7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
「いやあ、お待ちしておりました。お嬢さまのようなお強い方から賭け事のコツを教えていただかねば、私どもなど干上がってしまいますからな!」
会場へ戻ってきたタバサら一行を、支配人のギルモアは揉み手をしながら歓迎した。
彼の少し後ろでは彼女に忠告を聞き入れてもらえなかったことを知ってトーマスが顔を歪め、ついで沈んだ様子で首を振る。
そんな給仕の様子にも気づかずに、ギルモアはルールの説明に入った。
とはいえ、別に聞くまでもない。
彼の用意していたゲームは『サンク』と呼ばれる、ハルケギニアでは上は貴族王族から下は庶民の子供まで、広く遊ばれている有名なカードゲームだった。
使うカードはトランプとは少し違うものの、地球でいうところのポーカーによく似た遊びである。
(さっき『イカサマだ』って騒いでた客がやってたのと同じゲームね。で、相手をするのはスタンド使いの支配人、と……)
リリーは内心で、ゲームに仕掛けがあるのか、それともスタンド能力で何かする気なのか、と考え込む。
「さて、僭越ながら私めがお相手をいたしますが……。公平さを期すために、カードを切る役はお客様にお任せすることになっております。お手数ですが、お願いいたします」
ギルモアはそう言って、カードを差し出してきた。
タバサはカードを調べてみたが、どこにも怪しい点はなさそうだし、マジック・アイテムでもないようだった。
「どうしました、お嬢さま。どうぞ、テーブルへお着きに?」
「……人が多すぎて集中できない。場所を変えたい」
少し考えた後に、そう要求する。
もちろん、集中できないからというのは口実だ。
この会場に仕掛けがあるかもしれないし、周囲で観戦している客の中にカジノ側の人間がいないとも限らない、と考えたのである。
ギルモアは目を瞬かせたが、すぐに納得がいった様子で、快く頷いた。
「ああ、なるほど。そうですな、大勢のお客様方に勝負を見守っていただきたいのは山々ですが、大勝負ですからな。いいですとも、どこにいたしましょうか?」
タバサは未練ありげな観客たちの視線を背に、ギルモアやリリーらを連れてカジノを出て、廊下を歩きながら考える。
先ほどの客室はだめだ、あそこにも何か仕込みがあるかもしれない。
そうなると……。
「ここがいい」
何の仕掛けもないであろうカジノの厨房を指定し、そこにいたコックや給仕らを外に出させる。
それから臨時のゲームテーブルとして室内にたまたま置いてあったごく普通の机や椅子をセットすると、ゲームを始めた。
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勝負が始まってしばらく経ち、タバサは負け続けていた。
いや、勝ち負けの数自体は同程度か、むしろタバサの方が勝ち数がやや多いくらいである。
だがしかし、チャンス手がきて大きく上乗せした、ここぞという大勝負の時に限って、きまってあと一歩というところで相手の役に届かないのだ。
「おお、これは僥倖。私の手の方が一役上回っておりましたな!」
「…………」
またしても、タバサの滅多に揃わない強い手役がそれをわずかに上回るギルモアの手役に敗れ、数百エキュー分のチップが消えた。
タバサの額にうっすらと汗が浮かぶ。
周囲の少女らも、顔をしかめて考え込んでいた。
キュルケが見た限り、先ほど暴れ出した貴族の男も、タバサとまったく同じパターンで大敗を喫していた。
偶然というにはさすがにできすぎており、イカサマであることに間違いはないのだが、どんな手口なのかまるで見当もつかないのだ。
(……カードやテーブルには、何の仕掛けもない。支配人も、トーマスも、何かしている様子はない……)
(魔法は……どう考えても使ってないわね。マジック・アイテムも、室内のどこにもないわ)
(廊下の窓から客が何人も覗いてるけど、サインとかそんなのを送ってるって感じはしないし、ただの野次馬よね。それ以前にあの角度からじゃ、タバサの手は見えないだろうし……)
タバサは勝負相手やテーブルに、キュルケは室内の備品などに、ルイズは室外にいる人間に、それぞれ注意を払っているが、なにも手掛かりは得られていない。
となると、やはり『スタンド』とかいうものが関わっているのか。
少女らはそう考えて、ちらりとリリーの方に目をやった。
(……プレッシャーを感じるわね)
しかし、期待されているのに肩身が狭いのだが、彼女も今のところ、なにも手掛かりは掴めていなかった。
先ほどから注意深くあちこちを観察しているものの、スタンドらしきものの姿は見えない。
もっとも、だからと言って絶対にスタンドを使っていないとは限らないのだが。
