7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
「うーん……」
翌日、リリーは部屋の女性陣の中で一番早くに目を覚まして、ぐーっと伸びをした。
バイクで長旅をしてきたのだから誰よりも疲れていそうなものだが、波紋呼吸法と回復飲料による疲労軽減効果は伊達ではない。
エジプトツアーの時に比べれば楽なものだ。
他の少女らを起こさないようにそっと着替えると、とりあえず階下に降りて食事を摂ることにする。
「モーニングセットをお願いね。それと、何かこのお店のお勧めはある?」
「アルビオンから飛んでくるソラトビウオのフライはどうです、このあたりの特産品ですよ。重くないので朝食にもぴったりです」
「じゃあ、それをいただくわ」
リリーは蜂蜜とバターを塗った白パンと野菜のスープ、果実のパイとチーズとコーヒー、それに表面はカリカリしていて中はジューシーな白身魚のフライという朝食に舌鼓を打ちながら、さて今日は何をしようかと考える。
新商品開発のアイデアを求めて街を散策とか、いろいろとしたいことはあるのだが、昨夜の襲撃のことを考えると一人での行動は危険だろう。
もしかしたらこの街のどこか、あるいは近くに今もフーケやその仲間が潜んで、襲撃の機会をうかがっているかもしれないのだから。
まずは、他の皆が起きるのを待ってからになるか。
「おはよう、使い魔くん」
そんなふうに考えていたところへ、ワルドがやってきた。
「おはようございます。これ、おいしいですよ」
リリーが営業スマイルでそう勧めると、ワルドはにっこりと笑い返しながら彼女の前の席に座る。
割と長身な方だが、やたらとガタイのいい男ばかりだったエジプトツアー御一行様のメンツと比べると目立つほどでもない。
アヴドゥルやポルナレフと同じか、それよりやや低いくらいだろう。
彼はやってきた店員に適当に食事の注文を出すと、リリーに話しかけた。
「君はあの伝説の使い魔、『ガンダールヴ』なんだろう?」
「ああ、そうらしいですね」
リリーは軽く頷きを返す。
内心では、承太郎とどっちのほうが老け顔かしらだとか、双方に失礼なことをぼんやりと考えながら。
「そういえば学院でも、調べないとすぐにはわからないようなものだったらしいんですけど。ワルドさんは、そういうルーンとかに詳しい方なんですか?」
もしかして学生の時にルーンとか『虚無』とかについて専攻してたのかな、などと考えながら、そう尋ねてみた。
まあ、そうでなくても単に昔たまたま読んだ本のマニアックな知識が強く頭に残ってたとかは自分も割とよくあることだし。
彼がルイズのことを心配して、あるいは彼女の奇妙な特性に関心を持って色々と調べた結果知ったのだということもありうるだろう。
ゆえに、別に探りを入れようとかいうわけではなくなんの気なしの興味本位の質問だったのだが、なぜかワルドは誤魔化すように首を傾げ、少し考えながら答えた。
「……まあ、そんなところだ。僕は歴史と兵に興味があってね。フーケの一件で君に関心を抱いたのだが、ルーンの件についても、フーケを尋問して聞き出したことから王立図書館で調べてみて、気付いたというわけだ」
「はあ……なるほど」
リリーは相槌を打ちながらも、ワルドのその態度や返答をやや不自然に感じた。
自分はゴーレムを引き付けていただけで彼女とは直接戦っていないのに、ルーンなんかがフーケの印象に残っていたのだろうか。
(倒したのはルイズだったし、その前にアホのロレーヌと決闘したときも、武器は使わなかったけど……)
まあ、学院の秘書だったのだから、コルベールやオスマンが話しているのを漏れ聞いたとかかもしれないが。
そう考えていると、ワルドが咳払いをして先を続けた。
「それで、だ。君に、手合わせを願えないかと思ってね」
「手合わせ?」
リリーはちょっと目を瞬かせた。
「……何のですか。カードとかチェスとか?」
「ははは、君は冗談も上手だな」
ワルドは朗らかに笑った。
が、目が笑ってない。
「もちろん、これさ。あの『土くれ』を捕まえたという腕が、どれほどのものかを知りたいんだ」
そう言って、腰に差した魔法の杖……細身で、刺突剣のような形状をしている……を、引き抜いて見せる。
「はあ……」
女とそういうことで勝負したがる男ってのも珍しい、とリリーは思った。
なんにせよ、自分の方はぜんぜんやりたくなんてない。
「……あー。それなら、ルイズと手合わせをされた方がいいですよ」
「なんだって?」
「だって、フーケを吹き飛ばして倒したのはルイズですから。自分はフーケと直接戦うこともできずに、ゴーレムを相手に時間稼ぎをしていたくらいで」
別に、ルイズに彼の相手を押し付けようとかいうわけではない。
