7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第四十話 機械なめんな幻想種

 

 早朝、朝靄の中で、ルイズは馬に鞍をつけていた。

 服装は動きやすいよういつもの制服だが、ラ・ロシェールまでの長旅に備えて、足には乗馬用のブーツを履いている。

 ポケットには昨夜の歓談の最後にアンリエッタがしたためたウェールズ皇太子への密書があり、右手の薬指には彼女からお守りにと渡された『水のルビー』がはめられていた。

 彼女は準備をしながら、傍らのリリーの方を困ったような顔で見つめる。

 

「……ねえ。本当に、それで行くつもりなの?」

「うまく行けそうならね。万が一、道路の状態とかの問題で駄目そうだったら、途中の駅で馬に変えるわ」

 

 リリーがこの旅に備えて用意した乗り物は馬ではなく、キャラバンに作らせた自動二輪車、いわゆるオートバイであった。

 キャラバンの袋は直径一メートルで、そこから取り出せないサイズのものは作れない。

 よって、車や飛行機は部品から組み立てでもしない限り無理だが、バイクならば全長はともかく全幅や全高は一メートル以内に収まるものがいくらでもあるので、問題なく作れる。

 先日初めて王都まで行った際には、車輪付きの乗り物などで出かけて路面の状態が悪くて立ち往生したら困ると思って馬に乗ったのだが、ハルケギニアの街道は魔法によるものなのか概して予想以上にきれいに舗装されていて、バイクでも問題なく走れそうだった。

 反発する波紋とかで多少ジャンプしたりで障害を越えたりもできるだろうし、少なくとも完全に立ち往生ということはまずなさそうである。

 であるのなら、バイクのほうが馬よりは疲れないだろうし、スピードも出るに決まっているのだから、急ぎの旅ならば当然こっちにするべきだろう。

 肉体的にはともかくスタンドパワーの消耗という点ではそれなりに疲弊しそうだが、まあ、必要に応じて飲食物などで補給しながら旅してもいいわけだし。

 風防やライダースジャケットに、アライのメット、エルメスのくつ(ライディングブーツ)なんかもキャラバンに作らせて、フル装備だ。

 

「逆に問題なさそうだったら、ルイズが駅に馬を預けて私の後ろにつかまって乗ったらいいわよ。こっちのほうが速いと思うから」

 

 ファンタジーやメルヘンな世界とはいえ、馬は地球の同名の動物と概ね同じであろう。

 途中の駅で交換することを前提に、一、二時間程度で潰れてしまうような無理な駆け足で移動させたとしても、おそらく時速にして二十キロもだせまい。

 波紋などである程度疲労を回復させてやるにしても限界がある。

 その点、バイクなら時速六十キロ、馬ではものの数分で潰れてしまうような全力疾走並みのスピードを無理なく出し続けることができるし、キャラバンがいればスタンドパワーがもつ限りその辺の土からいくらでもガソリンを作れるから、燃料切れの心配もない。

 馬では乗り手の疲労も考慮すれば、途中の駅で交換したとしても一日にせいぜい百キロ進めるかどうかくらいだろうが、バイクならその程度の距離はほんの二、三時間で移動可能だ。

 もちろん途中の街道の舗装度合いなどにもよろうが、よほどのことがない限りルイズとの二ケツであっても、馬よりも遅くなるということはまずあるまい。

 しかも、道の舗装度合いは現代日本に比べれば劣るかもしれないが、その代わりこのハルケギニアには否応なく一時停止させられる信号機や、道路を混雑させる他の車は存在しないのである。

 

 ハルケギニアにバイカーはひとり……このリリーだけだ。

 

(本当はシルフィードに乗っていけたら、それが一番早いんだろうけどね)

 

 だが、これはお忍びの任務であるから、タバサやシルフィードに事情を話して頼むというわけにもいくまい。

 彼女らなら『事情は話せないけど手伝って』でも協力はしてくれるかもしれないが、近衛部隊の魔法衛士でさえ信頼できるかどうかわからないと漏らしていたアンリエッタのことを思えば、こちらで勝手に他国からの留学生に情報が漏れかねないようなことをするのはまずいだろう。

 適当な理由をつけて王都トリスタニアまでシルフィードに送ってもらい、そこから竜籠を頼んでラ・ロシェールへ行くという案も考えたのだが、竜籠に空きがあるとは限らないし早朝では営業していないので受付開始時間まで待たなくてはならないといった問題点をルイズが指摘し、運が悪いとかえって遅れそうでリスクが高いということで断念した。

 そもそも、悪意はないとは言え、彼女らを騙して協力させるというのもあまり気が進まないし。

 

