7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~   作:ローレンシウ

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第四十五話 見せてもらおうか、グリフォン隊隊長の実力とやらを!

 

 少女らは次戦までの間ずっと中庭にいても仕方がないので、一休みすることにして一旦酒場に引き上げた。

 お茶とスイーツを注文して、適当に寛ぐ。

 

「まったく、あの子爵殿は何を考えてるのかしらね。具体的になにかは知りませんけど、緊急のお仕事の最中なんでしょ?」

「今は大事な時なのに、これ以上ケガを増やすようなことをしないでほしいわ……」

「ごめんなさい。不満そうに見えたから、いずれ再戦しようっていうお約束くらいのつもりだったんだけど。すぐに二本目をしたいなんて言われるとは思わなくて」

「実戦で『三本勝負』なんてありえない。軍人としてのプライドがあるのなら、そんな話は受けないはず」

 

 皆、あまり彼のことを快く思ってはいないようだ。

 

「ルイズの気を引きたいとかなんじゃないかな。向こうはまだ、婚約者のつもりでいるみたいだし」

「……そんな熱を吹かれても困るのよ。わたしは結婚なんてまだ考えてないし、魔法を使えるようになるのが先だって言ってるのに……」

 

 ルイズは少し顔を赤らめはしたものの、困ったような顔をしながらクックベリーパイをつまんでいる。

 

「大体、姫殿下もアルビオンも大変な事になってるこんなときに、場違いだわ」

 

 ウェールズ皇太子への密書をしたためていたときの、アンリエッタのあの表情。

 自分の勘違いでなければ、おそらく二人は親密な間柄なのだ。

 そんな二人が政治や戦によって意に沿わず引き裂かれようとしているときに、自分は婚約者と結ばれるだなんて、とてもそんな気分にはなれない。

 

「それに、わたしにはあんたとワルドのどっちが強いだとか、そんなことはどうでもいいことだもの」

 

 自分がミズルと一緒に魔法の習得に向けてがんばってみようという気になったのは、別に彼女が強いからとか、役に立つからとかじゃない。

 こと魔法に関してはミズルは素人、一緒にといっても具体的にできることはそんなにないだろうし、こっちだって彼女に頼りきりでなんとかしてもらおうだなんてつもりはさらさらない。

 

(大体、伝説の『虚無』なんてものに目覚めさせてとかで全面的にこいつに頼ったりしたら、後からどれだけ請求されるかわかったもんじゃないわッ)

 

 ……と、いう思いもありはするが、いずれにせよパートナーとして頼りにはしていても、全面的に依存しようなどという気はない。

 あくまでも『一緒にがんばる』のであって、『依託する』わけではないのだから。

 このルイズ・フランソワーズ・ル・ ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、そんな志の低いマンモーニだなどと思ってもらっては困るのだ。

 

 結婚相手にしても同じこと。

 

 ワルドは、年齢差や昔の関係性を考えれば仕方のないことかもしれないが、どうもこちらを……見下している……とまでは言わないにしても、未だに子供扱いしているような感じがする。

 おそらく悪気はなくて、良かれと思ってそうしているのだろうが、そういう相手と結婚してもうまくやっていけそうな気がしないというのも、婚約の件を一度見直そうと決めた理由のひとつだった。

 そもそも、幼少期にお互いの父親同士が交わしたあてのない口約束で、ワルドの父が早逝した今となっては既に自然消滅した話だろうとつい昨日までは思っていたので、いきなり持ち出されても正直困るというのもあるが。

 

「まあ、単に『ガンダールヴ』だかの強さをもっと詳しく知りたいだとか。なんか男の意地とかそーゆーので、女に負けっぱなしではいたくないだとか、なのかもしれないけど」

 

 リリーは紅茶を啜りながら肩をすくめてそう言うと、とにかくやることになってしまった以上は仕方がないので、次戦はどう戦おうかと考え始めた。

 タバサに魔法への対処法を訓練しておくことを勧められたのもあるし、今度はもう少し、正面から渡り合うような感じでやってみようか。

 その方がまた開幕即でハメ手みたいなことをされるよりは、ワルド子爵も納得するだろう。

 別に勝ち負けにそうこだわってはいない……ファイトマネーはもうもらったし、勝ったところで賞金が出るわけでもない……ので、その結果相手が思った以上に強くて負けてしまっても、まあ仕方がない。

