7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
「通常、新しい呪文を開発しようとするメイジは、まず既存の同系統の呪文と共通の詠唱から試していくもの」
中庭に集まった他の少女たちに対して、タバサがそこらの壊れた木箱の板やら地面やらにリリーが用意した白墨で説明書きをしながらそう講義していく。
無論、ルイズの系統が『虚無』だと仮定してその呪文を開発もしくは再発見することを提唱し、共にがんばろうと彼女に約束したのはリリーであるが、彼女は魔法に関してはずぶの素人で、今のところ具体的にどうすればいいのかと聞かれても教えられるようなことはなにもない。
よって、ここはトライアングル・クラスのメイジであり、同様にルイズに協力しようと言ってくれているキュルケとタバサの二人、主として特に博識な後者の方に助言を求める流れになった。
「たとえば、風属性の呪文の多くが、詠唱に『ウィンデ』という単語を含んでいる。火属性なら、『ウル』や『カーノ』。特に、同属性で効果も似たタイプの呪文は、詠唱に共通する部分を含むことが多い」
新しい呪文を開発しようとするメイジは、それを手がかりにする。
まず、共通する可能性が高いと思われる単語やその組み合わせから初めてみて、自分の求める効果につながりそうな手応えを感じるなら、そこから詠唱を手探りで伸ばしたり、つなげたりしていくのだ。
「でも、『虚無』にはそのための手掛かりがないわ。呪文はひとつも知られていないんだもの」
そう言うルイズに、タバサは頷いた。
「過去に類似例のない新しいタイプの呪文を開発しようとするなどで手掛かりがない場合は、完全な手探りになる。自分の感覚だけを頼りに、ひたすら試行錯誤を繰り返すしか方法はない」
具体的には、ほんの一音か、ニ音の母音や子音の組み合わせから始めて総当たりで試していき、自分の体の中に魔法の循環するリズムが生まれかけるそれを探すのだ。
見つかったら、そこから今度は三音に伸ばしてみる、その次は四音に。
それ以上伸ばしてもぴたりとはまる組み合わせがなくなったら、そこまでで最初の単語を成しているとみなして、次の単語を探す。
それを、呪文が完成するまで延々と繰り返していくことになる。
「もちろん、ただ言葉を並べればいいというものじゃない。毎回、実際に呪文を使うときと同じように、集中して詠唱する必要がある」
そうでなければ自分の身体の中に魔法の循環するリズムが生まれることはなく、正しい組み合わせかどうかの判断ができない。
呪文は発動せずとも、詠唱時と同じだけの集中を幾度となく繰り返す作業はそれだけで神経をすり減らし、精神に大きな負担をかける。
未完成の半端な詠唱は外界に対して何の作用も起こすことができず、一体どこまでやれば完成するのかも定かではない。
ただ消耗するばかりで何も生み出せない虚しく苦痛な時間が延々と続くことに耐えきれず、呪文の完成をみることなく途中で諦めてしまうメイジがほとんどだという。
無論、タバサ自身も、実際に行ってみたことはない。
ただ本で読んだ知識として、そのようなことをするものだと知っているだけだ。
「……できるのかしら」
ルイズは顔をしかめて、ぽつりとそう漏らした。
がんばると決意はしたものの、こうしてあらためて説明されてみると、その困難さを痛感せざるを得ない。
「優秀なメイジであっても難しい作業だわ。それを、ほとんど魔法を成功したこともないわたしが……」
「あら。ヴァリエールの娘には、そんなこともできないのかしら?」
キュルケがふっと笑って口を挟んだ。
ルイズは、そんな彼女をきっと睨む。
「なによ、ツェルプストー。また、他人事だと思って……」
「あたしはできたわよ。まだ魔法を使えないどころか勉強したことさえなかった、ほんの六歳かそこらのときにね」
「……は?」
全員の注目が、キュルケに集まる。
「まさか、あんたも一から呪文を作ったことがあるっていうの? しかも、六歳の時に。冗談でしょ?」
「心外ね。そんな冗談を言ったことはないわ」
ルイズが懐疑的な目を向けるが、キュルケは自慢げに微笑みを返した。
「実家の両親があたしにそろそろ魔法の勉強を始めさせようかって話になったときに、最初が肝心だからってね。頭を下げてお願いして、引退して久しかったランドール師を指導者として招いてくれたの」
「! あの、ランドール師を?」
その名を聞いたルイズが、驚いたような顔になる。
今は亡きランドール・デ・リング、『ティ・カンドの大魔導士』!
