7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

39 / 61

その時点での最善の判断が、必ずしも最善の結果につながるとは限らない。



第三十九話 王女からの受注

 

 王女からの手紙には茶菓子の礼の他に、二人がフーケを捕縛した格別の働きへの言及や、ルイズとの旧交に関する話なども書かれていた。

 そして最後に、『ぜひこの機会に水入らずで会って話したいから』ということで、本塔の一室で深夜に会おうと、場所と時間を指定してきていた。

 

「姫殿下がご幼少のみぎり、恐れ多くもお遊び相手を務めさせていただいたのよ。でもまさか、今でも覚えていて、会いたいと言ってくださるなんて」

 

 ルイズはその呼び出しに応じるべく、リリーを伴って出かけることにしたのだ。

 手紙には、口やかましい枢機卿は会うなというが、これも何かの縁だし旧友の使い魔を見てみたくもあるので、ぜひ連れてきてほしいと書き添えてあった。

 

「なら、真夜中に出歩いても不審がられるでしょうから。もっと早い時間に行って、待っておきましょうよ」

 

 ルイズから受け取った手紙に目を通したリリーが、そう提案する。

 深夜の方が人目にはつきにくいだろうが、目についた場合には不自然で見咎められやすい。

 常識的な時間ならば、生徒や使い魔が学院内を歩いていても特に目立たないし誰も気にしないだろう。

 本塔の姫殿下が滞在しているエリアは魔法衛士に警備され出入りが制限されているが、指定された場所はそこからだいぶ離れた使用されていない一室であり、入るのは簡単だ。

 入ったらあとは、時間になって姫殿下が来るまでの間、窓やドアを内側から施錠して灯りが漏れないように気を付けながら、時間潰しでもして待っていればいい。

 ルイズも納得して、その提案を受け入れることにした。

 

「あんたのいじってるそれ、なに?」

「ゲームボーイ」

 

 待ち合わせ場所の部屋に入った後で、リリーが取り出した不思議な箱……やや緑がかったガラス面から淡い光が出て、白黒の動く絵が浮かび上がり、奇妙な響きの音が出る……を、ルイズは不思議そうに覗き込んだ。

 これまでの話からするとリリーが持っている品々はマジックアイテムではないらしいが、魔法なしでこんな物をどうやって作るのだろう。

 

「……なんか、ちっこいのがちょこまか動き回ってる。たまに字みたいなのが出てくるけど、読めないわ。あんたの故郷の字?」

「そうよ」

「これって、なにかのゲームなのかしら」

「まあね。DQIII(ドラゴンクエスチョン・トリプルアイ)っていうんだけど」

 

 元々はファミコンのゲームで、明らかにかの有名なドラクエ3をイメージさせるような名前が故意に付けられたパチモノゲーなのだが。

 超マイナーでほとんど数も出回っていないであろうに、なぜかあのエジプトツアーの前後あたりからリリーの家にあって、やってみるとこれはこれで結構面白い。

 気に入っていたので、先日見つけたこのゲームボーイのリメイク版まで買ってしまった。

 大して売れているとも思えないのにリメイクまでされるあたり、制作側にこだわりがあるのか、コアなファンがいるのか。

 まあ、そのへんの事情は知らないが、なんにせよ楽しませてもらっている。

 

「ふうん……」

 

 ルイズはしばらくしげしげと眺めていたが、なにぶん内容が理解できないのでじきに飽きて、自分も少し離れたところで持参した本などを開いた。

 

 

 約束の時間ごろになると、ルイズは時間潰しを切り上げて少し身だしなみを整え、王女の来訪を待った。

 リリーもそれに倣って、室内の椅子とか机とかを使いやすいよう動かして、きれいにしておく。

 飲み物とお茶請けは、ひとまず廊下に甘い香りが漂い出さないように、常温のものを用意した。

 やがて、部屋のドアがノックされた。

 規則正しく、初めに長く二回、それから短く三回。

 

「ミズル、鍵を外して」

 

 ルイズはそう言うと、立ち上がって自ら入り口の扉を開けに行く。

 来訪者が王女とわかっている以上は、使用人に開けさせるのは非礼というものだ。

 

「オーケー」

 

 リリーはキャラバンの能力で内側から厳重にかけておいた錠を能力解除して分解すると、自分は部屋の端の方に下がっておく。

 ルイズが部屋の扉を開けると、黒い頭巾を目深にかぶった少女がささっと入ってきて、後ろ手に扉を閉めた。

 それから頭巾と同じ色をしたマントの隙間から杖を取り出し、短いルーンの詠唱と共に軽く振って、光る粉を部屋に舞わせる。

 室内に魔法的な目や耳がないことを確かめるために、ディテクト・マジックの呪文を唱えたのだ。

 