 とはいえ、もちろん手を抜こうというのではなく、戦い自体は真面目にやるつもりだ。

 ルイズの気を引きたいというのが動機なら、どのみち彼が勝ったところでどうなるわけでもないことははっきりしているし、こっちの力を知りたいというのが動機なら、手抜きでやったのでは意味がないわけだし。

 第一、負けるってことはつまりボコられるってことであって、自分だって杖で突かれたり魔法で撃たれたりすりゃあ痛いから、できることならボコられたくなんてないのである。

 

「……じゃ、そろそろ行って、用意をしておくわ」

 

 

「やあ、待たせたかな」

 

 ワルドが先程の戦いの負傷などを感じさせないいつもどおりの様子で、中庭に戻ってきた。

 他の少女らは既に集まっている。

 

「いえ、こちらもいま来たところですから」

 

 営業スマイルを浮かべて立ち上がったリリーと、ワルドが向かい合う。

 初戦で開幕直後に飛び込まれて杖を封じられた反省からか、彼は先ほどよりもリリーから距離を置いていた。

 

「今度は、先ほどのようなわけにはいかん」

 

 ワルドがそう言って、油断なく杖を構える。

 

「そうみたいですね」

 

 リリーは頷いてそう答えながらも、今度もまたデルフリンガーを鞘に入れたまま構えた。

 彼女の方は、今回は即座に杖封じをせずワルドと渡り合うつもりでいる関係上、身動きを妨げない最低限の防具として、腕にアームカバーをつけてきている。

 キャラバンに作らせた特殊防刃繊維製で、刃物に対してはちょっとした金属製の防具なんかよりも強い代物だ。

 ちなみにタイツも、同じ素材のものに履き替えてある。

 

「ええと、それじゃ……はじめ」

 

 ルイズは軽く溜息を吐きながらも、今さらやめろといってもどうなる雰囲気でもないので諦めて、介添え人として開始の合図をした。

 それと同時に、ワルドが後ろに軽くステップしながら、素早く杖を動かして呪文を唱える。

 また、開幕即でリリーが突っ込んでくることを警戒したのだ。

 

「ラナ・デル・ウィンデ」

 

 さすがに『閃光』の二つ名をいただく魔法衛士隊の隊長だけあって、高速詠唱の技術は確かである。

 不可視の空気の槌を放つ『エア・ハンマー』と呼ばれる呪文を瞬く間に完成させ、リリーに向けて撃ち出した。

 

「っ……、と」

 

 もしも全速力で真正面から突っ込んでいっていたら、空気の槌と正面衝突だったかもしれない。

 しかし、今回はまずは距離をおいて、相手の出方をうかがう予定。

 リリーは空気が撥ねるボンという音を聞くと、すぐにその方向と自分との直線上から離れるように横に跳んだ。

 直後に、空気の槌が先ほどまで自分がいたあたりの地面にぶち当たって、土をパラパラと舞い散らせる。

 

「デル・ウィンデ」

 

 ワルドは即座に二の矢を放ちにかかる。

 今度は不可視の風の刃、『エア・カッター』だ。

 距離をおいて風の槌や刃といった消費の少ない攻撃呪文を矢継ぎ早に放つことで、接近して小細工を仕掛ける暇を与えず封殺してしまおうという戦法である。

 そうするうちに相手がミスをして被弾し、やられるようならそれでよし。

 焦って突っ込もうとしてくるようならそれこそしめたもの、距離が詰まるほど避けるのは難しくなるのだから、その時こそクリーンヒットが見込めよう。

 また、仮に捉えきれず接近を許してしまったとしても、その時にはまた別の対策を用意してあった。

 

(さあ来い、『ガンダールヴ』。本物のメイジにあんな姑息な手など、二度は通じぬことを思い知らせてやる!)

