「ああ、そうじゃ。ミス・リリー」
オスマンは、思い出したように彼女を呼び止めた。
「はい。何ですか?」
「いちおう、先ほどの報奨金の受け取りとか、手続きが少しあるからのう。面倒をかけるが、少しだけ残ってくれんか。……いや、君はいなくても大丈夫じゃ、ミス・ヴァリエール。舞踏会の準備に行きなさい。主役が遅れてはいかんよ」
ルイズは一緒に残ろうとしたが、オスマンにそう促されると少し気にした様子を見せながらも、頷いて部屋を出て行った。
オスマンはそれを見送って、リリーに向き直る。
「ええと、書類があるんでしたら、見せていただければ。署名とかは、私の母国の字でいいんですか?」
「いや、すまぬ。それは口実じゃ。先日の夜は、君がシュトロハイムの知人だということにあまり驚いたもので、言おうとしていたことをひとつ伝え忘れたのを思い出してな」
「言おうとしていたこと?」
オスマンが視線を送ると、それまで黙って脇に控えていたコルベールが、勇んで進み出た。
そして、先日自分が発見した『ガンダールヴ』のルーンについて、少し興奮気味に彼女に説明していく。
「……と、いうわけだ。先日はラインクラスのメイジを正面からの決闘で苦もなく打ち倒し、今度は世間を騒がすメイジの凶賊を捕えるほどの手並み。間違いない、やはり君は『ガンダ―ルヴ』なのだ!」
「はあ、なるほど。伝説の使い魔……ですか」
目を輝かせる彼とは対照的に、リリーの方はあまり心を動かされた様子はなかった。
武器を持つと身体能力とかが向上して強くなるらしいということや、その原因がどうやら使い魔契約のルーンにあるらしいということについては既に自分なりに調べて把握していたので、別に新情報ではなかったし。
ルーンが始祖ブリミルの伝説の使い魔のものだとか言われても、その『ガンダールヴ』とやらについては初耳だし、ブリミルという人物についてもハルケギニアのメイジに崇拝されている彼らの祖で何千年前の人物らしいということくらいしか知らないので、さしたる感慨もない。
「君自身は知っておいたほうが良かろうと思ったので話したが、無暗に他言はせぬようにな。王宮のボンクラどもをはじめ、暇を持て余した連中に知られて目をつけられれば、面倒事に巻き込まれかねん」
オスマンの忠告に、リリーは頷いた。
「わかりました、気をつけます。それじゃあ、私ももう行っても大丈夫ですか?」
「うむ、君も舞踏会にぜひ出席するといい。普通は舞踏会の参加者はメイジだけじゃが、今回の一件における功労者となれば、ゲストとして招くことに誰も強いて異を唱えたりはするまいよ」
「ありがとうございます。まだ腕が少し痛いんですけど、考えてみますね」
そう言って一礼し、あっさりと退出しようとするリリーに、コルベールは少し意外そうな様子で声をかけた。
「なあ君、わかっているのかね。『ガンダールヴ』だぞ? 伝説になれたというのに、嬉しくないのか?」
「正直言って、あんまり……。よく知らないので」
「ガンダールヴはあらゆる武器を使いこなして詠唱中の始祖ブリミルを守り、その力は千人もの軍隊を一人で壊滅させるほどで、並のメイジではまったく歯が立たなかったと言われているんだ」
「そうですか……すごいですね」
リリーは、まあミサイルとか撃ち込めば自分にも千人くらいは倒せるかな、とか思いながら、曖昧に頷いた。
「……でも、私は『運命』っていうのは大昔の伝説だとか、ルーンだとかから授かるものじゃなくて、自分で作るものだと思っていますから」