7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
「ふうん」
リリーは、ルイズの後について歩きながら周囲の様子を観察して、この『トリステイン魔法学院』の構造をできる限り把握しようと努めた。
学院の敷地内には、背の高い、いかにも魔法使いが住んで研究してそうな雰囲気の尖塔がいくつもある。
食堂は、その中でも一番背の高い、真ん中の本塔にあるらしかった。
ようやく到着して中に入ると、百人は優に着卓できそうな長いテーブルが三つ並んでいる。
テーブルによって座っている生徒らが身につけているマントの色が違うところを見ると、おそらく学年別にでも分かれているのだろう。
ルイズは、真ん中のテーブルに座るらしかった。
一階の上にはロフトの中階があって、教職員らしきメイジたちが、そこで歓談に興じているのが見える。
「へえ、すごいところねえ」
食堂の様子を一通り見まわしながら、リリーは素直な感想を呟いた。
どのテーブルにも、豪華絢爛な飾り付けがなされている。
上品な銀の燭台に、色鮮やかな花飾り、瑞々しいフルーツが盛られた籠。
とても学生食堂だとは思えないあでやかさで、まるでお城の晩餐会か何かのようだった。
「ここ、トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ」
ルイズはそんな使い魔に得意げに指を立て、鳶色の目を悪戯っぽく輝かせながら説明をする。
「『貴族は魔法をもってして、その精神となす』。メイジはほぼ全員が貴族、それにふさわしい教育を受けなくてはならないわ。だから食堂も、貴族の食卓にふさわしいものでなければならないのよ」
「そういうものかしら?」
イギリスの貴族に連なる由緒正しい家系の出で不動産王だというおじいさんは、普段からそんな贅沢な暮らしぶりでもなかった気がするが。
まあ、土地柄お国柄世界柄、個人差等によって、考えかたもいろいろあるのだろう。
「そうよ。ホントならあんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生入れないんだから、感謝してよね」
「はいはい、感謝してまーす」
気のない言葉と、それに反して芝居がかった大袈裟なお辞儀をしながら。
ついでに、『アルヴィーズ』とは何のことかと尋ねてみる。
それはこの食堂の壁際に並んでいる精巧な小人の像のことで、夜になると踊るのだと聞いて、さすがは魔法の世界だと感心した。
「ちょっと。そんな質問をする前に、椅子を引きなさい。気の利かない使い魔ね」
むっつりした顔で腕組みをしながらそんな要求をするルイズに、リリーは肩をすくめたが。
これもこのあたりでは当然のことなのだろうと受け入れて、黙って指示に従う。
に、しても。
「……ほんとに太るわよ、これじゃ」
豪勢な料理が朝から異常なほどにたくさん並んだ食卓を見て、リリーは顔をしかめた。
大きな鳥のロースト、鱒の形をしたパイ、濃厚そうなスープ、何種類ものパンが盛られた籠に、見るからに砂糖や香料やクリームがたっぷり入ってそうなケーキや焼き菓子……。
見ているだけで胸焼けがしてきそうだ。
「だいたい、体によくないわ」
この世界にミネラルとかカロリーとかいった、栄養学的な概念があるのかどうかは知らないけれど。
それとも、メイジというやつは魔法を使うのにすごくエネルギーが必要とかで、地球人よりもはるかにたくさん食べるのだろうか。
スタンド使いや波紋使いは、別にそんなこともないが。
とはいえ、自分もエジプトツアーの最中には、かなりたくさん飲み食いしていたような気がする。
あちこちの屋台で不動産王のおじいちゃんに奢ってもらったり、携帯食料や飲料水をやたらとむさぼったり。
もちろん、ハードな旅路だの刺客の襲撃だの、それ相応に消耗の大きい過酷な生活をしていたからこそではあるのだが……。
「心配しなくても、貴族は食卓に並んだものをぜんぶ食べたりなんかしないわよ」
ルイズがつんとしてそう答えるのを見て、リリーはなおさら肩をすくめた。
(もったいねー)
確かに、食べ切れないほどたくさん出すのが作法だという国や地域は地球にもあるのは知っているが、お残しはよくないことだという考え方が常識な環境で育った身としては、あまり行儀のよいことには思えなかった。
資源の浪費だの、環境破壊だのといった概念は、この世界では一般的でないのだろうか。
食卓に高級そうなワインが並んでいるところから見て、アルコールは成人してから、などという制限もないようだし。
機械とかの類はほとんど見かけないし、魔法なんてもののある世界で地球の基準をそのまま適用すること自体間違ってはいるだろうが、あえて分類するなら文明的には中世か近世あたりなのかもしれない。
まあ、この世界のことはまだろくに知りもしないし、歴史に詳しいわけでもないので、あまり突っ込んで考えようという気もないが。
とりあえず、こちらではそれが普通なのだということで納得して、受け入れておく。
「そう。で、私はあなたが食べ終わるまでここで立って給仕でもして、自分の食事はその後にいただく、とかでいいのかしら?」
どこで食べればいいのかもまだ聞いてないが、さすがに『使い魔の食事なんか用意してないわよ、自給自足しなさい』なんてことはないだろう。
ルイズはちらっとリリーの方に目を向けて少しだけ考えるようなそぶりを見せてから、黙って床の一角を指差した。
「……え。あれって……」
見れば、そこには皿や器がいくつか載った、小さなトレイが置いてある。
