7人目のスタンド使い魔 ~キャラバンAct2!~ 作:ローレンシウ
適当にぶらぶらと街中を散策したキュルケとタバサは、そろそろ食事にしようかと昼過ぎ頃に宿に戻ってきた。
いい加減にルイズも集中が続かなくなってリリーと共に休憩を取っているだろうと、酒場や部屋を覗いてみたが姿はない。
彼女らも外出でもしたかなと思いつつも中庭を覗いてみると、二人ともまだそこで作業をしている。
「まさか、さっきからずっと続けてるの?」
「……途中休憩は」
そう声をかけられて、二人ともやっと手を止めた。
「私は、ちょっと休憩してお茶でも飲んだらどうって、さっき勧めたんだけどね」
「だって、せっかく順調にいってるのよ。休もうだなんて思えないわ」
「はあ……」
キュルケが呆れたような、感心したような声を漏らした。
「とんでもないわね。魔法の集中をそんなにぶっ続けで何時間もやってて、休みたいとも思わないだなんて」
「並外れている」
タバサがそう言って頷く。
ルイズのこの尋常でない集中力は、おそらくはこれまでの彼女の努力の結晶。
何度失敗しても決して諦めることなく、この上もなく完全な詠唱をこなせるよう限界まで集中しながら数え切れぬほどの回数試み続けた、その積み重ねによって培われたものだ。
その集中力が今こうして、いよいよ魔法を使えるようになるかもというときに役立ってくれている。
魔法の成功こそしなかったかもしれないが、彼女のこれまでの努力の日々も、決して無駄なものではなかったのだろう。
「確かに、ルイズの集中力はすごいと思うわ」
リリーも同意する。
波紋使いはその気になれば何時間もぶっ続けで体を酷使してがんばれるが、集中力がここまで続くのは驚異的だ。
波紋の呼吸は集中してやっているというよりも、普段は半ば無意識に、習慣的にやっているものだから。
「どこまで進んだ?」
「『エオルー』の後は、ちょっと長くなったからペースが落ちてきて、二文字進んだだけよ。『エオルー・スー』までかな」
「『ウル・カーノ』ならもうとっくに終わってるじゃないの。小さい頃のこととはいえ、あたしが何週間もかけて見つけた分をたった一日で追い抜かれるだなんてね」
そんな話をしている間に、ルイズはリリーに渡された飲料をごくごくと飲み干して、小休止を済ませる。
「ミズル、続きをやるわよ。せめて二単語目までは終わらないと、切りが悪いわ」
「まあ、待ちなさいよ」
キュルケが苦笑しながらそう言った。
「別に悔しいから邪魔をしようってわけじゃないけど、二単語目までっていっても、あと何音あるかわからないんだし。四、五音以上も残ってたら、夜中までやっても終わらないんじゃないの?」
「呪文を発動していないといっても、集中すれば疲労する。あなたがまだやれるとしても、今は任務中。余裕をもっておいたほうがいい」
「ルイズの集中力はすごいと思うけど、ワルドさんみたいに夢中になってあんまりドカドカ消耗しちゃうのはよくないかもよ」
「……あ」
三人に諌められて、ようやく任務のことを思い出したルイズは、顔を赤らめて杖を収めた。
「そ、そうね。ここまでにするわ!」
「それじゃ、もうお昼過ぎだし、食事にしましょう。少し気分転換でもして、余裕があるようなら午後にもう少しやるくらいはいいんじゃない?」
「そうね。せっかく来たんだから、この街の名産品とか、色々と見て回りたいし。情報も集めておきましょう」
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四人はそうして遅めの昼食を摂った後、ぶらぶらと街中を散策した。
リリー(とキャラバン)は商売の役に立ちそうなものをいろいろとチェックする傍ら、そこらで適当に買い物をするついでに、店主などからアルビオンに関する情報を収集したりもしてみる。
そうして聞き出した情報によると、アルビオン帰りの傭兵たちやかの国へ物資を輸送する船員たちの話から判断するに王軍は苦戦中で、既に国端のニューカッスル城付近にまで追い詰められているらしく、敗北は目前だろうということだった。
「ここからの船で行ける最寄りの港はスカボローですな。そこからニューカッスルまでは、早馬で一日ってところでしょうが……」
雑貨店の店主は、同情するような目をしてリリーを見た。