「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」

 

 なにも反応がないことを確認した少女は、ようやく頭巾を外す。

 その下から現れた顔は、もちろん、昼間に見たアンリエッタ王女のものだった。

 

「お久し振りでございます、姫殿下」

 

 ルイズが恭しく膝をついて頭を下げたので、リリーも部屋の端の方で、見様見真似でそれに倣っておく。

 

「ああ、ルイズ。懐かしいルイズ。そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい。あなたとわたくしはおともだちじゃないの。あなたにまでそんなよそよそしい態度を取られたら、わたくしはもう、誰に心を許してよいのか!」

「姫殿下……」

 

 アンリエッタは感極まったような表情で膝をついたルイズを抱き締め、ルイズもかしこまった様子ながらもその抱擁に応じる。

 二人はそれから、アンリエッタの振った話題にルイズの側が応じる形で、昔話に花を咲かせ始めた。

 一緒に泥だらけになって蝶を追っかけただの、菓子やドレスの取り合いでつかみ合いの喧嘩をしただのと、双方共に意外とお転婆な少女時代だったことを思わせる話だった。

 いつまでも膝をついていなくてもよさそうだと判断して立ち上がったリリーは、部屋の端の方からそんなアンリエッタの様子を観察する。

 

(楽しんでるのは間違いなさそうね)

 

 ちょっと芝居がかっているような感じもしないではないが、まあ、王族の身で長年会わずにいた友人とまた昔のように話がしたいのなら、大袈裟なくらいに親しみを示す必要もあろう。

 商売人だって、お客のことはしばしば過剰なくらい肯定的に褒めちぎったりするものだ。

 アンリエッタはひとしきりルイズと歓談をして笑い合ってから、ほうっと溜息をついて、椅子に腰を下ろした。

 

「あの頃は毎日が楽しかったわ。感じたままに笑って、泣いて、怒って。当時はなんとも思っていなかったけど、自由って素敵ね」

「姫さま?」

 

 ルイズは、アンリエッタがなにやら憂いを帯びたような様子なのに気付いて、心配そうに彼女の顔を覗き込む。

 

「いまは機嫌の悪い日でも、嫌な人が相手でも、いつも仕込まれたとおりに笑って手を振るだけ。王国の姫なんて籠の鳥も同然よ。いえ、仕込まれた芸を披露するだけの、見世物の珍獣かしら……」

 

 アンリエッタは自嘲するようにそう言ってルイズから視線を外し、窓の外の双月を眺めた。

 それから、ふと思い出したように、部屋の端の方にいたリリーの方に目を向ける。

 

「あら、ごめんなさいね。あなたにもご挨拶をと思って来たのに、つい懐かしくて」

 

 そう言って席を立つと、彼女の方に歩み寄った。

 

「ルイズの使い魔で、水流リリーと言います。お初にお目にかかります」

 

 リリーはどうしたらいいものかよくわからなかったが、とりあえずそう挨拶をして、もう一度膝をついておく。

 

「オールド・オスマンから話を聞いています。遠い地から召喚されて来たのだそうですね」

 

 アンリエッタはそう言うと、手を差し伸べてリリーに立つように促した。

 

「あのプディングは、これまでに食べたことのないほどの美味でしたわ。それに、先日は城下を騒がせていた凶賊の捕縛にも、主のルイズと共に貢献してくれたとか」

「姫殿下にお気に召していただけたのなら、光栄です」

 

 そう言って一礼したリリーにアンリエッタは微笑んで、ルイズの方に目を向けた。

 

「ルイズ・フランソワーズ。とても頼もしくて、素敵な使い魔のようね」

「……はい、ミズルはよくやってくれていると思います。お金お金ってうるさいですけど」

「失礼な。働きに対する正当な対価を求めているだけよ」

 

 リリーは心外だというように肩をすくめた。

 

「使い魔が鳥ならビスケットでいいかもしれないけど、人間にはお金もいるでしょ?」

「あんたの衣食住の世話は、ちゃんとわたしが見てるじゃないの。お金がなくたって、生活はできるはずよ!」

「生きてるだけで自分の自由になるお金もない生活が、人間にとって十分なはずがないでしょう。さっき姫殿下も言ってたでしょ、『自由は素敵だ』って。自由な生活を送るには、お金だって必要なの」

 

 そんな二人のやり取りを、アンリエッタは少しきょとんとした様子で眺めて。

 それからおかしそうに、手を口にあてて笑った。

 