さすがに彼女を相手にケンカは売らないだろうから、そのへんから適当に言い包めて納得させられないかな、という考えからだ。
ワルドは片眉を上げると、楽しげに笑ってみせた。
「まさか。婚約者を相手にそんなことをするわけにはいかないさ。君だって、主人に怪我をしかねないような役を負わせたくはないだろう。『メイジの実力を知るには、使い魔を見よ』というじゃないか。君の腕前を見れば、ルイズのそれも自ずとわかるというものだ」
婚約者って、と、リリーはちょっとうんざりしたような、呆れたような思いを抱いた。
ルイズの話によると、彼女は昨夜ワルドに『少なくとも当分は結婚する意思はない、ちゃんと魔法を使えるようになるまではミズルと一緒に頑張るつもりだ』『結婚についてはその後にどうするかをあらためて一から考えるつもりでいる、何年かかるかわからないしワルドは自分より年もだいぶ上なのだから無理に待ってもらわなくていい』と伝えたという。
はっきり振られたとまでは言わないにしても、普通に考えて婚約の件は一旦白紙に戻したいという意思表示をされたということだと思うのだが。
(この様子だと、まだ諦めてはいないみたいね)
未練がましくてしつこい男は嫌われるわよ、と思いながら。
リリーは軽く肩をすくめた。
「あの。『ガンダールヴ』だとかでそういうイメージを持たれたのかも知れませんけど、私は別に戦いの専門家とかじゃないですし、バトルマニアってわけでもないんで。特に戦いたいとかはないんですけど……」
「おやおや。望まなくても、避けられないときもあるのが戦いというものだろう。いざそんなことになったときに、婚約者の使い魔がどれほど頼りになるものかを知っておきたいのさ」
「……今は大事な任務の最中ですし、責任の面からいっても、余計な体力を使ったり怪我をしたりするようなことはやめておいたほうがよくないですか?」
「大事な任務の最中だからこそ、互いの力量を知ってかなくてはならないだろう。なに、今日は一日休みなのだから静養する時間は十分にあるじゃないか。ぜひ頼むよ」
「…………」
リリーは処置なしだというように、内心で深く溜息を吐いた。
なんだかんだ理由をつけてはいるけれども、要するにどうしても自分と戦いたいということらしい。
それがなぜなのかは知らないが。
「……わかりました。それじゃあ……」
リリーは軽く深呼吸をして気持ちを切り替えると、にっこりと微笑みつつ、指で軽く輪っかを作って見せた。
「ファイトマネーは、おいくらいただけるのかしら?」
・
・
・
しばらくの後に、リリーはワルドが指定した戦いの場所……宿の中庭にやってきていた。
彼によると、この宿は昔アルビオンからの侵攻に備えるための砦だったらしく、その時代の練兵場跡がそこにあるのだ。
今ではほとんどただの物置き場のようだったが、樽や空き箱に混じって苔生した石製の旗立台などが鎮座しているあたりに、かろうじて往時の面影が感じられる。
(アルビオンからの侵攻に備えてっていうことは、今は向こうの王族はトリステインとは友好的みたいだけど、昔は戦争をしてたような時代もあったってことなんでしょうね)
国と国との関係は複雑なものであり、その時々の双方の都合でコロコロと変わっていく。
そのへんの現実的な事情は、ファンタジーやメルヘンな世界であろうともやはり変わらないものなのだろう。
なんとも夢のない話だが。
(『幻想』の中であっても、『現実』は侵食してこざるを得ない……ってことかな)
古びた器物を眺めながらそんな物思いに耽っているリリーに、ワルドは蘊蓄を披露する。
「昔、……といっても遠く離れた地から来たという君にはわからんだろうが、かのフィリップ三世の治下には、よくここで貴族が決闘したものさ」
「決闘、ですか」
「そうだ。古き良き時代、王がまだ力を持ち、貴族たちがそれに従った時代……、貴族が貴族らしかった時代には、僕たち貴族は名誉と誇りをかけて魔法を唱えあった。そういうことになっている」
ワルドはふっと笑った。
「でも、実際には、およそくだらないことで杖を抜きあったものさ。たとえば、女を取り合ったりとかね」
「はあ……」
そんな話を振ってくるからには、もしやワルド自身もそういった意図があって手合わせとやらをふっかけてきたのだろうかと、リリーはふと考える。
(さすがに、それはないかな)
勝ち負け以前に自分と戦ってもルイズに関する限り何の意味もないことは、火を見るより明らかだし。
万が一そういう意図なのだとすれば、キュルケの見立て通り女を口説くセンスがないというか、見当違いだというより他にない。
「……まあ、確かに。くだらないですね」
リリーは古びた木箱を指でなぞりながら、目を細めた。