「馬よりも速いの? それが?」

 

 ルイズは半信半疑で、その奇妙な鉄の乗り物をじろじろと眺める。

 

「……まあ。あんたの言うことなら、そうなんでしょうけど」

 

 そう言うと、咳払いをした。

 

「とにかく、準備がいいなら出発するわよ。一刻の猶予もないんだから」

「ええ、大丈夫よ。それじゃあ、行きましょうか」

 

 二人が頷き合って、それぞれの乗騎にまたがろうとしたとき。

 

「待ちたまえ、僕も同行させてもらおう。姫殿下からそう命じられてね」

 

 そんな声とともに、朝靄の中から羽根帽子を被った、一人の長身の貴族が姿をあらわす。

 ルイズも、そしてリリーも、その姿には見覚えがあった。

 

「あなたは……」

「わ、ワルドさま!?」

 

 ルイズが目を丸くして彼の名を呼んだ。

 ワルドは人懐っこい笑みを浮かべてルイズに駆け寄り、抱え上げる。

 

「久しぶりだね、ルイズ。僕のルイズ!」

「お、お久しぶりでございます。お恥ずかしいですわ……」

 

 彼女は頬を染めながらも、されるがままになっていた。

 リリーは、『ほへー、あのルイズがねえ』というような顔で、そのやりとりを見守る。

 ワルドはルイズを下ろすと、今度はそんなリリーの方に向き直った。

 

「君には昨日会ったね。ぼくの婚約者がお世話になっているよ」

「いえ、大したことはしていませんけど。彼女の使い魔の水流リリーです、よろしく」

 

 リリーはそう言ってお辞儀をしながらも、頭の中ではなんで出発の直前になって急に彼が出てきたのだろうか、と考えていた。

 いやもちろん、彼自身も言っていたとおり、アンリエッタが同行を命じたからには違いないのだろうが。

 彼女は昨夜、『たとえ魔法衛士隊のメンバーであっても、絶対に信頼が置けるかどうかまでは確信が持てない』というようなことを言っていたのに。

 

(やっぱり二人だけで戦地へ行かせるのは不安があるし、ルイズの婚約者なら間違いはないだろうからってことかな)

 

 詳しい事情を聞きたくはあったが、まるで疑ってでもいるみたいに根掘り葉掘り尋ねて、これから同行する仲間の不興を買ったりしても困る。

 まあ、アンリエッタが彼にも頼むと決めたのなら、こちらからは特にいうこともあるまい。

 リリーがそんなふうに考えていると、ワルドは彼女のその様子を緊張の表れととったのか、ふっと笑った。

 

「どうした。もしかして、アルビオンに行くのが怖いのかね。なあに、君はあの『土くれ』のフーケを捕まえたというじゃないか。その勇気があれば大丈夫さ!」

「ありがとうございます。でもあれは、ルイズや他の仲間たちの協力あってのことですから」

 

 リリーは肩をすくめて微笑みを返すと、気を取り直してバイクにまたがった。

 ワルドは不思議そうに、それを見つめる。

 

「君は馬に乗らないのか。それは、なにかのマジックアイテムかな?」

「ええ、まあそんなようなもので。私の故郷の乗り物です」

「……そうか。だが、それで本当に、ラ・ロシェールまでついてこられるのだろうね」

 

 ワルドが口笛を吹くと、朝靄の向こうからグリフォンが現れた。

 鷲の上半身と翼に屈強そうな獅子の下半身がついた、地球でも名の知れた幻獣である。

 さすがはファンタジーやメルヘンな世界だ。

 

「おいで、ルイズ」

 

 ワルドはさっとそのグリフォンに跨ると、ルイズを手招きした。

 ルイズはちょっと困ったように、自分の用意した馬と、リリーの方を見る。

 急にあらわれたワルドのグリフォンに乗せてもらうよりは、好きな乗馬をしたい気持ちとか、リリーの乗り物を試してみたい気持ちとかがあるのだが……。

 

「グリフォンってのは、馬よりは速いのよね?」

「もちろんだ。幻獣としてはさほど速い部類ではないが、持久力がある。それに速くないとはいっても、並みの馬程度には負けんよ」

 

 リリーはルイズに尋ねたつもりだったが、ワルドが横からそう答えたので、軽く頷きを返した。

 

「なら、ルイズの馬は私が厩に返しておくわ。荷物も私が持っていくし。急ぎの任務なんだから、少しでも早い方がいいでしょう」

「う、うん……そうね」

 