 

 リリーは攻撃をかわしながら、どうしたものかと考えた。

 詠唱と同時に杖が振られて相手の方から素直に一直線に攻撃が飛んでくればいいが、フェイントを交えられたり方向をずらして射出するなどの小細工をされたりすると、不可視であるだけに神経をとがらせておかなくては回避できないのが厄介である。

 それでも強引に間合いを詰めに行って行けないことはなかろうが、もう少し楽に避けられるようになれば、飛び込むタイミングも計りやすい。

 

(つまり必要なのは、攻撃のくる方向と時間を把握しやすくする策ね)

 

 そのためのアイデアは、既に用意してある。

 何度目かの攻撃を回避したリリーは、中庭に積み上げられていた空き箱の陰に滑り込んだ。

 

「ほう、一息つきたくなったかな?」

 

 呪文で箱ごと吹き飛ばしてやることもできるが、焦って雑な仕掛け方をすることはない。

 むしろこの隙に、さらに優位な状況を築いておくべきだ。

 

「デル・ウィンデ……」

 

 ワルドはそう判断すると左後方に少し跳んで距離を離し、彼女が飛び出してきたら即座に撃てるようあらかじめ小声で『エア・カッター』の詠唱を済ませておく。

 

 その時、箱の陰からあらゆる方向に、大量の光る何かが飛び出してきた。

 

「む!?」

 

 ワルドは一瞬驚かされ、咄嗟に杖を向けて呪文を放とうかとしたが。

 すぐにそれが、まったく害のないものであることに気付いた。

 

(……シャボン玉……?)

 

 口の端に、ふっと薄い笑みを浮かべる。

 囮のつもりか。

 飛び出してきた大量の泡にこちらが慌てて、正体を見極める前に呪文を無駄撃ちでもすればしめたもの。

 その隙に駆け出して、懐へ飛び込もうという腹か。

 

(小賢しい。手元にあるものは玩具でも何でも武器として活用するのが『ガンダールヴ』だということか。だが、シャボン玉など目くらましにもならん!)

 

 そうしてシャボン玉を放ち終えた後、少しの間は音沙汰がなかったが。

 ややあって、どうやら相手が罠にかからなかったと諦めたのか、リリーが物陰からすっと姿をあらわした。

 右手にデルフリンガーを提げ、左手にはシャボン液の入った小さなカップを持っている。

 

(もらったぞ!)

 

 ワルドはすかさず、既に詠唱を終えて待機させてあった『エア・カッター』を放つ。

 杖を軽く横に薙ぐように振り、真正面からではなくやや右の側面側からリリーを狙うような軌道にした。

 回避すべき方向やタイミングを正確に見極めるのは困難、下手をすれば不可視の刃に突っ込んでいくこともあり得る。

 そうなれば、威力は抑えてあるものの鋭い痛みと流血によって戦意を喪失するか、そうでなくても激しい動きはできなくなるだろうとワルドは踏んでいた。

 

「……ん」

 

 しかし、リリーは迷うことなく迫ってくる方向とは逆側に軽くステップを踏んで風の刃を難なくかわすと、そのままワルドの方へ向かっていく。

 

「むぅっ……!」

 

 ワルドは後方にステップして距離を保つようにしながら、呪文攻撃を放ち続けた。

 だが、リリーはそれらを巧みにかわし、少しずつ彼との距離を縮めていく。

 最初のように神経をとがらせて回避に専念し、安全を取って大きく跳んでかわすのではなく、距離を詰められるだけの余裕をもちながら、必要十分な動作で避けている。

 その様子に、ワルドは困惑した。

 

(なぜ、こうも的確に最小限の動作で攻撃を回避できるのだ。やつには風が見えているとでもいうのか?)

 

 離れた場所から彼らの戦いを見ているタバサには、その理由がわかった。

 リリーが先ほど周囲に大量に放ったシャボン玉は、単なる囮や目くらましではなかったのだ。

 それらは中庭のあちこちに飛んで行き、その場に滞空したままで、付近で空気が動くたびにふわふわと揺動している。

 

(あれはいわば、『風の探知機』)

 

 リリーはそれらのシャボン玉の動きによって全方位の風の流れを捉え、呪文が来る前にその方向とタイミングを察知しているに違いない。

 神経をとがらせて音や皮膚の感覚で呪文の兆候を捉えるよりも、その方がずっと回避しやすくなる。

 ただ奇妙なのは、彼女からは死角になっているはずの位置のシャボン玉の動きまで、そちらに目を向ける様子もなく正確に把握しているふうであること。

 

(一体、どうやって?)

