7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
トリステインの南方に位置するガリアは、千五百万の人口を誇るハルケギニア一の大国である。
その西方にある首都リュティスの郊外に築かれた、壮麗なる王城ヴェルサルテイル宮殿の一角に、桃色の壁をもつ小綺麗な小宮殿があった。
プチ・トロワと呼ばれるこの小宮殿の一室で、ガリア王ジョゼフの娘イザベラが、首を長くして呼び出した訪問者、タバサが来るのを今や遅しと待ちわびている。
「あの人形娘はまだなのかしらね?」
そう言いながら、不機嫌そうな顔に意地の悪い笑みを浮かべて、傍に控えた侍女の方を見る。
その少女は機嫌を損ねた姫に恐れをなし、ぶるぶると震えた。
「も、もうそろそろ、いらっしゃるのではないかと……」
「ふん。風竜の子供を召喚したとか聞いてたのに、存外飛ぶのが遅いやつみたいじゃないか」
イザベラは目を細めて鼻を鳴らすと、退屈しのぎに賭けをしようかなどと言いだして、侍女をさらに怯えさせた。
「あと十分以内にあの人形娘が来たら、お前を貴族にしてやるよ。だが来なかったら、お前の首をもらう」
そう言って杖を突き付けたイザベラに、侍女は喉の奥でひっと呻くと恐怖のあまり目を裏返らせ、失神して倒れ込んでしまう。
「あーあ、やめやめ。臆病でつまらないやつね」
退屈そうに欠伸をすると、イザベラは興味を失ったように杖を放り出してベッドに横になる。
侍女はしばらくしてようやく意識を取り戻すと、別の使用人に抱えられるようにして、青白い顔のままふらふらと退室した。
結局、呼び出しの衛士がタバサの到着を告げたのは、それから何時間も過ぎてからのことだった。
「遅かったじゃないか。一体どこで道草を食ってたんだい、自分の立場をわかってるんだろうね?」
「学校行事で取り込んでいて、伝書フクロウの到着が遅れた」
「ふん。いつものダサい眼鏡はどうしたんだい。急に色気づきでもしたのかい?」
「視力が回復しただけ」
そう答えるタバサに、イザベラは不満そうに鼻を鳴らしたものの。
それ以上は咎めずにテーブルから羊皮紙に書かれた書簡を取り上げて彼女に向けて放ると、意地の悪い笑みを浮かべつつ、任務の内容を説明していった。
「最近ベルクート街に賭博場ができて、馬鹿な貴族どもから派手に大金を巻き上げているのさ。公に店を取り潰した日には恥をかいちまう貴族が何人もいるってんで、おおっぴらに取り締まるわけにもいかない」
「…………」
「そこで、あんたの出番ってわけだ。儲けるカラクリを暴いて小生意気な賭博場を潰してくるのが今回の任務、ちょっとばかり戦いが上手だからってどうにもならないよ。あんたの仕事ぶりを楽しみにしていてやるからね」
イザベラはそう言って愉しげに笑うと、タバサの足元に幾許かの軍資金が入った財布を放ってやる。
それから、賭博場で使う偽名などを指示して、退室を促した。
タバサが出ていくとイザベラはまたベッドに転がろうとしたが、その前にふと思い出したように、使用人に言いつける。
「さっきのメイドは『クビ』にしな。今度はもっと弄りがいのあるやつを連れてくるんだよ、いいね」
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「手伝ってもらえるようなことはなさそう」
プチ・トロワから戻ってきたタバサは、少し離れた場所で待っていてもらったキュルケらにそう伝えた。
「そうなんだ。でも、何をすることになったのか、話せる範囲だけでも聞かせてもらえないかしら?」
「危険なお仕事だったら、なんと言われようとついていくわよ?」
リリーとキュルケにそう言われたタバサは、少し考えたものの、別に話してまずいような任務内容でもなさそうだったので正直に彼女らに伝えた。
自分の立場とか、詳細な事情とかいったことは伏せて、任務の大まかな内容だけだが。
「あきれたわ。賭博場を潰せ、ですって?」
それを聞いたルイズは、盛大に眉をひそめた。
「そんなこと、別に誰にさせてもいいじゃないの。なんでまた、留学生をわざわざ呼び戻したりしたのかしら」
現在のガリア王であるジョゼフ1世はろくに政治を顧みず、趣味に興じるばかりで、「無能王」と国内外で陰口を叩かれているという。
さすがに貴族の末席であるシュヴァリエに与えるような任務にまで大国の国王が直接関わっているとは思えないが、そんな他国へ留学中の少女に言いつけるものとも思えない仕事を気まぐれのように割り振ったりするあたり、周囲の人間も彼の影響を受けているのではないかとルイズは勘繰った。
「サイコロを使ったゲームには自信がある」
タバサはルイズからの疑問に答えるように、そう呟いた。
もちろん、実際のところはそんな理由で回ってきた任務ではなく、あの意地の悪い従姉妹からの嫌がらせであるに違いないのだが、そのあたりの事情は伏せておく。
「まあ。そういうことなら賭場の連中が切羽詰まって暴力に訴えてでも来ない限りは、危険はなさそうね」
