7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第三十八話 王女への特註

 

(そろそろ……よさそうね)

 

 商売のタイミングを見計らっていたリリーは、王女の一行が学院長に迎えられて本塔の中に入り、整列していた生徒たちが解散し始めたあたりで動き出し始めた。

 まずは物陰に置いておいた屋台セットを引っ張り出し、火を入れていい香りを漂わせる。

 それから、キャラバンの作ったメガホンを使って売り声をあげた。

 

「みなさーん。当店では姫殿下ご来訪記念、限定スイーツをご用意しておりまーす。百合の花押が入った焼き菓子や、高貴な金箔入りの特製プディングはいかがですかー?」

 

 緊張から解放された生徒たちが、甘いおいしそうな香りと売り文句に引かれて、ぞろぞろやってくる。

 ぶっちゃけ、いつも売っているのと同じようなスイーツに焼印を押したり金箔を散らしたりしただけなのだが、人は記念品という付加価値がつくと財布の紐が緩むものだ。

 

「記念コインもありまーす。日付入り、姫殿下のイニシャル入り、その他各種ー。どれも手製、『錬金』で作った即席品じゃあありませんよー」

 

 キャラバンの能力で作った鋳型に、これまたキャラバンの能力でもって溶かした金属を流し入れ、エッジを軽く削って仕上げただけのものなのだが、見た目はなかなかいい。

 用意した数量は早々に完売しそうだ。

 本当ならもっとたくさん、もっといろいろと用意したいところだったが、当日朝になってからの急な話ではこのくらいが限界だった。

 

 リリーはキャラバンの能力で作れる物の幅を増やしたり、自身がそれをより上手に活用できるようにしたりするために、折を見てはさまざまな知識や技術を幅広く勉強しているので、これでなかなかの多芸である。

 作れるものが増えるのは楽しいし、商売で成功して後々楽するためなら目先の労は惜しまないタイプなのだ。

 概ねの分野は浅く広くといった感じで専門家というほどでもないが、キャラバンの能力や波紋法をうまく使えば不足分はある程度まで補ったり誤魔化したりできるし、場合によっては生半の専門家以上のパフォーマンスを発揮できる場合だってある。

 スタンド能力に目覚める前にも、割といろいろなことに手を出していた。

 中学時代から所属は帰宅部だが、お助け代目当て(あと、エンターテイナー気質で目立つのも好き)であちこちの部やサークルやクラブに臨時の助っ人として参加していたのだ。

 なにせ一家が波紋家族なので、幼少期から学ばされた波紋法とそれに伴って身についた身体能力とで運動競技や格闘技は大体勝てるし、肺活量と安定した音程のおかげで応援とか合唱とかでも重宝されたものである。

 母には生噛りの波紋を金儲けに使ったりそれにかまけて修行をサボりがちになったりすることにいい顔はされなかったが、せっかく学んだ技術は細々と継承するだけじゃなくて活用してなんぼだろう、とリリー自身は考えていた。

 

(あっちは、うまくやってくれてるかな?)

 

 こうやっていつもの客相手に稼ぐ傍ら、リリーはあわよくば姫殿下をお得意様にする算段も立てていた。

 平民の自分がいきなり姫君に近付くことなどできないので、学院長に協力を仰いだのだが……。

 

 

「まあ、おいしい!」

 

 アンリエッタは、学院本塔の貴賓室で出された茶菓子の味に、思わずそう声を上げた。

 

「ほほ、そうですか。姫が驚かれるほどのものでしたかの?」

「こんなにとろけるようにおいしくて濃厚なカスタード・プディングは、食べたことがありませんわ。学院では、すばらしい腕の料理人を雇っているのですね」

「いえ、本学院の料理長マルトーは確かに敏腕ですが……。それは、彼の作ったものではありませんでな」

「? では、誰が?」

 

 オスマンは楽しげな笑みを浮かべて窓に歩み寄り、それを大きく押し広げながらアンリエッタを手招きした。

 

「おお、いい香りがしてきましたのう」

 