ハルケギニアの魔法研究を百年先に進めたとも、千年前に失われた古代の魔術を復活させたともいい、その名は万年の後にも残るとまで謳われている。
正しく『アークメイジ』と呼ばれるに相応しい、偉大な魔法使いではないか。
「懐かしいわ。ランドール師はまず、あたしにもう呪文が書かれた本を読んだことがあるのかどうかを聞かれたのよね」
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キュルケがないと答えると、彼は頷いてこう指示を出した。
『よろしい。では、最初の呪文を唱えられるようになるまでは、決して本を開かないように。家族や他の誰かから唱え方を教えてもらうことも、してはいけないよ』
その日から、キュルケは彼の指導の下、来る日も来る日も呪文のルーンを探し求めた。
もちろん、大人が呪文を唱えるのを見た経験くらいはあったし、その時にどんな詠唱をしていたかという記憶も正確ではないがある程度はもっていた。
だが、ランドール師はそうしたうろ覚えのぼんやりした記憶に頼るのではなく、あくまでも自分の感覚を信じて手探りで探求していくようにと、強く言い聞かせた。
そのような学び方では当然、成果が出るまでに時間がかかる。
ツェルプストー家は多くの優秀なメイジを輩出しており、中には学び始めたその日に、最初の呪文の発動に成功した者もいる。
彼らの中にはキュルケが五日経っても十日経っても最初の呪文の発動さえできないことにじりじりし始め、まだ拙く稚い駆け出し未満のメイジにそのような試みをさせるランドール師の指導方針を疑問視する者もいた。
だが、彼はやり方を変えなかった。
『このような試みは、まだ魔法について何も知らない今しか出来ないものだ。この子が最初の呪文を掴み取るのに何か月かかろうとも、自分自身の感覚でそれを成し遂げたという経験こそが生涯の宝となる。数年後、数十年後の大成を望むのなら、わずかな時を焦ってはならない』
もっと成長した後だったなら、キュルケも反発したかもしれない。
だが、当時は彼女もまだ幼く素直であり、魔法を使えるようになりたい一心で、先生に言われるまま、来る日も来る日も手探りの探求を続けた。
「ま、実際には何か月もはかからなかったわ。それからしばらくして、あたしはついに『ウル・カーノ』のスペルを見つけ出して、最初の呪文を成功させたの」
それはどんな呪文書にも必ず載っているであろう、基本的な『発火』の呪文に過ぎない。
だが、本から学んだのではなく、キュルケが自分自身で再発見したもの。
生まれて初めて成功させた、自分の呪文。
杖の先に灯る、自分だけの炎。
幼いキュルケはいつまでも飽くことなく、それを見つめ続けた。
嬉しくて泣いたのも、その時が初めてだった。
キュルケが喜び勇んで報告にいくと、ランドール師は微笑んで、しわだらけの温かい手で彼女の手をしっかりと包んで褒めてくれた。
『私が教えることは終わった。後は他の先生からでも、本からでも、どんどん学んでいくといい。だが、すべてを鵜呑みにしてはいけないよ。これからも、最後には君自身の感覚を信じるように』
ランドール師は最後にそう言うと、屋敷から去っていった。
最初の呪文の成功にこそ時間がかかったキュルケだったが、その後の伸びは目覚ましかった。
次々と新しい呪文を覚え、本に書いてあるよりも自分に向いた詠唱法のアレンジなども、自然に習得して使いこなしていく。
十二歳になる頃には、もうライン・クラスにまで昇格していた。
『なんでそんなに上手なのかって? あたしは自分の火に自信があるの。だって、自分自身で見つけ出した火なんですもの』
成長した彼女のその言葉を聞くに至って、誰もがランドール師の土台作りが正しかったことを理解した。
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「……ランドール師はあの教育期間が終わってからいくらも経たないうちにお隠れになられたそうだから、あたしが最後の弟子ってことになるのかしらね」
ちょっと遠い目をしながら、感慨深そうにそう呟くキュルケ。
他の少女たちは、それぞれに思いをもって、そんな彼女の話に聞き入っていた。
「そんなことが……」
ルイズは、『ヴァリエールの娘なら、そのくらいのことはできるんでしょうね?』という昨夜のキュルケの発言が、単に他人事だと思って発した何の気なしの無責任な言葉ではなかったことを悟った。
それは、幼い頃に彼女自身も通った道だったのだ。
「そうか、キュルケはいい先生に出会えたのね」
リリーは感心したように頷いた。
同時に、新しい呪文の開発というのがそういった過程を踏むものなら、少しは自分にも手伝えることはありそうだと考える。
「初めて聞いた」
タバサは、この親友が本を読んで学ぶということをあまりしないにもかかわらず、自分に引けを取らない腕前のメイジであることに得心がいった。