たとえば、エジプトツアーの最中に潜水艦内で遭遇した『女教皇(ハイプリエステス)』は見ても触っても本物と区別がつかないほど精巧に鉱物質の物体に化けられる能力だった。
似たようなスタンドがカードに化けていて、自由に変形して図柄を変えることで都合のいい手役を揃えているというようなことも、考えられなくはない。
(でも、それだと五十枚以上あるカードセットの札が、みんなスタンドだってことになっちゃうか……)
スタンドは基本、一人一体だ。
もっとも、エジプトツアーで出会った『マーダードールズ』や『セヴン・ダスト』などは同時にたくさんのスタンド像を遠隔操作していたから、ありえないとは言い切れないが……。
基本的に、そういう群体型のスタンドは数が増えた分だけ一体一体の動きの精度は悪くなるもののようだ。
カードの細かい図柄をタバサのように心得があり、しかも警戒しているプレイヤーに決して違和感を持たれないほどの精度で変化させるには、結構な精密動作性が必要になるはず。
何十枚というカードセットの群体すべてにそれを並列で完璧にこなさせているというのは、ちょっと考えにくいように思える。
可能性としては、かなり低いと見るべきだろうか。
(となると……何がある?)
ただの一般人が相手なら『キャラバン』に後ろから手札を覗いてもらうとかすればどんな手口の不正をしているのか簡単にわかるだろうが、もちろんスタンド使いだとわかっている相手に対してそんなことはできない。
なら、いっそこちらもスタンドによる不正行為で対抗してはどうか。
たとえば、キャラバンに作らせた偽のカードをタバサに渡して、ダブりのカードがあった、カジノがイカサマをしていた証拠だと声を上げるというのはどうだろう。
見れば、勝負の行方がどうしても気になった客たちが何人も会場を抜け出して廊下からこっちを覗いているようだから、その客たちが証人になって騒ぎを大きくしてくれるだろう。
そうすれば支配人のスタンド能力がわからずともこのカジノは終わりだし、王宮側にはイカサマの手口は巧みな手捌きによるカードのすり替えだった、目撃証人もいる、とかなんとか報告すればいいだろう。
(……うーん。でも、ちょっとそれは強引すぎるか……)
ほぼ百パーセントカジノ側の不正行為は間違いない状況だが、それでも万に一つ、億に一つ冤罪の可能性もないではないし。
それに、カードのダブりぐらいでは証拠としては弱い。
偶然紛れ込んだだけの可能性もあるし、第一カジノ側には身に覚えがないわけで、そのカードを紛れ込ませたのはそっちではないのかと反論されるだろう。
さらに、ギルモアの後ろに立っているトーマスの存在がある。
彼は旧知の仲のタバサを犠牲にすることに負い目があるようで苦しげにしてはいるが、それでも恩義ある支配人に対して忠義を尽くすつもりのようだ。
聞けば手品の名手だというし、テーブル外から偽カードを渡すような不審な動きは見咎められる可能性が高い。
キャラバンをテーブルの下にでも潜り込ませて彼の手で渡させれば非スタンド使いには見抜かれる可能性が低いが、それだとスタンドを見ることのできる支配人にバレるだろうし……。
「……ふーっ……」
リリーはひとつ深呼吸をした。
あまり考え詰めすぎて、視野が狭くなっているのかもしれない。
ここは少し水を入れて、自分も仲間たちも気持ちを切り替えるのがよいだろう。
そう考えたリリーは、ここが厨房なのをいいことにそこらの棚から適当に飲み物や食べ物を失敬して、タバサらに配ることにした。
自分はタバサの従者と言うことになっているのだから、彼女に気を利かせるのが自然だろうし。
「まあ、お嬢さま、残念でしたね。お気持ちを切り替えられてください。もう夜も遅いですし、お疲れでしょう。皆さまも、少し休憩されてはどうでしょうか?」
仲間たちだけというのもあれなので、ついでにギルモアやトーマスにも勧める。
その方が話が通りやすいだろうし。
「おお、いいですな。気が利く使用人をお持ちのようだ」
ギルモアは機嫌よくグラスを受け取りながら、リリーの方を舐めるような目でじろじろ見る。
表向きはにこやかな営業スマイルを保ちつつも、なんかいやらしい目で気分が悪いな、と彼女は思った。
実際、ちょっと若いがなかなか美人でいいし、小娘からチップをぜんぶ巻き上げたらこいつの服とか一晩好きにする権利とかをかけて勝負するよう打診してみようかなどと、ろくでもないことを考えているのだが。
トーマスも礼を言ってグラスを受け取った。
如才のない笑顔だが、切れ長の目が鋭く光っている。
あわよくば気を抜いて隙ができないかなどと考えてもいたが、そんなにぬるい相手ではないようだ。
他の少女らもそれぞれがグラスを受け取り、しばしの休憩を取る。
リリーもグラスを手に、一息ついて呼吸を整えた。
(……んっ?)
