7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第三十三話 ガリアン・ザ・ギャンブラー4

 

 カジノに入ってから数時間ほど経って、タバサの勝ちが数千エキューばかりになった頃に、ちょっとした事件が起こった。

 

「ふざけおって! バカにするのも大概にしろ、こんな話があるか!」

 

 カードゲームの卓で勝負をしていた中年の貴族が、大勝負で負けた直後にカードを投げ捨てて立ち上がり、激昂しだしたのだ。

 そちらに目を向けたタバサは、マントの作りから見て、街の下級官吏あたりだろうと推測した。

 

「いかがなさいましたか、旦那さま?」

 

 支配人のギルモアがにこやかな営業用のスマイルを浮かべて、彼に近付く。

 

「どうもこうもあるか! あの場面でフォー・ファイアが揃うなど、出来過ぎもいいところだ! 毎回毎回、こっちが勝負に出るたびに、そちらには都合よくいい手ばかりが入っている! イカサマだ!」

「おそれながら、旦那さま。博打というものはツキが向いてこなければ、そういうこともよくあるものかと存じますが……」

 

 ギルモアは低姿勢ながらも、どこか小馬鹿にしたような調子で、その貴族に理屈を説いた。

 このカジノでは入口で杖を預かっており、客も店員も誰も杖をもっていないのだから、魔法によるイカサマはできない。

 公正さを重んじるためにカードを切る役も配る役も客に任せているので、魔法以外の技術によるイカサマも、およそ不可能である、と。

 

 その客は怒りに顔を赤らめて身を震わせていたが、なにも言わずに不機嫌そうな大股で出口に消えていった。

 しかし、その直後にカウンターで返却された杖を握りしめると、帰らずに引き返してきたのだ。

 気付いた客たちは悲鳴を上げ、あわてふためいて逃げ惑う。

 

「この平民風情が、思い知らせてやるッ!」

 

 そう叫んで、まずは先ほど自分を愚弄したギルモアに向けて火の玉を放った。

 

(まずいッ!)

 

 事態に気付いたリリーは席を立ったものの、何もできる状況ではない。

 あるいはこれで支配人のスタンド能力が見られるかもしれないが、まったく戦闘向きでないスタンドだったら殺されてしまう可能性もある。

 ひとまず助けねばとは思うものの、咄嗟に割って入るには遠すぎるし、逃げ惑う客たちが邪魔で手出しはできそうになかった。

 

「うぉおっ!? す、『スピリ――」

 

 ギルモアが何か言おうとした瞬間、横から飛び込んできた素早い影が、彼を抱えて床に転がった。

 長い銀髪と切れ長の目をもつ、若い給仕係の男だ。

 

「トマ!」

 

 周囲の客たちが、彼の名を呼ぶ。

 彼はその美しい容姿とどこか人懐っこい魅力的な雰囲気で、このカジノの給仕係の中でも女性を中心として人気の高い男なのだった。

 リリーも、先ほどスタンド使いを調べて回ったときに少し言葉を交わして、彼のことが印象に残っていた。

 印象に残った理由は容姿や雰囲気だけではなく、彼がタバサについて尋ねてきたからだが。

 単に少女の身で大勝ちしていることで関心を持っただけにしては、どこの家の貴族かとか、どんな生活ぶりなのかとか、かなり根掘り葉掘り詳しく聞かれたものだ。

 

「貴様ぁぁ!」

「ふっ!」

 

 横槍を入れられたことで激昂した貴族がさらに魔法を放とうとするが、トマはそれよりも早く彼の懐に飛び込むと、左手の袖口から引き抜いた短剣で杖を切り落とし、そのまま喉元に刃を突きつけた。

 その貴族は彼からこれ以上の恥をさらさないうちに退出するよう促され、怒りに震えながらも悄然として、賭博場を後にする。

 

「お騒がせをいたしました」

 

 優雅に一礼するトマに平民の客は拍手を送り、他の貴族客は苦い顔になる。

 キュルケなんかはちょっと熱っぽい目をして彼の方を見ていたが。

 

「ふうん……」

 

 リリーはその見事な動きと、袖口にナイフを仕込んでいたことに注目していた。

 これで彼がディーラーなら、巧みな手さばきでもってイカサマをしているのでは、と思うところだが。

 給仕係ということは、いざというときの支配人の護衛役みたいな感じだろうか。

 それなら、不測の事態に素早く動いて彼を守りに入ったのも納得できる。

 なんにせよ、スタンド使い以外にも厄介になるかもしれない相手がいるとわかったわけだ。

 

(……んっ?)