「女の子は、勝った相手に惚れるっていうようなものじゃありませんし。むしろ、勝ったから自分のものだとか、そんな物みたいに考えられたり取り扱われたりするなんて冗談じゃありませんから」
「なるほど、そうかもしれないな。しかし、貴族などというものは厄介でね。強いか弱いか、一度それが気になるともう、どうにもならなくなるのさ」
「……はあ、なるほど」
彼の今の言葉を素直に受け取るならつまり、この手合わせの動機は『おいガンダールヴよ……いっちょ……強さ比べをしてみようぜ』というやつか。
貴族というか、男子にはよくありそうな興味関心事項ではあるのだろうが。
(毎度アリ……というか、やれやれだわ)
自分には正直、どーでもいいとしか思えなかった。
そんなものは相性や状況によっていくらでも変わるだろうし、スタンドには強い弱いの概念はないんだし。
大体、いくら鍛えようがルーンでパワーアップしようがスタープラチナとかと殴り合って勝てるようになるわけもないのだから、最強を目指そうなんて気もさらさらない。
(なんで男子ってのは『スタローンとバンダムはどっちが強い?』だの、『シャカとサガはどっちが強い?』だの、そーゆーくだらねー話がやたらと好きなのかしらね)
まあ女子は女子で、『氷河は攻めか受けか』とか、輪をかけてくだらねー話をしてるのもたまにいるが。
腐ってやがる。
どっちでもねえよそれあんたの妄想だから。
(そのテの話をする女子の間だと、この人はたぶん受けが主流かな……)
などと、それこそどーでもいいようなことをぼんやりと考える。
リリー自身は昔、マリネラの殿下が憧れの人だと何の気なしに話したら、「成長パタリロ×バンコラン本」とかいう地獄のよーな代物を勧められて以来、そーゆー連中にはあまり近付かないようにしているのだが。
(自分の『好き』ってのは、そーゆー感じじゃないから!)
(私のそばに近寄るなああーッ!)
(早く離れねーとシタ入れてキスするぞッ!)
「……とにかく。ファイトマネーをいただいた以上、お相手はしますよ」
リリーは気を取り直してそう言うと、持ってきたデルフリンガーの柄を握った。
左手のルーンが、ほのかに光を放つ。
あまり気は進まないものの、対価を受け取ったからには、代金相応の手合わせはちゃんとしなくてはなるまい。
商売は信用が第一だ。
「ああ。だが、立ち会いにはそれなりの作法というものがある。介添え人がいなくてはね」
「介添え人?」
リリーは目を瞬かせて、小首を傾げた。
単に手合わせをしようという話だったはずだが、ずいぶんとまたきちんとした形式をとるものだ。
「もう呼んであるから、少し待ちたまえ」
ほどなくして、ルイズが姿をあらわした。
ワルドが呼んだのは彼女だけだったが、既に起きていたキュルケとタバサも後ろからついてきている。
ルイズはワルドがリリーと一緒にいるのを見て、眉をひそめた。
「ワルド。来いって言うから来てみれば、一体ここで何をする気なの?」
「なに。彼女の実力を、ちょっと試したくなってね」
「実力を試すって、……まさか」
「決闘?」
タバサが小首を傾げて、そう言った。
「いえ、これは」
「そういうことだな」
彼から手合わせを頼まれて……と、答えようとしたリリーは、ワルドが先にそう言ったので口をつぐんだ。
手合わせと決闘では、ちょっとニュアンスが違うような気がするのだが。
(……『振られた腹いせに、元婚約者の目の前で使い魔をボコボコにしてやるぜ』とか、そんな感じじゃあないし。そもそも、『元』じゃなくて、まだ婚約者のつもりでいるらしいし……)
そうなると、やっぱり女の取り合いと言うか、この『決闘』とやらでルイズの気持ちを自分の方に傾けようというような狙いでももっているのだろうか。
プロポーズしたときに、『この旅が終わる頃にはルイズの気持ちは自分に傾いているはずだ』とか言ったらしいが、その後に彼女から『今はまだ結婚は考えていないので、婚約の件は一旦白紙に戻したい』と伝えられたはず。
それにも関わらず、まだルイズの心を遠からず掴めるだろうと思っているのか。
(……うーん……)
なんかこの子爵様は初めから任務とかどうでもよくて、ルイズを口説く意図だけで着いてきたんじゃあるまいか、という気がしてきた。
(需要のない商品を無理に売りつけようとしても、客からの心証が悪くなるだけだと思うんだけどなあ)
まあ、やり方にもよるだろうが。
とりあえず、ルイズの目の前で自分を叩きのめしても、逆に叩きのめされても、それで彼女からの好感度が上がるとは思えない。
(勝った後で負けた側のレディーを紳士的に取り扱うとか、なんかそういうことで、強いところやカッコいいところを見せつけるつもり……とか?)