 

 そこはタバサにもわからなかったが、ワルドの動向と、左手に持ったカップの液面に生じる揺らぎ。

 それが手掛かりだった。

 

(名付けて、『シャボン・レーダー』ッ!)

 

 ワルドは呪文を高速で完成させたり、詠唱時の口の動きを悟られないように隠したり、なるべく小声で唱えたりといった、実戦的な工夫をしている。

 そこはさすがに鍛えられた軍人だけあるといえよう。

 だが、呪文を使う際には必ず杖を用いなくてはならない以上、その動きで呪文が来るタイミングはある程度まで推し量れる。

 リリーはその動きによって呪文が来そうだと感じたら、カップの液面に注意を向けているのだ。

 先ほど放った大量の特殊石鹸水のシャボン玉には、微量ながら波紋を込めてあった。

 だから中庭全域に点在するように不自然に拡散していき、いつまでも割れずにその場に滞留し続けている。

 手元のカップの液面は、カジノで用いたグラスと同じ『波紋探知機』。

 周囲の波紋を帯びたシャボン玉が魔法による不自然な風の流れで動けば液面にも揺らぎが生じ、レーダーとして機能するという仕組みである。

 

 これは、エジプトツアーの最終盤、DIOの館に突入した際にヴァニラ・アイスなる敵との戦いで使用した策の応用だ。

 そいつは亜空間に姿を隠して不可視状態になり、通り道にあるすべてのものを呑み込んでいく恐ろしいスタンドの使い手だったので、その軌道を正確に見極めねば即死の危険があった。

 そこでリリーは、キャラバンに波紋を滞留させやすい特殊石鹸水を作らせて波紋入りのシャボン玉を周囲全域に漂わせておけば、敵がそれを呑み込みながら動いていく道筋を正確に視認できると思いついたのである。

 彼女の一家は全員が波紋使いの家族であり、この特殊石鹸水を用いた波紋の技を最近兄が考案して修行しているので、そこからヒントを得たのだ。

 ついでに亜空間から顔を出したそいつがシャボン玉に触れたときに皮膚が焼けたことから、敵が吸血鬼か屍生人らしいということにも気付けたのは、望外の幸運だった。

 

 なお、リリーには彼女の兄や大伯父のシーザーのように必殺技になり得るほどの波紋をシャボン玉に込めることはできない。

 少なくとも、今のところは。

 そういった技を扱う素養が乏しいのか、単に修行不足なのかは定かでないが。

 

(……そうか。シャボン玉の動きで……)

 

 少し遅れて、ワルドもそのことに気が付いた。

 いつまでも割れずに宙に留まっているのが不思議だが、おそらくは石鹸水の配合などを工夫してあるのだろう。

 つまりあれは、たまたま手元にあった玩具を即興で利用したのではなく、あらかじめ用意してあった対風メイジ用の装備だということになる。

 ワルドは内心で、ふんと鼻を鳴らした。

 

(用意がいいな。だからこそ並のメイジでは歯が立たぬと謳われ、主の身を守る盾としての任も務まるというわけか)

 

 それゆえ、ルイズも頼りにしているのだろう。

 なかなかのものだとは認めるが、しかし、こちらは並のメイジではないのだ。

 ここらで自分の方が上であること、真に強い敵が相手ではこの者が役に立たぬことを示して、彼女に頼るべきは誰であるのかをわからせておこう。

 

 昨夜はこいつと共に魔法を使えるようになるまでがんばるだなどと言っていたが、自分は彼女の系統に既に目星をつけており、それに至るためのあてもある。

 魔法のことなどろくに知りもせぬ平民の女とあてもなく無益な努力を続けるのとどちらが合理的であり得であるかなど、考えるまでもないこと。

 ルイズは昔から魔法を使えるようになりたいと切望しているゆえ、その一事だけでも自分についてくるよう説き伏せるのに十分だとは思うが、この旅で彼女の心をしっかりと掴んでおくに越したことはない。