「そのあたりに知り合いでも住んでらっしゃるのでしたら、お気の毒ですがとても会いにはいけませんよ。貴族派の連中は王族を逃がすまいと、何重にも包囲線を敷いておるはずです。無事に通り抜けられるとは思えません」
「そう。わかったわ、ありがとう」
リリーは礼を言って店を出ると、他の少女らと情報を共有して話し合う。
「とにかく、実際に現地へ行ってみないとなんとも言えないわね。着く頃には、また情勢が変わっているかもしれないんだし」
「そうね。ワルドさんの意見も聞いてみないとだし」
とにかくスカボローへ着き次第現地で情報を集めて、そこで最終的な決定を下そうということになった。
いずれにせよ容易ならぬ状況、猶予のない状況であるのは確かなようだ。
「タバサとキュルケは……」
この任務に関係ないので着いて来なくてもと、いちおう言っておこうかと思ったが。
「シルフィードが協力してくれるのなら、危険を迂回したり振り切ったりできる場面は多いと思う」
「戦場は火のメイジのホームグラウンドみたいなものよ。腕が鳴るわね」
「……ありがとう。頼りにしてるわ」
当然ながら二人とも帰る気など微塵もないようだったので、野暮なことを言うのは見合わせる。
そうやって一通りしたいことを済ませて、夕方あたりに宿に戻った。
ワルドもあの手合わせの後でどこかに出掛けたらしいが、まだ帰ってきていない。
「あの子爵殿は、一体どこに行ったのかしらね?」
「さあ……外で会うこともなかったし」
「昨夜の襲撃の件を考えれば、暗くなる前には戻っておくべき」
「……仮にも魔法衛士隊の隊長なんだから、まさか敵に襲われてなんてことは……ないとは思うけど……」
夕食を取りながら、ルイズが不安げにそわそわする。
「まあ、待つしかないでしょ」
リリーが肩をすくめた。
任務中に決闘だなどと言い出したり、行き先も告げずに遅くまでどこかへ出かけたりという今朝からのワルドの行動は、不自然といえば不自然なようにも思えるが。
だからといってまさか、彼が裏切り者だなんてことはあるまい。
(もしそうだったら、部屋で二人きりになった時にルイズから手紙を奪うとか、チャンスはいくらでもあるはずだもんね)
おそらく彼のそうした行動は、この任務をルイズの心を掴む機会ととらえて、任務よりもむしろそちらの方を優先しているがゆえのものなのだろう。
公私混同というか、場違いだとは思うし、完全に空回りしているとしかいいようがないが。
そのことで頭がいっぱいなところを襲撃されたりしたら危ないかもしれないが、探しに行くあてがあるわけでもない。
無暗に探し回っているうちに暗くなったりすれば、自分たちの身まで危険になる。
「心配なのは私もそうだけど、できることがあるわけでもないし。気を紛らわせて、時間を有効に使いながら待ちましょう。暗くなる前に、中庭でさっきの続きをするのはどう?」
「……そうね、この後は部屋で休むんだし。もう少しくらいがんばってみても、明日に疲れが残ったりはしないと思うわ」
「精が出るわねえ。なら、あたしはここでもう少し寛ぎながら、子爵殿が帰ってくるのを待つことにするわ」
「同じく」
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「―――エオルー・スーイ、――エオルー・スーオ、――エオルー・スーガ、」
ルイズが集中しながら、少し暗くなりかかってきた中庭で、ルーンの組み合わせを順に試していく。
「――エオルー・スード、――エオルー・スーヌ、……!」
何十回目かの組み合わせを口にしたとき、ルイズははっと目を見開いた。
それまでも、正しいと思われる組み合わせを口にしたときは、自分の中でぼんやりとだが、何かが生まれかけるような感じがしていた。
それが、今さっき『エオルー・スーヌ』まで続けた時点で、はっきりとした、一種の懐かしさを感じるリズムとなって巡り始めたのだ。
おそらくは、二単語目が完成し、ルーン同士の組み合わせができたことによって。
(これが……自分の系統の魔法を唱えるということ?)
生まれて初めて感じる感覚。
自分の進んでいる方向が正しかったという確信と高揚感を胸に、ルイズは杖を下ろそうとした。
が……。
(……っ!?)
自分の中でうねり始めたリズムが、詠唱を中断してもなおそのまま保たれて消滅しないでいるのを、彼女は感じた。
行き先を求めて、ぐるぐると回転し続けている。
(まさか……これはッ!?)