「あなたたちって、本当にいい関係なのね。羨ましいわ、ルイズ」

 

 そう言ったアンリエッタはまた、これ見よがしに溜息をつく。

 

(この態度……『私には悩みがあるんだけど、そっちの方から聞いてほしいの』って感じね)

 

 リリーはそう察して、自分の立場では差し出がましい気もするが尋ねてみるべきだろうかと考えたものの。

 ルイズの方も彼女の様子に気付いて、リリーより先にどうしたのかと尋ねる。

 アンリエッタは勿体ぶってなかなか話そうとしなかったが、ルイズが「自分のことをおともだちと思うなら聞かせてほしい」と訴えると、嬉しそうに微笑んで頷いた。

 

「わかりました。ですが、今から話すことは、誰にも聞かせてはいけません」

 

 そう言って、ちらりとリリーの方を見る。

 リリーは、これは大きな儲け話になるかもという期待と、なにやら厄介なことを頼まれそうだという不安の両方を感じて視線を泳がせた。

 

(出しゃばらずに、席を外すって言った方がいいかな? でも……)

 

 ルイズが王女の悩みを聞いて、その結果何かの頼み事を引き受けることになるのであれば、どうあれ彼女経由で使い魔である自分も付き合うことになりそうではあるし。

 それならばいっそ、ルイズのおまけでしかない使い魔としてではなく、同じように話を聞いた者として王女から直接引き受けたという形にしておいた方が、彼女からの印象や後に期待できる報酬はよくなるのではないか。

 

(……よし)

 

 あまりいつまでも視線を泳がせていてもあれなので、リリーはさっと心を決めた。

 フーケの一件でも結果的には率先して手を挙げることになったわけだし、今回もそれで行こう。

 

「こほん。ええと……姫さま?」

 

 視線を戻すと、真剣な表情を繕って話し始めた。

 

「王族の方に対して、非礼な物言いかとは思います。ですが、ルイズは私のパートナー。あなたがルイズのお友達なら、僭越ながら、私にとってもそうだということになります」

「ちょ、ちょっと? ミズル!」

 

 ルイズがあわてて止めようとするが、アンリエッタはむしろ満足そうに頷く。

 

「もちろんです、メイジにとって使い魔は一心同体の存在。わたくしにもおともだちと呼んでくれる人が、ここにまだ二人もいたのね」

 

 身分の差をわきまえた恭しい態度で接する方が無難ではあろうが、自分は王女に臣従しようという気はないし。

 第一、それでは王女の周りにいるその他大勢の臣下と同じで、彼女の心は掴めまい。

 無難な商品ばかりの店では、お客さまから魅力的だとは思ってもらえない。

 ルイズに相談をもちかけるためにある程度は演じている部分もあるのだろうが、アンリエッタが自由や自然体で接することのできる友人に飢えているというのは、嘘ではないと見た。

 

「ですから、私はただルイズの使い魔として彼女にしたがうというだけではなく、一個人として、一人のお友達として、あなたの力になれればと思います。許していただけるのなら、一緒にお話を聞かせてください」

 

 そう言って丁寧に、しかし媚びたり臣従したりしているのとは違うとわかるように、立ったまま真っすぐ王女の方を見てから頭を下げる。

 お客さまの求める商品を提供するのが、魅力的な店というものだ。

 多少演じたり大袈裟に言ったりしている部分はあるが、悩みがあるなら力になりたいというのは嘘ではないし。

 

「もちろん、報酬は後払いのお友達価格で結構よ?」

 

 最後ににっこりと笑い、冗談めかしてそう付け加える。

 

「あ、あんたねえ……」

「ええ、ええ! 嬉しいわ。一緒に聞いてちょうだい、ミズル」

 

 その目論見はうまく当たったようで、アンリエッタは嬉しそうにリリーの手を取り、何度も頷いた。

 それから、またちょっと物悲しげな様子を繕って、ルイズの方に向き直って話し始める。

 

「わたくしは、もうすぐ他国に嫁ぐことになっているのです。この機会を逃せばもうあなたに会うこともなくなるかもしれないと思って、今夜は無理を言いました」

「……どちらの国へ? ガリアか、それとも、アルビオン?」

 

 いずれの国もトリステインと同じ、始祖から続く由緒正しい血筋の国だ。

 もっとも、アルビオンは今それどころではないと聞くし、そうなるとガリアだろうか。

 国王ジョゼフは無能と揶揄されているそうだが、国自体は大国で、魔法先進国として繁栄している……。

 