 下の方で、リリーの出店に客が集まっている様子が見える。

 

「本当ですね。楽しそうだわ」

「そのプディングはあちらで店を開いておる娘が、よければ姫にぜひ、と言って提供してくれたものでしてな」

 

 ちなみに提供したのは店で売っているのと同じものではなく、以前にかのトニオ・トラサルディー氏の店で購入した『特製プリン』を参考に作った、リリー自慢の渾身の一品である。

 リリーはエジプトツアーの最中に食べ歩きした世界各地の料理について、後々の商売に活かせるかもしれないし家でも作って食べられたら嬉しい、家族にも食べさせてあげようなどと考えて、旅の最中や日本に帰還した後に暇を見てはそれらのレシピを研究しておいたのだ。

 特にトニオ氏の料理の味はすばらしく、これができれば商売繁盛間違いなしと考えた彼女は、大量に買い込んだそれを熱心に解析しようとした。

 キャラバンの能力を利用して近いと思われるものを大量に作っては食べて改善を重ね、今では完璧とまではいわないが、かなりのレベルまで再現できているはずだという自信がある。

 さすがに食べたら虫歯だの水虫だのが治るだとか、そんな効果まではないが。

 あのものすごい治癒効果は何らかのスタンド能力によるものだったのではないか、とリリーは考えている。

 

 オスマンに言われて、アンリエッタは出店の主に注目した。

 まだ若い女性がにこやかに接客をしながら、忙しそうに働いている様子が見える。

 遠目なのではっきりとはわからないものの、どうも水兵服の上からエプロンを着込んだような、変わった装いをしているようだ。

 

「そうですか、あの者が。料理人でないとすると、学院の衛士でしょうか?」

「いえ、使用人ではありません。生徒の大事な使い魔を、使用人として扱うわけにはまいりませんからな」

「使い魔?」

 

 アンリエッタはきょとんとした面持ちで、その出店の主……リリーの方をじっと見つめる。

 

「人にしか見えませんが……、亜人か何かですか?」

「人ですな。この老いぼれの懐かしい旧友と同じ世界から、遥か遠い土地から召喚されて来たということでした」

「遠い地から」

「さよう。実を言えば料理だけでなく、先日は主人と共に『土くれ』のフーケなる凶賊捕縛の件でも功績を上げておりましてな。無論、貴族ではありませんので、そちらへの爵位の申請などはできませんでしたが」

 

 そのルイズらへの爵位申請の件については、残念ながら却下の知らせが届いていた。

 たかが盗賊を捕縛した程度のことでは、爵位と国からの年金は与えられぬということらしい。

 天空の国アルビオンでは近年、ハルケギニアから王権を駆逐すると豪語するレコン・キスタなる革命軍が猛威を振るっており、間もなく王軍を打ち破るであろうことがほぼ確実視されている。

 そのアルビオンと縁戚関係にあるトリステインも、強国ゲルマニアへの同盟打診などの対策をとってはいるが、いずれ新生アルビオン軍と戦になることは避けられないだろう。

 そうなると戦に備えるべく国庫からの出費を抑えるためにも、また軍務に服する貴族たちの忠誠を要らぬ嫉妬で失わぬためにも、基準を見直した方がよいだろうということになり、『シュバリエ』の爵位授与には従軍が必須となったわけだ。

 

「まあ……。頼もしい使い魔のようですね」

 

 いささか興味を惹かれた様子で、アンリエッタはおいしそうな菓子の匂いと、それをどんどん生徒たちに売っていくリリーの姿とに、注意を向け続ける。

 次のオスマンの言葉で、その関心は一層強くなった。

 

「茶菓子の味がお気に召したなら、後ほど機会があれば声をかけてやってくだされ。彼女の名はミズル・リリー、ラ・ヴァリエール家の令嬢、ルイズ・フランソワーズの使い魔です」

 

 