「シルフィードをつけるから、適当に観光してきて」
そういうタバサに、キュルケはにやっと笑った。
「じゃあ、お言葉に甘えて。そうねえ、ガリアの賭場なんかいいわね。滅多に観光に行けるところじゃないし?」
「ええ、私も行ってみたいわね。賭け事って、結構好きなのよ」
別に、あのダニエル・J・ダービーに勝った自分に潰せない賭場などあるはずがない! とか自惚れているわけではない。
賭け事は割と好きだというのは本当である。
無論、稼げればそれに越したことはないのだが、多少損をするくらいでもそれなりに楽しめるとは思っているし、異世界の賭場というものにも大いに興味はあった。
ルイズは賭場には興味がなかったが、二人がそう言うのでは自分だけシルフィードと観光するなどと言うわけもなく、同行を申し出た。
そもそもシルフィードとはろくに付き合いもないので二人だけで残されても困る。
「いいでしょ? ついていったからって邪魔になるものでもないんだし」
「その賭博場がなにか不正行為とかをしてるとしたら、大勢の目で見た方が気付きやすいかもしれないわ」
「……ありがとう」
最初は少し顔をしかめたものの、キュルケとリリーにそう言われてそれも一理あると納得したタバサは、同行を受け入れることにした。
危険に巻き込んではという思いはあるが、討伐任務ならともかく行き先は賭博場なのだし、先のフーケ騒動の件から彼女らにはいずれも自分の身を守れるだけの能力はあることがわかっている。
間違っても、賭場の用心棒程度に後れを取ることはあるまい。
そういうわけで、一行は結構な大所帯でもって、賭博場へ向かうことになったのだった。
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ガリアの首都、リュティスの北東側では、市立劇場を中心に四方に繁華街が延びている。
その繁華街の通りのひとつである、東西に延びたベルクート街には、貴族や上級市民たちがやってくる高級店が並んでいた。
昼前のこの時間帯に、暇を持て余した貴婦人やその従者たちに交じって、タバサらがその通りを歩いていく。
さすがに、トリステイン魔法学院の学生服では賭博場では場違いに過ぎるので、一行は既に適当な店で調達した服に着替えている。
タバサは、最近ガリアの貴婦人たちの間で流行っている男装姿になった。
青い乗馬服に膝丈までのブーツ、そして大きなシルクハット。
子供のような身体つきのタバサがそんな格好をすると、まるで美しい少年のように見えた。
ダイヤパターンの模様が描かれたシルクハットは、エジプトツアーに出立する際にリリーが父親からもらい受けたのを、一時的に彼女に貸し出したものだ。
同じく体形が子供っぽいルイズも、先の舞踏会でリリーが着ていたのを参考に、軍服っぽいデザインの服を着て男装姿になっていた。
背が低いのでリリーのようなわけにはいかなかったが、見る人が見れば、まるで往年の『烈風』カリンのような姿だと評したかもしれない。
より女性らしい体型をもつキュルケは、大きめに胸元の開いた、黒を基調とした豪奢で魅惑的な貴婦人のドレスを優雅に着こなした。
リリーは、貴族の女性三人が使用人の一人も連れずに出歩くのは不自然だからということで、白いお仕着せに革靴を履いた使用人の装いになり、大きな日傘を彼女らの頭上に掲げながら半歩後ろからついていく。
ちなみにシルフィードは、使用人役ならリリーがいるし、これ以上大所帯にしてまで連れて行くメリットもなさそうだからということで置いていくことにした。
最初は自分だけ置いていくのかときゅいきゅい喚いていたが、「ついていったらタバサの仕事の間中、窮屈な服をずっと着ていなくてはいけない」「自分だけ自由行動なら、さっきリリーからもらったお金で街中で好きなものを食べ歩きできる」と説得されると、あっさりと丸め込まれる。
もしかしたら彼女を連れて行くと大いに役立つこともありえるかもしれない、などと考える者はいなかった。
まあ無理もあるまい。
そんなこんなで、一行はベルクート街の並びにある一戦の宝石店に赴くと、そこでタバサが教えられた符丁を使って、地下のカジノへ案内された。
入り口で杖を預け、支配人のギルモアと名乗った男に指定された偽名を告げる。
「ド・サリヴァン家の次女、マルグリット」
「あたしは彼女の友人で、ゲルマニアからの留学生キルケー。こっちは、ルイーザよ」
キュルケが即興の偽名を名乗り、ついでにそういうのが下手そうなルイズの偽名も付け加えておく。
なんだかんだで面倒見がいい。
「私はただの使用人だからいらないでしょうけど、リリーです」
こちらは偽名を使う必要性もないので、そのままの名前を名乗った。
ギルモアという男は一行に対して、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。マルグリットさま、キルケ―さま、ルイーザさま。ようこそ、地下の社交場、“天国”へ。本日はどのようなゲームでお遊びですかな?」