 

 ふとタバサの方に目をやると、彼女もまたその男の方にじっと目を向けていて、何やら少し考え込んでいる様子だった。

 だが、それ以上に何をするでもなく、またテーブルに座り直して勝負に戻ったので、リリーもそれに倣う。

 

「んーっと……」

 

 今やっている『ゴールドディガー』というゲームは、最初に山札から一枚マッチ・カードをめくって、その数字の分だけ山札を掘り進み、その中の一枚以上が最初のカードとペアになれば勝ち金を受け取れるというものだ。

 のめり込んで熱くなっている客もいるしなかなか楽しいが、ちょっと計算してみた感じでは、還元率はあまりよくない。

 逆にいえば、十分店側が有利な設定になっているのだからそれ以上イカサマなどをする必要があるとも思えないし、実際特に何もしているような様子はなかった。

 リリーはちびちびと賭けて今のところほんの少しだけ勝っていたが、まあ単に運が良かっただけで、続けていればそのうち負けるだろう。

 

(そろそろ、別のゲームにしようかな?)

 

 博打は引き際が肝心である。

 元々、ちょっとくらい損しても初めてのカジノが楽しめればいいやくらいに思っていたので、小浮きならいうことはないし、このテーブルにイカサマがないのなら別のところを調査しないといけないし、自分としてももっと色々なゲームを楽しんでもみたい。

 

 ちなみに、ルイズはというと。

 

「お嬢さん、まだ決まらないのかね?」

「……うーん……。待って、このタイルをこっちに……。いや、でも……」

 

 リリーに勧められるままに着いた『気紛れな風』というボードゲームのテーブルで、人々だの木だのモンスターだのが描かれたゲームタイルを前に、ああでもない、こうでもないと考え込んでいた。

 博打というよりはゲームそれ自体を楽しみたい客向けという感じで、チャンスゲームよりもチェスなどを好む者が集まっており、一勝負は長いし掛け金も大したことはない。

 客同士の勝負で店側は場代だけ取っているので、損をすることはないが大儲けもしない、いわゆる安全牌的な卓であった。

 よってイカサマなどがあることもまず考えにくく、すっかりゲームに没頭していることもあってカジノの調査にはぜんぜんなっていないのだが、少なくとも大金を失くすおそれはないだろう。

 

 それにしても、さっきの騒ぎにもまるで気付いた様子がないあたり、大した集中力である。

 今のところ、それが魔法の成功などの成果につながっていないあたりが残念だが。

 

 

 いい加減に夜も更けてきて、リリーはそろそろ遊び疲れてお腹も空いてきたので、休憩を取っていた。

 食べ物や飲み物が並んだサイドボード近くの飲食スペースに座り、料理担当の店員に軽食を注文する。

 

「ピッツァと、ジンジャーエールを」

 

 何やら高級そうなチーズとキャビアの乗ったクラッカーをつまみに極上のワインを優雅に傾けているでっぷりと太った男や、一刻も早くテーブルに戻りたいのかサンドイッチをがつがつと貪り食ってはシャンパンをタンブラーからがぶ飲みして流し込んでいる男などをよそに、リリーは落ち着いて食事をとる。

 そうしながら、今や大勢のギャラリーに取り巻かれているタバサの方に目を向けた。

 

「すごいわねえ……」

 

 ほうと溜息を吐いて、正直な感想を漏らす。

 ほんの数十エキュー分のチップから勝負を始めた彼女の前には、今や一万エキューを優に超えるであろう大量のチップが山積みになっていた。

 彼女がイカサマなどを使っている様子はなさそうだが、単に運だけとも思えない。

 事前に自信があると言っていたことからしても、おそらくはシューターの癖を見切るなどの観察力、技術の問題なのだろう。

 サイコロゲームなどは概ね運だろうと思っていたが、技術を磨けばこれほどまでに勝てるものなのか。

 

「……私も練習してみようかしら?」

 

 リリーはあれからいろいろなゲームを試してみて、勝ったり負けたり。

 まあ、無謀な賭け方はせず、運要素だけでないゲームでは彼女なりに頭を使ってプレイした甲斐もあってか多少は儲けていたが、小遣い稼ぎの域は出ない。

 あんなにも稼げるのだったら、自分もちょっと腕を磨いてみようかな、という気にもなる。

 

(……うーん……)

 

 とはいえ、自分以上の腕をもつ相手に出会ったり、単に運が悪かったりすれば大敗する可能性もあるし、博打で少しばかりどきどきする以上の大金を賭けるのはやはり危険か。

 自分は商売人であって本職のギャンブラーではないのだから、収入をそれに依存したり、遊び金以上の金を費やしたりする気はない。

 タバサにしたって普段から賭博場に通っているわけではないだろうし、今回は任務でやむを得なかっただけで、日常的にギャンブルで稼ぐようなリスクの高いことをするつもりはないのだろう。