「ゲルマニアの皇帝にです」

「あんな野蛮な、成り上がりどもの国に!」

 

 ルイズが驚いた声を上げる。

 リリーは顔をしかめた。

 

「私はよく知らないけど、ゲルマニアってキュルケの母国でしょう?」

「別に、ツェルプストーがどうっていうんじゃないわ。でもね、トリステインは始祖ブリミルから数千年も続く、正当な王権をもつ三国のひとつなのよ」

 

 その血筋を、ゲルマニアのような新興国に分けてもよいものだろうか。

 残念ながら現在のトリステインは小国で、成り上がりとはいえゲルマニアは大きく勢いのある国だ。

 その国に正当な王権の血筋を主張しうる権利まで与えれば、いずれはトこのリステインが吸収合併されてしまうようなことだってないとはいえない。

 ルイズは彼女なりの考えに基づいて、そう懸念しているのだった。

 もちろん、ただ純粋に、自分の大切なおともだちに成り上がりの国の皇帝などに嫁いでほしくないという思いもあるが。

 

「仕方がありません。同盟を結ぶためなのですから」

 

 アンリエッタは彼女らに、現在のハルケギニアの政治情勢について説明した。

 アルビオンの王家は反乱によって今にも潰えそうになっており、そうなれば新生アルビオンとなった反乱軍は、次にこのトリステインへ侵攻してくるであろう。

 小国のトリステインには隣国のゲルマニアとの同盟を結ぶことでそれに対抗するより他に手がなく、戦力としてほとんど期待できないトリステインがゲルマニアに差し出せるものは、正にルイズが懸念しているその王家の血筋より他にないのだと。

 

「後の禍根になりかねないことは、わたくしも、もちろん母上や枢機卿も承知しています。ですが、まず目の前の脅威を切り抜けられなければ、トリステインには後などないのです」

「そんなことになっていたなんて……」

 

 ルイズは顔をしかめ、沈んだ声で言った。

 アルビオンの王家が滅ぶこと、トリステインが危機的な状況にあることもショックだったが、なによりもアンリエッタがその結婚を望んでいないのは明らかだ。

 

「いいのよ。王女の身で好きな相手と結婚しようだなんて、物心ついたときから諦めていますわ」

「姫さま……」

 

 アンリエッタは寂しげに笑って、窓の外の月を見ながら話を続けた。

 

「もちろん、礼儀知らずのアルビオンの貴族たちは、この同盟を望んでいないでしょう。わたくしの婚姻を妨げる材料を、血眼になって探しているはずです」

「なにか、そういった材料があるんですか?」

 

 リリーがそう尋ねると、アンリエッタは顔を両手で覆って、床に崩れ落ちる。

 

「おお、始祖ブリミルよ……、この不幸な姫をお救いください……」

 

 ちょっと大袈裟で芝居っぽすぎるなあと、演劇部の助っ人もしたことのあるリリーは思った。

 まあ、王女ともなると、自然にそういう演技を交えて話すようになるのかもしれないが。

 ルイズはアンリエッタのその態度にあてられたのか、こちらもまた興奮した様子で彼女に問いただす。

 

「言ってください! 姫さまのご婚姻を妨げる材料とは、一体なんなのですか!?」

 

 アンリエッタが苦しげに、泣く泣く話したところによると、その材料とは以前に彼女がアルビオンのウェールズ皇太子にあてて出した一通の手紙なのだという。

 

「ウェールズ皇太子が敵の手に囚われ、手紙が反乱軍の貴族たちの手に渡ったら、彼らはすぐにゲルマニアの皇室にそれを届けるでしょう。そうなれば破滅です。婚姻は取り止めとなり、同盟は白紙に戻される。トリステインは一国だけで、あの強大なアルビオンの反乱軍と対峙せねばならなくなります!」

 

 彼女はのけぞって、床に倒れるような姿勢になる。

 

「姫さま!」

 

 顔を蒼白にして彼女の手を握り締めるルイズとは裏腹に、リリーは内心で苦笑していた。

 

(さすがに演技過剰だと思うんだけど)

 

 わざわざ深夜に護衛の目をごまかして部屋を抜け出してまで頼みに来るのだから、心底困っているというのは嘘ではないだろうが、いちいちリアクションが大袈裟すぎて芝居くさい。

 とはいえ、ルイズはすっかりのめり込んでいるようだし、昔馴染みの彼女の性格を正しく把握してうまく乗せているのだとすれば、さすがというべきか。

 まあ、それはさておき……。

 

(……同盟を破談にさせるような手紙、ねえ)

 

 アンリエッタは内容については話せないと言っていたが、一体どんなものなのだろうか。

 この世界の王族の風習とか政治情勢とかについてはよく知らないが、彼女の話を聞く限りでは、件のゲルマニアという国がトリステインと同盟するメリットは始祖から続く正当な王権の血筋とやらを家系に取り込めるという点にあるらしい。

 

(その価値がなくなるような情報が書かれてる、ってこと?)