 ルイズは少し躊躇いがちにしながらも、ワルドに抱きかかえられてグリフォンに跨った。

 ワルドは手綱を握り、杖を掲げて場を仕切る。

 

「さあ、出発だ!」

 

 リリーが頷いて、バイクのエンジンを始動させる。

 ぶおん、ぶおおんと機械の唸る音に、ルイズがぎょっとしたような目を向けた。

 

「ちょ、ちょっと! リリー、それほんとに大丈夫なんでしょうね!?」

「大丈夫よ。これで正常な音なの、気にしないで」

 

 そう言うと、ヘルメットを被る。

 

「……そ、そうなの?」

 

 不安げにするルイズの後ろで、ワルドが肩をすくめた。

 

「それがなにかは知らんが、これは急を要する任務だからね。言っておくが、遅れても待たんよ。置いていくからな」

 

 

 アンリエッタは、出発する一行を学院長室の窓から見つめて、小さく首を傾げた。

 隣にはオスマンがいる。

 

「本当に、変わった使い魔のようですね」

「ほほ。そうですのう……」

 

 彼は目を細めて、満足そうに頷いた。

 そこへコルベールが血相を変えて飛び込んできて、王女と魔法衛士隊が不在の折に、何者かがチェルノボーグの牢獄からフーケを脱獄させたという知らせを届けてきた。

 アンリエッタはそれを聞いて顔面を蒼白にさせたが、オスマンは平然とコルベールを退出させると、長い顎髭をゆったりと撫でる。

 

「そもそも規格外の強者が、変わり者でないことなどありましょうか。伝説の『ガンダ―ルヴ』しかり、かの英雄『烈風』カリンしかり、でしてな」

「『ガンダールヴ』に、『烈風』カリン?」

 

 アンリエッタは目を瞬かせた。

 

「確かにわたくしも、昨夜話してみて、平民とは思えない頼もしさを感じましたが……。あの使い魔は、それほどまでの評価に値する者なのですか?」

「さて。まあ、この老いぼれめは、懐かしい友の戦友でもある彼女ならば、必ずややってくれると信じておりますじゃ」

 

 

 ラ・ロシェールは、トリステイン魔法学院から早馬で二日ほどの距離にある。

 地上三千メイルほどの高さに位置する浮遊大陸アルビオンと飛行船で行き来するため、狭い峡谷の間に作られた港町だ。

 定住しているのは三百人ほどだが、商人や旅行客など、常に十倍以上の人間が街を闊歩しているという。

 

(ラピュタみたいなのが本当にあるだとか、いかにもファンタジーやメルヘンな世界って感じね)

 

 リリーは、これからその幻想郷のような地へ向かうのだという高揚感と、戦地へ向かう緊張感とが複雑に混ざり合ったなんとも言えない気分を抱えながら、街道をバイクで走っていた。

 魔法学院を出発して以来、ワルドはもう二時間以上もグリフォンを疾駆させ続けている。

 馬ならかなりの速足でもついていくのがやっとというくらいのペースで、おそらくは既に途中の駅で交換しなくてはならなくなっているだろうが、グリフォンもワルドも疲れを見せずに走り続けていた。

 出発前に豪語しただけのことはある。

 一方でリリーの方も、物思いに耽ったり景色を眺めたりしながら走っていられるくらいには余裕があった。

 たまにすれ違って目を丸くした他の旅行者に、軽く手を振ったりもする。

 

 ……というか、ちょっと遅すぎるくらいだ。

 スピードメーターによると、時速二十キロも出てない。

 馬にとってはこれでも長時間走り続けるにはきつい速度だろうが、現代日本の公道でこんな速度で走ってたら、後続車が迷惑するだろう。

 

「ミズル、大丈夫? そんな暑そうな格好で、疲れてない?」

 

 途中の駅に用足しのために立ち寄った時、ルイズが心配そうにリリーにそう尋ねた。

 彼女はフルフェイスのヘルメットを被っているので表情が見えず、へばっているのではないかと心配しているのだ。

 

「ん。ぜんぜん平気だけど」

 

 リリーはヘルメットを脱いで、元気な顔を見せてやった。

 ついでに、軽食と飲料を買うことにする。

 

「私の経験では、こういう道の駅みたいなところで出してる食事が結構おいしいのよね」

 

 上々の味だったら、後で解析してキャラバンで作れるようにしようと考えながら、メニューを物色する。

 

「じゃあ、このボンバの実のパイっていうのと、ハーブティーを」

「おや。そろそろ疲れてきて、休憩したくなったかな?」

 