それは単に才能とかの問題ではなく、彼女が幼少期の経験と師の教えから、たくさんの本を読むことでかえってその知識に縛られることを嫌い、自分の感覚を重んじているから。
恋だのなんだのといってすぐに熱したり冷めたりするのも、魔法に限らず自分に自信をもって、感覚的なものを重視しているから。
何事も本から得た知識をもとに組み立てていく自分とは真逆の姿勢である。
一概にどちらが優れているというものではあるまいが、だからこそ自分にはない何かに惹かれるものを感じるのだろう。
「ま、思い出話は終わりよ。それで……」
キュルケはにやっと笑って、ルイズの方に目を向ける。
「ルイズ。ヴァリエール家のご令嬢ともあろうお方がまさか、あたしがほんの六歳やそこらでできたようなことができないだなんて、そんなことは言わないわよねえ?」
「あ、当り前じゃないの!」
ルイズはちょっと顔を赤らめると、ぐっと胸を張った。
「見てなさい! 『虚無』だろうがなんだろうが、呪文の一つや二つくらい、あんたよりもずっと早く見つけ出してみせるんだから!」
「そう、その意気よ。がんばって」
そんな二人のやり取りを微笑ましく眺めながら、リリーは荷物の中から書き取り用のノートとペンを取り出す。
「それじゃあ、私もお手伝いするわ。ルイズは『感覚』を大事にして、その魔法の生み出すリズムだかを掴むのに集中して。私はもう試し終わった組み合わせとかまだやってない組み合わせとかの『データ』を取って、ルイズに伝えるわ。何か感じたら教えてね、書き留めるから」
そうして、手探りで『虚無』の呪文のスペルを見つけ出そうとする試みが始まった。
ルイズは杖を手に、順番に音の組み合わせを試していく。
「――ア、――アー、――アイ、――アエ、――アコ、――イ、――イウ、」
一回一回、本当に呪文を詠唱する時と同じように、集中しながらルーンを唱える。
メイジが呪文を唱える際にはその系統のイメージを頭の中に想い浮かべたりすることが多いのだが、『虚無』についてはどのようなイメージを抱けばいいのかわからないため、ルイズはとにかく無心で、詠唱だけに集中した。
リリーは試し終わった組み合わせにチェックを入れながら、次は何を試すようにといった指示を、必要に応じてルイズに送る。
「――イオ、――エオ、……?」
何十回目かに唱えた組み合わせで、ルイズがぴくりと眉を動かした。
「――エオ。エ、オ、……」
次の組み合わせに行かずに、二度、三度と念入りに繰り返してみる。
その様子に、キュルケは目を細めた。
「どうやら、今のになにかを感じたみたいね?」
「……わからない。けど、なんかこれのときだけ胸がざわっとしたというか……、ちょっとだけ、他と違う感じがするような……」
「そうよ。そういう感覚が大事ね」
リリーはそれを聞いて、ノートに『エオ』と書き記す。
「じゃあ、今度は今のに続けて音をくっつけたのを試していきましょう」
ルイズは頷いて、手探りを再会した。
「――エオー、――エオア、――エオス、――エオテ、」
そうして延々と繰り返すことで、一音一音、詠唱が長くなっていく。
最初の『エオ』の次は『エオル』になり、その次は『エオルー』になった。
その後にもいろいろな音をくっつけてみたものの、ルイズはどの組み合わせもしっくりこないようだ。
「それじゃあ、『エオルー』までで、最初の単語は終わりだとして。そこで区切って、次の単語に入る新しい音をくっつけていきましょう」
「よーし。これで二単語めね!」
キュルケもタバサも、いまだに疲れた様子もなく活き活きとしているルイズの、その集中力の持続に驚かされた。
「もう二単語目に入るなんて。まだ小さかったとはいえ、あたしは最初の『ウル』に辿り着くまでも、一日や二日じゃ終わらなかったものだけど……」
集中が持続しなくなったら、それ以上はいくら唱えてもなにも掴めないからと、ランドール師にその日の作業を終えるように言い渡された。
まだ幼かったキュルケが集中して詠唱できた時間は一日あたりせいぜい一時間もあるかないかというくらいで、それ以外の時間は確かめた組み合わせの整理とか、詠唱に必要な基本の発声法とか杖の持ち方とかの、他の練習に費やされたのだ。
「これだけ繰り返し集中を持続させても疲弊しきらないのは、驚異的」
とはいえ、当然ながら詠唱は長くなればなるほどに唱える時間が伸び、集中を持続させなくてはいけない時間も長くなる。
最初の単語は比較的早く見つかっても、そこから二単語目に伸ばすまでが辛いのだ。
リリーが記録役としてサポートしてくれているとはいえ、さすがにそこまでは、今日中に見つけ出すことは無理だろう。
彼女らはまだまだ元気で作業を続けるつもりのようだが、キュルケやタバサは今のところ、あまりできることもなさそうだし、いい加減に見ているだけでは退屈になってもきたので、断りを入れて退出することにした。
「そういえばこのラ・ロシェールには、ランドール師が作った建物もあるとか聞いたわね。せっかくだから、見に行ってみようかしら」
「付き合う」