 当面の公務を済ませたアンリエッタは、学院側が用意した豪奢な客室に入った。

 彼女は従者を下がらせると、客室の机に向かって少し考えながら手紙をしたためた後に、封筒に入れる。

 宛名はルイズと、その使い魔だという女性への連名になっている。

 王女ともあろうものが茶菓子一つのためにいちいち作った平民に直接声を掛けに行くものではないとマザリーニが苦言を呈し、とはいえ学院長の希望もあることだし彼の顔を潰すのもということで、特別に王女が礼状を書いて誰か代理の者に届けさせようということで話がまとまったのだ。

 

 マザリーニのそういう口出しは普段ならばうっとうしいものだったが、今回はアンリエッタにとっても好都合だといえた。

 彼女は故あって、茶菓子を作ったというその平民の主であるルイズに、ぜひとも話したい用事があったのだ。

 最初はどうにかしてルイズの部屋を調べ、真夜中にこっそりと抜け出して会いに行こうかと考えていたが、深夜に遠くまで外出することには見咎められる危険が伴う。

 その点、先に使い魔を通じて手紙を渡せるのなら、彼女にどこか近くにある都合のいい場所まで来てもらうよう伝えておくことができるだろう。

 どうしても直接声を掛けにいくと言い張って会って話すこともできなくはないが、あまり強く言ってもたかが菓子の礼のためになぜと勘繰られそうだし、昼間に会いに行けば人目も引いてしまう。

 手紙で呼び出して深夜になってから密かに会って本題を話すというのは、悪くないアイディアだ。

 

「……ふう」

 

 アンリエッタは書き上げてから、さてこの手紙を誰に届けさせようかと考えて、グリフォン隊隊長のワルド子爵のことを思い出した。

 彼の領地は確か、ラ・ヴァリエール公爵領のごく近くであったはず。

 マザリーニも重用している間違いのない人物のようだし、この仕事を任せるのに丁度よいかもしれない。

 そう思って、従者に彼を呼ぶように言いつけた。

 

「ワルド子爵がまいりました」

 

 ややあってあらわれた子爵は羽根帽子を脱ぐと、深々と頭を下げた。

 

「姫殿下。本日はなにゆえ私のような賤しきしもべが、殿下に直々にお呼び出しいただくような光栄に浴したのでございましょうか?」

「子爵。あなたの所領は確か、ラ・ヴァリエール公爵領に境を接する土地でしたわね?」

「祖先からのささやかな封土を姫殿下のご記憶にお留めいただいていること、光栄の至りです」

 

 ワルドは感動したような面持ちで、もう一度頭を下げる。

 アンリエッタは彼の恭しい態度に気をよくして、さらに尋ねた。

 

「では、現在この学院で学んでいるラ・ヴァリエール家の、ルイズ・フランソワーズのことをご存じですか?」

 

 ワルドは一瞬、目をきらりと輝かせて頷いた。

 

「よく存じております。ランスの戦で戦死した父はラ・ヴァリエール大公と親交がありましたので、彼女が幼少の頃には、幾度も晩餐会を共にしたものでした」

「そうでしたか。よく知っているのですね」

「はい。父たちの間では、いずれは互いの子を見合わせて夫婦になどという話も交わされておりましたので」

「まあ……。それでは、あなたはルイズの婚約者ということに?」

「親同士による他愛のない口約束に過ぎませんが、憎からず思ってはおります」

 

 アンリエッタは少し驚いて、軽く目を見開きながらも微笑んだ。

 なんという偶然だろう。

 これなら、頼みごとをするのにはもってこいだ。

 彼女はそう考え、手紙の入った封筒を机の上から取り上げて彼に差し出すと、用件を伝えた。

 

「……は。かしこまりました、殿下。直ちにまいります」

 

 ワルドは畏まって手紙を受け取ると、部屋を出る。

 それから、手の中の封筒に視線を落とした。

 宛名はルイズと、その使い魔だというミズルとかいう少女への連名で、王家の花押が捺された封蝋がある。

 