 まあ、別にこいつが使い魔としてルイズの傍にいても構わないが、最も頼るべき拠所となるのは自分であることは強く印象付けてやらねば。

 

(シャボン玉など、吹き飛ばすのは容易いが……)

 

 しかし、そちらに魔法を向ければその隙に間合いを詰められ、結局は遠距離戦を封じられることになるのは明白だ。

 リリーとワルドとの距離は既にかなり詰まってきており、もう少しで彼女が一足で斬り込める間合いとなるだろう。

 人を吹き飛ばすほどの爆風を瞬間的に吹かせる『ウィンド・ブレイク』で相手の体勢を崩させ、距離を取り直すこともできなくはない。

 ある程度以上距離が詰まっていれば、まず回避も防御もされない呪文だ。

 だが、固めた空気の槌を叩き付ける『エア・ハンマー』と違ってダメージはなく、吹き飛ばし効果もそこまで大きくはなく、仕切り直し以上の効果は期待できない。

 

(……よかろう)

 

 そんなに接近戦を挑みたいというのなら、望み通りにしてやろうではないか。

 こちらは最初から、そうなることを想定した対策も用意してある。

 ワルドは薄く笑うと、詠唱する呪文を切り替えた。

 

「イル・ラナ・デル・ウィンデ……」

 

 リリーはそんなワルドの動きの変化と現在の彼我の距離から見て、仕掛けるタイミングだと判断する。

 

「今だッ!」

 

 鞘に収まったままのデルフリンガーの切っ先をワルドの手元に向けると、手入れを兼ねて刀身に塗っておいた油を通して『はじく波紋』を流す。

 

「おおぉぉっ!?」

 

 デルフリンガーが驚きの声を上げると同時に、鞘がまるで弾丸かロケットのようにワルドに向けて射出された。

 波紋によってコーラの蓋やワインのコルク栓を飛ばすのと同じような要領の飛び道具だ。

 ワルドも一瞬目を見開いたが、素早く振るった杖によって、鞘はあさっての方向へ弾き飛ばされた。

 その杖が、鋭い風の渦を纏って輝いている。

 

「……あいかわらず、鞘に面白い仕掛けをしてあったようだね」

 

 攻撃を凌いだワルドが、にやりと笑った。

 

「またしても、奇襲で杖を封じるつもりだったのかな。驚かされたが、しかし、同じ手は二度も通じんよ」

 

 それを見たデルフリンガーが呟く。

 

「ありゃあ、『ブレイド』だね。得意な系統で刃の種類が変わる、接近戦用の呪文だよ。使い手の腕前次第では、岩くらいなら両断できるはずだぜ」

「岩でも? ……なるほどね」

 

 リリーは顔をしかめた。

 あれで杖の攻撃力を上げると同時に表面に竜巻を纏わせることで、瞬間接着剤を付着させられることを防ごうというわけか。

 ワルドの方も初戦の反省を踏まえて、それなりに対策を考えてきたらしい。

 もっとも、今撃ち出した鞘には瞬間接着剤などは塗っていないが。

 つい先ほど使ったばかりの手を二度繰り返して用いるなど、凡策もいいところである。

 

(鞘ミサイルの不意打ちを食らうか咄嗟に杖で弾くかすれば、どっちにしても少しは怯むだろうから、次の呪文が来る前に間合いを詰められると思ったんだけどな)

 

 あの『ブレイド』とやらで纏わせた竜巻のために杖本体に鞘が当たらず弾かれてしまい、斬り込めるほどの隙が得られなかった。

 とはいえ、ワルドが接近戦用の呪文を用意したということは、つまり向こうも間合いを詰めて斬り合う予定だということ。

 いずれにせよ近接戦には持ち込めるのならば、概ね予定通りだとはいえる、が……。

 

(……あれと斬り合うとなると、ちょっと不利かな?)