 そこへワルドがやってきて、ふっと笑いながら、ルイズの肩を抱いた。

 ルイズは頬を染めたが、なんとなく居心地悪そうにそわそわしている。

 

「だが、あまりのんびりもしていられないよ。それを食べたら、すぐに出発しよう」

「もちろん」

 

 リリーは汁気たっぷりのおいしいパイに目を細めて、ルイズとワルドにも勧めた。

 それから、ちょっとお願いがあるのだが、と切り出す。

 

「なんだね? 進むペースは落とせないよ。何度も言うようだが、これは急ぎの任務だからね」

「ええ。だから……」

 

 リリーは持ち帰り用にヴィトルという携行食を包んでもらいながら、要望を口にした。

 

「もしグリフォンが今よりもスピードを上げられるんだったら、そうしてください。今のペースだと少し遅すぎるくらいなので」

 

 

(これほど速いものだとは……)

 

 再出発してからしばらく経ち、ワルドは舌を巻いていた。

 グリフォンは既に継続して走れる最高の速度で疾駆しているが、リリーは余裕でついてきて、ろくに疲れた様子も見せていないのだ。

 

「すごいじゃないの」

 

 少し後ろを走るリリーの方を振り向いたルイズが、感心したようにそう言った。

 思った以上に速いというのもあるが、最初は奇妙な風体だと思ったものの、こうして走っている姿を見るとなんだか格好よく思える。

 出発前にアンリエッタが素敵だの恋人かだのと言っていたせいで、自分も影響を受けたのかもしれない。

 

(……くそっ!)

 

 この旅で早々に使い魔よりも自分の方が頼りになると印象付けておきたかったワルドは、内心で舌打ちをする。

 そのために少しむきになって少し飛ばし過ぎ、グリフォンがへたばり始めた。

 出発して半日ほど過ぎた頃から、明らかにペースが落ちてくる。

 

「よかったら、これをどうぞ。疲れが取れますよ」

 

 途中の駅で小休止を取ることになって、リリーがワルドとグリフォンに手持ちの回復用飲料を勧める。

 

「なに。自分で何とかできるさ」

 

 彼女の世話になりたくないワルドはそう言って、使い魔に水魔法による回復を施し、疲労を軽減した。

 その様子を見ていたルイズは、困ったように眉根を寄せて、彼に申し出た。

 

「ワルド。わたしは、リリーの後ろに乗せてもらうことにするわ」

「なんだって? そんな、君は僕の婚約者じゃないか」

「任務中に婚約者も何もないでしょう。それに、ミズルは同性だし、わたしの使い魔……パートナーなんだから。後ろに乗っても、別に問題ないじゃないの」

「そうですね。ルイズがそれでいいなら」

 

 リリーも、そう言って同意する。

 たぶん婚約者の前でいいところを見せたいのだろうなと思って、自分からは申し出にくかったのだが、ルイズが口にしたのなら拒否する理由もない。

 彼女にとってワルドは今のところ、出発の直前になって急に出てきてすっトロいグリフォンでついてきやがったせいで、大幅に進行を遅らせている足手まといである。

 彼がいなければ今頃はルイズと二人乗りで、もっと快速に飛ばしていたはずなのだ。

 タンデムベルトで落ちないようにしっかりとつないで時速六十キロくらい出せば、もしかしたら今頃はもうラ・ロシェールとやらに到着できていたかもしれない。

 まあ、だからといって仲間を置いていく気はもちろんないが。

 彼自身は遅れたら置いていくぞと言っていたが、それはさすがにこちらに発破をかけるつもりで大袈裟に言っただけだろう。

 魔法衛士隊の隊長ということだから、現地に着いた後は戦力として大いに期待できるはずだし。

 

「ルイズがこちらに乗ればグリフォンの負担が軽くなるし、そうすればスピードももう少し出るでしょう。急ぎの任務ですから、その方がいいと思います」

 

 結局、ワルドはしぶしぶながら、その意見に同意せざるを得なかった。

 





馬の速度:
 常歩(なみあし)……歩き。時速五~六キロくらい。この速度でなら無理なく進める。
 速歩(はやあし)……ジョギング程度。時速十五キロ出るかどうかくらい。一時間ほどでバテる。
 駆歩(かけあし)……走り。時速二十~三十キロくらい。三十分前後が限界。
 襲歩(しゅうほ)……ギャロップ、全力疾走。時速六十~七十キロくらい。五分も走れば潰れる。

馬が一日に進める距離:
 常足で継続的に進むのが最も効率的で、一日に五十~六十キロメートルくらい。
 途中の駅で疲れた馬を交換するならその二~三倍くらいは進めるか。
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