 命じられた仕事はじつに取るに足りない、退屈なものであった。

 歓迎の席で出された茶菓子が稀にみる美味であったので、それを作った平民とその主人に対する自分からの礼状を、たまたま主人のルイズが旧友でもあるから、彼女への軽い挨拶の手紙と一緒に渡してきてほしい。

 ついでに、その平民の店で売られている菓子がずいぶんと人気のようだから、その際に買い求めてきて同行する皆へのねぎらいとして配るよう手配してほしいという、ただそれだけの話だ。

 およそ王族の護衛の任に就く魔法衛士隊の隊長職にある者に対して与えるものとも思えぬような雑用だが、全く縁のない者よりはルイズの知り合いの方が適任だろうからというので声をかけてきたらしい。

 

 面倒なことだが、しかしその対象があのルイズだという点が気にかかっていた。

 聞けばその平民はただの使用人ではなく、彼女の使い魔であるらしい。

 先日は王都を騒がす凶賊を、確かな筋からの情報によればかつてのアルビオン貴族サウスゴータ家の娘である者を捕えるのに、初歩的な魔法の成功さえおぼつかずにいたはずのルイズが貢献したともいう。

 それらの点から考えて、やはり彼女の系統に関する自分の考えは正しかったのだろう。

 そうなるとこの封筒の中には、アンリエッタの言ったようなただのささやかな礼状や挨拶の手紙だけではなく、何か重要な話が含まれているという可能性もある。

 

(まあ、本当に行幸のついでに出しただけのような代物で、大した内容でもないのかもしれんがな)

 

 せめて、くだらん仕事を任された駄賃くらいの価値はあってほしいものだ。

 ワルドは胸の中でそうひとりごちると、ひとまずその封筒を懐におさめて歩き出した。

 

 封蝋は王家の者だけが詳細を伝えられる特殊な組成で『錬金』されており、したがって開封した後で元に戻そうとしたとしても、完全に同じようにはできない。

 封筒も同じように特殊なつくりで、封蝋を壊さずどこか他の場所を切って取り出した後に『錬金』で塞ごうとしたとしても、必ず痕跡が残る。

 魔法の世界に生きる王族としての、ごく基本的な対策だ。

 だがそれは、素人が一見しただけではわからないほんの些細な違いであり、王家の封蝋や封筒に詳しい者が違和感を感じたときに厳密に調べてみて初めて判明するもの。

 王宮内での認可を受けた公式の書状でもないささやかな礼状や手紙が収められた封筒では厳密な調査など受けるはずもないのだから、それは今の場合には単に形式的、習慣的な、無意味な対策でしかなかった。

 

 

(……んっ?)

 

 順調に商売をしていたリリーは、生徒らの間からおおっという軽いどよめきが上がったのを耳にして、そちらの方に注意を向けた。

 どうやら、本塔から誰か出てきたようだ。

 

(あ。あの人は……)

 

 先ほどルイズとキュルケが見惚れていた、羽根帽子の男ではないか。

 リリーはそれを見て、内心でぐっと拳を握った。

 

(毎度アリ)

 

 さすがに王女本人は来ないようだが、王宮側の人間、それも姫殿下のかなり近くに仕えていた人がここに来たということは、学院長に渡した『特製プリン』が功を奏したのかもしれない。

 あの後でタバサや周囲の生徒から聞いた話によると、彼はトリステイン王家の誇る三つの魔法衛士隊のひとつ、グリフォン隊に所属する者だということだった。

 魔法衛士とはグリフォン、ヒポグリフ、マンティコアといった美しく強い幻獣に跨って王族の護衛などの重要な任務に就くトリステインの花形で、魔法学院の生徒のような若き貴族たちにとって憧れの職業なのだという。

 確かにルイズやキュルケのみならず、多くの女子生徒が熱い視線を、男子生徒が憧れの視線を、彼に向けているようだった。

 

「失礼する。ちょっとどいてくれ」

 

 彼は順番待ちで店に並んでいる生徒らに横へ退くように促しながら、リリーの前へやって来た。

 少し後ろに同じような格好の、彼よりも若くて身分の低そうな者を一人、連れてきている。

 