 

 ワルドは杖をレイピアのように構え、そんな彼女に切っ先を向けた。

 

「さて。今度は僕の方から、仕掛けさせてもらおう」

 

 そう言うなり、自ら踏み込んで間合いを詰め、常人には見えないほどの速度で連続突きを繰り出す。

 リリーはどうにかそれらの攻撃を受け流し、切り払い、合間にこちらも突きや切り上げ、薙ぎ払いなどの反撃を繰り出した。

 ワルドもまたそれらをかわし、受け流し、返しの突きを放ってくる。

 

(……くっ!)

 

 激しい攻防を繰り広げながら、リリーはやや顔をしかめた。

 案の定、こちらがやや押されている。

 近接戦用の『ブレイド』の呪文を纏わせたワルドの杖は、片手で扱う軽量な細剣状でありながらデルフリンガーにも引けを取らない威力で打ち合えるようだ。

 となると、取り回しやすさの面で、あちらの方が有利なのは明白。

 

「君は確かに素早いし力強い。さすがは伝説の使い魔だ。策も弄することができる。だが技術面では、達人というほどではないようだな」

 

 少しずつ余裕が出てきたワルドがそう言いながら繰り出した杖の切っ先を、リリーは紙一重で受け流した。

 杖の纏う竜巻がわずかに腕を掠めたが、アームカバーのおかげで切り傷は負わずに済む。

 

「それでは、戦場でルイズを守り切れんよ」

 

 ワルドは嵩にかかって攻め立ててきた。

 閃光のような速い突きを、何度も繰り出してくる。

 リリーはなんとかそれを受け流しながら、攻撃が前よりも単調……というか、一定のリズムと動きをもっていることに気が付いた。

 

「デル・イル・ソル……」

 

 さらに、ワルドは口の中で何か呟いている。

 明らかに呪文の詠唱だ。

 杖を剣のように扱って敵を牽制しながら詠唱を完成させていく、軍人メイジの技。

 

(押しているうちに、一気に片を付けようというわけね)

 

 この至近距離で呪文を放たれれば、かわしようがない。

 だが、一定のリズムと動きをもった杖の動きは見切りやすく、付け入る隙がある。

 

「やあっ!」

「なっ!?」

 

 リリーがいきなりワルドの杖を蹴り上げた。

 体勢を崩され、詠唱を中断させられたワルドは目を見開く。

 すかさずデルフリンガーを振るったが、ワルドは間一髪で身をかわし、後方へ飛び退いた。

 

「呪文の詠唱を見切り、阻止したのはさすがだが。『ブレイド』を纏った杖を蹴るとは、無茶をするものだね」

 

 ワルドは一息つくと、薄い笑みを浮かべる。

 見た目には傷付いたような様子は見えないが、横からとはいえ鋭い竜巻を纏った杖を蹴り上げて、無傷なはずはない。

 多少なりとも足を負傷したならば、動きも鈍らざるを得まい。

 

(これで奴は、ますます不利になった。あと一押しだ)

 

 ワルドはそう判断すると、再び杖を構えた。

 

「とはいえ、これは真剣勝負だ。手心は加えんよ」

 

 一方リリーの方は、蹴る瞬間に足を『はじく波紋』で守ったこともあって、特に負傷などはしていなかったが。

 

(……どうしよう……)

 

 無論、手段を選ばず勝とうと思えば、方法はいくらでもあろう。

 もっと攻撃的な波紋を使うとか。

 キャラバンに作らせた催涙スプレーか何かを、隙を見てこの不審者、もといワルドの顔にぶっかけるとか。

 

 ただ、こっちは別に、そんなに勝ちたいわけじゃないし。

 メイジ相手の戦闘訓練として、手合わせの範囲でやれそうなことは、それなりに試せたと思うし。

 むしろまた搦め手とかで勝ったら、いや下手をすれば普通に斬り合いで勝ったとしても相手の恨みや敵意を買いそうだから、ここはもう勝たない方がいいような気がしてきた。

 

(さすがに急所とかは外す気でしょうけど、あんな殺傷力の高そうな呪文まで使ってくるってことはそれだけ勝ちたいのよね、この人は)

 

 任務の最中に何を馬鹿なことをとか、無益なことをとは思うが、そんなことを言ってみても仕方がない。

 負けるのは別に構わないが、当然ながらあまり痛い目に遭わされるのは嫌だ。

 岩でも斬るとかいう『ブレイド』だかで下手に腕だの足だのを突かれたり斬られたりした日には、かなり痛そうだし。

 かといって、訳もなく降参したりすれば、それはそれで不快に思われるだろうが……。

 