自分の持つグラスの液面を何の気なしに見ると、そこにはさざ波が立ち、波紋が生じている。
(ああ……、波紋の生命探知機ね)
リリーは以前に家族から教わった波紋の応用技術を思い出した。
ワインなどの液体をグラスに満たし、それを手に持って波紋の呼吸を整えていると、周囲にいる他の生物の波紋が地面から体を伝わり、液面にさざ波を立てる。
遮蔽物などがあっても、それによってある程度近い距離にいる生命体の位置を感知することができるのだ。
先のフーケ騒動で使った波紋マフラーによる生命探知と同じようなもので、波紋ではないが、アヴドゥルもスタンドの炎によって似たようなことができると聞いている。
(そうだ。もしかしたら、これで何か手掛かりが見つかるかも)
たとえば、他人を透明化させられるスタンドで、目に見えない誰かが傍に潜んでいてイカサマをしているとか。
まあ、人間大の何かが傍に居たら、見えなくてもタバサなら空気の流れによる違和感を感じるだろうし、あまりありそうにもないが。
リリーは期待薄だとは思いながらも、他に手がかりもないのでグラスに意識を向けて周囲の生命体の位置を感知してみた。
(タバサ、ルイズ、キュルケ。あの支配人に、給仕。こっちの少し距離が遠いいくつもの波紋は、廊下で見てる客ね。……ん?)
そこで、リリーは妙なことに気が付いた。
グラスの波紋を見ると、室内には他にも何か小さな生き物がいるようだ。
それもたくさん。
(ネズミか何かがいるのかしら? こんな高級そうな店の厨房なのに……)
いや、違う。
物陰に潜んでるネズミなどではない、かなり近い距離にいる。
今のところじっとしていて、動いてはいないようだ。
「さて。そろそろ、勝負を再開しますかな?」
ギルモアがグラスを置いて、余裕たっぷりにテーブルの上のカードをかき集める。
(! 動いた……)
リリーははっとして、テーブルに注目した。
ギルモアが集めたカードの束をタバサに渡し、彼女がそれをシャッフルする。
その動きに重なるようにして、グラスの波紋が動いている……。
(……まさか。あのカードから?)
となるとやはり、カードがスタンドで、それをこの探知機が捉えたということなのか。
いや違う、スタンドは呼吸はしない。
液面の反応は明らかに、呼吸をする通常の生命体と同じものだ。
(カードに化ける生物? まさか、そんなものが)
――――いや。
ここはファンタジーやメルヘンな世界なのだ。
カードに化ける生物だろうが、鏡の中の世界だろうが、ありえないなどとは言い切れない。
「すみません、お嬢さま。ちょっとよろしいですか?」
リリーはシャッフルを終えてカードを配ろうとしたタバサを制し、そのカードの束を掴んだ。
「何?」
もしや何か手掛かりをつかんだのかと、タバサの目がリリーの方を向く。
「いえ。先ほど、お飲み物を少しカードにこぼされたように見えたので。確認をと思いまして……」
言いながら、カードを表向きにして机の上に広げる。
そうされてもギルモアは平然としたものだ。
もしかすると何か疑っているのかもしれないが、調べたところで何も出てはこないと確信しているのだ。
しかし。
「……『波紋疾走』」
リリーが机の上のカードに波紋を流した途端、それらは一瞬電気でも流されたかのようにバチっと光り、びくんと跳ねた。
次いで、カードの表の絵柄や数字がデタラメに変化し始める。
「なッ!?」
突然の変化に、ギルモアが目を剥いた。
トーマスも狼狽え、少女らは呆気にとられる。
カードは次々に澄んだ青く光る目を持つイタチのような生物に姿を変えては、ぐるぐると目を回してぶっ倒れたり、テーブルから飛び降りてふらつきながら逃げ出していったりする。
タバサは、はっとして呟いた。
「幻獣……先住魔法?」
博学な彼女の知識にもない幻獣だったが、おそらくはシルフィードと同じく、先住の『変化』の魔法で姿を変えられる生き物なのだろう。