(順番くらい守りなさいよね)

 

 内心、マナーの悪い客だなと思ったが、横から口を挟むのはやめておいた。

 譲るとも言われていないうちから当たり前のように割り込んでくるのはどうかと思うが、まあ割り込まれた側も文句は言っていないようだし、こちらの方では当たり前のことなのだろう。

 

「いらっしゃいませ、魔法衛士隊の方ですね。遠方からお疲れさまですー」

 

 リリーはその長身の貴族に対して、丁寧にお辞儀をした。

 

「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

 

 男は羽根帽子を取って自己紹介をし、軽く会釈する。

 へえ、若いのに隊長なんだ、すごいなあなどと内心で考えながら、リリーは営業スマイルを浮かべた。

 

「子爵様ですね。ご注文は?」

 

 ワルドは答える代わりに、懐から手紙を取り出した。

 周りで見ていた生徒らの幾人かが封蝋に捺された王家の花押に気付いて、おおっとどよめきの声をあげる。

 

「王家の印だ!」

「まさか、姫殿下が直々にお手紙を?」

 

 ざわめく生徒らをよそに、ワルドは説明した。

 

「姫殿下は、君が提供したというプディングを大変お気に召されてね。学院長殿の提案もあって特別に君と、君の主人であるルイズとに宛てた礼状を出されることになった。滅多にない名誉だ。後ほど彼女の元に持ち帰って、共に拝読したまえ」

「ありがとうございます。光栄です」

 

 リリーはこの世界の作法については詳しくないものの、なるべくきちんとお辞儀をして受け取った。

 礼状なんて一文にもならない……などとは、もちろん思わない。

 周囲の生徒らの反応を見れば、これが最高の宣伝になるであろうことは明らかだ。

 これからは『姫殿下御用達のお店』とか『姫殿下もお食べになった特製最高級プディング』とか謳って、さらに高い値でばんばん売ることができそうではないか。

 予想以上の成果だ。

 

「加えて殿下は、我々にもこちらの菓子をぜひ振舞いたいとの仰せでね。なにを売っているのかな?」

「ありがとうございます。姫殿下にお出ししたプディングは特製の品でしたので、今はこちらに在庫がないんですけど……」

 

 リリーは、出店で売っているスイーツの名前を順にあげていった。

 

「では、すべて二十個ずつもらおう。釣銭はいらない。用意ができ次第、こちらの者に渡して持ち帰らせてくれ」

 

 ワルドはそう言って懐から出した小袋をリリーの前に置くと、もう一度軽く会釈をしてから部下に後を任せて、マントを翻して去っていく。

 去り際に、一言付け加えた。

 

「僕からも、ルイズによろしくと伝えておいてくれよ」

「? ……はい」

 

 さっきから馴れ馴れしく呼び捨てにしていることからすると、彼はルイズと知り合いなのだろうか。

 普段の彼女らしからずぽーっと見惚れていたことと、何か関係があるのかもしれない。

 

(一体、どういう関係なのかしらね)

 

 リリーはそんなことを考えながら、袋の中身にさっと目を通す。

 中には、新金貨が三十枚ほども入っていた。

 明らかに多すぎる額だが、これが王族の買い物ということか、あるいは先のプディングに対する礼金も含まれているのか。

 いずれにせよ、受け取りを断る場面ではないだろう。

 

「毎度アリー」

 

 リリーはにっこりと笑ってワルドの後ろ姿を見送ると、さっそく注文された品物の用意にかかる……前に。

 まず、先に並んでいたのに彼に割り込まれた生徒らの方に声をかけた。

 

「すみません、お客さま方。申し訳ないのですが、こちらの方のご注文を先に済ませてもよろしいですか?」

 

 もちろん彼らからすれば姫殿下の注文が優先になるのは当然のことで、自分たちのを先にしろなどと言えるはずもないだろうが。

 特定の客をえこひいきして断りもなく先に並んでいたお客様の順番を飛ばすというのは、商売人としてよろしくない。

 