 

 たとえば、実はアンリエッタは庶子かなにかで、王家の血としての価値が極端に薄い、もしくは全く無いとか。

 でなければ、以前にそのアルビオンの皇太子なり他の誰かなりと密かに愛を交わしていて、若気の至りでどこかにこっそりと婚姻を届け出てしまい、アンリエッタは実は既婚者だとか。

 どちらも少女漫画とか推理小説なんかでよくありそうな話だが、あるいはそんなところかもしれない。

 いずれにせよ、無理に真相を探ろうとしたり実際に知ってしまったりしようものなら、下手をすれば首が危なくなりそうな話なので、深く詮索する気はないが。

 要するに、業務提携の話を進めている最中にこちらのブランドが傷物になって株価が暴落したとなれば、相手側からこの話はなかったことにと言われるのは必定だというようなものだろう、商売でいえば。

 

(うーん……)

 

 魔法でそのウェールズ皇太子とやらと通信する手段とかは、どうやらないらしい。

 あれば、手紙を焼き捨ててくれという連絡を入れるだけで済むだろう。

 連絡しなくても向こうの方で気が付いてそうしてくれるかもしれないが、おそらく今ごろは自国のお先真っ暗な戦争のことで頭がいっぱいであろう皇太子さまに、そんな期待をかけるわけにもいかないか。

 

(キャラバンの能力で、なんとか……ならなさそうよね……)

 

 リリーがそんなふうにあれこれと考えている間にも、アンリエッタとルイズとは自分の言葉に酔っているようなやりとりを繰り広げていた。

 ルイズが勇んで自分が貴族派と王党派による内戦真っ最中のアルビオンへ赴いて手紙を申し出、アンリエッタはどう考えても自分から彼女がそう言いだすよう仕向けたにもかかわらず、とても無理だと引き留めるようなそぶりを見せる。

 

「たとえ地獄の釜の中だろうと、竜のあぎとの中だろうと、姫さまとトリステインの御為とあらば何処なりとも! このラ・ヴァリエール公爵家の三女、ルイズ・フランソワーズに、是非ともお任せください!」

 

 熱っぽく、力強く彼女の手を取ってそう訴えるルイズに、アンリエッタはぽろぽろと涙をこぼした。

 

「ああ、わたくしはあなたの友情と忠誠を一生忘れません! ルイズ・フランソワーズ!」

 

 ひしと抱き合う二人に、リリーは苦笑して肩をすくめる。

 

(さっきは演技過剰だしわざとらしすぎると思ったけど……涙まで出てるのはすごいかも)

 

 まるで、一流の女優みたいだ。

 どう考えてもアンリエッタのそれは、ルイズに頼みごとを引き受けさせるための演技による部分が大きいだろうとは思うが、今はルイズと自分自身の言葉に酔って半ば以上本心からそう感じているのかもしれない。

 悲劇の王女さまという役に、すっかり入り込んでいるのか。

 ルイズの方は、忠誠心と友情とで完全に本心からそう感じているので間違いないと思うが。

 二人とも物言いがいちいち大袈裟なのは、まあ、それがこの世界の貴族王族ってものなのだろう、たぶん。

 

(自分でついた嘘を自分で信じちゃうタイプの子、かしらね)

 

 別に心理分析の専門家でもなんでもないが、そんな印象を受けた。

 少なくとも、友達をうまく利用しようとする打算だけの女性とまでは思わない。

 王女ともなると自分自身でも演技と本心の区別がつかなくなるくらいにそのような振る舞いや生き方をせざるを得ないのかもしれないし、だとしたら気の毒ではある。

 とはいえ、厄介な話を受けることになってしまったものだと、リリーは内心で溜息を吐いた。

 ここまで聞いておいて、今さらやっぱやめとくというわけにもいかないし。

 エジプトツアーの最中にも、潜水艦を買いに行く途中に紛争地帯を走破する羽目になったことがあったが……。

 

(……毎度アリ。また貧乏くじ引いちゃったかな?)