「食事が終わるのが遅くなるし、学院の召使いがいるから、給仕はいいわ。そっちで食べてなさい」
「床でェェ?」
リリーは、盛大に顔をしかめた。
他の生徒たちが見ている前で、自分の使い魔とやらにそんなことをさせてたら、彼女自身も笑いものになりそうなものだが。
「当たり前でしょ。あのね、ほんとうなら使い魔は外。あんたはわたしの特別な計らいで、ここに入れてるのよ?」
ルイズは当たり前のように、平然とそう言った。
この国では、平民は貴族と同じテーブルにつくなんてありえないことで、食事の場に臨席する時は地べたで食べるのが当然ということなのかもしれない。
先ほどからこっちの方を見てくすくす笑っている生徒がちらほらと見受けられるようだが、あるいは自分の非常識ぶりを嘲っているのだろうか。
(……仕方ないわね)
リリーは小さくため息を吐くと、荷物の中から『パシュミナストール』を取り出して、敷物がわりに床に広げた。
エジプトツアーの途中で買った土産物だ。
床に食事を直置きしたまま食べるのはちょっと嫌だし、このくらいは構わないだろう、きっと。
自分用の食事をそこに運ぶと、ちょこんと正座して手を合わせる。
「いただきます」
用意されていたメニューは、生徒らが食べているそれとは比べ物にならないほど貧相なものだった。
小さな肉の欠片や野菜の切れ端などが浮いた簡素なスープに、焼き立てとは言い難い少々固そうなパンが二切れ、見慣れないイモや野菜をざく切りにして茹でたものがいくらか盛り付けられた皿と、水で薄めたワインが入った陶器のカップ。
まあ、彼らが食べてるような過剰なボリュームの料理を並べられても困るし、自分としては朝食はこのくらいの量で十分なので、別に文句を言う気はないが……。
とはいえ固い上にマーガリンも何もなしのパンでは、食べるのが辛い。
スープに浸そうかとも思ったが、ここは荷物の中からココナッツミルクで作られた『カヤジャム』を取り出して塗ってやることにした。
これも、最初はエジプトツアーの最中にシンガポール土産に買ったのだが味が気に入って、それ以来ちょくちょく食べている。
ルイズはそんな使い魔の様子を、食事中も訝しげに眉をひそめながらちらちらと窺っていた……。
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「……あんた。さっきは風変わりだけど、なんだか品の良い感じだったわね?」
食堂を出て一時間目の授業へ向かう最中に、ルイズは自分の使い魔にそう話しかけた。
「え、そう?」
リリーは小さく首を傾げたが、まあ褒められたのだろうと解釈する。
「ええ」
床にわざわざ敷物を敷いたり、食事の前に手を合わせて祈ったり。
座りかたも、祈りかたも、そして食べかたも……、ハルケギニアの慣習とは違うのだが、行儀のいい印象を与えるものだった。
「まさかとは思うけど。故郷では貴族だったとか、そんなことは……」
貴族に対しても物怖じせず、逆らうわけでもないが、あまり敬意の感じられない態度。
それでいて、妙に学のありそうな、行儀の良い振る舞いも見せる。
容姿にしても、ここらの人間とは人種の違いはあるようだが、整っていて品がいい印象を与えるものだ。
杖もマントもなく、水兵のような装いをしていて、ハルケギニアの貴族とは似ても似つかないので最初はそんなことは考えもしなかったが、異文化圏の人間であることを考えればありえない話でもない。
万が一そうだったとすれば対応をあらためねばならないかもしれない、と思ったのである。
しかし、リリーはあっさりと首を横に振った。
「まっさかー。そもそも私の故郷じゃ、貴族なんてほとんど見かけないし?」
まあ、知り合いに貴族の家系の末裔だという人々はいるが。
「貴族がいない? 一体、どんな未開の……、ってわけでも、なさそうだけど……」
ルイズはほっとしたような、残念なような気分だったが。
気を取り直して、他にもいろいろと質問をしてみた。
さっき床に敷物をしいたのはなぜかとか、何に祈っていたのかとか、食べていたのは何かとか。
「なぜってわけでもないけど。床に直置きしたものを飲み食いするのってなんか印象が悪いし、不衛生な感じがするから」
「ふうん?」
「何に祈ってたわけでもないっていうか、ただの習慣みたいなものだけど……。強いていえば、食べ物になってくれた動物とか植物とかに感謝して、食べさせていただきます、って」
「始祖でも神でもなくて、鶏や野菜に感謝? 変なの」
「そうかもね。……でも、カミサマはどうかわからないけど、食べ物には毎日間違いなくお世話になってるわけだから」
リリーは苦笑しながらそう言うと、最後にカヤジャムの瓶を取り出して見せた。
「食べてみる?」
ルイズは半ば不本意ながらも、その勧めを断った。
「貴族は、平民から食べ物を恵んでもらったりなんかしないものよ」
「そう? 甘くておいしいのに。恵まれるのが嫌だったら、いくらかで売ろうか?」
「食べ差しなんか買う訳ないでしょ! 大体、使い魔から買い物するようなメイジはいないわよ!」
「……そうかしら」
リリーは、傍らにいる自分のスタンドにちらりと目をやる。
『おいおい、わしは使い魔っちゅーやつやあらへんで?』
そんなことをとりとめなく話している間に、教室についた。
原作のサイトよりはだいぶマシな食事が用意されているのは、彼ほど反抗的じゃないのと女の子だからです。
パシュミナストールやカヤジャムは、『7人目のスタンド使い』ゲーム内で実際に購入できる各国の土産物(兼、実用品)です。