 

 そんなことを考えながら見ていると、タバサがまた大量のチップを張り、これが見事にゾロ目の大当たりで既に莫大な量になっているチップをさらに倍近くにまで膨れ上がらせた。

 支配人のギルモアがテーブルに近付き、がっくりと肩を落として憔悴しきった様子のシューターを下がらせる。

 

「これは見事な大勝でございますな、お嬢さま。申し訳ありませんが、このテーブルは担当のシューターが体調を崩してしまったので、お開きとさせていただきます」

 

 このまま勝ち逃げされては困ると、彼は揉み手をしながらタバサの顔色を伺った。

 

「夜も更けてまいりましたが、よろしければ、お詫びに特別な大勝負のテーブルをご用意させていただければと。小勝負にも飽きてこられたことでしょう。私共カジノ側としましても、お嬢さまのようなお強い方には、ぜひともお手合わせをいただきたいと思っております。それに他のお客様方も、もっとお嬢さまのご活躍を目にしたいと思っておられるようですし……」

 

 タバサは頷いて了承の意を示すと、その前に少し休みたいと伝え、別室を用意してもらった。

 もちろん、連れのキュルケやルイズ、リリーも一緒にと。

 

 

 休憩のためにタバサらが案内された別室には、ベッドやソファをはじめ、立派な家具が揃っていた。

 壁には、高価そうな絵画や彫刻まで飾られている。

 上客を引き留め宿泊させてカモにし続けるためなのか、この地下カジノにはこんな豪奢で快適な、宿泊も可能な休憩室が、十室以上もあるようだ。

 

「す、すごい大勝じゃないの」

「あなたにこんな特技があったなんて思わなかったわ。どこで腕を磨いたのかしら?」

 

 ルイズやリリーが盛り上がる中、タバサは静かに本のページをめくっていた。

 気を落ち着かせようとしてそうしているらしく、彼女がかなり緊張していることに、キュルケは気が付いた。

 

「相手がどんな手口で来るか、不安なのかしら?」

「……まだ、手掛かりがつかめていない」

 

 タバサはそう、ぽつりと呟いた。

 魔法による盗聴を警戒し、なるべく小声で話すよう、指を立てるジェスチャーで皆に指示しつつ。

 

「さっきのゲームには、イカサマはなかった」

 

 杖を持っている者はどこにもおらず魔法によるイカサマは考えられなかったし、サイコロがマジック・アイテムの類だったなら、タバサほどの使い手ならディテクト・マジックを使わずともわずかな魔力は感じられるはずだ。

 グラ賽とか四五六賽とか、魔法によらないイカサマもないではないが、いずれにせよもしそんなものがあるのであれば、さすがに二万エキュー以上も負けるまで解禁せずにいたりはしないだろう。

 

「あなたたちの方は」

 

 そう聞かれて、残る三人は顔を見合わせ、考え込む。

 

「……わたしがやってたルーレットは、怪しい気がするわ。だって、十三回も連続で負け続けるなんて……!」

「それはただあなたの運が悪かっただけよ。他にもお客はいたんだし」

 

 リリーがそう指摘する。

 実際、ルイズがあまり連続で負けるものだから、途中からはルイズの賭けたのと逆側に張る客が多くなっていたくらいだ。

 もしも勝ち負けを操作できるのなら、そっち側を外れにした方が店側の利益は大きくなったはずである。

 それに連戦連敗だったとはいえ、ルイズがなくした額は最初のチップと彼女自身の財布の中身とを合わせても、せいぜい百エキューになるかならないかという程度だろう。

 それよりも高い額を賭けている客は大勢いたのだから、ピンポイントでルイズだけを狙う理由などない。

 

「私はいろいろやってみたけど、どれも特に不自然には感じなかったわね。スタンド使いも支配人以外にはいないみたいだったわ」

 

 そう答えたリリーは、ふと思い出して、キュルケの方に目を向ける。

 

「そういえば、途中でカードゲームをしていた客が、イカサマだとか騒いでたわよね。あなたは近くのテーブルでゲームをしていたけど、実際どうだったの?」

 

 聞かれたキュルケは、ちょっと考え込んだ。

 

「そうねえ……。確かに、不自然と言えば不自然だったわね」

 

 暴れ出した男は『サンク』というカードゲーム(リリーが見たところ、ポーカーに似たルールのようだった)をしていたのだが、レイズを重ねて大勝負を挑んだ時に限って、決まって相手の側に自分よりもいい役が入っていて負けていたのだという。