 

 そんな彼女をよそに、アンリエッタとルイズは話を進めていく。

 

「アルビオンの貴族たちは、王党派を既に国の端にまで追い詰めていると聞きます。敗北も時間の問題でしょう」

「明日の朝にも、ここを出発いたします」

 

 アンリエッタは跪いてそう言ったルイズに微笑んで頷くと、リリーの方に向き直った。

 

「『土くれ』のフーケを捕まえたあなたたちなら、きっとこの困難な任務をやり遂げてくれるでしょう。これからもわたくしとルイズのことを、よろしくお願いしますね」

 

 そう言って、すっと左手を差し出した。

 手の甲を上に向けている。

 

(これは、王族が手の甲にキスするのを許すってやつかしら)

 

 許可などなくとも手を握らせたり抱き合ったりしていたルイズとはだいぶ対応が違うが、まあお友達と言ってもさっきこちらから言い出しただけのことだし、ルイズは貴族なのに対してこちらは平民の使い魔だし、扱いに差はあって当然だろう。

 リリーはしかし、その手を取ることはせずに、アンリエッタとルイズの顔を順に見つめた。

 

「ええと、姫さま。それに、ルイズも」

「なんでしょうか?」

「何よ?」

「お受けする前に、いくつか確認しておきたいのだけど……」

 

 リリーは軽く深呼吸をしてから、先を続けた。

 

「まず、戦争中の国に行くということがどういうことか、ちゃんとわかってる?」

「危険があることくらい、承知の上よ! お仕えする主君と国のために命を懸けるのが、貴族というものだわ!」

「でも、実際に行ったことはないでしょう。私はあるわ」

 

 戦争というか紛争だが、突撃銃を持った兵士や戦車や戦闘ヘリや狙撃兵に襲われたり、爆撃を受けたりしたのでまあ似たようなものだろう。

 強襲部隊や重戦車に襲われたときは死ぬかと思ったものだ。

 シュトロハイムやスピードワゴンがいてくれたおかげもあってどうにか切り抜けたが、二度と行きたいとは思わない。

 

「私の額や背中には、今でも銃弾や刃物で殺されかけたときの傷跡が残っているの」

 

 正確にはその傷は紛争地帯で負ったものではなく、それ以前にホル・ホースとJ・ガイルとによって付けられたものだが。

 SPW財団による尽力のおかげで今ではほとんど目立たないくらいになってはいるものの、それでも完全に消えてはいなかった。

 女性の体に疵を残してしまったとジョセフやアヴドゥル、ポルナレフなどは申し訳なさそうにしていたが、自分としてはそんなに気にしてはいない。

 他の仲間の誰かが刺されたり撃たれたりするよりはずっとよかったと思っている。

 

「もちろん、私はルイズを守るつもりだけど、どうにもできないことは十分にあり得るわ。吸血鬼や屍生人と戦うのと、大勢の敵兵に襲われるのとではまた違うのよ」

「そ、そのくらい、覚悟してるわよ!」

「戦争の犠牲になった人も、大勢見ることになるでしょう。内臓がずたずたでもう手の施しようがない義勇兵に、家族の元に帰らせてくれって縋りつかれたことは? 崩れた家の中で折り重なって死んでいる親子や、身内も家も何もかも焼かれたお年寄りや、両親と片足を失くしてもう泣く元気もない小さな子供を見たことはあるの?」

 

 すべて、リリーがエジプトツアーの当時、紛争地帯で立ち寄った廃墟や難民キャンプなどで実際に目にした光景だ。

 中学時代に平和学習で見たビデオや資料館も強く印象に残っていたが、実際の戦争体験はその百倍も強烈なものだった。

 キャラバンは医薬品を作り出せるので放っておくわけにもいかず、難民キャンプに一日留まって治療の手伝いをしたこともある。

 大勢に感謝されもしたが、救えなかった人もまた多かった。

 リリーは辛さのあまり何度も吐いたが、シュトロハイムやスピードワゴンはその度に『平和な国から来た小娘』を叱咤したり激励したりしてくれたものだ。

 あの経験の前と後で、自分はおそらくだいぶ変わったし、強くなったと思う。

 

「……別に、行くなだとか、自分は行かないぞとか、そんなことを言ってるわけじゃあないのよ」

 

 青ざめて黙り込んでしまったアンリエッタとルイズに、リリーは軽く肩をすくめた。

 

「その手紙を取り戻さないと同盟ができなくて、そうなったらこの国の人たちが大勢戦いに巻き込まれるってことなら、行くしかないでしょう。ただ、それが本当に間違いなく必要なことで、ルイズに頼むしかないことなのか、それだけは確認しておきたかったの。ルイズのパートナーとしてはね」

 

 そう言うと、今度は別の質問をした。

 