(……向こうは今ので、私が足を痛めたと思ったはずよね)

 

 要は、勝つにせよ負けるにせよ相手が納得できるような形で、かつこちらもあまり痛い目に遭わずに終われればそれでいいのだ。

 お客さまをいい気分にさせることは商売の基本。

 そう心を決めると、リリーはしっかりとデルフリンガーを構え直した。

 

「ふっ!」

 

 ワルドがまた、猛然と突きかかってくる。

 リリーはそれを受け流しながら、じりじりと押されて後退し……。

 

「……っ」

 

 不意に、痛みに顔をしかめるようにして先ほど杖を蹴り上げた方の足をがくんと崩れさせ、わずかによろけた。

 

「! もらったぞ!」

 

 ワルドは隙ができたところへ、すかさず攻撃を入れる。

 

「ぎゃんっ!」

 

 剣道でいえば右の小手の部分を杖で叩かれたリリーはたまらず腕を庇うようにして体勢を崩し、ワルドはそこですかさずデルフリンガーを蹴り除けて手からもぎ取ると、彼女の喉元に杖を突き付けた。

 

「勝負あり、だ」

「……そ、それまで!」

 

 ワルドの宣言に一瞬遅れて、ルイズが試合を止める。

 

(フー……)

 

 顔をしかめて痛そうな、悔しそうな表情を装いながらも、どうにか痛い目を見ずに首尾よく終われたと、リリーは内心で安堵していた。

 臨時でいろいろな部活に参加しては助っ人代を稼いでいたリリーには多少は剣道の経験もあり、どんなふうに剣の構えを崩したらどこに隙ができるかというくらいのことはわかっている。

 その隙を見逃すはずがない程度には、目の前のワルドが腕利きだということも。

 そこで、足が痛んだふりをしてよろけることで故意に隙を作り、右小手の部位にワルドの打撃を呼び込んだ。

 あらかじめ打たれる部位がわかっていれば波紋で防御できるし、腕は防刃素材のアームカバーで守られてもいるので、たとえ『ブレイド』がかかった杖であろうとも横から軽く叩かれた程度で傷を負うことはない。

 そのことは、さっき杖を蹴り上げたときの感触から判断できた。

 呪文をわざと受けることも考えたものの向こうがなにを使ってくるかわからないのでは下手をすればかなり痛い目にも遭いかねないし、『ブレイド』を纏った杖の一撃を受けるというのは一見危なそうだが、むしろこっちの方が安全だ。

 

「み、ミズル、大丈夫?」

 

 ルイズが慌てて、リリーの元に駆け寄ってくる。

 彼女の後ろからはちょっと意外そうな顔をしたキュルケと、無表情ながらもどこか釈然としないふうなタバサもついてきていた。

 

「ん……、まあ、腕と脚が痛むけど。切り傷とか出血とかはないかな」

 

 リリーはそう言って、杖で打たれた腕をぷらぷらと振ってみせる。

 ワルドが意外そうに目を瞬かせ、首を傾げた。

 

「ほう? 『ブレイド』を纏った杖で打たれたのだから、かなりの裂傷を負ってもおかしくないはずだが。その腕のアームカバーは、ただの布地ではないのか?」

「ええ、まあ。ナイフくらいの刃物なら防げる、特別な素材でできているので……つつ」

 

 リリーはそう説明すると、ちょっと大袈裟によろけながら立ち上がってみせた。

 

「そうか。とはいえ、斬られはせずとも、かなりの痛手は受けたようだね」

 

 ワルドが頷く。

 

「これで一勝一敗だ。三本目はいつにする?」

 

 杖をしまいながらそう言った彼に、ルイズは盛大に顔をしかめる。

 

「ちょっと、ワルド! これ以上はもう……」

「そうですね。足や腕を痛めてしまいましたし、今日はもう、これ以上は戦えないと思います。すみませんが私の棄権で、三本目は不戦敗ということでお願いします」

 