精霊の力を用いる先住魔法はメイジの使う系統魔法とは根本的に異なっているので、タバサやキュルケのような優れたメイジでもその魔力を感知することはできない。
まさか、先住魔法を使う幻獣を利用しているなどとは思わず、そこまでは考えが回らなかった。
リリーはテーブルに手をついて、青ざめたギルモアを見下ろす。
「これは不正行為よね? 支配人さん?」
「う、ううぅぅっ……!」
「これで……あんたの『反則負け』よ!」
ギルモアは狼狽えながらも席から立ち上がり、口を開いて何か言おうとする。
だが、そのとき、事態を悟った観客たちが、廊下に面した扉からわっと飛び込んできた。
「この野郎ッ、よくも騙してくれたなアァーッ!!」
「俺の金を返せ!」
「このド畜生が、蹴り殺してやるッ!」
そんな客たちの前に、袖から剣を抜いたトーマスが立ち塞がる。
「ギルモアさまに手出しはさせんぞ!」
彼の実力を知っている客たちは躊躇して、たたらを踏んだ。
ギルモアの方は、顔を赤くして叫ぶ。
「ええいッ、いまいましい貴族の小娘どもがぁッ!」
それに伴って、彼の後ろ、頭の少し上あたりにスタンド像が浮かび上がった。
「……え?」
それを見たリリーは、はっとなる。
輝く光の輪に背後から照らされて黒く浮かび上がった、髑髏型のシルエットのような姿。
これは……。
「『スピリッツ』ッ!」
ギルモアがそう叫ぶと、スタンドの発する光が変色して揺らめき、周囲の人間の精神に働きかけた。
途端に、何人かの様子がおかしくなる。
「うおぉぉ、俺が最強だァァーーッ!」
「はらしてやるッ!!」
それまではギルモアに掴みかかろうとしていた客たちがぐるんと目を裏返らせ、周囲にいる他の客たちを殴り始めたのだ。
「ふ……ふふ……。ルイズ、そろそろヴァリエール家とツェルプストー家との勝負をつけましょうか……」
「へ? 何を言い出すのよ、こんな時に。大体勝負って何よ、今は杖も持ってないわよ」
「お子様ねェェーッ! 女の子同士の勝負っていったら決まってるでしょうがッ! キャットファイトよ! 『圧迫祭り』よッ!」
「な、ななな、なにしてるのよ、ツェルプストーっっ!?」
キュルケも様子がおかしい。
突然蕩けたような、何かに憑かれたようなヤバい顔になってルイズを押し倒し、馬乗りになろうとする。
ルイズは顔を真っ赤にしてもがいた。
「っ……!」
リリーはやむなくギルモアを一旦おいてそっちに向かい、彼女に『正負の波紋疾走』を流して正気に戻らせる。
その隙に、トーマスは袖から取り出した小袋の先端を噛み千切り、床に叩き付けて煙幕を焚く。
激しい煙のためにただでさえ混乱をきたしていた客たちはさらにパニックに陥り、それがどうにか落ち着いた頃には、トーマスとギルモアの姿は掻き消えていた……。
正負の波紋疾走:
はじける正の波紋とくっつく負の波紋を身体に流す治療の技術。作中ではHPの少量回復と共に毒・プッツン・混乱・睡眠・束縛・麻痺・波紋・感電・呼吸困難・肉の芽などの状態異常を取り除く技となっている。
波紋探知機:
原作第1部でジョナサンがツェペリ男爵から渡されたグラスを使って切り裂きジャックの位置を捕捉したやつのこと。
第3部以降に類似の技術が使われたことはないのでスタンドのエネルギーを感知できるかは不明だが、ジョセフが姿の見えないスタンドを探すのに波紋グラスを使おうとする様子がないことから本作では感知できないものとする。
アヴドゥルの炎の生物探知機はスタンドのエネルギーの動きもわかるらしいが、それならなぜジャッジメントやハイプリエステス、ゲブ神などとの戦いで使わなかったのかが気になる。当時はまだ編み出していなかった・忘れていた・土の中にあるものは感知できない、など色々と考えられそうではあるが。