「そもそもルイズは、自分がこの件について適任な人材だと思うの?」

「も、もちろんよ」

「そう。それはどうして?」

「わたしは以前に、姉たちとアルビオンを旅したことがあるわ。向こうの地理には明るいのよ!」

「旅行に行っただけ? それじゃあ、現地にそんなに詳しいとは思えないんだけど」

 

 リリーはアンリエッタに、王党派の軍が追い詰められている場所はどこかと尋ね、ニューカッスル付近だと言われると、ルイズにそこまでどうやって行くつもりかを聞いた。

 彼女はラ・ロシェールの町から船に乗って港へ行き、そこから陸路でというようなことを言ったが、地図の上に具体的に道筋を引けるかとか、何日くらいかかる道程なのかと言ったような質問には答えられなかった。

 ルイズは顔を赤らめて反論する。

 

「なによ! 任務に困難はつきものよ。そのくらい、現地で調べて行けばいいわ!」

「他に適役な人がいなくて、どうしようもないのなら、そうね」

 

 リリーは頷くと、アンリエッタの方に向き直った。

 

「一緒にここに来た、魔法衛士隊の人たちに頼むのではいけないんですか?」

 

 アンリエッタは少し逡巡した後に、首を横に振る。

 

「恥ずかしながら、……彼らがどこまで信頼できる者なのか、わたくしには判断がつきかねるのです」

 

 自分が飾り物に過ぎず、表向きの人気はあっても内情を把握している者たちがどこまで忠誠を誓ってくれるかは知れたものではないのだということを、特にこのような不安定な情勢の元ではそうなのだということを、アンリエッタはよく承知していた。

 強大なアルビオンの反乱軍に襲われたら、ゲルマニアと同盟していたところでトリステインが無事に生き残るかどうかなどわかったものではない。

 ましてや同盟が成らなければ、風前の灯火に等しい。

 

「そんな国の魔法衛士であるよりも、手土産をもってアルビオンに下った方がよいと考える者、既にかの国の貴族たちに心を売った者でさえも、身辺にいないとは限りません」

「まさか。王家の誇る魔法衛士隊の隊員ともあろう者に限って、そんなことは!」

 

 ルイズは驚いたが、アンリエッタは自嘲気味に笑って首を横に振った。

 

「残念だけど、最近ではあなたや、あなたの父上母上や姉君たちのように誇り高く、王家に恭順する貴族は本当に少なくなったのです、ルイズ・フランソワーズ」

 

 それゆえ、アンリエッタは行幸する運びとなったこの学院の生徒にルイズがいることを知り、彼女に白羽の矢を立てたのだった。

 もう時間がないし、決して裏切ったり情報を漏らしたりしない、間違いなく信頼できると言いきれるような相手は少なく、他に接触できるあてがなかったから。

 アンリエッタはそうした事情を、包み隠さず彼女らに伝えた。

 

「確かに、あなたに言われるまで、わたくしは戦場の厳しさというものを甘く見ていたようです。そんな場所におともだちを向かわせるなど、考えられることではありませんが……」

「わかったわ。みなまで言わなくても大丈夫」

 

 リリーは微笑むと、アンリエッタの前にあらためて膝をついた。

 

「そういう事情なら、仕方がないわね。謹んでお受けします」

「……ありがとうございます、ミズル」

 

 アンリエッタは申し訳なさそうに微笑みながら、もう一度手の甲を差し出す。

 リリーはその手を取ったものの、唇をつけようとはせずに、くるりとひっくり返した。

 

「戦場は確かに厳しくて辛いところです。でも、姫さまが信じてくださるのなら、必ずやルイズと一緒に戻って、朗報をお届けしましょう」

「信じてよいのですね?」

「はい。今、お届けできるのは、このくらいですけれど」

 

 リリーはそう言ってにっこりと笑うと、彼女の手に、どこからともなく取り出した一輪の小さな花を握らせた。

 

「まあ。あなたはメイジではないのに……」

「姫さまが信じてくださるのでしたら、メイジでなくてもこのくらいのことはできますから」

 

 言いながら、花の茎の先からするすると万国旗を取り出して、目を丸くしたアンリエッタに手渡す。

 

「今は、これが精いっぱい。本命のお届けと対価のお支払いは、また後ほどに」

 

 もちろん、どこぞの映画の真似であるが。

 アンリエッタは感動した様子で、少し頬を染めている。

 

「本当に格好のいい、素敵な使い魔ね。ルイズ・フランソワーズ」

「え、ええ。まあ……そう言えなくも……」

 