「そんなの当り前じゃないか」

「早く、姫殿下の分をお詰めしろよ!」

「ありがとうございます。お待たせする代わりに、後でおまけをお付けしますね」

 

 お客さまに対しては常に筋を通すこと、そしてサービス精神を忘れないこと。

 商売は信用が第一だ。

 

 

 それからほどなくして、リリーは予定よりも早く店じまいすることにした。

 姫殿下からの大量注文もあるが、その後に生徒らが「自分にも姫殿下の注文と同じのを」という感じで我も我もと押しかけてきたので、在庫も材料も尽きたためだ。

 

(こんなことなら、もっと用意しときゃあよかったわね……。ま、結果論だし、そんな時間もなかったけど)

 

 キャラバンの能力でまだまだいくらでも生産できないことはないのだが、能力を解除したら体に害を及ぼしかねないその辺の石だの雑草だのを材料にした食べ物を売るわけにもいくまい。

 スタンド能力で直接生産する場合でも、ベースにする材料は最低限能力が解除された後でもちゃんと食べて消化できる材料でなくては。

 集団食中毒の噂などが広まったら客が離れる、信用第一。

 

 リリーはそれから、姫殿下からの礼状だという封筒のことを思い出して、ルイズの元へ持ち帰ることにした。

 彼女はあの後、ぽーっとした様子のままふらふらと戻って行ったから、今は自室にいることだろう。

 

「ただいまー……?」

 

 部屋に戻ってみれば、ルイズはベッドに腰かけて枕なぞを抱きながら、いまだにぼーっとしていた。

 

「……ルイズ?」

 

 挨拶をしても、目の前で手をひらひらさせてみても、まるで反応がない。

 

「あなたがいま何を考えてるか、当ててみせようか」

 

 リリーはにやっとした笑みを浮かべる。

 

「ワルド子爵のことでしょ?」

 

 その名を聞いたルイズがはっとしたような顔になり、二、三度目を瞬かせた後で、みるみる顔を赤らめた。

 

「……な。なんであんたが、ワルドさまのことを知ってるのよ?」

「さっき、私の店に来たのよ。あなたによろしくって」

「ワルドさまが、わたしに……?」

 

 ルイズは目を丸くして、それからその目がまた夢見がちな、ぽーっとしたようなものになる。

 リリーはその反応を見ながら考え込んだ。

 

(この反応からすると、やっぱり恋人? でも、年はだいぶ離れてそうだし。それよりなにより、ここに来てから一度も、向こうから来たことも、ルイズから会いに行ったこともないし……)

 

 恋人というよりはむしろ、親戚の憧れのお兄さんかなにかかな、とあたりをつける。

 気にはなるが、まあ様子のおかしい今のルイズ相手に深く詮索して、彼女の機嫌を損ねることもあるまい。

 聞き出せる機会はこれからも、いくらでもあるだろう。

 それよりも今は。

 

「それからね。手紙を持ってきたの。王女さまからのお礼状ですって」

「お礼状? 姫殿下から?」

 

 王女と聞いてまた気を取り直したルイズが、わたし、何かしたっけと首を傾げる。

 リリーは、事の次第をかいつまんで説明した。

 

「たかがプディング一つのためにわざわざお礼状を書いてくださるなんて、とんだお手間を……。まあ、姫殿下をお喜ばせしたことは褒めてあげるけど」

 

 ルイズはいささか感動した様子で王家の花押が捺された封蝋をなぞり、それから開封した。

 手紙に目を通して読んでいくうちに、彼女の表情がまた変わる。

 

「……ミズル。今夜、人目につかないようにして、本塔の方に出掛けるわよ」

 

 姫殿下が自分をお呼びだと、彼女は言った。

 





特製プリン:
 7人目のスタンド使い作中で、トニオ・トラサルディー氏から購入できる食品(回復アイテム)の一種。
雪解け水はまだしも、さすがにプリンの現品は手元にないと思うので、リリーが提供したのは彼のものを参考にして作った『特製料理』だということで。
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