ルイズは解き放つ先を求め、離れた場所にある壊れかけの木箱に目を留めると、それに向けて杖を振った。
ぼんっという音がして木箱が爆発して全壊し、木片が飛び散る。
「え?」
突然の爆発に、リリーがきょとんとした。
「……今の爆発は……いつもの失敗とは違う……わよね?」
これまでに見たルイズの失敗による爆発は、まるで膨らみ過ぎた風船が耐え切れずに突然弾けたような、狙いも規模もうまく制御されてないような感じのものだった。
だが今の爆発は、狙った場所の狙ったものだけをきちんと制御して爆破したという感じだ。
あくまでも、魔法については素人な自分の印象に過ぎないが……。
「そうよ。これは失敗じゃないわ……」
ルイズの声が震えている。
しばらく俯いていた彼女が顔を上げたとき、そこには歓喜の色が満ちていた。
「……やった! 成功したのよ! ルーンを詠唱して、魔法が発動した! 『虚無』の呪文が完成したんだわ!」
「え、……ええっ?」
リリーは目を丸くする。
まさか。
完成までどれだけかかるかわからないと言われていたのに、伝説の系統だとか言われていたのに、たったの一日でもう?
「……それは……おめでとう。でも、間違いないの?」
「間違いなんてあるはずがないわ。こんな詠唱の呪文は、どんな魔法書でも読んだことがないもの!」
見てなさいよ、とばかりに、ルイズはさらに何度か、同じ爆発を起こしてみせた。
「エオルー・スーヌ。エオルー・スーヌ。エオルー・スーヌっ!」
その度に、彼女が狙った場所にあるものが的確に爆破される。
苔生した煉瓦に、古い空樽、少し離れた場所に落ちていた壊れたパイプのようなごく小さな目標まで。
しかも、比較的近い場所にあるものを爆破しても、爆風や煤が押し寄せてきたりはしない。
これまでの失敗で起こっていたような、周囲の人を吹き飛ばしたり物を壊したり教室中を滅茶苦茶にしたりしてしまうような制御不能な爆発とは、明らかに違っている。
「どうよ!」
「確かに、どう見てもちゃんとした魔法ね。失敗してる感じはしないわ」
「これまで失敗したときに起こっていた爆発は、きっとこの正しい『虚無』の呪文の、その不完全な発露みたいなものだったんだわ!」
得意満面なルイズに、リリーも納得して頷いた。
ただ、それでもなんだか、釈然としないような感じはするのだが。
(伝説の系統にしては、いくらなんでも簡単すぎない? ルイズの集中力が並外れてるにしても……。使い勝手は良さそうだけど、他の魔法と比べて桁外れに凄いとも思えないし……)
しかし、根拠もなくそんなケチをつけてみても仕方がないだろう。
実際に、こうして魔法は成功しているのだ。
一口に伝説だ『虚無』だといっても、実際にはピンからキリまであって、簡単なものは他系統のドット・スペルと大差ない、とかなのかもしれない。
「あらためて、おめでとう。任務中だけど、乾杯くらいはしましょうか。酒場でいいお酒をもらって、キュルケとタバサも呼んでくるわ」
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リリーに声を掛けられて中庭に来た二人は、事の次第を聞くと、顔を見合わせた。
「もう『虚無』の呪文が完成したですって? 本当に?」
「嘘だとは思わないけど、信じがたい」
「まあ、見てなさいよ」
ルイズは得意げに杖を手にすると、また件の爆発を、何度か起こしてみせた。
「どう? これまでの失敗とは違うことくらいはわかるでしょ?」
「そうみたいね」
「あの爆発が、ついに『虚無』に昇華したのよ!」
「……」
キュルケはリリーと同じく釈然としないような、伝説の系統にしては拍子抜けだというような顔をしながらも、曖昧に頷いたが。
タバサは爆発の跡を見て、じっと考え込んでいた。
「なにか、気にかかることでも?」
リリーがそう尋ねると、タバサはルイズの方を向いた。
「コモンは」
「え?」
「コモン・マジックは、使えるようになっている?」
そう、質問する。
「メイジはまず、自系統のドット・スペルを最初に唱えられるようになる。その時点で、コモン・マジックも習得する。あなたが『虚無』に目覚めたのなら、当然、使えるようになっているはず」
「あ……そうか。そうね!」
ルイズは早速試してみることにした。
伝説の系統もいいが、普通のメイジと同じ呪文も、早く使ってみたい。
小さい頃から『ロック』や『ライト』、『念力』といった基本的な魔法を使えるようになりたいと、ずっとそう思ってきたのだ。
「よーし!」
ルイズは、暗くなってきた中庭に明かりを灯そうと、喜び勇んで杖を振るい、『ライト』の呪文を唱えて……。
いつものように、盛大な爆発を起こした。