……あまりうまく行くとは思えないが、まあ、彼には彼の判断で動く権利があるだろう。
もしかしたら自分には思いつかないような、もっと巧みな口説き方とかを考えているのかもしれないし。
(この人がルイズに自分のことを良く印象付けようとしてるんだったら、ファイトマネー三割増しくらいでご希望の演出とか八百長試合とかも引き受けますよって提案したらよかったかな?)
でもまあ、なんかプライドが高そうだし。
そんな提案をしても、侮辱ととられて怒られそうではある。
「ああ、もう!」
リリーが色々と考えている間に、ルイズはバカなことはやめて、そんなことをしている場合じゃないでしょうとワルドを説得しようとしたが、うまくいかず。
彼女は今度は、リリーの方に話を振ることにした。
「やめなさいよ、ミズル。こんなことに付き合う必要はないでしょ?」
「ん……」
まあ自分の方も正直あんまり気が進まないんだけど、と言おうかとも思ったが。
正式にお金をもらって引き受けた以上、そんなやる気のない態度をあからさまに示すことはお客に失礼だと思い直して、首を横に振る。
「申し訳ないのだけど、ファイトマネーをいただいた以上、私には手合わせに応じる義務があるわ」
「……は? ファイトマネー?」
ルイズがきょとんとする。
「そうなんだ。君の使い魔どのに、『伝説と戦いたいのなら相応の対価を払え』と要求されてしまってね」
ワルドが苦笑しながらそう説明すると、ルイズはかあっと顔を赤くした。
「……ななな、なにをお金とって戦うだなんて恥知らずなことしてんのよ、あんたはあぁーッ!?」
「別に恥知らずとかじゃあないわ。まず、戦いたいって言ってきたのはワルドさんのほうよ。最初は私も断ろうとはしたけど、どうしてもやりたいって言われたからね」
思わず杖を振り上げようとしたルイズの腕を、それを予想していたリリーがさっと掴む。
「ちょっと誤解があるみたいだけど、私は別に伝説だからとか、そんな理由でお金を請求したんじゃあないの。仮に私が『ガンダールヴ』なんてものじゃないごく普通の使い魔だったとしても、要求は変わらないわ」
落ち着いて、ひとつひとつきちんと言い聞かせるように説明をしていった。
「いい、私にはルイズの使い魔としてのお仕事や、今引き受けている任務や、自分の時間や商売があるわけよ。にも関わらず決闘をして時間と体力を使ったり怪我をしたりすれば、それらに差し障りが出る。もし負傷した場合の治療にあてる費用とか、仕事を中断することで起こる不利益に対する代価とかを、戦いたいという側に請求するのは当然でしょう。私は正当な権利を行使しているだけよ?」
要するに、レスラーやボクサーがチャリティーでもないのにロハで試合をするかって話である。
少なくとも頼む側が無償でやれと要求するのは非常識だろう。
「もちろん、私と同じように不利益を被ることになるルイズには、後でいただいたお金をいくらか分けるからね」
「そんなのいらないわよ! ……もうっ!」
ルイズはまだぷんすかしてはいたが、リリーに口では敵わないと悟ったのか、不服そうにしながらも引き下がる。
面白そうじゃないの、といった顔をしたキュルケが、そんな彼女に近づいた。
「あいかわらず、ミズルはしっかりしてるわねえ」
「……単に、金に汚いだけよ。どうせ……」
「ほいほい散財しちゃいそうなあんたには、理想的な財布番じゃないの。頼もしくて、いい内縁の妻になりそうね」
「なな、内縁の妻ってなによ!」
「静かに」
いつの間にか同じように近くに来ていたタバサが、ちょっと棘のある感じの声でそういった。
目は、向かい合う二人の方に向けられたままだ。
「では、介添え人も来たことだし、話もまとまったようだし。そろそろ始めるとしよう」
ワルドは腰から刺突剣のような杖を引き抜き、フェンシングのような構えでそれを前方に突き出した。
「そうですね」
リリーも頷いてデルフリンガーを構えつつ、さて、どう戦ったものかと考える。
(向こうは『ガンダールヴ』と戦いたいってことみたいだし、波紋とかスタンドとかより武器をメインに使うほうがいいかな?)
まあ、それはルイズの目の前で強いところを見せたいがための方便とかなのかもしれないが。
いちおう、そういう話でファイトマネーをもらって引き受けた以上は、それっぽく戦っておくほうがいいか。
「どうした。遠慮はいらんよ、全力で来たまえ」
少し考え込んでいたリリーを躊躇している、あるいは怖気づいていると見たワルドが、少し杖の先を下げ、薄く笑ってそう言った。
「……では、行きます」
リリーは軽く目礼して、ぐっと姿勢を低くする……。