 とはいえ支配人も言っていたように、そういうことは運が向いていなければそこまで珍しいことでもなく、イカサマだという確証にはならない。

 

「そもそも、イカサマだとしてどうやったのか想像もつかないわね。魔法は使ってなかったし、カードを切って配るのは客の側がしてたんだから。スタンドってやつかしら?」

「可能性はあるけど、少なくともディーラーはスタンド使いではなかったわ」

「まあ、単にあの客の運が悪かっただけかもしれないわよね」

 

 そう言って頷いたキュルケは、次いで、少しうっとりしたような顔になった。

 

「それにしても、あの店員は素敵だったわねー。トマって言ったっけ? 恋よ、恋!」

 

 ルイズは、眉をひそめてうんざりしたような顔になった。

 

「なにが恋よ。こんないかがわしい賭博場なんかで働いてる、平民を相手に……」

「あら、身分や職業なんて、恋の前には関係ないわ。お子様のあなたにはわからないでしょうけど」

 

 そんな二人のやり取りをよそに、タバサは先ほど、あの店員を見たときの妙な引っかかりを思い出した。

 あの、袖から仕込み剣を抜き出した時の動き。

 風系統の使い手の自分でさえ見切れなかったほどの早業で、あの手際でイカサマをしているのかもしれないとも思ったが、そういったこととは別に、どこかで見たような気がするのだ。

 一体、どこでだったか……。

 

 そんな風に考えていると、ドアがノックされた。

 

「誰?」

「給仕のトマです。お嬢さま方に、お飲み物と軽食を持って参りました」

 

 噂をすれば影ね、とリリーは思った。

 ハルケギニアにそんなことわざがあるのかどうかは知らないが。

 タバサが入るように言うと、彼はドアを開けて少女らに恭しく頭を下げ、テーブルの上に飲食物の入ったお盆を置いた。

 しかし、彼はすぐには部屋を出て行かず、さっそく口説こうとすり寄るキュルケへの応対もほどほどに、タバサの方を向いて話しかける。

 

「失礼かとは存じますが、お嬢さまは名家のお生まれでしょう。立ち居振る舞いに、並の貴族には真似のできない本物の品位が備わっております。おそらくは、ガリア有数の名家の出身かと」

 

 タバサはじっと、彼の顔を見た。

 その切れ長の目を見て、わずかにはっとしたような顔になる。

 

「トーマス?」

「はい、お久し振りでございます」

 

 彼はそう言って嬉しそうに笑みを浮かべた。

 タバサも心なしか嬉しそうだったが、少し困ったようにキュルケらの方を見る。

 

「……お邪魔は、しない方がよさそうね」

 

 それまで彼を口説こうとしていたキュルケは、リリーとルイズを促して、そっと部屋を出た。

 後に残った二人には、積もる話があるようだった。

 

 

「あのトーマスっていう給仕は、あなたの古い知り合いなの?」

 

 しばらくして彼が部屋から退出したのを確認すると、戻ってきたキュルケがタバサにそう尋ねる。

 

「昔、家の使用人だった」

 

 彼女は少しだけ逡巡した後、短くそう答えた。

 なにやらいろいろと事情がありそうだったが、それについては伏せておきたいようだ。

 タバサによると、彼は昔から手品が得意で、今ではここの支配人に恩を受けてこの店で働いているらしい。

 彼は、この店は一種の喜捨院で支配人のギルモアは金持ちから巻き上げては貧しい人々に配っている、この先は絶対に勝てないので裏口から帰るようにと、チップの九割を手形に変えたものを持って忠告しに来たという。

 

「それで、どうするの?」

 

 その手形を見ながら、リリーは言わずもがなのことを尋ねた。

 タバサは即答する。

 

「勝負を続ける」

 

 王宮からの任務では是非もない。

 トーマスが絶対に勝てないと言う以上、やはりこの賭博場には必勝のシステムがあることは間違いなくなった。

 問題は、それが何なのかということである。

 まだ幼い頃のこととはいえ、タバサはトーマスの手品の種を一度も見抜けたことがなかった。

 その彼が絶対に勝てないというほどの必勝の仕掛けとは、一体何なのか。

 あの支配人が自分の相手になるのだとすれば、やはり、『スタンド能力』とやらによるものなのだろうか?

 

「勝負の間、イカサマを見張っていてほしい」

 

 タバサは他の三人に、特にリリーに対してそう頼むと、ひとつ深呼吸をしてから勝負の場へ向かった……。

 

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