 確かに頼りにはなるけど、口がうまくて商売上手で金にがめついやつで、とは言えず。

 ルイズは軽く頬を染めて目を逸らし、曖昧に言葉を濁した。

 だが、その態度を見て、アンリエッタはなにか勘違いをしたらしい。

 

「まあ。もしかして、同性だからいいと思って、彼女を恋人にしているのかしら。だめよ、ルイズ。婚約者がいるのに」

「……へっ?」

 

 ルイズはきょとんとして、次いで顔をかあっと赤くした。

 

「ちち、違います、姫さま! 恋人だなんて冗談じゃ、……いえ、その。こ、婚約者? って……」

「あら、ごまかさなくても。ワルド子爵のことは、本人の口から聞いているわ」

 

 アンリエッタは、くすくすと笑いながらそう言った。

 

「ワルドさ……ワルドとは、小さい頃に、親同士が約束をしただけでっ」

「へえ、初耳ね。詳しく聞きたいわ」

 

 リリーが興味ありげに、お茶と茶菓子を用意する。

 そうして、三人はしばしの間水入らずで歓談をして交遊を深めたが、あまり遅くなり過ぎないうちに解散した。

 ルイズとリリーとは早めに休んで明日に備えねばならなかったし、アンリエッタも不審がられないように戻って休んでおかなくてはいけない。

 

 

「姫殿下」

 

 帰路で、見咎められないように来た時と同じルートでそっと戻ろうとしていたアンリエッタは、思いもかけず声を掛けられてどきりとした。

 振り返ると、ワルド子爵が立っている。

 つい先ほど話題に出ていたばかりの人物だったので、アンリエッタは少しだけほっとした。

 

「このような深夜に、どうされましたか」

「いえ、子爵。寝付けなくて少し外の空気を吸っていただけです」

「供の者も連れずに、ですか? 部屋の外を守る、魔法衛士隊の者がいたはずですが……」

 

 アンリエッタは返答に困った。

 確かに、入り口の扉から出れば衛士がいるに決まっているので、窓から抜け出してきたのだが。

 

「……些細なことですし、一人で気持ちを切り替えたかったので。いけないとは思いましたが目を盗んで出てきただけです。よろしいかしら?」

 

 少し棘のある言葉にして、深夜に王族の娘を捕まえてあまり問いただすのは非礼だろうと暗に伝える。

 

「お許しください、殿下。しかし、私には殿下が、昼間から何か悩みごとを抱えておられるように見えたのです」

 

 ワルドはそう言いながら、謝罪するように膝をついた。

 

「あるいは、ルイズに宛てて手ずから出された手紙と何か関係があるのではないかと、ずっと考えておりました」

「あの手紙と」

 

 アンリエッタは、見抜かれていたことに少し動揺する。

 ワルドは一層深く頭を下げ、訴えた。

 

「もし、そうであるのならば。分を超えた願いとは存じておりますが、どうかお話しいただけませんか。姫殿下に悩みの種があり、それが自分の婚約者にも関わることであるのなら、是非ともお力に」

「……そう、ですか……」

 

 アンリエッタは、彼のその熱意に押されて考え込んだ。

 彼はルイズの婚約者であり、先ほど話し込んだ限りでは彼女からも大いに慕われている様子だった。

 マザリーニからの信頼も厚いようだし、まず間違いのない人物ではあるだろう。

 もちろん魔法衛士隊の、それも隊長職にある者を遣わすとなれば、マザリーニにも事の次第を話さないわけにはいかなくなるが……。

 枢機卿自身は言うまでもなく、絶対的に信頼のおける人物である……というか彼が裏切っていたら、トリステインの未来などはその時点でないも同然だ……し。

 優秀な戦力となる同行者が増えてくれた方が、ルイズらの生還と成功の確率も高くなるに決まっている。

 彼女らは明日の早朝に出発するのだから、その後ならば知る者が増えることによる情報漏洩の心配をする必要もあまりなくなるし、危険な戦地へ赴く友人たちの身の安全のためを思えば、今さら自分の失態を枢機卿に知られるくらいのことを厭うべきではあるまい。

 なによりも、彼は既に半ば感づいているようだし、あくまでも教えられぬと言い張れば、せっかくの彼の忠誠心に疵をつけてしまうことになるかもしれない。

 特に、万が一にもそのせいで婚約者が帰らぬ人になった、などということになれば。

 そう考えて、心を決める。

 

「……わかりました、お話ししましょう。ですが、他の誰にも話してはなりませんよ」

 

 恭しく頭を垂れたワルドの目が、きらりと輝いた……。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。