 リリーがそう言うと、ワルドは鷹揚に頷いた。

 

「確かに。僕と違って君には自分で傷を癒すことはできないのだから、仕方がないな。静養するなり、水の治療薬を買うなりしておくといい」

 

 それからルイズの方を見て、少し肩をすくめる。

 

「奇策で僕から一本取ったのは見事だった。だが、実戦で君を守り切るには、彼女は力不足のようだね」

 

 ルイズはそれを聞いて、むっとしたような顔になった。

 

(なによ、そんなことはないでしょうが)

 

 口には出さねど、そんな思いを抱く。

 使い魔の仕事はメイジを守ることであって、メイジ抜きで単身で敵を倒すことではない。

 今回、リリーは確かにワルドに負けたかもしれないが、それまでにどれだけの時間持ちこたえただろう。

 あれだけ時間を稼いでくれれば、その間に後ろからメイジが魔法でサポートして敵を倒す余裕は十分すぎるほどにあるではないか。

 つまりリリーはワルドのような最上級のメイジからでも主人を守り、共に戦って倒せるだけの力を十分にもった使い魔であることを証明したようなものだ。

 

(あなたは実戦になったら、わたしがミズルが戦ってる間に逃げるか、指をくわえて見てるかするだけだとでも思ってるの!)

 

 どこまで自分を子供扱いするんだ。

 いや子供の頃だって、自分にはそんなことをしないだけの『誇り』はあった。

 優しい人だと思っていたが、それを理解してくれていなかったのか。

 大体、女の子を相手に魔法衛士隊の隊長ともあろう大の男が、半ば強引に喧嘩を吹っ掛けて痛めつけておいて、なにをいけしゃあしゃあと……。

 

(……ふう)

 

 軽い怒りにも似た不満がふつふつと溜まってくるが、仮にも幼い頃の憧れの人に対してそんな感情をぶつけたくはない。

 ルイズは深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。

 

「あなたが強いのはわかったわ。とにかく、ミズルが腕や足を痛めてないか確認したいから、男の人は出てって。まさか、タイツとかを脱がせるところをじろじろ見たいってわけじゃないでしょ?」

「これは手厳しいね。わかったよ、君の使い魔をお借りして、すまなかったね」

 

 ワルドは肩をすくめると、悠然と中庭から去っていった。

 これでいい。

 使い魔を痛めつけられたことで一時的にルイズからの心象は悪くなったかもしれないが、どうあれこれで、どちらの方が頼りになるかということは彼女に印象付けられたはずだ。

 思ったよりも手間取ってしまったが、少々厄介そうな『ガンダールヴ』を負傷させられたのも、結果的には悪くなかった。

 

(あとは、今後の手筈だな)

 

 思案を巡らせながら、ワルドは宿の外に足を向けた……。

 

 

 その頃、リリーは無傷な腕や足を見せつつ、少女らに事の次第を説明していた。

 

「そーゆーわけなんで、特にケガとかはしてないから」

「まったく、もう。心配させないでよ」

 

 ルイズはむくれて文句を言ったが、安堵した様子でもあった。

 

「まあ、あれ以上ワルドに付き合って余計なケガを増やすよりは、その方がよかったと思うけど」

「おかげであの子爵殿も、いい気分で祝杯が挙げられるでしょうしね」

「知らぬがブリミル」

 

 そう言って女子同士で笑い合う。

 それから、今日の予定について相談した。

 後で街の見学などもしてみたいが、せっかくこうして広々と使える中庭に来たのだから、まずは昨夜話していた『虚無』の呪文の開発を、ここで試してみようかという話になる。

 

 そんな女性陣をよそに、脇の方で話し合う男(?)が二人(?)。

 

「ちぇっ。相棒の思惑とかはしらねーけどよ。剣の俺としちゃあ、あいつをきちんとぶちのめしてほしかったがね」

『まーまーデルフはん。いずれまた、大商い……いや、大活躍の機会もありますがな』

 





 本作のリリーはサクセッションエンド後なので、ヴァニラ・アイスとはアリシアやバーリンと共に戦っています。
 シャボン玉云々については、そんな感じの戦いだったんじゃないかなーという私の妄想です。
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